- 310 名前:1 :2014/06/21(土) 16:31:44 ID:YKMrFccY0
第七話「束の間の平穏」
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- 311 名前:1 :2014/06/21(土) 16:33:02 ID:YKMrFccY0
- ◇◇◇◇
( ΦωΦ)「先日の件、ご苦労であったなショボンよ」
謁見の間にてヴィップを治める王、ロマネスクより労いの言葉を受け、ショボンは仰々しく頭を下げた。
( ΦωΦ)「ジョルジュからも例の物を手にいれたとの報告も来ているし、吾が輩は有能な部下を持って鼻が高いのである」
(´・ω・`)「もったいなきお言葉」
( ΦωΦ)「だが、あのドクオという異世界人、気に食わぬな。魔剣があるとは言え調子に乗りすぎているのである」
ロマネスクは忌々しそうに肩をいからせながら、不満をぶちまけた。
また、だ。この男は自分の気に入らないことがあるとすぐに感情を剥き出しにする。ましてや臣下の前でそんなことを口にすれば自分の首を絞めると何故分からないのか。
(´・ω・`)「……陛下の心中お察しいたします。しかし、彼が王都のために尽力していることもまた事実。ここは穏便に」
( ΦωΦ)「……そうであるな。すまぬ、取り乱した」
平静を取り戻し、ロマネスクは要らぬ事情をぺらぺらと喋り始めた。我が儘な王妃が高価な調度品を購入しただの、庭園に大きく手を入れただの、ショボンにはどうでもいい話だ。
その金を出しているのが国中の血税だということも理解していない愚図な王の自慢話など聞くに値しない。
愛想笑いと適度な相槌をうちながら、ショボンはこの王の首を取るための方法を考え出していた。
もちろん、そんなこと出来るわけがない。尊敬はなくとも、彼は一国の王。首を跳ねれば国が傾いてしまう。
そして自分は王を守るための盾であり剣。全てを投げ出すにはあまりに多くを背負い込みすぎた。
(´・ω・`)「……陛下、そろそろ本題を」
( ΦωΦ)「おお、前置きが長くなった。今回貴公を呼んだのは少しばかり問題があるのである」
- 312 名前:1 :2014/06/21(土) 16:33:47 ID:YKMrFccY0
- (´・ω・`)「と、申されますと?」
( ΦωΦ)「異世界人にやってもらうことができた」
(´・ω・`)「ドクオに? 計画に彼は必要ではないはずですが」
( ΦωΦ)「もちろんあの男は必要ではない。が、あの魔剣に用ができた」
どういうことだろうか? あれだけ嫌悪するドクオと魔剣を今さらどう使うというのか、ロマネスクの意図が掴めず、ショボンはさらに聞き返す。
(´・ω・`)「用とは、どのような?」
( ΦωΦ)「最近になって様々な事件が王都周辺で頻発しているのは知っているな? その中に混じって一つ不可解な件があるのである」
ショボンはここ最近で起こった事件を片っ端から掘り起こしていく。どれも妙ではあるが、特に計画の妨げになるようなものは見当たらなかった。
( ΦωΦ)「悪魔の目撃である」
(´・ω・`)そ
ショボンはあまりの衝撃に思わず立ち上がりかけた。
- 313 名前:1 :2014/06/21(土) 16:34:39 ID:YKMrFccY0
- あり得ない、悪魔など存在するわけがない。そんなものはお伽噺にしか出てこない架空の存在だ。
( ΦωΦ)「仮にこれが本当だとすれば、吾が輩の計画に支障を来す可能性がある。そして、あれは神器でしか滅することができないのである」
(´・ω・`)「……ドクオを当て馬にするということですか?」
思ったよりも醒めた声でショボンは尋ねた。自分の声に驚きながらも表情は崩さない。いつの間にか張り付けていた仮面は、この男の前では絶対に外すわけにはいかなかった。
( ΦωΦ)「魔剣があるのなら苦戦はしまい。もっとも、本当の悪魔なのであれば甚大な被害が出ることになるのであろう」
そんなところにドクオを行かせるというのかこの男は。騎士でもない、巻き込まれたに過ぎない人間を、悪びれもせずに。
ショボンはいつの間に固く固く拳を握っていることに気付いて、すぐに力を抜いた。大丈夫、気付かれてはいない。この男に他人の感情を目敏く指摘するような気概はない。
( ΦωΦ)「……ショボンよ、貴公は少々あの男に感化され過ぎてはいないか? 貴公の役目を忘れるな」
(´ ω `)「……分かっております。私は陛下の剣であり盾、陛下の覇道を邪魔するものは全て斬るのみ」
( ΦωΦ)「分かっておるのならよい。何が大切で、何を守るべきかを履き違えるな。吾が輩は貴公を信頼している」
信頼している、などと簡単に言ってくれる。その黒い腹の内では自分など、いやこの国や世界ですら便利な道具にしか思っていないくせに。
( ΦωΦ)「吾が輩のために、やってくれるな?」
(´・ω・`)「……仰せのままに」
( ΦωΦ)「この計画はもはや止めることはできないのである。いや、止めたとしても止まらない」
(´・ω・`)「……では、私は作戦の準備に入ります」
ロマネスクに背を向け、ショボンは逃げるようにその場を去った。ここは自分のような弱者が留まっていい場所ではない。早く帰って夢に浸ろう。
願わくば永遠に醒めぬ夢を見れるように。
- 314 名前:1 :2014/06/21(土) 16:35:28 ID:YKMrFccY0
城を後にして、ショボンは大きく息を吐いた。あの王を前にすると気分が悪くなる。体調ではなく、心の底から滲み出る嫌悪感が体を這いずり回るのだ。
ロマネスクは信頼などという方便を巧みに操って人を束縛する。使命感や倫理観を根本的な部分で掌握するのだ。あんなことはそこらの詐欺師でも滅多にすることではない。少しでも良心があるのなら一歩を踏み出すことにすら躊躇うはずなのに、奴はその分水嶺をいとも簡単に越えてくる。
近くのベンチに腰かけて煙草をくわえた。ここ最近本数が増えている。元々そんなに吸うような人間ではなかったのに。
(´・ω・`)y━・~~(僕は、なんのために戦っているんだろうな)
今朝方ドクオと話したことが甦る。彼のように自分の道をしっかりと見定めて、胸を張って歩くことはどこまでも難しい。もしかしたらショボンでは一生かかっても無理なのかもしれない。
(´・ω・`)y━・~~(騎士として、か)
まるで免罪符のように扱っている言葉だが、許されることではない。騎士だから何をしてもいいわけではなく、最低限の誇りや矜持があって初めて意味を持つ。王という立場も同様のはずなのに、何故ここまで違ってしまったのだろう。
(´・ω・`)y━・~~(あの方が変わられたのは、やはり十五年前だろうな)
あの戦争では多くのものを失った。人がゴミのように宙を舞い、どこまでも続く鮮血と臓物の海。あそこはまさしく地獄、それも人の手によって作られた人工的な墓場だ。
(´・ω・`)y━・~~(いっそあそこで死んでいた方が楽だったのかもな)
- 315 名前:1 :2014/06/21(土) 16:36:14 ID:YKMrFccY0
- 風が吹いて灰がショボンの前をさらさらと流れていく。人の命も吹けば飛ぶように儚いものだと知ったのは、まさにあの時、あの瞬間だった。そこには大切なものが確かにあったはずなのに、ショボンの手をすり抜けて消えてしまった。
もう二度と戻らない。未だに夢の中で助けを求めてくるのは、きっとショボンが十五年前から歩くのを止めてしまったから。こんな世界のために自分は戦っただなんて、信じたくはなかった。
( ・∀・)「辛気くさい顔してますね、らしくもない」
と、後ろを振り返ればモララーが立っていた。そう言えば彼は見回りの当直だったか。
自分が今どんな顔をしているのか、普段はどんな顔をしているのかが分からなくて、ショボンは困って苦笑を浮かべる。モララーは何も言わずに隣に座った。
(´・ω・`)「僕にも色々と考えることがあるのさ」
( ・∀・)「ドクオに感化されすぎてんじゃないですか? 以前のあなたならそんな顔しなかった」
(´・ω・`)「どうだろう。やるべきことは何も変わってはいない」
( ・∀・)「そりゃそうでしょう。変わったのは心ですから」
(´・ω・`)「……」
自分は変わったのだろうか? 以前の自分はどんなだった?
( ・∀・)「ま、変わったのは俺もですけどね」
- 316 名前:1 :2014/06/21(土) 16:37:12 ID:YKMrFccY0
- (´・ω・`)「良くも悪くも、ドクオの近くにいる人間は変わるのかもしれないな」
( ・∀・)「そりゃあいつが戦う理由をはっきりと持っているからでしょう。迷いがある剣は鈍る。あなたが教えてくれたことですよ」
(´・ω・`)「……モララー、君は何のために剣を取る」
( ・∀・)「決まってます。自分のために」
(´・ω・`)「……僕も同じように思っている」
モララーは何も言わずに立ち上がる。代わりにショボンに背を向けた。
( ・∀・)「俺はもう帰って寝ますよ。今のあなたと話してても何の得もない」
手をひらひらと振るモララーの姿は、他の騎士達が見たら大激怒だろう。それほどに礼節のない不躾なものだった。
しかし、ショボンはその背中に何も言えなかった。
モララーに指摘されるまでもなく、分かっていたから。迷いがあることくらい、不満があることくらい、とっくに知っていた。
けれどもその不満をどこにぶつければいいのか、この迷いをどうすればいいのかが分からない。自分の立場や周りの人間は、ショボンにたくさんのものを求め、ショボンはその期待通りにことを成してきた。それは誰かのためになると分かっていたからで、誰かを傷付けるものではないと知っていたから。
ショボンも子供ではない。必要とあらば命を奪ったし、傷付けもした。そこにあったのは戦いの不文律であって、嬉々として剣を振るったわけではない。
(´・ω・`)(分かっている。分かっているんだ)
ぎゅっと拳を握りしめて、ショボンは腰をあげる。もう何も考えたくない。
そう言えば、今日は徹夜だったことを、ショボンは今さら思い出した。
- 317 名前:1 :2014/06/21(土) 16:37:56 ID:YKMrFccY0
◇◇◇◇
('A`;)(俺は何かしたんだかろうか)
隣にいる渡辺は先程から一向に口を開こうとせず、何かを期待するような目でこちらを見ながらアイスを食べている。たまに目が合うとすぐに逸らしてしまうのだが、彼女の目の奥には確かな葛藤のようなものがある……気がする。
そう言えば渡辺を見かけた時もドクオから逃げようとしていたし、本当に気付かないうちに何かしてしまったのかもしれない。
だが、ドクオは元の世界にいたときに読んだことがあった。こういう場合、自分が何をしたかも把握せずに謝ると女性は火に油を注いだが如くさらに不機嫌になるそうだ。ここは慎重に何があったかを聞き出し、問題があったなら速やかに消化すべきだ。
ドクオはそう判断すると、渡辺がアイスを食べ終えたのを見計らって口を開いた。
('A`;)「ええええええっttttttと、そそそそそそそそののののののの、わ、わた、渡辺しゃん!!」
こんな状況に慣れていないドクオは盛大に噛んだ。しかも自分ですら何を言っているのか分からないほどに。
从;'ー'从「……え、どうしたの?」
('A`)(めっちゃ引いてますやん)
困惑した顔でこちらを覗きこむ渡辺は、やはり可愛い。元の世界でこんな噛み方をすれば即警察にしょっぴかれるところだった。いや、もちろん渡辺もかなり驚いている、もとい引いているのでドクオの心に絶大なダメージを与えたことには変わりはないのだが。
- 318 名前:1 :2014/06/21(土) 16:38:46 ID:YKMrFccY0
- ('A`)「あー、いや、その、なんか落ち込んでいるというか、さっき俺のこと見て逃げ出したから、どうしたのかなって」
噛まずに言えた。ボッチで年齢イコール彼女いない歴日々更新中の自分が。
ドクオの中で今日はある意味記念日になった。異世界の暦がどうなっているのか分からないが、とにかく今日は記念日である。
从'ー'从「えっと……それは……」
言いにくいことなのか、はたまたそれほど酷いことをしてしまったのか。ドクオは一瞬にして気が気でなくなる。脇汗がドバドバ出ているし、体中の穴という穴から冷や汗が噴き出している。
正直、貞子と相対したときよりも緊張していた。命の危機はないのかもしれないが、社会的に死ぬ可能性もゼロではない。
周囲の喧騒がやけに耳障りで、ドクオはコップに口をつける。渡辺は俯いて何も言わず、かと思えばドクオをしっかりと見つめて、何かを言いかけてまた俯く、の繰り返しだった。
このままでは先に進まない。そう判断したドクオはさらに口を開く。
('A`)「俺はさ、渡辺が困った顔してたり、泣いてるのを見るの嫌なんだ。初めて会ったとき助けてくれたし、それからもずっとそばで支えてくれてたから。だから、出来れば俺も渡辺の力になりたい。助けてもらってばっかりじゃなくて」
途切れ途切れだし、大きい声ではっきりとは言えなかったが、言いたいことは伝えられた。あとは渡辺がどう出るか、もしこれでも話してくれないのならツン辺りに相談するしかない。ドクオの話術ではどうしようもないのだ。
やがて、渡辺がおずおずと語り出した。
从'ー'从「あの、ね。私、最近変なんだ。どっくんがツンちゃんを助けてくれて、しぃちゃん達騎士団の人がツンちゃんに学校に入れてくれて。嬉しいはずなのに、嫌な気持ちになるの」
('A`)「……え?」
从'ー'从「それで、さっきしぃちゃんに会ったんだけれど、嫉妬しちゃって逃げちゃったんだ」
ドクオは渡辺の告白に頭をフル回転させる。彼女が言っていることの意味も、リユウモ分かった。単純に嫉妬しているのだろう。確かに貞子と戦った際、渡辺は魔法を使えないという制約の中で何もできなかったのかもしれない。だが、それはあくまで戦うということについてであって、渡辺がいなければ目も当てられない状況になっていただろう。
彼女が身を呈してツンを庇っていなければドクオだって間に合わなかったし、ツンが貞子と戦う理由はなかった。もしかしたら貞子と共にドクオと戦っていた可能性も十分にあった。
そんな絶望的な場面で、渡辺のした功績は多大なものだとドクオは思う。
- 319 名前:1 :2014/06/21(土) 16:39:30 ID:YKMrFccY0
- その後の処理は一介の学生である渡辺には難しい話だし、ましてやドクオだって貞子と戦った以外はなにもしていないのだ。
('A`)「渡辺はなんか勘違いしてるぞ、それ」
从'ー'从「ほぇ?」
('A`)「あの時渡辺がいなきゃ俺は間に合わなかった。しかもツンの狙いはおれだだったわけで、渡辺が王都にいなかったらツンは貞子と戦う理由はなかったんだぞ?」
从'ー'从「でも、ツンちゃんに何もしてあげられなかったのは事実だよぉ」
('A`)「そんなことはないだろ。魔法が使えない状況で、渡辺はツンのために盾になってた。文字通り命をかけてたじゃん」
从'ー'从「……」
('A`)「何もしてないなんて言うなよ。ツンは入院しちまったけど、みんな生き残れたんだ。恥じることなんて何もない、渡辺は胸を張っていいんだよ」
ドクオは自分の言える精一杯を口にする。こちらに来て初めて会ったとき、ドクオは彼女に慰めの言葉すら言えなかった。けれど、今は違う。数回の戦いはドクオにとって少しの自信と勇気をくれた。そしてそれをくれるきっかけになったのはいつでも渡辺なのだ。
渡辺がいつも誰かのことを思って動いているのは知っている。そのために何をすべきかも理解しているだろう。ならばあの状況で彼女がしたことは最善で間違いのないものだった。
从'ー'从「……でも」
('A`)「それに、ツンの入学とかそういうのは俺達にはどうしようもないことだと思うぜ。渡辺は学生、俺は一般人、騎士団の連中とは役割が違う」
騎士団の本懐は王都に住む民のために、そして守るべき王族のために動くこと。ならばツンの処遇については自分達にできることなんてたかが知れている。
('A`)「嫉妬するのも分かるけどな。それだけ渡辺にとってツンは大事な友達なんだろうけど、渡辺がいたからツンも学校に通えるんだ。十分だろうよ」
从'ー'从「そうなのかなぁ……」
('A`)「ツンは渡辺に感謝こそすれ、悪態なんて吐いてなかったぞ」
- 320 名前:1 :2014/06/21(土) 16:40:17 ID:YKMrFccY0
- きっと、渡辺は人が良すぎるのだ。誰かのために、人のためにと考えるその姿は立派だが結果を求めすぎている。何がベストかなんて、終わってからしか分からないのに、その時点で先々まで考えてしまうのだろう。
それが悪いとは言わないが、もう少し肩の力を抜いてもいいと思う。
('A`)「嫉妬なんてみんなするもんだ。けど、それが悪いことかって言われればそうじゃない。俺だってもっと強ければツンは傷つかなかったかもしれないって考えたらモララーやショボンさんに嫉妬する」
('A`)「けど、俺はそんなに強くないからさ、今出来ることしか出来ないんだよ。そこは折り合いをつけるしかないんじゃないか?」
ドクオにとって人生とは妥協の連続だった。努力をしていないからこそすぐに諦めることが出来たが、もし努力をしていれば何かができたかもしれないと今でも後悔している。
だが渡辺はそうじゃない。やるべきこと、すべきことをきちんとした上でも出来ることと出来ないことがあっただけの話。いわば適材適所なのだ。
('A`)「諦めろとは言わないけど、そこまで気に病むことじゃないだろ。一人が出来ることはそう多くはない」
こういう考え方は渡辺の過去、<忌み子>として生きてきた背景もあるのだろうが、それにしたって思い詰めすぎだ。
从'ー'从「……人のためって難しいね」
('A`)「難しいよ。誰かにとってほしい答えはそれぞれなんだから」
从'ー'从「私は、ツンちゃんがしてほしいことしてあげられたのかなぁ」
('A`)「それは間違いなく出来たじゃないか」
从'ー'从「……うん」
渡辺はそう返事したまま遠くを見つめる。彼女の心は、瞳はきっとまだまだ先を捉えているのだろう。
ドクオはそんな彼女に何をしてあげられるのか、未だに分からない。分からないが、やるべきことは決まっている。
('A`)(俺は渡辺を守る。そして、恩を返し続けるだけだ)
それだけが、今のドクオに出来ること。
- 321 名前:1 :2014/06/21(土) 16:41:02 ID:YKMrFccY0
店を出ても渡辺の胸の取っ掛かりは取れず、もう一つの話をドクオにすべきか迷っていた。
从'ー'从(私が、どっくんをどう思っているか)
しぃと仲良く話すドクオを見て、嫉妬していたのは間違いない。だが、その嫉妬はどういう類いの想いなのか、渡辺は判断できずにいる。
ドクオに話を聞いてもらって、答えを聞いて、全てを納得したわけてはないが、話をしてよかったな、とは感じていた。
正直に言えば、ドクオは頼りになる男だと思う。渡辺が困っているときに助けてくれるし、こちらのことを気にかけてくれている。もしかしたら兄という存在が渡辺にもいればこんな人間だったのかもしれない。
もっとドクオのことを知りたいと思うし、自分のことを知ってほしいとも思う。だが、そういった感情は人より経験が少ないからこそ生じてしまう勘違いのようなものではないかとも思うのだ。
他人から見ればそれは恋だと言うのかもしれないが、そう断言するには渡辺の心はぐちゃぐちゃで纏まりがつかない。
ならばいっそ、本人に尋ねてみようか。ドクオならば自分の望む答えを出してくれるかもしれない。
从'ー'从「ねえどっくん」
隣を歩いていたドクオがんあ? と間の抜けた返事をする。
从'ー'从「どっくんは恋とかしたことある?」
(゚A゚)「ぶふぉっ!!」
ドクオが飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。変なところに入ったようでげほげほま蒸せ返っている。
('A`;)「い、いきなり何を言い出すんだよ」
- 322 名前:1 :2014/06/21(土) 16:41:47 ID:YKMrFccY0
- 从'ー'从「私、そういうのよく分からないからどっくんなら知ってるかなって」
('A`;)「いや、まぁ俺も恋ぐらいは……」
言いかけて、ドクオははたと立ち止まる。渡辺も気付かなかったが、そう言えば彼はまだ記憶喪失という設定のままだった。
从'ー'从「あ、あのね、どっくんが違う世界から来たっていうのはツンちゃんに教えてもらったんだ。だからもう記憶喪失だって言わなくても大丈夫だよぉ」
渡辺がそう言うと、ドクオはばつが悪そうな顔をして、こめかみの辺りをぽりぽりと掻いていた。
('A`)「あー、そっか。ツンは元々黒の魔術団だっけ。騎士団の連中にもばれてるみたいだし、もう隠す必要ないか」
从'ー'从「どっくんが違う世界の人でも、どっくんはどっくんだからあまり気にならないよぉ」
('A`)「そっか。あー、んで、恋をしたことがあるかって話だが、ないことはないよ。成就したことはないし、その人とはまともに話したこともないけど」
从'ー'从「どんな感じなのかなぁ、恋って」
('A`)「んー、その人のことがずっと頭から離れなくて、どうすれば仲良くなれるかとかよく考えてたなぁ。結局挨拶を数回交わしただけで進展しなかったし」
从'ー'从「ふむふむ」
それには当てはまる気がする。気がつけばドクオは何をしているのかと考えることは割りと多い。
('A`)「あとは、そうだなぁ、その人が違う異性と仲良くしてるとやっぱり嫉妬してたかな。俺もそんなに経験ないからこれくらいしか言えないや」
从'ー'从「……」
从'ー'从(やっぱり、私はどっくんに恋してるのかなぁ?)
今のところドクオが言ったことは全て当てはまっている。ということは、そういうことなのだろうか?
ツンにもそう言われたし、これは確定、でいいのかもしれない。
('A`)「けど、これはまぁ受け売りなんだけどさ、恋とか愛だのっていつの間にか気付くものなんじゃないか?」
从'ー'从「いつの間にか?」
('A`)「そうそう。あいつ気になるなぁとか思ってても、実際は違う感情だったりするんじゃないか? 例えばペットを飼っているとする。当然愛情もって育てるよな」
从'ー'从「うんうん」
- 323 名前:1 :2014/06/21(土) 16:44:01 ID:YKMrFccY0
- ('A`)「けど、人間相手の好きとは違うわけだ。同じ好きでも条件が違えばまた別のものだと俺は思う。やっぱそういうのは少しずつ育っていって、いきなり気付くものなんだよ」
从'ー'从「いきなり、かぁ」
('A`)「最初は気になるなぁ、それからそいつのことしか考えられなくなって、ある日突然やっぱりこの人のこと好きなんだってなる。人の心なんて計算や理論で紐解けるようなもんじゃないよ」
从'ー'从「……」
('A`)「だからこそみんな立ち止まって、振り返って、何度も挫折しながら歩いていくんだ。そんな簡単に何でも分かったら誰も苦労しないだろうし」
何となく、ドクオが言いたいことが分かった気がする。
人を想う気持ちはそう簡単に理解できるものではない。故に考える。考えて考えて、その先に人は気付くのだろう。
もしかしたら考えるのをやめて、少しだけそのことを忘れた頃に答えはやってくるのかもしれない。
だとしたら、今は分からないままでいいのだ。
从'ー'从「そっかぁ、やっぱりどっくんは頼りになるねぇ」
('A`)「褒めてもなんも出ないぞ」
从'ー'从「素直な気持ちだよぉ〜」
渡辺はにっこりと笑ってドクオの前に出る。
从^ー^从「どっくん」
('A`)「あん?」
- 324 名前:1 :2014/06/21(土) 16:44:47 ID:YKMrFccY0
- 从^ー^从「大好き」
('A`;)そ「ファッ!?」
渡辺はそのまま前を向いて走り出す。今はこれでいい。その内あちらの方からやってくるだろう。そうしたら、きちんとドクオに伝えよう。
呆然と立ち尽くすドクオに、渡辺はもう一度声をかける。
从'ー'从「置いてっちゃうよぉ〜」
('A`;)「いや、今のどういう意味だよ!? え、何新手のジョーク? それともいじめ?」
慌てて追いかけてくるドクオに捕まらないよう渡辺は走り出す。
きっとこれからも渡辺はドクオのことが大好きだ。どんな感情かは分からないけれど、それだけはずっとずっと変わらない。
从^ー^从「えへへ」
('A`;)「待てって! おい渡辺さん?」
二人は王都をどこまでもどこまでも駆けて行く。渡辺が疲れはてて、彼に捕まるのはそう遅くはなかったけれど。
- 325 名前:1 :2014/06/21(土) 16:45:33 ID:YKMrFccY0
◇◇◇◇
王都とは遠く離れた小さな集落で、一人の男が目の前に作られた光を見て満足そうに頷いた。
「これは素晴らしい。やはり貞子が残したあの術式、無駄ではなかったな」
魔力を集め、人のマナですら集めたあの術式は大いに利用価値がある。貞子はあくまで予備電源のような使い方をしていたが、あれでは宝の持ち腐れだ。
マナとは人が生きるために最も効率化された魔力である。そして人はその身にマナを生成する機構までも備えているのだ。
ならば、マナを操ればその機構を作ることも可能であるということ。
人の存在とはかくも神秘的で、不可思議なものだが、彼女はその可能性を見出だしてくれた。
「楽しい、これは楽しいな。もっともっとシステムを効率的に回せば魔剣に頼らずとも大陸くらいなら簡単に治められる」
男はさらに術式を稼働させる。すると近くにいた人間は消滅し、きらびやかな光へと変換された。
「ふむ。まだまだ改良の余地があるな。人が持つマナはこんなものではないはず」
幾人もの人がマナに変わり、その場所に男一人だけになった頃、男は口元を歪ませながら集めたマナを術式に入れる。
「もう少し足りない。あと少しだけだ」
先日作り上げた実験体は失敗だった。出力をあげすぎたせいか言うことを利かず、挙げ句の果てには自壊してしまったのだ。
「まぁ材料はいくらでもある。もう少し見直してみよう」
男は術式を消して、誰もいなくなった集落をあとにする。
【+ 】ゞ゚)「これからが楽しいゲームの始まりだ、魔剣の主よ」
彼は棺桶死オサム。人の死を操る者である。
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