219 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:01:14 ID:GMvyw7YM0



誰かを忘れている気がする。



どう説明したら良いか分からないのだが、とにかく、不意にそんな漠然とした違和感を覚えて
俺はキーボードに走らせていた指を止めた。回転式の椅子をくるりと回し、部屋の反対側を見る。

同室をあてがわれ、今は机に向かいスマホをいじっている兄に尋ねてみることにした。

「なぁ兄者」

そう声をかけると、「んー?」と、眠そうな猫のような声が返ってきて
こちらに向けられたその顔は、鏡映しのように自分と寸分違わず同じ顔。

双子の兄弟として生まれ、母者の腹の中からの付き合いであるこの男は
今は肩の下辺りまで伸ばした鬱陶しい髪を後ろで一つにまとめている。
束ねきれなかった横髪が、振り向く動作にあわせクタリと顔に垂れ下がった。

220 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:02:11 ID:GMvyw7YM0
子供の頃から無駄に自己顕示欲が強く、言ってしまえば目立ちたがり屋のこの兄は
周囲の人達に、瓜二つである弟の俺と間違われる事がどうにも我慢ならないらしく
昔からやたら外見上の区別をつけたがる癖があって、傍から見ればいじらしい努力を続けていたものだが
今はこうして違う髪型にすることで落ち着いたらしい。

俺としては、顔が同じだろうが髪型が同じだろうが、少なくとも俺が兄者を、
兄者が俺を間違えたりするような奇天烈な事態でも起こらない限りどうでも良いと思うのだが
兄曰く、双子に生まれたことに対する自分なりのささやかな抵抗なのだそうだ。

まぁ、考え方は兄弟であれ人それぞれなのでそのことに関して特に文句は無いし
髪を伸ばしたいのならば好きなだけ伸ばせば良いと思う。
似合っていると思わなくもないし。

221 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:03:02 ID:GMvyw7YM0
とにかく、そんな兄に俺は質問を投げかけてみた。

「うちの家族ってさ」

一言そう言っただけなのに、出だしの文で既にその内容を察してしまったようだ。

兄者が、「またか」という顔をする。嫌な顔では無い。
少しだけ呆れの混じった、困ったなという顔をして黙っている。

その以心伝心レベルは流石双子と言うべきか、それとも俺が
数ヶ月に一度くらいの頻度で全く同じ疑問をフと口にするせいなのか。
ともあれそんな彼の様子には構うこと無く、指折り数を数えながら続けた。

「うちの家族ってさ。母者と、父者と、妹者と、末者」

「それに、俺とお前」すかさず兄者が付け足す。こちらを指さしながら。
「そう。兄者と俺。で、」「6人家族だよ」すかさず兄者が答える。
指の数も6本。そう、いつ数えたって、何度数えてみたってその数字だ。

222 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:03:51 ID:GMvyw7YM0
「他には誰もいないよ」まだ何も言っていないのに、間髪入れずに駄目押し。
「末者が生まれてから、もうずーっと6人家族だろ」確かにそうだ。その筈だ。
「誰もいなくなったりしてないよ」それでも、納得できない様子が顔に出ていたのだろうか。

こちらが言葉に出すよりも早く、兄は俺の疑問に次々答えを与えていく。

そうして、嫌味じゃない苦笑を浮かべた。

「また誰か足りない気がするのか?」

そう。足りない。

どうしてもまだ、”誰か”を忘れている気がする。

何度も何度も繰り返し、家族の顔を思い浮かべ、人数を確認してみる。

母者、父者、兄者、妹者、末者。そして俺で、6人家族。

1年前に末者が生まれて、妹者がお姉ちゃんになったりはしたけど
兄者の言う通り、誰もいなくなったりはしていない筈だ。

なのに、どうしても、何度数えてみても、誰かが欠けている。気がする。
だけど、それが誰なのかが分からない。だんだん頭が痛くなってきた。

223 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:05:00 ID:GMvyw7YM0
「大丈夫か?」

いつの間にか椅子から腰をあげ、すぐ傍まで近づいて来ていた兄者が俺の顔を覗きこんだ。

俺があまりに真剣に悩んでいるのを見て心配になったようだ。
確かにこれでは、頭の心配をされても仕方が無いのかもしれない。

「一体何者なんだろうな。お前の言う、その誰かってのは」

”なにじゃ”、か。

本当に、誰なんだろうか。
俺には5人も家族がいて、もう家の中は充分賑やかな筈なのに。

俺がおかしな事を言っても、兄者は決して馬鹿にはしない。
俺が冗談でこんなことを言っているのではないと、分かってくれているからだ。

隣に立ったまま、首を捻り、その奇妙な話に付き合って うーんと頭を悩ませる。

224 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:07:31 ID:GMvyw7YM0
「大兄者、とかかな。俺、年上の兄ちゃん欲しかったし」兄者が言う。もう男兄弟はいいよ。

「それとも、3年前に死んだ犬者が恋しいのか?」いや、そういうことじゃなくて……。

「そうだな、またペットを飼うのも良いかもな。今度は猫者が良い」それは俺もそう思う。
って違う、そうじゃなくて。

「じゃあ、姉者だな」兄者が言った。

姉者、か。

確かに、俺には兄もいるし妹弟もいるし、残っている家族候補は姉くらいだろうか。
少し納得しかけてそう考えていると、兄者がニヤニヤと笑みを浮かべながら軽く小突いてきた。

「なんだなんだ、弟者君はお姉ちゃんが欲しかったのか?」
「密かに風呂上りのラッキースケベとか期待しちゃってたり?」この馬鹿兄は。
俺もついその言葉に想像してしまって、顔が赤くなるのを誤魔化す為に小突き返した。

225 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:08:29 ID:GMvyw7YM0
「姉者かぁ。確かに、いたら良いよな。大人っぽくて優しい姉ちゃん」兄者が言う。

確かに、姉がいたら良いなとは思う。勉強見てもらったり、話を聞いてくれるような。

「あはは。だけどまぁ、いないものは仕方無いしな。俺で我慢しとけ」
そうして、諦めろと言う風に笑ってみせた。


違う。

欲しいんじゃない。

そうじゃなくて、本当に、誰かを忘れている気がするのだ。

226 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:09:51 ID:GMvyw7YM0
コンコン。その時、小さなノックが二回鳴って、開いた扉の間から妹者が顔を覗かせた。

ニコニコしていて、なんだか嬉しそうだ。
手には小さなぬいぐるみを抱えている。

妹者のことが大好きな兄者は、すかさず俺の傍を離れ小さな来客にじゃれつきに行った。
兄者の腕の中にすっぽり収まった妹者は、くすぐられてキャッキャと笑い、可愛い悲鳴をあげる。

「なー妹者。ちっちゃい兄者なー、寂しいんだって。慰めてやってくれるか?」
いや、別に寂しいわけではないんだけど。

「ちっちゃい兄者、どーしたのじゃ?」妹者がとてとて歩いてきて、俺の顔を覗きこむ。

そうして背伸びをして、持っていた人形の手でポンポンと頭を撫でてくれた。
「元気出すのじゃー」そう言って心配してくれる妹者は本当に愛しい。マジ天使。

「ありがと妹者ー。
……ん?そのぬいぐるみ」

そこでフと、俺はその人形が手作りであることに気づく。
妹者は少し照れ臭そうに、得意気にはにかんで、その人形をよく見えるよう両手で持った。

227 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:10:41 ID:GMvyw7YM0

l从・∀・*ノ!リ人「妹者が作ったお人形なのじゃ。兄者達のつもりで作ったのじゃ!」

―――確かに、言われて見てみれば
そのぬいぐるみは俺と兄者によく似ていた。

∬*´_ゝ`)「へぇー!なるほど、そりゃあイケメンなわけだ」

(*´_ゝ`)「すごいなぁ、妹者!」

俺は、妹者に手渡されたツギだらけのぬいぐるみをしげしげと眺めた。

所々縫い目が目立ち、市販の物と比べれば当然見劣りはするものの
小さな子が作ったにしてはかなりよく出来ていると思う。それに何より愛嬌がある。
妹者は手先が器用で裁縫もとても上手なのだ。自慢の妹だ。

∬*´_ゝ`)「妹者は将来ぬいぐるみ作りの職人さんになれるなー!俺も鼻が高いよ」

兄者も嬉しそうにそう言って、妹者の頭をくしゃくしゃと撫でた。
可愛い妹が俺らに似せて一生懸命作ったぬいぐるみとは、なんとも嬉しいじゃないか。

228 名前:名も無きAAのようです :2015/12/01(火) 19:11:57 ID:GMvyw7YM0
l从・∀・*ノ!リ人「兄者達に一番に見せたかったのじゃ。仲良くしてあげてほしいのじゃ!」

∬´_ゝ`)「あはは、また家族が増えちゃったなぁ。良かったな弟者、これでもう寂しくないだろ?」

(;´_ゝ`)「だからー、別に寂しいわけじゃないって。兄者、顔ぐりぐりすんな」

妹者の頭を撫でながら
俺は、俺らに似せて作られたというその人形の顔をもう一度よく見た。

∬´_ゝ`)「名前はなんていうんだ?妹者」

l从・∀・ノ!リ人「んっとねー、お名前は……」

( ´_ゝ`)「……」




( <_  )




……やっぱり、”誰か”がいないんだよなぁ。



流石※者のいない世界 のようです  終


戻る




inserted by FC2 system