- 874 名前:名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 15:41:43 ID:nOzPvSzA0
- 存在としての僕は既に無限の回数死んでいる。
手指の、嘗て水かきのあった部分が青黒くカビが生えているように見える。
モノクロの写真、病院の風景。悲しい記憶が見つけてほしそうにこちらを眺めているのだ。
星座はやがて輝くのを止めて僕の頭上へ落ちてくる。
そして真っ赤に燃え上がり、僕は焼死してしまうだろう。
嗚呼、滑稽なほどに踊り狂って。そしてその時初めて、死のリアリティを覚えるのだ。
真っ黒い揺り籠が僕の目の前で揺れている。
スナップ写真を撮ろう。揺り籠から細く窶れた手が伸びてきて僕と小指を絡ませる。
( ´∀`)「それは彼の極めて純粋なオリジナルで……」
ロボットアームが僕をなで回す。無機質な冷たさ。僕は人肌に触れていたかった。
街にはこんなにも電波が溢れかえっているのに、僕は独りぽっちだ。
夜の向こう側に顔が見える。徐々に徐々に大きくなる。
樹の色は何色だろう。彼女は僕そのものだ。
僕の目を通してみる限り、彼女は僕だ。彼女は彼女ではない。
だから僕がおかしくなったとき、彼女もおかしくなる。ラジオペンチを呑み込んでいる。
無口の混雑さ。何て苛々する光景。世の中なんて消えてなくなってしまえばいい。
ベッドの上。未だノイズは鳴り止まず。僕は雑踏の残響から意味を抽出しようとしている。
- 875 名前:名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 15:42:24 ID:nOzPvSzA0
- 奇抜なロボットにディスクを挿入する。エラー。エラー。それは僕自身のメタファーに過ぎない。
新興宗教の勧誘に来た信者の言葉が書き込まれている、幸福のディスク。
そいつをズタズタになった手首の傷口に挿す。エラー。エラー。
失踪届を提出した。自分自身が運営する役所に。
自分自身が演じている小役人が届け出を拒否した。
想像上の役所には担当部署がありません。そいつは言った。
( ´∀`)「結局のところ、何もかもが混乱してしまっているんですな」
壁に向かって生卵を投げつけた。それは重たい音をたてて地面に落ちた。
生卵だと思っていたそれは生首だった。すっかり萎びてしまっている。
嗚呼、いったいこれは誰も生首なのだろう。鏡を見た。自分の頭がなかった。
時間の流れが止まっていた。流されていた連中が次々とこぼれおちた。
ペチャリペチャリと潰れていく。赤いインク。ケチャップ。トマトジュース。
生ハムとベイクドポテトを用意する。美味しく食べられた。十年ぶりの食事だ。泣かせてくれる。
悪夢が笑っている。僕も笑った。二人で大笑いだ。
怯えないのかい。悪夢が言った。怯えないよ。僕は答えた。
どうしてだい。悪夢が言った。だって君は所詮僕の脳味噌じゃないか。僕は答えた。
- 876 名前:名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 15:43:04 ID:nOzPvSzA0
- 手帳にビッシリと予定が書き込まれている。
よくみるとそれは毒虫の幼虫が行列をなしているだけだった。
予定など何もありはしない。飛び込んできた毒虫を、僕は一匹噛み締めた。
ミサイルが落ちてくる。これは確定事項だ。だからこんな文章だって書いていられる。
今頃みんなは遺書を書いているのだろう。どうせ誰も読みはしないのに。
感傷的になっている親友の頭を、カービン銃が吹き飛ばす。
( ´∀`)「ほれ、アレキシ・ライホのような……」
どろどろになってしまった優しい人間。東尋坊が死にたい死にたいと泣いている。
白黒写真が動き出した。土の中に埋まっていた行旅死亡人が踊り出した。
くじら座のミラは変光星なんだ。二人は走り出す。あの中に飛び込もう。
真っ白い天井。狂ったように僕の周りにまとわりつく空気。
空気はストーカーだ。奴らは僕の姿を記憶し、世界中へ伝播している。
真っ白い天井。左手の中身……。左手の中身……。
僕が眠りに落ちた瞬間に、両親は優しい仮面を投げ捨てる。
鬱積したストレスを晴らすためにただただ水棲昆虫と薬を貪り食う。
眠りに落ちるたび、僕の罪が一つ増える。だから彼らは僕より早く死んでしまう。
- 877 名前:名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 15:43:45 ID:nOzPvSzA0
- この世の全ては僕のためにできている。この世で発せられる声の全ては僕への罵声だ。
誰もが僕のことを知っているし、誰もが僕のことを見詰めている。
あるときまでは自意識過剰だと自嘲していた。そう、あるときまでは。
壁の向こうに誰かがいる。その誰かはしきりに僕に話しかけている。
何を言っているのか分からない。僕は頑張って耳をすませる。けれど聞こえない。
僕は諦めた。そして彼が語る言葉を予想した。そして返事した。お前こそ死ねよ馬鹿野郎。
( ´∀`)「まあ、薬を投与すれば絶対に治るというようなものでもありませんから」
船は順調に斜行している。
我が船は時間を遡行しながら斜行し、あらゆるパラレルワールドを破壊するのだ。
船長、どうか左舷の世界にミサイルを。それは現実ではありません。船長、船長。
ハラリハラリと舞い落ちていく。木の葉より薄っぺらい僕の命が落ちていく。
ああ死ねない。また僕は死ねない。こんなにも死にたいのに。嗚呼死にたい死にたい。
黒い揺り籠の中で腐った胎児がドロドロのスープになっている。サインバルタの効能は順調。
宛先不明の手紙が届く。中には死ねと書き殴られている。切手も貼られていない。
つまりこれは政府の陰謀なのだ。僕を脅迫するのは無料でも構わないという他ならぬ証左だ。
密閉式ヘッドホンを用意する。ボールペンも装備した。敵は近い。注射器の音。音……。
- 878 名前:名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 15:44:25 ID:nOzPvSzA0
- 何かが次々消えていく。名残も惜しまず消えていく。
何が消えているのか分からない。脳味噌の欠落に途方にくれる。
やがてやんわりと気付いてしまう。嗚呼そうか、消えていくのは僕の記憶か。
剥落した廃墟の壁。中から文字が出てくる。探さないで。どうか、グッドバイ。
壁はどんどん剥けていく。中からのっぺりとした女性の遺体が現れる。
彼女は仄かに笑っている。まあ、それもきっと僕自身だ。そして彼女は死んでいない。
( ´∀`)「しばらくは措置入院が必要でしょう」
僕自身のどこからか、ネジが一本取れて落ちた。それ以来、どうも頭の調子がおかしい。
フラッシュバックが起きるのだ。美しき天国のような世界の残像。
こんなにも苦しいことはない。ただこの世は息苦しいだけだというのに。
目が覚めるとそこは段ボールの中だった。僕の存在は不確定だ。
もうすぐ毒ガスが送り込まれて、僕が死ぬという算段だ。
というわけで、あれからずっと僕は待っている。これからもずっと、待っている。
世界が突然途切れてしまった。ざああああああああと砂嵐のような音が断続的に流れる。
真っ白い空間に投げ出された僕の前に男の顔がある。ざあああああああああああああ。
どこかで見たような、何となく分からない顔が無表情でこちらを見詰めている。ざあああああ。
- 879 名前:名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 15:45:07 ID:nOzPvSzA0
- 暗い夜道を歩いていると不意に誰かの手が僕の足首をつかむ。
見下ろしてみると赤ん坊がこちらを見上げている。出来損ない。その赤ん坊が言う。
お前なんかの代わりに俺が生まれればよかった。俺が生まれれば。俺が生まれれば。
特に当て所もなく本屋へ赴く。何を買うわけでもない、ざっと見渡しておしまい。
帰りに買い物をして帰る。夕飯の食材、日用品、常備薬、等々……。
家に帰る。電気を付ける。それから部屋の隅に向かい、思い切り頭を壁に打ち付けて死ぬ。
( ´∀`)「或いは、遠大な想像が繰り広げられているのかもしれません」
地下の向こう側では太陽の光が届かない。人間は次の進化の手がかりを得る。
何十億年が経過して地球が太陽に呑み込まれたとき、地球人は驚くべき変貌を遂げている。
まず目玉はアルファベットのAのように並び口はGのように、そして鼻はRのように。
ポートレートを眺めている。幼気な少女のポートレートだ。
僕はそのポートレートに薬液を垂らす。ポートレートの中で少女が苦しむ。
マイスリーを無理矢理ねじ込んだ。少女は悶え喘ぎながら意識を失った。おやすみなさい。
寂しい駅舎に無数の小さなカンガルーが跳ねている。僕は水たまりを泳ぐ。
夜が明けたら故郷へ帰ろう。涙を流しながらそう思った。水たまりが深くなる。
しかし夜明けは来なかった。代わりにブルドーザーがやってきた。駅舎を破壊するために。
- 880 名前:名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 15:45:48 ID:nOzPvSzA0
- 無数の眼はそれ自体が監視カメラで、僕のアイデンティティを破壊させる。
小さな村を取り囲む民衆の目は何よりも先進的で機械的だ。
そしてそれは罵倒システムでもある。僕はそれを知っている。勝負はこれからだ。
多面的な境界線に映るもの……それは数式ではなく文章そのものだ。
僕はいつもその境目で苦しんでいる。それは病気ではない。そう、病気ではない。
だから治療のしようなどないのだ。僕はむしろ被害者で、裁判を起こさなければならない。
( ´∀`)「そう、ヘンリー・ダーガーのような……」
僕の姿にモザイクがかかっている。まるでデジタル腕時計のような解像度。
はっきりと見えているものもあるのだ。赤錆の浮かんでいる鉄条網……。
自分以外のものは全て見える。自分だけが見えない。ずっとこのままであればいい。
いつものように街へ出る。狂ったように同じコンビニへ行き交う。
食べ慣れたインスタントラーメンを購う。何故か、アルコールに手を出す気分ではなかった。
家に帰ってインスタントラーメンの蓋を開ける。中に猫の足が二つ入っている。
広大無辺の砂漠を行く。砂の一粒一粒を踏み殺しながら僕は歩く。
遠くの方で宇宙が笑っていた。何にせよ、あらゆるものが僕に向かって笑うのだ。
そう思っていたら、突然怖い顔になってこんなことを言う。お前の右腕のせいだ。
- 881 名前:名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 15:46:30 ID:nOzPvSzA0
- 耳鳴りが止まらない。右の鼓膜を、カマキリの幼虫が頻りに引っ掻いている。
たまらなくなって104番に電話した。殺してやる、と返ってきた。
カマキリのせいで幻聴が聞こえる。僕は他方の耳に受話器をあてた。殺してやる。
新小岩駅が首を吊っている。樹海が自分の身体に灯油をぶちまけた。
最後の手段を失った僕たちはせめて神様にすがろうと方々を探し回った。
そして見つけた。神様は無縁仏の魂に押しつぶされてとっくの昔に死んでいた。
( ´∀`)「自分だけの世界を創りあげてるのかも知れませんなあ……」
団地の夕景の中で若い女性が歌っている。
特に節もつけず、歌詞もなく、鼻歌のような響きが美しいメロディになって移ろっている。
その腕の中で、今し方生まれたばかりの赤ん坊の絞殺死体が首をぶらつかせている。
キーボードを叩く。意図に反した文字が出力される。
慌てて消そうを試みた。しかしキーは勝手に言葉を紡いでいく。
遂にはそれが詩歌となる。やがて掌編に辿り着き、最終的には強迫的な遺書となる。
僕が僕を見ている。身分証の一切を引き裂いても、僕は僕のままだった。
混濁する意識から意味を抽出し、そのたびに僕は絶望していく。
僕は自分を頭上から眺める。徐々にカメラを引いていく。
やがて僕の居場所がわかる。ドーム状の建造物。
その屋上の全面に、僕自身の顔がクッキリと浮かぶ。
了
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