- 474 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:14:09 ID:4cu/qweg0
僕は一体、彼女に何ができるのだろう?
僕が彼女に出逢ったのは、あの暑い夏が終わり、秋の足音が聞こえ始めた頃だった。
僕と彼女が一緒に過ごしたのは、肌寒い風が頬を撫ぜ始めた頃のほんの一時だった。
ほんの数週間。
一ヶ月にも満たない短い間。
それが僕と彼女が作った『過去』だった。
僕は一体、彼女に何ができたのだろう?
こうして僕の語る物語もいよいよ終わりに近付いてきたが、実のところ、この物語における僕の出番はもうほとんど残っていない。
失くした『過去』と対峙する為に旅立った彼女を僕は見送って、その後のことはもう、人伝に聞いた話でしかないのだ。
あの月曜日以降は彼女の物語ではなく、彼女と僕、二人の物語なのだと彼女は言っていた。
けれど、そうだとしても、結局その真実の待つ場所へと彼女は一人で赴いたのだから、やはり僕の語る物語は彼女が主役の彼女の物語なのだ。
僕は所詮何者でもなく、この物語においてだって狂言回しに過ぎなかった。
無理にでも彼女を引き止め、殴ってでも説き伏せて、意地でも最後まで彼女と一緒にいたならばどうなっていただろう?
いつだったかも述べたようにそんな夢想をしたところで過去も現在も変わりはしない。
それでも時折ふと、僕はそんな『もしもの可能性』に思いを馳せてしまう。
- 475 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:15:01 ID:4cu/qweg0
時間の長さが関係の深さに直結するとは思わないが、僕と彼女が共に過ごした日々があまりにも短いことは確かで。
僕が語るのは彼女の物語。
ここから先に僕の出る幕なんてない。
ああ、だからこそ思うのだ。
何者でもない僕は――あの時出逢ったひとりぼっちの少女の何かになれたのだろうかと。
マト ー)メ M・Mのようです
「第九話:Meaningless Monster」
.
- 476 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:16:01 ID:4cu/qweg0
「朝なんて来なければいいのに」。
僕も人の子なので恥ずかしながらそういう風に思ったことが何度かある。
苦手な数学のテストの前日や父親が仕事へと戻る前の晩。
幼い日の僕はそんな時によく、今日がずっと続いていけばいいのにと願っていた。
叶わぬ望みだとは分かっていても僕は朝なんて来て欲しくなかった。
今も、そうだ。
今ならはっきりと言える。
僕は朝なんて来て欲しくなかった。
( ω)「……朝なんて、来なければ良かったのにな」
ああそうだ。
今ならはっきりと言える。
僕は父の死の真相なんて見つからなくていいと思っている。
できることなら知りたいし、それなりの覚悟はしてきたつもりだ。
だけど、僕ではなく彼女が傷付くというのなら過去なんて知らないままでいい。
『現在』よりも大切な『過去』なんて、あるわけがない。
- 477 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:17:09 ID:4cu/qweg0
都村トソン、お前の言う通りだよ。
僕は立ち止まる最後のチャンスを放り捨てた。
こうして後悔することになった。
きっと知らないままでも良かったんだ。
見て見ぬフリをしてても許されたんだ。
そりゃそうだろう。
物事に対する意味を人間が付ける以上は、僕の出来事には僕しか価値を付けれないなら、幸せな『現在』を続けることも一つの答えだったんだ。
緩やかに続いていった先の『未来』にも確かな価値があったんだ。
それなのに。
( ω)「……でも、どうすりゃ良かったんだろうな。なあ、『殺戮機械』」
(#゚;;-゚)「なんや」
( ω)「神様目指してるお前なら分かるか? 僕は真実を知りたくて、傷付くことも覚悟してて、でも彼女を失うのは嫌で……」
知るか、とディは一言吐き捨てた。
僕の泣き言を切り捨てた。
これも「そりゃそうだ」という話だった。
- 478 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:18:10 ID:4cu/qweg0
夜明け前の薄暗さが消え去っていく。
朝焼けに街が染められていく。
僕がどんなに願っても、時が止まることはなく、物語は続く。
時間が戻ることはないし、戻ったとしても変わらない。
この現在は過去の僕達の選択の結果なのだから。
そう、何度やり直したとしてもあの日の僕達はあの時と同じ選択をして同じ場所へと辿り着く。
自分で選び続けたからこそ、そのことはよく分かる。
だからもう、これはどうしようもないことだった。
(#゚;;-゚)「……あのな。兄さんが何を悩んどるのかは知らんし、知るつもりもないし、知りたくもないけどな」
慰めるのではなく、ただただ思ったままを述べるように。
朝日に目を細めて和傘の少女は言った。
(#゚;;-゚)「もう始まってしまって、それは取り返しが付かないことかもしれんけど、まだ終わってしまったわけやないやん」
( ω)「…………」
(#゚;;-゚)「兄さんの両目に関しては……残念やったけど、少なくとも兄さんが今心配しとる嬢ちゃんは五体無事や」
- 479 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:19:03 ID:4cu/qweg0
そう、か。
それは確かにそうだ。
続けて彼女は言う。
(#゚;;-゚)「嬢ちゃんを『信じとる』って言うたんは兄さんや。なら、後悔するのはまだ早いと思う」
( ω)「……そうだな」
その通りだよ、と僕は自嘲する。
後悔するにはまだ、早い。
彼女の言う通りだった。
まだ何も終わっちゃいない。
ミィを信じると言ったのは他ならぬ僕だ。
だとしたら、僕はこれまでを後悔する前に、これからやるべきことがある。
後悔は後からでも――後からしかできないのだから、だから、今は。
- 480 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:20:01 ID:4cu/qweg0
と。
マト ー)メ「―――その通りですよ」
その時、後ろから誰かが僕を抱き締めた。
コツンと小さな頭を背中に当てて、白く細い腕を腰に回す。
マト ー)メ「『信じてる』と言ってくれたじゃないですか。だったら、ちゃんと信じてください」
彼女が誰かなんてわざわざ口にするまでもない。
その声も、その温度も、その匂いも。
何もかもを僕は知っている。
僕の後ろに立つのは誰でもない彼女。
世界の何処にも、他の記録にも記憶にも残っていないとしても、彼女は確かにここにいる。
過去の全てを失くした少女は――僕の付けた呼び名と共に、ここに立っている。
- 481 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:21:10 ID:4cu/qweg0
( ^ω^)「……そうだな。何を不安になっていたんだか。お前は僕が選んで、信じた相手なんだから」
マト-ー-)メ「はい。私が選んだブーンさんが選んだ私です。私が信じたブーンさんが信じた私です」
( ^ω^)「ああ、そうだお。だから僕は言う」
何も心配することはなく。
何も後悔することもなく。
ただ、信頼だけをして。
だから僕は言うのだ。
( ^ω^)「―――無事に帰って来いよ、ミィ」
マト^ー^)メ「―――もちろんです」
それが、旅立つ彼女と交わした最後の会話だった。
僕は彼女と再び出逢えることをただ信じ。
彼女はこれまで幾度となく見せたあのふわふわとした笑顔を残し、一人で歩き出す。
- 482 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:22:04 ID:4cu/qweg0
*――*――*――*――*
全ての過去を失くした彼女にも分かっていることが幾つかある。
その一つは、「自分はどうやら反則染みた力を持っているらしい」ということだった。
彼女、ミィの持つ『未来予測』の異能。
天啓のような予知ではなく現状の分析からの高度な予測であるその能力は無敵と言っても過言ではない。
その下敷きにある知覚能力も演算能力も並の能力者とは一線を画す。
凡百の兵など相手になるはずもない。
どころか、遭遇することすらありえない。
「信じてください」と口にしたのは自信があってのこと。
向かう場所が何処であろうと、あの『クリナーメン』以外の相手ならば問題なく切り抜けられる自信があったのだ。
あるいは『クリナーメン』さえいなければ彼を庇いながらでも進めたかもしれない。
一緒に行きたいと思っていたのは彼、彼女がブーンと呼ぶ彼だけではなく、ミィも同じだった。
マト-ー-)メ「さてと」
目的地の近くまでやって来た彼女は目を細める。
ここからはもう本当に、一人の勝負だ。
- 483 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:23:06 ID:4cu/qweg0
出で立ちはいつもと変わらず、ボーイッシュな装い。
いつもと違う点があるとすればニット帽をやや目深に被っていることだろうか。
気休めばかりの変装だった。
「ここからはもう本当に、一人の勝負だ」。
もう一度、今度は心の中で呟くのではなく自らに言い聞かせるようにして、小さく声に出す。
だがそんな風に決意を新たにした瞬間にミィは一つのことに気付く。
マト゚ー゚)メ「あの人は……」
偶然?
そう思ったが、彼女が見つけたその人物は明らかにこちらに向かって歩いてくる。
偶然のわけがない。
装備はあの時と同じく腰に拳銃を二丁。
懐に予備の一丁と小さなナイフ。
ニット帽とジャケットも変わらない。
違う点を挙げるとすれば、傷はまだ癒えていないのか右腕の動きがぎこちないということだ。
秋風の吹く地方都市の街並みに馴染んでいるようでいて、その隙のない身のこなしは見る者が見れば只者ではないと一目で分かる。
こうして日の光の下を歩く類の人間ではないと雰囲気だけで分かる。
- 484 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:24:12 ID:4cu/qweg0
そして男は街角に佇んでいたミィの隣に立つ。
( `ハ´)「久しぶりだな」
マト^ー^)メ「そうですね」
ブーンがかつて「映画に出てくる三合会の殺し屋のようだ」と評した中国人。
数週間前に、ミィの元へ刺客として送り込まれ、彼女によって撃退されたその人だった。
マト゚ー゚)メ「今日は報復ですか?」
( `ハ´)「……それも良かったかもしれないがな」
男は困ったように首を振り、そうして続けた。
( `ハ´)「私の国の人間は情に厚く、恩を返すのが大好きなのでな。つまりはそういうことだ」
マト-ー-)メ「ブーンさんの言っていた通りです。民族としての特徴は確かにある……それとも、ドライではないのはお金持ちではないからですか?」
- 485 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:24:59 ID:4cu/qweg0
無礼にも取れる少女の言葉にも「かもしれないな」と男は短く返した。
そんな反応だけでも、彼が悪意を抱いていないということは明白に読み取ることができた。
次いで男は言う。
( `ハ´)「あの建物に行くのだろう? 手筈は整えてある。ついて来い、途中までは付き合おう」
マト゚ー゚)メ「?」
( `ハ´)「察しが悪いな。仕事だよ。お前と一緒にいた男から頼まれた」
一瞬ミィは驚き、すぐに納得して微笑んだ。
あの時と同じなのだ。
たとえ同じ場所にはいないとしても、ミィのことを想っている。
マト^ー^)メ「……やっぱり、私の信じたブーンさんが信じた私の信じたブーンさんは、私が信じた通りです」
( `ハ´)「言っていることはよく分からないが……かつて自分を襲った相手に仕事を頼むなど正気の沙汰とは思えないが。信じられない」
マト゚ー゚)メ「それも単純に、プロとしてのあなたを信じたんでしょう」
- 486 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:26:04 ID:4cu/qweg0
( `ハ´)「……参ったな」
ミィの言葉に男は呟く。
苦笑して、「そんなことを言われては裏切れない」と。
( `ハ´)「では契約通りに事を運ぼう。目標は、あそこだな?」
マト゚ー゚)メ「はい、あの場所です」
二人の視線の先には白を基調とした建物があった。
塀の向こうにあるのは巨大で広大な施設。
一面、見渡す限りに広がっている。
地方都市の一画に鎮座するそれはある多国籍企業の研究施設だった。
そう。
ブーンの父親が働いていた製薬会社の支部だ。
あの研究施設の最下層で、『クリナーメン』と名乗った少女と――そして全ての真実が待っているのだ。
- 487 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:27:04 ID:4cu/qweg0
*――*――*――*――*
そこは小じんまりとした広場だった。
平日の地方都市の鉄道駅。
人影は疎らだ。
しかしその規模や新装されたところらしいモダンなデザインを見るに、混雑時には多くの利用客が賑い、ターミナルの役目を存分に果たしているのだろう。
そんな建物に併設された公園に僕はいた。
いつだったかミィと訪れた駅とその時の出来事を思い出し、懐かしく思いながらベンチに腰掛ける。
(#゚;;-゚)「じゃあ、うちの役目はここまでやな」
( ^ω^)「ああ、ありがとう。悪いな、僕まで送ってもらって」
(#゚;;-゚)「一人送るんも二人送るんも変わらんやろ」
( ^ω^)「そうかもな」
ディは「それじゃ」と背を向けかけて、再度僕に声を掛けた。
- 488 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:28:04 ID:4cu/qweg0
(#゚;;-゚)「なあ。この場所が嬢ちゃんとの待ち合わせ場所って言うんは分かった。研究所からも近いし、分かりやすい」
( ^ω^)「ああ、ここまで送ってくれて感謝してるお。アニメでしか見たことなかったような貴重な体験もできたしな」
(#゚;;-゚)「やけど……今からずっと、待っとくつもりなんか?」
僕は目の前の少女の言葉を捉えかね、目を細めた。
ディは言う。
(#゚;;-゚)「いつ帰ってくるかも分からんのに、ずっとここで?」
( ^ω^)「……答えるまでもないお」
そうだ。
そんなことは答えるまでもないことで、だから一瞬、何を言っているのか分からなかった。
僕は信じると言ったのだから、彼女が帰ってくるまで信じて待っている。
それだけのことだ。
( ^ω^)「……できることなら、最初に出逢った公園や印象深い建物を待ち合わせ場所にしたかったんだが」
- 489 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:29:05 ID:4cu/qweg0
現実はドラマじゃないのだ。
どれほどドラマティックな物語であったとしても、上手く行かないことはある。
(#゚;;-゚)「うちがおらんくなってしばらくしたら、兄さんの目はまた見えなくなるんやで」
( ^ω^)「……そうか、それもそうだお。ならミィが帰ってくるまで一緒にいてくれないか?」
(#^;;-^)「嫌に決まっとるやろ。そんな気の長いことやってられへんわ」
( ^ω^)「なら、仕方ないな。大人しく待ってるよ。僕が何も見えなくともミィは僕を見つけてくれるだろうから」
僕の言葉に、ディはなんとも言えないような表情を浮かべた。
強いて言うならば「理解できない」だろうか。
彼女は言った。
(#゚;;-゚)「さっぱりやで。うちには兄さんのことが全く分からんわ」
( ^ω^)「かもしれないな。でも、そういうもんだろう?」
- 490 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:30:00 ID:4cu/qweg0
僕にはこの『殺戮機械』のことを理解できなかった。
彼女が、あるいは彼が、どんな背景を持ち、どんな経緯で今に至り、どんな未来を目指しているのか……。
終ぞ僕には分からなかった。
でも、それはそういうものだろう?
誰だって他人のことは分からないんだ。
分かるのはいつだって自分のことだけで。
もしかしたら自分のことすら分かっていないのかもしれなくて。
それでも僕達は自分である為に、自分になる為に必死で思考し選択する。
そういうものなんだ。
だから僕は言った。
( ^ω^)「どんな超能力を使っても僕の気持ちは誰も分からない。一つだけ言えるのは、僕もお前と同じように生きてるってことだお」
誰にも理解はされなくて、誰にも共感もされないかもしれないけれど。
それでも、その場その場で必死に考えて選んでいる。
それだけのことだった。
- 491 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:31:01 ID:4cu/qweg0
(#^;;-^)「ふぅん、そうか」
僕の言葉に対し彼女はフッと微笑んだ。
そうして背を向ける。
(# ;;-)「じゃあな、兄さん。何もかもが終わったらまた会うこともあるかもな」
( ^ω^)「……なあ。今からでもいいから、良かったらミィを助けに行ってくれないか?」
(# ;;-)「兄さんが手配した奴等みたいに……か?」
そうだ、と頷く。
僕は少しばかりの助力としてミィの助けになりそうな人間を送り込んでおいた。
その人達と同じようにミィに手を貸してくれたなら嬉しいと僕は言う。
と言うか百人力だ。
しかし生憎と答えは芳しくないものだった。
振り返って彼女は告げる。
(#゚;;-゚)「一つ言っとくけどな、うちが兄さんを助けたんはちゃんと理由がある」
- 492 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:32:16 ID:4cu/qweg0
( ^ω^)「ミィと一緒にいれば『クリナーメン』とかいう奴と会う機会があるかもと思ったからだろ? だったら、」
(#゚;;-゚)「それだけやない。恩返しや」
( ^ω^)「恩返し?」
(#゚;;-゚)「前に会った時に金借りとったからな……そのお返しや」
ああ、と思い出す。
そう言えば前にこの『殺戮機械』と戦った時にはそんなこともあったか。
言っちゃ悪いが帳簿に書くまでもないような大した金額じゃないからすっかりと忘れていた。
あんな程度の金銭では花束やケーキくらいを買うのが限界だったと思うが……。
彼女は続ける。
(#゚;;-゚)「そういう事情があったから手を貸しとっただけや。そんで、恩返しはもう終わり」
( ^ω^)「でも、恩云々を抜きにしても、ミィと一緒にいれば『クリナーメン』の能力を奪う機会だってあるかもしれない」
(#^;;-^)「そうやなぁ。けどな、うちからすれば嬢ちゃんの方を襲ってもええんやで?」
(;^ω^)「それは……」
- 493 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:33:17 ID:4cu/qweg0
コイツは『未来予測』も『確率論(クリナーメン)』も欲しいと思っているのだ。
敵と手を組みミィを襲うことも、漁夫の利を狙うことも可能。
(#^;;-^)「だからうちに頼むのは得策とは言えんなあ。嬢ちゃんがどうなってもええって言うんやったら構わんけど」
( ^ω^)「そんなわけないだろ。本末転倒だ」
(#゚;;-゚)「やったら、ここでお別れや」
今度こそ彼女は背を向け歩き出す。
気儘に、和傘をクルクルと回しながら。
もう振り返ることはない。
(# ;;-)「じゃあ、さいなら」
( ^ω^)「ああ」
別れの挨拶を簡潔に交わし合った直後に『殺戮機械』は視界から姿を消した。
都市伝説へと戻った彼女が何処へ行ったのかは僕にはもう、分からないことだった。
- 494 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:34:16 ID:4cu/qweg0
*――*――*――*――*
研究施設への潜入は驚くほどスムーズに進んだ。
男はトラックの運転手に、ミィは荷物の中へと隠れて施設内へ侵入。
建物内に事前に潜り込んでいた別の人間と入れ替わり、資材の搬入を終えたように見せかけて車を外へと移動させる。
( `ハ´)「今から三時間後と六時間後にもう一度トラックが来る。上手く時間を合わせて荷台に乗り込んで脱出する。それが今日の段取りだ」
マト-ー-)メ「間に合わなかった場合は?」
( `ハ´)「私は待つつもりはない。自力で脱出しろ」
施設内を進みながら男は簡潔に計画を説明した。
会話を続けつつ、二人は躊躇いなく先へ。
ミィの持つ『未来予測』の能力で何処にスタッフがいるかは知覚できる。
後は上手く遭遇を避ければ良いだけだ。
主要な通路には監視カメラも設置されているものの、金銭を扱うような施設ではないのでその数は多くなく、躱すことは十分に可能だ。
また扉の前と言った必ず映ってしまう場所のシステムには事前に手を加えてある。
- 495 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:35:08 ID:4cu/qweg0
( `ハ´)「(気休めとして指定の制服を用意したが……この分では必要なかったか?)」
変装の出来如何など、誰ともすれ違わなければ問題にならない。
決して人がいないわけではないのだが、ミィの力を以てすれば避けることは容易かった。
それでも油断なく周囲を警戒しつつ、男は言った。
( `ハ´)「私が依頼されたのはお前をこの施設の地下、最奥まで連れて行くことだ。送り届けた後は先に戻り脱出の手筈を整えておく。それで良いか」
男には目的地が分からない為に案内のしようがなく。
護衛としても異能の力を持つミィに必要があるとは言えないのだ。
マト゚ー゚)メ「構いません」
( `ハ´)「依頼人の事情を深く詮索するつもりはないが、私は何処まで連れて行けば良い? 図面の上では地下六階まで存在するらしいが……」
マト-ー-)メ「…………」
( `ハ´)「まず、お前は目的地が分かっているのか?」
- 496 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:36:02 ID:4cu/qweg0
地下へと続く薄暗い、それでいて綺麗な階段を降りていく。
病院と同じく白を基調している為かこういった研究施設は何処か不気味に男は感じる。
廃墟や貧困街よりも余程おどろおどろしい。
作られた清潔さという物は一定を過ぎると違和感しか生まない。
男がそんなことを考えていると、少し前を歩いていたミィが立ち止まった。
何事だと訊ねる前に彼女は言った。
マト-ー-)メ「この施設の奥へ行けば行くほど、何故でしょう、視界に靄が掛かったように段々と見にくくなっています」
( `ハ´)「……能力のことに関しては私にはよく分からないが、それは大丈夫なのか?」
マト゚ー゚)メ「近くのことはよく見えているので大丈夫です。原因が分からないことが気掛かりですが、きっと近付いているということなんでしょう」
( `ハ´)「近付いている?」
マト^ー^)メ「警備が厳しい場所は重要な物があるのと同じことです。私に妨害を仕掛けてくるような相手がいる近くには、きっと私の探す何かがある」
そう、少女はふわふわと笑って見せた。
目指すべき場所は地下七階。
『未来予測』の能力を以てしても知覚できない暗闇の底だ。
- 497 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:36:58 ID:4cu/qweg0
*――*――*――*――*
人は何故暗闇を恐れるのだろう。
死を連想させるから?
でも人が生まれてくる子宮の中だって真っ暗のはずだろう?
目蓋越しに感じる光でまだ約束の時間には程遠いのだということが分かる。
視覚の障害には色々と種類があると聞くが、僕も暗闇は得意な方ではないから、何も見えないとしてもこうして光が感じられるだけで幸いだった。
だけど、こんな状態になってこそ気付いたことがある。
人は暗闇を恐れているのではない。
何も見えない状態が内包する『分からないこと』を恐れるのだ。
『分からないこと』が人間は怖いのだ。
どんな暗闇であったとしても母親や恋人の腕の中で恐怖に震えることはない。
そこが何処か、どんな場所かを知っているからだ。
同時にどんな光に満ちた空間であったとしても分からないのならば恐怖を覚えることはある。
天国というものがあるとして、死後はそこに行けると確約されたとして、それでも多分、僕は死ぬことを怖がる。
分からないから。
余程に信心深い人間でなければ恐怖こそ抱かなかったとしても完全に不安を拭い去ることはできないだろう。
- 498 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:37:59 ID:4cu/qweg0
身近な例えで言えばまあ、転校の前の晩は誰だって少しは不安を覚えるはず、というだけの話だ。
「……『分からないこと』は、怖い」
闇夜に現れると伝わる妖怪や幽霊といった物々は『分からないこと』の化身なのだ。
未知への恐怖を擬人化した存在。
だからこそ、ああいった伝承は科学の発展によって『分からないこと』自体が減っていくほどに数を減らしていった。
人間の認識のキャパシティがミィのそれのように優秀でない以上は完全になくなるということはないだろうが、それでもきっと増えることはない。
減り続けるばかりだ。
僕の周りで魑魅魍魎の話を好んでしていたのは民俗学だか文化人類学だかのゼミの連中だけだった。
ところで学者という人種は世間では物知りだと捉えられているらしい。
だが実際のところ、あの手の人間は無知も良いところだ。
これは「知らないことがあることを知っていることが尊い」とかそんな話ではない。
大学はそもそも知らないことや分からないことを研究する施設であって、知っていることや分かっていることを理解しているのは前提に過ぎないということだ。
知っていることや分かっていることだけを評価する段階は高校までで終了してしまっている。
故に学者の価値は生徒の優秀さで決まるのではなく、研究成果の如何で決まる。
- 499 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:39:09 ID:4cu/qweg0
だから学者とか研究者とかいう人種が尊敬されるべき点があるとしたら、その一点。
『分からないこと』に付き合い続けることができるという点がそうなのだろう。
そう、『分からないこと』は怖い。
恐怖ではないとしてもストレスが溜まる。
付き合い続けるのは難しい。
それに付き合い続けることのできる稀有な人種が大学に残り続ける。
閑話休題。
こうしてぼんやりと考え続けるのは好きな方だが、聴き手がいない為に話が支離滅裂になりがちだというのは欠点だ。
一人だから仕方がないが。
人間は『分からないこと』を恐れる、という話だった。
多分僕の今の心境はその一言で説明できる。
周囲が何も見えないから。
ミィがいつ来るか分からないから。
だから、僕は不安だし落ち着かない。
目蓋なんて下ろしていた方が間違いなく楽なはずなのに目を閉じたままだと不安になる。
不思議なものだ。
- 500 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:40:07 ID:4cu/qweg0
気分転換に周囲を歩き回りたいが、何も見えないものだからそれも叶わない。
この場を離れている間にミィが戻ってきたら困るというのもある。
よくよく考えてみると懸念を抱くべきは彼女がいつ帰ってくるかではなく、今後の生活はどうすればいいか、だと思うが……。
目が見えなくなったところだというのに女のことを考えるなんて我ながらとんだ女好きになったものだ。
今後の生活をどうするか以前にミィが戻ってくる前にトイレに行きたくなった場合に僕はどうすればいいのだろう。
トイレのことはともかくとして、僕が冷静さを保てるのは実感がないからかもしれない。
今は確かに何も見えないが、何かの切っ掛けで治るかもしれない。
現実逃避的にそんな風に考えていたのだ。
大怪我を負った人間の陥りがちな思考ではある。
実際、失明のことをあまり深刻に捉えていないのはミィと交わした会話のためかもしれない。
マト^ー^)メ『全部が終わったら――今度は、ブーンさんの目を治しに行きましょう』
( ^ω^)『え?』
マト-ー-)メ『きっと世界の何処かにはいるはずです。人を治癒する能力を持った、なんだか私達にとって都合の良い能力者が』
あのふわふわとした笑みを浮かべ、そう彼女は言った。
- 501 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:40:58 ID:4cu/qweg0
いるだろうか、そんな能力者は。
以前なら迷いなく首を振っていただろうが、この数週間で四人だか五人だかの条理の外の力を操る人間を見たものだから、いるような気がしている。
いたとしても見つけられるだろうか?
彼女がいつまででも付き合うと言ってくれたことだけが救いだった。
「…………ミィ」
僕は彼女の名前を、呼んで。
彼女のあの笑顔を思い出す。
今頃、彼女は何処にいるだろうか?
いくら信じてると言っても心配なのは変わらない。
もう本当の本当に僕には何もできない。
ここでこうして無事を祈りながら待っていることしかできないのだ。
僕は一体、彼女に何ができたのだろう?
思考が途切れると、そんなことばかり考え始めてしまう。
僕は彼女にとって何かになれたのだろうかと。
- 502 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:41:58 ID:4cu/qweg0
と。
「―――ずっとこんなところに座っていると、風邪を引きますよ」
何分間か、何時間か。
ずっと彼女を待ち続ける僕に誰かが声を掛けた。
「お隣に失礼します。いえ、その前に名乗った方が良いでしょうか」
「……声で分かるお」
誰か――いや、彼女は僕の隣に腰掛ける。
分からないはずがなかった。
そう。
彼女は。
- 503 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:43:15 ID:4cu/qweg0
*――*――*――*――*
地下五階から六階へと続く階段を二人は歩いていた。
男が、厳密には情報屋の女が事前に入手していた地図によれば地下六階は倉庫スペースだ。
普段は使わない物品や震災に備えた非常食などが保存してある。
話に聞く限りでは、この先にはミィの探す物は何もない。
況してや彼女が知覚したその場所――地下六階の更に奥、地下七階などあるはずがない。
マト゚−゚)メ「(何も見えないのは地面だからとか、そういうことではない)」
『未来予測』を支えるのは現状を知覚する能力だ。
より多くの情報を認識すれば、より正確な予測が可能。
故にミィの知覚能力は常人を遥かに超えるどころか神と言っても差し支えないレベルに達している。
壁の向こう側が見えることは一つの異能であるはずなのに、その異能をミィは呼吸でもするかのように当然に使う。
地下七階に相当する場所、コンクリートで隔てられているからと言って、たかだか数メートル下方のことを彼女が分からないはずがなかった。
通常時ならともかく、瞳の色を変え、見ようとしても見れない――そんな状況は異常でしかなかった。
例えるなら、あの『ウォーリー』という能力者の力がフロアを中心に広がっている状態だ。
こうして階段を歩いているだけでも視界に靄が掛かっているようで、ミィは無駄だと分かりつつも目を擦った。
そしてお目当ての地下七階は完全に闇に包まれ何があるのかさえ分からない。
- 504 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:44:02 ID:4cu/qweg0
何かがあることは分かっている。
だが、それが何かが分からない。
だからこそ、地下七階というその場所に自分が探す何かがあると分かった。
そして地下六階を目前にして。
彼女は立ち止まった。
( `ハ´)「……どうした?」
マト-ー-)メ「ここまでで結構です。後は、私一人で行きます」
( `ハ´)「…………分かった」
突然のミィの申し出に意外にも男は何も訊かずに頷いた。
が、直後にこう続けた。
( `ハ´)「了承したのではない。お前の意図が分かった」
マト゚ー゚)メ「!」
( `ハ´)「次のフロアに何かがあるのだな? 恐らく、何か良くない物が」
- 505 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:44:59 ID:4cu/qweg0
そうして男はミィを追い越し階段を降りていく。
ミィの意図を見透かし、危険があることを承知で、それでも歩みが止まることはない。
マト;゚ -゚)メ「待って……待って下さい。そんな、どうしてですか?」
( `ハ´)「仕事だからな。この先に危険があるとしても関係ない。いや危険があるとしたら尚更、行かなければならないだろう」
マト;゚−゚)メ「私をその先に送り届ける為に……ですか? どうして、そこまで……」
( `ハ´)「言っただろう、仕事だからだ。他意はないよ」
まあ、と男は足を止め、続けた。
( `ハ´)「私個人としてはお前ならどんな相手と遭遇しても問題ないと思うのだがな。恨むならお前と一緒にいたあの男を恨め」
マト;゚−゚)メ「ブーンさんを……?」
( `ハ´)「そうだ。奴は言っていたよ。『ミィが前触れなく帰れと言ったら、きっと先に何かがあるから、どうか力になって欲しい』と」
- 506 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:46:04 ID:4cu/qweg0
それが今、ということだった。
少女の思考を読み切って――見切って出しておいた指示。
この数週間、ずっと隣にいたからこそ分かったこと。
男は言う。
( `ハ´)「どんな目を持っていたとしても、やはり子どもだな。嘘が見え見えだ」
マト -)メ「嘘なんて……吐いてませんよ」
( `ハ´)「そうだったか? まあ、なんでもいいがな」
マト -)メ「この先は、本当に危険ですよ?」
( `ハ´)「知っているとも。安心しろ、これでも退き際は弁えているつもりだ。お前が気にすることはない」
そして男は階段を下り終え、その扉の前に立つ。
フロアへのドア。
恐らくはこの先に地下七階への入り口があるのだろう。
無論。
何の障害もなく辿り着けるとは思っていない。
- 507 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:47:21 ID:4cu/qweg0
それでも、男は迷わず扉を空けた。
視界に広がるのはだだっ広く、薄暗い空間。
コンクリート製の柱とダンボールに入った荷物だけが点在している。
いや、違った。
このシェルターと呼べるような地下倉庫にはもう一つ何かがあった。
明確に二人に敵意を向ける白い何かが。
(* ∀)
誰かが――いた。
かつてミィが戦った白いセーターの女。
初めて会った時とは異なり異様に静かだが、それでもあの時と同じように敵意をミィに向けていた。
( `ハ´)「……なるほど、待ち構えられていたか。ならば是非もなし。幸いなことにこういった場面にお似合いの台詞を私は知っている」
フッと笑みを浮かべて男は言った。
「ここは私に任せて先に行け」と。
- 508 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:48:16 ID:4cu/qweg0
マト;゚ー゚)メ「でも……!」
( `ハ´)「いいから行け。それとも、お前の目には私が負ける未来でも映っているのか?」
そんなことはなかった。
ミィの瞳は数秒後の未来しか見えず、戦いの結末なんて知りようがない。
目の前の男がどうなるかなんて分からないのだ。
だが、それでも一度は敵同士だった相手として力量は理解していた。
だから一瞬間だけ悩み、ミィは言った。
マト -)メ「…………なら、あなたも一緒に戦ってください」
( `ハ´)「……ん? 何を言って、」
マト ー)メ「ここまでずっと気付かないフリをしてあげたんです。それくらい、してくれても良いでしょう……?」
そう、虚空へと呼び掛けた。
前方に立ち塞がる白セーターの女は門番のようにその場から動くことはない。
状況には何も変化はない。
- 510 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:49:05 ID:4cu/qweg0
その瞬間だった。
( ^ν^)「―――恩着せがましいですねー。『気付かないフリをしてあげた』と言いますかー」
ミィ達が立つすぐ後方。
倉庫の入り口に黒いスーツの男が立っていた。
何の前触れもなく現れた男は、少しズレたスクエア型の眼鏡を押し上げつつそう言った。
(;`ハ´)「貴様、いつから……。いやそれよりも、その異能、『ウォーリー』か……?」
( ^ν^)「最初からですー。そして、その通りですー。私はただ、その少女の監視をしていただけなんですが……」
マト-ー-)メ「『ウォーリー』さん。お金なら後で払います。だから……」
( ^ν^)「そう言っても払うのはあのあなたの大切な人でしょうに。ですが、そういうことならば構いませんよー。こうなることも予測はしていましたからー」
協力とか趣味じゃないんですがねー、と一方はフランクに笑い。
私もだよ、ともう一方は無愛想に呟いた。
- 511 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:50:22 ID:4cu/qweg0
( ^ν^)「では、さっさと行ってくださいー。私達もさっさと片付けて先に帰っておきますからー」
( `ハ´)「そういうことだ。じゃあな」
奇妙なものだ。
この二人の男とミィは以前出会った時は紛れもなく明白に、『目に見えて』敵同士だった。
それが今は事情こそあれど彼女を守る為に戦おうとしている。
こんな未来を誰が予想しただろう?
あのブーンという男だって「後で助けてもらおう」などと考えながら人と関わっていたわけではない。
その時々に必死で生きてきただけだ。
そう。
これはただの偶然。
同時に、これまでの選択が作り出した必然だった。
マト゚ー゚)メ「(こんな未来は私にも見えなかった)」
結局は未来なんて誰にも見えない。
人との縁も、それによって紡ぎ出される結末も――きっと、誰にも見えやしないのだ。
- 512 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:51:23 ID:4cu/qweg0
マト-ー-)メ「では、また会えることを祈っています」
心許りのミィの言葉に、二人は顔を見合わせる。
二人共が何を言っているんだかと言わんばかりの表情だった。
その横顔が語っている。
「次に会う時はまた敵同士かもしれない」と。
そう。
それもまた真実だった。
だからこそミィは最大限の感謝を胸に、走り出す。
(#* ∀)「ひゃ――あぁぁぁああ!!」
白のセーターの女が向かってくるミィに応じて右腕を巨大な鎌へと変え、振るう。
それを軽やかに躱し、敵の背後にある出口へと向かう。
目指すはこの先の地下七階。
真実の待つ場所だ。
無事に帰る為に今は振り返らず走る。
- 513 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:52:07 ID:4cu/qweg0
ミィがすぐ脇を抜けたことが分かると、当然セーターの女も追撃を行おう振り向こうとする。
だが、その隙を彼等が見逃すはずはなかった。
暗い倉庫に発砲音が連続して響いた。
飛来する弾丸に咄嗟に女は左腕を盾に変え防御。
女は焦点の定まらない瞳で、前方に立つ二人の男を睨み付ける。
( `ハ´)「行かせんよ」
( ^ν^)「彼女を追うのは私達を倒してからにしてもらいましょうかー。……私はこの台詞を言ってみたかったんですよねー」
それが合図だった。
セーターの女は標的を二人の男に変え、猛然と襲い掛かる。
戦いが始まったことが分かっても、ミィは決して振り返らなかった。
- 514 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:53:09 ID:4cu/qweg0
*――*――*――*――*
階段を降り切った先は長い通路だった。
先ほどと同じように薄暗く、壁に点々と等間隔で小さな灯りが設置してあるだけだ。
無機質な白い道の先、一番奥には大きな扉がある。
エレベーターにある物と似たような左右に開くタイプの扉だった。
普段ならば、このくらいの距離になればその先に何があるのか分かるのだが、この場所に至ってはミィの異能は全く機能していなかった。
廊下までは確かに見えているのに、その扉の向こうは黒く塗り潰されたようになっており何があるのか全く分からない。
マト゚−゚)メ「…………」
ミィは足を止める。
そうしてアカイロに染まった両目で真正面を見据えた。
淡く光を放つ双眸は、この場にあってもやはり美しかった。
もしかしたら彼女の魔眼はいつになく好調なのかもしれなかった。
扉の先に何かあるか分からないのは、単に『見えていないから』なのかもしれなかった。
- 515 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:54:09 ID:4cu/qweg0
そう、この時の彼女に先のことなんて見えるはずがなかった。
ミセ*^ー^)リ「―――来てくれると思ってたよ、『プロヴィデンス』」
ミィが目にしたのは真実の待つ扉の前に立つ少女。
『クリナーメン』と名乗り、ミィの大切な人を傷付けた相手が扉の前に立っていたのだ。
他のことが目に入るわけがなかった。
目を奪われ。
目の色を変え。
そして――心底に目障りに思う相手がそこにいたのだから。
ミセ*^ー^)リ「この距離まで近付くと、私の些細な妨害もまるで意味を成さないみたいだね。流石『プロヴィデンス』だよ、奇跡的だねぇ」
マト −)メ「…………」
ミセ*゚ー゚)リ「どうしたの? 怒ってるの? 私だって怒ってるんだよ? ずっと待っていたのに、ずっと帰ってきてくれないから」
- 516 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:55:12 ID:4cu/qweg0
ミィはこの少女を初めて目にした時、あまりの鮮烈さに少女以外の色が世界から消え失せたようだと感じた。
その熾烈で強烈な、人間が決して抗えない『運命』と言う名の絶望を形にしたような少女に、恐怖した。
生まれて初めて……ではなかったとしても、記憶を失ってから初めて、何かを怖いと思ったのだ。
【記憶(じぶん)】を失って何も残っていたなかった彼女が、初めて――何かを失うことに、その恐怖に震えた。
ミセ*^ー^)リ「もしかしてさっきの階にいた子のことを考えてるの? ダメだよ、あの子は失敗作。失敗作の癖にあんまりにもウルサイから何も考えられないようにしちゃった」
今も少女の姿は変わらない。
あの時と変わらぬ装いに変わらぬ態度で、いとも無邪気に微笑んでいる。
その在り方は何も変わっていない。
初めて会った時と比べてまるで変化がない。
まるで時が止まっているかのように。
いや――ミィはただ、「まるで死んでいるみたいだ」と思った。
ミセ*^ー^)リ「どうしたの? なんで何も喋らないの? どうして? ねぇ。ねぇねぇねぇねぇねぇ―――」
マト −)メ「…………あなたは、」
- 517 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:55:59 ID:4cu/qweg0
少女を前にして初めて口を開いたミィは直後に「……いえ、お前と」と言い直す。
あの時とは違い、少しも恐怖はない。
だから続く言葉など決まっていた。
この相手が何であろうとも。
扉の先に何が待っていようと。
彼女は、ただ―――。
マト#゚−゚)メ「……お前と話すことなど何もない。私はお前を許さない。私の瞳に映るのは――お前を殺す、未来だけだ!!!」
他のことなど何も目に入らなかった。
他のあらゆることが眼中になかった。
あのふわふわとした笑みなど何処にもなかった。
ミィは――普通の少女のように大切な人を傷付けられたことを、それだけを考え、憤っていた。
この場にあっても相も変わらず無邪気に微笑む少女は、笑みを崩すことはなかった。
そして全てが終わり、そして全てが始まった。
- 518 名前:名も無きAAのようです :2014/02/24(月) 20:57:44 ID:4cu/qweg0
僕は信じていた。
この選択が未来を作っていくことを。
僕と彼女の想いが通じ合っていることを。
そして僕や、彼女や、誰かの人生が世界にとって無駄ではないということを。
物語の僕達は確かにそこに生きていた。
何の記録にも残っていないとしても、誰の記憶にも存在しないとしても――ここにいる僕達自身が、その証明なのだ。
マト ー)メ M・Mのようです
「第九話:名もなき怪物」
.
- 528 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 01:50:37 ID:H5YVOsVI0
【現時点で判明している“少女”のデータ】
マト ー)メ
・名前:不明
・性別:不明
・年齡:不明
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:不明
・経歴:不明
・特記:不明
・外見的特徴:不明
・備考:特になし
- 529 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 01:51:17 ID:H5YVOsVI0
【現時点までに使われた費用(日本円換算)】
・NO DATA
【手に入れた物品諸々】
・NO DATA
- 531 名前:【第九話予告】 :2014/03/06(木) 06:39:51 ID:Cv8eFBik0
「ブーンさん、『終わり良ければ全て良し』という言葉をどう思いますか?
いえ、というよりも……終わり良ければ全て良しだと言うのなら、『終わりが悪ければ全て台無し』だと思いますか?
私の両目は未来を見る力を宿しています。
これは現状からの高度な予測ですが、『終わりを見る異能』だと表現することもできると思います。
相手の行動の終わり、あるいは勝負の終わりを先に見る力だと。
ですが、人間、いえ全ての存在の『終わり』とは即ち『死』です。
だとしたら『死』を哀しいものだと意味付けする以上、あらゆるものの終わりは悪いと言えます。
どんな物語の終わりもそう。
『その後、お姫様は王子様と結婚し幸せに暮らしました――そして最後には死にました』。
お伽話の結びがこんな風ならそれこそ台無しです。
でも、形あるものはいつかは滅びるということは変えることのできない世界の真実。
私達がどんなに必死に生きたとしても、いつかは死んで、私達の子孫や私達が生きた社会も滅びて、この世界さえも消えてしまう。
そう考えると少しだけ、切ないです。
……でもね。
形あるものは必ず滅びて、後には何も残らず、私達の生きた価値とか意味なんてなくなってしまうんだとしても……きっと、それでも私は―――」
―――次回、「第十話:Mournful Missinglink」
←第八話 / 戻る / 第十話→