669 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:41:54 ID:CcRFw9FQ0




  ああ、もしも


  もしも全ての過去と記憶を消して、もう一度最初から彼女に出逢えたのなら


  僕はあの世界でひとりぼっちだった少女に、今度はどんな言葉を掛けるのだろう―――







.

670 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:43:16 ID:CcRFw9FQ0






        マト ー)メ M・Mのようです


        「最終話:Ms.M」





.

671 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:44:17 ID:CcRFw9FQ0

少女は言う。
この確かな『現在』のその先に何かがあると信じて。




マト-ー-)メ「―――私は『記憶(ジブン)』を見つける」




そう。
この『現在』の先に求める『未来』があると。
この『現在』は自分の失くした『過去』から続いてきたものだと。

だから。
つまりは――自分の望む『未来』に向かう為には、まず『記憶(ジブン)』と向き合わなければならないと。


マト-ー-)メ「……そうだ」


忘れるわけがないんだ。
忘れられるわけがないんだ。

672 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:45:05 ID:CcRFw9FQ0

少女は小さく呟く。
忘れられない、と。

もしここで踵を返し何も知らないまま戻ったとしても、多分あの人は温かく迎えてくれる。
だけど、ここで見つけ損なった『過去』への思いはずっと自分の心の中に残り続ける。
忘れられやしないのだ。

そして同時にこうも思う。
たとえ記憶を取り戻したとしても、今の自分は――これまで作り上げた自分とあの人がくれた記憶は決して消えることはないと。
忘れるわけがないのだ。


マト-ー-)メ「だから、大丈夫です」


忘れられない。
忘れるわけがない。
忘れられるわけがない。

だから彼女はその一歩目を踏み出す。
もう迷うことはなかった。

彼女は歩き出す。

673 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:46:15 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 都村トソンは語る。


「……前提として、この世界には『超能力』と呼ばれる現象が存在しています」

「ああ」


 およそ数千人〜数万人に一人の割合で発現する異能の力。
 『超能力』。
 形態や強度は様々ではあるが、条理の外の力を使える人間がこの世界にはいる。

 そう。
 数としては少ないが、確かに存在しているのだ。


「『超能力』が何であるかを説明するのは非常に難しいですが、端的に言えば、個人にのみ適応される物理法則のようなものです」

「そういう風に決まっているから、そうなっている……ということかお?」

「そうですね。理屈はない、と言えるかもしれません。厳密にはあるようですが、理解している人間はほぼいません」

674 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:47:10 ID:CcRFw9FQ0

 証明だとか説明だとか、そういうことは実は意味がない。
 そこに存在してしまう以上、『超能力』が実在することは紛れもない現実なのだから。


「私の周りでは『超能力』の原理を『回路』と呼ぶことが多いですね。その『回路』が作動すると現実が少し、変化する」

「つまり、お前とミィは『超能力』を使える点では同じだが、持っている『回路』が違うから、起こせる現象が違うってわけか」

「その通りです。なので、あの『殺戮機械』などは『「回路」を奪う現象を引き起こす回路』を持っていることになります」

「なるほど……」 

「尤も名称は統一されていませんので何でも構いません。恐らくあなたには『超能力』という言葉が馴染み深いと思いますので、今はそちらを使いましょう」


 そう言えば、と僕は思い出す。
 あの『殺戮機械』と初めて遭った時、奴は「『スキル』でも『コード』でも『回路』でも『変生属性』でも呼び方は何でもいい」と言っていた。
 それらの言葉が指し示す物は全て同じなのだろう。
 どれも『超能力』という異能の力の別称だ。


「さて、今から少し昔、『都村トソン』という科学者――つまり私の母は超能力の研究を始めました」

675 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:48:15 ID:CcRFw9FQ0

 それはどれくらい昔のことなのだろう。
 ここにいる都村トソンが二十歳を超えているようだから、彼女の母親が研究を始めたのは二十年以上は前のことだろう。


「切欠としては単純で、当時の軍部に依頼されたのです。研究設備、人員、費用は全て無償かつ十全に提供されたので彼女は喜んで研究を始めました」

「破格の条件だな……。その研究成果としてお前が生まれたのかお?」

「いえ、当時の目的は超能力者で構成されたテロリストの対処でした。なので、敵の超能力の解析と対策が主だったと言えるでしょう」

「テロリストの超能力者?」

「はい。今でも『レジスタンス』などと名乗って存在しています」


 僕は脳裏にまた別の記憶が蘇ってきた。
 今度はあの『ウォーリー』というスーツの男との会話だ。

 あの男はなんと語っていたか。
 この世界には数多くの陰謀が渦巻いており、国家レベルの大きな力に目を付けられると超能力者はどうしようもない、と。
 そういったことから身を守る為の互助組織の名が『レジスタンス』だと、そんなことを言っていなかったか。


「……ええ。ですから、もしかしたら『レジスタンス』の主張の方が正しいのかもしれませんね」

676 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:50:01 ID:CcRFw9FQ0

 けれどと淡々と都村トソンは告げた。


「小さくとも『事変』とまで呼ばれるようになった戦争ですから、当時の体制側と反体制側のどちらが悪かったかは簡単には判断できません」

「……少なくとも当事者ではない僕達には無理、か」

「はい。私に分かることは、当時の戦いでは一応のところ体制側が勝利を収めたという事実だけです」


 勝利した?
 ちょっと待てよ。


「僕はてっきり、その反体制側の超能力者に対抗する為に人工の能力者であるお前が生まれたんだと思っていたが……」

「いえ、反体制側との主な戦いは私が生まれる前に既に終了しています」

「ならどうしてお前は生まれたんだ?」


 かつて超能力が関係した戦いがあった。
 けれど、それはとりあえずは終わった。
 なら、何故この『ファーストナンバー』は生み出された?

677 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:51:05 ID:CcRFw9FQ0

 僕の問いに都村トソンは控えめに笑った。


「あなたは平和な世界に生きてきたのですね。兵器とは戦いに用いるものだから、平和な時代には生み出されないと考えている」

「平和も何も、そういうものだろ」

「確かに戦時は兵器産業が盛んになりますが、戦争が終わった後も生産量が経るだけで兵器の開発は続きます」


 それは、次の戦争に備える為。
 あるいは、各勢力が疲弊した中でアドバンテージを得る為。
 平和な時でも戦時と変わらず軍備拡張は続いていく。

 「賢者ならば平時は戦争の準備をするべきだ」と語ったのは誰だっただろうか。


「つまりお前は保険であり、抑止力か」

「はい。次に戦争が起こった時の為の保険であり、反乱を起こさせない為の抑止力。それが『ファーストナンバー』という存在です」


 生まれ落ちたその瞬間より平和の為に戦い続けることを決定付けられた存在。
 僕の隣に座っているのは、そんな人間だった。

678 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:52:09 ID:CcRFw9FQ0

 ……いや。
 彼女の言葉を借りれば『名もなき怪物』だろうか。
 戦う為に生まれ、戦う為に存在し、戦って死ぬ存在を『人間』と呼べるかどうかは怪しい。

 そんな彼女は言った。


「私が生み出された背景は語った通りです。フィクションの世界においては正義の超能力者と悪の超能力者の戦いが主かもしれませんが、現実はそうはいかない」

「超能力者なんてものが存在すれば、国家における正義の代行者である軍や警察が対応するしかない……と」

「そして軍部に依頼された科学者が生み出した最強の暴力装置が、私です」


 一拍置いて都村トソンは続けた。


「その後の話は長くなり過ぎるので省きましょう。私の母は反体制派の凶弾に倒れ、私はこうして成長し軍部で働いている」

「それは分かったお」


 さて問題は、そんな社会の裏側で起こっていた事件ではない。
 ここにおける本題は、僕の父とミィの過去なのだ。

679 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:53:07 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


開け放たれた扉の先の暗い空間は短い通路だった。
たった数メートルの廊下。
奥には開いたままの自動扉が見え、その先には点けっぱなしのパソコンの画面に照らされた部屋がある。

その場所を目指し、少女は進んでいく。
そこに真実があると知っているから。


マト; −)メ「はぁ……はぁ……」


扉までは、ほんの数歩の距離。
過去までのあまりに遠い距離。

そこに何があるのか、ミィは知らない。
だがそこに何があるのか、少女は知っていた。
だから進む。

なのに、どうしてなのだろう。
こんなにも足が重いのは。

680 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:54:09 ID:CcRFw9FQ0

魔眼の調子は相変わらず悪い。
だが、大丈夫だ。
もう危険はないことは分かっている。
そこに誰もいないことは知っている。

何処か懐かしい感じもするのに、何故か胃に鉛が流し込まれたかのように身体が重い。
頭の中は靄が掛かったかのように曖昧で何かの拍子で今にも転んでしまいそうだ。


マト; −)メ「はぁ……はぁ……」


嫌な感じだ。
なのに、妙に肌に馴染む雰囲気。
異常さに打ちのめされそうになりながらも、少女はその部屋の中へと入った。

冷たい机に手を付き、身体を預けて息を吐く。
そうして少女は床に散乱する紙片の一つを拾い上げてみた。


マト゚ー゚)メ「…………え?」


―――そこには、少女が求めていた『真実』があった。

681 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:55:30 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 僕の思いを読み取ったのか、彼女はすぐに閑話休題する。


「……さて。『残念ながら』と言うべきなのか、人工的な能力者として完成したのは私一人でした」

「だから『最初にして最後の人工能力者』か」

「並行して行われていた能力者を実験体にした既に在る能力を強化するという計画は成功を収めましたが、それは関係ないので置いておきましょう」


 そんな計画もあったのか。
 あのスーツの男が触れていた「捕まった能力者はモルモットにされる」とはそのことかもしれない。

 ところで、と僕の隣に座る彼女が言う。


「私という人工的な能力者が存在している場合、更にその生みの親がこの世にいない場合、どういう事態となるか予測できますか?」

「色んな勢力が『都村トソン』の研究データの血眼になって探すだろうな。データさえあれば、お前のような人工超能力者が生み出せるかもしれないから」

「はい。それも現実に起こっています。……ですが、もう一つ」

「もう一つ?」

682 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:56:14 ID:CcRFw9FQ0

 都村トソンは言った。



「『人工的に超能力者が生み出せる』と分かったならば――手段を選ばない組織ならば、人体実験を繰り返してでも同じ成果を得ようと思う」



 ああ。
 なるほど。
 それも確かに道理だった。

 今ここに人造の能力者がいるわけだから、同じことができると考える人間達が出てくるのはおかしくない。
 むしろそれが普通だ。


「結論から述べましょう。あなたのお父様が働いていた企業も、そういった団体の一つでした」

「…………そんなに、価値があるものなのかお?」


 やっとの思いで絞り出したのは、そんな一言。
 全く、目が見えなくなっても現実を直視するのが辛いのは変わらない。

683 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:57:06 ID:CcRFw9FQ0

「超能力者一人に、何人もの人間を切り刻み犠牲にする価値があるかどうか、という話ですか?」

「ああ」

「あるとも言えますし、ないとも言えるでしょうね。人間は地球よりも重い、人の命に値段が付けられないと言うのならば価値はないでしょう」


 だが。
 人一人の人生が金銭に換算できるとすれば、きっと価値はあるのだ。


「……金でなら、どれくらいになるんだ。超能力者ってのは」

「様々です。例えばあのミィという少女ならば、そうですね……あなたの国にある世界で最も高価な爆撃機。その値段で足りるかどうか、というところでしょう」

「なら、人工的に超能力者を作るってことは……」

「出来にも寄りますが、最新鋭の戦闘機を設計し、その生産ラインを確立する程度の価値はあります」


 戦闘機という物は一機作るだけでも数億〜数十億ドル。
 開発からならば数百億、数千億ドル単位の費用が掛かることもザラだ。
 兵器として見た超能力者はそんなものと同価値だと言う。

684 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:58:06 ID:CcRFw9FQ0

 だからと言って許されるのだろうか?
 人の命を犠牲にすることが。

 ……きっと、許されたのだろう。
 少なくとも携わった人々は自分自身のことを許したのだ。
 数十、数百人程度の犠牲で数千億ドルの価値が生み出せるのならば構わないと。

 だとしたら僕の父も―――。


「……馬鹿みたいだな、本当に」

「そうかもしれませんね。何よりも救いようがないのは、手掛かりがないということです」

「手掛かりが、ない?」

「はい。私が存在する以上、人工的に能力者は生み出せる。ですがほとんどの人間には超能力の理屈も、発現の条件も、何一つ分かっていない」


 それなのに超能力者を生み出そうなんて馬鹿みたいですよ、と彼女は呟いた。
 それはまるで、「ここにダイヤの指輪がある以上は地球上の何処かにはダイヤモンドがあるはずだ」とツルハシを持って出かけるようなもの。
 筋道こそ通っているが、そもそも成功するはずがないのは明らかだ。

 そんな土台無理な、成功するはずのない計画の為にどれくらいの人間が犠牲となったのだろう?

685 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 21:59:07 ID:CcRFw9FQ0

 さて、と都村トソンは仕切り直す。


「ここからはあなたのお父様の話をしましょう」

「…………僕の父も、人造超能力者の製作に携わっていたんだろう?」


 僕の気持ちなど知らぬように、淡々と彼女は告げる。
 その通りです、と。


「あなたのお父様が雇われた理由は非常に優秀であったことと、もう一つ。あなたのお父様が数少ない、私の母と面識のある人間だったからです」

「能力者を作った奴と知り合いならば、何か、ヒントの一つくらい聞いているかもしれないってことかお?」

「そうですね。尤も、その目論見は空振りに終わったようですが」

 
 僕は、訊ねる。


「……父は、何をしてたんだ? 何が起こったんだ?」

686 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:00:11 ID:CcRFw9FQ0

 それは気休めのような問いだった。
 何をしていたにせよ、父が企業に雇われ非道な研究に協力していたことは確かで。
 紛れもなく加害者であり、罪人でしかなくて。
 でも、それでも訊かずにはいられなかった。

 あの人が何をしていたのかを。
 そして、どうなったのかを。


「あなたのお父様の仕事は血液サンプルの採取でした。海外に赴き、超能力者と思われる人間の血液を採取する。そんな仕事です」


 どうやら仕事で海外を飛び回っていること自体は嘘ではなかったらしい。


「人間が能力者に覚醒する条件は不明ですが、血族のほぼ全員が能力者という極端なケースもあるにはあるので、少なくとも遺伝子が関係しているのは確かです」

「だから、サンプルの採取か」

「はい。あなたのお父様は超能力は神の力であり、神の血が濃い、より原初の人類に近い人間ほど能力に目覚めやすいと考えていたようです」

「信心深いのか、神をも恐れぬほど愚かなのか、よく分からないお」

「神の力かはともかく、目の付け所は良いと思います。私は神を信じていませんが」

687 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:01:15 ID:CcRFw9FQ0

 生憎と僕もあまり信じていない。
 神様がいるとしたら、超能力なんて災いの種を撒くのはやめて欲しかった。


「しかし本社はあなたのお父様の調査結果が出るのを待つことなく、手に入れた能力者及びそのクローンによる人体実験に踏み切った」

「…………」

「非道な計画を止める為に上層部に掛け合い、様々な手段を講じましたが、反応は芳しくなく。遂にあなたのお父様はある機密を持って研究所から脱走します」


 都村トソンは語る。
 過去を。
 僕の父の最後の真相を。


「……私があなたのお父様に出逢ったのは真夜中の街でした。路地裏、ビルとビルの間の狭いスペースに血を流して倒れていらっしゃいました」


 屋上で撃たれて落ちたのか。
 それとも、ビルの上から決死の覚悟で飛び降りたのか。
 腹部に二発の銃痕、右足は完全に使いものにならなくなっており、割れた額からは血が流れ出ていたという。

 それでも尚――父は這うようにして、少しずつ進み続けていた。

688 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:02:18 ID:CcRFw9FQ0

「私を一目見て、彼は言いました。『ああ、死んだはずの相手が見えるということは、いよいよお迎えかな』と」


 続けて、「できることなら迎えは妻が良かったんだが」なんて。
 洒落にならない状況での冗談は僕と似ていて。


「私が娘であることを簡潔に説明すると、納得したように彼は微笑み、こう言いました」


 父は言った。

 ―――この世界は等価交換だ。
 ―――ある価値のある物を手に入れる為には、同じ価値のある物を捧げなければならない。
 ―――化学反応をする前と後でも原子の総量は変わらないように。


「……『だが』と、彼は続けました」


 ―――だが、一人の平和の為に一人が犠牲になるというのでは、如何にも効率が悪い。
 ―――だから人間の本質は、その知性と理性を以て、対価として支払った物以上の価値を生み出すことだ。

689 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:03:05 ID:CcRFw9FQ0

 絵の具と紙という二束三文の物から何千ドルもの価値のある絵画を生み出すように。
 等価交換は世界の本質だが、人間の本質ではない。
 人間の本質とはその選択で以て、価値を生み出し続けることだと。


「『俺は、君のお母さんのことを尊敬していた』」


 ―――あの人は様々なものを犠牲にしたが、その類まれな頭脳によって、必ず犠牲にしたものを超える成果を生み出していた。
 ―――しかし俺にはそれができなかったようだ。

 だから。


「彼は近くに落ちていたスーツケースを指差して、言いました。『あの中には俺の唯一の成果が入っている。お願いだ』と」


 恥を承知で。
 都合が良いことだと分かりつつ。
 どの面下げてだと罵られることも理解して。

 それでも、「頼む」と頭を下げた。

690 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:04:07 ID:CcRFw9FQ0

 尊敬していた相手の生み出した成果に。
 あるいは、初恋の人の娘に。

 僕は訊いた。


「…………父は、なんて言って死んだ?」


 都村トソンは少し迷ったように沈黙し、けれどすぐにこう答えた。


「『こんな父親で、悪かった』と」


 それはどういう意味だったのだろう。

 そんな選択しかできなかった自分を恥じたのか。
 そんな責任の取り方をした自分を悔いたのか。
 僕には分からない。

 分かることがあるとするならば、一つだけ。
 父も必死で選択し、後悔しながらでも思考をやめず、どうにかして責任を果たそうとしていたのだろう。

691 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:05:08 ID:CcRFw9FQ0

 都村トソンは言った。


「その後のことはさして語るまでもありませんね。私はあなたのお父様の残した物――『ミスティルテイン計画』の成果を受け取りその場を去りました」


 父の死の痕跡と遺体は軍部によって秘密裏に処理されたという。
 遺伝子すら残らないように、徹底的に消されたのだ。
 まるでそれが報いだとでも言うように。


「私はあなたのお父様の財布などの所持品を処理し、全て現金に変えて、足の付かない方法であなたの口座に振り込みました」

「じゃあ、あの退職金かと思ってたあのお金は……」

「はい。あなたのお父様の所持金と、私からのささやかな見舞金です」


 僕の家にある遺品は後始末に困った同僚が送ったもの。
 流出してはマズい情報があるかもしれないので、データが残せる物を除いて。
 データを持ち逃げした相手だというのに、わざわざ遺品を整理して送ってくれるなんて、職場での父は割と人望があったのかもしれない。

 それとも、退職金代わりだったのだろうか?

692 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:06:37 ID:CcRFw9FQ0

「それにしても……まったく、凄い額を振り込んでくれたもんだお」

「そうでしょうか? あなたのお父様の行ったことは、言わば最新鋭の戦闘機の製造計画のリークです。軍にとっては価値のあることですよ」


 そうかもしれない。
 だが、犯した罪に比べれば安過ぎると思うのだ。
 人の命は金では買えないのだから。
 

「つまりミストルティン……『ミッション・ミストルティン』とは、僕の父が携わっていた、人工的に超能力者を作る計画のことなのか」

「そうですね。より正しくは敵性勢力の能力者、つまり私のような存在に対抗する為の計画なのですが、その理解で良いでしょう」

「実家が荒らされたのは父が何かマズい物を残していないかと考えた製薬会社の工作か」

「詳しくはわかりませんが、似たような計画を進めている他の団体の仕業とも考えられます。ミストルティン計画の手掛かりがないか探していたのでしょう」

「なるほどな……大体分かったお」


 なら、僕の部屋を荒らしたのも父の情報が少しでも欲しい誰かの仕業だろう。
 何度か尾行されたことやひったくりに遭ったこともあるが、それも同じく、計画を知った何処かの組織の人間の犯行だ。
 もしかしたらそういった刺客から身を守れるようにと都村トソンは大金を振り込んだのかもしれない。
 だとしたら、その金でミィを雇った僕の判断は正しかったと言える。

693 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:08:05 ID:CcRFw9FQ0

 とにかく、父について大体のことは分かった。
 で、と僕は訊く。


「僕の父のことや金のことは分かった。後はミィのことだが……」

「……え?」


 僕の言葉に、都村トソンは意外そうな声を上げた。
 まるでミィのことを訊ねられるなんて思ってもみなかったという風に。
 しかし直後に「そうですね」と気を取り直し、再び口を開いた。


「ところで、そろそろ目を開けてみてはどうですか?」

「え?」

「私の戦況分析が正しければ、見えるようになっているはずですが……」


 見える?
 何がだ?
 今度はこちらが呆気に取られる番で、素で聞き返しそうになってしまった。

694 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:09:06 ID:CcRFw9FQ0

 決まっている。
 この見えなくなった両目のことだ。

 冗談だろうか?
 いや、そういうことを言うタチではないだろう。
 だとしたら本当に?
 騙されたと思って僕は目蓋を持ち上げた。

 瞬間。


(;^ω^)「ぐ、ぉ……」


 網膜に飛び込んでくる情報量に圧倒される。
 思わず顔を顰めた。
 目が見えなくなっていた期間なんて精々半日かそこらだったはずなのに、久々に目の当たりにする世界は様々な物で満ちていて、素直に驚いた。

 大丈夫ですか、という耳に飛び込んでくる涼やかな声に事態を把握して顔をそちらに向ける。
 無論そこにあるのは都村トソンの完璧に整った横顔だ。


(;^ω^)「まさか、本当に見えるようになっていたとは思わなかったお」

695 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:10:12 ID:CcRFw9FQ0

 困惑する僕にさらりと都村トソンは告げた。


(-、-トソン「私が嘘を吐く理由はありませんよ」

(;^ω^)「それはそうなんだが、信じられなくて……。なんでまた見えるようになったんだ?」

(゚、゚トソン「あの『クリナーメン』という少女が倒れたからでしょう。『目が見えない』という呪いが解かれたんです」

( ^ω^)「呪いが解かれた、ね……」


 『確率論(クリナーメン)』は確率を変動させる能力。
 その力によって僕は「目が見えない確率」を上げられていて、その結果として何も異常がないのに目が見えなくなっていた。
 能力が解除されれば変動していた確率は元に戻るので、再び問題なく見えるようになった、というわけらしい。

 発作により心臓が停止したとしても、除細動器で刺激を与えてやれば元通りに動くようになるのと同じようなものだ。
 心臓自体には傷がないのだから切欠があれば再び動き出し鼓動を刻むのだ。

 僕にとっては幸いだが、なんだか運が良過ぎる気もする。
 あの能力ならば視神経を傷付け、本当に二度と見えなくすることもできただろうにどうしてだろう。
 と、そこまで考えたところで「普通の怪我なら普通の治療で治ってしまうか」と気付く。
 治癒を防ぐ為に単純な害ではなく呪いを与えたのだが、それが裏目に出てしまったわけだ。

696 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:11:20 ID:CcRFw9FQ0

 まあ、そんな小難しい話は置いておこう。
 僕の視力が戻ったということは僥倖に違いないが、呪いが解かれたという事実はある結果の証左だ。
 『確率論(クリナーメン)』の効力が失われたということは『クリナーメン』が倒れたということ。

 つまり、ミィは僕が信じた通りに、あの少女を倒したのだ。


(-、-トソン「とりあえずは、おめでとうございます、と言っておくべきなのでしょうね。それとも『ご愁傷様』が相応しいでしょうか」

( ^ω^)「え? 祝われるのは分かるが、どうして慰められなきゃならないんだ?」


 疑問に都村トソンは答えることはなく、黙ってコートの内側から小さなナイフを取り出した。
 投擲用らしき小さな刃物はよく手入れされているらしく、太陽の光を反射し戦う為に造られた少女の端正な顔立ちを映している。


(゚、゚トソン「私は人工的に造られた超能力者ですが、能力を抜きにしても、普通の人間を遥かに凌駕しています」

( ^ω^)「?」

(-、-トソン「往年の特撮作品風に言えばこうなるでしょうか。『「ファーストナンバー」都村トソンは改造人間である』と」


 彼女は意味深げに目を細め、「都村トソンは国家の平和の為に反逆者と戦うのだ」と呟いてみせる。

697 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:12:25 ID:CcRFw9FQ0

(-、-トソン「私の身体に流れているのは母が開発した人工血液なので、まず血潮からして人間とは異なります」


 と。
 そうして都村トソンは手にしたナイフを左の人差し指に這わせる。
 どれほど鋭利なのか、少し刃先が触れただけだというのに指の腹にぷくりと血の玉が浮かんだ。

 人工の、血液。
 僕と同じく紅いが、少し色合いが違う気がする。


( ^ω^)「何を……」

(゚、゚トソン「また血液以外にも、体組織そのものが特別製です」


 そう言うと彼女は人差し指に口を添わせ血を舐め取ると、次いで傷跡を僕に見せる。
 いや――「傷跡」ではなかった。
 既にナイフで付けられた傷は完全に塞がってしまっていたからだ。


(;^ω^)「まさか、超能力か?」

(-、-トソン「ただの再生能力ですよ。少しだけ常人よりも強力なだけです。擦り傷程度ならば、すぐに治ります」

698 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:13:12 ID:CcRFw9FQ0

(゚、゚トソン「あなた方は身体を変形させる少女を目撃したようですね」

( ^ω^)「あ、ああ」

(-、-トソン「恐らくその少女は私の設計図を参考にして造られたものです。私は再生だけですが、多少調整すれば変形も可能なのでしょうね」


 僕はあの白いセーターの少女を思い出す。
 彼女について、ミィはなんと言っていただろうか?
 「バイオテクノロジーとサイバネティックスの技術によって生み出された生物を私は『人間』とは呼びません」と、そんなことを言っていたのではなかったか。

 同じ技術によって造り出された兵器こそが、この都村トソン。
 言わば『オリジナル』だ。


(゚、゚トソン「ところで。あのミィという少女は、あなたと一緒にいる間に傷を負ったことがありましたか?」

(;^ω^)「あ、ああ……。確実に一度はあるお。『殺戮機械』と戦った時に、胸元にうっすらとだが傷を……」


 問いの意味が分からないまま答え、そこで僕は気付く。

 あの『殺戮機械』との戦いの後。
 破れた服の代わりに新しい一着を買いに行った覚えはあるのに、胸の傷を治療した記憶はないということに。

699 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:14:04 ID:CcRFw9FQ0

 どころか。
 最初に都村トソンに会った日、あの時、一緒に湯船に浸かっていた際、僕はこう思ったんじゃなかったか?
 「彼女の素肌は瑞々しく傷一つない」と。

 ミィの胸元には――傷跡なんて、なかった。


(;^ω^)「いやでも、そんな……」

(-、-トソン「少し考えを巡らせれば分かることでしょう。鈍感――なのではなく、無意識的に思い至らないようにしていたんでしょうね。その可能性に」


 いい加減、目を背けるのはやめませんか?
 そんな言葉を、都村トソンはミィによく似た顔で、言って。

 僕は。



(゚、゚トソン「口に出さなければ分かりませんか? あの少女こそミストルティン計画の成果。彼女は私と同じ、戦う為に造られた兵器です」



 目の前が、真っ暗になった。

700 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:15:09 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*



  報告書―――

  敵性勢力の能力者の殲滅を目的とし人工的に能力者を造り出す計画、通称『ミストルティン計画』は長らく停滞していたが、遂に大きな進展があった。 
  世界初の人工能力者である都村トソンの遺伝子パターンを元に設計された個体、検体番号M-000が完成したのである。
  能力の発動原理は全くの不明で存在自体が偶然の産物ではあるが、何にせよ我がチームにとって大きな一歩であることに違いはない。
  調査団が収集した各国の異能者のデータと提供された人工蛋白に代表されるバイオテクノロジーは十二分に役目を果たしたと言えるだろう。
  M-000は端的に言えば「限りなく人間に近い合成生物」となる。
  異能者としての能力は知覚及びそれから派生した短期的未来予測能力である。
  その力の前では歴戦の勇士さえ赤子に等しく、また超能力戦闘においても有効であることは間違いない。
  都村博士が生み出した能力者、この計画の仮想敵である『ファーストナンバー』や『ディズアスター』にも対抗可能だと思われる。
  全てを知覚し、未来を予測する能力はそれほどまでに有用だ。
  このM-000の能力を活かすプランとしては次のものがある。
  M-000は観測手としてのみ運用し、知覚したデータを検体番号M-001(現在開発中)とリンクさせ、攻撃はM-001に行わせるというものだ。
  検体番号M-001が完成しなかった場合も視野に入れ、M-000は単独での使用も可能なように調整するつもりである。

  追伸
  検体番号M-000のコードは『プロヴィデンス』、検体番号M-001のコードは『クリナーメン』とする予定である。
  全能なる神の視界と、神が振る賽子を意味した名称である。

701 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:16:17 ID:CcRFw9FQ0

マト; −)メ「…………嘘だ」


思わず呟く。
こんなのは嘘だ、と。

自分が人間じゃないなんて、嘘だ―――。

少女はそう叫びたかった。
資料を読んでも端末を弄っても相も変わらず『記憶』は戻らない。
ただ、ここにある全ての情報が告げていた。
「お前は人間ではない」と。


マト;゚−゚)メ「だって、私は……」


私は、なんだ?
なんだと言うのだ。

ただの人間であるというのなら、どうして『未来予測』なんて能力を持っている?
何故一般には知られていないはずの生体兵器の知識がある?
異常な治癒能力はどう説明する?
そもそも、襲って来た少女達はどうして自分のことを知っていた?

702 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:17:23 ID:CcRFw9FQ0

説明がつくのだ。
他ならぬ自分自身が生体兵器だったと考えれば、全てが。
何もかもが繋がって、どうして気付かなかったのか不思議なくらいに妥当な結論だ。

そう。
何もかもが。


マト ー)メ「…………ああ。本当に、そう……なんですね……」


あの都村トソンに似ているのは血縁だからでも、況してや他人の空似だからでもない。
単に「『ファーストナンバー』の遺伝子パターンをベースにして設計されたから」という単純な結論。

当たり前だ。
そんな風に少女は思った。
当然のことじゃないか、と。


マト ー)メ「そっか……。そうですよね……当たり前、じゃないですか……」


名前も、家族も、何もかもの記憶を失くしていた自分。
どうやっても思い出せなかった『過去』。

703 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:18:09 ID:CcRFw9FQ0

思い出せないのは当然だった。
あのガラスの向こうにある培養槽で生まれてきたのだから、家族なんていなくて当然。
ただの番号でしか呼ばれていなかったのだから、名前なんてあるはずがない。

つまり。
自分には。



マト ー)メ「最初から……私には、『記憶(ジブン)』なんてあるはずがなかったんだ…………」



過去も。
記憶も。
あるいは自分自身でさえも――自分には、なかった。


マト ー)メ「…………」


室内を見回してみる。
設備の大半は機能しておらず、キーボードの上には埃が積もり、資料はあちこちに散乱している。
とても今現在使われている施設とは思えない。
そのことが示すのは少女には帰る場所すらないという残酷な事実だった。

704 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:19:16 ID:CcRFw9FQ0

何らかの事情で急いで施設を引き払ったのだろうか?
研究中の事故か、敵勢力の襲撃か。
分からない。

何が起こったのかは少女には分からないが、既にこの場所が終わっているということだけは現実として如実に現れていた。

あの『クリナーメン』という少女のことを思う。
彼女はどうしてここに残っていたのだろう?
たった一人で。
こんな場所に。

ひょっとしたら――いなくなった仲間を、ずっと待っていてくれたのかもしれない。
少女が帰る場所を、守っていてくれたのかもしれない。


マト ー)メ「ふ、ふふ……」


思わず、笑みが零れた。
笑うしかなかった。

訳も分からず、少女は一人笑う。

705 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:20:12 ID:CcRFw9FQ0

そう。

『科学技術によって造られた生物』も。
『殺すだけしかできない機械』も。
『名前のない怪物』も。

その全ては自分自身のことでもあったのだから。
神をも恐れぬ愚か者共が造り出した、『機械仕掛けの神の器官(Mechanical Member)』という兵器――それこそが自分の正体。


マト ー)メ「……生きていないのは、私も同じだった…………」


少女はただの兵器でしかなかった。
使い終われば捨てられる道具であり勝手な都合で生産される家畜でしかなかった。

真実は、それだけだった。


マト;ー;)メ「あは、ははは……」


少女は一人笑い続け、一人で泣き続けた。
失った過去を取り戻しても喪失感は埋まることはなく、ただ「自分は何者でもない」という真実だけが残っていた。

706 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:22:37 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 どうして気付かなかったのだろう。
 そんなことをまず疑問に思い、すぐ解答に行き着く。

 都村トソンが言った通りだったのだろう。
 父がもう死んでいるということも、ミィが人間じゃないということも、僕は気付きたくなかったのだ。
 真実を求めながら、一方で何も知らないままであることを望んでいたのだろう。

 なんて、滑稽な―――。


(-、-トソン「あなたのお父様が私に託したのはスーツケースでした。その中にはあの少女が入っていました」


 父が持ち逃げした計画の成果とはミィのこと。

 ……全く。
 死ぬのも当たり前だ。
 人一人を入れたスーツケースを引き摺りながら追っ手を振り切るなんて、できるはずがないのだから。


(゚、゚トソン「幸い覚醒前でしたので、それまでに刷り込まれていた余計な知識を私の同僚の能力で消しておきました」

707 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:24:13 ID:CcRFw9FQ0

(-、-トソン「私はそのまま普通の記憶喪失の少女として処理するつもりだったのですが、少し、司令部と揉めまして……」


 それもそれで当たり前だ。
 彼女には『未来予測』という飛び切りの異能が備わっている。
 軍だって、偶然とは言え折角手に入れた強力な兵器を手放したくはないだろう。
 
 都村トソンは淡々と真実を語っていく。


(゚、゚トソン「そうして、私が司令部を説得する為に基地に戻っている間にアクシデントが起き、それによって防衛本能が働いたのか少女は逃げてしまいました」


 危険を察知した少女は曖昧な意識の中で街を駆け、大都会の真ん中でふと理性を覚醒させた。
 少女にそれまでの記憶はなく、ただ自分の両目が特別であることと、誰かに追われているという事実だけを理解した。

 異能を持つ記憶喪失者の出来上がり――というわけだった。


(-、-トソン「あの少女は指輪を持っていたはずですが、それはあなたのお父様の遺品です」

(  ω)「……父の?」

(゚、゚トソン「はい。名前などは刻まれていませんでしたが、嵌められていた指から察するに婚約指輪のようでした」

708 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:25:12 ID:CcRFw9FQ0

 なるほど。
 ミィの唯一の所持品だったという指輪はそういうことだったのか。

 ……いや全く。
 笑ってしまうな。
 こんな馬鹿みたいは話が真相だっただなんて、本当に――笑いしか出てこない。


(-、-トソン「私の話は以上です。何か不明な点はありますか?」

(  ω)「お前は……こうなることを見通して、あの時忠告にやって来たのか……?」


 僕は俯いたまま都村トソンにそう問い掛ける。
 彼女は淡々と僕の問いに答えた。


(゚、゚トソン「はい。真実を知った場合、あなた方が後悔するということは――『目に見えて』ましたから」


 その答えには、とても実感が籠もっていて。
 ミィのオリジナルであり、同じ兵器として造り出された存在であり、そういった真実に向き合ってきた人間の言葉で。
 だけど生憎、今の僕にとっては皮肉でしかなかったのだけれど。

709 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:26:05 ID:CcRFw9FQ0

(-、-トソン「質問がないのでしたら、他に話すこともないですし、私は失礼しようと思います」


 都村トソンは言う。
 初めて出逢った時とまるで変わらない風に。


(゚、゚トソン「私の話を信じるかどうかはあなた次第です。これからどのような選択をするかも含めて」

(  ω)「僕に、どうしろって言うんだお……?」

(-、-トソン「どうしろとも言いませんよ。どうぞ、お好きなように生きてください」


 自由に選択し。
 選んだ未来で。
 後悔しながら。
 責任を背負い。
 そうして、生きていけばいいんじゃないですか?

 なんて、そんな風に彼女は言って。
 行く先を見失った僕を置いて、立ち上がって、歩いて行くのだ。
 その姿は今まで紛れもなく生きてきた人間のもので。

 何かを捨てながらでも――それでも、何かを選んできた人間のもので。

710 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:27:06 ID:CcRFw9FQ0

 街並みが夕陽に染められていく。
 紅く、紅く染まっていく。
 まるでこの御伽話の終わりを象徴するように情緒的に、紅く。

 もう物語は、終わり。
 後に残ったのはどうしようもない真実と、何も決まっていない未来。


(  ω)「…………なあ、都村トソン」


 遠ざかって行く背中を呼び止めてみたものの、それ以上、言葉が続くことはなかった。
 その代わりに彼女はもう一度振り返ってこう言った。



(-、-トソン「もう二度と会うことはないでしょう。あなたのお父様が望んだように、どうか――後悔なき選択と、幸福に満ちた人生を」



 そんな言葉だけを言い残して、彼女は去って行く。

 僕は再び見えるようになった視界を両手で覆い、黙って涙を流した。
 こんな真実なんて見えなければ良かったのに。
 そんな後悔を、胸に抱きながら。

711 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:28:11 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


都村トソンは街を歩いていた。

彼女が何を考えているのかはこの街の誰も知らない。
時折すれ違う人々も、作り物のように整った顔立ちの女性だという感想こそ抱けど、その瞳の奥にある心にまでは考えを至らせることはなかった。

つまりはいつもと同じ。
誰も、道行く何処かの誰かの気持ちや事情なんて分からないという当然。
それだけだった。


( ^ν^)「ご機嫌斜めのようですねー」


街を行く彼女に声が掛かったのは、都村トソンがいつも通りに他人だらけの世界を進んでいるその時だった。
人気のない道路の脇に駐車された車の運転席からスクエア型の眼鏡の男が顔を出していた。

都村トソンは足を止め、黙ってその後部座席に乗り込んだ。


(-、-トソン「……機嫌が悪いわけではありませんよ。いつも通り、です」

712 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:29:15 ID:CcRFw9FQ0

端的にそう答えると、彼女は足を組み、息を吐いた。
そうして車を発進させた運転席の男に訊く。


(゚、゚トソン「……あの子は、どうなりましたか?」

( ^ν^)「問題なく地下まで送り届けましたよー。その後にどうなったかは分かりませんー」

(-、-トソン「そうですか。ありがとうございます。あなたに頼んだ甲斐がありました」


命を受けて少女を監視していた男は「お礼なんてやめて下さい」と笑う。


( ^ν^)「こっちは脅されて使われている身ですからねー。感謝なんて怖くて仕方ないですねー」

(-、-トソン「なら労いの言葉だけを送っておきます」


都村トソンはそう言い、続けて行き先を告げるだけ告げるとそのまま黙り込む。
鏡越しに彼女の様子を見た男は小さく笑みを漏らした。


(゚、゚トソン「どうかしましたか?」

714 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:30:43 ID:CcRFw9FQ0

( ^ν^)「いえ。その様子だと、結局あの彼に真相は伝えなかったのかと思いましてー」

(-、-トソン「伝えてきましたよ。私に不都合にならない範囲で」

( ^ν^)「つまり、『他ならぬ自分自身が少女を逃がした』という点を除いて、ということですかねー」


都村トソンは、黙る。
しかし男は饒舌に喋り続ける。


( ^ν^)「『ファーストナンバー』と言えば政府の誇る最強の矛です。子ども一人を逃がすような、そんな失態を演じるなんてありえませんー」

(-、-トソン「私はあの時、現場にいませんでしたから」

( ^ν^)「亜光速で動けるあなたにとって距離なんて意味がありませんー。単に、少しでも不自然さを減らそうとして、その場を離れていただけでしょうー」


そう。
『ファーストナンバー』という唯一にして無二の人造能力者がその場に居合わせたのでは、少女が逃げ切ることなどありえない。
だから、あの時あの場所に都村トソンはいない方が良かった。

何も知らない少女を軍の手に渡る前に逃がす為にはいない方が良かった。
だから都村トソンは。

715 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:32:33 ID:CcRFw9FQ0

男は言う。


( ^ν^)「研究員から託されたあの少女が逃げ出したのはあなたの自作自演。あなたが、あの少女を逃がしたんですー」

(-、-トソン「…………」


やりようならいくらでもある。
とりあえず都村トソンがその場を離れてしまえば後はどうとでもなったのだ。
その場にいた部下もグルだったのかもしれないし、自分のような裏稼業の人間に強奪を頼んだのかもしれない。

とにかく、彼女はあの少女を逃がしたかった。
そして実際に逃がしてみせたのだ。


( ^ν^)「哀れみですか? それとも……かつての自分自身に重ね合わせましたか?」


同じ遺伝子を持つ者として。
同じ戦う為に造られた存在として。

都村トソンには――あの少女に、何か思うところがあったのかもしれない。

716 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:33:26 ID:CcRFw9FQ0

しかし彼女は短く「違いますよ」と男の指摘を否定し、言った。


(-、-トソン「私は彼女を逃がしてなどいませんし……逃がすとしても、それは意思を尊重してです」

( ^ν^)「意思?」

(゚、゚トソン「私に頼んだ人間の意思です」


「頼む」と、最後に男は言い残して死んだ。
血塗れで、激痛に苛まれ、その命を風前の灯火としながらも、自分のことなど全くどうでもいいという風に。
ただ暗い闇から連れ出してきた少女のことを頼んだ。

母親の、もしかしたら数少ない友人であったかもしれない男の――遺志。
彼の姿を見て、ふと、都村トソンは思ったのだ。


(-、-トソン「あの時、私を頼った彼は少女が軍に使い潰されるのを望んでいたわけではない。きっと自由に生きて欲しいと望んでいた。だから……」


それだけですよ、と彼女は言った。
運転席の男はもう口を開くことはなく、ただ黙って、あの少女が幸せに生きられるようにと祈った。
そんな願いになんて大した意味はないと分かっていたけれど、それでも黙って想いを馳せた。

717 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:37:35 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 都村トソンが去った後も、僕は黙ってベンチに座り込んでいた。

 何処で間違えたのか。
 何が悪かったのか。
 そんなことをずっと考えながら。

 堂々巡りの思考を幾度となく繰り返し、何処で間違えたとか何が悪かったとか、そんなことに意味はないと気付く。
 僕は過去を変えることなどできないのだから、そんなことは考えたって仕方のないことなのだ。


(  ω)「…………」


 そう。
 僕にできることは、ただ一つ。
 まだ決まっていない未来を選んでいくことだけなのだから。

 つまり、とりあえずのところの問題は。
 帰ってきたミィにどんな言葉をかけるべきかということであって―――。

718 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:39:55 ID:CcRFw9FQ0

 と。
 すぐ前の気配に僕が顔を上げたのは、その時。

 そこには。



マト^ー^)メ



 ミィが立っていた。
 そう。
 僕の目の前には――あの見慣れた、ふわふわとした笑顔があった。

 戻ってきたのだ、彼女は。


(;^ω^)「あ……ぅ……っ」


 言葉がない。
 声が上手く出ない。 
 立ち上がることさえできずに、僕は彼女の笑みを見上げていた。

719 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:40:58 ID:CcRFw9FQ0

 彼女はきっと自分の過去を知った。
 だとしたら、何を言えばいいんだろう。
 どんな言葉をかければいいのだろう。

 考えて、僕はすぐに気が付いた。
 そうじゃない、と。

 僕が言うべき言葉は、僕が言いたい言葉は……そんなものじゃない。
 「おかえり」。
 「待ってたよ」。
 「無事で良かった」。
 彼女がどんな存在であろうと、彼女がどう思っていようと、僕は今、彼女が帰ってきてくれたことが嬉しくて―――。



マト^ー^)メ



 けれど。
 その瞬間、僕は気付いてしまったのだ。

 何もかもが――もう、終わってしまったということに。

720 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:41:52 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


どれくらい泣き続けたのだろうか。
どれくらい笑い続けたのだろうか。

一分か、それとも一時間か。
まさか一日ということはないだろうけれど。
止まった世界の中で少女はずっと座り込んでいた。

その時が動き出したのは――終わった部屋に、和傘の少女が入ってきた時だった。


(#゚;;-゚)「なんや。やっぱ気になったから来てみたんやけど……なんも残ってないやんか」

マト −)メ「…………」

(#゚;;-゚)「ほー、なるほどな」


座り込んだままの少女を気にもせず、彼女――『殺戮機械』は辺りを見回す。
紙片を拾い上げて目を通し、納得したように頷いた。
思い出したのだ。
『ミッション・ミストルティン』という言葉がどんな意味を持つか。

721 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:42:45 ID:CcRFw9FQ0

そのことを教えてやろうとして、最早この少女には聞く気がないと気付く。
過去や記憶や真実や、そういったものを探し求めることはやめてしまったと分かったのだ。

『殺戮機械』は言った。


(#゚;;-゚)「勝ち誇る気はないけど、うちが言った通りってことなんかな」

マト −)メ「…………」

(#゚;;-゚)「お嬢ちゃんも、あの兄さんも……肝心なことには目が向いてなかったな」


自分なんて信用ならないと。
目の前にあるものを見落として、見なければならない事実から目を背けて、そんなことばかりだ、なんて。
いつだったかそんなことを言ったっけかと思い出す。

そうだ、気付こうと思えばもっと早く気付けたはずなのだ。
ここに至るまで真実が分からなかったのは、単に、この少女自身が過去を思い出したくないと心の奥底で望んでいたから。

そう。
見落として。
目を背けて。
大事なことに気が付かないまま――取り返しの付かない場所まで来てしまった。

722 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:43:38 ID:CcRFw9FQ0

けれど、仕方ないことだとも言える。
「後悔先に立たず」とは言うが、後悔とは後からしかできないもの。
知ってしまえば後悔し、でも知らなければ後悔できない。

だからどうしようもなかった。
結局のところ、この少女はどう足掻いても最後には真実を知って――後悔する運命だった。


マト −)メ「…………あなた、は」

(#゚;;-゚)「ん?」

マト −)メ「あなたは……私が普通の人間じゃないと、気が付いていましたか……?」

(#゚;;-゚)「まあ、そうやな。うちもお嬢ちゃんみたいな相手を分析する力を持っとるから、最初に戦った時にはもう普通の人間じゃないて気付いとった」


怪我が異様に治りやすいことも。
細胞や血液が特別製であることも。
大して気にもしていなかっただけでずっと分かっていた。


マト −)メ「(私にも、今なら分かる。私の身体はブーンさんのものとは……違う)」

723 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:44:18 ID:CcRFw9FQ0

今なら身体のことも、この部屋のことも、見え過ぎるほどよく見えた。
都村トソンの遺伝子との相似や、残された断片的な研究データ、そんな知りたくない事実までもが頭に流れ込み、今にも狂ってしまいそうだった。

何もかもを知覚する紅の魔眼。
その力を制限していたのは他ならぬ自分自身だったのだろう。
辛い記憶に蓋をするように見て見ぬフリをしていた。

見落として、目を背けて、だから――気が付かなかったのだろう。


マト −)メ「私は……どうすればいいんでしょうか……」

(#゚;;-゚)「どうすればって、どうしようもないやん、そんなん。お嬢ちゃんはお嬢ちゃんやし、変えられへん。……それこそ、神様でもない限りな」


どうしようもない。
過去は変えられない。
誰もが忘れても絶対に変わることはない。

でも、と少女は言う。
ぐしゃぐしゃになった泣き顔を上げて。


マト;ー;)メ「でも……。私は、もう……ブーンさんにどんな顔をして会えばいいのか、分からないんですよぉ……!!」

724 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:45:35 ID:CcRFw9FQ0

それは悲痛な叫びだった。
痛切な願いだった。

知ってしまった以上は、知る前と同じように生きていくことはできない。
覚悟してここまで来たつもりだった。
だが、それでも少女は「どうすればいいか分からない」と涙を流す。

どんな風に話せばいいのか。
どんな風に笑えばいいのか。
もうそんなことすらも分からなくなってしまって。
いやそんなこと以前に、こんな人間でさえない自分があの人の隣に帰ってもいいのか―――。


マト;ー;)メ「私みたいな変な能力を持った奴が傍にいたら、迷惑なんです!分かってるんです!! でも、私には他に行く場所すらなくて……っ」


都合の良い妄想だとは分かっているが、もしも彼が自分のことを受け入れてくれたら、と少女は考える。
でも、それでも自分自身がもう変わってしまったから、今までのように接することはできない。

どうしようもない。
どうしようもない。
どうしようもない。

もう――あの場所には、帰れない。

726 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:46:20 ID:CcRFw9FQ0

と。


(#゚;;-゚)「―――お嬢ちゃんの過去はどうしようもないけど、その両目のことくらいならどうにでもできるわ」


その時、黙り込んでいた『殺戮機械』が口を開いた。
悪魔の右腕を、その顎門をもたげて。


(#゚;;-゚)「うちは世紀の大悪党。気の向くままに全てを奪う。命も力も何もかも。……ちょうどええやん」


お嬢ちゃんはその瞳が疎ましい。
うちはその瞳が欲しい。
ちょうどええやん?と和傘をクルクルと回し、歌うように語る。

悪魔のように、語り掛ける。


マト;ー;)メ「どうにか……できるんですか……?」

(#^;;-^)「当たり前やん、伊達に神様目指してないで? うちが思う『神様』言うんはな、ここにある全てを手中に収めるものや」

727 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:47:05 ID:CcRFw9FQ0

命も、力も。
辛さも痛みも。
何もかもを平等に。

そこにあるものが呪いだと言うのなら、その呪いでさえも引き受けるのが神様というもの。
うちにとっては訳もないわ、と『殺戮機械』は笑う。


(#^;;-^)「その瞳が疎ましいか? 前みたいにあの兄さんの隣にいたいか? ……なら、うちに任せればええ」


そう言うと彼女はへたり込んだままの少女の小さな頭に手を置いた。
悪魔の右腕で頭蓋を掴み、微笑む。


マト;ー;)メ「あ……」


少女は。
その両の瞳で次の瞬間に何が起ころうとしているのかを見ながらも拒絶することはなかった。
ただ黙って目蓋を下ろし、『目に見えた』結末を受け入れた。

―――「いただきます」。
そうしてそんな小さな声が暗闇に響いた。

728 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:48:01 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 僕の目の前に立っていた少女は言った。




マト^ー^)メ「―――あなたは、私のことを知っていますか?」




 あの公園で初めて出逢った時のように僕に微笑み、その少女は問い掛けた。
 そのふわふわとした笑みはいつか見たものと全く同じで。

 だけど、彼女は――ミィであって、『ミィ』ではなかった。


マト-ー-)メ「こんなこと、いきなり言われても困ってしまいますよね。突然申し訳ないです」


 語り口も同じ。
 立ち振舞いも同じ。

729 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:48:52 ID:CcRFw9FQ0

 ……いや、違う。
 ここにいる少女は僕の知るミィとは違って、同時に僕の知る彼女のままだった。

 そう。
 僕の目の前に立っていたのはあの時公園で出逢った少女だった。
 何もかもがあの時のまま、時間が戻ったようだった。

 彼女は自身の過去を失くし、世界にひとりぼっちだった、自分の名前も知らない一人の女の子でしかなくて―――。


(  ω)「どうして、僕に?」


 だからだろうか。
 思わず僕も訊き返してしまう。
 あの時と全く同じように。

 少女は言った。


マト^ー^)メ「どうしてなんでしょう。私にも分からないんです」


 今度はニュアンスがよく伝わったようで、そんな風に彼女は答えた。

730 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:49:35 ID:CcRFw9FQ0

 あの時と全く同じ。
 あの、ふわふわとした煙のように掴みどころのない笑顔を携えて。
 だけど、その表情は僕が知るものとは決定的に違って。


マト-ー-)メ「私は自分の名前も分からないんですけど……どうしてか、この場所に来なくちゃって思って」


 けれど、僕の知る彼女とも少しは同じで。

 記憶を失くしたとしても彼女は彼女でしかない。
 人間は『記憶』があることで自分の存在を確認することができるが、『記憶』は『自分』の同義語ではなく、彼女は彼女でしかなくて。
 だとしたら人間とは何なんだろうと僕は考えてしまって。

 だって、そうだろう?


マト^ー^)メ「それでこの場所に来てみて、あなたの姿を見たら……どうしても話し掛けなくちゃって」


 過去を取り戻しても彼女はここに帰ってきてくれた。
 記憶を失くしても彼女は僕の隣に戻ってきてくれた。
 それが何よりの答えじゃないか。

731 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:50:20 ID:CcRFw9FQ0

 そうだ。
 辛く苦しく消したい『過去』が決して忘れられないように、いつかの『現在』だって決して失くなったりはしない。
 物語の僕達が過ごしたあの瞬間は絶対に嘘にならないんだろう。

 無駄なんかじゃ、ない。
 何が起こったとしても消えてなくなったりはしないんだ。

 だから僕は言うのだ。


(  ω)「つまり……『目に見えていた』って、ことかお? まったく、お前が見る未来はいつも正しいな」


 立ち上がって。
 顔を上げて。
 溢れかけた雫を拭って。

 僕達が一緒に過ごしたあの日々はなかったことにはならないと信じてるから。


マト^ー^)メ「あなたは、私のことを知っていますか」

( ^ω^)「…………ああ。とてもよく……知ってるお」

732 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:51:17 ID:CcRFw9FQ0

 彼女は問い掛けて、僕は答えた。
 世界中の誰よりもきっと君のことを知っている、なんて。


( ^ω^)「……そうだ」


 ああ、そうだ。
 他の記録には残っていないとしても、誰の記憶にも残っていないとしても、僕達は確かに生きていた。
 一緒に未来を見ていたんだ。

 そのことはここにいる僕達が証明している。
 そのことは、絶対に嘘にならない。


( ^ω^)「僕は君のことを知っている」


 だから僕は胸を張って言おう。
 君の名前を。

 僕の心にある『記憶(Memory)』と――そして、君が失くした『過去(ジブン)』という意味を込めて。

733 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:52:14 ID:CcRFw9FQ0








「君の名は―――」









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734 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:52:57 ID:CcRFw9FQ0


  僕が彼女に出逢ったのは、あの暑い夏が終わり、秋の足音が聞こえ始めた頃だった。
  僕と彼女が一緒に過ごしたのは、肌寒い風が頬を撫ぜ始めた頃のほんの一時だった。

  ほんの数週間。
  一ヶ月にも満たない短い間。
  それが僕と彼女が作った『過去』だった。

  僕は一体、彼女に何ができたのだろう?
  僕は彼女にとっての何かになれたのだろうか?
  きっとこれから先も、何度でも秋が訪れて彼女との日々を思い出す度に、僕はそんなことを考えるのだろう。

  結局、その答えは訊かなかったまま。
  だから僕はただ目を閉じて、あの時僕の隣に立っていた彼女の笑顔を思い出すのだ。


  僕の話は本当にもうこれでおしまい。
  最後に、蛇足かもしれないけれど後日談を語っておこうか。
  この物語の後の話を。

  あるいは――僕達の未来の話を。

735 名前:名も無きAAのようです :2014/04/01(火) 22:53:53 ID:CcRFw9FQ0

  僕とミィはこれから先、それなりに頑張り、そこそこ幸せになり、掛け替えのない『日常』を重ねて――そして最後には死ぬ。
  人並みの苦労と人並みの幸福に満ちた人生を生きていく。
  誰かが僕達に望んだ通りに、僕達は当たり前のように生きて、当たり前のように死ぬのだ。

  僕達は世界を何も変えられなかったかもしれないし、他人にとっては意味なんてない存在なのかもしれないけれど。
  それでも、きっと僕達の人生には確かな価値と意味が満ち溢れている。

  そう、だからあの秋の日々だって、他の記録にも誰の記憶にも残っていないとしても、決してなかったことにはならないのだろう―――。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「最終話:僕の記憶の中の君」





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