- 308 名前:sage :2014/10/31(金) 17:03:57 ID:Po0ZYXVY0
(´・_ゝ・`) 「その席、座ってもいいですか?」
ケーキの皿から顔を上げると、背の高い痩せた男が一人、こちらをうかがうように立っていた。
その頭にはねじくれた二本のツノが生えている。
ミセ*゚ー゚)リ 「ええ、どうぞ」
うなずいて言うと、男は小さく会釈して背中の荷物を降ろし、空いた椅子に座った。
視線を巡らせば、夕食時にはまだ早いが、どのテーブルもグループで溢れている。
おそらく他の店のテラスも満席なのだろう。
石畳の広場に目を向けると、中央で催しの役員達が大きなかがり火の準備をしている。
忙しげに立ち働く彼らは皆、かぼちゃが描かれた揃いのチョッキを着ていた。
日没の近づく町はしみるように肌寒い。
夕暮れの弱い光が空を薄いオレンジから紫へと染めていた。
広場の向こうの通りでは、ツノや翼、奇妙な衣装をまとった怪物たちが楽しげに蠢いている。
もうすぐ、この町のハロウィーンのメインイベントが始まる時間だ。
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- 309 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:05:52 ID:Po0ZYXVY0
ハロウィーンの夜のようです
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- 310 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:07:54 ID:Po0ZYXVY0
通りをはさむ建物の軒に吊るされたカンテラは彩色ガラスで虹色に輝いている。
似たような色の電飾もあるのにそれを使わないのは、昔からの催事の雰囲気を守るためだという。
おどろおどろしい仮装の群れを、灯りがあざやかに照らしていた。
隣に目を戻すと、男はメニューを指さして店員に注文をしていた。
店員が立ち去り、正面を向いた男と目が合う。
私は少し笑って彼に話しかけた。
ミセ*゚ー゚)リ 「いいわね、そのツノ。どこで買ったのかしら」
(´・_ゝ・`) 「これは元々持っていたものです」
ミセ*゚ー゚)リ 「そうなの? すごいわ、本物みたい」
彼は照れたように軽く頬をかいた。
山羊のツノだろうか。緩いらせん状のそれは黒い髪の間から長く伸びあがっている。
(´・_ゝ・`) 「貴女もよく似合っていますよ、その耳」
ミセ*゚ー゚)リ 「ありがとう」
頭に手をやると、すべすべとしたビロードの生地に触れる。ここに来る前に露店で買った黒猫の耳だ。
何の気なしにのぞいた店で一目惚れしてしまったものである。
いつも無駄遣いをしないようにしているのだが、祭りの時などは目には見えない魔力に釣られてしまう。
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- 311 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:09:52 ID:Po0ZYXVY0
(´・_ゝ・`) 「こういった催し物に参加するのも、楽しいものですね。いつもは見ているだけなのですが」
ミセ*゚ー゚)リ 「それは良かったわ。やっぱりお祭りは楽しんでもらいたいもの」
その時、あたりに軽やかなアコーディオンの音色が響き始めた。
広場の中央、たきぎの周りで賑やかな衣装の踊り子たちが踊っている。
演奏されているのはこの地方の収穫を祝う歌だ。
♪ 刈り入れのとき やれうれしや 蒔いた種は 恵みの雨をうけて…
テーブルの向こうでは、男も広場の踊りを眺めている。
ゆっくりと瞬く目の色は真っ黒だった。
ミセ*゚ー゚)リ 「あなた、観光のひと? この町のハロウィーンは初めてみたいだけど」
彼がこちらを向く。目も髪も黒いが肌は青白くて、どこの人間だか判じにくい。
(´・_ゝ・`) 「ええ、そうです。もっとも、本来の目的は仕事の方ですが」
そう言ってテーブルの下、足元を指し示した。
黒い楽器用のハードケースが置いてある。形からして大きめの弦楽器のようだ。
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- 312 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:11:52 ID:Po0ZYXVY0
ミセ*゚ー゚)リ 「まあ、音楽家さんだったの。じゃあここには演奏で来ているのね」
(´・_ゝ・`) 「はい。と言っても、始めたばかりで趣味に近いものですが。
少し前にこの町のハロウィーンの事を知って来たのですが、聞いた以上です」
ミセ*゚ー゚)リ 「秋の収穫祭も兼ねているから、みんな盛り上がっているのよ」
私はケーキのかどを持参のフォークで綺麗に切り取った。
店員がやってきて盆の上のカップを男の前に置く。彼は店員に礼を言って、カップを手にとった。
コーヒーのほろ苦い香りが漂ってくる。
(´・_ゝ・`) 「貴女はどのような仕事をされているのですか?」
ミセ*゚ー゚)リ 「あたしは美容師よ。この町で働いてるの」
(´・_ゝ・`) 「……美容師ですか。それはいいですね。仕事は楽しいですか」
ミセ*゚ー゚)リ 「ええ。お客さんの反応を直に見られるし、やりがいがあるわ。
お店だけじゃなくて、注文を受ければ車でどこへでも仕事に行くの。
ちょっと大変だけど、それだけ認められてるってことだし、嬉しいものだわ」
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- 313 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:13:52 ID:Po0ZYXVY0
私の話に、男は目を細めた。無意識にくるくる回していたフォークを止める。
喋り方に熱が入ってしまって、少し気恥ずかしかった。
相手とは初対面なのに不思議と舌が弾んだ。気分が高揚しているからだろうか。
気が付くと広場の周りはすっかり人で一杯になっていた。音楽も踊りも、すでに終わっていた。
低い壇の上で町長が祭りの挨拶をしている。内容は今年の豊作とイベントの開催を祝うものだ。
神への感謝を祝辞として述べているが、その服装は黒マントの吸血鬼なのでどうにも可笑し味がある。
ふっ、とあたりが暗くなる。太陽が山の陰に隠れて、街のシルエットがぼんやりと霞んだ。
(´・_ゝ・`) 「自分の仕事を認められているのは、良いことだと思いますよ。
僕は前の仕事ではあまり報われませんでした」
ミセ*゚ー゚)リ 「前の仕事って?」
(´・_ゝ・`) 「…そうですね、悪人を懲らしめる仕事、と言いますか」
彼が手を揺らすとカップの中のコーヒーがゆらりと波打った。
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- 314 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:15:52 ID:Po0ZYXVY0
ミセ*゚ー゚)リ 「警察官かしら」
(´・_ゝ・`) 「似たようなものです。やり方が合わなくて、結局辞めることになりました」
ミセ*゚ー゚)リ 「それはお気の毒。今度は上手くいくといいわね」
(´・_ゝ・`) 「ありがとう。今は自由にやれています」
そう言って、男はコーヒーを静かに飲み干した。
私は皿に残った最後のひと欠けを丁寧に口に運んだ。
町長の挨拶が終わると、再び音楽が流れ始める。さっきとは違う、ゆったりとした曲である。
アコーディオンとバイオリンの調べに合わせて、広場の奥、通りの向こうから明るいものが近づいてくるのが見えた。
それは小さな行列だった。聖人の格好をした子供たちが一列に連なって歩いてくる。
子供たちはそれぞれ一本づつ、火のともった蝋燭を掲げ持っていた。
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- 315 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:17:52 ID:Po0ZYXVY0
誰もが静かにこのイベントを見守っていた。
行列は広場をぐるりと一周し、中央の薪を囲む。
先頭だった少年が進み出て、蝋燭を薪の下に差し込んだ。他の子供たちもそれに続く。
全部で十二本の蝋燭がくべられ、組まれた薪の間からもうもうと煙が立ちのぼった。
終わると、子供たちはまた列になってゆっくりと通りへ消えていった。
やがて、煙の中にちろちろと火が燃え始めた。
組み木の中には燃えやすいものが入っていたのだろう。火はまたたく間に大きくなり、ごうごうと燃え盛った。
群衆から自然と拍手が沸き起こる。私も合わせて拍手をした。
炎の明かりはカンテラよりも強くあたりを照らし出した。金色の光に人々の輪郭が黒く浮かび上がる。
かがり火は魔よけとして夜明けまで燃やし続けるのだ。
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- 316 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:19:52 ID:Po0ZYXVY0
ふとこめかみに何かを感じた。
それは視線だった。顔、頭を撫でるようにまとわりつく。
私は目だけを隣に向けた。
真っ黒な瞳で、男がじっとこちらを見つめていた。
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- 317 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:22:03 ID:Po0ZYXVY0
火の粉が音をたてて爆ぜた。
男がひとつ瞬きをした。
私の視線に気が付いて、気まずげな顔をする。
(´・_ゝ・`) 「すみません。気を悪くしましたか」
ミセ*゚ー゚)リ 「い、いいわよ別に。ちょっとびっくりしたけれど」
(´・_ゝ・`) 「貴女は光に照らされるとより一層素敵ですね」
彼の言葉に私は思わず笑ってしまった。
ミセ*゚ー゚)リ 「ふふ、ありがとう。でもそんなセリフをそんな真面目な顔で言う人、初めて見たわ」
(´・_ゝ・`) 「本心ですよ」
男は真面目な顔のまま、空のコーヒーカップを横へ押しやった。
広場では、かがり火を囲んで人々が踊りを踊っていた。.
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- 318 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:23:56 ID:Po0ZYXVY0
(´・_ゝ・`) 「そういえば、今回のハロウィーンは中止にするという話もあったようですが」
空気を変えるように、唐突に男が話し始めた。
ミセ*゚ー゚)リ 「あら、どこで聞いたのそんなこと。確かにそんな噂はあったけど……」
(´・_ゝ・`) 「雑貨店の主人が店員と話していたんです。『怪物が怖くてハロウィーンを中止するだなんて、とんだお笑い草だ』って」
ミセ*゚ー゚)リ 「ああ、例の怪物ね」
そう言うと、彼はいぶかしげな顔をした。
(´・_ゝ・`) 「例の怪物、とは?」
ミセ*゚ー゚)リ 「最近巷の噂になってるのよ。首都で発見された変死体の話、知らない?」
彼は「知りません」と首を横に振った。広く伝わっている話だが、地方を移動し続けているなら聞く機会もあまり無いのだろう。
私はその噂をかいつまんで話した。
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- 319 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:25:52 ID:Po0ZYXVY0
ある日の早朝、一人の老人が犬を連れて散歩に出かけた。
いつものコースをたどって細い路地を歩いていると、犬がいきなり激しく吠え始めた。
周りには誰もいない。奇妙に思った老人が空気のにおいを嗅いでみると、かすかに血のようなにおいがしている。
それはすぐそこのビルの隙間から漂ってきていた。
怪我人でもいるのかと、老人は犬を近くに繋ぎ、ビルの隙間を覗き込んだ。
そこには、
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- 320 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:27:53 ID:Po0ZYXVY0
ミセ*゚ー゚)リ 「頭を叩き潰された死体があったんですって」
仮装した沢山の若者が演奏に合わせて歌を歌っている。手拍子と笑い声が弾けた。
テラスも広場も騒がしい音で溢れているのに、私たちのテーブルは切り離されたように静かだった。
(´・_ゝ・`) 「頭を」
ミセ*゚ー゚)リ 「そう。頭蓋が大きく陥没する位にね。もちろん警察に通報されたけど、捜査は全く進まなかった。
死体は発見されるほんの数時間前にその場で殺されていたらしいわ。そして、そんな事を出来る
人間はどこにもいなかったのよ」
私は皿のふちを右手の中指でせわしなくなぞった。つるりとした表面にかがり火の明かりと男の影が映っている。
ミセ*゚ー゚)リ 「でも、同じような死体はもっと前から度々見つかっていたらしいの。しかもあちこちでね。
凶器は金属でできた棒状の物らしいんだけれど、頭を叩き潰すだなんて普通じゃないわよ。
他にも体の部品をもぎ取られている場合もあるって聞いたわ。まるで昔話に出てくる怪物だ、って……」
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- 321 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:29:53 ID:Po0ZYXVY0
つらつらと恐ろしい話をまくし立てていることに気が付き、私ははっとして顔を上げた。
男は少し驚いたような顔をしてこちらを見ている。
陽気なバイオリンの音が急に耳に入ってきた。
ミセ*゚ー゚)リ 「あ、えっと、でもこの町からはだいぶ離れた場所だし、しょせん噂は噂だから!
……ごめんなさい、物騒な話しちゃったわね」
(´・_ゝ・`) 「いいえ、興味深い話でしたよ。気を付けなければいけませんね」
彼は言いながら、片手をあげて通りがかりの店員を呼びとめた。
コーヒーの代金を支払い、席を立って楽器ケースを重たそうに持ち上げる。
ミセ*゚ー゚)リ 「もう帰るの?」
(´・_ゝ・`) 「もう少し町を回ってからそうします。せっかくの祭りですから、楽しまなくては」
山羊のツノの彼はわずかに笑って、ケースを背中に背負った。
ごとん、と鈍い音が鳴った。
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- 322 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:31:52 ID:Po0ZYXVY0
(´・_ゝ・`) 「貴女との会話は楽しいものでした。さようなら。良いハロウィーンを」
そう言って一つ会釈すると、男は人ごみへと歩いていく。
やはりさっきの話はまずかったなと思いながらその後ろ姿を見送った。
その時、男のコートの裾からなにか細長いものがするりとのたうった。
ミセ*゚ー゚)リ 「えっ?」
慌てて目をこらすが、彼の姿はすでに雑踏にまぎれて消えてしまっていた。
――多分見間違いだろう。コートのベルトが解けていただけかもしれない。
ちょっと不思議な人だったけれど、話している時は結構面白かったな。ああ、でも名前を聞いていない。
私はテーブルに肘をついて広場の周りを眺めた。
人がはけたテラス席は、今度は恋人たちで一杯になっている。どのカップルも見つめ合う事に夢中らしい。
途端に空腹感がわき、ぐたりとテーブルに突っ伏す。そういえば午後はケーキ一個しか食べていない。
話している間に夕食をとりそこねていたのだ。お腹が寂しい。
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- 323 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:33:53 ID:Po0ZYXVY0
ミセ*゚ー゚)リ 「……よし!」
気を取り直して食事をとりに行くことにした。フォークを紙ナプキンでしっかりとぬぐう。
どうせなら普段より豪華な、ちゃんとしたディナーを食べに行こう。
祭りの夜なのだから、きっと美味しいものが沢山あるだろう。
ミセ*゚ー゚)リ 「そうよね。せっかくのお祭り、ハロウィーンなんだもの。しっかり楽しまなきゃ!」
二本の歯が綺麗になったのを確認してバッグにしまう。
支払いを済ませ、私は鼻歌交じりにテラスを後にした。
濃紺の夜空が広がったその下で、かがり火の明かりがひときわ大きくきらめいている。
黒に沈んだ町に抱かれてぎらぎらと燃えるその光は、まるで巨大な化け物の目のようにも見えた。
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- 324 名前:名も無きAAのようです :2014/10/31(金) 17:35:53 ID:Po0ZYXVY0
終わり
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