285 名前: :2014/06/18(水) 22:43:54 ID:pMo3TmyQ0




第六話「戦いの後で」



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286 名前: :2014/06/18(水) 22:46:32 ID:pMo3TmyQ0

◇◇◇◇

貞子による王都、もとい渡辺襲撃から早くも二週間が経過しようとしていた。

あの件で最も被害を被ったツンは、以前のドクオよりも酷いマナ欠乏症だとかで目下入院中である。何度かお見舞いに行ったのだが、少女らしい可憐さはどこにもなく、肌はカサカサでヒビ割れており、目の下にも隈が大きくできて初め誰だか分からないほどだった。

とはいっても、ドクオがツンと直接的に会ったのは病院が初めてである。記憶が流れ込んで来た理由は分からないが、そのおかげで彼女を一方的に知っていたというだけでまともな面識はなかった。それはツンも同様で黒の魔術団としてドクオの情報はあったが会話をするのはやはり初めてだった。

ツンに見舞いの果物を持っていったところ、彼女は力なく笑ってただ一言「ありがとう」と感謝の言葉を述べた。黒の魔術団には戻れないし、こんな大怪我を負わせたのは自分だとドクオは思っていたが、ツンにも思うところはあったようでそれ以上の言及は避けておいた。

ただ、これからどうするかというのは気になるところだったので尋ねてみると、

ξ゚听)ξ「一応魔法学校に入学出来るみたい。渡辺と同じクラスから、ね」

というのが騎士団側から提示されたらしい。

魔法の扱いは独学ながら目を見張るものがあるし、一つだけとはいえ禁呪と呼ばれる魔法をも習得している。今でも充分一線で戦えるだろうが、彼女のこれまでの人生を鑑みて一度学校に入った方がいいだろうとショボンが口を利いてくれたそうだ。

なんせツンの経歴は悲壮の一言に尽きる。親の顔を知らず、気づけば奴隷として売られ、黒の魔術団では道具として使われていた。

ツンが全てを明かしたのかは知らないが、今までの彼女の人生に騎士団としても温情があったのかもしれない。これからは渡辺という友人もいるのだから、精一杯楽しんで生きていってほしいとドクオは思っている。

287 名前: :2014/06/18(水) 22:47:30 ID:pMo3TmyQ0

ちなみに渡辺は無事昇級試験に受かったようで、見習いから正式な魔法使いとして認められることとなった。ドクオは見習いと魔法使いがどう違うのか具体的に分からなかったが、渡辺の説明によると勉強する魔法のレベルがあがるのだという。

今までは簡単な魔法しか使えなかったが、他の魔法陣の勉強も出来るようになりバリエーション豊かになるのだと喜んでいた。今のままでも十分な気がするのはドクオが魔法を使えないからかもしれない。

そんな渡辺は毎日ツンのお見舞いに通っているようだった。小さな頃に別れた唯一の友達なのだ。積もる話は山ほどあるだろう、とドクオはここ最近二人の邪魔をしないように大人しくしている。渡辺と顔を合わせたのはこの二週間で数回であることを考えれば、やはり野暮なことはしたくなかった。

代わりにドクオは騎士団の訓練に精を出すようにしていた。貞子との戦いでは力不足を痛感したからだ。あとで聞いた話だが、貞子が最後に無抵抗のままだったのはショボン達が裏で結界を消してくれたからで、あれがなければドクオはあの場で敗北し、渡辺とは二度と口を聞くこともできなかっただろう。

ショボンはドクオがいなければもっと大変なことになっていたんだし、持ちつ持たれつさ、と言ってくれたがドクオは素直に頷くことができなかった。

それだけにもっと強くならなくてはならない、とドクオは決意新たに訓練に汗を流しているのである。

('A`)「貞子と戦ったときは結構強くなったのになぁ、俺」

288 名前: :2014/06/18(水) 22:48:21 ID:pMo3TmyQ0

訓練所で休息を取りながらそうぼやくと、傍らに座っているモララーが鼻で笑う。

( ・∀・)「その剣、アポカリプスだったか? それの力で強くなったように感じただけだろ。基本がなってないんだから弱くて当然なんだよ」

モララーの言うことはもっともだが、ドクオとしては反論したいところだ。そもそもこんな世界に来て戦って生き抜いているだけでもすごいことではないだろうか? 魔法も使えないただの一般人としては、という条件ではあるが。

( ・∀・)「言いたいことは分かる。けど、戦いってのはそんな甘くない。お前が一般人だなんて相手にゃ分からないんだ。死に物狂いでお前を殺そうとするんだぞ?」

('A`)「……分かってる。自分の力量くらい分かってるさ。出来ることと出来ないことの分別はついてる」

だから、出来ることを増やさなければならない。ドクオがこれまで逃げてきた現実と戦うためには、努力を惜しんではいられないのだ。

('A`)「黒の魔術団はこの剣を狙ってる。そのために俺を生かして、周りの人達を狙ってんだろ? 俺のせいで誰かが傷つくのは、渡辺じゃないけどやっぱりいいもんじゃない」

この力は望んだものではないかもしれないが、もう巻き込まれたなんて言い訳が通用するところはとっくに過ぎている。敵の目的はまだはっきりとしていないが、これからもドクオを、魔剣を狙ってくるというならそれに抗わなければ先はない。

誰かのためではなく、自分が生きるために。渡辺やその他の人達が自分のせいで死んでしまったら、ドクオは間違いなく後悔する。自分のことを許せなくなる。

そうならないためにも、ドクオは強くならなくてはならない。

( ・∀・)「きっちり考えがまとまってるようなら俺も安心だよ。さて、俺はまた見回りに行かなきゃならないから、今日はあがるぜ」

('A`)「ああ、お疲れ。俺はもう少し走ってからあがるよ」

( ・∀・)「やりすぎると体壊すから程ほどにしろよ。焦ったってろくなことはない」

('A`)「分かってる」

それだけ言ってモララーは訓練所をあとにした。先日消してしまった結界が未だに修復されていないため、騎士団は現在王都の見回りを交代で行っている。モララーは今日の当番のようだ。

289 名前: :2014/06/18(水) 22:49:58 ID:pMo3TmyQ0

モララーが去ったあと、ドクオは訓練所を何周かし、あがろうと荷物をまとめていると、不意に声をかけられた。

訓練所で何度か目にしたことのある騎士が数人ドクオを囲んでいた。丸腰なのを見ると敵意はないようだ。

('A`)「なんか用か?」

少しだけ警戒しながらドクオは質問した。自分が騎士団内部であまりよく思われていないことはしぃから聞いていた。もしかしたらリンチにでも合うかもしれない。

「お前、この間の件を解決したんだってな」

騎士の一人がそんなことを言った。

('A`)「……俺が解決したわけじゃない。ショボンさんとかモララーがいなきゃ俺には何もできなかった」

「それでもお前がいなきゃ王都は陥落してたかもしれない。そんな中俺達はあたふたしてて、何もできなかった」

申し訳なさそうに言う騎士達はばつが悪そうに頬をかき、ドクオに手を差し出す。

「すまなかったな。お前は何も悪くないのに、勝手に忌み子だなんだって騒ぎ立てて。見直したよ」

騎士達は皆一様に友好的な笑みを浮かべている。ドクオはどうすべきかを考えて、その手をとった。

('A`)「あんたらは悪くないさ。現に俺がいなきゃこんな事件は起こらなかったんだ。だからおあいこだよ」

これは本当のことだと思う。巻き込まれたことは事実だが、魔剣の持ち主としてここにいる以上ドクオはどこまでも当事者だ。王都に留まらず、旅にでも出れば誰にも迷惑をかけずに済んだかもしれない。

けれど、ドクオはもうそれが出来ない。大切なものを見つけてしまったし、それを自分の手で守るのだと覚悟を決めてしまった。

「お前はすごいやつだよ。よかったら、今から飲みにでも行かないか? 友好の証ってやつさ」

意外な申し出に、ドクオは目を白黒させる。少しくらい態度が丸くなってくれれば、と今のやり取りで思ってはいたが、これは些か進みすぎではないだろうか。

「何、王都の英雄を労るのも俺達の仕事さ。嫌だっていっても無理矢理連れていくぞ」

あまりにも屈託のない笑顔に、ドクオも釣られて笑みを浮かべる。こうまで言われては断るのは野暮というものだ。

('∀`)「……喜んでお供させてもらう」

この日、ドクオはまた一つかけがえのないものを手に入れた。

290 名前: :2014/06/18(水) 22:51:37 ID:pMo3TmyQ0

◇◇◇◇

从'ー'从「はぁ……」

ツンのお見舞いの帰り、渡辺は一人溜め息を吐いた。この日の渡辺はとても落ち込んでいた。具体的にどれぐらい落ち込んでいるかというと、行きつけのスイーツ店のジャンボ苺パフェ一つ完食出来ないほどである。いつもならば軽くふたつはいけるのだが、今日はそんな気分ではなかった。

落ち込む原因となったのはツンの些細な一言である。

ξ゚听)ξ『あんたドクオのこと好きでしょ?』

この一言は彼女にとって天と地がひっくり返るほどの衝撃だった。確かに自分はドクオを好いている。しかしそれが愛かと聞かれれば返答に困ってしまうのだ。

一度ドクオとしぃが連れ立ってツンのお見舞いに来たことがあった。その時の二人と来たら仲睦まじく、まるで恋人のよう(少なくとも渡辺にはそう見えた)にお喋りをしていたのだ。

ツンが言うにはあれは出来の悪い兄と優秀な妹のような関係だ、とのことだが、渡辺はどうも胸の辺りがムカムカとして居心地が悪かった。

今でもあの光景は渡辺の瞼にしっかりと焼き付いて離れず、思い出しては何かに当たり散らしたくなる衝動を抑えるのに苦労するほどである。

そんなおりにツンの一言が渡辺の心に拍車をかけたのだ。自分でも分からない感情を友人に指摘されて、渡辺はどうしていいのか分からなくなってしまった。

从'ー'从「好きかといわれてもなぁ……」

そもそもドクオは自分をどう思っているのだろうか。少なくとも嫌われてはいないとは思う。貞子との件でもドクオは身を呈して助けに来てくれたのだから、好意的に見られていると受け取ってもいいだろう。

それに、貞子が言っていたドクオは異世界から呼び出されたという事実。ドクオに面と向かって聞いてはいないが、しぃに確認をとったところほぼ間違いではないとの回答だった。騎士団がどうやってその真相に至ったか定かではないが、二つの組織からそのような答えをもらった以上彼は信憑性は高い。

もちろんそれが渡辺の気持ちに歯止めをかけているわけではないし、そんなことは彼の人柄を図るにあたっては小さなことだ。

つまるところ、渡辺は自分の感情をもて余していて、それに対する明確な答えがどこにあるのかが分からないのだった。

自信を持って彼を好きと言えれば、気が滅入ることもないのに、と渡辺は一人ごちてみる。

人を好きになるというのは動物を好きになるということとは違ったものであることは渡辺にだって分かる。けれどその好きという感情にきちんとした線引きができない。どこからが異性に対する好きで、どこからが違うのか。ツンに聞いても答えは返ってこなかった。

从'ー'从「よく分からないなぁ、こういうの」

人と接することが極端に少なすぎたせいか、はたまた人生経験なのかは知らないが目下渡辺の頭を悩ませるドクオという存在は彼女の目の上のたんこぶのようなものになっている。

せっかく見習いを卒業できたというのに、次から次へと問題が舞い込んでくるのは自分の体質なのだろうか?

日が傾き、暗くなってきた道を一人歩く渡辺は、また一つ溜め息を吐くのだった。

291 名前: :2014/06/18(水) 22:52:35 ID:pMo3TmyQ0

◇◇◇◇

(´・ω・`)「やぁドクオ、昨夜はお楽しみだったね」

起き抜けにショボンからそんなことを言われて、ドクオはたまらず飛び起きた。

辺りを見渡せば自分の部屋。どういう経緯でそうなったかは知らないが服が脱ぎ散らかされている。

('A`)「……どうしてこうなった」

自分の体を見ればいつの間にやらパンツすら身に付けておらず、全裸。そこにショボンがニコニコと笑って立っているということは━━

('A`;)「あんたそういう趣味だったのかよ!?」

(;´・ω・`)「何を勘違いしているかは予想がつくが、それは誤解だ。君は昨夜のことを覚えていないのか?」

('A`)「は?」

ショボンにそう言われて、ドクオは思い返してみる。確か昨日は訓練所で知り合った何人かの騎士と飲みに繰り出し、途中からショボンや非番だった他の騎士も混じって大きな飲み会になった気がする。

そのあとも何軒か店をはしごして朝まで飲もうぜ! と意気込んだところまでは覚えているが、その先はどうも思い出せない。

(´・ω・`)「君はそのあと酔い潰れてね、僕が君をここまで送り届けたのだが、部屋に着いたとたんに君は吐き始めたんだ。おかげで僕は眠ることなく君の粗相の始末をするはめになったのさ」

(゚A゚)「」

なんということであろうか。まさか騎士団のナンバーツーに送り届けてもらったどころか不始末の処理までさせてしまうとは。いくらドクオと言えど全裸で土下座は当然に思えた。

(;´・ω・`)「いや、僕は今日も非番だから構わないが、君は少し酒の飲み方というものを考えた方がいいぞ。あまり強くないようだしな」

('A`)「オッシャルトオリデスハイ」

(´・ω・`)「僕も久々に楽しく飲めた。君が来てから心休まる日が少なかったしな」

('A`)「あれ? 俺遠回しに責められてる?」

292 名前: :2014/06/18(水) 22:53:41 ID:pMo3TmyQ0

(´・ω・`)「それに、今の君とはもう一度話してみたかったしな」

全裸で土下座をしていたドクオは頭をあげた。話がしたい、とはどういう了見だろうか。

服を着なさい、とのお達しだったのでとりあえず寝間着に使っている元の世界からの相棒スウェットを着用し、ドクオはベッドに腰かけた。ショボンはいつの間にか用意していたコーヒー(名前は違うがドクオから見ればコーヒーそのもの)を口に含み、煙草に火をつける。

(´・ω・`)y━・~~「何、大した話じゃない。これは騎士団のショボンとしてではなく、あくまでショボン個人としての話さ」

('A`)「はぁ」

気のない返事をすると、ショボンが君もどうだい? と煙草を勧めてきたのでドクオもご同伴に預かる。

(´・ω・`)y━・~~「君はこれまで三つの戦いに身を投じて来たわけだが、その戦闘力ははっきり言って並の騎士では歯が立たないレベルだ」

('A`)y━・~~「モララーにはまだまだ弱い、怒られますが」

(´・ω・`)y━・~~「確かに我々からすればまだまださ。だが、君は元々魔物や魔法なんかとは無縁の世界の住人だろう」

('A`)y━・~~「……気付いてたんですか」

(´・ω・`)y━・~~「まあね。もちろんこの答えに至るまで紆余曲折あった。間違いないと確信を持ったのはやはり先日の戦いだったよ」

ショボンはその場で見聞きしたわけではないが、渡辺やツンが貞子から聞いたことを報告として受けたこと、他にも様々な推測をドクオに語ってくれたが、決め手は貞子が言っていた魔剣のことだと言った。

(´・ω・`)y━・~~「魔剣アポカリプス、これは僕達の世界の伝承に出てくる神器だ。全てを破壊し、食らい尽くす絶望の権化。伝承によれば魔剣はこの世界ではないどこかに封印されているはずだったんだが、何故か君が持っている」

その事実はやはり看過できないものだった、とショボンは続ける。

293 名前: :2014/06/18(水) 22:54:36 ID:pMo3TmyQ0

(´・ω・`)y━・~~「魔法の中には召喚魔法というものがあってね、通常はこの世界のどこかにある物や人物を呼び出す魔法なんだが、特定の条件下と特別な術式があれば異世界に干渉できるかもしれないという研究結果も出ている。仮説の段階ではあるが、できないことではないんだ」

('A`)y━・~~「だからこそ俺が異世界からやって来たのではないか、という説が有力だったわけですか。てことは最初から記憶喪失だなんて言わなくてもよかったんですか?」

ショボンは灰皿に煙草を押し付けて火を消し、少し考えてから、

(´・ω・`)「それはどうだろうな。あの状況下で君が違う世界から来たとなれば余計な混乱を招いたかもしれない。ただでさえ結界が消えるなんてことは滅多に起こることではないんだ」

('A`)y━・~~「そんな中異世界から来ましたーなんて言えばそれこそ俺が疑われるのは当然の結果、ですよね」

そう考えると記憶喪失という設定は最善の策だったように思えた。もちろんドクオもこの設定がいつまでも通るとは思ってはいなかったし、折りを見て打ち明けるつもりではいたのだから、それが早いか遅いかの違いでしかなかったのだろう。

(´・ω・`)「話が逸れたが、君がそういうものとは無縁であった以上、本来ならば被る必要のない戦いばかりだった。にも関わらず、君は剣を取り、体を張っている。僕は、その理由が知りたい」

('A`)y━・~~「……理由?」

何故今になってそんなことを聞くのだろうか。ドクオからすればこれまでの戦いは全て巻き込まれた、といっても過言ではない。確かに逃げることはできたし、他人の命など関係ないと切り捨てればそれで済んだことではあった。最初の戦いにしても、ドクオはこの世界というものを理解してはいなかったし、ましてや命をかけるに値するような感情など持ち合わせてはいなかった。

どこまでいっても他人。ここに来た当初はそんな思いが確かにあっただろう。

だが、ドクオは渡辺に出会った。優しく、可憐で強い少女に。彼女の姿はドクオにとって今でも憧れの対象だ。

('A`)y━・~~「俺は、救われたんですよ」

煙草を消して、ドクオは大切な思い出を語るようにゆっくりと口を開いた。

294 名前: :2014/06/18(水) 22:55:26 ID:pMo3TmyQ0

('A`)「俺は元の世界じゃ負け犬でした。他人なんて関係ない、自分さえよければそれでいい。その時その時を乗りきれればあとは知ったこっちゃないって、現実から目を背けてました」

勉強も運動も人より劣り、努力からも逃げていた少し前までの自分。この世界に来なければ未だに同じことを繰り返していただろう。

('A`)「けど、こっちに来て、渡辺に出会って、騎士団の連中に出会って、それじゃだめなんだなって感じたんです。逃げてたって変わらない。変わらなきゃならなかったのは自分なんだって、渡辺や他のみんなを見て、気付いたんですよ」

渡辺は誰よりも辛い状況の中で、笑顔を忘れず、他人のために動いていた。騎士団のメンバーは己の信念に基づき剣を取っていた。

その中でドクオは、自分という存在がとても矮小で醜いものにしか思えなかったのだ。

誰もが手にしているはずのものを、ドクオだけは持っていなかった。

('A`)「それを気付かせてくれた人に、追い付きたいし、恩を返したい。世の中儘ならないことも多いけど、俺が救われたようにまだまだ捨てたもんじゃないって胸を張って言ってやりたいんですよ」

本当に辛いときに、ドクオは何も言ってあげられなかった。言わなきゃならなかったのに、言えなかったのだ。

ドクオはその事を一生後悔し続けるだろう。もっとまともな人生を歩んでいれば簡単に伝えられたはずの言葉は、あの時のドクオでは、いや今だって口にする資格なんてありはしない。ドクオはまだ全てをやりきってはいないから。全てが終わったときに、ドクオは彼女に言ってやるのだ。

君の存在は、歩いてきた道は無意味なものなんかじゃない。

('A`)「だから俺は戦うんじゃないですかね。それが、無力だった男が力を手にして出来ることなんじゃないかと俺は思ってます」

他人からしてみれば下らない理由だろう。笑われるかもしれない。命をかけるなんて馬鹿げていると指を差されるかもしれない。

それでもドクオが掲げたものは彼にとって何よりも重い。絶対に曲げてはいけない信念であると自信を持って言える。

ドクオが語り終えた時、ショボンは小さく笑っていた。

295 名前: :2014/06/18(水) 23:24:19 ID:cfE26c6g0
(´・ω・`)「なるほど。やはり君は僕が思った通りの男だよ。いや、信じていたとも言えるな」

('A`)「何がですか?」

(´・ω・`)「騎士団というのは、信念がなければ機能しないんだ。自分以外に守るべきものがなければ戦う理由もないからな。だからこそ我々は自分自身に厳しいルールを設けている」

例えば弱きものを傷つけない、誰かを見殺しにしない、仲間を疑わない、小さなものなら食べ物を粗末にしない。

ショボンがあげていくルールは生きていればどれも当たり前に守られるものだった。もっと言えば常識、人として最低限のマナー。

(´・ω・`)「こんなものは守られて当然のものだ。けれど、人というのはどうして、簡単なものであってもちょっとくらいならという軽い気持ちであっさりと越えてはいけないラインを越えてしまう。だからこそ我々はどんなに小さなことであっても決めたことは絶対に守ってきた」

(´・ω・`)「騎士団とは秩序であると同時に人を守るための盾であり剣。それを根幹の部分で理解していなければ立ち上がることさえできない。新人にはまだ分からない者も多い。その点君はその辺りをしっかりと持っている」

('A`)「……よくわかりません」

(´・ω・`)「君は君の信じる道を行くべきだ、ということさ。周りがどうあろうと、上から下までしっかりと通った芯はそう簡単に折れやしない」

ショボンはそう言って腰をあげた。

(´・ω・`)「僕は君と知り合えてよかったと、心から思う。これからもよろしく頼むよ」

扉が閉まる音だけが部屋に残る。ドクオはしばし呆然としていたが、自分の腹の音を聞いて朝食がまだだったことを思い出した。

('A`)「住む世界が違うと意識も違うもんだな」

それ以上考えることは止めて、ドクオは腹の虫を収めるために冷蔵庫を漁るのであった。

296 名前: :2014/06/18(水) 23:25:37 ID:cfE26c6g0

◇◇◇◇

本日は学校がなく、久々の休日である渡辺は朝早くからツンのお見舞いに向かっていた。ここしばらくドクオと顔を合わせてはいないが、何だか今は会いに行けるような心境ではなかった。

それよりも今は大切な友人を見舞いたい、と心のなかで言い訳のように唱えてみるが、どうしてか罪悪感が募るばかりで渡辺は早々に気を落としてしまう。

(*゚ー゚)「随分と元気がありませんね」

その矢先、病院の前でしぃと出くわしてしまった。もちろん渡辺の心に彼女のことなどちっともなかったのだが、思わず渡辺は全身をびくりと強張らせてしまう。何もやましいことなどありはしないのに。

(*゚ー゚)?「どうかしましたか?」

从;'ー'从「あ、ううん、なんでもないよぉ! まさかこんなところで会うとは思ってなかったから」

(*゚ー゚)「はぁ」

怪訝そうに眉を潜めるしぃに、渡辺はどうしてか申し訳ない気持ちになった。彼女は悪くないのに、自分の気持ちも分からないのに勝手に嫉妬している。それが渡辺の心を大きく揺さぶっているからだ。

(*゚ー゚)「今日もツンさんのお見舞いですか?」

从'ー'从「うん。しぃちゃんも?」

(*゚ー゚)「いえ、私はツンさんの入学資料を届けに。退院次第即入学ですからね」

从'ー'从「そっかぁ。えへへ、ツンちゃんと一緒に学校通えるんだ」

とても喜ばしいことだ。と、そこで疑問が浮かぶ。

从'ー'从「そういえば、ツンちゃんとは学校で会ったけど、入学はしてなかったのー?」

(*゚ー゚)「ええ。籍はありませんでした。元々ツンさんの戸籍自体が抹消されていましたから。新たに騎士団側で用意させていただきました」

黒の魔術団に所属していたツンのこれまではどのようなものだったのだろう、と渡辺は考える。ツンは道具として扱われていた、と言っていた。

人ではなく道具。渡辺の持つ箒や、物を食べるときに使うスプーンやフォークのような扱い。壊れても代えがきくただの物。

そんな中で生きてきた彼女が今、長いときを得てようやく普通の女の子として生きることができるのだ。これほど喜ばしいことはない。

从'ー'从「……」

ないはずなのに、どうしてこんなにも嫌な気分になるのだろう。

297 名前: :2014/06/18(水) 23:29:44 ID:Crg8TgR60

それはきっとツンを取り戻すために戦ったのは自分ではない他の人間だったから。普通の女の子としての道を用意したのが自分ではない他の人間だったから。

どこまでいっても自分は役に立たない人間なんだと、気付いてしまったから。

ニダーは言っていた。自分は人間じゃない、悪魔だと。不幸を撒き散らすだけの存在なのだと。

渡辺にはその言葉が間違いではないように思えた。こんなにも嫌らしく醜い感情を抱く自分は果たして人間と言えるのだろうか。

(*゚ー゚)「どうかしましたか? 顔色が悪いようですけど」

随分と長く考え込んでしまったようだ。しぃが不安げに顔をのぞきこんでいる。

从'ー'从「ううん! 何でもないよ! あ、私用事を思い出したから、今日は帰るね。それじゃまたねー」

渡辺は逃げるようにその場を去る。しぃが呼び止めていたが、彼女のそばにこれ以上いるのは不可能だ。

从;ー;从(だって、涙が止まらないんだもん)

渡辺は自分が分からない。分からないけれど、この気持ちがどんなものかは知っている。

それは彼女が生まれて初めて、はっきりとした形を持った醜い醜い嫉妬だったから。

298 名前: :2014/06/18(水) 23:30:32 ID:Crg8TgR60

◇◇◇◇

('A`)「まさか食い物がないとは」

ショボンが帰ったあと、空腹を満たすために冷蔵庫を見てみると物の見事に空っぽだった。唯一ストックがあったはずの保存食もいつの間にか食べてしまったらしく、部屋にいては以前のようなみすぼらしい生活を思い出してしまうため、なくなく買い出しに出ることにしたのだ。

一応ドクオは料理ができる方である。長い一人暮らしで身に付けた家事スキルは物価の安いこちらの世界でも役にはたっているのだが、元来の性格ゆえなのかはあまり活かされてはいない。もちろん気が向けば台所に立つのだが、それも一週間の内に一回あればいい方である。

('A`)「まぁ、なにもしなくても金が入ってくるってのは人を堕落させるんだな。いい勉強になるよ、ったく」

適当な所で食事を済ますか、それとも買い出しをして部屋で食べるか迷うところだが、出不精な上に元々コミュ力のないドクオにとって知らない人と長い時間顔を合わせるのはできる限り避けたいところだった。

('A`)「いつもの店でいっか。この時間だと顔馴染みもあんまいないだろうし」

ダメ人間はどこまでいってもダメ人間なのである。ショボンと先程交わした熱い語り合いも、喉元過ぎればなんとやら、今大事なのは腹を満たすことなのだ。

ヴィップラ地区を歩くこと数分、いつもの店に入ろうとしたとき、ドクオは見知った顔を見つけた。

('A`)「あれ? 渡辺じゃん。なにやってんだあいつ」

299 名前: :2014/06/18(水) 23:31:41 ID:Crg8TgR60

渡辺はこちらに気付くことなくドクオの横を走り去っていく。どうやら周りに目を配る余裕もないようだった。心なしか泣いているようにも見える。

追いかけるべきか否か。

さすがのドクオと言えど、渡辺ほどの交友度があればそれくらいは考える。

しかし時とは考える間にも過ぎていくもので、渡辺の背中はあっという間に遠ざかっていく。

見えなくなる間際、ドクオは、

('A`)「おーい、渡辺ー」

思いきって声をかけることにした。

从うー;从?

从'ー'从……

从'ー'从そ

が、渡辺はドクオを確認すると逃げるかのように駆け出した。いつもの彼女からは想像もつかない俊敏さである。

('A`)そ「ちょ、何で逃げるし」

わけも分からずドクオはその背中を追うことになる。いくらドクオの顔が見るに耐えないグロ面だとしても、逃げることはないのてはないか。そもそもことあるごとに顔を合わせているのだから今さら気持ち悪いなどとはあんまりである。

心の中で滝のような涙を流しつつ、ドクオは渡辺を追いかけた。普段の訓練の賜物かは知らないが、意外にあっさりと渡辺は捕まった。

('A`)「なんで逃げるんだよ」

从;'ー'从ゼハーゼハー

あまりに疲れすぎて喋ることができないらしい。しばし息を整える。

('A`)「……まぁいいや。飯食ってないなら一緒にどうだ? そろそろ昼になるし、今日は奢るよ」

渡辺は少しだけ迷う素振りを見せると、やがてこくりと頷いた。小さな声でアイス、とのおまけも添えて。

300 名前: :2014/06/18(水) 23:32:32 ID:Crg8TgR60



しぃが病室に入ると、珍しい客が来たものだと驚いた様子のツンが出迎えてくれた。確かにあまり出入りはしないが、少しばかりしぃは不機嫌な顔を作る。

ξ゚听)ξ「そんな顔しないでよ。可愛い顔が台無しじゃない」

(*゚ー゚)「お世辞はいりませんよ」

ξ゚听)ξ「相変わらずの無愛想っぷりね。子供は子供らしく、素直が一番よ」

(*゚ー゚)「子供のままでいられるほど騎士団は甘くありませんから」

ξ゚听)ξ「大人ぶっちゃって。それで、今日はどうしたの? あんたが来るくらいだから、顔を見に来たってわけじゃないでしょ?」

ツンに促されて、しぃは持っていた鞄からいくつかの資料を取り出した。

(*゚ー゚)「入学案内を届けに来ました。退院次第すぐにでも入学可能ですよ」

そう言うと、ツンは満面の笑みを浮かべてそれらを受けとる。彼女にも人並みの憧れというものがあったのだろう、ペラペラとページを捲りながら時折フフフと怪しい笑い声が漏れていた。

(*゚ー゚)「一応渡辺さんと同じ担当にしていただけるよう口を利いておきましたが、あまり期待はしないでください」

ξ゚听)ξ「そこまでは望んでないわ。一緒に学校いけるってだけで夢のようだもの。それで十分」

301 名前: :2014/06/18(水) 23:41:08 ID:Crg8TgR60

(*゚ー゚)「以前より顔色も大分よくなりましたし、もうすぐですね」

ξ゚听)ξ「まぁ、ね。けど、私の体にある魔法陣のせいで長くは生きられないだろうけど」

(*゚ー゚)「まだまだ先の話ではないですか」

ツンの体に刻まれた幾多の魔法陣は彼女に力をもたらすと共に、大きく寿命を削るものだとはしぃも聞いていた。

いくつか魔法陣を見せてもらったが、どれもこれもまともな神経で生身の体に描くなんて到底考えられないものだった。黒の魔術団という組織がどれだけカルトじみているのかがうかがい知れるいい見本だ。

ξ゚听)ξ「でもね、私はあいつらにも少しだけ感謝してる」

(*゚ー゚)「どういうことですか?」

あんなものを付けられて、感謝なんて言葉が出てくることにしぃは驚いた。自分だったら間違いなく怒り狂い、修羅の道をゆくことは想像に固くない。にもかかわらず、ツンがそんなことを言う意図が掴めずしぃは言葉を濁した。

ξ゚听)ξ「あいつらに利用されて使われなければ、私は二度と渡辺には出会えなかったと思うのよ」

(*゚ー゚)「浚われなければ渡辺さんと今も仲良く暮らしていたかもしれませんよ」

ξ゚听)ξ「それは無理。だって、あの子の境遇や価値観は普通に生きてたら絶対に理解できるものじゃないもの。辛い思いをして、それでも誰かのためにだなんて正気の沙汰じゃないわ」

それにはしぃも同意せざるを得ない。人に疎んじられ、見下され、それでもなお世のため人のためと他人に尽くすことのできる人間など聖人君子でもなければ不可能だろう。通常の神経をしていたら人を憎み世を恨み、血を血で洗うような残虐非道な犯罪者になっていてもおかしくはない。

ましてや渡辺という人間は育ての親こそいたようだが、両親の存在が見当たらないのだ。戸籍には載っているが、ツンと出会う以前から両親と係わった記録は一切ない。

そんな人と違う人間があそこまでまっすぐに育ったのはまさに奇跡としか思えなかった。

見る人が見れば忌み子としてではなく、彼女の存在そのものを気味悪がるものは大勢いるだろう。

ξ゚听)ξ「そんなあいつの隣にいられる人間は、やっぱり同じような人間か、もしくはもっと酷い境遇の人間か、それくらいのもんよ。私だったらその異常さに気が狂ってたんじゃない?」

(;*゚ー゚)「仮にも親友と呼ぶ人をそこまで言いますか」

302 名前: :2014/06/18(水) 23:41:57 ID:Crg8TgR60

ξ゚听)ξ「親友だからこそ言えるの。あいつの生き方は到底理解されるものではないから。ま、そういう意味ではドクオの存在は大きいんじゃない? あれもあれで十分変人だし」

(*゚ー゚)「それは言えてますね」

ツンの評価はしぃから見ても正当なものだと思う。以前の生活がどんなものかは知らないが、身に余る強大な力を手にしてなおそれを正しく使おうとする様は渡辺とどこか似ている。

騎士団のように大層なものを掲げているわけでもなく、あくまで個人として戦っているのだから、偽善者と言われても否定はできないだろう。

ξ゚听)ξ「似た者同士、なんだろうけどね。ちょっと妬いちゃうわ」

(*゚ー゚)「ツンさんにはツンさんにしかできない立ち位置があるように思えますけれど」

ξ゚听)ξ「なんていうのかな、根っこの部分で私と渡辺は違うから理解をしてあげられないのよ。例えばの話、渡辺を殺そうとしたやつがいるとする。そいつが命の危機に晒された時、渡辺は迷いなくそいつを助けようとするわ」

(*゚ー゚)「なるほど」

恐らく、ツンはそれを認めることができない。助ける必要があるのかと疑問を持ってしまうと言いたいのだ。

ξ゚听)ξ「ドクオはそんな渡辺の生き方を肯定するんじゃない? 少し話をしたけど、あいつはそういうやつだなって思った」

ツンという人間は意外にも洞察力に優れているらしい。こんな短時間でここまで分析できる人間はそうそういない。しぃだってドクオという人間をはかりかねている。

ショボンやモララーはドクオを一定の位置で評価しているようだが、しぃにとってはただの馬鹿な大人くらいにしか思っていなかった。

かと思えば人のために危険を省みずに死地へ赴く度量を持っていたりするので、やはり分からない人間だ。

ξ゚听)ξ「だから私はここまで堕ちて、あいつの気持ちや考え方を少しでも理解できるんじゃないかって思う。お手本のような馬鹿もいるし、ようやくイーブンよ」

(*゚ー゚)「私には難しい話です」

ξ゚听)ξ「あんたもその内分かるんじゃない? 何事も経験よ経験」

それからしばらくツンと渡辺やドクオの話をしたが、しぃには彼女の言いたいことを真に理解することができなかった。

自分がもう少し大人になったとき、彼女の言葉を理解するのだろうか?

そうすれば、しぃも騎士団として立派に胸を張れるんだろうか?

彼女の疑問に答えるものは、ここにはいなかった。


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