165 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:21:42 ID:haDOIi2UO
 
 
○登場人物と能力の説明
 
( ^ω^)
→この世界の『作者』。
 
/ ,' 3 【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】
→あらゆる力及び力の法則を『解除』する《特殊能力》。
 
从 ゚∀从 【正義の執行《ヒーローズ・ワールド》】
→『英雄』が負けない『世界』を創りだす《特殊能力》。
 
( <●><●>) 【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】
→相手の手負いを『連鎖』させる《特殊能力》。
 
(#゚;;-゚) 【???】
→『英雄』を探している少女。時を何度か巻き戻した。
 
( ・∀・) 【常識破り《フェイク・シェイク》】
→自然のうちに『嘘』を混ぜる《拒絶能力》。
 
从'ー'从 【手のひら還し《イレギュラー・バウンド》】
→『因果』を『反転』させる《拒絶能力》。
 
(゚、゚トソン 【???】
→時や力を『操作』した『拒絶』の少女。
 
( ´ー`) 【???】
→『拒絶』と関わりの深い男。
 
 
.

166 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:22:18 ID:haDOIi2UO
 
 
○前回までのアクション
 
/ ,' 3
从'ー'从
→戦闘中
 
从 ゚∀从
→気絶
 
( ´ー`)
→散策中
 
( ・∀・)
(゚、゚トソン
(#゚;;-゚)
→戦闘終了
 
 
.

167 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:23:50 ID:haDOIi2UO
 
 
 
  十四話「vs【手のひら還し】Y」
 
 
 
 コインを持って、一日中眺めることがあった。
 
 裏にはイタリック体のような数字。
 表には人の顔を象ったような模様。
 
 裏からは決して表を見ることはできず、
 表からは決して裏を知ることはできない。
 
 それをどこか魅惑的に感じることがあった。
 「表裏」という様々な哲学の源である概念、
 そしてその概念の代表的存在、コインに。
 
 表では、コインの肖像のように気取った姿を見せているのだ。
 コインではなく、俗世間における人々が。
 
 人はその姿を見て美しいという。
 男はその姿を見て色気を感じる。
 女はその姿を見て勇敢を感じる。
 
 表側を見て相手の内面を知ろうとし、付き合う。
 表側を見て内面を知った気になって、突き合う。
 表側を見て全てを見透かしたと思って、憑き合う。
 
 だが、コインの表側からでは裏側の数字は窺えないのだ。
 透明なコインは存在しない。
 半透明で向こう側が透けて見える時代が来たとしても、見えるのは
 真逆になった姿で、見ようとしている人が見たいそれの正反対の姿を映し出すだろう。
 
 
.

168 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:25:22 ID:haDOIi2UO
 
 
 では、裏はどうだろうか。
 ただ、価値だけが印されているのだ。
 それもある区間内における、共通の価値観を持って。
 
 人はその値を見て真実を知る。
 男はその値を見て期待はずれだと言う。
 女はその値を見て自分が求めているものではないと言う。
 
 裏側を見て相手の全てを知り、付き合うのをやめる。
 裏側を見て相手の限度を計り、器の違いを知る。
 裏側を見て相手の全てを得、相手はお払い箱となる。
 
 真逆なのだ。
 建前と価値も、男と女も、表と裏も。
 コインは、そのありふれたなかから一枚を無造作に選ぶだけで、
 相手にこのような複雑な論理を一瞬にして解き明かさせてしまう。
 
 実に哲学的だ。
 実に不思議だ。
 実に素晴らしい。
 
 コインに限らず、表裏でなにかががらっと変わるものが、好きだった。
 それを飽きず一日中眺めたりもしたし、
 それを憑かれたかのように闇雲に返し続けていたこともあった。
 
 そんな少女が、ワタナベ=アダラプターだった。
 
从'ー'从
 
 一般的な家庭に生まれ、一般的な生活を過ごしてきた。
 そんななか、母のお遣いを買ってでると、駄賃に銀貨を一枚与えてくれた。
 
 普通の子どもなら、その銀貨を菓子という自己の欲求を
 満たす具体的なものと取り替えようとするだろう。
 コインという抽象的な価値の具現だけを持っていても、
 満足という具体的な価値を得ることは本来できないからだ。
 
 
.

169 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:26:50 ID:haDOIi2UO
 
 
 だが、抽象的なコインがワタナベに与えたものは、抽象的な魅力だった。
 当時のワタナベが、銀貨から表裏という今の論理を汲み取ったわけではない。
 ただなんとなく、その論理の元導かれる表裏の魅力に憑かれただけだった。
 
 不思議なものだ。
 元は表裏の概念すらなかったひとつの金属のはずだったのに。
 平たく、円く実体を形成されても、表裏の違いはなかったのに。
 「コイン」という価値を持った瞬間、表裏が顕著に現れたのだから。
 
 コインを摘んで転がすだけで、イタリック体の数字は細かく彫られた肖像に変わる。
 それを面白がって、ワタナベは暇さえあればコインと戯れていた。
 親はそれを気味悪がるどころか
 
(    )『「自分のお金」というのがよっぽど嬉しかったのね』
 
(    )『ああ。自分のお金を大事にするのは素晴らしいことだ』
 
 と、ワタナベの行動の表側だけを見て判断し、決して
 それをひっくり返して裏側まで覗こうとはしなかった。
 
 今思えば、ここで彼女に表裏の概念を与えなければ、
 彼女は一生、あの狂った能力を手にすることはなかったのかもしれない。
 
 《拒絶能力》を得るきっかけが
 表裏の概念を知っていたから、だったためだ。
 
 
.

170 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:28:02 ID:haDOIi2UO
 
 
 ある日。
 ワタナベはいつものように、小学校から帰ってきた。
 父親は仕事に出ており、母親は家で家事を終えたところだった。
 
 親や友人に恵まれ、恋人という具体的な関係ではなかったが
 ボーイフレンドもいたワタナベは、毎日が楽しかった。
 
 陽気に歌を歌いながら、ワタナベは帰ってきた。
 ランドセルをぶるんぶるん振り回しながら、玄関をくぐった。
 陽気な抑揚でただいまと言い、自分の部屋まで駆け上がった。
 
 ランドセルを放り投げ、すぐ一階の母のもとへ向かう。
 今日一日の出来事を、母に話すのだ。
 母も、可愛い娘が楽しそうに学校の話をするのを聞くのが、毎日の楽しみだった。
 
从'ー'从『今日ね、先生に褒められたの!』
 
(    )『まあ。どうしたの?』
 
从'ー'从『宿題するの忘れてたんだけど、当てられて
      その場で解いたら、「かしこい」って!』
 
(    )『あら。賢いけど、宿題しなきゃ』
 
从'ー'从『え〜ヤだ〜!』
 
 紫の髪を左右に振る。
 当時は、今のように尖ったショートヘアーではなく、
 櫛を通せばすっと通るような、綺麗なロングヘアーだった。
 
 駄々をこねんとするワタナベを、母は笑いながら叱る。
 ワタナベは、そんな母が好きだった。
 
 
.

171 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:29:29 ID:haDOIi2UO
 
 
(    )『だめよ、しなさい』
 
从'ー'从『は〜い』
 
 母にそう促され、口を尖らせるも、ワタナベは立ち上がった。
 手を横に広げ、無邪気に駆けては自分の部屋へと向かった。
 学校で出された宿題をこなすためだ。
 
 部屋で放り投げたランドセルから宿題を取り出し、早速取りかかった。
 学校で教えられたことを思い出しながら、復習を兼ねて宿題を解く。
 学校が苦でなかったワタナベは、宿題も苦ではなかったのだ。
 
 結果、宿題は三十分で終えた。
 解いてみれば、実に少なく思える量だった。
 明日は先生に叱られない、と思って、ふんと鼻を鳴らした。
 
 宿題が終わったので、再びワタナベは一階に戻る。
 母はリビングではなく、キッチンにいた。
 エプロンをつけた母が握っていたのは、フライパンとフライ返しだった。
 
 同時に、香ばしい匂いが漂ってくる。
 そして、ワタナベの好きな甘い匂いも。
 リビングに着くやいなや、すぐに母がなにをしているのかわかった。
 
 ぱたぱたと手を広げ駆けて、ダイニングへと向かった。
 カウンターを挟んだ向こうでは、母が調理をしていた。
 ワタナベはいよいよ期待が抑えられなくなった。
 
从'ー'从『ホットケーキ!』
 
(    )『鼻だけはいいんだから』
 
从'ー'从『ホットケーキ! ホットケーキ!』
 
(    )『はいはい、今出すから』
 
从'ー'从『わああ!』
 
 ワタナベは満面の笑みを浮かべ、飛びかかるように椅子の上に座った。
 陽気に鼻歌を歌って、リズムにあわせて胴体を跳ねさせる。
 出されたナイフとフォークを握って、母をじっと見つめていた。
 
.

172 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:30:31 ID:haDOIi2UO
 
 
 ワタナベの無垢な眼差しを受けて、母も自然と顔が綻んだ。
 更にホットケーキを載せて、ワタナベの前に置いた。
 
 載せたばかりのバターが早速溶け、湯気とともにまろやかな香りを届ける。
 ワタナベは食べてもないのに頬がとろけたような顔をした。
 不器用にナイフとフォークを使い、ホットケーキにがっついた。
 
 口を通して鼻までやってくる香りに、楽園を魅せられそうだった。
 舌が甘みを感じ取ると、そこは楽園ではなく天国となった。
 ワタナベはきゃっきゃっとはしゃぎだした。
 
(    )『じっと食べなさい』
 
从'ー'从『〜〜っ!』
 
 母は宥めようとするが、ワタナベには効かない。
 身をふるわせ今の感動を伝え、再びホットケーキにがっついた。
 母は困った子だ、と思いつつも笑いながらワタナベを見ていた。
 
 ワタナベがホットケーキを完食するのは速かった。
 満足そうな笑みを浮かべ、ワタナベは目を閉じた。
 母は食べられたあとのきれいな食器を片づける。
 
 ワタナベに眠気が訪れたところで、母はワタナベに寝るよう促す。
 ワタナベの家では、間食のあとはだいたい昼寝を挟むのだ。
 それが、至高のリラックスだと思われていたからだ。
 
 敷かれた毛布にワタナベは飛びかかり、寝転がりながらそれを抱きしめた。
 母がそれを制して、毛布を広げる。
 
 
.

173 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:31:09 ID:haDOIi2UO
 
 
 そもそもの体温が高い子どもだ。
 まして、食後で体温は高まっている。
 午後の太陽に照らされ、暖かく心地よい。
 幸せで満ちているワタナベが眠りに就くのに、そう長くはかからなかった。
 
从-ー-从『〜〜……』
 
 無防備な体勢で口をちいさく開いて寝る姿は、無垢な少女そのものだった。
 よく歌う陽気な歌も寝ている最中までは聞けない。
 だが、そんな静かなワタナベでも、天使のように愛らしかった。
 
 母は、こんな娘を持って、幸せだった。
 この幸せが長く続くことを、祈っていた。
 
 
 
 たとえ、その頃夫が居眠り運転のトラックに襲われていたとしても。
 そして頭から血を流して倒れてしまったとしても。
 母は、そんなことはつゆ知らず、娘の幸せを願っていた。
 
 
 
 
.

174 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:32:40 ID:haDOIi2UO
 
 
 

 
 
 ワタナベの睡眠が妨げられたのは、怒号に近い母の悲鳴のせいだった。
 何事だと思ってワタナベは起きあがった。
 寝ぼけ眼を手でこすり、母の方を見る。
 
 母は電話の前でくずおれていた。
 頭を下に向け、受話器を両手で押さえている。
 垂れた髪が、母の顔を覆うように隠していた。
 
 ワタナベから見ると、母が何をしているのかわからなかった。
 だがいつもと様子が違うことだけはわかった。
 四つん這いになって母の方に寄ると、母の声が聞こえるようになってきた。
 
 母の声は、平生のそれよりもかなり乱れていた。
 抑揚が安定しておらず、嗚咽のような息をしている。
 
(    )『じゃ、じゃあ……ッ、夫は……!』
 
 
(    )『………ッ!』
 
 向こうからの声を聞いて、母は反応をした。
 痙攣したかのような動きだった。
 
 ワタナベはわけがわからなかったが、
 母が泣いていることだけはわかっていた。
 
 長い通話が続いたかと思うと、母は受話器を手放した。
 その受話器は、バネに引っ張られて宙を踊る。
 母の右隣をゆらゆらと動くが、母がそれに構う暇はなかった。
 
 通話が終わったのに気づいたワタナベは、母のもとに寄った。
 
从'ー'从『おか……ぁさん?』
 
(    )『……!』
 
从'ー'从『わわ!』
 
 
.

175 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:33:35 ID:haDOIi2UO
 
 
 母も、後ろにいたワタナベの存在に気がついた。
 泣き顔が見られることも気にしないで、母はワタナベを抱きしめた。
 今までに感じたことのなかった母の抱擁に、ワタナベは少し戸惑った。
 同時に、この異常が『異常』であることにも薄らと気がついた。
 
 母は何も言わず、嗚咽を漏らすのみだ。
 ワタナベはなぜあの母がここまで取り乱すのか、わからなかった。
 
 
从'ー'从『おかーさん……?』
 
 しかし母は応えない。
 ワタナベは仕方なく思い、そのまま抱きしめられることにした。
 
 母は、平和の崩壊を覚悟していた。
 
 
 
.

176 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:35:08 ID:haDOIi2UO
 
 

 
 
 母はもう四十になりつつある。
 中学生になったワタナベは、事の重大さを理解できる歳になっていた。
 
 父が亡くなった分、家族は貧しくなった。
 母は、この歳で今更働き口があるのか不安だったのだが、
 地元のスーパーでパートとして働けるようになった。
 
 そのスーパーだが、表社会では名を連ねる大手スーパーで、
 パートに就くこと自体が難しいとされるところだったようだ。
 
 母が就くことに成功した理由は、そのスーパーの店長が
 ワタナベの父の良き友人であり、事情を聞いて同情したからだ。
 捨てる神あれば拾う神あり、とはよく言ったものだ、とワタナベは思った。
 
 だが、労働が未経験の母にとって、スーパーのパートといえどなかなか堪えるものがあった。
 朝起きた時の体力がそれで全部費やされてしまうのが普通だった。
 主婦の友人ができ、励まされもしたが、それとこれとは別問題だった。
 
 母がパートタイムを終え帰宅すると、
 いつもは部活で家にいないはずのワタナベが帰宅していた。
 ワタナベはテーブルの上で勉強をしていた。
 
 母は不思議に思い、どうしたのか訊いた。
 母は小テストのたぐいでもあるのかと思ったが、全く違った。
 
从'ー'从『ただの気分……』
 
 ワタナベは、そう答えた。
 母は、少しどきりとした。
 
 最近、ワタナベの行動や言動に天気屋な部分が見えるようになってきたのだ。
 幼少時のワタナベにはなかった傾向だったので、母は戸惑っていた。
 
 だが、これも思春期に見られる傾向か、と割り切った。
 思春期に性格が変わるのは、よくある話だ、と。
 
.

177 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:37:28 ID:haDOIi2UO
 
 
 貧しくなり、性格も変わってきたワタナベだが、友人に恵まれないことはなかった。
 おとなしく、しかし気分屋なワタナベではあるが、容姿は可憐だったのだ。
 
 髪は短く切り、肩にかかるかどうかの長さに。
 表情は幼少時ほど変わらなくはなったが、
 相対的に色気などは徐々に表れてきた。
 
 小顔に大きな瞳、整った顔。
 すらっとしていて、しかし背はやや低い。
 この時期の女性は肉がつき丸くなる人が多いにも関わらず、
 ワタナベは美少女という言葉に相応しい女性の身体になりつつあった。
 
 化粧をせずとも愛らしいそのマスクは、異性を魅了するのに充分だった。
 幼少時のボーイフレンドとは進学の違いで離ればなれになったが、
 代わりに中学校でもワタナベにコンタクトをとろうとする新規の男子生徒も多かった。
 消極的なワタナベに、心惹かれる人も多かったのかもしれない。
 
 しかし、そういった人にワタナベは関心を抱かなかった。
 話しかけられても、微笑を浮かべ軽く流す程度だ。
 それでも、ほほえみかけられたことに興奮する者もいたのだが、
 愛情を省きワタナベと友好的に接する者はなかなか現れなかったという。
 
 そんな彼女だが、意中の男性が現れなかったわけでもない。
 それは運動会のリハーサルのときだ。
 全学年の全クラスの生徒が集合するので、
 見知らぬ顔の人とたくさん出会うことになる。
 
 白いハチマキを巻いて定刻より早めに運動場に繰り出すと、
 とある男子のグループが、和気藹々と会話をしていることに気がついた。
 いや、運動場にいる人そのものが少なかったため、最初から目には留まっていた。
 
 
.

178 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:38:47 ID:haDOIi2UO
 
 
 他の友人はまだ着替えたり更衣室で話したりしているので、
 手持ち無沙汰であるワタナベは、何の気なしにその男子グループを見ていた。
 皆が同じ白いハチマキをしているので、同じチームなのだとわかった。
 
从'ー'从『……』
 
 近くの階段の一段目に腰を下ろし、眺めていた。
 自分とは対照的に明るい面々が、よしなし事を言って騒いでいる。
 普通の男子だ、と思い見つめていた。
 
 そのとき、今までワタナベに背を向けていた男子が、
 気配に気づいたのか、ワタナベの方を向いた。
 
 
(`・ω・´)
 
从'ー'从『!』
 
 確かに目が合った。
 他の男子より体つきがよく、この歳にしてもう筋肉がついている。
 
 ワタナベは、まさか見られるとは思ってもみなかったので、どきっとした。
 その男はすぐに視線を友人の方へ戻した。
 そのときになって、ワタナベは胸の鼓動に気がついた。
 
 意識してその男子を見ていると、あることがわかった。
 他の男子は「騒ぐ」と形容するに相応しい動きをしていたのに、
 その男子は騒ぎなどせず、腕組みをして大人びたオーラを発しているではないか。
 
 話を振られた時は返すし、逆に話を振られている男子を弄るような発言もして笑いを生んでいる。
 ただ大人びただけの、普通の男子だ。
 だが、その大人びた様子に、ワタナベはいつの間にか目を奪われていた。
 
 
.

179 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:39:43 ID:haDOIi2UO
 
 
 また、当然声も聞こえてくるのだが、
 その男子の声は変声期を終えたのか、すごく低かった。
 その体格、その様子に見合う声色で、男性的な魅力を持っていた。
 
 ワタナベはこのとき、生まれて初めて恋という恋をしてしまった、と思った。
 背中のゼッケンに書かれた名前とクラスを目に焼き付けた。
 いつかまた、彼にコンタクトをとるためである。
 
 階が違うクラスの、シャギィという男子だった。
 
 
(    )『お待たせー』
 
从'ー'从『あ、遅い〜』
 
(    )『ナベちゃんが早いだけ』
 
从'ー'从『もう〜』
 
 友人二人の登場で、ワタナベはシャギィを見るのをやめた。
 ほぼ同時に、リハーサル開始の予鈴が鳴った。
 それを契機に、校舎からぞろぞろと生徒が出てくる。
 ワタナベは胸の静かな昂揚を、引き出しのなかに大切に閉まった。
 
 それでも、人混みのなかからシャギィを探していたが。
 その日は、シャギィを見ることはなかった。
 
 
.

180 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:40:56 ID:haDOIi2UO
 
 
 

 
 
 クラスと名前がわかっていれば、いつでも会える。
 確かにその通りで、会うための条件としては揃っている。
 ワタナベもそう考えていたのだが、あれから
 一週間が経っても、未だに会うことはできていなかった。
 
 運動会本番でも見かけることはなかった。
 別にその日に会わなければならないことはなかったのだが。
 
 クラスと名前がわかっていて会えない理由は、ただ一つ。
 ワタナベに、それを行動に移す勇気がなかったのだ。
 
 何の脈絡もなしにいきなり会うような勇気など、ワタナベにはなかった。
 消極的な性格が、初めて悪い方向に傾いたのだ。
 友人に相談する勇気もなかった。
 
 そして、結局会えないがために募る会いたいという気持ちは、徐々に増えつつあった。
 時々、枕に顔をうずめてじたばたと暴れる日もあった。
 鏡を前に、自分を可愛く見せようと試みる日も増えつつあった。
 
 それでもワタナベは、勇気だけはわいてこなかった。
 
 ワタナベは自分を女性として意識するようになってきたため、
 女性としての色気は更に増してきつつあった。
 そんな姿のワタナベを見て、若しくは少し言葉を交わして、
 彼女に惚れる者は以前にも増して増えるようになっていた。
 
 
.

181 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:42:08 ID:haDOIi2UO
 
 
 そして、実際に愛の告白を受けたこともあった。
 相手は、運動会でワタナベと同じ男女混合リレーにエントリーし、
 それをキッカケに少し会話を重ねるようになった男子だった。
 
 
(    )『好きです。よかったら、俺と付き合ってください!』
 
从;'ー'从『へ?』
 
 それは唐突だった。
 放課後、ワタナベが、彼女が所属する
 バドミントン部の練習に向かおうとする途中だった。
 
 偶然その男子に会い、ワタナベは挨拶をした。
 軽くほほえんで首を横に傾け、手を振って。
 
 いつもなら相手も応じるのだが、今日はどこか畏まっていたように見えた。
 ワタナベが少し不思議がると、男子は「あっ」と声を漏らしては、
 きょろきょろとして周囲の人気のなさを確認した。
 
 ここは校内でも端っこに位置する廊下で、掃除も終わっている。
 運動場からも死角になっているため、誰にも見られる心配はなかった。
 そして、ワタナベを引きとめたのだ。
 
 ワタナベは、この告白の予期などしてもいなかった。
 その男子と仲がいいという自覚はあったが、
 恋愛感情を持たれているとは思いもしなかったのだ。
 
 
.

182 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:44:28 ID:haDOIi2UO
 
 
 彼女は消極的で、だからこそ鈍感なのだ。
 全てを「そんなわけがない」と自分を卑下し、
 本当はそうであるのにそうでないと思いこむ。
 
 冗談か何かと思ったが、その男子の態度からして、それは本気だったようだ。
 ワタナベは平生を失い、少し落ち着きがなくなった。
 初めて本物の愛の告白を受けたため、どう返せばいいかわからなかったのだ。
 落ち着こうと、ワタナベは少し声を出して笑った。
 
从'ー'从『えっと……本気?』
 
(    )『……本気』
 
 男子の目は、それをにおわせるものだった。
 本気で告白をされたため、ワタナベは本気で返事をしなければならない。
 時間稼ぎも一瞬で終わり、ワタナベは返答を迫られた。
 
从'ー'从『すごい急……だね』
 
(    )『急じゃない。運動会で一緒になる前から、ずっと好きだった』
 
从;'ー'从『……へ?』
 
(    )『ずっとナベちゃんのことばっか見てた。気づいてなかった?』
 
从;'ー'从『ぜんぜん……』
 
 それは本音だった。
 仮にその視線に気づいていたとしても、
 「まさか自分が」という考えが真っ先に浮かぶだろう。
 ワタナベが、彼の好意に気がつくはずもなかった。
 
 
.

183 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:45:43 ID:haDOIi2UO
 
 
(    )『……あ、別にだめならだめでも……』
 
从'ー'从『うーん……』
 
 ワタナベが戸惑っているのをフォローしようと、男子が言った。
 そう言われて少し落ち着けたのか、ワタナベは冷静に思考に耽ることができた。
 
 運動場や体育館からは部活に勤しむ生徒たちの声が聞こえる。
 バットがボールを捉える音、バスケットボールがゴールにぶつかる音。
 学校の放課後を思わせる、自然な音だ。
 今、自分が青春を感じていることを、無意識のうちに理解していた。
 
 十秒経った頃だろうか。
 ワタナベは、口を開いた。
 
 
从'ー'从『今……答えた方がいいよね?』
 
(    )『……で、できれば』
 
 そう言われ、ワタナベは決心した。
 緊張を、息にして吐き出した。
 ぐっと顔を上げ、彼と目を合わせた。
 
 
 そして
 
 
.

184 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:46:56 ID:haDOIi2UO
 
 
 
从;>ー<从『ごめんなさいっ!』
 
 
 ワタナベは、そう言うと同時に頭をばッと下げた。
 返事は、はじめから決まっていたのだ。
 もしここで返事を延ばしたり遁辞を弄すれば、それこそ相手への無礼に値する。
 ワタナベは、ぶきっちょながらも正直な答えを、彼に示した。
 
 その一声から、三秒間の静寂が生まれた。
 その三秒間は、ワタナベにとっても、男子にとっても長すぎる時間だった。
 だからこそ、男子はその三秒間で思考を整えることができた。
 
(    )『そ…、そっか……』
 
从;'ー'从『でも、別に嫌いとかじゃなくって……』
 
(    )『?』
 
 ワタナベはせめてフォローをしようと、
 顔をあげては両手を前に突きだしてぶるぶると振るった。
 男子は少しきょとんとしていた。
 
从'ー'从『その……私も、好きな人がいるんだ』
 
(    )『あ……そ、そうだったんだ。聞くの忘れてた……』
 
从'ー'从『こっちこそごめんね……』
 
(    )『ナベちゃんが謝ることじゃないよ』
 
从^ー^从『………えへへ』
 
(    )『……は、はは』
 
 二人は顔を見合わせて、笑った。
 ワタナベは彼の話しやすい性格が好きだし、
 これからもずっと友人のままでいたいと思っている。
 
 
.

185 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:47:45 ID:haDOIi2UO
 
 
 それは、彼にとっても同じことだ。
 だから、こうやって笑いあえる方がいい、と思えた。
 
 笑いあってから、数秒が経過した。
 ワタナベは、笑顔から元の微笑を浮かべていた顔へと戻った。
 
从'ー'从『……ありがと』
 
(    )『え?』
 
从'ー'从『勇気を貰えた。私も、ちょっと告白してみようかなって思う』
 
(    )『まじで!? 超応援する。応援団組んでこよっか?』
 
从;'ー'从『そ、そこまではいいよ……』
 
(    )『成功しても失敗しても複雑な気分だ……』
 
从'ー'从『なによそれ〜』
 
(    )『だって……』
 
从'ー'从『……』
 
(    )『……』
 
 
 そこで、二人は再び笑いあった。
 ワタナベが、幸せと勇気、明るい未来を感じていた一瞬であった。
 
 
.

186 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:48:59 ID:haDOIi2UO
 
 
 

 
 
 日数が少し経った。
 運動会の余韻もいよいよ収まり、皆平生通りの生活を取り戻そうとしつつある。
 運動会の所為で日焼けをしていた者も徐々に減ってきていた。
 が、もともと肌が白いワタナベが気にすることではなかった。
 
 そして、放課後になった。
 六限目が体育だったこともあってか、鼓動がはやい。
 汗は吹き出し、頬は紅潮している。
 
 ワタナベは今、薄い紫のタオルを首にかけていた。
 右手で額や髪の生え際、首筋を念入りに拭う。
 深呼吸も数回して、漸く落ち着くことができた。
 
 だが、その落ち着きは所詮建て前に過ぎなかった。
 その扉の向こうでは、やはり心が不審な動きを続けているのだ。
 それを、ワタナベはわかっていた。
 わかっているのに抑えられない自分を、弱いと思った。
 
 日頃から飽き性な自分がこのような一途な想いを抱くのが、不思議で仕方がなかった。
 それが、この鼓動の正体なのかもしれない。
 しかし、実際の鼓動の原因は他にあるのだ。
 それも、知っていた。
 
 
 
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187 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:50:07 ID:haDOIi2UO
 
 
 待機していたのは、ショートホームルームを終えてないクラスの教室の、後方の扉の向かいだった。
 壁に背中を預け、顔を隠すようにタオルで顔を拭い続ける。
 教室からざわめきが大きくなったのを聞いて、それの終わりを察した。
 鼓動は、更にはやくなった。
 
 椅子の脚が擦れる音がする。
 ぞろぞろと足音が聞こえるようになって、ワタナベははッとした。
 
 背筋をぴんと伸ばし、精一杯背伸びもする。
 手をサンバイザーのようにかざし、きょろきょろと彼を探した。
 どれも見たことのないような顔ばかりで、部活で一緒の友人すらいなかった。
 心細さのようなものも感じつつ、粘り強くそれを続けた。
 
 そして見つけた瞬間、ワタナベの鼓動はよりはやくなった。
 思えば、その人混みのなかから巨漢を見つけるのにそれほど時間がかかる方がおかしかったのだ。
 そして、それは彼女が敢えてそうしていた、というわけである。
 ワタナベはそれすら気づくことはなかった。
 濁流のような人混みの流れに合わせて、ワタナベもそれに潜った。
 
 潜って、その濁流が飛沫となって散乱する時。
 ワタナベは前方に見える巨漢の影を追っていた。
 巨漢、すなわちシャギィの。
 
 
从;'ー'从『あ、あのッ!』
 
(`・ω・´)『?』
 
 
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188 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:51:20 ID:haDOIi2UO
 
 
 ワタナベのその一言は速かった。
 
 シャギィは、勤しむべき部活動がない。
 補習もなく、生徒会活動もない。
 詰まるところ、授業が終わればまっすぐ帰るのだ。
 
 それを察したワタナベは、今引き留めるしかないと思った。
 羞恥や昂揚など二の次で、ただ本能がワタナベにその行動をさせた。
 結果、自転車に跨ごうとするシャギィを制止するのに成功した。
 
 自転車通学を許されるのは、家が遠いか込み入った事情がある家庭の生徒のみだ。
 そう思うと、シャギィも何らかの特別な生徒かもしれない。
 そんな予備知識を自然のうちに覚えてから、ワタナベは話をきりだした。
 
从;'ー'从『ワタナベですけど、しゃ、シャギィくん……ですよね?』
 
(`・ω・´)『……ああ』
 
 ワタナベはちいさく「よかった」と呟いた。
 それがシャギィに聞こえたかどうかはわからない。
 なんせ、まだ周囲には人がいるのだ。
 
 ワタナベは顔をあげた。
 シャギィの力強い視線が、ワタナベに喋ることを躊躇させる。
 だが、ワタナベは負けなかった。
 
 
从'ー'从『その……ちょっと来てもらっていい……?』
 
(`・ω・´)『? 構わないが』
 
 
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189 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:52:23 ID:haDOIi2UO
 
 
 シャギィが私的に自分と話してくれることが、ワタナベにとっては嬉しかった。
 これが恋心であることを知りながら、今はそれを押し隠して
 シャギィを人目のつかないところまで引き連れていった。
 
 嘗て自分もそれをさせた、人気の少ない廊下へ、である。
 その廊下は、やはり今日も人気がなかった。
 なんの名目のもとつくられたのかわからない教室の前だ。
 
 シャギィはわけもわからないまま、ワタナベを見つめる。
 ワタナベはその視線に気がついて、覚悟を決めた。
 
 
从*'ー'从『しゃ、シャギィくん!』
 
 自然と早口になる。
 舌が普段の倍ほど速く動く。
 これほど、自分は饒舌だったのだろうか。
 そう思えたが、実際は時の流れが平生と違っていただけなのだ。
 
 嘗ての躊躇、不安などどこへ行ったのか、
 ワタナベの言葉は着々と「想い」を形成していった。
 
 
从*'ー'从『はじめて見たときから、好きでした』
 
从*'ー'从『もしよかったら、付き合ってください』
 
 
 
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190 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:53:57 ID:haDOIi2UO
 
 
 
 そう言いきってから、ワタナベは事の重大さを察した。
 告白し終えてから、その告白がどれほどとんでもないものなのか、わかったのだ。
 
 シャギィは、ワタナベが思っていたよりは当惑しなかった。
 首を傾げ、ただ死体でも見るかのような冷めた目でワタナベを見ていただけだった。
 シャギィはシャギィで思うところがあったのだろうか、少し黙る。
 
 気持ち俯き、手を前で交差させるワタナベは、じっと待つ。
 たとえこの告白が、非常識でも。
 ワタナベは勇気をもってして、この現場に臨んだ。
 
 シャギィは言葉を選んでいたのか、ワタナベのそれから第一声を発するのに時間がかかった。
 少し首を傾げているのは、ワタナベには視認できないだろうか。
 不思議な気持ちのシャギィは、ワタナベに顔をあげるよう言った。
 
(`・ω・´)『……』
 
从'ー'从『……』
 
 それからは、再び静寂が辺りを包み込んだ。
 といっても、ほんの二、三秒である。
 それを長く感じたワタナベの煩わしさは、計り知れない。
 
 静寂に耐えかねて、ワタナベは右拳を下唇に当てた。
 困ったような表情をして、首を傾げて聞いた。
 
从'ー'从『……やっぱり、だめ……ですか?』
 
(`・ω・´)『……なにぶん、状況を把握できないのでな』
 
从'ー'从『私のこと、知らないもんね…』
 
 
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191 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:55:28 ID:haDOIi2UO
 
 
 ワタナベの悟った「非常識」とは、それだった。
 いわば一目惚れ、なのだ。彼女の恋とは。
 シャギィがそれを知る由もなく、いきなり知らない他人から愛の告白をされた、ということになる。
 
 しかし、シャギィの返答はワタナベの予想とは違った。
 
 
 
(`・ω・´)『……いや、存じてはいる』
 
 
 ワタナベが反応を見せる。
 シャギィは腕を組んで明後日の方に視線を遣り、続けた。
 
(`・ω・´)『これでも俺は、周囲の人間をよく見る方でな』
 
从'ー'从『周囲……?』
 
(`・ω・´)『運動会の時、ちらっと見た記憶はある』
 
从'ー'从『!』
 
 それは、ワタナベもシャギィを初めて見たとき。
 シャギィがその一瞬でワタナベのことを認識し得たとは
 思いづらかったが、シャギィは認識していたのだ。
 
 それを知って、ワタナベは嬉しくなった。
 自分を意に介していてくれたことに。
 
 
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192 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:56:27 ID:haDOIi2UO
 
 
从*'ー'从『じ、実はそのときに好きになっちゃって……』
 
(`・ω・´)『……意外だな』
 
从'ー'从『?』
 
(`・ω・´)『まさか、その一瞬で惚れられるとは』
 
从'ー'从『……』
 
(`・ω・´)『長所の見当たらない俺を好いてくれたのは嬉しいのだが……』
 
 
 ワタナベのなかのなにかが、
 急に冷めていくような実感がしていた。
 
 
(`・ω・´)『こんなことを言うのもなんだが、俺につきまとうとろくでもないことが起こる』
 
(`・ω・´)『すまないが、付き合う、のは無理だ』
 
(`・ω・´)『……悪いな』
 
 シャギィの低い声が、ワタナベの胸の鐘を強く叩き鳴らした。
 だが、それはショックを、悲哀を告げる鐘の音ではない。
 なにかが、終わりを告げたなにかの音だった。
 
 興醒め――が、今のワタナベの心情を
 一言で表すのにちょうどいい言葉だった。
 
 
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193 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:58:39 ID:haDOIi2UO
 
 
从'ー'从『……そ、そう』
 
 辛うじてひねり出せた言葉が、それだった。
 しゅんとして、頬の紅潮はすっかりなくなっている。
 シャギィも紡ぐ言葉の糸がなくなったのか、黙りとした。
 
 部活動に勤しむ生徒たちの声が大きくなってきた。
 いつまでもここにいると埒が明かず、ましてそろそろ誰かに見つかってしまうおそれがある。
 シャギィは折り合いを見つけて、帰ろうとした。
 ワタナベに、その旨を告げて。
 
 
 ワタナベの、呆気ない、白紙の一ページだった。
 
 
从'ー'从『あ、あの、その前に』
 
(`・ω・´)『なんだ?』
 
从'ー'从『どうして……周囲の人を逐一確認なんかしてるんですか?』
 
(`・ω・´)『? ああ、それか』
 
 
 シャギィは、半ば面倒臭そうに応えた。
 ワタナベとしては、それが唯一気になることだったのだ。
 
 一ページの呆気なさにせめてスパイスでも振ろうと、
 苦心の末放った話題がそれくらいしかなかった。
 
(`・ω・´)『簡単だ』
 
 
(`・ω・´)『俺が、「劣後」に満ちた「負け犬」だからだ』
 
 
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194 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 18:59:14 ID:haDOIi2UO
 
 
从'ー'从『……れつご?』
 
(`・ω・´)『「負け犬」に深くかかわらない方がいい。……じゃあ』
 
从'ー'从『あっ……』
 
 
 シャギィはそう言い残すと、逃げるようにその場を去った。
 ワタナベのなかで、もやもやが更に広がった気がした。
 もう胸の高鳴りも昂揚も感じない。
 嘗て感じていた躊躇や不安の原因が、わからなくなった。
 
 なんとも後味の悪い、ワタナベの告白の一部始終だった。
 
 
 
 
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195 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:00:41 ID:haDOIi2UO
 
 
 

 
 
 ワタナベは、その後は部活動を休んで帰路に就いた。
 やりきれない気分では、部活動にも力が入らないのだ。
 しょぼんと顔を俯けて、とぼとぼと歩んでいく。
 
 ふられた事に、劣等感は感じなかった。
 むしろ、ふられて正解だった、とすら思えた。
 どこか、いざ話してみると興醒めを感じてしまったのだ。
 
 また、自分が「負け犬」になったような気もした。
 シャギィはそれらしい意味深長な言葉を発していたが、今のワタナベには理解ができない。
 ただ、払うことのできない霧だけが立ちこめていた。
 
 
 
 歩いていくと、途中で道を間違えたのか、スーパーに辿り着いた。
 無意識のうちに曲がる角を間違えたようだ。
 ワタナベは軽く自嘲し、「せっかくだし」と思ってスーパーに入店した。
 
 ――ワタナベは、自分では恋が成就しなかったことに不満を抱いていないと思っているが、
 やはり「自分を認めてもらえなかった」ことに対して、確かな劣等感を感じはするはずなのだ。
 それが間接的なストレスとなり、彼女の思考を険悪にさせるものとなる。
 そうとは知らず、ワタナベはただ募りゆくフラストレーションに悩まされた。
 
 彩り豊かな店内の配置。
 飛び交う安値の商品。
 賑わいを感じる様々な声。
 
 確かに、そこはスーパーだった。
 形容の仕方がおかしい気もしたが、スーパーだった。
 人が多いのは、そもそもそういうスーパーなのだろう、と割り切った。
 
 
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196 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:01:56 ID:haDOIi2UO
 
 
 滅多にスーパーには来ないので、どこか新鮮に感じる。
 ふられた事によるショックも、紛らわしてくれそうだった。
 そして歩いていくと、自然のうちに菓子コーナーに来ていた。
 
 ワタナベも、昔から菓子は好きだった。
 本能的にそれを求める自分を、軽く笑った。
 引き返す必要もなく――というよりもともと何の用もないので――
 せっかくだしと思い菓子コーナーを見て回ることにした。
 
 新発売のガムから、定番のスナック菓子まで。
 どれも、子ども心をくすぐる巧みなパッケージがされていた。
 ワタナベは、なにかひとつ欲しいと思った。
 微妙に腹も空いているのだ。
 
 鞄から、財布を取り出す。
 マジックテープを剥がし、小銭の枚数を数えた。
 銅貨が、数枚―――
 
从;'ー'从『(あら……なにも買えない)』
 
 そこで、手を止めた。
 明らかに、額がどの菓子にも届かないのがわかったのだ。
 
 恥じらうように財布を鞄に仕舞った。
 溜息を吐いて、その場をあとにしようとした。
 
 
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197 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:03:54 ID:haDOIi2UO
 
 
 ―――しようと、した。
 そこで、ワタナベの「悪い癖」が出てしまったのだ。
 
 飽き性で、天気屋で、すぐ手のひらを返す。
 物事を楽観視し、明日は明日の風が吹く、をモットーにしている、という。
 
从'ー'从『……』
 
 また、ふられた事で思考がどうにかしていた。
 払えない霧を無理やり払う手段も、模索していたのだ。
 そんななか、ふと「それ」が霧を払うのにふさわしいのではないか、と思えてしまった。
 
 ワタナベは周囲の視線を確かめる。
 時間帯が時間帯だからか、子連れの母はいない。
 こちらに目を向けていない客が、菓子コーナーの向こうを横切る程度である。
 
 次に、目の前の商品を見た。
 新発売のガムである。
 味の違うガムが層になっていて、甘そうだ。
 
 
 
 そして、このくらいの大きさなら
 さッと取っては気づかれないようにポケットに収まる。
 
 
 
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198 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:04:24 ID:haDOIi2UO
 
 
 
 
 ―――この時の、偶然。
 
 ひとつ、この日は偶然「万引きを逮捕するドキュメンタリー番組の撮影が行われていた」こと。
 もうひとつ、このスーパーは「母が働いているスーパーである」ということ。
 
 
 
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199 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:05:36 ID:haDOIi2UO
 
 
 

 
 
 ワタナベは、そのガムを何気ない仕草で持ったかと思うと、すぐにポケットに押し込んだ。
 何食わぬ顔して、呑気に鼻歌をもうたって、散策する。
 
 ばれるかもしれないというスリルと、味わったことのない背徳感の心地よさが彼女をぞくぞくとさせた。
 それは、恋なんかの数十倍、いや下手すれば生きてきたなかで一番の快感を与えた。
 「誠実」を絵に描いたような存在のワタナベが、罪に走ったのだ。
 確かに、「今までにない感情」は生まれるだろう。
 
 問題は、それが「快感」であったことだ。
 この時点で既に、彼女が恐ろしい死神の道を歩む素質はあったと言えよう。
 だが、『因果(けっか)』を拒むようになったのは、この時からではない。
 
从'ー'从『〜〜♪』
 
 ばれてないと思って、歩みを進める。
 十分前後の散策も終わって、さあ帰ろうとした。
 出口に向かって歩いていく。
 ワタナベは、この瞬間を、一番スリルの味わえる瞬間だと思った。
 
 そして、そのスリルは、無事をもって終えた。
 自動ドアを抜けた瞬間、ワタナベは皮膚上を虫が這ったかのようなほどの快感を得た。
 ぞくぞくと、快感が躯を走る、突き抜ける。
 ワタナベは同時に成功を感じ、笑みをこぼしながら歩みだそうとした。
 
 
 
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200 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:06:40 ID:haDOIi2UO
 
 
 
 だが。
 
 万引きが万引きをして検挙されるのは、
 自動ドアをくぐりぬけて「から」であることを、
 当時の幼いワタナベが理解するすべはなかった。
 
 
 
(    )『ちょっと』
 
从;'ー'从『ッ!』
 
 快感の絶頂だったところ、背後から急に肩に手をかけられ、ワタナベは心臓が止まりそうになった。
 振り返ってみると、店内で品だしをしている店員のようには見えない、
 明らかにバックスペースに滞在してそうな容姿の男だった。
 
 ――まさか、ばれているはずがない!
 そんな的外れな考えが渦を巻くも、男の言葉はワタナベに絶望を与えるのに充分だった。
 
 
(    )『君、それ≠フ代金払った?』
 
从;'ー'从『え、えっと……』
 
(    )『……ちょっと裏に来てもらおうか』
 
 
 
 
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201 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:07:51 ID:haDOIi2UO
 
 
 
 

 
 
 妖しげな雰囲気を醸し出す店内では、カウンター席に腰掛ける男以外、誰もいなかった。
 カウンターの向こうでは、カラフル且つ高価そうな酒の瓶が羅列されている。
 書かれている言語も読めないが、ただ雰囲気からしてどれも美味だと思えた。
 
 この薄暗さが、何となく好きだ。
 ネーヨは、ふとそう思った。
 頬杖をついて、空のグラスを傾けたりしていた。
 
 タバコを吸おうとしたが、以前そうしようとしたときに
 タバコを文字通り煙たがられたのを思い出して、やめた。
 愛煙家として、マナーを守るのは当然であり義務だ、と男は思うのだ。
 
( ´ー`)「……暇だな」
 
 溜息を吐いたり姿勢を変えたりして、時間が無駄にながれていくのを肌で感じる。
 ロックアイスをグラスに積んで、何か勝手に注ごうか、そう思った時だ。
 背後に、慌ただしい気配が現れた。
 
 
( ・∀・)
 
 
( ´ー`)「モララーか」
 
 今までなかった気配が現れたと同時に、ネーヨは冷静にそう言った。
 もう、彼に「――にいる」と云った『嘘』を吐かれるのは慣れているのだ。
 急に気配が現れたなら、それの主はせいぜいモララーかショボンくらいだ。
 
 
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202 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:09:15 ID:haDOIi2UO
 
 
(゚、゚;トソン「あああ…ッ! 買い物…」
 
( ´ー`)「酒を呑む場で騒ぐんじゃねえよ」
 
(゚、゚トソン「! いらしていたのですか」
 
 トソンも遅れて、ネーヨの存在に気がついた。
 誰もが抗えない『拒絶』を持つ、ネーヨ=プロメテウス。
 同じ『拒絶』でさえ、彼の放つオーラには屈してしまう。
 
 ネーヨは空のグラスをトソンに向けた。
 トソンはなにを言おうとしているのかわかった。
 
(゚、゚トソン「……まだ開店時間ではありません」
 
( ´ー`)「知らねえよ。俺は酒を呑みたい時に呑むんだ」
 
( ・∀・)「らしいっちゃ、らしいな。旦那らしいぜ」
 
( ´ー`)「中身の感じられん言葉をありがとよ」
 
 ネーヨは皮肉を籠めて言った。
 モララーの放つ言葉は全て、『嘘』のように聞こえるのだ。
 文字通り、虚構であるかのように。
 
( ´ー`)「それよか……」
 
 中身が空のグラスを、卓上に置いた。
 椅子を回転させて、トソンとモララーの方に躯を向ける。
 
 
.

203 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:10:35 ID:haDOIi2UO
 
 
( ´ー`)「『嘘』を『混ぜ』てまでここに来るたぁ……何かあったのか?」
 
( ・∀・)「……そのことだよ、旦那」
 
( ´ー`)「んあ?」
 
 日頃はニタニタしているモララーだが、この時ばかりは決してそうはしていなかった。
 『嘘』のような真剣さ、しかし『嘘』とは思えない真剣さがにじみ出ている。
 ネーヨも、その異変を察知した。
 
( ・∀・)「カゲキんとこの娘、知ってるか?」
 
( ´ー`)「『英雄』だろ?」
 
( ・∀・)「それの、妹だ。あいつに妹っているのか?」
 
( ´ー`)「……妹ぉ?」
 
 ネーヨは、癖でタバコの入ったポケットを無意識のうちにいじっていた。
 もう片方の手で、頭を掻く。
 予想外の質問に、少し戸惑ったのだ。
 
( ´ー`)「カゲキの娘はハインリッヒだけのはずだけどなあ」
 
( ・∀・)「……そうか? そうなのか?」
 
 モララーがしつこく詮索する。
 だが、そうでもしないとこの新たな『拒絶』を拭えなかった。
 
 
.

204 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:11:38 ID:haDOIi2UO
 
 
(゚、゚トソン「ほら。ただの『能力者』だったのですよ」
 
( ・∀・)「だったらいいが……」
 
 トソンが補足し、モララーが訝しげな顔をするも肯いた。
 トソンは微笑を浮かべ、渋々カウンターの向こうへと行った。
 その仕草や動きはバーテンそのもののように思えるが、生憎着ているのは私服だ。
 とても酒を振る舞う一流のバーテンとは思えなかった。
 
 トソンがそちらへ向かったのを見て、モララーも席に就いた。
 ネーヨと一つ空席を空けた、席に。
 
 ――その移動の間、ネーヨは固まったかのように思考に耽っていた。
 首を少し俯かせ、判らない程度に苦笑を浮かべる。
 その様子は、この男に関しては滅多に見られないものだった。
 
 
(゚、゚トソン「……せっかくだし、奢りますよ。なにがいいですか?」
 
( ・∀・)「俺はなんでもいいや」
 
(゚、゚トソン「なんでも……ネーヨさんは?」
 
 トソンは、未だ固まっているネーヨに話しかけた。
 だが、ネーヨはやはり動かず思考に耽ったままだった。
 
 
.

205 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:13:41 ID:haDOIi2UO
 
 
(゚、゚トソン「……ネーヨさん?」
 
( ・∀・)「ビールでいいんじゃない?」
 
(゚、゚トソン「そうですかね」
 
 ネーヨは、ビールが好きだ。
 こじゃれたワインなんかも呑むが、ビールを呷る方が好きなのだ。
 それを二人は理解していたので、そんな会話を進めた。
 
 だが、ネーヨはそんな会話など既に『拒絶(むし)』していた。
 なにかに夢中になると、自然とそのスキルが適用されてしまうのが彼の悪い癖だった。
 
 そんななか、我に返ったネーヨは
 二人の会話を遮るかのように言葉を放った。
 
 
( ´ー`)「……なあ、モララー」
 
( ・∀・)「?」
 
( ´ー`)「その『能力者』……なにを操った?」
 
( ・∀・)「??
      なにって?」
 
( ´ー`)「『時間軸』か?」
 
( ・∀・)「???
      ……あ、ああ。『時間軸』、『時間軸』だ。その表現が正しいだろうよ。
      カット? とか言ってたしな」
 
( ´ー`)「!」
 
 途端、ネーヨは反応を見せた。
 日頃そういったものに無関係だと思われていたネーヨが
 見せた行動だったので、向かいにいたモララーは驚いた。
 
 
.

206 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:14:24 ID:haDOIi2UO
 
 
( ・∀・)「旦那? やっぱ心当たりある?」
 
( ´ー`)「……心当たり、か」
 
 気遣いの言葉に、ネーヨはそう呟くだけだった。
 モララーは少し黙ったきり、姿勢を元に戻した。
 ネーヨと会話をしていたのが急にネーヨの思考で中止されるのは、よくあることなのだ。
 いつものことだ、とモララーは思って前を向いた。
 
 確かに、いつものことだ=B
 だが、考えていることはいつもとは違っていた=B
 
 
 
( ´ー`)「(………余計な手回ししやがって……)」
 
 
 
( ´ー`)「(……………パンドラ………)」
 
 
 
 
.

207 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:15:30 ID:haDOIi2UO
 
 
 
(゚、゚トソン「モララーさんには牛乳水割りを。
     ネーヨさん、はい。いつものです」
 
( ・∀・)
 
( ´ー`)「あ、ああ……悪いな」
 
( ・∀・)
 
( ・∀・)「え? なあ、ちょっとおい」
 
(゚、゚トソン「なんですか?」
 
(゚、゚トソン「言っとくけど、お買い物を邪魔したこと、まだ許してないから」
 
( ・∀・)
 
( ・∀・)「クソッタレええええええええええええええええええええ」
 
 
 
.

208 名前:同志名無しさん :2012/12/14(金) 19:16:35 ID:haDOIi2UO
 
 
 
( ´ー`)「……」
 
 騒がしい日常をよそに、ネーヨはビールを呷った。
 メーカーどころか原産国すら知らないビールだが、やはりそれはうまかった。
 それを一旦卓上に置いて、ネーヨは頬杖をついた。
 
 
( ´ー`)「……まあ」
 
 
( ´ー`)「んなこと気にせんで、今は呑んどきゃあいいかな」
 
 
 モララーはトソンに勝てない口論を申し込んでいた。
 それをトソンは軽く去なして、モララーをいじめていた。
 
 それも、確かにいつものこと≠ネのだ。
 その、いつものこと≠ェ、いつまで続くのか。
 ネーヨは考え始めて、すぐにやめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.


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