- 95 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 21:54:27 ID:LaKfohcg0
彼女は僕と出逢って。
僕と彼女は他人ではなくなって。
彼女は一つ、記憶を手に入れた。
だからあの月曜日以降の物語は彼女の物語であり、同時に僕の物語でもあるのかもしれない。
少なくとも彼女はそう思っていたらしい。
だとしたら奴との出会いにおいての諸々は初めての共同作業だと皮肉っぽく僕は言おう。
情けないことに、僕は今でも奴の名前を聞くだけで戦慄する。
『ミィ』という彼女の呼び名を見て連想するのはあのふわふわとした笑みだが、奴の名を目にした僕を襲うのは、恐怖。
ネイビーブルーの和傘も。
咥えていた棒付きキャンディも。
黒のセーラー服も。
大きな傷のある顔も。
特徴的な口調も。
そのどれもが僕に冷や汗を流させるには十分な要素だ。
言うなれば奴は人の形をした暴風雨。
気の向くままに殺して奪うという在り方はまさに『殺戮機械』の呼び名の通り。
流石の彼女も奴の前では笑みを消した。
- 96 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 21:55:30 ID:LaKfohcg0
そう、奴と出会うことになったのは次の水曜日のこと。
あの出会いは運命だったのか、それとも神が与えた一時の戯れだったのか。
きっとこんな戯言なんて、神を殺し運命を従えようとしていた奴は一笑に付すのだろうけれど―――。
マト ー)メ M・Mのようです
「第三話:Murder Machine」
.
- 97 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 21:56:12 ID:LaKfohcg0
現実とフィクションは違うものだということは言うまでもないが「事実は小説よりも奇なり」もまた真だ。
月曜日にはマンガかアニメのような展開に翻弄された僕が主張するのだからその正当性は疑うべくもないだろう。
しかしそれでも僕達の人生は小説とは違う。
その二つの最も大きな差異は、本筋とは全く関係のない、しかし重要な事柄のあるなしだと僕は思う。
テレビの中の登場人物達は食事をしたり、入浴したり、服を選んだり、買い物をしたり、そういった諸々の行動をすることが少ない。
日常的な習慣は起承転結という物語の流れに特に必要がないので理由がなければ描写しない。
だが現実に生きる僕達は本筋には関係がなかったとしても生きる為に食事をし睡眠を取らなければならない。
( ^ω^)「それだけだお」
深夜、ホテルの一室で僕は呟く。
ボウリング場を出て当たった夜風で眠気は覚めたと思っていたが、こうしてベッドに腰掛けると一日の疲れが押し寄せてきてすぐにでも眠れそうだ。
あの物騒な男との交戦を終えた後に問題となったのは今夜の宿についてだった。
僕は旅行者の身分で、記憶喪失の彼女は家が分からない。
帰る場所がなかったのだ。
そして野宿かホテルかの二択で後者を選んだのは必然だと言える。
捕まえたタクシーの運転手に「ホテルまで」と告げると何故かラブホテルに連れて行かれた。
夜分ということもあるが、そういう関係に見えたのだろうか?
流石にそんな場所に泊まる気はなかったので更に二十分ほど車で移動し現在に至る。
- 98 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 21:57:04 ID:LaKfohcg0
あの場末のボウリング場から小一時間離れた駅前のホテルだ。
幸運なことに空き部屋があり、不幸なことにツインの部屋しか空いていなかった。
( ^ω^)「……そう言えば女子と同じ部屋に泊まるのは初めてだお」
聞こえてくるシャワーの音が虚しい。
全然胸がときめかない。
まさか恋人でもない相手と同じ部屋で一晩を過ごすことになるとは予想もしていなかった。
普通、異性とホテルに宿泊すると言えば、色恋沙汰が関係するものではないのか。
溜息を吐くと、バスルームから響いていた音が止まった。
僕も軽く汗を流そうかと立ち上がると時を同じくして浴室へ続く扉が空き、彼女が出てきた。
マト゚ー゚)メ「さっぱりしました」
全裸だった。
厳密には肩にバスタオルを掛けているが、何も隠せていないので裸なのと同じことだ。
思わず頭を抱えた。
- 99 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 21:58:05 ID:LaKfohcg0
僕は額から目元にかけてを手で覆う。
色んな意味で目も当てられない。
( ω)「…………なんで全裸なんだお」
マト゚ー゚)メ「着替えがありません」
(;^ω^)「さっきまで着ていた服を着るという選択はできなかったのかお」
マト-ー-)メ「あの服は洗って、明日着ます」
まさか全裸で洗濯に行かせるわけにもいかないのでコインランドリーには僕が行くことになるだろう。
マト゚ー゚)メ「ブーンさん。何か考えていたようですが、どうかしましたか?」
( ^ω^)「螺子の抜けたお前の頭の中に常識はどのくらい残っているのか考えていたんだお。あとそこにバスローブがあるからそれ着てろ」
考えていたことなんて、そうじゃなければあのボウリング場のカウンターで気絶させられていたおじいちゃん店員が風邪を引いてないかどうかだ。
あの殺し屋か何かの男のプロ意識に賛辞を贈ろう。
僕達のせいで死なれるのは後味が悪いし、人死が出ると事件的にも大事になってこれから動きにくくなっただろうから助かった。
- 100 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 21:59:09 ID:LaKfohcg0
彼女の方に目を遣るとちょうどバスローブを着終わったところだった。
バスローブでもあまり扇情的な印象を与えないのは健康的と言うか起伏が少なめな体型であるからだろうか。
改めて彼女を見る。
主張の強いパーツや無駄なものが見当たらない顔立ちは文句の付けようがない。
容姿だけは作り物のように整っている。
その独特な雰囲気とぶっ飛んだ性格さえなければ、素直に可愛い女の子と言えなくも、ない。
マト^ー^)メ「分析中ですか?」
癖のある髪をタオルで拭いていた彼女が手を止め、問い掛けてくる。
ふわふわとした笑みと対照的に少し鋭めな双眸をしていることに気が付いた。
( ^ω^)「いや。黙ってれば可愛いのにと思ってただけだお」
マト゚ー゚)メ「ですが黙っていては私ではありません」
( ^ω^)「確かにそうだお。ってか、『分析中』ってなんだお」
言葉の選び方が変じゃないか?
- 101 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:00:07 ID:LaKfohcg0
マト゚ー゚)メ「私の目は知覚及び分析、演算、予測というプロセスで未来を見ます。ブーンさんが私の能力を見定めていると考えていただけです」
( ^ω^)「僕の目は少し乱視が入ってるだけで、ごく普通の目だお。目には見た目しか映らない」
マト-ー-)メ「私の容姿を見ていたということですか?」
( ^ω^)「まあ、そうなるお。不快に感じたなら謝罪する」
いいえ、と続けて彼女は言う。
マト゚ー゚)メ「特に不快とは感じません。それに容姿も能力の一つです。だからブーンさんも私の能力を読み取っていたことになります」
( ^ω^)「能力? 容姿がかお?」
マト゚ー゚)メ「はい。魅力も一つの『影響力』です。お金がそうであるように、分かりやすく未来を変える力です」
どんな小さな物でも必ず未来を変える力を持っている。
言われてみれば、容姿なんてものは分かりやすく現実に影響を及ぼしている。
見た目が良ければ買い物でも店員が割引してくれるかもしれない。
厳つい顔をしていればチンピラに絡まれることも少なくなるだろうし、もっと単純な例ならレディースデーのような性別に応じたサービスが受けられるのだってそうだ。
- 103 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:01:07 ID:LaKfohcg0
前にも彼女が言っていたように、彼女の超能力は手から火が出るような普通の人間と隔絶されたものではない。
あくまでも僕達が常日頃行っているような「こうしたらこうなるだろう」という予測がベースにある。
その精度がありえないレベルで正確なだけで。
それはそうと、と瞳を紫に変えて彼女は言った。
マト゚ー゚)メ「朝になったら私の服を買いに行きましょう。水曜日に向けて装備も整えておきたいですから」
分かったと僕は答える。
水曜日に僕達はあのニット帽の男の依頼主と会う。
何か手掛かりが掴めれば良いのだが。
マト^ー^)メ「ところでブーンさん。ブーンさんの荷物は前に泊まっていたホテルに置いたままですよね。取りに行かなくてもいいのですか?」
( ^ω^)「それは……」
僕はどう返答しようか暫く迷って、結局「大した物は置いてないから時間が出来た時でいい」とだけ返しておいた。
お金持ちだから必要な物は買って揃えるさと付け加えて。
そうして彼女の問いを躱して、僕は次の質問が来ない内にシャワールームヘ向かった。
- 104 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:02:06 ID:LaKfohcg0
*――*――*――*――*
翌朝。
当然のように何も起こらず朝を迎えたわけだが、寝汗を流す為にシャワーを浴びた彼女はまた全裸でバスルームから出てきた。
意味が分からない、一日に一度は裸にならなければいけない決まりでもあるのか?
まさか彼女の正体は未開の地の原住民で記憶を失う前には服を着たことがなかったというオチじゃないだろうな。
僕の懸念を払拭するように彼女は難なく昨日と同じ衣服を身に纏う。
……下着を身に着けるところから、僕の目の前だ。
浮世離れしてるのではなく単に馬鹿なんじゃないかと心配になる。
お陰で今日の彼女の下着の色とデザインという全く使い道のない知識が増えてしまった。
( ^ω^)「(そんな無防備な姿を見せて僕に襲われるかもしれないとは考えないのかお)」
そう思って、直後に打ち消す。
彼女は考えないのだ。
僕がそういうことをしないと『目に見えている』から。
だとしたら彼女の能力は必ずしも瞳の色と連動しているわけではないのだろう。
左目が右と同じ淡褐色の今だってある程度は未来が見えている。
- 105 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:03:13 ID:LaKfohcg0
彼女は着替え終わると最後に頭部を隠すようにニット帽を被る。
ちゃんとドライヤーを掛けないのが悪いのか、それとも櫛で梳かないのが原因か、赤茶色の髪は今日も癖が出っ放しだ。
そのままの状態で彼女は部屋を出る。
僕も所持品を持って続いた。
二日間このホテルに泊まっても良かったのだが、追っ手や昨日の事件のことを思うと同じ場所に居続けるのはマズい。
なので少々面倒だが荷物を全て持っての移動になる。
尤も彼女は出逢った時と同じく身一つなので苦ではなさそうだ。
斯く言う僕にしてもスーツケースは前のホテルに置いたままなので財布と電子端末の他にはウェストバッグくらいしか持ち物はない。
旅行者とは思えないほど身軽な装いだ。
マト゚ー゚)メ「ブーンさんの携帯電話は見たことがないです。最新型ですか?」
( ^ω^)「実用化されていない試作機だお。使い勝手はいいけどボタンのあるスマフォの域を出ない」
考えてみれば僕はこうして試験品を使用し感想を伝えるだけで企業から報酬を貰えるので資産は増えるばかりだ。
それはそうと、と彼女が右手に持つコンビニ袋に目を遣る。
( ^ω^)「それ。お願いだから気を付けてくれお」
- 106 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:04:05 ID:LaKfohcg0
マト゚ー゚)メ「何がですか?」
( ^ω^)「何がってお前……」
白いビニール袋には昨日(いや今日か?)買った缶コーヒーやパンが入っている。
だがそれはカモフラージュだ。
奥底には新聞紙に包まれた回転式拳銃が隠されている。
あのニット帽の男が置いていったものを拝借した。
もう一丁の銃は同じように新聞紙に包みビニール袋に入れ人目の付かないコインロッカーに放り込んでおいた。
彼女は護身用に欲しいと主張していたが、僕は機を見て処分するつもりだ。
暫く歩いているとタクシーが通りがかったので捕まえ市街へ向かう。
方角的にはボウリング場から段々と離れていく形になる。
警察も謎の銃撃事件としてそろそろ捜査を始めているだろうかと車内に流れるニュースに耳を傾けていると、彼女が耳打ちをしてくる。
マト-ー-)メ「……心配しなくても大丈夫です」
( ^ω^)「安心しろ。うっかり落としたら迷わずお前との契約を打ち切るお」
マト゚ー゚)メ「これのことではなく警察のことです。私がいる限り捕まることはありません」
- 107 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:05:04 ID:LaKfohcg0
なんだそのことか。
彼女は続ける。
マト゚ー゚)メ「気付いていると思いますが、私は普段から未来が目に見えています。精度は高くありませんが追っ手が来れば分かります」
片目の色が変わっている状態では最も強く能力が発動している、というだけであって、やはり瞳がヘーゼルの今も継続して未来予測は行われているらしい。
初めて会った際の公園での出来事を思い出す。
警察官達が訪れる直前にあの場を去ることができたのは未来を見ていたからに他ならない。
少し思案し、僕は訊く。
運転手には聞こえないようにこちらも小声で。
( ^ω^)「前に『一分以上先のことは可能性しか見えない』と言ってたはずだが、『追っ手が来る可能性が見える』ということかお?」
マト゚ー゚)メ「説明するのが面倒なのでそこは省略しても良いですか?」
( ^ω^)「駄目に決まってんだろ」
僕は軽く彼女を小突いた。
- 108 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:06:04 ID:LaKfohcg0
目的地に到着したので、タクシーから降り手頃な店へと向かう。
とりあえずと彼女にオレンジの肩掛けの鞄を買い与え、自分用にスリーウェイバッグを購入した。
店から出ると即座にビニール袋を仕舞わせた。
そして着替えや必要な物品を買い揃えつつ、僕達は言葉を交わす。
マト゚ー゚)メ「ブーンさん。未来が見える理屈は覚えていますか?」
( ^ω^)「知覚(分析)、演算、予測というプロセスの話か?」
マト-ー-)メ「そうです。算数で言えば『知覚』が問題文を読んでいる状態、『演算』が式を書き計算している状態、最後の『予測』が答えを出した状態です」
例えば、と彼女は僕の前に右手を出した。
マト゚ー゚)メ「ジャンケンをしましょう」
言われるがままにジャンケンをする。
僕がパーで彼女はチョキ。
予想通りの負け、目に見えた結末だった。
未来が見える人間相手にジャンケンで勝てるわけがない。
- 109 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:07:06 ID:LaKfohcg0
マト^ー^)メ「今私が分析したのはブーンさんの右手の筋肉の動きです」
( ^ω^)「まあ、そうだろう」
時折テレビに途轍もなくジャンケンが強い人が出ていたりするが、あれには理由があると耳に挟んだことがある。
彼女がそうしたように手と腕の筋の動きを見て相手の手を予測しているのだ。
では、と彼女は続けた。
マト゚ー゚)メ「ブーンさんが襲い掛かってきた場合はどうですか。未来を予測する為には何を分析する必要がありますか?」
( ^ω^)「ジャンケンの例を踏まえれば僕の身体の動きかお?」
マト゚ー゚)メ「そうです。ならブーンさんが誰かと共謀して私を殺そうとしてきた場合はどうですか?」
( ^ω^)「とりあえず悪い行動の喩えに僕の名前を出すのはやめろ」
だが言わんとしていたことは分かった。
知覚する要素の問題だ。
あるいは、演算の速度の問題か。
- 110 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:08:06 ID:LaKfohcg0
「目の前の相手が次に何をするのか」と「一年後にこの国に何が起こるか」では同じ予測でも考慮すべき要素が桁違い、ということだろう。
一秒先のことを予測するのと同じように一年先を予測してしまうと膨大な時間が掛かってしまう。
だから分を超えるような未来を見る場合には比較的大雑把に知覚と演算を行い、彼女はそれを『可能性』という形で認識している。
あるいは『予感』という言葉が相応しいような、「こうなる気がする」程度に認識する。
地図の縮尺のようなものだ。
自分の国の形が分かる倍率に変えると、自分がどの街のどの通りにいるかは分からなくなる。
マト゚ー゚)メ「ですが、ブーンさんの次の行動を見ている間もこの店にハンドルを切り損なった車が突っ込んでくるような事態は予測できるので安心してください」
( ^ω^)「それは良かったが、その場合は避ける時間があるかどうかが問題だお」
襲撃者の件のように襲われる寸前に聞かされても困るのだ。
そのうち驚いた拍子に心臓が止まってしまうかもしれない。
直前にならなければ確実には分からないという彼女の事情も分かったので強くは責められないが……。
マト-ー-)メ「……でも、性能がもっと良ければ、【記憶(じぶん)】が見つかる最短ルートを見出すことができるはずなのに。そんな風には思います」
そんなふわふわとした笑みを少し収めての彼女の呟き。
悲しいや悔しいではなくもどかしい、そういう類の感情が見えた気がした。
- 111 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:09:10 ID:LaKfohcg0
僕は未来は分からないが、他人の感情くらいは見えるのだ。
表情が変わったことは『目に見えて』分かった。
だから皮肉っぽく、僕は言葉を返す。
( ^ω^)「安心していいお。僕が諦めるまで僕の旅には付き合わせるつもりだ。だから僕は君が満足するまで、君に付き合うお」
マト゚ー゚)メ「ですが、一定以上先はなんとなくしか分かりません。ブーンさんの目的にもあまり役に立てないかもしれません」
( ^ω^)「目的達成するまで付き合わせるつもりだから安心しろと言った。……これでも、頼りにしてるんだお。契約して良かったと思ってる」
そこまで言ったところで彼女が笑った。
表情を戻したのだ。
いつも通りのあの浮世離れした、ふわふわとした笑顔に。
良かった、と素直に思った。
マト^ー^)メ「……私も、ブーンさんのことを頼りにしています。だから、」
お腹が空きましたね、ご飯を食べに行きましょうか、と笑って彼女は続けた。
もう暫くしおらしいままにしておけばよかったと少しだけ後悔し、僕は一つ溜息を吐いた。
- 112 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:10:08 ID:LaKfohcg0
*――*――*――*――*
その後はご飯を食べ、また買い物をして、ぶらぶらと街を二人で歩いた。
僕達は兄妹に見えただろうか、それとも恋人同士に見えただろうか?
まるでデートみたいだと僕が言うと「もしかしたら私は初めてかもしれません」と彼女は笑った。
失念していたが、記憶を失くしているのだから異性と付き合った経験があるのか分からないのは当然のことだ。
もしも僕が初めての相手ならば光栄だが同時に申し訳なくも感じる。
過去の彼女はどういう女の子だったのだろうと少し気になった。
マト゚ー゚)メ「ブーンさん。言い忘れていたことがありました」
そろそろ今夜の宿に向かおうかという段階で、彼女が唐突にそんなことを言った。
僕は気を引き締め辺りを見回す。
マト^ー^)メ「今度は追っ手の話ではありません」
( ^ω^)「それは良かったお。最高だ。何度でも言うが、次回から危機が迫っていることが分かったら予め知らせて欲しいお」
- 113 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:11:07 ID:LaKfohcg0
僕の言葉に彼女は頷いて、続ける。
マト゚ー゚)メ「代わりに私からも約束して欲しいことがあります」
( ^ω^)「なんだお?」
マト^ー^)メ「私は能力の性質的にどんな敵を相手にしても恐らく負けません。勝てるかどうかは分かりませんが、負けることはない」
どんな攻撃でも予測して防御することができる。
どころか、勝てない敵ならばその戦い自体の回避を可能とするのが『未来予測』という能力だ。
だから彼女は負けない。
だから僕は彼女を雇った。
しかし。
マト゚ー゚)メ「ただ私の能力は特別なことができるわけではないので他者を守ることは向いていません。あくまでも自衛として優秀なものです」
夕日に照らされ街が色合いを変えていく。
彼女の髪は夕焼けにも似ている。
- 114 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:12:05 ID:LaKfohcg0
約束してください、と彼女は言った。
マト゚ー゚)メ「私が『逃げて』と伝えた時は迷わず逃げてください。私は大丈夫なので」
( ^ω^)「僕を気遣って……というわけじゃなく、純粋に戦いにくくなるからか? 端的に言えば僕がいては邪魔だと」
マト^ー^)メ「そういうことです。やっぱりブーンさんはドライですね」
( ^ω^)「お金持ちだからね。助力できる場面では手を貸すが、情に流されてお互いが損をするのは避けたい。分かったお」
僕としても文句はない。
そちらの方が二人共にとって有益なのだから合理的に判断しよう。
ただ、気になることがあるとすれば一つだ。
( ^ω^)「わざわざそんな確認をするということは……なんとなく、明日のことが分かったのかお?」
彼女はふわふわとした笑みを浮かべたままに頷いた。
明日は厳しい戦いになると肯定したのだった。
- 115 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:13:08 ID:LaKfohcg0
そして水曜日を迎えた。
僕達はあのニット帽の男から聞いていた場所へと向かう。
途中までは電車を利用し最寄り駅からは徒歩で進んでいく。
目的地はある街の外れ、林の中にある廃墟だ。
国道から近いので交通の便は良いが、最早誰も訪れることはない。
そんなもう肝試しくらいにしか使いようがない終わった建築物が取引の場所だった。
二人で車道沿いの歩道を歩いていると、服装が変わってもニット帽だけは変わらない彼女が言った。
マト゚ー゚)メ「連絡手段は聞いていないんですね」
( ^ω^)「ああ。水曜日の昼過ぎに指定の場所に行って、呼べばいいらしい」
マト゚ー゚)メ「呼ぶ? 名前をですか?」
( ^ω^)「いや名前は覚えていなかったから訊けなかった」
だから「ただ呼べ」と。
それだけしか聞いていない。
それで十分だと。
- 116 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:14:06 ID:LaKfohcg0
常識的に考えれば、不可解な指示だ。
まさか取引の相手は廃墟に住んでいるとでも言うのだろうか?
目的の建物が見え始めたその時、彼女が左目の色を変えた。
マト-ー-)メ「……そうですね」
( ^ω^)「ミィ?」
マト゚ー゚)メ「確かにそれで十分みたいです」
彼女は未来を見る魔眼で何を見たのだろうか。
どんな結末が『目に見えた』のだろう。
僕はふと、未来が決まっているのかどうかが気になった。
決まっているとすれば僕達は何の為に生きているのだろうか。
そんなことを思った。
マト゚ー゚)メ「行きましょうか。過去と未来の為に」
そしてあのふわふわとした笑みのままで、彼女は言った。
- 117 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:15:05 ID:LaKfohcg0
*――*――*――*――*
壊れた扉をくぐり、廃墟の中へと入る。
元は老人ホームだったという建物は今は見る影もなく、ガラス片や壊れた備品が散乱し、ただ薄暗く埃っぽい。
一度、深呼吸をした。
そうして気持ちを落ち着けてから声を出した、
ミィを襲うように依頼した誰か。
彼女の正体を知るかもしれないその誰かに向けて呼び掛ける。
( ^ω^)「おい! お前が探していた少女がやって来たぞ!」
僕の声は廃墟に虚しく響き渡った。
辺りを見回してみても何の変化も伺えない。
ただ空気を震わせただけだった。
まさか、騙されたのか?
頭を過るのはそんな考え。
だがミィが予測を外すことはないはずだ。
そう思って僕はもう一度呼び掛けようと息を吸った。
- 118 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:16:06 ID:LaKfohcg0
その時だった。
僕の隣に立っていたミィが目を見開いた。
物音がした。
部屋の奥の暗闇で何かが動き、その人影がこちらへ歩いてくる。
(# ;;-)「……誰や? うちを呼んだんは」
人影は傘を差す少女の姿を取っていた。
ネイビーブルーの和傘に黒のセーラー服。
咥えているのは棒付きキャンディ。
黒髪の少女の顔には大きな古傷が有り、無事な右目で僕達を見ている。
服装だけで言えば、ショートパンツに革のブルゾンという今日のミィよりも淑やかに思えた。
しかし見た目通りに大人しい相手とは到底考えられない。
ミィのような目を持たない僕にもその異常さは感じ取れた。
マト゚ー゚)メ「ブーンさん。気を付けてください」
- 119 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:17:04 ID:LaKfohcg0
分かってる、と僕は答える。
( ^ω^)「見た目で人を判断するほど単純じゃないし、少女だからって油断するほど馬鹿じゃない」
マト゚ー゚)メ「そういうことではありません」
え?
問い返そうとするも、僕達の会話に傷の有る少女が特徴的な口調で割り込んだ。
(#゚;;-゚)「なんや。二人で何話しとんや?」
( ^ω^)「なんでもないお。こっちの話だ」
ふーん、と左手で傘の柄をくるくると回す彼女に僕は訊く。
( ^ω^)「色々と訊きたいことがあるが、まずは名前を教えてくれ」
(#゚;;-゚)「うちの?」
- 120 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:18:10 ID:LaKfohcg0
( ^ω^)「そうだお」
(#゚;;-゚)「ニコラス・D・ウルフウッド」
( ^ω^)「嘘吐け、明らかに男の名前じゃねーかお」
(#゚;;-゚)「どうでもええやろ。どうせホントのことなんて言わんのやし。やから、うちのことは『ディ』と呼べばええ」
うちはアンタの名前に興味はないしな、と付け加える。
投げやりな感じもするが名乗らなくても良いのならば黙っておこう。
黒髪の少女、ディはキャンディを咥えたままで言う。
(#゚;;-゚)「一応訊いとくんやけど、うちが依頼したあのチャイニーズ……どうしたん?」
僕は少し悩んで、こう答えた。
( ^ω^)「さあ? こっちとしては取引場所が知れば用済みだったしね」
(#゚;;-゚)「……まあええけどな」
- 121 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:19:06 ID:LaKfohcg0
素直に「世界の何処かで生きてると思うよ」と答えても良かったが、そうしても僕達に得はない。
なら適当に濁しておく方が良いだろう。
マンガの悪の組織の親玉のように、この少女が任務に失敗したあの男を始末しに行かないとも限らないのだから。
彼に思い入れがあるわけではないが死なれると後味が悪くなる。
(#゚;;-゚)「やっぱバイトは自分でやるに限るな。そう思わへん? 姉さんの誕生日が近くて忙しいからって横着するんやなかったわ」
まあ、と彼女は続けた。
(#゚;;-゚)「こうしてアンタ等が来たわけやし、高い前金払っただけのことはあったけどな。……懐はちいと寂しくなったけど」
やはりこのディと名乗った少女が、依頼主なのか。
体型は華奢で、とても人を殺すだの攫うだのという暗い世界で生きているとは思えない。
けれど肌で感じられる。
この少女の異常性は見た目とは関係がない。
纏う空気だけで既に恐怖するには十分だった。
僕の本能が彼女を拒絶している。
目の前の少女は――人間の根幹を脅かすほどに危険な存在だ。
- 122 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:20:10 ID:LaKfohcg0
普段の僕なら迷いなく逃げていた。
こうしてここに立っていられるのは隣の少女のお陰だ。
だからミィを雇って良かったと思うし、多少は彼女の役に立ちたいと考えて僕は会話を続けていた。
小さな声が耳に届いたのは僕が口を開こうとした瞬間だった。
マト ー)メ「ブーンさん。動かないでください」
そして、更に次の刹那。
和傘の少女が指を鳴らした。
それに呼応するように暗かった室内が一気に照らし出された。
何によって?
困惑する僕の視界に写ったのは、赤。
輝いていたのはディの周囲に出現した炎だった。
驚きは終わらない。
現れた拳大の火の玉はそのまま僕の少し右を突き抜けていく。
火の弾丸は後ろの壁に激突し、だがそれを振り向いて確かめる暇もなくパチン、パチンと連続で指が鳴る。
(;^ω^)「なっ……!」
- 123 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:21:08 ID:LaKfohcg0
二つ目の炎はディの右側、三つ目は斜め上と四方八方に炎の弾が飛んでいく。
それがやっと収まったのは五度目の音が響いた後だった。
肌に伝わる温度は、この非現実的な光景が幻覚ではないと証明しているようだった。
(;^ω^)「……超能、力」
(#゚;;-゚)「そやなあ。スキルでもコードでも回路でも変生属性でも何でもええけど、やっぱそれが一番通りええな」
つまり、ミィの持つ『未来予測』と同じ類の力。
条理を超えた能力。
(#゚;;-゚)「そんで避けんかったってことは……前評判通りにそのお嬢ちゃんも持っとるらしいやん、超能力」
マト-ー-)メ「はい。威嚇に過ぎないことは、目に見えていましたから」
そのやり取りで僕はやっと先ほどのミィの言葉の意味を理解した。
敵が火の玉で威嚇してくることを予測していたのだ。
危機が迫った時は予め教えて欲しい、という僕の要望をちゃんと覚えていてくれたらしい。
どちらにせよ驚いたが。
- 124 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:22:05 ID:LaKfohcg0
室内にはあちこちに小さな炎が残り続けている。
少しだけ最初よりもよく見えるようになったディという少女の顔を見据え、僕は訊く。
( ^ω^)「その炎の超能力者さんがミィに何の用だお。超能力を持つ学生を集めた学校のお仲間か何かか? だとしたら嬉しいんだが」
(#゚;;-゚)「残念やけど、兄さんの言葉には色々勘違いがあるわ」
と、彼女はもう一度破裂音を立てた。
ひゅん、と再び僕の隣を何かが通り過ぎた。
それが水の矢だとわかったのは背後で燻っていた火が消え去る音が聞こえた時だった。
(#゚;;-゚)「うちは世紀の大悪党。気の向くままに全てを奪う。命も力も何もかも。人の形をした暴風雨。人呼んで――『殺戮機械』」
以後よろしゅう、と彼女は微笑んだ。
そして僕は理解する。
このディという少女は僕の想像を超えている。
- 125 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:23:05 ID:LaKfohcg0
*――*――*――*――*
少しニュースに詳しい人間なら『殺戮機械』と呼ばれる国際指名手配犯のことを聞いたことがあるはずだ。
百件以上の殺人と誘拐の嫌疑を受け、各国で膨大な懸賞金が掛けられているのにも関わらず、逮捕に至るどころか目撃情報すら存在しない伝説的な犯罪者。
現代社会で証拠一つ残さず犯行を続けるなど到底信じられるものではない。
その想像を絶するスコアから「全て別の事件なのではないか」「組織的に行われた犯罪ではないか」という見方もある。
確かに常軌を逸した未解決事件を全て『殺戮機械』の仕業としてしまう傾向はある。
そもそも彼(彼女?)が関わったとされる事件の内容も、宗教的指導者の殺害から人身売買組織に攫われた子どもを救い出すまで多岐に渡り一貫性がないのだ。
何の為に行われたのか、どうやって成されたのか。
その二つが不明な各種重大事件の犯人としてマスメディアによって作り出された存在が、究極の愉快犯である『殺戮機械』。
つまり、ただの都市伝説だ。
そう思っていた。
(;^ω^)「(……実際、どの国の警察でも同一犯として捜査はしていない。指名手配されているという話もただのデマだ)」
言ってしまえば行方不明や疫病を「神の祟り」として片付けるのと同じだ。
それぞれは全く別の事件であり、異なった背景があり、犯人も違うはずだった。
- 126 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:24:04 ID:LaKfohcg0
だが――今、僕の目の前にはその都市伝説を名乗る少女がいる。
(;^ω^)「お前が、あの……『殺戮機械』?」
(#゚;;-゚)「そやで。まあ、世間で言われとるほどには色々やってはないけどな。でも兄さんが思い浮かべた事件のいくつかはうちがやったことやと思うで」
(;^ω^)「冗談はやめてくれ。じゃあアレかお、お前はあのジェット機の事件もやったって言うのかお!」
(#゚;;-゚)「ジェット機? どれやっけ?」
その口振りは「数学の宿題って何ページだっけ?」とクラスメイトに訊ねるような軽いものだった。
底知れぬ異常さが、僕を汚染していくようだった。
(;^ω^)「一昨年の事件だお。なんとかって言うVIPがプライベートジェットで帰国する際に起こった、あの事件だ」
被害者は某国の要人、及び彼の秘書と護衛数名。
彼は出先で仕事を終えてジェット機に乗り込み帰路に着いたはずだった。
最後に目撃されたのは空港でタラップを上って行く姿だ。
そして飛行機が着陸した時、彼は首を切り落とされた死体となって見つかったのだ。
- 127 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:25:07 ID:LaKfohcg0
真っ先に疑われたのは操縦士だったが、フライト中はコクピットから一歩も出ていないことはすぐに証明された。
次は何らかの理由による内輪揉めと考えられたのだが、自分以外の全員の首を切り落とした後に自らの首を切断して自殺など考えるまでもなく不可能だ。
ならば、どうなるか。
「高度一万メートルの空中を時速数百キロで航行するビジネスジェットの機内に犯人は突如として現れ、全員の首を落とした後、飛行機から消え去った」。
……到底信じられないことだが、他の可能性を全て排除するとそうなってしまう。
(#゚;;-゚)「ああ、それか」
僕の話を聞き終わったディは事も無げに答えた。
(#゚;;-゚)「うちがやった」
(;^ω^)「!!」
咄嗟に言葉が出てこなかった。
嘘だ。
ただのハッタリだ。
そう思う僕に隣にいた彼女が言う。
- 128 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:26:14 ID:LaKfohcg0
マト゚ー゚)メ「ブーンさん。その話は恐らく本当です」
(;^ω^)「……どういうことだお」
マト゚ー゚)メ「私がこの建物に入った後、あの人が出てくる前に、何がどんな順番で起こったか覚えていますか?」
( ^ω^)「え?」
建物に入った時のこと?
確か……。
僕が最初に叫び、
次に物音がして、
ミィが何かに驚き、
部屋の奥の暗闇から和傘の少女がやって来た、のだったか。
マト-ー-)メ「私はその後、『ブーンさん、気を付けてください』と言いました」
( ^ω^)「ああ……そうだったか」
マト゚ー゚)メ「何か勘違いされていたようですが、私は少女の姿をしていたから忠告したわけではありません」
- 129 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:27:06 ID:LaKfohcg0
そうして彼女は一拍置き、真実を告げる。
マト゚ー゚)メ「あの時。物音がする瞬間まで、あの人はこの建物にいなかった」
(;^ω^)「…………は?」
マト゚ー゚)メ「あの人はブーンさんが呼ぶまでここにはいなかった。呼ばれたその直後にテレポートしてきたんです」
つまり。
あの物音はテレポートしてきた和傘の少女が着地した音であり。
ミィが驚き、「気を付けてください」と言ったのは――相手が超能力でこの場に来たのだと分かっていたから、だった。
(#゚;;-゚)「説明の手間省いてくれておおきにな。それ聞いたら、兄さんもさっきの事件分かるやろ」
( ^ω^)「……僕が言った通りの真相だって言うのかお」
(#゚;;-゚)「ああ」
(;^ω^)「本当に、ジェット機の中にいきなり現れ、その場にいた人間を殺して……そのまま消え去ったって?」
(#^;;-^)「そや。分かりやすいやろ?」
- 130 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:28:32 ID:LaKfohcg0
「高度一万メートルの空中を時速数百キロで航行するビジネスジェットの機内に犯人は突如として現れ、全員の首を落とした後、飛行機から消え去った」。
そう。
それは、それだけのことだった。
(;^ω^)「……お前みたいなのがいるって知ったせいで、これから密室系のミステリが楽しめなくなりそうだお」
(#^;;-^)「面白いこと言うなあ。うちも迷惑しとんやで? 密室で起きた事件はぜーんぶ『殺戮機械』のせいになって」
まあ大体はうちがやったんやけどな、とディは笑った。
(#゚;;-゚)「じゃあ次はうちが質問する番やな。ずっと訊きたかったんやけど、アンタ等、何しに来たん? 兄さんがチャイニーズの代わりしてくれたわけやないやろ?」
( ^ω^)「代わり?」
(#゚;;-゚)「うちにその子引き渡して、報酬受け取って帰るってことや」
( ^ω^)「報酬が用意されてるなら考えたかもしれないが……。お前、金払うつもりなんて最初からないんだろ?」
(#^;;-^)「鋭いやん。ご名答、その通りやで。今うちは帰りの電車賃にも困る状況でな」
- 131 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:29:17 ID:LaKfohcg0
ミィを連れて来た時点でもう用済み。
殺す、までは行かずとも記憶を消して有耶無耶にする程度のことはするだろうと思った。
どうやらあのニット帽の男には依頼主を選ぶ能力はないようだ。
僕は訊く。
( ^ω^)「じゃあもう一度僕が質問するお。お前はミィを捕まえて何をしたい?」
(#゚;;-゚)「言ったやろ、バイトや」
言い換えるなら、と続けて彼女は咥えていたキャンディを噛み砕く。
残った棒を吐き捨てて、天を指差し、告げた。
(#^;;-^)「うちは全能の存在になりたいんや。俗に言う、『神様』って奴になりたい。お嬢ちゃんはその為に必要ってわけやな」
さあ、と黒髪の少女は言う。
そろそろ問答にも飽きてきたしやろうやないか、と。
そんな、最後通牒を。
- 132 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:30:24 ID:LaKfohcg0
*――*――*――*――*
正体不明の少女が訊ねる。
あなたは私のことを知っていますか?
同じく正体不明の少女が答える。
さあどうやろうなあ、と謎めかして。
向かい合うのは二人の少女。
どちらも条理の外に立ち、どちらも異能の力を持つ。
どちらが勝るのかは僕には分からず、ただ行く末を見つめている。
(#゚;;-゚)「一つ、ゲームをしよやないか」
ディと名乗った少女は和傘を回しつつ指を鳴らす。
(#^;;-^)「お嬢ちゃん。もしアンタがうちに勝ったら、アンタの質問疑問に全部答えたる」
マト-ー-)メ「私が勝った時にあなたが生きている保証はありません」
- 133 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:31:05 ID:LaKfohcg0
挑発的な、しかし真理を突いた言葉にも『殺戮機械』は笑みを崩さない。
確かにそうやともう一度パチンと音を立てた。
(#゚;;-゚)「なら片膝付けたらでええで。うちが膝付いたらうちの負け。生憎と今日この後用事あってな、長いこと遊んでられへんねん」
急いでいるなら無駄口を叩かずに襲い掛かればいい。
だが彼女はそうしない。
その余裕の姿勢が示している。
詰まるところ、これは『殺戮機械』にとっては遊びに過ぎない。
奪おうと思えばいつでも奪えるのだから、今じゃなくても、今日じゃなくても構わない。
絶対的な強者の余裕。
それが弱点にならないほどに彼女は圧倒的なのだ。
そうしてディはまた指を鳴らした。
(#゚;;-゚)「ところで兄さん。逃げんでええんか? 今から殺し合い始まるで?」
( ^ω^)「大丈夫だ。僕は、コイツを信じてるから」
(#^;;-^)「へえ、カッコええやん。なら兄さんは狙わんといてやるわ。見届け人やな。大した戦闘力もないみたいやし。……流れ弾までは保証はせんけど」
- 134 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:32:06 ID:LaKfohcg0
ちょっとした縛りプレイやなと言い、続けて、
(#゚;;-゚)「さて兄さん。ここでクイズや」
( ^ω^)「……戦いを始めるんじゃなかったのかお?」
(#^;;-^)「そう急かすなや。うちはお喋りなんやって」
僕は横目で隣のミィの伺った。
彼女は敵を見つめたまま動かない。
(#゚;;-゚)「で、兄さん。将棋やる人か? チェスでもええけど」
( ^ω^)「お遊び程度なら。それがどうした?」
(#^;;-^)「オセロとかもそやけど、ああいうゲームでスパコンに勝つのは不可能や。全部の手計算できる相手に勝つんは無理、って言った方がええか?」
全部の手を計算できる相手。
それは『未来が見える』という存在と似ている。
きっとディはこう問い掛けているのだ。
- 135 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:33:29 ID:LaKfohcg0
-
未来が見える相手に勝つ為には、どうすればいいか?――と。
答えを聞くまでもない。
それは呆れるほどに簡単な解答だ。
全ての手を計算できる相手。
未来が見える敵。
チェスでコンピュータに勝ちたければ、「同じスペックのコンピュータをぶつければいい」。
(#^;;-^)「巫女の持つ予知能力。ある能力者の未来視。羅経盤の八卦。うちが持つ『未来を知る能力』の三つを今発動させた」
そして。
異能者同士の戦いが始まる。
(# ;;-)「さあお待たせしました! バイトの時間や。アンタの能力――いただくで」
―――いただきます。
右腕を振り上げ、ディが飛び掛かる。
捕食の始まりを告げる一言と共に『殺戮機械』が牙をむく。
- 136 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:34:18 ID:LaKfohcg0
彼女の左目が全てを見通す魔眼であるように奴の右手は全てを奪う悪魔の腕だった。
過去も生命も能力も、気の向くままに殺して奪う。
略奪し強奪し簒奪する。
ここに集うは二人の異能者。
見えないはずの未来を掴む彼女の瞳が神の視界であるのなら、その神の力すら奪い去る奴の右腕は何なのか。
思えば彼女の物語を終わりまで眺めてみても、奴ほど危険な敵はいなかったかもしれない。
そんな『殺戮機械』との決着があんな風だったのはなんて皮肉なのだろう。
いや、本当に皮肉なのは、何もかもを奪う奴とのやり取りの中で――僕達が様々なものを手に入れたということだろう。
マト ー)メ M・Mのようです
「第三話:咎人」
.
- 137 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:35:45 ID:LaKfohcg0
【現時点で判明している“少女”のデータ】
マト゚ー゚)メ
・名前:本名は不明、現在の呼び名は「ミィ」
・性別:女
・年齡:不明(外見年齡は15〜17程度)
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:現在はボディーガード、記憶を失う前は不明
・経歴:不明
・特記:『未来予測』の能力を持ち、限定的ながら未来が見える。精確に予測できるのは数秒先までで一分以上先のことは可能性が見えるのみ。
能力を発動している間は瞳の色が変わるがデフォルトでもある程度未来は見えている。
・外見的特徴:身長160代前半。癖のある赤みがかった茶髪。白い肌。起伏の少なめな体型。整った容姿。ニット帽。ボーイッシュな服装。
やや鋭めな双眸。瞳の色はヘーゼル。能力発動中は左目が紫に輝く。
・備考:
気が付いた時には記憶(エピソード記憶)を全て失っていた。
その当時の所有物は細工の入った銀の指輪のみ。
一人称は恐らく「私」。この国の言語で話しているので海外に住んでいたとは考えにくい。
服を着る、買い物をする等のごく一般的な教養は備えている。
知識(意味記憶)として一般には知られていない生体兵器についての知識を有する。
- 138 名前:名も無きAAのようです :2013/11/02(土) 22:37:07 ID:LaKfohcg0
【現時点までに使われた費用(日本円換算)】
・前回までの合計 3,010,700円
・タクシー代 約5,700円
・ホテル代(二泊) 約22,000円
・コインロッカー使用料金 約300円
・コインランドリー代金 約400円
・雑費 約34,000円
・電車賃 約520円
・??? 約7,000,000円
______
・合計 10,073,620円
【手に入れた物品諸々】
・回転式拳銃(S&W M610) 残弾数九発
・衣服、鞄その他諸々
- 142 名前:【第三話予告】 :2013/11/19(火) 16:01:33 ID:h1UvHhpY0
「そう言えば何か好きなものってあるかお?」
「好きなものですか? なるほど、私の誕生日のプレゼントを選ぶ為のリサーチですね」
「記憶喪失の人間の誕生日をどうやって祝うんだお……。そうじゃない、ただの好奇心だ。深い意味はない」
「そうですか。ではお答えします。私の好きなものは時計です」
「時計? てっきりニット帽って答えると思ってたお」
「これは変わった色の髪を隠す為に被っているだけで、好きというわけではありません。誕生日に頂くとすれば時計が嬉しいです」
「まだ言ってるのかお……。ちなみに、なんで時計が好きなんだ? やっぱり時間に関係する能力を持ってるからかお?」
「さあ、どうしてでしょうね。私にもよく分からないんです。ただ私の体内時計は正確で、秒単位で時間を計測できます。だから安心するのかもしれません」
「秒単位で時間が分かるのは凄いと思うが、それでなんで安心するのか分からないお」
「自分の感覚と、時計の秒針。その二つが合っていると世界と繋がっている気がしますから」
―――次回、「第四話:Muddied Message」
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