- 759 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:21:45 ID:/f0T1bo60
ああ、そうだ
僕達は生きていく
何度でも失いながら、でも何度でも選びながら、生きていく―――
.
- 760 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:23:07 ID:/f0T1bo60
マト ー)メ M・Mのようです
「最終話:My Memory」
.
- 761 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:24:07 ID:/f0T1bo60
少女は言う。
この今の自分こそが『自分』だと叫ぶように。
マト-ー-)メ「―――私は『居場所(ジブン)』を見つけた」
そうだ。
だから、もう。
『記憶(カコ)』なんていらない。
だって、そうだろう?
もう自分にはここじゃない、帰る場所があるのだから。
居るべき場所かは分からないけれど、でも自分がそこに居たいと思う場所があるのだから。
だから……もういいのだ。
- 762 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:25:07 ID:/f0T1bo60
マト゚ー゚)メ「…………帰ろう」
帰ろう、と少女は呟く。
心を蝕んでいた違和感はなくなっていた。
帰る?
おかしな部分なんてあるものか。
自分が帰る場所なんて、誰に言われるまでもなく自分で分かっているのだから。
だから。
「―――なんや、帰るんか?」
と。
その時、背後から声が聞こえた。
- 763 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:26:09 ID:/f0T1bo60
*――*――*――*――*
都村トソンは語る。
「……前提として、この世界には『超能力』と呼ばれる現象が存在しています」
「ああ」
およそ数千人〜数万人に一人の割合で発現する異能の力。
『超能力』。
形態や強度は様々ではあるが、条理の外の力を使える人間がこの世界にはいる。
そう。
数としては少ないが、確かに存在しているのだ。
「『超能力』が何であるかを説明するのは非常に難しいですが、端的に言えば、個人にのみ適応される物理法則のようなものです」
「そういう風に決まっているから、そうなっている……ということかお?」
「そうですね。理屈はない、と言えるかもしれません。厳密にはあるようですが、理解している人間はほぼいません」
- 764 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:27:07 ID:/f0T1bo60
証明だとか説明だとか、そういうことは実は意味がない。
そこに存在してしまう以上、『超能力』が実在することは紛れもない現実なのだから。
「私の周りでは『超能力』の原理を『回路』と呼ぶことが多いですね。その『回路』が作動すると現実が少し、変化する」
「つまり、お前とミィは『超能力』を使える点では同じだが、持っている『回路』が違うから、起こせる現象が違うってわけか」
「その通りです。なので、あの『殺戮機械』などは『「回路」を奪う現象を引き起こす回路』を持っていることになります」
「なるほど……」
「尤も名称は統一されていませんので何でも構いません。恐らくあなたには『超能力』という言葉が馴染み深いと思いますので、今はそちらを使いましょう」
そう言えば、と僕は思い出す。
あの『殺戮機械』と初めて遭った時、奴は「『スキル』でも『コード』でも『回路』でも『変生属性』でも呼び方は何でもいい」と言っていた。
それらの言葉が指し示す物は全て同じなのだろう。
どれも『超能力』という異能の力の別称だ。
「さて、今から少し昔、『都村トソン』という科学者――つまり私の母は超能力の研究を始めました」
- 765 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:28:07 ID:/f0T1bo60
それはどれくらい昔のことなのだろう。
ここにいる都村トソンが二十歳を超えているようだから、彼女の母親が研究を始めたのは二十年以上は前のことだろう。
「切欠としては単純で、当時の軍部に依頼されたのです。研究設備、人員、費用は全て無償かつ十全に提供されたので彼女は喜んで研究を始めました」
「破格の条件だな……。その研究成果としてお前が生まれたのかお?」
「いえ、当時の目的は超能力者で構成されたテロリストの対処でした。なので、敵の超能力の解析と対策が主だったと言えるでしょう」
「テロリストの超能力者?」
「はい。今でも『レジスタンス』などと名乗って存在しています」
僕は脳裏にまた別の記憶が蘇ってきた。
今度はあの『ウォーリー』というスーツの男との会話だ。
あの男はなんと語っていたか。
この世界には数多くの陰謀が渦巻いており、国家レベルの大きな力に目を付けられると超能力者はどうしようもない、と。
そういったことから身を守る為の互助組織の名が『レジスタンス』だと、そんなことを言っていなかったか。
「……ええ。ですから、もしかしたら『レジスタンス』の主張の方が正しいのかもしれませんね」
- 766 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:29:06 ID:/f0T1bo60
けれどと淡々と都村トソンは告げた。
「小さくとも『事変』とまで呼ばれるようになった戦争ですから、当時の体制側と反体制側のどちらが悪かったかは簡単には判断できません」
「……少なくとも当事者ではない僕達には無理、か」
「はい。私に分かることは、当時の戦いでは一応のところ体制側が勝利を収めたという事実だけです」
勝利した?
ちょっと待てよ。
「僕はてっきり、その反体制側の超能力者に対抗する為に人工の能力者であるお前が生まれたんだと思っていたが……」
「いえ、反体制側との主な戦いは私が生まれる前に既に終了しています」
「ならどうしてお前は生まれたんだ?」
かつて超能力が関係した戦いがあった。
けれど、それはとりあえずは終わった。
なら、何故この『ファーストナンバー』は生み出された?
- 767 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:30:09 ID:/f0T1bo60
僕の問いに都村トソンは控えめに笑った。
「あなたは平和な世界に生きてきたのですね。兵器とは戦いに用いるものだから、平和な時代には生み出されないと考えている」
「平和も何も、そういうものだろ」
「確かに戦時は兵器産業が盛んになりますが、戦争が終わった後も生産量が経るだけで兵器の開発は続きます」
それは、次の戦争に備える為。
あるいは、各勢力が疲弊した中でアドバンテージを得る為。
平和な時でも戦時と変わらず軍備拡張は続いていく。
「賢者ならば平時は戦争の準備をするべきだ」と語ったのは誰だっただろうか。
「つまりお前は保険であり、抑止力か」
「はい。次に戦争が起こった時の為の保険であり、反乱を起こさせない為の抑止力。それが『ファーストナンバー』という存在です」
生まれ落ちたその瞬間より平和の為に戦い続けることを決定付けられた存在。
僕の隣に座っているのは、そんな人間だった。
- 768 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:31:08 ID:/f0T1bo60
……いや。
彼女の言葉を借りれば『名もなき怪物』だろうか。
戦う為に生まれ、戦う為に存在し、戦って死ぬ存在を『人間』と呼べるかどうかは怪しい。
そんな彼女は言った。
「私が生み出された背景は語った通りです。フィクションの世界においては正義の超能力者と悪の超能力者の戦いが主かもしれませんが、現実はそうはいかない」
「超能力者なんてものが存在すれば、国家における正義の代行者である軍や警察が対応するしかない……と」
「そして軍部に依頼された科学者が生み出した最強の暴力装置が、私です」
一拍置いて都村トソンは続けた。
「その後の話は長くなり過ぎるので省きましょう。私の母は反体制派の凶弾に倒れ、私はこうして成長し軍部で働いている」
「それは分かったお」
さて問題は、そんな社会の裏側で起こっていた事件ではない。
ここにおける本題は、僕の父とミィの過去なのだ。
- 769 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:32:08 ID:/f0T1bo60
僕の思いを読み取ったのか、彼女はすぐに閑話休題する。
「……さて。『残念ながら』と言うべきなのか、人工的な能力者として完成したのは私一人でした」
「だから『最初にして最後の人工能力者』か」
「並行して行われていた能力者を実験体にした既に在る能力を強化するという計画は成功を収めましたが、それは関係ないので置いておきましょう」
そんな計画もあったのか。
あのスーツの男が触れていた「捕まった能力者はモルモットにされる」とはそのことかもしれない。
ところで、と僕の隣に座る彼女が言う。
「私という人工的な能力者が存在している場合、更にその生みの親がこの世にいない場合、どういう事態となるか予測できますか?」
「色んな勢力が『都村トソン』の研究データの血眼になって探すだろうな。データさえあれば、お前のような人工超能力者が生み出せるかもしれないから」
「はい。それも現実に起こっています。……ですが、もう一つ」
「もう一つ?」
- 770 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:33:10 ID:/f0T1bo60
都村トソンは言った。
「『人工的に超能力者が生み出せる』と分かったならば――手段を選ばない組織ならば、人体実験を繰り返してでも同じ成果を得ようと思う」
ああ。
なるほど。
それも確かに道理だった。
今ここに人造の能力者がいるわけだから、同じことができると考える人間達が出てくるのはおかしくない。
むしろそれが普通だ。
「結論から述べましょう。あなたのお父様が働いていた企業も、そういった団体の一つでした」
「…………そんなに、価値があるものなのかお?」
やっとの思いで絞り出したのは、そんな一言。
全く、目が見えなくなっても現実を直視するのが辛いのは変わらない。
- 771 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:34:07 ID:/f0T1bo60
「超能力者一人に、何人もの人間を切り刻み犠牲にする価値があるかどうか、という話ですか?」
「ああ」
「あるとも言えますし、ないとも言えるでしょうね。人間は地球よりも重い、人の命に値段が付けられないと言うのならば価値はないでしょう」
だが。
人一人の人生が金銭に換算できるとすれば、きっと価値はあるのだ。
「……金でなら、どれくらいになるんだ。超能力者ってのは」
「様々です。例えばあのミィという少女ならば、そうですね……あなたの国にある世界で最も高価な爆撃機。その値段で足りるかどうか、というところでしょう」
「なら、人工的に超能力者を作るってことは……」
「出来にも寄りますが、最新鋭の戦闘機を設計し、その生産ラインを確立する程度の価値はあります」
戦闘機という物は一機作るだけでも数億〜数十億ドル。
開発からならば数百億、数千億ドル単位の費用が掛かることもザラだ。
兵器として見た超能力者はそんなものと同価値だと言う。
- 772 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:35:11 ID:/f0T1bo60
だからと言って許されるのだろうか?
人の命を犠牲にすることが。
……きっと、許されたのだろう。
少なくとも携わった人々は自分自身のことを許したのだ。
数十、数百人程度の犠牲で数千億ドルの価値が生み出せるのならば構わないと。
だとしたら僕の父も―――。
「……馬鹿みたいだな、本当に」
「そうかもしれませんね。何よりも救いようがないのは、手掛かりがないということです」
「手掛かりが、ない?」
「はい。私が存在する以上、人工的に能力者は生み出せる。ですがほとんどの人間には超能力の理屈も、発現の条件も、何一つ分かっていない」
それなのに超能力者を生み出そうなんて馬鹿みたいですよ、と彼女は呟いた。
それはまるで、「ここにダイヤの指輪がある以上は地球上の何処かにはダイヤモンドがあるはずだ」とツルハシを持って出かけるようなもの。
筋道こそ通っているが、そもそも成功するはずがないのは明らかだ。
そんな土台無理な、成功するはずのない計画の為にどれくらいの人間が犠牲となったのだろう?
- 773 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:36:08 ID:/f0T1bo60
さて、と都村トソンは仕切り直す。
「ここからはあなたのお父様の話をしましょう」
「…………僕の父も、人造超能力者の製作に携わっていたんだろう?」
僕の気持ちなど知らぬように、淡々と彼女は告げる。
その通りです、と。
「あなたのお父様が雇われた理由は非常に優秀であったことと、もう一つ。あなたのお父様が数少ない、私の母と面識のある人間だったからです」
「能力者を作った奴と知り合いならば、何か、ヒントの一つくらい聞いているかもしれないってことかお?」
「そうですね。尤も、その目論見は空振りに終わったようですが」
僕は、訊ねる。
「……父は、何をしてたんだ? 何が起こったんだ?」
- 774 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:37:07 ID:/f0T1bo60
それは気休めのような問いだった。
何をしていたにせよ、父が企業に雇われ非道な研究に協力していたことは確かで。
紛れもなく加害者であり、罪人でしかなくて。
でも、それでも訊かずにはいられなかった。
あの人が何をしていたのかを。
そして、どうなったのかを。
「あなたのお父様の仕事は血液サンプルの採取でした。海外に赴き、超能力者と思われる人間の血液を採取する。そんな仕事です」
……どうやら仕事で海外を飛び回っていること自体は嘘ではなかったらしい。
「人間が能力者に覚醒する条件は不明ですが、血族のほぼ全員が能力者という極端なケースもあるにはあるので、少なくとも遺伝子が関係しているのは確かです」
「だから、サンプルの採取か」
「はい。あなたのお父様は超能力は神の力であり、神の血が濃い、より原初の人類に近い人間ほど能力に目覚めやすいと考えていたようです」
「信心深いのか、神をも恐れぬほど愚かなのか、よく分からないお」
「神の力かはともかく、目の付け所は良いと思います。私は神を信じていませんが」
- 775 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:38:08 ID:/f0T1bo60
生憎と僕もあまり信じていない。
神様がいるとしたら、超能力なんて災いの種を撒くのはやめて欲しかった。
「しかし本社はあなたのお父様の調査結果が出るのを待つことなく、手に入れた能力者及びそのクローンによる人体実験に踏み切った」
「…………」
「非道な計画を止める為に上層部に掛け合い、様々な手段を講じましたが、反応は芳しくなく。遂にあなたのお父様はある機密を持って研究所から脱走します」
都村トソンは語る。
過去を。
僕の父の最後の真相を。
「……私があなたのお父様に出逢ったのは真夜中の街でした。路地裏、ビルとビルの間の狭いスペースに血を流して倒れていらっしゃいました」
屋上で撃たれて落ちたのか。
それとも、ビルの上から決死の覚悟で飛び降りたのか。
腹部に二発の銃痕、右足は完全に使いものにならなくなっており、割れた額からは血が流れ出ていたという。
それでも尚――父は這うようにして、少しずつ進み続けていた。
- 776 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:39:06 ID:/f0T1bo60
「私を一目見て、彼は言いました。『ああ、死んだはずの相手が見えるということは、いよいよお迎えかな』と」
続けて、「できることなら迎えは妻が良かったんだが」なんて。
洒落にならない状況での冗談は僕と似ていて。
「私が娘であることを簡潔に説明すると、納得したように彼は微笑み、こう言いました」
父は言った。
―――この世界は等価交換だ。
―――ある価値のある物を手に入れる為には、同じ価値のある物を捧げなければならない。
―――化学反応をする前と後でも原子の総量は変わらないように。
「……『だが』と、彼は続けました」
―――だが、一人の平和の為に一人が犠牲になるというのでは、如何にも効率が悪い。
―――だから人間の本質は、その知性と理性を以て、対価として支払った物以上の価値を生み出すことだ。
- 777 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:40:09 ID:/f0T1bo60
絵の具と紙という二束三文の物から何千ドルもの価値のある絵画を生み出すように。
等価交換は世界の本質だが、人間の本質ではない。
人間の本質とはその選択で以て、価値を生み出し続けることだと。
「『俺は、君のお母さんのことを尊敬していた』」
―――あの人は様々なものを犠牲にしたが、その類まれな頭脳によって、必ず犠牲にしたものを超える成果を生み出していた。
―――しかし俺にはそれができなかったようだ。
だから。
「彼は近くに落ちていたスーツケースを指差して、言いました。『あの中には俺の唯一の成果が入っている。お願いだ』と」
恥を承知で。
都合が良いことだと分かりつつ。
どの面下げてだと罵られることも理解して。
それでも、「頼む」と頭を下げた。
- 778 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:41:13 ID:/f0T1bo60
尊敬していた相手の生み出した成果に。
あるいは、初恋の人の娘に。
僕は訊いた。
「…………父は、なんて言って死んだ?」
都村トソンは少し迷ったように沈黙し、けれどすぐにこう答えた。
「『こんな父親で、悪かった』と」
それはどういう意味だったのだろう。
そんな選択しかできなかった自分を恥じたのか。
そんな責任の取り方をした自分を悔いたのか。
僕には分からない。
分かることがあるとするならば、一つだけ。
父も必死で選択し、後悔しながらでも思考をやめず、どうにかして責任を果たそうとしていたのだろう。
- 779 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:42:11 ID:/f0T1bo60
都村トソンは言った。
「その後のことはさして語るまでもありませんね。私はあなたのお父様の残した物――『ミスティルテイン計画』の成果を受け取りその場を去りました」
父の死の痕跡と遺体は軍部によって秘密裏に処理されたという。
遺伝子すら残らないように、徹底的に消されたのだ。
まるでそれが報いだとでも言うように。
「私はあなたのお父様の財布などの所持品を処理し、全て現金に変えて、足の付かない方法であなたの口座に振り込みました」
「じゃあ、あの退職金かと思ってたあのお金は……」
「はい。あなたのお父様の所持金と、私からのささやかな見舞金です」
僕の家にある遺品は後始末に困った同僚が送ったもの。
流出してはマズい情報があるかもしれないので、データが残せる物を除いて。
データを持ち逃げした相手だというのに、わざわざ遺品を整理して送ってくれるなんて、職場での父は割と人望があったのかもしれない。
それとも、退職金代わりだったのだろうか?
- 780 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:43:08 ID:/f0T1bo60
「それにしても……まったく、凄い額を振り込んでくれたもんだお」
「そうでしょうか? あなたのお父様の行ったことは、言わば最新鋭の戦闘機の製造計画のリークです。軍にとっては価値のあることですよ」
そうかもしれない。
だが、犯した罪に比べれば安過ぎると思うのだ。
人の命は金では買えないのだから。
「つまりミストルティン……『ミッション・ミストルティン』とは、僕の父が携わっていた、人工的に超能力者を作る計画のことなのか」
「そうですね。より正しくは敵性勢力の能力者、つまり私のような存在に対抗する為の計画なのですが、その理解で良いでしょう」
「実家が荒らされたのは父が何かマズい物を残していないかと考えた製薬会社の工作か」
「詳しくはわかりませんが、似たような計画を進めている他の団体の仕業とも考えられます。ミストルティン計画の手掛かりがないか探していたのでしょう」
「なるほどな……大体分かったお」
なら、僕の部屋を荒らしたのも父の情報が少しでも欲しい誰かの仕業だろう。
何度か尾行されたことやひったくりに遭ったこともあるが、それも同じく、計画を知った何処かの組織の人間の犯行だ。
もしかしたらそういった刺客から身を守れるようにと都村トソンは大金を振り込んだのかもしれない。
だとしたら、その金でミィを雇った僕の判断は正しかったと言える。
- 781 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:44:09 ID:/f0T1bo60
とにかく、父について大体のことは分かった。
驚きはない。
いや、ないわけではないのだが、父が生きていないだろうということはなんとなく分かっていた。
何か良くないことに関わっていることも予想はできていた。
「(……父さん)」
こんな言い方は変なのかもしれないが、僕は嬉しかった。
僕が知らなかった場所でも、父は僕が知るままの責任を果たそうとする大人で――僕の尊敬する父のままで死んでいったのだから。
と、その時、都村トソンが言った。
「ところで、そろそろ目を開けてみてはどうですか?」
「え?」
「私の戦況分析が正しければ、見えるようになっているはずですが……」
見える?
何がだ?
今度はこちらが呆気に取られる番で、素で聞き返しそうになってしまった。
- 782 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:45:08 ID:/f0T1bo60
決まっている。
この見えなくなった両目のことだ。
冗談だろうか?
いや、そういうことを言うタチではないだろう。
だとしたら本当に?
騙されたと思って僕は目蓋を持ち上げた。
瞬間。
(;^ω^)「ぐ、ぉ……」
網膜に飛び込んでくる情報量に圧倒される。
思わず顔を顰めた。
目が見えなくなっていた期間なんて精々半日かそこらだったはずなのに、久々に目の当たりにする世界は様々な物で満ちていて、素直に驚いた。
大丈夫ですか、という耳に飛び込んでくる涼やかな声に事態を把握して顔をそちらに向ける。
無論そこにあるのは都村トソンの完璧に整った横顔だ。
(;^ω^)「まさか、本当に見えるようになっていたとは思わなかったお」
- 783 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:46:06 ID:/f0T1bo60
困惑する僕にさらりと都村トソンは告げた。
(-、-トソン「私が嘘を吐く理由はありませんよ」
(;^ω^)「それはそうなんだが、信じられなくて……。なんでまた見えるようになったんだ?」
(゚、゚トソン「あの『クリナーメン』という少女が倒れたからでしょう。『目が見えない』という呪いが解かれたんです」
( ^ω^)「呪いが解かれた、ね……」
『確率論(クリナーメン)』は確率を変動させる能力。
その力によって僕は「目が見えない確率」を上げられていて、その結果として何も異常がないのに目が見えなくなっていた。
能力が解除されれば変動していた確率は元に戻るので、再び問題なく見えるようになった、というわけらしい。
発作により心臓が停止したとしても、除細動器で刺激を与えてやれば元通りに動くようになるのと同じようなものだ。
心臓自体には傷がないのだから切欠があれば再び動き出し鼓動を刻むのだ。
僕にとっては幸いだが、なんだか運が良過ぎる気もする。
あの能力ならば視神経を傷付け、本当に二度と見えなくすることもできただろうにどうしてだろう。
と、そこまで考えたところで「普通の怪我なら普通の治療で治ってしまうか」と気付く。
治癒を防ぐ為に単純な害ではなく呪いを与えたのだが、それが裏目に出てしまったわけだ。
- 784 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:47:07 ID:/f0T1bo60
まあ、そんな小難しい話は置いておこう。
僕の視力が戻ったということは僥倖に違いないが、呪いが解かれたという事実はある結果の証左だ。
『確率論(クリナーメン)』の効力が失われたということは『クリナーメン』が倒れたということ。
つまり、ミィは僕が信じた通りに、あの少女を倒したのだ。
(-、-トソン「とりあえずは、おめでとうございます、と言っておくべきなのでしょうね。それとも『ご愁傷様』が相応しいでしょうか」
( ^ω^)「……どうして慰められなきゃならないんだ?」
疑問に都村トソンは答えることはなく、黙ってコートの内側から小さなナイフを取り出した。
投擲用らしき小さな刃物はよく手入れされているらしく、太陽の光を反射し戦う為に造られた少女の端正な顔立ちを映している。
(゚、゚トソン「私は人工的に造られた超能力者ですが、能力を抜きにしても、普通の人間を遥かに凌駕しています」
( ^ω^)「?」
(-、-トソン「往年の特撮作品風に言えばこうなるでしょうか。『「ファーストナンバー」都村トソンは改造人間である』と」
彼女は意味深げに目を細め、「都村トソンは国家の平和の為に反逆者と戦うのだ」と呟いてみせる。
- 785 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:48:09 ID:/f0T1bo60
(-、-トソン「私の身体に流れているのは母が開発した人工血液なので、まず血潮からして人間とは異なります」
と。
そうして都村トソンは手にしたナイフを左の人差し指に這わせる。
どれほど鋭利なのか、少し刃先が触れただけだというのに指の腹にぷくりと血の玉が浮かんだ。
人工の、血液。
僕と同じく紅いが、少し色合いが違う気がする。
( ^ω^)「何を……」
(゚、゚トソン「また血液以外にも、体組織そのものが特別製です」
そう言うと彼女は人差し指に口を添わせ血を舐め取ると、次いで傷跡を僕に見せる。
いや――「傷跡」ではなかった。
既にナイフで付けられた傷は完全に塞がってしまっていたからだ。
(;^ω^)「まさか、超能力か?」
(-、-トソン「ただの再生能力ですよ。少しだけ常人よりも強力なだけです。擦り傷程度ならば、すぐに治ります」
- 786 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:49:08 ID:/f0T1bo60
(゚、゚トソン「あなた方は身体を変形させる少女を目撃したようですね」
( ^ω^)「ああ」
(-、-トソン「恐らくその少女は私の設計図を参考にして造られたものです。私は再生だけですが、多少調整すれば変形も可能なのでしょうね」
僕はあの白いセーターの少女を思い出す。
彼女について、ミィはなんと言っていただろうか?
「バイオテクノロジーとサイバネティックスの技術によって生み出された生物を私は『人間』とは呼びません」と、そんなことを言っていたのではなかったか。
同じ技術によって造り出された兵器こそが、この都村トソン。
言わば『オリジナル』だ。
(゚、゚トソン「ところで。あのミィという少女は、あなたと一緒にいる間に傷を負ったことがありましたか?」
( ^ω^)「……ああ。確実に一度はあるお。『殺戮機械』と戦った時に、胸元にうっすらとだが傷を……」
僕は思い出す。
あの『殺戮機械』との戦いの後。
破れた服の代わりに新しい一着を買いに行った覚えはあるのに、胸の傷を治療した記憶はない。
- 787 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:50:09 ID:/f0T1bo60
最初に都村トソンに会った日。
あの時、一緒に湯船に浸かっていた際、僕はこう思ったのだ。
「彼女の素肌は瑞々しく傷一つない」と。
ミィの胸元には――傷跡なんて、なかった。
( ^ω^)「…………」
(-、-トソン「あなただって分かっているんでしょう? 何が、どういうことなのかも」
答え合わせをしましょうか。
そんな言葉を、都村トソンはミィによく似た顔で、言って。
僕は。
(゚、゚トソン「そう、あの少女こそミストルティン計画の成果。彼女は私と同じ、戦う為に造られた兵器です」
遂に、その真実と向き合う。
- 788 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:51:06 ID:/f0T1bo60
*――*――*――*――*
そこに立っていたのは顔に大きな傷のある、和傘の少女。
『殺戮機械』と呼ばれる彼女は別れた時と全く変わらない笑みを浮かべている。
(#^;;-^)「なんや、帰るんか?」
もう一度そう言って、笑う。
嗤う。
嘲笑するように笑顔を見せる。
(#゚;;-゚)「ここまで来て、帰るんか」
マト-ー-)メ「はい……帰るんです、私は」
確認するような言葉にもミィは揺らがない。
いや、その一言によって改めて決意を固めたのだ。
『帰るのだ』――と。
- 789 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:52:08 ID:/f0T1bo60
しかし少女は訊く。
何故、と。
(#゚;;-゚)「分からへんな。お嬢ちゃん、アンタは失った『記憶』を探してここまで来たんとちゃうんか。そんで、ちょっと進めばその『記憶』は見つかる」
マト-ー-)メ「……そうですね」
(#^;;-^)「ここで帰る意味なんてウチにはさっぱりやわ。土壇場で怖気付いたとしか思えへん」
ミィは言う。
穏やかな笑顔で。
他人から見ればそう見えるのかもしれませんね、と。
でも、違う。
そうじゃないのだ。
マト-ー-)メ「そうじゃないんです。私はもう、分かっちゃったんです」
そう。
分かったのだ。
- 790 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:53:07 ID:/f0T1bo60
そう。
たった今分かった。
自分が探し続けていたのは【記憶(ジブン)】ではなかったのだと。
目を覚まし、記憶を失っていることに気付いてから、ずっと。
自分は『記憶』を探し続けていたけれど、でも自分が求めていたのは『過去』ではなかった。
マト^ー^)メ「私は……単に、嫌だったんです」
怖かったんだ、と。
少女はその時の自分の思いを初めて自覚する。
(#゚;;-゚)「嫌やった? 何がや。記憶がなかったことがか?」
マト゚ー゚)メ「そうですが、それ自体ではありません」
『記憶』を失ったことが――ではない。
嫌だったのも怖かったのも、『過去』を失ったことそのものではないのだ。
- 791 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:54:06 ID:/f0T1bo60
そうだ。
嫌だったのは、自分の居場所がないかもしれないと思ってしまったから。
怖かったのは、自分が何者なのかが分からなかったから。
そのことが嫌で、怖くて……。
マト-ー-)メ「私が嫌だったのは『記憶』や『過去』がないことじゃない。『自分』がないことだった」
『自分』が、ない。
誰も自分のことを知らず、自分も自分のことを知らず、世界中にたった一人で。
そんなのは生きているとは言えないとミィは思う。
存在こそしているかもしれないが。
多分、生きているとは言えないのだろう。
マト゚ー゚)メ「最初は……それが当然だと思っていたから、最初は嫌だとも怖いとも思わなかった。気付いてなかったんです」
でも。
変わったのだ。
- 792 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:55:06 ID:/f0T1bo60
マト-ー-)メ「でもブーンさんに出逢って……色々な経験をして、気付いたんです。『ああ、嫌だ』って。『怖い』って」
自分のことすらも知らなかった少女は数え切れないほど沢山のことを学んだ。
それは例えば自分の手を握ってくれる誰かの暖かさであったり。
そして、それが失われることに対する恐れであったり。
だから少女は気付いたのだ。
『嫌だ』『怖い』という自分自身の気持ちに。
あるいは――寂しい、という感情に。
マト゚ー゚)メ「私が求めていたのは『記憶』でも『過去』でもない。他ならぬ『自分』だった」
そして、少女は手に入れた。
『ミィ』という名前と『自分』を。
……いや、少し違うだろうか。
彼女は『ミィ』という名前を手に入れて、これからは『自分』として生きていくのだ。
何処の誰ということは関係ない。
『自分』とはここにいる自分でしかないのだから。
- 793 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:56:07 ID:/f0T1bo60
そうだ。
何処で生まれただとかどうやって育っただとか、それが『自分』の全てであるわけがない。
それはそれだけのことでしかないのだから。
『自分』は探すものでもなく見つけるものでもなく――生きていく中で、選んで、作り上げていくものなのだから。
そう彼は教えてくれたのだから。
マト-ー-)メ「だから、もう『過去』なんていいんです」
だから。
もう『記憶(カコ)』なんていらない。
自分にはここじゃない、帰る場所があるのだから。
居るべき場所かは分からないけれど、でも自分がそこに居たいと思う場所があるのだから。
だからもう、ここには帰らない。
ここはもう、自分の帰る場所ではないから。
マト-ー-)メ「だから私はもう帰ります」
そして私は『未来』を、『自分』を選ぶ。
そう、私が選ぶ未来は、あの人と一緒にいる自分だ―――。
- 794 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:57:07 ID:/f0T1bo60
*――*――*――*――*
都村トソンは言う。
(-、-トソン「あなたのお父様が私に託したのはスーツケースでした。その中にはあの少女が入っていました」
( ^ω^)「(……なるほどね)」
父が持ち逃げした計画の成果とはミィのことだったのか。
……全く。
そんなんじゃ死ぬのも当たり前だろう。
人一人を入れたスーツケースを引き摺りながら追っ手を振り切るなんて、できるはずがないのだから。
体育会系じゃないってのに、あの人は……。
(゚、゚トソン「少女は幸い覚醒前でしたので、それまでに刷り込まれていた余計な知識を私の同僚の能力で消しておきました」
( ^ω^)「だからミィには記憶がなかった」
(゚、゚トソン「はい。私はそのまま普通の記憶喪失の少女として処理するつもりだったのですが、少し、司令部と揉めまして……」
- 795 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:58:07 ID:/f0T1bo60
それもそれで当たり前だ。
彼女には『未来予測』という飛び切りの異能が備わっている。
軍だって、偶然とは言え折角手に入れた強力な兵器を手放したくはないだろう。
都村トソンは淡々と真実を語っていく。
(゚、゚トソン「そうして、私が司令部を説得する為に基地に戻っている間にアクシデントが起き、それによって防衛本能が働いたのか少女は逃げてしまいました」
危険を察知した少女は曖昧な意識の中で街を駆け、大都会の真ん中でふと理性を覚醒させた。
少女にそれまでの記憶はなく、ただ自分の両目が特別であることと、誰かに追われているという事実だけを理解した。
異能を持つ記憶喪失者の出来上がり――というわけだった。
(-、-トソン「あの少女は指輪を持っていたはずですが、それはあなたのお父様の遺品です」
(;^ω^)「父の? じゃあ、ミィが持ってた指輪って……!」
(゚、゚トソン「名前などは刻まれていませんでしたが、嵌められていた指から察するに結婚指輪のようでした」
(;^ω^)「おいおい……」
- 796 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 19:59:09 ID:/f0T1bo60
じゃあ僕の両親の結婚指輪を売っ払ってミィは服を買ったってことか?
なんだよ、その真相は。
服はいくらでも買い直せるが指輪は一点ものなんだぞ?
軽くうんざりした気持ちになる僕に、「安心して下さい」と都村トソンは告げる。
(-、-トソン「売られた指輪は私が買い戻しておきました。後でご自宅の方へ郵送しておきます」
(;^ω^)「え? そりゃあありがたいが……」
(゚、゚トソン「お礼なんてやめて下さい。あの指輪はそもそも、私が嵌めたものですから。全ての原因は私にあります」
( ^ω^)「……どういうことだお」
(-、-トソン「あの指輪は、記憶を消した際に私が彼女の指に嵌めたんです。あなたのお父様のことを彼女は知りません。でもせめて、その想いだけでも覚えて欲しいと……」
いや、覚えてなくてもいい。
だから、その想いの証が形として残って欲しいと。
(-、-トソン「……感傷ですね。私の個人的なセンチメンタリズムで迷惑をお掛けしました」
- 797 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:00:11 ID:/f0T1bo60
( ^ω^)「いや……そんなことはないお」
僕には、都村トソンの想いがなんとなく分かるのだ。
だからお礼を言うことはあっても、責めることなんてあるはずがない。
そもそもだ、記憶喪失になった状態で持っていた物を売るなんて行為自体が想定外なのだ。
たとえ手掛かりにはなりそうにはなく、金銭が必要だったとしても、普通はそんな選択肢を選ばない。
過去の自分と繋がっている唯一の物なのだから、それこそ感傷というか、説明できない感情で容易に手放せないはずだ。
( ^ω^)「(……いや、でも、そうか)」
あの時のミィには。
そんな人間らしい感傷が存在しなかったのか。
だから、その魔眼で以て「大した手掛かりにはならない」と判断するや否や、簡単に手放してしまったのだろう。
(-、-トソン「私の話は以上です。何か不明な点はありますか?」
そして都村トソンはそう言って、僕を見る。
- 798 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:01:10 ID:/f0T1bo60
その横顔は造り物のように綺麗で。
何処かミィと似ていて。
けれど、瞳の色などの顔立ちの細部はミィとは違って。
やっぱり彼女とミィは違う人間だと。
そんな風に思いながら僕は訊く。
( ^ω^)「お前が忠告にやって来たのは、僕やミィが真実を知れば……後悔すると思ったからか?」
(゚、゚トソン「その通りです。真実を知った場合、あなた方が後悔するということは――『目に見えて』ましたから」
( ^ω^)「…………そうか」
お気遣い感謝するお、と言って、「だが」と僕は続けた。
( ^ω^)「だけどな、ミィが何者であろうが――ミィはミィだお」
それは、それだけのことだ。
僕はそう言い切った。
- 799 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:02:07 ID:/f0T1bo60
*――*――*――*――*
分からんな、と少女は言う。
ミィの想いを訊いた上で、それでも「分からない」と断じる。
(#゚;;-゚)「今の自分が大事だ、自分が何であるかは生き方が決める……それは分かる。けどな、だからってここで帰るのはおかしないか?」
『現在』が大事だからと言って『過去』と向き合わない。
それはおかしくないだろうか?
言うまでもなく、『現在』とは『過去』があって初めて存在するもの。
どちらを大事にするかは個人の自由だろうが、だからと言って『過去』から目を背けて見ないフリをするのは、許されるのだろうか?
いや許されるとしても――それは逃げることとどう違うのか、と。
マト^ー^)メ
その問いに。
ミィは、笑顔を以て答えた。
- 800 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:03:07 ID:/f0T1bo60
あの特徴的なふわふわとした笑み――ではない。
似ているが、決定的に違う。
(#゚;;-゚)「(コイツ……こんな顔も、できたんか)」
あまりに痛切で。
あるいは、あまりに人間的な。
その笑顔の意味は超能力なんてなくても、分かる。
そう、それは作り笑い。
孤独な存在ではありえない表情。
人間でしかありえない感情。
心の中の不安と悲哀と苦痛を押し殺しながら、誰かと繋がる為に見せる、笑顔―――。
そうして彼女は気付く。
(#゚;;-゚)「(……そうか。お前、目が……)」
『未来予測』という観測の異能を持つはずのミィがこの地下の様子を見れなかったのは、心に蓋をしていたからだった。
見たくない真実から目を背け、見落として、見えないフリをしていた。
それ故に深層心理で能力を制限していた。
- 801 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:04:09 ID:/f0T1bo60
ならば。
彼女が自分の想いに気付き、自分自身に「自分とは何か」を問い直し答えを出したのなら。
当然、真実を知りたくないと能力を抑え込んでいた無意識下の制限は消え去る。
誰かと出逢って学んだのは何かを失う怖さ。
……そして、その恐怖と向き合う為の強さ。
だからもう彼女には、ここから先に進むまでもなく真実が『目に見えて』いて―――。
マト^ー^)メ「私は帰ります。あの人の隣に、もう一度」
ここで見つけた『過去』を抱いて。
これから選ぶ『自分』を目指して。
そう。
マト ー)メ「…………たとえ、もう二度と、あの人の隣にいられなくなったとしても」
そうして彼女は穏やかな、けれど、暗い笑顔を浮かべた。
それは何処までも人間的で、しかしただの少女ではありえぬ影を秘めた、あるいはあの都村トソンの微笑にも似た表情だった。
- 802 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:05:09 ID:/f0T1bo60
*――*――*――*――*
都村トソンは言った。
『科学技術によって造られた生物』も。
『殺すだけしかできない機械』も。
『名前のない怪物』も。
その全てはミィ自身のことでもあるのだと。
神をも恐れぬ愚か者共が造り出した、『機械仕掛けの神の器官(Mechanical Member)』という兵器――それこそが彼女の正体だと。
( ^ω^)「だけど……それがどうしたって言うんだお」
仮に、ミィが兵器として生み出された存在だとして。
彼女が兵器として生きなければならない理由が何処にあると言うのだろう?
( ^ω^)「まさか、お前だって身分制みたいに、子どもは両親や社会が決めた通りに生きなきゃいけないって思ってわけじゃないだろう」
(-、-トソン「…………」
- 803 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:06:08 ID:/f0T1bo60
そんなことが。
そんな馬鹿なことがあるわけがない。
人間が人間たる尊厳を持ち、個人が個人として選択できる自由な社会――それが今のはずだ。
親は親で、子は子だ。
造った側の思い通りに生きなきゃいけない道理なんて、ない。
(-、-トソン「『実存は本質に先立つ』……そんな理屈が通用するのはあなたの世界だけです。事実として彼女は、兵器としての本質を与えられ生まれてきている」
( ^ω^)「その他者が神ではない以上、その本質は押し付けられたものに過ぎないんだお」
(-、-トソン「……そうですね。そして、神はこの世界にはいない」
( ^ω^)「確かに自分が誰から産まれたとか何処で育ったとかは大事だ。だけど、それはそれ、これはこれだ」
たとえミィが『兵器』としての本質を持ち、生まれてきたのだとしても。
決まっていない『未来』は自分で選ぶことができるはずだ。
- 804 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:07:07 ID:/f0T1bo60
そう。
選んでもいない『過去』だけで、そんなものだけで『自分』が決まるわけがない。
決まっていいわけがないのだ。
何故なら人間とは――その本質を、自分自身で作り上げる存在だから。
だからこそ僕たちは自由で不自由なのだから。
( ^ω^)「人が生きるってことは、『自分』を選び続けることだ。……僕は、ミィが僕の知る『自分(ミィ)』を選んでくれると信じてる」
都村トソンは言う。
「それがあなたの答えですか」と。
僕は返す。
「これが僕の答えだ」と。
人間は自由だ。
未来は決まっていない。
……そんな当たり前なことこそが、旅の果てで僕達が見つけた『真実』だった。
- 805 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:08:07 ID:/f0T1bo60
*――*――*――*――*
報告書―――
敵性勢力の能力者の殲滅を目的とし人工的に能力者を造り出す計画、通称『ミストルティン計画』は長らく停滞していたが、遂に大きな進展があった。
世界初の人工能力者である都村トソンの遺伝子パターンを元に設計された個体、検体番号M-000が完成したのである。
能力の発動原理は全くの不明で存在自体が偶然の産物ではあるが、何にせよ我がチームにとって大きな一歩であることに違いはない。
調査団が収集した各国の異能者のデータと提供された人工蛋白に代表されるバイオテクノロジーは十二分に役目を果たしたと言えるだろう。
M-000は端的に言えば「限りなく人間に近い合成生物」となる。
異能者としての能力は知覚及びそれから派生した短期的未来予測能力である。
その力の前では歴戦の勇士さえ赤子に等しく、また超能力戦闘においても有効であることは間違いない。
都村博士が生み出した能力者、この計画の仮想敵である『ファーストナンバー』や『ディズアスター』にも対抗可能だと思われる。
全てを知覚し、未来を予測する能力はそれほどまでに有用だ。
このM-000の能力を活かすプランとしては次のものがある。
M-000は観測手としてのみ運用し、知覚したデータを検体番号M-001(現在開発中)とリンクさせ、攻撃はM-001に行わせるというものだ。
検体番号M-001が完成しなかった場合も視野に入れ、M-000は単独での使用も可能なように調整するつもりである。
追伸
検体番号M-000のコードは『プロヴィデンス』、検体番号M-001のコードは『クリナーメン』とする予定である。
全能なる神の視界と、神が振る賽子を意味した名称である。
- 806 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:09:07 ID:/f0T1bo60
(#゚;;-゚)「……なるほどなあ」
『殺戮機械』と呼ばれる生きた都市伝説はミィを黙って見送った後、荒れ果てた研究室で一人、呟いた。
この施設にやって来たのは『未来予測』の強奪の為だったのだが、どうしてだろう、言葉を交わした後ではそんな気分ではなくなっていた。
これから大きな喪失を経験をするのかもしれない彼女から何かを奪うのは気が引けたのかもしれない。
らしくもなく、「いつでも奪えるから」と言い訳を付けて。
(#゚;;-゚)「アホらし」
そう言って『殺戮機械』は紙片を放り捨てる。
そこに書かれていたのは「あの少女はただの兵器でしかない」という残酷な真実だった。
あの少女が生体兵器だったとすれば全ての説明は付く。
『未来予測』という能力を持っていたことも。
一般には知られていないはずの生体兵器の知識があったことも。
異常な治癒能力も。
何よりも、狙われていた理由も。
都村トソンに似ているのは単に『ファーストナンバー』の遺伝子パターンをベースにして設計されたからだったのだろう。
- 807 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:10:08 ID:/f0T1bo60
彼女が失っているという『記憶』と『過去』。
思い出せないのは当然だ。
何故ならば、それはそもそも存在しないものなのだから。
あのガラスの向こうにある培養槽で生まれてきたのだとしたら、家族なんていなくて当然。
ただの番号でしか呼ばれていなかったのだとしたら、名前なんてあるはずがない。
『記憶』も『過去』も――『自分』も、ないのだ。
(#゚;;-゚)「……しかも最悪なことに、帰る場所までないわけや」
室内を見回してみる。
設備の大半は機能しておらず、キーボードの上には埃が積もり、資料はあちこちに散乱している。
とても今現在使われている施設とは思えない。
研究員総出で夜逃げでもしたのか、それとも何者かの襲撃を受けて全滅したのか。
上のスタッフ達は事情を知らないのだろうが、人が少ない割に忙しそうにしていることから察するに、近い内に地上の研究所も破棄される予定なのだろう。
つまりここは終わった場所。
仮にあの少女が生体兵器であることを受け入れて戻ろうとしたとしても、戻りようはない。
少女には最初から帰る場所すらなかった。
あるいは、これからも。
- 808 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:11:06 ID:/f0T1bo60
ここに残っていたあの『クリナーメン』という少女は、恐らく、自らの役目を果たそうとしていたのだ。
同じ計画から生まれたモノとして、相互に補い合う兵器として、あるいは単に姉妹として、『プロヴィデンス』の帰りを待っていた。
だとしたら、なんて―――。
(#゚;;-゚)「帰る場所すらない――は、訂正か。……それがどんな意味であれ、少なくとも待ってくれとる奴がおったんやから」
ひょっとしたら、と『殺戮機械』は推測する。
もしかしたらこの施設をこんな有り様にしたのは『クリナーメン』かもしれない。
ここを捨てようとした親達を振り切り、無理矢理連れて行こうとする兵達を返り討ちにして、断固としてここに残ることを選んだ。
たった一人の姉が帰ってくるかもしれないと思っていたから。
あの『確率論(クリナーメン)』という能力ならば跡形もなく人を消すことも可能だ。
生きた設備が僅かながら存在しているのは彼女が使っていたからか。
(#゚;;-゚)「ま、どうでもええことか……しかし、偶然やとしても能力者の製造を成功させとったとは驚きや」
しかも、その貴重なサンプル二体を放置して撤収してしまったのだから更に驚きだ。
どちらもが手の付けられない能力を持っているとはいえ、どんな犠牲を払ってでも手元に置いておきたいと思うだろうに。
- 809 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:12:10 ID:/f0T1bo60
いや、価値がなくなったと見るべきか。
もう本国の研究所では人工能力者の量産化に成功しており、試作段階の彼女等を研究する必要はなくなったと。
それともスタッフがいなくなったことでプロジェクト自体が頓挫したのか……。
能力者にいくら価値があるとは言っても元より成功することも採算を取ることも難しい計画だ。
と。
そこで『殺戮機械』は気付く。
(;#゚;;-゚)「…………まさか、そういうことやったんか?」
頭に浮かんだある可能性。
もし推測通りならば全てが腑に落ちる。
だとしたら、納得できるのだ。
(#^;;-^)「……中々、おもろいオチやんけ」
そう呟き人外は静かに嗤う。
さて。
彼等はこの真相に気付いているのだろうか、と……。
- 810 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:13:09 ID:/f0T1bo60
*――*――*――*――*
(-、-トソン「質問がないのでしたら、他に話すこともないですし、私は失礼しようと思います」
都村トソンは言う。
初めて出逢った時とまるで変わらない風に。
僕の返答に動揺した素振りはない。
まさか、彼女には僕の答えまで『目に見えていた』ことだったのだろうか?
そんな風に考えながらも「質問ならあるお」と僕は彼女を呼び止めた。
(゚、゚トソン「なんでしょうか。何か、ご不明な点でも?」
( ^ω^)「不明ってわけじゃあないが、腑に落ちない部分がある」
街並みが夕陽に染められていく。
紅く、紅く染まっていく。
まるでこの御伽話の終わりを象徴するように情緒的に、紅く。
- 811 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:14:09 ID:/f0T1bo60
『過去』を探す旅は終わった。
僕達の物語はここで一旦おしまいと言って良いのだろう。
だが、僕にはまだ、確かめておかなければならないことがある。
( ^ω^)「これまでの話を纏めると、ミィはさる企業の人工的に能力者を造ろうという計画の成果、ということだよな」
(-、-トソン「はい。『最初で最後の人工能力者』である私を雛形とした生体兵器です」
この都村トソンの再現として造られたのが、ミィ。
二人の顔立ちがよく似ていたのは彼女の遺伝子を元にミィは造られたからだった。
( ^ω^)「僕達を襲ってきたパーカーの子は同じ計画の成果か?」
(゚、゚トソン「その通りです。検体名は『クリナーメン』。あなたがミィと呼ぶ、検体名『プロヴィデンス』の次の造られた少女です」
そして計画で次に造られたのが、あの『クリナーメン』という少女。
だから彼女はミィに対してやけに親しげだった。
……しかし、だとしたらやはり腑に落ちないことがある。
- 812 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:15:07 ID:/f0T1bo60
( ^ω^)「なあ、都村トソン」
(-、-トソン「…………なんでしょうか」
( ^ω^)「これは単なる疑問なんだが、」
僕は言う。
( ^ω^)「その計画とやらがお前のような人工能力者の作製を目的としていたなら――どうして、あの『クリナーメン』とかいう少女は、お前に似ていないんだ?」
「ミィは都村トソンという人工能力者を元に造られた」――それは分かる。
「『クリナーメン』はミィと同じ計画で生み出された」――それも分かる。
ただ、この二つの事実は単体では理解できるが、その両方を踏まえるとどうにも納得できないことがある。
だとしたら何故、『クリナーメン』はオリジナルであるはずの都村トソンに似ていないのか。
あるいは、姉妹に当たるミィに似ていないのか。
- 813 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:16:07 ID:/f0T1bo60
似ていない姉妹だっている。
それはそうなのだが、彼女の言葉が正しければミィもあの少女も都村トソンのクローンのはず。
全く似てないなんてことがあるだろうか?
(-、-トソン「それは……恐らく、別の遺伝子を混ぜたのでしょう。遺伝子組み換え……あの個体は私以外の能力者のデータも元にしているのかもしれません」
都村トソンは言い淀むことなく答える。
(゚、゚トソン「あなたのお父様のお仕事にはそういった目的もあったのかもしれません」
( ^ω^)「まあ、他の能力者の遺伝子を混ぜたって可能性はあるかもしれないお。ただ、そんなことをする意味が分からない」
(-、-トソン「量産化の前の試作段階ですから、実験……ではないでしょうか」
( ^ω^)「そうなのかもしれないな」
だが、本当にそうだろうか?
人工能力者を造り出すことは難しいという。
世界中の機関が再現しようとして、失敗してきた。
- 814 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:17:10 ID:/f0T1bo60
それなのに。
それなのに、『ファーストナンバー』都村トソンのそのままのクローンならまだしも、他の遺伝子を混ぜて成功するだなんて。
いや。
そもそも。
本当に、計画は成功していたのだろうか……?
( ^ω^)「もう一つ、疑問があるんだお」
(゚、゚トソン「なんでしょう」
( ^ω^)「僕の父なんだがな、どうしてミィを連れて逃げたんだと思う?」
(-、-トソン「…………非道な実験を止めるため、告発するためでしょう」
そういうことを訊いてるんじゃない、と僕は返す。
( ^ω^)「逃げた理由は分かるんだお。分からないのは、ミィを連れて行った理由だ」
(゚、゚トソン「計画の証拠、という理由では納得できませんか?」
- 815 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:18:09 ID:/f0T1bo60
( ^ω^)「計画の証拠だって言うのなら、計画書でも採取した血液データでもいいはずだろ。どうして計画の成果自体を持って逃げたんだ?」
ミィは女の子だとは言え、数十キロはあるんだ。
そんな物を持って逃げても逃げ切れるはずはない。
だとしたら、何故?
僕は言う。
( ^ω^)「ミィがさ、その……人体実験の被害者なら分かるんだ。逃がしてやろう、逃がさなきゃいけないって思うのは」
自分にも責任の一端がある。
そう考えて、被害者を救おうとするのは分かる。
だが、そうじゃない。
都村トソンの話が正しいのならばミィは非道な実験の末に生まれた成果だ。
そんな存在を連れて逃げる必要が、果たしてあるのだろうか。
( ^ω^)「なあ、どう思う?」
(-、-トソン「…………」
- 816 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:19:07 ID:/f0T1bo60
都村トソンは、答えない。
てっきり「好きな人に似ていたからではないでしょうか」などのようなロマンチストな意見を述べると思っていたのだが。
しかし彼女が答えないとしても構わない。
僕は言葉を続ける。
( ^ω^)「僕の推測を話していいかお?」
(-、-トソン「…………構いませんよ」
( ^ω^)「そのミストルティンだかミスティルテインだがっていう計画は、発足したはいいが、全然成果が出なかったんだと思う」
血液サンプルを集めても、人体実験を行っても。
全く研究は進まなかったのだとしたら?
成果が全く出ないとなれば責任問題になる。
投資金が回収できない。
せめて、偶然でもいいから一人ぐらい完成させないと計画が続けられない。
( ^ω^)「だから、捏造することにした」
- 817 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:20:08 ID:/f0T1bo60
研究の成果を。
計画の結果を。
でっち上げることにした。
そう、幸いにして世界中から血液サンプルを集められるくらいには超能力者の存在を把握していた。
その中には実に都合の良い少女もいて。
( ^ω^)「僕の父は能力者の血液を採取する過程で、偶然見つけたんだろう。最初の人工能力者である『ファーストナンバー』の血縁者を」
捏造するに当たって都合の良い容姿と遺伝子を持つ少女を。
人工能力者である都村トソンの血縁者であり、また類稀な能力を持つ少女を。
( ^ω^)「都村トソン。お前は同僚に頼んでミィの余計な記憶を消したと言ったな」
(-、-トソン「……はい」
( ^ω^)「存在しない過去を創り出すことは困難だが、存在した過去を消し去ることは比較的容易……そういう理解であっているかお?」
(゚、゚トソン「その通りです。記憶の消去若しくは忘却ならば超能力でなくとも機材があれば可能です」
- 818 名前:名も無きAAのようです :2014/05/13(火) 20:21:08 ID:/f0T1bo60
彼女の言葉は最早、認めているに等しかった。
僕の推測は正しいと。
それこそが真実だと。
僕は言った。
あるいは都村トソンが語ったものよりも最悪な真実を。
( ^ω^)「ミィは兵器なんかじゃない。その場凌ぎの為の勝手な都合で拉致され操作され兵器に仕立て上げられた――ただの、女の子だ」
そう。
もう物語は、終わった。
この場に在るのはどうしようもない真実だけだった。
(、 トソン「……参りましたね」
そして。
都村トソンは小さく笑ったのだった。
- 829 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 22:49:27 ID:T7e4Lln.0
*――*――*――*――*
僕の父が都村トソンに向けて言った言葉。
「あの中には俺の唯一の成果が入っている」。
その一言は、「彼女は自分が見つけてきた本物の超能力者だ」という意味だったのだろう。
この都村トソンの親類にして、あるいは『ファーストナンバー』を脅かしかねない異能を持つ、天然の能力者。
それが――ミィの正体。
(-、-トソン「……彼女は、私の母方の曾祖母の妹の玄孫に当たります。浅学な私にはどう呼べばいいのかも分からない間柄です」
都村トソンは言った。
ミィを連れてきたのは僕の父であること。
そして、その目的は計画を続行させる為というよりは人体実験を止めさせるためだったということを。
(゚、゚トソン「顔立ちは似ていますが、正直、よく見つけたものだと思います」
( ω)「…………」
(-、-トソン「直系の長女は『トソン』という名前を付けますが、第二子以降にその縛りはありませんので名前も苗字も違いますから」
- 830 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 22:50:45 ID:T7e4Lln.0
私と彼女の高祖母は同じなので『トソン』という名前だと思いますが、と付け加える。
( ω)「……どうして、」
だが、そんなことは僕はどうでも良かった。
訊きたいことはたった一つだけだった。
( ω)「どうして、そのことを隠してたんだ……? 仮にも自分の親戚の、年端のいかない女の子を、『兵器』と偽って……!」
(-、-トソン「言ったでしょう? 『真実を知ればあなた方が後悔すると思ったからだ』と」
( ω)「なにを……!」
(゚、゚トソン「彼女は戸籍上死んだ人間です。彼女の両親はもうこの世にはいません。彼女の家は取り壊されて跡地には別の建物が立っています」
それどころか。
唯一残っていたはずの記憶さえも研究所での調整の過程で奪われたのだ。
分かるでしょう?と都村トソンは言った。
- 831 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 22:52:47 ID:T7e4Lln.0
(-、-トソン「元々の彼女はもう――死んだ人間なんです。彼女は独りです。この世界に居場所なんて、ない」
何もない。
そう、何もないのだ。
家族も、故郷も、過去も、名前も、記憶も――何もかもが失われた後だった。
元の彼女を現在に伝えるのはその顔立ちと二重螺旋のみ。
しかし、その身体でさえも真っ当な人間のものではなくなっている。
分かるでしょう?ともう一度彼女は言った。
(-、-トソン「彼女が失ったのは、どうあっても取り戻せないものです。だったら……ただ喪失感だけに苛まれるくらいなら、忘れたままの方がいい」
知らない方がいい、と。
都村トソンは小さく呟いた。
それはあるいは彼女の慈悲だったのだろうか。
兵器として造り出され、親を失くし、今もなお戦い続けている彼女の。
精一杯の、想い。
- 832 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 22:54:05 ID:T7e4Lln.0
( ω)「……そんなことがあるかよ」
だが。
僕はそんな感情を認めることはできなかった。
( ω)「そんな……そんな身勝手な救いがあってたまるか。独り善がりな優しさを受け入れてたまるか」
知らない方がいい?
忘れたままの方がいい?
ふざけるな。
それは確かにそうかもしれない。
ミィも「知らないままでいたかった」と言うかもしれない。
( #^ω^)「だとしても、その絶望はミィが選択するものなんだ。誰かに勝手に決められるものじゃないんだよ……!!」
だけど、それでも選ぶのはミィなんだ。
彼女には知る権利があった。
どんな絶望的な真実だとしても――その真実を知って、未来を選ぶ為に。
- 833 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 22:55:09 ID:T7e4Lln.0
(-、-トソン「……知ってしまえば、知る前には戻れません」
( ω)「それでも」
(゚、゚トソン「死んでしまいたくなるくらい嫌な気持ちになるかもしれません」
( ^ω^)「それでもだ。知りたくなかったと嘆かれ、どうして黙っていてくれなかったと罵られたとしても――それでも」
……都村トソン。
お前がやったことは、痛みに苦しむ重病人を前にして「辛そうだから殺してやろう」と銃爪を引く行為と同じなんだ。
それはどんなに辛くてもあってはならないことなんだよ。
死にたいくらいに苦しくても、僕達は最後まで自分で選ばなきゃ駄目なんだ。
それが『生きる』ってことなのだから。
(-、-トソン「…………あなたに、いえ、あなたは……」
都村トソンはそう言い掛けて、口を噤んだ。
彼女は何を言おうとしたのだろう?
表情から読み取ることは叶わない。
- 834 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 22:56:05 ID:T7e4Lln.0
その目を細めた様は、太陽の眩しさから目を逸らすようでいて、愚昧な存在を「見ていられない」と言うようでいて。
あるいは単に、潤んだ瞳を隠し誤魔化すようでもあって。
彼女の中でも様々な葛藤や逡巡があったのだろう、なんて、僕にはそんなことしか分からなかった。
僕は知らないけれど、彼女だって数え切れないくらいに誰かと出逢って、無数のことを経験して、これまで生きてきたのだ。
それだけは確かな真実だった。
(-、-トソン「……なんにせよ、私はこれ以上言うことはありません」
( ^ω^)「…………そうかお」
(゚、゚トソン「あなたの人生は、元よりあなたの選択でできています。私が口出しできるものではなかったのかもしれません」
彼女の望みは僕達が何も知らずに生きていくことだった。
そしてそれはもう叶わないことでもあった。
彼女の望んだ未来はもう、訪れない。
(-、-トソン「ですが……あなたは選択した以上、その責任を負う義務があります」
( ^ω^)「分かってるさ」
- 835 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 22:57:04 ID:T7e4Lln.0
そんなこと言われるまでもないことだった。
真実は僕の口からミィに伝えよう。
黙っていることだってできるが、僕はそうしない。
それが僕の答えなのだから。
(-、-トソン「では、さようなら。私からはもう何も言うことはありません。どうか、いつまでも彼女が信じたあなたのままで」
そうして彼女は僕を置いて、立ち上がって、歩いて行く。
それも、わざわざ言われるまでもないことだった。
自由に選択し。
選んだ未来で。
後悔しながら。
責任を背負い。
そうして、僕達は生きていく。
それでも『自分』を選び続けていくことを約束する。
どんな『未来』が訪れるのだとしても選択をし続けることを約束しよう。
それが僕の選んだ生き方なのだから。
(-、-トソン「もう二度と会うことはないでしょう。あなたのお父様が望んだように、どうか――後悔なき選択と、幸福に満ちた人生を」
- 836 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 22:58:11 ID:T7e4Lln.0
そんな言葉だけを言い残して、彼女は去って行く。
( ^ω^)「……なあ、都村トソン」
けれど僕は、夜の帳が下り始めた街並みに、遠ざかる背中を呼び止めた。
なんでしょうか?と振り返った彼女が瞳で応えた。
僕は言った。
( ^ω^)「僕達は誰かの言いなりじゃなく、自分で未来を選んでいく。後悔のない選択をしていけば――もしかしたら、お前ともう一度会うこともあるかもしれないな」
(-、-トソン「……その選んだ未来で後悔することになったとしても、ですか?」
( ^ω^)「ああ。それでも、だ」
そうですか、なんて無愛想に言って、今度こそ彼女は街の闇に消えていった。
ああ、そうだ。
たとえこの先に何が待っていたとしても、僕は掛け替えのない『現在』に約束しよう。
どんなに後悔したとしても、僕達はこうやって生きていく―――。
- 837 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 22:59:06 ID:T7e4Lln.0
*――*――*――*――*
都村トソンは街を歩いていた。
彼女が何を考えているのかはこの街の誰も知らない。
時折すれ違う人々も、作り物のように整った顔立ちの女性だという感想こそ抱けど、その瞳の奥にある心にまでは考えを至らせることはなかった。
つまりはいつもと同じ。
誰も、道行く何処かの誰かの気持ちや事情なんて分からないという当然。
それだけだった。
( ^ν^)「随分と待ちましたよー。何かありましたかー?」
街を行く彼女に声が掛かったのは、都村トソンがいつも通りに他人だらけの世界を進んでいるその時だった。
街頭の少ない道路の脇に駐車された車の運転席からスクエア型の眼鏡の男が顔を出していた。
都村トソンは足を止め、黙ってその後部座席に乗り込んだ。
(-、-トソン「……特に何も。お待たせして申し訳ありませんでした」
- 838 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:00:08 ID:T7e4Lln.0
端的にそう答えると、彼女は足を組み、息を吐いた。
そうして車を発進させた運転席の男に訊く。
(゚、゚トソン「……あの子は、どうなりましたか?」
( ^ν^)「問題なく地下まで送り届けましたよー。その後にどうなったかは分かりませんー」
(-、-トソン「そうですか。ありがとうございます。あなたに頼んだ甲斐がありました」
命を受けて少女を監視していた男は「お礼なんてやめて下さい」と笑う。
( ^ν^)「こっちは脅されて使われている身ですからねー。感謝なんて怖くて仕方ないですねー」
(-、-トソン「なら労いの言葉だけを送っておきます」
都村トソンはそう言い、続けて行き先を告げるだけ告げるとそのまま黙り込む。
鏡越しに彼女の様子を見た男は小さく笑みを漏らした。
(゚、゚トソン「どうかしましたか?」
- 839 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:01:11 ID:T7e4Lln.0
( ^ν^)「いえ。その様子だと、彼に色々と言い返されてしまったようでー」
(-、-トソン「……そうですね。予想外に鋭く、概ね真相を見抜いていました」
( ^ν^)「彼が見抜けなかったのは『他ならぬ都村トソンが少女を逃がした』という点、ですかねー」
都村トソンは、黙る。
しかし男は饒舌に喋り続ける。
( ^ν^)「『ファーストナンバー』と言えば政府の誇る最強の矛です。子ども一人を逃がすような、そんな失態を演じるなんてありえませんー」
(-、-トソン「私はあの時、現場にいませんでしたから」
( ^ν^)「亜光速で動けるあなたにとって距離なんて意味がありませんー。単に、少しでも不自然さを減らそうとして、その場を離れていただけでしょうー」
そう。
『ファーストナンバー』という唯一にして無二の人造能力者がその場に居合わせたのでは、少女が逃げ切ることなどありえない。
だから、あの時あの場所に都村トソンはいない方が良かった。
何も知らない少女を軍の手に渡る前に逃がす為にはいない方が良かった。
だから都村トソンは。
- 840 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:02:06 ID:T7e4Lln.0
男は言う。
( ^ν^)「研究員から託されたあの少女が逃げ出したのはあなたの自作自演。あなたが、あの少女を逃がしたんですー」
(-、-トソン「…………」
やりようならいくらでもある。
とりあえず都村トソンがその場を離れてしまえば後はどうとでもなったのだ。
その場にいた部下もグルだったのかもしれないし、自分のような裏稼業の人間に強奪を頼んだのかもしれない。
とにかく、彼女はあの少女を逃がしたかった。
そして実際に逃がしてみせたのだ。
都村トソンは言った。
(-、-トソン「あなたの言う通りだとしても、最早それはどうでも良いことですよ。彼等は真実に辿り着いてしまったのですから」
( ^ν^)「そうですねー。真っ当な人生を歩むことは難しいでしょうー。私や、あなたと同じように」
(゚、゚トソン「…………」
- 841 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:03:09 ID:T7e4Lln.0
ふと、彼女はあの研究者のことを思い出した。
自分の母の友人であり、彼の父親であり、そして死の間際に他人のことを考え続けていた男のことを。
(-、-トソン「彼も私も、あの子達には自由に生きて欲しいと望んでいた。なのに、どうしてなのでしょうね。こうも上手くいかないのは」
( ^ν^)「……ふふ」
(゚、゚トソン「何がおかしいのですか?」
訝しむ都村トソンに、男は言う。
( ^ν^)「まるで父親のようだと思ったんですよー。上手くいかないのは、単にあなたが思っているよりも彼等が大人になっていただけです」
(-、-トソン「…………せめて『母親のようだ』と言って欲しいですね」
それは失礼、と彼は言った。
運転席の男はもう口を開くことはなく、ただ黙って、彼等のその後を祈った。
そんな願いになんて大した意味はないと分かっていたけれど、それでも黙って想いを馳せた。
都村トソンも黙って流れる街並みに目をやる。
彼等の選択がどうであれ、これからも彼女は彼女の選択をしていくだけなのだから。
- 842 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:04:13 ID:T7e4Lln.0
*――*――*――*――*
都村トソンが去った後も、僕は黙ってベンチに座り込んでいた。
僕には最後の仕事があるのだ。
ミィを迎えるという仕事が。
そして、その時はすぐにやって来た。
彼女はあの見慣れた、ふわふわとした笑みを浮かべてこちらへと歩いてくる。
(;^ω^)「……しまったな」
都村トソンと話し過ぎていたのか、ミィが帰ってきたのはすぐだった。
あんまりにも早くその時がやって来てしまったせいで、彼女にどんな言葉を掛けるか全然考えられていない。
彼女は何処まで『過去』を知ったのか。
何を言えば正解なのか。
分からない。
だけど、やっぱり、まあ――僕が言いたい言葉は決まっているのだ。
- 843 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:05:36 ID:T7e4Lln.0
彼女がどんな存在であろうと、彼女がどう思っていようと。
僕は今、彼女が帰ってきてくれたことが嬉しい。
だから僕は口にする言葉は決まっている。
( ^ω^)「―――おかえり、ミィ」
マト^ー^)メ「―――はい、ただいま帰りました、ブーンさん」
彼女は微笑み。
僕も笑い返した。
今はただ、それだけで良かった。
さて、じゃあ。
とりあえず。
( ^ω^)「とりあえず……ご飯でも食べに行こうか」
マト^ー^)メ「はい!」
- 844 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:06:50 ID:T7e4Lln.0
僕の隣には彼女がいる。
彼女の隣には僕がいる。
この『現在』は嘘にはならない。
辛く苦しく消したい『過去』が決して忘れられないように、この『現在』だって決して失くなったりはしないのだ。
今、この瞬間は絶対に嘘にならない。
そう、絶対に。
「何を食べに行こうか」
「そうですね、回らないお寿司がいいです」
「回転寿司でも食ってろ」
「お金持ちの癖にケチなんですね」
僕と彼女は二人で歩いて行く。
ひとりぼっちで見た景色はあんなにも冷たかったのに、どうしてだろう、今は街の光がやけに暖かく思える。
彼女も僕と同じ感想を抱いているだろうか?
なんて、そんなことを考える。
- 845 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:08:15 ID:T7e4Lln.0
「まったくお前は金の掛かる女だお。僕がいくら使ったと思ってるんだ」
「安い女よりは良いと思います」
「ま……それもそうか。別に大した金額じゃないしな。そもそも僕のお金じゃないわけだし」
僕達は二人で歩いて行く。
どちらも、真実とか過去とかそういったことに触れることはしない。
分かってるんだ。
向き合わないといけないってことは。
話さなきゃならないってことは。
だけど、だけど今は。
「む、私は大した金額じゃない女なんですか?」
「いや。いくら掛かったとしても、お前が助かったのならそれでいいって話だお。命はお金じゃ買えないんだから」
この今は。
どうか神様、今だけは。
- 846 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:09:07 ID:T7e4Lln.0
これから先にどんな未来が待っているかは僕には分からない。
きっと彼女にも分からないだろう。
未来が希望に溢れているとは限らない。
もしかしたら僕達はこの後すぐに絶望し、後悔して、失意の内に野垂れ死ぬのかもしれない。
そうじゃないとしても二人の道は別れてしまって、二度と交わることはないかもしれない。
だから、というわけではないが、彼女の物語を一旦ここで終わらせてみたい気がする。
今この時が――悠久の時の流れの中の、二人で歩くこの刹那こそが永遠だと信じていたいから。
マト^ー^)メ「―――好きですよ、ブーンさん」
彼女はそう言って。
はにかみながら、あの見慣れたふわふわとした笑みを浮かべた。
僕は恥ずかしさを隠すように彼女の手を取る。
そうして僕達はゆっくり歩いて行く。
この永遠がいつまでも続くように、ゆっくりと、歩いて行く―――。
- 847 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:10:18 ID:T7e4Lln.0
僕が彼女に出逢ったのは、あの暑い夏が終わり、秋の足音が聞こえ始めた頃だった。
僕と彼女が一緒に過ごしたのは、肌寒い風が頬を撫ぜ始めた頃のほんの一時だった。
ほんの数週間。
一ヶ月にも満たない短い間。
それが僕と彼女が作った『過去』だった。
僕は一体、彼女に何ができたのだろう?
僕は彼女にとっての何かになれたのだろうか?
きっとこれから先も、何度でも秋が訪れて彼女との日々を思い出す度に、僕はそんなことを考えるのだろう。
結局、その答えは訊かなかったまま。
だから僕はただ目を閉じて、あの時僕の隣に立っていた彼女の笑顔を思い出すのだ。
僕の話は本当にもうこれでおしまい。
あの後少ししてから僕とミィは別れて、それっきりだ。
ただ一つ言えることがあるとするならば、あの世界でひとりぼっちだった少女は、もう独りじゃない。
未来が見える瞳しか持っていなかった彼女は、他にも沢山、数え切れないほど様々なものをその胸に抱いている。
それはきっと、僕にとっても幸せなことだった。
- 848 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:11:04 ID:T7e4Lln.0
マト ー)メ M・Mのようです
「最終話:私の記憶の中のあなた」
「―――ブーンさん?」
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- 849 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:12:04 ID:T7e4Lln.0
「………………おかしいな、幻聴か?」
「幻聴じゃないです。私ミィ、今あなたの隣にいるの」
「いや、おかしいだろ。お前、『私は私の故郷に行ってみようと思います。だからここでお別れですね』って言ったじゃないかお」
「そうですね。ブーンさんも『そうか……なら、仕方ないな。契約はこれで終わりということか。じゃあ、元気でな』と強がって激励してくださいました」
「“強がって”ってなんだ!?」
「本当は私と一緒に居たかった癖に、素直じゃないですね。引き止めてくだされば良かったのに」
「僕はお前の選択を尊重しただけだお。そして強がってない」
「でも寂しかったでしょう?」
「寂しかったに決まってるだろ。言わせんな恥ずかしい」
「訊かせんな恥ずかしい」
「お前ひょっとして馬鹿にしてるのか?」
「まさか。そんなわけがありません」
- 850 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:13:10 ID:T7e4Lln.0
「で、なんでここにいるんだお」
「いえ、よく考えると私は記憶喪失なわけで、パスポートも運転免許証もありません。故郷に行きようがないんです」
「……それもそうだお」
「なので、ブーンさんのプライベートジェットとかでびゅーんと送ってくれないかなーと」
「プライベートジェットを持ってること前提で話をするな。そこまで金持ちじゃねぇお」
「でもブーンさんがお国に帰ってしまわれる前に追い付けて良かったです。この国から出られると私にはどうしようもありませんでしたから」
「そりゃ重畳だ」
「……本当に、どうしてもう少し引き止めてくれなかったんですか?」
「…………悪かった」
「私との別れに今にも泣きそうだったから、泣いてる様子を見られたくなくて、ですか?」
「お前やっぱ馬鹿にしてるだろ!!」
「そんなわけがありません」
- 851 名前:名も無きAAのようです :2014/05/20(火) 23:14:06 ID:T7e4Lln.0
「しかしまったく……嬉しくないわけじゃないが、色々と台無しだお」
「何を言ってるんですか。私がブーンさんの隣にいるのは当たり前です。私の居場所も帰る場所も、ブーンさんの隣だけなんですから」
……訂正。
今でも彼女は僕の隣にいる。
そして、あの見慣れたふわふわとした笑みも、変わらず僕の傍にある。
マト^ー^)メ M・Mのようです 完
.
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