539 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:10:46 ID:N78RRPuQ0


  ……今から少しだけ前のこと。
  個人の本質も人生の意味も、人間の全てが決まっている時代があった。

  職業も、恋人も、思想も、あるいは幸福でさえもが周囲によって決定された世界。
  僕達に選択権はない。
  抗う権利どころか従う権利もなく、あるのは『運命』と呼べるような決まり切った在り方だけだった。

  ほんの少しだけ昔の話。


  時が経って、色んなことが起こって、世界は変わった。
  変化した世界ではある概念が大事にされ始めた。

  ―――『自由』。

  ついこの間までは存在しなかったはずのものなのに、それは瞬く間に僕達に浸透していき、今ではわざわざ語るまでもないような当然の概念となった。
  職業について、恋人について、思想について、僕達は様々な権利を手に入れた。
  きっと一言で言えば『未来を選ぶ権利』。
  僕達は自分の選択で、自分の未来を選ぶようになったのだ。

  そう、僕達は生き辛さを感じることも多いけれど、昔の人達に比べれば遥かに自由に生きられている。

540 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:12:02 ID:N78RRPuQ0

  だけど、ある時一人が言った。
  「私達には一つだけ選ぶことができないものがある」。
  何処かの誰かが言い出した。

  名前だとか、神様がいるかいないかとか、何処の国の人間だとか、男だとか女だとか、ありとあらゆることを僕達は選べる。
  実際に選ぶことができるかは置いておくとして、選ぶ権利を与えられている。

  そんな僕達にも一つだけ選べないものがある。
  それは『「選ばないこと」を選ぶ権利』。
  選ばないことを選んでしまった時点で選んでいることには違いないから選ばないことは結局選べない。
  これだと言葉遊びになってしまうから、端的に言い換えよう。


  時代は変わった。
  僕達は少し前の世界に戻ることができなくなったのだ。


  僕達は自由だ。
  だから選択しなければならない。
  職業も恋人も思想も幸福も、自分に関わる何もかもを自分で選択しなければならない。

  少し前までは当たり前みたいに個人の場所が用意されていたのに、今じゃ誰も自分の生まれた意味を教えてくれない。
  『運命』に従っているだけで良かった時代は消えてしまった。

541 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:13:04 ID:N78RRPuQ0

  僕達は『自由』になった。
  だけどその結果、選べないけれど与えられていた本質や意味を失った。

  まるで失楽園だと笑ってしまう。
  何もかもを自分の力の及ばない大きな存在が決めていた場所から追い出され、苦しみながら果てのない荒野を彷徨う。
  進学と職業選択の自由が生み出したのは自分探しをする若者達。  
  誰も自分の生まれた意味だなんて教えてくれない。


  『自由』。

  僕達に与えられたのは呪いか救いか。
  「人間は自由であるように呪われている」という言葉が正しいとしたら、現代を生きる僕達は全員呪われているのだろう。

  僕達は生まれながらに自由と因果に繋がれた囚人だ。
  自分が何者であるか、その行動がどんな結果を招くのかも分からぬままに選択を繰り返す。
  繰り返さなければならない。


  救いなのか、呪いなのか。
  自由であることは確かに苦しく辛い。

  ……でも、こんな風に語ってしまったけれど、やはり僕は――『自由』は素敵なことだとも思っている。

542 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:14:09 ID:N78RRPuQ0


  さて。
  僕のつまらない雑談はここまでだ。
  じゃあ、最後の話を始めよう。
  
  僕がこれまで語ってきた、あの彼女の物語を――終わらせよう。
  記録と記憶を巡る少女の物語もそろそろおしまいだ。


  秋の足音が近付き、肌寒い日が頬を撫ぜ始めたあの日、僕は一人の少女に出逢った。
  その少女は自分の記憶を、過去を失っていて、その代わりとでも言えば良いのか未来が見える瞳を持っていた。

  それから、僕と彼女は旅をした。
  真実を探す旅だ。
  僕が彼女と一緒に過ごしたのはたった数週間、ほんの一時だった。 
  その時の彼女は何者でもないけれど誰でもない彼女で、その時の僕も同じく何者でもないけれど他でもない僕だった。

  そう。
  他の記録には残っていないとしても、誰の記憶にも残っていないとしても、物語の僕達は確かにそこで生きていた。
  そのことはここにいる僕達が証明している。

543 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:15:08 ID:N78RRPuQ0

  僕は一体、彼女に何ができたのだろう?
  僕は彼女にとっての何かになれたのだろうか?
  きっとこれから先も、何度でも秋が訪れて彼女との日々を思い出す度に、僕はそんなことを考えるのだろう。

  結局、その答えは訊かなかったまま。
  だから僕はただ目を閉じて、あの時僕の隣に立っていた彼女の笑顔を思い出す―――。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第十話:Mournful Missinglink」




.

544 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:16:02 ID:N78RRPuQ0

二人対一人の戦いにおいては、単純に考えれば数で勝る二人側の方が圧倒的に有利だ。
同時に逆方向へと走り、相手が片方に引きつけられたところでもう一方が死角から攻撃する。
もしも逡巡したならば両側からの挟み撃ち。
人間の手足の数、関節の可動域、凡その視野、つまりは人体の限界として複数人を相手取るのは困難だ。

しかし近代近接戦闘においては必ずしも数で勝る方が有利だとは言えない。
いや、間違いなく有利ではあるのだが、二人だろうが何人だろうが複数人側は考えて動く必要がある。

近代において戦場での主兵装は銃火器だ。
それ故、挟み撃ちを行う場合でもポジショニングを誤ると味方の弾に当たることがありえるのだ。
「なら弾を外さなければ良い」という結論には至らない。
命中した弾丸は身体を貫通することも多いからだ。
敵に遮られ射線が把握できない以上、こちらの方が深刻な自体を招くかもしれない。

二人対一人の戦いにおいては当然二人の側が有利だが、その立ち回りは容易ではない。


( ^ν^)「(即席タッグの上、私の能力は他の全員の視界から消えるというものですからねー……。気を付けなければ)」


柱の陰に隠れ、周囲を伺いつつ『ウォーリー』は考える。

生憎なことに彼の武器も、即席タッグの相手である中国人の武器も拳銃。
常に誤射をしないように気を付けて動かなければならない。

545 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:17:09 ID:N78RRPuQ0

対し、



(#* ∀)「ひゃ――あぁぁぁああ!!」



相手の白いセーターの少女。
腕を刃渡り二メートルほどの刀に変えるような相手を「少女」「彼女」と表現して良いのかは疑問だが、彼女は自分以外の全てが敵という状態だ。
『ウォーリー』の側のように余計なことは考えず、動くものを全て破壊していくだけで構わない。

現に今もニット帽の中国人を追い掛け、凶器に変えた両腕を滅茶苦茶に振り回している。
コンクリートが砕け、ダンボールが吹き飛ぶが、幸いにも今のところはニット帽の男はかすり傷一つ負っていない。


( ^ν^)「(見事な立ち回りですねー。凡百の軍人では相手にならないでしょうー)」


それとも。
こういう存在を相手取ることを専門にした裏稼業の人間なのだろうか?
だとしたら身体を変形させるような化物を目の前にしても冷静に洗練された動きで対応していることにも納得できる。

敵に回したくはないですねー、と『ウォーリー』は一人笑った。

546 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:18:09 ID:N78RRPuQ0

『ウォーリー』と言えば裏社会ではかなり名の知れた何でも屋だ。
彼の能力である『知覚阻害』の発動中、他者はまず彼を見つけることができない。
透明になるわけでもなく擬態するわけでもなく、ただただ知覚されず認識されることがない。

彼自身は人殺しを好まないが、能力自体は極めて暗殺向きの、しかもほとんど無敵と言って構わないようなものだった。
人を殺すと決めたならば、ただ力を使って、対象の近くまで歩いて行き、その首元を切り裂けばそれでいい。


( ^ν^)「(ですがああいった相手の場合、それができないんですよねー……)」


今の敵である白いセーターの少女は無茶苦茶に暴れ回っている状態。
迂闊に近付けば破壊に巻き込まれてしまう。
見えていようが見えていまいが彼はそこに存在しているので、身体の周囲を薙ぐように攻撃する相手には近付くことがまずできない。

さて、と『ウォーリー』はニット帽の男が敵の視覚から逃れた瞬間を狙い、彼の元へと向かう。
黒のアタッシュケースの中には何を入れてきただろうと思い出しながら。


( ^ν^)「どうもー」

( `ハ´)「……ああ、お前か。驚いたな」

( ^ν^)「驚いたようには見えませんがねー」

547 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:19:01 ID:N78RRPuQ0

能力を解除し、柱の陰で息を潜める男に声を掛ける。
命懸けの追いかけっこをしていたというのに息の上がった様子はない。
心配する必要はないようだった。

むしろ考えるべきは能力を解除したことで自分が相手に見えるようになったことですかね、と自嘲するように笑い、『ウォーリー』は言う。
少女は正気を失ってこそいるが敵が隠れたことは理解しているらしく柱の陰を確認して回っている。
「壊して回っている」と言い換えてもさして問題はない。
その破壊音さえなければ話し声ですぐに二人の居場所が分かったはずなので、彼等にとっては彼女が気が狂れていることは幸運だった。


( ^ν^)「逃げながらも観察されていたみたいですが、何か分かりましたかー?」

( `ハ´)「見えている攻撃には両腕で対応されるな。加えて弾丸を一発二発打ち込んだ程度では死なないらしい。……そちらは?」

( ^ν^)「同じ結論ですー。付け加えるなら、相手は正気を失っている、というくらいでしょうかー」


フロア中に破砕音が響く。
虱潰しに柱を壊して回っているらしい。
ということはそろそろこちらに気が付くなと冷静に思考しつつ、『ウォーリー』は続けた。


( ^ν^)「……あまり時間を掛けていると、この階ごと全員でぺしゃんこでしょうねー」

548 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:20:02 ID:N78RRPuQ0

男の言う通りだった。
既に多くの柱が破壊された場所では、壁や天井までもを見境なく攻撃しているのもあり、部分的な崩落も起こっていた。
やがてフロアごと潰れる、ということはないだろうが、それに近しい事態は起こるだろう。
既に地上階では研究員達が異常に気付いているかも知れず、そうなると時間経過に比例して脱出が難しくなる。

さて、どうするべきか。
上手くいくかは分かりませんが、と『ウォーリー』は切り出す。


( ^ν^)「私に一つ、考えがありますー。その細工の為に今から消えますが、気にしないでくださいー」

( `ハ´)「その言葉は『弾に当たっても文句は言わない』という意味か? それとも『一人で逃げるから後はよろしく』の意味か?」

( ^ν^)「残念ながら前者ですー。私にも事情がありましてー」


そうか、とニット帽の男は小さく呟いた。


( `ハ´)「なら精々、信用してみることにしよう」

( ^ν^)「お互いに死なないように頑張りましょうー」


そう言って、二人の男はそれぞれ別方向に走り出した。
それは第二ラウンド開始の合図となった。

549 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:21:09 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


 僕の隣に腰掛けた彼女は以前会った時と変わらぬ静かで、冷たく、けれど美しい声音だった。
 きっとその瞳も変わらず夜の湖畔のように静謐で優美なのだろうとあの時のことを思い出す。

 そう、僕の隣にいるのは、ミィのことを「よく知っている」と語った唯一の相手――都村トソンだった。


「私のことは見えないのでしょうか」

「生憎と。美人が隣に座っているって言うのに横顔すら見れなくて残念な限りだお」

「ありがとうございます」


 世辞に対して都村トソンは意外にも素直に礼を述べることで応じた。
 対応はクールそのものだが、感謝の言葉が皮肉ではないのはなんとなく分かる。
 これ以上ないほどに美しく整っていたその顔立ちと佇まいを思い出す。
 花や鳥というよりは銃や刀のそれに近い魅力だが、それでも、目を奪われたことは確かだった。

 彼女は、そんな母親譲りの美貌をどう思っているのだろう。
 かつては僕の父も、彼女の母親である『都村トソン』をこういう風に褒めたのだろうか。

550 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:22:09 ID:N78RRPuQ0

「さて……。何も、世間話をしに来たわけじゃないだろう? 僕も訊きたいことがいくつかある」

「ではその訊きたいことの一つを当ててみせましょうか?」

「……なんだって?」


 都村トソンは言う。


「あなたが私に訊きたいことの一つは……『私が何故、あなたが失明したことを知っているか』」


 僕は押し黙る。
 その通りだったからだ。

 今、僕は確かに何も見えていないが、何故彼女は僕が失明したということを知っていたのか?

 仕草や態度で分かったから?
 そうかもしれない。
 だが都村トソンは最初に『先に名乗った方が良いか』と問い掛けた。
 それは何も見えない相手に配慮した言葉であり、相手が何も見えていないと知っていなければ出ない言葉だ。

551 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:23:03 ID:N78RRPuQ0

 だから彼女はこうして僕の隣に座る前から、僕が失明したことを知っていた。
 それは何故か。

 彼女は淡々とその解答を口にする。


「あなたの疑問にお答えします。あなたの状態を知っていたのは単に、私の同僚が優秀だからです」

「同僚?」

「斥候や調査班と表現しても良いかもしれません。あなたと一緒にいた少女……彼女と同じような能力で、あなたの身体状況を把握させて頂いただけです」


 尤もあれほどまでに際立った能力ではありませんが、と都村トソンは付け加えた。


「へえ。それは、どうもだお。その際立った能力を持つミィを容易く捩じ伏せた相手に言われるとどう反応したらいいのか困るが……」

「彼女が自らの能力の使い方を理解していればあのようには行かなかったでしょうね」


 意味深なことを口にしたかと思えば、今度は彼女が押し黙る番だった。
 その横顔は見えないが、それでも僕には都村トソンが何か悩んでいるように見えた。
 ただの推測だが、彼女にとって『黙る』とは『悩む』とイコールで結ばれた動作である気がするからだ。
 会話での駆け引きで沈黙を選ぶことは少ない、況してや意味もなく黙り込むなどということはありえないだろうと。

552 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:24:02 ID:N78RRPuQ0

「お前の同僚には精神干渉を得意とする能力者もいるらしいな」


 沈黙を破るようにして僕は訊ねた。
 都村トソンは言葉に動揺した風もなく「はい」と肯定する。 
 嘘を吐いているとは思えない。

 だから、一拍置いて。
 意を決して、僕は続けて問い掛ける。



「……単刀直入に訊こう。お前が、ミィの記憶を奪ったのか?」



 今度は「はい」とすぐさま答えることはなかった。
 また、暫しの沈黙。
 そして都村トソンは口を開く。


「その問いに答える前に、失礼を承知で、質問を質問で返したいと思います」

「え?」

553 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:25:07 ID:N78RRPuQ0

 彼女は言った。


「私は何故、あなたの前に再び現れたのだと思いますか?」

「それは……」


 問い掛けられてはっと気付く。
 僕は都村トソンに訊きたいことが山ほどあった。
 けれど考えてみると、彼女の方には僕に会う理由がないのだ。

 この駅で下りたところ、たまたま僕を見つけたから話し掛けた、なんてわけがない。


「あなたに倣い、私も単刀直入に言いましょう。私は――あなたに全ての真実を伝えにきた」

「なっ……!」


 絶句した。
 まさか、そんな。
 驚きのあまり、見えないというのに思わず彼女の方を向いてしまった。

554 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:26:07 ID:N78RRPuQ0

 都村トソンは素知らぬ風に続ける。


「先ほどの問いの答えは私が真実を話す過程で明らかになるでしょう。故に今は答えないでおきます」

「……どうして、いきなり話すつもりになったんだ? あの時は、あんなに『手を引け』と説得してきたのに」


 そうだ。
 それが理解できず、僕は驚愕したのだ。

 「別にいいじゃありませんか。過去なんて分からずとも」。
 「過去が分からなくても生きていけます」。
 どちらも他ならぬ彼女の言葉だ。

 あの時の彼女は実力行使に出てまで真実を探す僕達を止めようとしたというのに―――。


「『どうして』と訊かれたならば、『あの時と状況が変わったから』としか言いようはありません」

「どういうことだお」

「あなた方が私の忠告を無視し、真実に辿り着きつつあるから、です。遠からず明らかになるというのなら、今明かしてしまっても良い。余計な誤解を防ぐことも兼ねてです」

555 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:27:07 ID:N78RRPuQ0

 僕は思考する。
 告げられた言葉を反芻し、思案する。
 もう決して間違わないように。

 僕の隣に座る彼女。
 都村トソン。
 その言葉は信じるに値するのか、聞くに値するのか。
 彼女は真実を語るなどと口にしているが――彼女が全ての黒幕という可能性だって、十二分にあるのだから。


「私の言葉を信じるかはあなた次第です。あなたがどう思ったとしても、私はあなたに危害を加えるつもりはありません」

「……それはそれは、重畳だお」


 おどけたような返しに対しても都村トソンは淡々と続ける。


「立ち塞がるというのならば容赦はしませんが、現状、あなたは私の脅威にはなり得ませんから」

「僕なんてミィと同じように一捻りだって?」

「はい。物理的に」

556 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:28:07 ID:N78RRPuQ0

 え?と一瞬間、思考が停止した。
 どうやら今の一言は都村トソンなりのジョークだったらしい
 超能力で空間を歪めることをできる彼女なりの冗談。

 「物理的に一捻り」ということは、つまり、あの時僕が手にしていた銃のように僕をグシャグシャにするということだろうか?
 ……冗談だとしてもキツ過ぎる発言だ。


「私の話を聞くか、それとも聞かないか。どうなされますか?」

「……どうするかな」

「では二つ、先に述べておきましょう。まず私は軍に務めていますが、所属はグリーンベレーやデルタフォースのような特殊部隊の所属なので、まず普通には会えません」

「普通じゃないやり方なら会えるのかお?」

「あなたが国家が揺るがすようなテロリストになれば会うことができるかもしれませんね。その場合、命の保証はできませんが」

「そうかお」


 まったく。
 都村トソン、お前の冗談はミィのジョークと同じで全く笑えない。

557 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:29:07 ID:N78RRPuQ0

「では二つ目です。あなたが頼ったというあの情報屋の女性は優秀ですから、やがては真実に近いところまで辿り着くかもしれません。ですが、」


 一呼吸置いてから彼女は続けた。


「私は、あなた方の探す真実の関係者です。それ故に、私しか知らない真実もある」

「…………そうか」


 だとしたら。
 お前が関わっているというのならば、僕の答えなんて決まっている。

 僕は言う。


「なら、聞かせてもらうお。お前の語る真実ってやつを」

「分かりました。ですが、その前にもう一つだけ。……今のあなたは、後悔していますか?」


 自嘲するように鼻で笑ってから、強がって僕は呟く。
 「後悔してるし、だから、後悔してないよ」と。

558 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:30:12 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


そして全てが終わり、そして全てが始まった。

ミィは脇目も振らず真っ直ぐに少女へと突撃していく。
対し、『クリナーメン』と名乗る相手はまるで握手でも求めるかのように右腕を前へと出す。
―――パチン。
広い通路に乾いた音が響いた。

次の瞬間、『何かがどうにかなった』。
そうとしか表現できない現象が起こった。


ミセ*^ー^)リ


いや。
実際には何も起こっていない。
破裂音が響いただけだ。

少女の『呪い』とも称するべき確率操作を音に数瞬先んじるようにしてミィが回避したからだった。
故に結果として何も起こり得なかった。

559 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:31:17 ID:N78RRPuQ0

ミセ* ー)リ「あははははは―――!」


次々と音が響いていく。
二打、三打と繰り返される不可視の攻撃は何も引き起こさない。
それでもミィは回避と後退を余儀なくされた。

両の瞳を紅に染め上げて、薄暗い空間にアカイロの線を引きながらミィは思考する。


マト゚−゚)メ「(『確率論(クリナーメン)』は存在確率制御の能力。量子の不確定性に干渉し極小単位で事象に変化を加えマクロ世界に影響を与える力―――)」


ミィは量子力学のことなど理解していない。
知覚したまま認識しているだけ。
『未来予測』という知覚の異能とも言える力を持つ彼女にとってはそれは当然のことだった。
人間が視力を有している以上は理屈が分からずとも空の青さは子どもにだって分かる。
それと同じことだった。

高速という表現でも生温い演算速度で現在を知覚し未来を予測しつつ、紙一重で何も引き起こさない攻撃を躱しながら、ミィは考え続ける。


マト −)メ「(本質的にはあの都村トソンの能力と同じ。一種のサイコキネシス。空間座標を設定し、そこに力を加えている―――)」

560 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:32:07 ID:N78RRPuQ0

座標とは、ある点の位置を明確にする為に設定された数の組であり、点によって定まる関数の組のことだ。
都村トソンの異能は「空間を歪める」という風に説明されることが多いが、厳密には四次元時空に設定した任意の点の周辺に力を加えて歪曲させるというもの。
対し『確率論(クリナーメン)』の能力はその任意の点が量子単位(プランク長レベル)――より精密で難解なのだ。
具体的には電子のような素粒子に影響を与えることで事象を引き起こしている。

つまり、『確率論(クリナーメン)』は、例えばミィの身体を構成する素粒子を狙い定めて発動している。
「狙い定める」と表現すると簡単に思えるが、それは素粒子が何処に存在しているかを演算し予測して能力を使う必要があるということ。
そしてそれは三次元に時間を足した程度の空間の理解とは訳が違う。

要するに――ミィが予測した場所にいなければ『全く何も起こらない』。
拳銃と変わらないと言えるかもしれない。


マト −)メ「(だから壁や柱のような物体には容易く発動できるが、人間のような意思を持ち動き回る存在には当て難い―――)」

ミセ*^ー^)リ「ねぇ、どうして黙ってるの? ねぇ、ねぇって」

マト −)メ「(けれど、そもそも量子レベルで世界を把握するような能力の発動には『未来予測』と同程度の知覚能力と演算能力が必要。だから―――)」


敵から十二分に距離を取りミィは押し黙る。

そう。
彼女の予測した通りだった。

561 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:33:00 ID:N78RRPuQ0


ミセ*^ー^)リ「ねぇ――ほら、もっと近くにおいでよ」



この『クリナーメン』という少女は――ミィと同じく、短期的な未来を予測できるのだ。

だからこそ『確率論(クリナーメン)』の能力は人間にも脅威となり得る。
次に相手が何処に動くかを予測し、その上で確率操作という能力を発動させれば、それは必中にして必殺の異能となる。
回避することはできず、一度でも直撃してしまえば何が起こるかが分からない。

対処の仕様がない。
それは運命のように人間にはどうしようもない『絶望』だ。


マト ー)メ「(……ずっと前に、私はブーンさんに『私の能力は特別なことができるわけではない』と言いましたね)」


『未来予測』という能力は人間ならば誰でも行っている行為の延長線上に存在する。
ボウリングでストライクを狙う時、拳銃の照準器を覗く時、あるいはゴミを少し離れたゴミ箱へ投げ入れる時、人間は要素を考慮して未来を予測する。
ミィの場合、その精度が極めて高いというだけで、未来を思うという行為は誰でも行っていることだ。
彼女は決して特別なことができるわけではない。

そして、彼女の目の前に立つ敵は――彼女にはできない、特別なことができる。

562 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:34:00 ID:N78RRPuQ0

……単純な戦闘能力的価値で言えば「上位互換」になるのかもしれない。
今現在、ミィが『クリナーメン』の絶え間ない猛攻を避けることができるのは演算速度、つまり未来を予測する力が優っているからだ。
相手が一秒先のミィを予測しても、ミィは一秒先の自分を予測した相手を予測しているので攻撃を回避できる。
けれど予測精度で優っているのは相手が『確率論(クリナーメン)』の能力の発動を同時に行っているからでしかない。

キャパシティは十と十で同等。
ミィが全てを防御(予測)に注ぎ込んでいるのに対し、単に相手は攻撃と予測に五ずつ使用しているというだけのことだった。


マト −)メ「(加えて『確率論(クリナーメン)』の能力は演算が複雑過ぎて射程が短い。それが唯一の弱点らしい弱点……)」


かつてミィはブーンに「私の能力の性質的にどんな能力を相手にしても決して負けない」と語った。
それは紛れもない事実で、『クリナーメン』がミィの動きを予測しようとすれば攻撃に割いている力を全て予測に回す必要があり、そうなると攻撃ができない。
だがそれは同時にミィは決して勝つことができないということを示している。

そう、ミィは負けない。
同時に――決して勝てないのだ。


ミセ*^ー^)リ「ねぇ、どうしたの? そんなに遠くに行っちゃって。もう諦めちゃったの?」


形を成した『絶望』が一人の少女に語り掛ける。

563 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:35:08 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


 都村トソンは言った。


「あなたから見て、彼女……『ミィ』はどんな少女でしたか?」

「え?」

「彼女の過去や正体といったことは考慮せずとも構いません。ただ、少しの間でも彼女の隣にいた人間として、彼女のことをどう思いましたか?」


 それは唐突な問いだった。
 真実を聞かせてくれるというものだから聞く体勢に入ってしまっていたが、都村トソンがまず始めにそんなことを問い掛けた。
 彼女について。

 いや――僕の記憶の中の彼女について、だろうか。


「どんなって、普通の……そんなことはないな。初めて会った時からおかしな奴だと思っていたお」

「おかしな奴――とは?」

564 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:36:03 ID:N78RRPuQ0

 脳裏に思い浮かべるのはミィと出逢ったあの公園。
 ちょうど今の都村トソンのように、僕の隣に座ってきた彼女。


「無一文で、記憶も帰る場所もなくて、それなのに平然と缶ジュース飲んでて……。煙みたいにふわふわして掴みどころのない奴だと思ったよ」


 変わった髪の色で。
 服は普通過ぎてちぐはぐで。
 敬語を使ってるはずなのに敬意は全然感じられなくて。
 一人称があやふやで。
 言動がかなり滅茶苦茶で。

 何処をどう見ても、とても『普通の少女』とは思えなかった。


「実際、普通とは言い難い能力を持っていたし。それをすぐに目の当たりにしたから、なんだか納得しちゃったお」

「そうでしょうね。何か一つでも一般から大きく乖離した要素があれば性格や言動の異常さは理解しやすいものです。違う人種の人間なんだな、と理解できる」

「超能力があるとか、お金持ちだとかかお?」

「仰る通りです」

565 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:37:08 ID:N78RRPuQ0

 彼女の言う通り、そういうものだ。
 能力的に秀でた人間の性格が特異であった場合、「あの人は天才だからああいう感じなんだろう」と理解するのはおかしなことではない。

 だから僕もミィと会ったばかりのことは「彼女は違う世界の人間だ」と思っていた。
 言動が奇妙に思えるのは生まれ育った世界が違うからだと。
 尤も、彼女は記憶を失くしているから、何処でどんな風に生まれどういう風に育ったのかは分からない。

 だけど。


「でも……しばらく彼女と一緒にいて、気付いたことがある」

「それはなんですか?」

「ミィが何処で生まれ育ったのかは分からないけれど、彼女も一人の女の子だってことだお」


 華奢な体躯をしている癖に食いしん坊だったり。
 服くらい何着でも買ってやると言ったのにずっと悩んでいたり。
 シャワーやお風呂が好きだったり。
 その割に髪を乾かさず所々がいい加減でガサツだったり。
 人から貰った物を大切にしたり。

 僕の隣にいたのはそんな風な性格の――女の子だった。

566 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:38:01 ID:N78RRPuQ0

 ああ、そうだ。
 彼女はずっとふわふわと笑っていたけれど――本当に楽しい時に浮かべる笑顔と困った時の微笑は少しだけ、でもはっきりと違うのだ。 
 僕はそのことを知っている。

 他の誰もが知らなくても、そのことを、僕だけは知っている。


「考えてみれば、自分とは違うのは当たり前なんだ。だって違う人間なんだから。多いか少ないかってだけで、多少の違いがあるのは当たり前なんだお」

「……そうですね」

「だから他の誰かがどう思うかは分からないが、少なくとも彼女と一緒にいた僕はこう思う」


 そうして僕は言った。



「ミィは、普通じゃないとしても――やっぱり一人の、可愛い女の子だって」



 普段なら気恥ずかしさに顔を赤く染めてしまいそうな言葉が呼吸をするように言えたのは、きっと。
 これが偽りのない、心の底からの僕の本心だったからだろう。

567 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:39:09 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


時間間隔が曖昧になるような長い間、銃爪を引き続けた。
防御されても構わず、何度でも何度でも撃ち続けた。


( ハ )


考える必要などない。
今までもずっとこうしてきたのだから。
恐らくはこれからもこうしていくのだから。

自分はこんなことしかできない。
だから、これくらいはやってみせる、と。


( `ハ´)「(…………これであと一発、か。あの男は何処で何をやっているんだか。本当に逃げたわけじゃないだろうな)」


予備の弾倉を使い切り、残されたのは装填された一発だけ。
姿を消した即席タッグの相手を思い浮かべつつ最早これまでかと覚悟を決める。

568 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:40:01 ID:N78RRPuQ0

なんとかここまでは無傷で来られた。
だがもう体力的にも限界だ。
敵の動きが単調だからこそ攻撃も避け続けられたが、人の身を超えた動きに対応し続けた代償は大きく、もう足が言うことを聞かない。
加えて弾切れとなれば相手は真っ直ぐこちらに突撃してくるだろう。
そうなれば抵抗の余地なく片腕で薙ぎ払われて終わりだ。

それでも、と男は考える。
幸いなことがあるとするならば。


(* ∀)「ひ――あ、ぁ……」

( `ハ´)「(何度か直撃させたからか。最初のような勢いはない)」


見立てでは七発。
敵の身体中に大小含め七つの風穴を開けた。
頭と心臓は守ったようだが、それでも血塗れなことには変わりない。
白かったセーターはほとんど赤く染まっていた。

人間ならばいくらなんでも死んでいなければおかしい傷だった。
どうも彼女は銃弾の程度の傷ならばしばらく待てば塞がるらしい。
分かっていたことではあったが、何処までも人間とは思えない存在だった。

569 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:41:07 ID:N78RRPuQ0

しかし依然として圧倒的に不利なことには変わりない。
男には便利な再生能力などない。
一撃でも貰えばそれで終わりなのだ。

そして、もう敵を倒す手段は残されていない。


( `ハ´)「(倒すことはできない。逃げることも恐らく不可能だ。つまり、この一発を撃ってしまえば正真正銘の終わり、か)」


と。
男は右手の拳銃へと視線を落とした。

なかった。


(;`ハ´)「……………む?」


拳銃がなかった。
さっきまで確かに手にしていたはずなのに影も形もない。
まさか落としたのか?
そんなはずはないと思いつつも辺りを見回す。

570 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:42:11 ID:N78RRPuQ0

だが、そんな隙をセーターの少女が見逃すはずがなかった。
大量に血を流した為か足取りこそ重いが、確実に男の元へと近付いてくる。

その瞬間だった。



( ^ν^)「―――お疲れ様でしたー。あと、これ少しお借りしますねー」



すぐ近くにずっと消えていた『ウォーリー』が立っていた。
その手には拳銃が握られている。
そうして彼は敵であるセーターの女に銃口を向け、躊躇いもなく発砲した。

少女は今一度腕を盾状に変えて防御姿勢を取る。
しかし放たれた銃弾はその両手に掠ることすらなく見当違いの方向へ飛んで行った。

何が起こったのかも分からずニット帽の男が呆気にとられた刹那、轟音が地下に響き渡る。
爆発音。
半壊状態だった柱が爆発によって消し飛ぶ。
巻き起こるのは、崩落。
地震でも起こったかのように天井が崩れて行く。

571 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:43:09 ID:N78RRPuQ0

崩落のちょうど真下にいたセーターの少女は避けることもできず、瓦礫の下敷きになった。
普段の彼女ならば持ち前の能力で防御できたかもしれないが、前方から飛んでくる銃弾に気を取られた一瞬を狙われてはどうしようもなかった。
そして轟音の後には、辺りを覆い尽くすような粉塵と瓦礫の山だけが残った。

その全てを引き落としたスーツの男はいつも通りの口調で言う。


( ^ν^)「上手く行きましたね―。正直あまり勝算があるとは思っていなかったのですが、良かったですー」

( `ハ´)「……おい、なんだこれは」

( ^ν^)「なんだと問われましても。どうせ近い内にぺしゃんこになるのだったら、先に相手だけ被害に遭ってもらおうと思っただけですー」


今の今まで『ウォーリー』が姿を見せなかったのは爆弾のセッティングに時間がかかっていたからだった。
爆発物自体は元々アタッシュケースにあったのだが、如何せん大した量ではなかった為に使い方をよく考える必要があった。
建物の構造や被害状況など踏まえ何処にトラップを仕掛けるかを決定し、その後は流れ弾に注意しながらずっと設置作業を行っていたのだ。


( ^ν^)「いやー、ですがこんなに上手く行くとは思いませんでしたー」

( `ハ´)「せめて事前に説明が欲しかったがな」

( ^ν^)「色々と時間がなかったものですからー。あなたの方も限界のようでしたしー」

572 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:44:04 ID:N78RRPuQ0

(;`ハ´)「それはそうだが……」

( ^ν^)「それより、さっさと帰りましょう。ここもいつ崩れるか分かりませんし、あのセーターの子も死んでくれたとは限りませんからー」


釈然としない気持ちはあったが言う通りでもあったので、男は大人しく従うことにした。
けれど一つ、あることを思い出して立ち止まる。


( `ハ´)「いや、少し待て」

( ^ν^)「なんでしょうかー? 万が一階段や他の階にまで被害が及んでいて建物から出れなくなっていたらどうするかという話ですかー?」

( `ハ´)「それもあるが、そうではない。あの女は……」


ニット帽の男が思い出したのは先に行かせたミィのことだった。
結構な時間が経ったというのにまだ戻ってきていないのだ。

年端のいかない少女の身を案じての言葉だったが、それに対して『ウォーリー』は事も無げに言った。


( ^ν^)「……後は彼女自身の問題ですー。私達が行ったところで、どうしようもありませんよー」

573 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:45:08 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


二人の少女は薄暗い廊下で向かい合っていた。
膠着状態。
そう表現することが適切だっただろうか。

ミィは『確率論(クリナーメン)』という能力の有効射程を把握しており、どれくらいの距離ならば確実に回避可能かを演算し切っていた。
しかしそれは、それだけのことでしかなかった。

彼女は詰まされていないだけで相手を詰む方法がない状態だ。
負けないが、決して勝てない。
有効打がないのである。
対照的に相手の少女は攻撃を一発でも直撃させればそれで勝ちとなる。


ミセ*^ー^)リ「もうおしまい? 来てくれないのなら……こっちから行っちゃおうかな」


そう言うと、パーカーの少女は歩き始めた。
一歩、また一歩とまるで焦らすかのようにゆっくりと歩を進める。
浮かべる無邪気な笑みも相俟って、その様は、まるで童女が気儘に散歩をしているようでもあった。

ゆっくりと――人の形をした『絶望』が、ミィの元へと迫ってくる。

574 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:46:13 ID:N78RRPuQ0

まるで遊んでいるような足取りだが、距離の詰め方は宛らチェスのエンドゲーム。
通路の構造と双方の戦闘能力を踏まえて、確実に着実に、ミィの動ける範囲を狭めていく。
いくら『未来予測』の能力があろうとも物理的に回避不可能な攻撃は避けようがない。
だから少しずつミィの選択肢を削っていく。


マト; -)メ「(どうすれば―――)」


必死で、けれど『未来予測』が決して疎かにならない程度に集中しつつ思考する。

逆転の手立てはない。
ここが閉じた空間である以上は逃げ続けることもできない。
第一回避し続けるだけでは千日手だ。
『未来予測』も通常モードならいさ知らず、対異能力の為に出力を上げている今の状態を永久に続けることなどできない。
目に障る力なのだ。
でも向こうだって無制限に能力が使えるわけがない、なら持久戦に持ち込んでみようか?
どちらのスペックが上か試してみようか?
いっそのこと不意を突いて無視して通り過ぎてるか?
向こうも未来を見ている以上は成功するはずがないし、成功したとしても奥の扉を開ける一瞬で背後から攻撃されて終わりだ。

だったら―――。

575 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:47:09 ID:N78RRPuQ0

と。
ほんの刹那、ミィが思考に意識を集中した、その瞬間だった。

『クリナーメン』が立ち止まっていた。



ミセ*^ー^)リ「あー。……今、『もういっそ逃げちゃおうか』って考えたでしょ?」



そう言って少女は笑う。
いとも無邪気に怪物は笑う。
ミィの不安を見透かして、ミィの恐怖を見通して、その『絶望』が微笑みかける。


ミセ*^ー^)リ「ダメだよ、そんなのは。折角ここまで来てくれたのにどっか行っちゃうなんて許さない。ねぇ、そうでしょ?」

マト; −)メ「……ッ!」


そう。
ミィは撤退も視野に入れていた。
だがその案はこの瞬間、即座に却下された。

576 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:48:10 ID:N78RRPuQ0

見えたのだ、未来が。
これから先に何が起こるかが。

ミィは祈った。
自分の目に映る未来が間違っていて欲しいと切に願った。
けれど、彼女の魔眼は絶対であり、その未来が覆されることはまずありえない。

だからこそ――彼女は見ていることしかできなかった。


ミセ*^ー^)リ「そんなこと考えてるなら……こうしちゃうっ!」


予測した未来が再現される。
寸分違わず、一縷の狂いもなく現実になっていく。

『クリナーメン』が指を鳴らす。
狙いはミィではない。
彼女の後ろ、地下六階へと続く階段だった。
次の瞬間、どういった理屈なのか、天井が壁が崩落し瓦礫の山へと姿を変えた。

常人には何が起こったのか分からずとも、ここにいる二人の怪物だけは正確に自体を認識していた。

577 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:49:10 ID:N78RRPuQ0

結論だけを述べるのならば――今この瞬間を以て、ミィの逃げ道がなくなった。
彼女が予測した未来の通りになり、残ったのは退路を断たれたという最悪の現実だけだった。


マト# −)メ


思わずミィは腰に提げていた拳銃を抜き発砲する。
それが無駄な行為と知りながらも、そうせざるを得なかった。

だが今回も彼女が予め見たままに現実は進行していく。

放たれた弾丸は『クリナーメン』の眉間を正確に撃ち抜く軌道だった。
命中するはずだった。
しかし立ち塞がる少女は、ミィが予測した通りに――無傷。


ミセ*^ー^)リ「どうしたの? らしくないよ? そういうのは通じないって分かってるでしょ? ううん、『見えてた』でしょ?」

マト#゚−゚)メ「…………」

ミセ*^ー^)リ「私の『運命論(クリナーメン)』は人間にはちょっとだけ当て難いけど、運動エネルギーを持たない物体や弾丸みたいに簡単な計算式で予測できる物体にはいくらでも発動できるの」

578 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:50:21 ID:N78RRPuQ0

そんなことは分かっていた。
分かっていても、ミィはそうせずにはいられなかったのだ。
だが対する彼女にはそれが分からなかった。

その少女、『クリナーメン』は言う。


ミセ*^ー^)リ「らしくないよ、『プロヴィデンス』。怖がったり恐れたりなんて、あなたらしくないよ、ねぇ」

マト# −)メ「あなたが、私の――何を知っているんですか……っ!!」


感情のままにミィは走り出す。
突撃し、肉薄し、銃を構え、銃爪を引き、死角を探り、動き回りながら攻撃を加えていく。
だが全ては無駄に終わる。
どんな攻撃も『クリナーメン』には当たらず、無効化される。

相手の反撃も予測して回避できているのが唯一の幸いだったか。
たとえ怒りに任せた行動だとしても、それでもミィの両の瞳は当然のように知覚し演算し予測し、未来を示していく。


ミセ*^ー^)リ「知ってるよ。だってそうでしょ? 『確率的決定論(クリナーメン)』と『因果的決定論(プロヴィデンス)』は本質的には同じ、並び立つものだから」

マト#゚−゚)メ「何を言って……! 頭がおかしいんじゃないですか!?」

579 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:51:15 ID:N78RRPuQ0

ミセ*^ー^)リ「ううん、おかしいのはあなたの方だよ。ねぇ、何を怖がってるの? どうして怖がってるの?」

マト# −)メ「何を言っているか分かりません!!」

ミセ*^ー^)リ「あの一緒にいた人間のせいかなぁ? あの人におかしくされちゃったの? あんな取るに足らない存在のせいで変わっちゃったの?」


あなたにブーンさんの何が分かるんですか、と怒りに狂う少女は叫ぶ。
分かってるんでしょ、と無邪気に微笑んだままの少女は言う。


ミセ*^ー^)リ「ねぇ、その瞳なら分かるでしょ?見えるでしょ? あんなのは、私達とは違うんだよ?」

マト#゚−゚)メ「誰かが誰かと違うのは当たり前です! それに、私はあなたとは違う!!」

ミセ*^ー^)リ「そうじゃないよ、本当は分かってるんでしょ? あんなのは、何も現実を変えられないし、何も未来を作れないって」

マト# −)メ「違う!ブーンさんはっ!」

ミセ* ー)リ「この世界で、」


少女は言う。

580 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:52:08 ID:N78RRPuQ0

『運命』が、『奇跡』が、『絶望』が形を成したかのような少女は言う。
何処までも無邪気に笑いながら告げる。



ミセ* ー)リ「この世界で絶対なのは、たった二つ――『確率論(クリナーメン)』と『因果論(プロヴィデンス)』だけなんだよ?」



『確率』と『因果』。
そう。
その二つの前では人間など塵芥に同じなのだと。

人間はその二つの概念から逃れることはできないし、抗うことも許されない。
ただ翻弄され、絶望し、ただ身を委ねることしか許されないのだと。


マト −)メ「……だったら、」


ミィは立ち止まり、俯いた。
不安に駆られた表情を隠すように顔を伏せる。
無駄で無謀なことだと分かっていても、そうせざるを得なかった。

581 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:53:09 ID:N78RRPuQ0

「だったら」とミィは言う。
あまりにも痛切な、何かよく分からない感情を込めて。
心の奥の苦しさを言葉に乗せて呟いた。

まるで何かに祈るように。
あるいは――神にでも、縋るように。


マト −)メ「そうだとしたら……人間の生に、何の意味があるんですか……?」

ミセ*^ー^)リ「意味?」


しかしそんな感情も目の前の少女には伝わらない。
手の届きそうな場所に、すぐ近くに立っているというのに何処までも、遠い。
『クリナーメン』は平然と返答する。


ミセ*゚ー゚)リ「ないよ、そんなの。犬や猫が意味を持って存在していると思うの? それと同じだよ?」

マト −)メ「なら、あなたにはどんな意味があるんですか?」

ミセ*^ー^)リ「ないよ? だって『奇跡』に意味なんてないでしょ? それは、そういうものなんだから。私はこういう在り方のものってだけ」

583 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:54:09 ID:N78RRPuQ0

こういう在り方の存在であるというだけ。
これまでもずっとそうだったし、これからもずっとそうだった。
そういうものであるのだ、と。


マト −)メ「(ああ―――)」


ああ、とミィは今一度思う。
まるで死人みたいだと。

目の前に立つ少女は初めて会った時とまるで変わらず、変化がない。
多分これから先もずっと変わらないままなのだろう。
まるで死んでいるみたいにずっと止まったまま、変わることなく、誰にも変えられることもなく。
ずっとこうして存在し続けるのだろう。

そんなものが。


ミセ*^ー^)リ


そうだ。
そんなものは――きっと。

584 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:55:06 ID:N78RRPuQ0

マト −)メ「(…………ブーンさん)」


自分の大切な相手のことを、思い出す。
彼はなんと言っていたのだったか?

人が、生きるということは―――。


マト −)メ「(人が生きるということは――変わり続ける世界の中で、責任を受け入れて、後悔しながらでも、それでも未来を――自分を選び続けること)」


それが『生きる』ということ。
彼が教えてくれたこと。

だったら。


マト ー)メ「……はは。はっ、あはは」

ミセ*゚ー゚)リ「何がおかしいの?」

マト ー)メ「いえ、ずっと見えていなかったことがやっと見えたので、おかしくて」

585 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:56:08 ID:N78RRPuQ0

そうだ。
恐怖も不安もある。
でも、今ならば自信を持って答えられる。

だからミィは言うのだ。


マト −)メ「あなたの方が正しいのかもしれません。偶然も因果も運命も……凄く大きな力です。抗えない、従うしかない。そういう見方もあるのかもしれない」

ミセ*゚ー゚)リ「……?」


それはそうなのかもしれない。
自由だ未来だと叫んでみたところで人間なんて些細な偶然で容易く死ぬ存在。
これまで生きてこられたのは少しばかり運が良かっただけで、次の瞬間にでも何か運悪く死ぬ可能性はゼロではない。
そんなこと以前に誰だっていつかは死ぬのだから生きている意味なんてないのかもしれない。

そうなのかもしれない。
そうかもしれない、だけど。


マト ー)メ「……でも、私はそうは思わない。私にとっての『未来』は一人一人の選択によって紡がれていくもの。それこそが私の思う『因果』です」

586 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:57:11 ID:N78RRPuQ0

そう。
それこそがミィの思う『因果』だった。
……いや、少し違うだろうか。

単に「思う」のではなく、ミィは「見てきた」のだ。
記憶を失くして街を彷徨う中で、無数の誰かとすれ違い出逢う中で、何よりも――大切な人と一緒にいる中で。
彼女はずっと『因果』を見てきた。
この世界がどういう在り方をしているのかを見てきたのだ。

だから、ミィは知っている。


マト ー)メ「(……私は、知っている)」


ミィが見た数え切れない人々には皆に『過去』があった。
一人ひとりの選択が、少しずつ『未来』を作っていた。
そんな人々の集まったものが『現在』だった。

無駄なものなんて一つもなかった。
無視して良いものなんて少しもなかった。

587 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:58:07 ID:N78RRPuQ0

どんな些細な行動でも、それは確かに世界へと影響を及ぼしていた。
誰かの人生が量子の揺らぎのような小さな結果しか生まなかったとしても、それは紛れもなく一つの結果であり、存在しないことにはならない。
意味なんてなかったとしても、誰だって誰かと同じように生きているのだから。

そしてそれは多分、「意味がある」ということなのだ。
そして同時に、「意味を見つけなければならない」ということなのだ。


マト −)メ「だから、私はあなたとは違う。……それに何よりも、私は」


だからもう一度、言おう。
今の生命を叫ぼう。

そう、彼と一緒に『未来』を見られる場所に帰る為に。



マト#゚ー゚)メ「私はあなたみたいに何も選んでいない、生きていない――――死んでいる奴なんかに、私は負けない!!!」



その言葉こそが今の少女の答えだった。

588 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 21:59:02 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


『クリナーメン』はミィの言葉に何も言わず、変わらずに微笑んだままだった。
その様は、理解できない、と無言で語るようでもあった。

彼女は何も言葉を返すことなく、ただいつもと同じように右手を前に伸ばす。

狙いはほんの三メートル前方に立つミィ。
この距離ならば避けられまい。
躱せたとしても二度、三度と攻撃を繰り返せば当たるだろう。


ミセ*^ー^)リ「(あんまり聞き分けないと……足とか腕の一本くらい、もいじゃうんだから)」


どうせ自分達の能力に重要なのは瞳だけなんだから、と。
そうしたあまりにも恐ろしい選択を容易く下せることも少女の少女らしさだっただろうか。

予測した未来の中のミィには大きな動きもない。
「負けない」と叫んでおきながら、諦めたのかな?
無邪気にそんなことを思った。

589 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:00:10 ID:N78RRPuQ0

そうして少女は慣れた風に指を弾く。
確率と運命を操る異能をいつもと同じように指先一つで発動させた。

―――その、はずだった。


ミセ;゚ー゚)リ「………………え?」


次の瞬間、彼女は驚愕した。
『何も起きなかったから』だ。

これまでの戦闘でも何度も回避され、結果的に『何も起きなかった』ことは何度もあった。
だがしかし今回は標的であるミィはほとんど動いてすらいない。
回避していない。

ならば、何が起こった?


ミセ;゚ー゚)リ「(どうして?なんで?いつもと違う? 何が、何処か、確か―――)」


一瞬前の情景を記憶の底から掘り起こす。
焦る少女を後目に、ミィは微動だにしない。

590 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:01:02 ID:N78RRPuQ0

何が起こった?
何が違った?
思い当たるとすれば、たった一つ。

そう――音が、二つあった。


ミセ;゚ー゚)リ「……まさか、」

マト −)メ「今の今まで気が付かないなんて、やはり『未来予測』の方は不完全みたいです。それとも消耗を抑える為に出力と精度を下げているのか」


あの指を弾く音が重なっていた。
少女が一度しか鳴らしていないのだから、もう一つの音を作り出したのは――ミィ。


ミセ;゚ー゚)リ「まさか『プロヴィデンス』……あなたも、私と同じ能力を……っ!」

マト −)メ「違います。そして答える義理はありませんが、これだけは述べておきます」

ミセ;゚ー゚)リ「何を……?」

591 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:02:01 ID:N78RRPuQ0

毅然と、ミィは告げた。


マト゚−゚)メ「もうあなたでは――私に、勝てない」


アカイロに染まり淡く輝く瞳が少女を貫いた。
眼の奥にあるのは光。
確信という名の強い輝きだった。

すぐさま『クリナーメン』は無我夢中で能力を発動させる。
ペース配分や身体への負担などを一切無視し、最大限の精度と出力で未来を予測し奇跡を起こ―――。


ミセ;゚ー゚)リ「(!!)」


瞬間、彼女は攻撃が失敗することを理解した。
予測にも普段以上の出力を割いた分、精確に未来は見えるようになった。
それ故に分かってしまった。
駄目だ、と。

更に彼女は理解する。
ミィが何をしているのかを。

592 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:03:08 ID:N78RRPuQ0

ミセ;゚ー゚)リ「指を弾く行為及びそれが生み出す音によって大気中の分子の挙動を変化させ、その影響が連鎖拡大し時間発展した結果、『確率論(クリナーメン)』の能力が乱された……!!」


『バタフライ効果』――と、呼ばれる現象だった。

かつての自然科学者は自然現象を決定論的に予測できると考えていた。
極めて近似した条件のほぼ同様の状況は同じ時間だけ経過すれば同じような結果に落ち着くはずだ。
「多少の誤差ならば無視しても構わない」という認識だったのだ。

しかし、その前提は覆されることになった。
何処かの国の蝶の羽ばたきのような小さな要素が天候に大きな影響を与える可能性がある、と。

一般に「カオス系」と呼称されるような複雑な力学系においては初期値の差が時間経過によって大きな差異へと拡大していくとされる。
端的に言えば「どんな小さな誤差であっても無視することはできず、些細な差が結果を大きく変えることがありえる」ということだ。
どんな小さな差であっても、正確な結果を出す為には無視することはできない。
つまり完全に未来を予測することは不可能なのだ。


マト −)メ「(……そう)」


カオス系を予測する為には全ての要素を完全に知覚することが必要。
人間には不可能とされているが、しかしそれこそが、かつてミィが僅かに語った『未来予測』の理想だった。

593 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:04:04 ID:N78RRPuQ0

そして、今ミィが行っているのはバタフライ効果の再現。
『能力の発動』という結果を、『指を鳴らす』という行為で生じる僅かな影響を用いて、キャンセルしたのだ。
未来を予測した上で、予測した未来を変化させた。


ミセ;゚ー゚)リ「そんな……そんな、わけ……」


呆然と『クリナーメン』は立ち尽くす。
無理なからぬことだった。

そもそもミィも彼女も完璧な未来の予測(『ラプラスの悪魔』と呼べるようなもの)は不可能だ。
普段の『未来予測』の使用の際でも可能な限り知覚し考慮するが、それでも膨大な要素を切り捨てて、凡その未来だけを予測している。
『確率論(クリナーメン)』という能力だって完全な素粒子の動きのシミュレートなど到底無理なので能力で無理矢理誤差を調整し使用しているような状態だ。

だから、ありえない。


ミセ;゚ー゚)リ「(……限界まで知覚範囲を広げ、出力を最高にし、最大まで精度を上げたとしても、それでもまだありえない!!)」


ありえない。
ありえない。
そんな言葉だけが少女の頭で渦巻いている。

594 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:05:11 ID:N78RRPuQ0

そう言えば、と思い出す。
ミィが指を鳴らした際には微動だにしていなかったが、あれは動かなかったのではなく、動けなかったのかもしれない。
回避しなかったのではなく、できなかった。
歩く、息を吸う、顔を上げる、言葉を発する――そんな当たり前の行為ができないほど限界まで能力を使用していたからだ。

元より『未来予測』の能力は考慮する要素が多ければ多いほど負担が増す。
だからこそ異能の力という異常な現象を解析しなければならない対異能の紅の瞳はミィの目に障るものだった。
それよりもまだ出力が上なのだから、想像を絶する疲労と苦痛であっただろう。


マト −)メ「(……あの都村トソンという人の能力ならば、こう上手くは行かなかった。能力の発動は止められず、座標をズラすのが精一杯だったはず)」


そう。
素粒子に干渉する『確率論(クリナーメン)』は、絶対であるが故にあまりにも繊細過ぎたのだ。
僅かでも演算が狂えば全てが台無しになってしまうほどに。

いや、単に――こう言えるだろう。


マト −)メ「…………あなたはブーンさんを、いえ人間そのものを取るに足らない存在だと考えているようですが……」

595 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:06:02 ID:N78RRPuQ0

呼吸を落ち着けつつミィは言葉を絞り出す。
そうして、一歩また一歩とゆっくりと扉に向かって歩きながら続けた。


マト −)メ「ですが……この世界には、無駄なものも無力なものも無視して良いものも、ない。未来とは、全ての要素が絡み合い織り成す先に在るものです」

ミセ;゚ー゚)リ「『プロヴィデンス』……」

マト −)メ「それが理解できてない時点で、あなたが私と同じわけがない。『We do not know and we will not know.』――未来なんて誰にも、分からない」


ミクロがマクロに影響を与えているのと同じように、マクロもミクロに影響を与えている。
あるいはミィの大切な人ならばこう表現したのだろうか。
「世界が個人を変化させるように、個人も世界を変化させているのだ」と。
全てが繋がり合って存在しているのだと。

結局はその程度の差だった。

『確率論(クリナーメン)』と『因果論(プロヴィデンス)』は確かに本質的に同一で、並び立つものであり、能力は拮抗していたのかもしれない。
勝敗を分けたのはそれを使う者がそれぞれどんな風に世界を認識していたか。
そんな程度の本当に些細な差だ。

そして世界というカオス系においてはそんな些細な差が無視できない。
この結末は、つまりはそういうことだった。

596 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:07:02 ID:N78RRPuQ0

ミィは歩き続ける。
もう背後の少女に興味などないという風に。

向かうべきは扉の向こう側。
最早能力を維持するのも難しいが、それでも行かなければならない。
早く帰らないとあの人が心配してしまうから、と。


ミセ* -)リ「…………待って。待って、よ……。私は、ずっと……」


少女が何かを呟いても振り向くことはない。
眼中になかった。


ミセ; ー)リ「お願い、待ってッ! 『プロヴィデ―――」

マト −)メ「―――見逃そうとも考えたましたが、やはりお前の存在そのものが、」


目に障る、と。
そしてそう告げると、追い縋ろうとする少女の心臓をミィは振り向くこともなく撃ち抜いた。

こうして彼女が宣言した未来は遂に実現したのだった。

597 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:08:01 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


 そうですか、と都村トソンは呟いた。
 それはいつものような丁寧ながらも素っ気ない言葉ではなく、何かまるで慈しむような、深い感情に満ちた一言だった。
 それがどんな感情なのかは僕には分からないが、そんな風に思ったのだ。
 そんな風に聞こえたのだ。

 続けて彼女は言う。


「私がその少女の名前を聞いた際、どんな発言をしたか覚えていらっしゃいますか?」

「あの遊戯室でのことかお? 確か……」


 ―――「『ME』で『ミィ』ですか。……良い名前ですね。人間の受動的側面を意味する単語であり、『摸倣子(Meme)』の最初の二文字です」


「ミィの名前を聞いて良い名前だとか、『ミーム』の最初の二文字だとか、そんなことを言ったんじゃなかったかお?」

「はい、その通りです。ミームについてはご存知ですよね」

「一通りは」

598 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:09:04 ID:N78RRPuQ0

 『ミーム(Meme)』とはある生物学者が遺伝子(Gene)に対応する概念として提唱したものだ。
 人から人からコピーされる情報のことであり、言わば、文化の遺伝子だ。
 簡単な例では、習慣や流行が『ミーム』に該当する。


「全てを知覚する『未来予測』の能力では見えない、唯一見ることのできない人間の心や身体に刻み込まれた文化……そういうものがミームです」


 少し面白いなと思いまして、と都村トソンは小さく笑った。
 ミィとはまるで違う笑み。

 でも、と僕は考える。
 そういう観点から見れば『ミィ』という名は彼女の能力には合っていなかったかもしれない。
 『未来予測』でも決して見えない人間の本質を想起させるような名前なのだから、ちぐはぐというか、皮肉な感じもしないでもない。

 そう。
 ただ能力だけで彼女を見れば、『クリナーメン』と名乗った少女が呼んだ『プロヴィデンス』という名前は如何にも相応しい。
 『プロヴィデンス(Providence)』とは、全てを見通す天帝や連なり紡がれる因果を意味する単語なのだから。


「そう言われると妙な名前だったかもしれないお。僕としては『自分(Me)』とか『記憶(Memory)』に関連させて付けたつもりだったんだが」

「いえ、良い名だと思います。私が思い浮かべたもう一つを踏まえても」

599 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:10:03 ID:N78RRPuQ0

「もう一つ? ああ、人間の受動的側面がどう、ってやつか」

「はい。『自分』を表す単語には『I』と『Me』がありますが、社会学や心理学ではこの二つは代名詞や目的語という意味を超えて使われています」

「『自我』と『他我』か」

「そうとも表現できますね」

 
 『I』とは、人間の主体的で能動的な一面。
 『Me』とは、人間の受動的な一面。

 主体的や能動的はそのままだが、受動的というのがどういうことかと言えば、他者から影響を受け役割を演じようとするということだ。
 「社会的な側面」と言い換えれば分かりやすいかもしれない。
 僕達人間は社会規範を学び、それが『社会的他我』として内面化されているのだ。


「さて、『Me』とは個人の中に存在し個人に影響を与える社会や他者のことですが、大きく分けて二つ種類があることをご存知ですか?」

「え? いや、それは寡聞にして知らないお」

「一つは所謂法律や常識のような『一般的な他者』です。普段イメージするような社会や他人ですね」

「……なら、もう一つは?」

600 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:11:21 ID:N78RRPuQ0

 都村トソンは、何処か懐かしむように言った。


「『重要な他者』です。両親のような、ごく近しい他人の影響を人間は大きく受けている」

「……それはまあ、社会と家族とどちらが重要かと訊かれれば、自分に影響を与えているのは家族だろうな」

「はい。だから通常は『重要な他者』の例として家族が挙げられます」


 ですが、と彼女は続けた。
 とても静かに、とても優しく。


「私は――恋人や友人も十二分に『重要な他者』足り得ると思います。自分の生き方に影響を与えるような、自分の中の他人になると」

「自分の中の、他人……」


 『自分の生き方に影響を与えるような、自分の中の他人』。

 僕は家族以外にそう呼べる相手とどれくらい付き合ってきただろう。
 どれくらいの大切な人と出逢ってきたのだろう?

601 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:12:07 ID:N78RRPuQ0

「あなたは先ほど、あの少女のことを『普通じゃないとしても一人の可愛い女の子だ』と言いましたね」

「……そうだな」

「ですが私は、あなたと出逢ったばかりの彼女はきっと今よりも遥かに異常で逸脱した存在だったと思います」


 条理を超えた異能を持ち。
 他人を躊躇いなく傷付け殺そうとし。
 命のやり取りをしている間でも笑うような。

 彼女は元々、そんな存在ではなかっただろうか?
 一体、いつから今のようになったのだろう?


「あなたが、そうしたんです。あなたが彼女を変えた」


 都村トソンは言う。


「彼女の隣に立っていたあなたがいたことで、あなたの影響を受けて――彼女は変わったんです。あなたも、彼女自身も気付かない内に、少しずつ」

602 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:13:11 ID:N78RRPuQ0

 僕がミィを変えたのだと。
 というよりも、もっと相応しい言い方がある。
 そう。

 あの時彼女に出逢った僕が、あの何もかもを失っていた一人の少女を――『ミィ』にしたのだ。


「全ての記憶を失くした少女にとって、あなただけが唯一無二の『重要な他者』だった。あなたが彼女を変えたんです」

「いや、そんな……!」

「罪悪感や責任感を抱く必要はありません。人間は多かれ少なかれ他人の影響を受けている。そもそも、あなただって彼女の影響を受けているのだから同じです」

「……僕が?」

「彼女と出逢う前の自分と、今の自分。全く同じだと思いますか?」


 思え……ない。
 思えるわけがない。

 預金残高が減ったとか目が見えなくなったとか、そんなことじゃなくて。
 僕はミィと出逢って、彼女と過ごして、色んな経験をして……。
 きっと変わったのだと思う。

603 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:14:01 ID:N78RRPuQ0

 ああ、そうか。
 だとしたら、ミィだって―――。


「……本当に良い名前を持ったと思います。少し嫉妬してしまうほどに」

「そうだな……。良い名前、なのかもしれないな……」


 僕は少し微笑んで、言った。


「でも、まるで見てきたみたいな言い方だお。僕達自身だってそんなに意識してなかったのに」

「見てきた――のではなく、経験してきたのですよ」

「え?」

「私だって、昔は一人の女の子でしたから。誰かと出逢って、その誰かが大切な人になって、その大切な人に変えられて……そんな経験くらいありますから」


 なるほどな。
 思わず納得してしまった。
 懐かしむような口調は僕達を見てではなく――僕達を通して見た、自分自身の過去に対してだったのだろう。

604 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:15:22 ID:N78RRPuQ0

 そっか。
 そうだよな。
 この人にだって『過去』があったんだ。

 僕は知らないけれど、きっと数え切れないくらいに誰かと出逢って、無数のことを経験して、生きてきた。
 そして、僕やミィと同じように――生きているんだろう。


「では、そろそろ始めましょうか」


 と。
 唐突に都村トソンが言った。


「あなた方の『現在』の話はもう終わり。今から私が語るのは、あなた方の『過去』の話です」

「……ああ。待ちくたびれたよ」


 強がって僕は答える。
 正直、怖い。
 けれど彼女の語る『過去』はきっと知らなければならないことだと思うから。

605 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:16:44 ID:N78RRPuQ0

 そう。
 多分、ミィの『心の中の誰か』で在り続ける為には。 


「そうですね……。折角私のことに触れたのですから、私の話から始めましょう。そちらの方が理解し易いでしょうから」


 都村トソンは特に気負った風もなく、淡々と続けていく。


「……長い話になりますが、どうかお付き合いください」


 探し続けた記憶が。
 求め続けた真実が。
 今、ここに。

 そして。


「まずは私が生まれた……いえ、造られた時の話から。私がまだ、『名もなき怪物』だった頃の話から始めましょう―――」


 そして、過去が始まった。

606 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:18:04 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


少しふらつきながらもミィは扉に辿り着く。

その奥に何があるのかは相も変わらず分からない。
先の戦闘で体力を消耗したから――ではなく、とにかく見えないのだ。
部屋があること、そこに生体反応がないことはなぜだか分かるのに、具体的に何があるのかはまるで分からなかった。

初めての感覚だった。
『未来予測』という能力を持ち千里眼とでも呼べるような知覚能力を持つ彼女にとっては「見えない」という事実がまず恐ろしかった。
目の前に何があるのか分からない、未来が見えない。
堪らなく怖かった。

彼女にとっての初めての、暗闇。
今の今まで見えていたものが見えなくなるその恐ろしさは失明にも近かっただろうか。


マト ー)メ「(…………ああ)」


胸に訪れるのは二つの感情。
恐怖と、後悔。
思わず胸倉を掴んだ。

607 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:19:06 ID:N78RRPuQ0

こんな時、あの人が隣にいてくれたらどんなに良かっただろう?
そして、私のせいであの人はずっとこんな思いをするようになったんだと。


マト −)メ「(早く……早く、帰らないと……)」


約束を思い出す。
自分が目になると言ったことを。
だから、早く帰らなければならない。

一刻も早く、帰らなければ―――。


マト゚−゚)メ「…………帰る?」


違和感に動きを止めた。
早くこの施設を出て待ち合わせ場所に行かなければならないことは分かっている。
そうしたいの、だが……。

何故だろう。
ミィには「帰る」という単語が頭の奥底の何処かに引っ掛かるのだ。

608 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:20:03 ID:N78RRPuQ0

何がおかしいのだろう?
考えてみても答えは出ない。
記憶喪失なのだから違和感の正体に気付けるはずはなく、そもそも勘違いという可能性も大いにある。

その魔眼で自分の頭の中が見えれば良かったのだが、不思議なことに『未来予測』という能力は自らのことは分からないのだ。
自分が観測する主体であるからだろうか?

そんなことはどうでもいい、と首を振る。
後で考えれば良いのだ。
今はとにかくこの扉を開けなければと辺りを見回すと、扉の脇にパネルのような物が設置されているのを発見した。
パスワードを入力するのだろうが、それには何も書かれていない為にどうすれば良いのか分からない。

その声が響いたのは、もう少しだけ『未来予測』の出力を上げて用途やパスワードを調べようか、と何気なく機器に触れた瞬間だった。



『―――認証しました。』



アナウンス嬢のような綺麗な声で機械がそう告げた。
次いで、扉が開かれる。

その奥にあったのは暗い空間。

609 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:21:01 ID:N78RRPuQ0

マト;゚ー゚)メ「(なんで?どうして? どういうこと……?)」


何故扉は開いたのか。
いくら考えてみたところでその答えは出やしない。

答えが見つかるとしたら、この先。
暗い部屋の奥。
彼女が探し続けてきた全ての真実がそこにあるのだろう。

いや――【記憶(じぶん)】と言うべきか。


マト;゚−゚)メ「(この先に、私の『過去』が……)」


全ては勘違いで、空振りに終わる可能性だって大いにあった。
だが、ミィの理性ではない部分が告げている。
この先に全てが待っている、と。

知っていた。
分かっていた。

全ての記憶を失っても――それでも、何処かが覚えている。

610 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:22:09 ID:N78RRPuQ0

足を踏み入れかけて、止まる。
すぐそこに探し続けてきた『過去』が、求め続けきた『真実』が待っているというのに、足が竦む。
胸の鼓動が激しくなり、ぼやけた視界で倒れない為に壁を掴んだ。
手が震え、自分を鼓舞する為に出そうとした声は掠れた音となって地下に消えた。

心にあるのは一つの懸念。
一つの恐怖。


マト −)メ「(『過去』は知りたい。でも、記憶を取り戻したら、もしかしたら、私は……)」


―――今度は今の記憶を忘れてしまうかもしれない、と。

記憶喪失、つまり全生活史健忘は「自分に関する記憶(過去)」が思い出せなくなる逆行性健忘だ。
これには様々なパターンがあるが、どの場合においても運良く記憶が戻った際にある状態に陥る可能性がある。
それは「『記憶を忘れていた間の記憶』を忘れる」という可能性だ。
そしてそれは通常の記憶喪失とは異なり、『忘れてしまったこと』それ自体を忘れてしまうと言われる。

記憶がなかった間のことは客観的な時間経過で分かるのだが、わざわざ記憶喪失中の記憶を取り戻そうとする人間は少ないだろう。
だってそれは【記憶(じぶん)】を失くした状態のことであって、つまり、『自分』ではないのだから。

【記憶(じぶん)】ではない――『自分』だったのだから。

611 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:23:02 ID:N78RRPuQ0

ならば。
だとしたら、一体――『自分』とは何なのだろうか?
『記憶』とは何なのだろうか。
本当に『記憶』は『自分』の同義語か?

人間は『記憶』が続いていくことで自らの存在を確認するが、ならば『記憶』が断絶してしまえば『自分』ではなくなるのか?
私は私であって私でしかないというトートロジーなんて聞き飽きているが、でも、「私が私である」というその単純な事実は誰か証明してくれる?

『過去』とはなんだ。
『未来』とはどんな意味を持つ?
『自分』とは、一体……。

いくら考えてみたところで、そんな問いの答えなど出てこない。


マト; −)メ「…………ブーンさん……」


ミィは大切な人の名前を小さく呼んだ。
今の名前で、今の大切な人の名を、呼んだ。

あの人が隣にいてくれたら、この難解な問いにも答えられただろうか?
きっと答えを知らなかったとしても一緒に考えてくれたはずだ。
彼なら、どんな風に答えてくれたのだろうか?

612 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:24:03 ID:N78RRPuQ0

会いたい。
傍にいたい。
そんな気持ちだけが胸を満たす。

声が聞きたい。
言葉を交わしたい。


―――「……なら僕はとりあえず君のことを『ミィ』と呼ぼう」


自分に名前をくれたあの人に。


―――「あの時、君が望む未来の為に僕に声を掛けたのと同じように――僕だって望む未来の為に君を雇ったんだお」


自分を必要としてくれたあの人に。


―――「……服や鞄のことなんてそんなに気にするな。また買ってやるから。その程度の記憶なら、またいくらでも作ればいいんだから」


自分に何度でも記憶をくれると言ったあの人に。

613 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:25:01 ID:N78RRPuQ0

―――「…………だから、僕を助けてくれ――ミィ」
―――「―――お前、可愛いな」
―――「ご忠告は痛み入るが、僕達の行く道は僕達が決める。後悔するかどうかも、だ」
―――「……だけどさ、『過去』を知ることによって初めて開ける『未来』もあるんじゃないのかお?」
―――「少しの間だけでいいから――僕の代わりに『過去』を見据え、僕と一緒に『未来』を夢見る、僕の目になってくれないか?」
―――「代わりに僕はずっとお前の帰りを待ってる。真実も過去も、何も分からなくたっていいから。……だから、必ず帰って来い」
―――「―――無事に帰って来いよ、ミィ」



マト ー)メ



ああ、と彼女は思う。
初めて出逢った時はなんにもなかった自分なのに、今ではもう、こんなにも様々なものが心の中にある。


マト-ー-)メ「だから」


だから。
だから。
だから、私は―――。

616 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:26:03 ID:N78RRPuQ0

だから、私は言おう。
この確かな『現在』のその先に何かがあると信じて。

そう。




@「―――私は『ジブン』を見つけた」


A「―――私は『ジブン』を見つける」








.

617 名前:名も無きAAのようです :2014/03/10(月) 22:27:11 ID:N78RRPuQ0


  僕達は何かを選びながら生きている。
  だけど、「選ぶこと」は本質的に「捨てること」とイコールだ。
  僕達は選ばなかった選択肢を捨てながら生きてきた。

  『記憶』が『自分』の同義語だと言うのなら、忘れることを宿命付けられた僕達は、常に『自分』を死なせながら生きている。
  今まで僕が死なせてきた僕自身は一体何処へ行くのだろう。

  忘れられることを捨てられない僕でも、せめて僕の中の彼女だけは死なせたくないと――そんなことを、今は思う。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第十話:私と自分と記憶と誰かと世界と、そして……」





.

645 名前:【最終話予告?】 :2014/03/17(月) 21:00:27 ID:HuJnaFlE0

「……なあ、ミィ。
 お前の言う通りに、いつかは今ここにいる僕達は死んで、僕達の子孫や社会もいつかはなくなってさ、この世界でさえも消えちゃうんだろう。
 神様を死なせちゃった僕達は死後の永遠を信じることすらできやしない。

 でも、さ。
 それだけじゃないんだよな。
 辛く苦しく消したい『過去』が決して忘れられないように、この『現在』だって決して失くなったりはしないんだ。
 今、この瞬間は絶対に嘘にならない。
 だから最後には全部消えちゃったとしても、無駄なんかじゃないんだよな。

 そうだよ。
 悠久の時の流れの中の、その無数の刹那の一つ一つこそが永遠だ。
 僕はそう信じていたいと思う

 だから僕達が一緒に過ごしたあの日々は、なかったことにはならないと信じてる。
 きっと君だってそう思っていてくれただろう?

 なあ、ミィ―――                                                              」



 ―――次回、「最終話:Ms.M」

753 名前:【最終話予告】 :2014/05/06(火) 01:15:03 ID:bHGnGKRA0

「……約束しましょう、ブーンさん。  

 悩んだって戸惑ったって構わないです。
 立ち止まって休んだりしても、時には俯き涙を流してもいいです。
 だけど約束しましょう。
 死んだように生き続けることだけは絶対にしないと。

 変わり続ける世界の中で。
 責任を受け入れて。
 後悔しながらでも。
 それでも『自分』を選び続けていくことを約束しましょう。
 どんな『未来』が訪れるのだとしても選択をし続けることを約束しましょう。

 絶対です。
 約束ですよ?

 たとえこの先に何が待っていたとしても、私は掛け替えのない『現在』に約束します。
 だからブーンさんも約束してください。

 どんなに後悔したとしても、きっとあなたが教えてくれたように生き続けていくことを、約束してください―――」



 ―――次回、「最終話:My Memory」


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