101 名前:1 :2014/06/05(木) 23:43:49 ID:mgFB2bwU0
( ^ω^)千年の夢のようです


- 老女の願い -

102 名前:1 :2014/06/05(木) 23:45:15 ID:mgFB2bwU0

空から太陽がこぼれ落ちていく頃。
光の下に集っていた人々がパラパラと荷物をまとめる時間。

辺りが闇に包まれようとすると、人は逃げるように、それが人工的なものであっても次の光を欲する。

まだかと帰りを待つ者を思い浮かべながら家庭に身を急ぐ人もいれば、一日の疲れを癒すべく、同じ目的の者が集う場へ身を隠す人もいる。

そのどちらも、心の安寧を求めて。


闇夜から身を隠し、安心して喧騒に溢れた酒場で飲む酒はひと味違う。
肉体労働のあとに飲む酒は最高だ、と声をあげる人達もたくさんいる。
…つまりそれが合わさった条件下での飲酒は、当てはまる者にとっては極上の嗜みといえるだろう。


酒好きには堪らない時間がここにある。

103 名前:1 :2014/06/05(木) 23:46:32 ID:mgFB2bwU0

「おっ、ここじゃあ珍しい顔だな」

捲りあげた袖から、まだ発汗している腕を見せつけるように、頭にバンダナを巻きつけた男がジョッキ片手に隣にどかっと座る。

「観光か? 良かったら案内してやるぜ」

含み笑いをしながら話し掛けてくる男を一瞥したが、すぐに視線を自分の手元に戻す。

(,,゚Д゚) 「……グビッ」

先にこのカウンターに座っていた男は黙って酒をあおる。
美味い酒。
渇いた喉を刺激し、潤し、頭の中に沈殿した雑念を分解していくアルコールは、一種の麻薬だ。

「おいおい、聞こえないのか? 親切してやるって言ってるんだぞ」

バンダナ男の声が一オクターブ上がる。
吐息からは独特のアルコール臭…
すでに何杯も酒を飲み気が大きくなってるのか、ちょっとした事でも腹をたてているのだろう。

(,,゚Д゚) 「………」

一呼吸の間だけ顔を見合わせたきり、返事はない。
そのまま手元のコップを口に運び、少しだけまた酒を飲む。


沈黙が続くと、バンダナ男が立ち上がり
「けっ! ダンマリかい、湿気た面で不味そうに飲んでんじゃあねえよ」
と吐き捨てると、自分のジョッキを持ってまたどこかのテーブルに移動していった。

104 名前:1 :2014/06/05(木) 23:49:02 ID:mgFB2bwU0

(,,゚Д゚) 「……」


"バンダナ男"の隣で酒を飲んでいた男がそれを見届けると、 席を移動してくる。

(,,゚Д゚)ゞ 「…よう、面倒くさかったろ?
まあ気分じゃなければああやって相手にしないのも一つの手だよな」

そしてこめかみを指で掻きながら、声を掛ける。

( ^ω^)「……」

バンダナ男に絡まれていたブーンは、同じように一瞥するだけで、再び手元の酒に視線をやる。

(,,゚Д゚) 「いやいや、すまない。
べつに絡むつもりはないんだ。
俺はギコ、あの野郎は飲みすぎると人様に話し掛けてはつまらねーお節介しようとするんで心配して様子見てたんだ」

( ^ω^)「…そうだったのかお」

(,,゚Д゚) 「けんかっぱやいとこもあるけど根は悪いやつでもないから、まあ水に流してやってくれないか。
もし今後なにかあれば俺に言ってくれ、すぐおさめるからさ」

105 名前:1 :2014/06/05(木) 23:50:03 ID:mgFB2bwU0

ブーンはギコの言葉を聞きながらコップの中の酒を少量、口に含み、舌で転がす。
唐黍の甘い風味が遅れてやってくる。
のんびりと味わうのにこの酒は都合がいい。

( ^ω^)「ギコは彼の知り合いかお?」

(,,゚Д゚) 「ん、あー、…だった頃もあるんだけど多分あいつはもうあまり覚えてないかもな。
名前を言ってやれば気付くだろうけど」

ギコも持っていたコップをあおり、酒を飲む。酒場の空調の流れで柑橘系の薫りが、ふと漂った。


「お、ギコさん! お疲れさまーすっ、仕事終わりっすか?」

(,,゚Д゚) 「ん…?」

Σ(,,゚Д゚) 「おおー久し振りだな。
はは、今日は通しで工事に加わってたもんだから寝る前に少しだけな」

間もなく声をかけられたギコが振り向くと、若い二人組の青年が背筋を伸ばし、ギコに対して笑顔を向けていた。
二人ともそこそこに整った身なりをしている。
首もとには揃って同じ色のスカーフ。
滞剣してはいるが、鞘から誤って抜けないよう麻紐で柄を縛り付けていた。

「それはお疲れさまでした」
「ギコさんなら二、三日くらい通しで働いても大丈夫じゃないすか。
どーせ帰ったって、すぐに寝ないで奥さんとラブラブするんでしょー?」

真面目な青年と、砕けた口調で話す青年は、印象は異なれどどちらも穏和な雰囲気を醸している。

(,,゚Д゚) 「ばか野郎、なーにがラブラブだ。
もう60近いオッサンは丸一日完徹しただけでも奇跡なんだ、ラブラブもしねえ!
もっと労りやがれ」

ギコハハハ!と笑いながら、青年の横っ腹を肘でつつく。
仲の良い様子で一言、二言と言葉を交わすと、青年らはその場の別れを告げて奥の席に移っていった。

106 名前:1 :2014/06/05(木) 23:51:24 ID:mgFB2bwU0

(,,゚Д゚) 「すまんすまん、今の奴らはこの町の青年自警団でな。
治安維持に貢献する頼もしい奴等さ。
実は俺もさ、昔はああやってパトロールとかしてたんだ」


…知っている。

ブーンが手に持っていたコップを傾けると、カラカラと氷がぶつかり音が鳴った。



40年ほど前にも、ブーンはこの町にツンと一緒に来たことがある。

当時まだ16歳になったばかりの少年の姿を思い出す。


(,,゚Д゚) 「今はしがない炭鉱夫だけどな。
引退するまでさっきの奴等や、まだぺーぺーだったあのバンダナ野郎にも稽古つけてたもんさ」

ギコはまた笑い、カウンター越しのバーテンダーの男に酒を注文する。
シェイカーを取り出しててきぱきとした動きを見せている様を眺めながら、

(,,゚Д゚) 「ところであんたのそれ…方言か?」

と、聞いた。

(,,゚Д゚) 「どっかで聞き覚えのある発音というか語尾訛りだよなあ。
それとも…海の向こうではそういう、ぁム、…もんなのかね」

言いながら、つまみに出された豆を一噛みすると、新しい酒が来るまでにさっと古い酒を飲み干す。

107 名前:1 :2014/06/05(木) 23:53:13 ID:mgFB2bwU0

( ^ω^)「おっおっ。
そういうギコの笑い声も特徴があるお」

(,,゚Д゚) 「違いねえ、ギコハハハ!
こりゃ方言というか癖なんだがね。
こんなオヤジがおかしいか?」

やっとブーンの顔に笑みが見えはじめて、ギコも少し安心したのか歯を見せて笑う。


(,,゚Д゚) 「にしても…この町にはどんな用件で来たんだ?
とりたてて特徴のない町だし…まあ近くに鉱山があるから、リングや細工物の素材には事欠かないけどよ」

会話の流れで相手の立場や目的を聞き出そうとする。
組織化された自警団が旅人に行うこのやり方は、個人の勘や偏見による危険人物の監視よりも合理的かつ平和的な手法だ。

ギコの喋り方や親切そうな態度を見聞いていると、罪悪感からコソコソと悪巧みをしているような小悪党なら警戒心を解いてボロを出しそうだ。

ブーンはそれが年を重ねても身に付いているギコに感心した。

( ^ω^)「探し物なんだけど、今日一日まわってみても見つからなくて…
もう一日まわってみて、それでもなければ、また別のところに探しに出るつもりだお」

(,,゚Д゚) 「あ〜そうかそうか、そりゃ残念だったな。
なにを探してるのかわからんが、たしかにそういうのはたいてい大きな街のほうがいいかもな」

108 名前:1 :2014/06/05(木) 23:55:10 ID:mgFB2bwU0

会話の合間を縫うようにバーテンダーがギコに新しい酒を出す。
話す二人の視界に入らないよう腕を低く、音も最低限しかたてず、しかし液体の入ったグラスの存在感だけを客に知らせるその挙動からも、ここは気配りのできた店だ、と感じさせた。

(,,゚Д゚) 「泊まる場所は確保してあるか?
宿がわからなきゃ案内するが…」

( ^ω^)「問題ないお、町の中心地で以前教えてもらった宿を見つけて、もう支払いも済ませたから」

自分のコップからは酒が無くなり、追加する気もないためブーンは立ち上がる。

(,,゚Д゚) 「それなら良かった。もういくのか?
また明日どっかで会ったらよろしくなー!」

ギコはまだまだ飲むつもりだろうか。
ブーンは自分の酒の代金を支払い、彼に別れを告げた。

109 名前:1 :2014/06/05(木) 23:56:29 ID:mgFB2bwU0

酒場から出ると空は暗く、建物という建物から溢れる人工的な窓の明かりが路地を照らした。

アルコール摂取による火照りのせいか、ささやかに吹くはずの風も冷たく身に沁みる。


しかし、ブーンの足はそのまま宿に向かわず、一人 路地を右へ、左へと進んでいく。
時々立ち止まる姿をみて、通りすがる町人は訝しげにブーンに目をやるが、特に気にすることなくまた日常に戻っていく。


…以前、ツンと一緒の時はどこを歩いただろう。

40年前には無かった路地や建物が増えた。
同じ場所に立ってみても、見えている空の形が変わってしまっているおかげで、記憶の中の景色と、目の前の景色がうまく重ならない。

雲に隠れた月をぼんやりと眺めながら、ブーンは古い記憶に意識を預けた。

110 名前:1 :2014/06/05(木) 23:57:50 ID:mgFB2bwU0

----------


ーー およそ200年前。
この町が、町として興される以前…
隣接する国と国が争いを起こしたせいで、この地は焼け野原だった。

戦争が終わったあとの大地は荒れ果て、
川の水は汚れ、
家々の細かな瓦礫が見渡す限りに散乱している。
動物たちもここで得るはずだった食糧や住まいを見限り旅立ってしまった。

この地は荒野だった。



ξ゚听)ξ「……バカバカしいわ、こんなの」

ツンはそう吐き捨てた。

111 名前:1 :2014/06/05(木) 23:59:31 ID:mgFB2bwU0


ーー 180年前。
瓦礫を運び、この地を耕して畑を作り、小屋を建てて暮らし、木々を植えた女性が居た。

長く戦争に巻き込まれ、疲弊して通りかかったブーンとツンを労ってくれたその女性は、この地にあったはずの故郷を取り戻すのだと語ってくれた。

『何年かかろうとも、かまわない。
失われた20年を取り戻したいだけなの』

そう話す女性の手は、この大地と同じように荒れ果てていた。
手足は女性らしさから遠くかけ離れた筋肉がつき、身なりに気を遣う暇もないという。

それだけ身を犠牲にしても、復興が進んだ様子は残念ながら見受けられない。
その途方のなさは、普通の人間からすれば海に泳ぐたった一匹の魚を掴むにも等しい。
運んでも運んでも無くならない瓦礫は気力を奪い、長い孤独は勇気を挫く。
一人ではすぐに限界を迎えるだけだ。

ブーン達は、それでも見返りを求めずに労ってくれた彼女に報いようと、二人で復興を手伝った。

雨がしのげる程度だった小屋を、少しでも多くの人が住めるように大きくした。

流れる道を閉ざされ、
枯渇した川を呼び戻すために、ブーンは現存した離れの湖からこの地までの水の通り道をクワ一本で繋げた。

育ちの悪い木を見かねて、
ツンが土の成分を調べあげ、植物がよく育つ土壌を作りあげた。



ξ゚听)ξ「しっかり育つのよ…何年も、何十年でも」

次の芽となる種を植えながらツンはそう呟いた。

112 名前:1 :2014/06/06(金) 00:00:59 ID:e3mmMRFk0


ーー 150年前。
徐々に戦争の爪痕が癒され、
当時避難していた人々が戻りだす頃、この地は集落と呼べるほどまでには生命の活気を取り戻した。

辺りには話し声が満ち、互いに励まし合うことでまた明日も頑張ろうと眠りにつく。
女性が一人で大地を甦らせようとしていた頃よりも、これからはもっと早いスピードで集落は規模を大きくし、昔の姿を取り戻していくだろう。

『もうこの地は大丈夫でしょうか』

実際の年齢よりも年老いてみえる女性は、ある夜、ブーンとツンの二人に深々と礼をした。

時が経ち、自分は老いていくのに、出会った頃のままの姿のブーン達を彼女は一度たりとも何も言わなかった。

『私はきっともうすぐお迎えがきてしまうけれど、ここまで人々が帰ってきてくれた。
安心して死んでいけるわ』


老女の思い出の故郷と比べればきっとまだまだ小さな集落だが、人々の結束は固い。
きっと皆がみんなを鑑みる優しい村になっていくだろうと、ブーンも老女に本心から言った。



ξ゚听)ξ「きっと大丈夫、信じましょ」

ツンも力強く老女に答えた。

113 名前:1 :2014/06/06(金) 00:02:16 ID:e3mmMRFk0


ーー 140年前。
村の長老と呼ばれるようになった彼女は、もう動かなくなった右腕を擦りながら
『命が限られてるからこそ、あの時の私はやると決めたあと、躊躇する時間もなく働けたのよ』
と言った。


『きっとあなた達は神様の使いだったのでしょうね。
命が限られていないからこそ、私たちには出来ないような事をやってくれたんだわ』


ブーンもツンも、彼女の言葉が胸に優しく染み込んだ。

老女が若き女性であった頃…故郷を取り戻すべく一人で戦っていた時代、その孤独を癒したのは紛れもなくブーン達であり、ブーン達もまた、彼女の復興に立ち向かう姿に大きな勇気をもらった。


『戦争は私から色々なものを奪ってしまったけれど、おかげで今までの人生に目的と生き甲斐を与えてくれた。


ーー ありがとう、旅のひと。
ーー ありがとう、神様。
ーー ありがとう、戻ってきてくれた皆。


ありがとう……。』


最後の言葉は、涙で滲んでかすれていたが、しっかりと届いた。




ξ゚听)ξ「…ねえ、ここからもみえる? あの時、植えた樹にも仲間が増えてるわ」

集落の中心部から、そびえ並ぶ森を眺めてツンは寂しそうに老女に別れを告げた。

114 名前:1 :2014/06/06(金) 00:03:24 ID:e3mmMRFk0


ーー 40年前。
ブーン達が再び立ち寄ったこの地は、立派な町に成長していた。

周囲には広大な森と、整備された山。
動物たちが住まい、町を囲む背の高い塀越しにも平和な鳴き声が時として聞こえる。


町に入ると、活気のある商店が建ち並び、笑顔の人々が迎えてくれた。

ブーン達は旅人が身を休める宿に歩を進めた。
しかし扉を開けると、それまでの印象を覆すような怒声が届く。


(;^Д^)「だから! 俺が聞いてた料金とあまりに違うんだよ!」

糸目の男が大きな困惑と、小さいながらも怒気を孕んだ様子で受付の娘に詰め寄っている。

娘「で、ですので、お客様から昨夜注文を受けたサービスの中には、別途料金の必要なものも含まれて ーー」

(;^Д^) 「それ! その金額が問題なんだって!
こんなにも金額が変わるなら一言伝えてくれれば良かったのに」


精算トラブルのようだった。
詰め寄る男の声は大きいが、内容を聞けば決して一方的に理不尽というわけでもない。
しばらく様子を窺っていたブーンだったが…

ーー ガチャガチャ!

後ろで乱暴に扉の開く音と、小さな鉄がぶつかり合う音が響く。
振り向いたブーンの目に飛び込んできたのは、胸当てや手甲を身につけた数人の男達。


(,,゚Д゚) 「何かありましたか!?」

緊迫した声と、それに驚く宿の娘の表情から一拍遅れて糸目の男も振り向いた。

115 名前:1 :2014/06/06(金) 00:05:09 ID:e3mmMRFk0

(;^Д^) 「ちょっ、おい!なんだオマエラ…」

(,,゚Д゚) 「私達はこの町の自警団です。
なにか争う声がするとの通報から参りました。
事件ですか?!」

先頭に立っていた首にスカーフを巻く青年が身分を明かし状況説明を求める。

ただし、ブーンからすれば些か張り切りすぎているように感じるが。


(;^Д^) 「そうかい、だったら出る幕じゃねーよ。
これは宿の監督不行き届きが問題なんだ、別に料金をまけろとかそーいう話じゃねえ」

娘「料金が違うとのことでお話ししていたのですが、どうやらこちら側の従業員に説明不足があった…ありまして…その…」

突然の自警団の介入には宿側も少なからず戸惑いをみせた。
商売である以上、あまり大事にするのは避けたいのかもしれない。


(,,゚Д゚) 「そうでしたか。ではまず声を荒げるのはお止めください、皆が怯えてしまいます」

(#^Д^) 「!」


スカーフの青年はピシリと場を納めようと彼なりの正論を吐く。…しかし、あのような言い方ではかえって客の男の神経に触ってしまうだろう。

(#^Д^) 「あのな…」

(,,゚Д゚) 「そして宿側は再度、正しい金額を提示してお客様を納得させてください」

娘「は。はい…でも、その……」

スカーフの青年は疑う様子も見せずに指示を出すが、現場にいた者からすればまるで見当違いな発言をしている。

116 名前:1 :2014/06/06(金) 00:07:09 ID:e3mmMRFk0

宿の娘はその正しい金額の話をすでにしているし、客である糸目の男は突き詰めれば金額の問題ではないという所でおそらく納得できなかったのだから。

(#^Д^) 「後から来て、したり顔でよく言えたもんだな。
なにか? この町じゃ下手すれば詐欺紛いのことを施設側がやらかしても、余所者を諌めてそれで済ますのか?」

(,,゚Д゚) 「ではその根拠をさらに示してください!
先の説明からは間違ったことは言っていないつもりです。
納得できなければやはりお客様には一度この場から離れてもらわなくてはなりません」

(#^Д^) 「ふざけんな、一方的に決めてくれて…それでよく町の自警団とか名乗れるな!?」

(,,゚Д゚) 「それが決まりですから!」


ーー よくない流れだ。
ブーンは少し腰を浮かして構える。

そもそも会話が成立していない。
自警団の青年が場に介入してから、客の男が完全に怒り始めている。
あまりにも杓子定規な対応には、気持ちの事情が入り込めないのだ。

スカーフの青年はおそらく自警団として決められたマニュアルに沿っているのかもしれない。
しかしそれに徹するあまり、相手の気持ちに立てていない。
これでは目の前で怒鳴っている客の男を見て、ますます意固地になっているだけだ。

糸目の男も、娘と言い争っている時の困惑が消えてしまった。
今はただ、目の前の青年があたかも"言わされているマニュアル"でしか口を開かない事に苛立って仕方ないのだろう。

117 名前:1 :2014/06/06(金) 00:08:46 ID:e3mmMRFk0

(,,゚Д゚) 「話の続きは留置所で聞きます。
おとなしくしていればすぐ開放しますから」

スカーフの青年が糸目の男の腕を掴もうとして、
…しかし振り払われる。

(#^Д^) 「こんな扱いがまかり通ってたまるか。
お前じゃ話にならない、説明はするからちゃんと大人を連れてこいよ」

「!? 貴様、抵抗するか!」

それまで黙っていた残りの自警団達が色めき、身を乗り出し始めた。
中には腰に手をやり、剣に手をかけた者もいるのをブーンは視界に捉え…

ーー パシンっ!
自警団の一人が抜剣しようとした手を上から握り、押さえ付ける。

( ^ω^)「そこまではやりすぎだお」


突然現れたとしか思えないブーンに、自警団の一人は思わず硬直した。
ブーンの手は剣の柄尻を抑え込みピクリとも動かない。

娘「ひっ!?」

それを見た娘も思わず上げた驚きの声。

(; ,,゚Д゚) 「ーー なっ、お前、なにをしている!」

先頭に立っていたスカーフの青年も背後を振り向きブーンにも驚いたが、その言葉は抜剣しようと構えていた仲間に向けられていた。

( ^ω^)「僕は君たちより先に見ていたけど、こんな風になる問題ではなかったように見えてたお。
…騒ぎをむやみに大きくするのが自警団の仕事ではないおね?」


(;^Д^) 「こ、このヤロウ、いざとなったら斬りつけるつもりだったのか!」

ブーンが止めなかった場合の自分の姿を想像してゾッとした糸目の男。
ここに来て、やっと興奮しすぎていた事を自覚して後ずさる。


( ^ω^)「さあさあ、君も落ち着くんだお」

118 名前:1 :2014/06/06(金) 00:10:03 ID:e3mmMRFk0


数十分後。
静まった宿からゾロゾロと出ていく男達の姿。


糸目の男…プギャーはあのあと料金をきちんと精算した。
もともと使ったものは支払うつもりだったのだから…と、我にかえり、騒ぎを起こした事を宿に謝罪した。

自警団を名乗った青年達のリーダー…ギコは、あの場で剣を抜こうとした仲間の処罰をブーンとプギャーに約束した上で、場にいた全員にやはり謝罪の言葉を口にした。

特にギコは、危うく刺傷沙汰になりかねなかったところを治めたブーンに対して何度も礼を口にする。
やはり根は真面目なのだ。

そんなギコを手で制して、
「せめて、この町では争いを見たくないお」
…と、ブーンはそう答えた。


人が増えれば、そこは皆が同じように過ごせるよう規律が生まれる。
しかし、規律が生みだす争いもある。

皮肉な話だ、と思う。

もう一度、町の様子を眺めれば、やはり人々は笑顔で交流しあっている。

119 名前:1 :2014/06/06(金) 00:11:22 ID:e3mmMRFk0

ブーンが旅を繰り返す中で、この町はとても平和な町と呼べた。


ーー 豊かな暮らしをしていても、目が虚ろな人々が住まう街があった。

ーー 貧しい暮らしを強いられ、強盗や脅迫、放火や殺人が絶えない町があった。

ーー 自給自足で生きていくのに不自由しない暮らしをしていても、子が増えずにやがて死に逝くであろう村があった。

ーー 満たされた暮らしをしていても、その影で裏切りに脅えた狂信仰の横行する集落があった。


この町からはそういった影を人々からは感じられない。
それだけに、先の自警団としてのギコのような…紙の上だけで考えられたような問題への対処方が浮いてしまっている。

きっとこれまで大きな事件がなかったために、もしもの対策案が拙いものしか作れないのだ。

120 名前:1 :2014/06/06(金) 00:12:24 ID:e3mmMRFk0

ブーンは老女のいた集落の時代を思い出す。
人は人を気遣い、協力しあって暮らしていた。
それが可能だったのは少なく狭い、限られた人々との世界だったせいかもしれない。

町は大きくなるにつれ、外の世界から集まる人々もそれに惹かれて合流する。
仕事を求めて、住処を求めて、人を求めて…理由は様々だ。
やがて習慣も思想も様々集い、人々の世界は関係を新たに形成していく。


この町もやがて、いや、おそらくもう、その段階にきているのだ。



…願わくば、あの老女が残念に思わないような良い町であって欲しい。

121 名前:1 :2014/06/06(金) 00:14:16 ID:e3mmMRFk0

----------


記憶の書斎から手に取った本を閉じ、我にかえる。

さっきまで見上げていた空に浮かぶ月が雲の割れ目から、まんまると惜しげもなくその姿を晒していた。

雲の流れは早くない。
少し長く呆けていたか…明日の昼にはこの町を出よう。

再び歩きだす前に、冷えた身体を一度だけ震わせた。



夜が明けて。
少しだけ眠らせてもらった宿で早い朝食を取り、朝日が昇りきる前に外に出る。

目的は町の入り口とは別の、外れにあるという鉱山。
昨夜ギコがさりげなく言った炭鉱夫という単語を辿り、調べをつけておいた。

昨夜までに町のなかをあらかた回っても、探しものは見つからなかった。
ならば少しでも可能性のある場所を見てまわりたい。
そう考えた結果だ。

122 名前:1 :2014/06/06(金) 00:15:36 ID:e3mmMRFk0

一歩町を出れば緩い坂道。
道中は敷き詰められた石畳が行く手を導き、むやみに迷うことはなさそうだ。
手押し貨車などが転がり落ちないよう、石畳のところどころは木材でわざと段差が作られている。
周囲は見上げるほどの高い樹が作り出す、等間隔の枝葉のアーチがブーンを迎えた。

…ツンがならした土壌がこんなにも森を成長させている。

そう思い、隣に居ない彼女の事を想いはしたが、
ーー『別にアタシじゃなくても大きくなったわよ』
…まるでそんな風に返される声が聞こえそうだった。


…まさか、自分がツンの事をこうして想い浮かべる時が来るとは思わなかった。

千年の間、共にいたのだ。
例えひととき離れても、やがては再会して
『やあ。』
と挨拶を交わせば、また共に歩んでいく。

10年でも、

100年でも、

そして、1000年経ってもそれは変わらない事だと思っていた。

ツンの病気をどうにかしなくては、その日々は戻らない。

123 名前:1 :2014/06/06(金) 00:16:53 ID:e3mmMRFk0

町のなかに居たときよりも、鳥の囀ずりが近くから聞こえる。
町では聞こえなかった、地の底で子供達が駆け回るような音も聞こえる。

鉱山が近い。


木々が間をあけ、やがて拓けた土地に辿り着くと、すでに何人もの炭鉱夫が右から左、上から下へと散り散りに点在して各自の作業に取り掛かっているのがみえる。
彼らの朝は町で働く人々よりも早かった。

ブーンは無意識に歩みを遅くしてその動きを眺めていると、鉱山口を出入りする何人もの男達に紛れて、同じように顔を土で汚してはいるが一人だけ佇まいと格好の異なる男に気付く。

その男から発せられる大きい声がここまで聴こえる。

124 名前:1 :2014/06/06(金) 00:18:11 ID:e3mmMRFk0

( ,,^Д^)「だから! 新しく確保したD-1の坑道は早いうちにもう少し洞を開けて補強したほうがいいんだよ。
今は良くても、この調子じゃ作業が進むにつれて必ず手狭になる。
ピーク時の混雑や下手すれば落盤の可能性が出てくるぞ」

/ ,' 3 「そうかのう〜、しかしすでにD口は伸びた分だけ固定してしもうたし…」

( ,,^Д^)「もちろん作業員の不平も出るのは理解してるよ。
けどさ、今ならまだ数日のロスで間に合う…これがもっと作業が進んでから直すはめになれば数日どころじゃ済まないだろ!」


いつか見た糸目の男。 どうやら鉱山の関係者のようだが…
記憶の彼は自分と同じく外から来た人種だったはず。


( ,,^Д^)「…? おーい、そこのアンタ、なにか用かい?
ここは一般の方がくるとこじゃないぜ。
それとも仕事探しか?」

そう言いながらこちらへ歩いて来た。


( ^ω^)「おっおっ、ただの見学だお。
どんな鉱山なのか気になったから」

( ,,^Д^)「なんだ、そうかい。
中には入れないし外からじゃ面白いものなんて別段……」

125 名前:1 :2014/06/06(金) 00:20:07 ID:e3mmMRFk0

言葉を止めた。
見定めるように、ブーンの顔から足先、そしてまた顔を見つめる。


( ,,^Д^)「……どっかで会ったこと、ないか?」

ギコと似たようなことを言った。


正直に答えても、信じる人は限りなく少ない。
知らないフリをしようか、それとも…


ブーンは少し迷うが、
ーー これも千年を生きる者だけが出来る戯れの一つかもしれない
そう考えて、糸目の男 プギャーに

( ^ω^)「40年振りだお」

伝えてみた。


しばらくの間、硬直してそのまま動かないプギャーはやがて、これまでに一番の大声を張り上げながらギコの名を叫びながら鉱山に駆けていった。



こんな出逢いと再会があってもたまには悪くない。

ブーンは二人が出てくるのを待ちながら、まずは荒野で一人きりだった強き女性の話をしてみようと考えていた。


この町の過去である歴史を、
この町の現在に刻んでみたい。



『きっとあなた達は神様の使いだったのでしょうね。
命が限られていないからこそ、私たちには出来ないような事をやってくれたんだわ』


歴史を学ぶことでこの町がもっと平和に発展してくれたら……


そんな事を勝手に願っても、バチは当たらないだろうか?




(了)


←( ´∀`):遺していたもの / 戻る / ミ,,゚Д゚彡  :帰ってきてね→




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