- 377 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:26:27 ID:BbVnuM3IO
-
○登場人物と能力の説明
( ^ω^)
→この世界の『作者』。
/ ,' 3 【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】
→あらゆる力及び力の法則を『解除』する《特殊能力》。
从 ゚∀从 【劇の幕開け《イッツ・ショータイム》】
→自身が『英雄』となる『劇』を発動する《特殊能力》。
( <●><●>) 【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】
→相手の手負いを『連鎖』させる《特殊能力》。
(´・ω・`) 【ご都合主義《エソラゴト》】
→『絵空事』を『現実』に変える、もしくは『現実』を都合よくねじ曲げる《拒絶能力》。
( ・∀・) 【常識破り《フェイク・シェイク》】
→自然のうちに『嘘』を混ぜる《拒絶能力》。
从'ー'从 【???】
→ゼウスを完封した『拒絶』の少女。
.
- 378 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:27:07 ID:BbVnuM3IO
-
○前回までのアクション
( ^ω^)
从 ゚∀从
(´・ω・`)
→戦闘中
( <●><●>)
从'ー'从
→戦闘終了
/ ,' 3
→療養中
.
- 367 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:05:37 ID:BbVnuM3IO
-
第七話「vs【ご都合主義】V」
暗い室内で、湿度が非常に高いところだった。
蜘蛛の巣が四方八方に張られ、埃っぽい。
木製のテーブルと付属の椅子に、男が二人腰掛けている以外は、
廃墟同然の内装、佇まいと言える古臭い小屋だった。
ただ、体重に耐えかね悲鳴をあげる椅子の声のみが聞こえていた。
卓上に置いたマグカップには、水しか注がれていない。
それでさえも、テーブルが軋む際に波状を広げていた。
痩身の男がそのマグカップを手に取り、
ぬるくなった水を少し、喉に通した。
そして、大して満たされることもなく、
半ば惰性的にマグカップを卓上に戻した。
再びなかの水は波紋を広げていった。
.
- 368 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:07:02 ID:BbVnuM3IO
-
( ´_ゝ`)「……いいのか、旦那」
聞くだけで相手を悲しくさせる声を、アニジャ=フーンは発した。
頬杖をつき、呆れた表情で向かいの男をみた。
その男は非常にがたいがよく、それは服の上からでも
筋肉の膨らみようがはっきりと視認できるほどだった。
アニジャの不審そうな視線には気づかず、
男は腕を組み身を背凭れに預け、言った。
( )「なにがだ」
( ´_ゝ`)「ほかの『拒絶』の連中だよ」
「なんだ、そんなこと」と男は思った。
視線を下に向け口角を少し吊り上げた。
眼中にもない、歯牙にかける必要もないと言いたげな表情だった。
不遜な態度ではあるが、男にとってはこれがふつうだった。
( ´_ゝ`)「こんなことを言うのは悪いが、このままじゃラチが明かないぞ」
( )「どういうことだ?」
( ´_ゝ`)「『拒絶』を満たさせたところで、しょうがないってことさ」
( )「……」
.
- 369 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:08:36 ID:BbVnuM3IO
-
( ´_ゝ`)「こんなことを言うのは悪いが、このままじゃラチが明かないぞ」
( )「どういうことだ?」
( ´_ゝ`)「『拒絶』を満たさせたところで、しょうがないってことさ」
( )「……」
男は黙り込んだ。
そして少し不機嫌そうな顔を見せた。
男は、アニジャが昨日モララー=ラビッシュとともに行動したのを知っていた。
というのも、そのことを指示したのはこの男なのだ。
ただ、アニジャはこの男の思考を読めないでいた。
だが、自分を向かわせた理由はよく知っていた。
自分は、とにかく周りに『不運』を起こす。
本来なら、モララー自身にも『不運』は飛びかかりそうなものなのだ。
『不運』は「運」だけあって、なにが起こるかはアニジャ本人にもわからない=B
運悪く£n割れが起こってアニジャが死んでしまうかもしれないのだ。
ならば、どうしてモララーと同行したのか。
答えは、簡単だ。
モララーに戦わせないため≠ナある。
.
- 370 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:10:53 ID:BbVnuM3IO
-
( )「んなことに興味ねえよ」
( ´_ゝ`)「わざわざ俺を遣わせてまで、やつらの同士討ちを防ぐ必要はあったのか?」
( )「別にねえ。気分だ」
アニジャは少し黙ったあと
再び目の前のマグカップを手に取った。
すぐに喉が渇くのは自分の悪い性質だ。
( ´_ゝ`)「……確かに、『拒絶』ひとり遣わすよりかは
俺を同伴させる方が賢い。
裏切りだの、出し抜くだのできないんだからな」
『拒絶』が『能力者』を襲うのは、満たされるためである。
そして、派遣されたモララーも『拒絶』のひとりであり、満たされたい。
あの場面でも、そう思わせる発言をしていた。
もしそこでモララーが満たされるべくほかの『拒絶』を出し抜き
一足先に『能力者』を襲えば、それは不公平で、ほかの『拒絶』が不満を持つだろう。
.
- 371 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:13:29 ID:BbVnuM3IO
-
しかし、アニジャがいれば話は別だ。
【771《アンラッキー》】が起こってしまえば、襲おうとしたのに
運悪く自分が命を落としてしまうのかもしれない。
『嘘』を『混ぜる』とき、その吐くべき『嘘』の内容を間違えた、や
『混ぜ』た直後に別の『不運』が起きてしまうかもしれない、など。
言葉の意味を理解して、なお男は肯いた。
そして、低い声で彼は続けた。
( )「その通りだ。誰も『運命』までは拒絶できねえ。
甘受するしかねえんだ。……俺とアイツ∴ネ外、な」
( ´_ゝ`)「あいつ……。ショボンか?」
すると、男は笑った。
アニジャはなぜ笑われたのかわからなかった。
( )「なに知ったかぶりしてんだよ」
( ´_ゝ`)「……心当たりがないな」
しかし、アニジャの顔と言動は一致していなかった。
男は更に大きく笑った。
( )「結構非情なんだな、おめえはよ」
( ´_ゝ`)「……」
.
- 372 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:15:20 ID:BbVnuM3IO
-
今度はアニジャが黙った。
ろくに口を開こうともしなかった。
そのまま、五秒ほど経った。
( )「……まあ。
なにもかもを拒む<Aイツらが、
俺を受け入れてくれたのは幸運だった。
それだけ、言ってやろう」
( ´_ゝ`)「……?」
( )「恩義すら感じない『拒絶』が、まさかな」
( ´_ゝ`)「……」
少し、男をアニジャはじっと見つめた。
( ´_ゝ`)「……違うぜ、旦那」
( )「なにが、だ」
( ´_ゝ`)「あいつらは……誰も、旦那に恩義なんか感じてないってことさ」
( )「………」
( )「……ああ、そうだったな。
恩義を感じるはずはねえ。でも、んなこたぁどうでもいいんだよ」
男は怒るどころか、逆に笑った。
自虐的に、控えめに。
そして、右の口角を吊り上げた。
非常に不快となる笑みだった。
.
- 373 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:17:08 ID:BbVnuM3IO
-
( )「俺の考えを受け入れてくれればそれでいいんだからな」
( ´_ゝ`)「『能力者の抹殺』か?」
( )「違う」
( )「ただ、世界に『拒絶』を受け入れさせる。それだけだ」
( ´_ゝ`)「……」
アニジャは俯いた。
どいつもこいつも、と思っていた。
男の方はそんなアニジャの思いを察していなかった。
( )「誰も、俺に恩義なんか感じなくていいんだよ。
ただ、『自分が受け入れられるかもしれないゲーム』を持ちかけただけだ」
( ´_ゝ`)「解せないな」
( )「だが、この話を『拒絶』に言ったときのアイツらの顔、見たか?」
( )「真っ暗闇に差し伸べられた一筋の光だったんだ、俺の案はな」
( ´_ゝ`)「……」
.
- 374 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:18:45 ID:BbVnuM3IO
-
( )「思えば厄介な連中なもんよ。
『現実』を拒絶するショボン。
『真実』を拒絶するモララー。
『因果』を拒絶するワタナベ。
『定義』を拒絶するトソン。
あと……」
( ´_ゝ`)「やめないか」
( )「あ?」
( ´_ゝ`)「あいつ≠フ話題は、だ」
( )「……」
そのとき、アニジャの眉間にしわができた。
その姿くらいは男も視認できた。
アニジャは拳をぐっと握りしめた。
( ´_ゝ`)「俺は『拒絶』じゃない。
でも、強いて言えば俺にとっての
『拒絶』はあいつ≠ネんだ」
( )「……おめえのチカラじゃ適わんからか?」
( ´_ゝ`)「違ぇ」
( )「じゃあどうしたんだよ」
アニジャは俯いて目を閉じた。
元々糸目のアニジャの目が、一層細く見えた。
( ´_ゝ`)「ただの兄弟喧嘩、ってとこかな」
( )「俺にはわかんねえ、な」
( ´_ゝ`)「……フーン」
.
- 375 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:19:45 ID:BbVnuM3IO
-
すると、アニジャの向かいの男は急に立ち上がった。
服に付着した埃をぱたぱたとはたいて、
この部屋の出口へと向かった。
アニジャもマグカップの中身を呷って、あとを追いかけた。
急に動き出したものだから、わけがわからなかったのだ。
( ´_ゝ`)「どうしたんだ、旦那」
( )「俺もちったぁ満たされてえしな」
( ´_ゝ`)「旦那でも受け入れるものがあったのか」
( )「……さあ、な」
( ´_ゝ`)「じゃあ、なんで――」
男は小屋の扉に手をかけた。
アニジャの問いを聞いて、手をそのままにさせて
男は顔だけをアニジャの方に向けた。
そして、扉を開けながら口を開いた。
高いとも低いとも言えない、中途な声だったが、
なにもかもを拒む$コという印象が強かった。
.
- 376 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 15:20:30 ID:BbVnuM3IO
-
( )「そんななんで≠ニかどうして≠ニか――」
( ´ー`)「知らねえよ」
.
- 382 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:29:43 ID:BbVnuM3IO
-
◆
雨上がりの湿った、冷たい風が頬をなぞった。
それが彼らの動き出す引き金となった。
ハインリッヒは咄嗟に跳躍した。
すると、先ほどまでいた位置に爆発が起こった。
ハインリッヒがそのことを把握しようとする時、頭上から大量の剣が落ちてきた。
持ち前の反射神経を使って全てをなぎ払うと、
次は戦闘機が遠くの方に見えた。
その下部に取り付けられた銃器からノズルフラッシュがうかがえた。
いやな予感がしたハインリッヒは、優先対象を
『重力』から『負傷』に切り替えた。
直後にハインリッヒが降下するが、戦闘機は
その落ちてゆくハインリッヒに大量のマシンガンを浴びせた。
服には大量の穴が空くが、ハインリッヒの躯は無事だった。
しかし、次の瞬間ショボンが背後にいることに気がついた。
ここは宙であり、なおかつ先ほどまではそこに居なかったはずだ。
それが居る以上、そういう『現実』にしたのだろうとわかった。
.
- 383 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:30:39 ID:BbVnuM3IO
-
(´・ω・`)「『実は僕は力持ちなんだ』」
从;゚∀从「―――チッ!」
『負傷』を防げても、絵空事を述べているようにしか思えないのであろう
ショボンの拳を喰らえば遠くまで飛ばされてしまうに違いない。
そう思って、ハインリッヒは今度は『人体』に優先し、
拳では決して敗れない『英雄』へと変貌を遂げた。
しかし、ショボンはそれを察せていなかった。
トラックや新幹線なんかではとうてい比べようのない破壊力のパンチをハインリッヒに見舞った。
しかし、ハインリッヒが他の一切の『人体』に勝る以上、
ショボンの拳はそれが与えるはずだった破壊力を
まるまる自分で喰らってしまうことになる。
殴りかかったのを見た瞬間、少なくともショボンの右腕は封じた、と思った。
アラマキの左腕をも潰したこの能力である。
決して、できないことはないだろう、と。
.
- 384 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:31:57 ID:BbVnuM3IO
-
(#´ ω゚`)「――っ!!」
从;゚∀从「(決まったッ!)」
案の定、ショボンの右腕はねじ曲がった。
プレス機にかけられた機械製品のように、ぺしゃんこに。
ショボンはその想定すらできない痛みのあまり顔を歪めた。
左手でそこを押さえるように、躯をまるめた。
ハインリッヒは、この瞬間を狙った。
いくら『現実』をねじ曲げようが、
一度起こってしまった「現実」はねじ曲げられないはずである。
ハインリッヒは、そう思っていたのだ。
彼女はすぐに『音速の壁』に優先し、凄まじい速度と破壊力の蹴りを見舞った。
.
- 385 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:33:24 ID:BbVnuM3IO
-
しかし、ショボンは背後にいた。
一瞬前まで歪めていた顔は元に戻っていたし、
ねじ曲がった右腕は元に戻っていた。
それを見て、ハインリッヒはつい先ほどのことを思い出した。
先ほど、自分はショボンを見るに耐えない姿になるまで攻撃した。
だというのに、少ししてショボンは元に戻った。
『本当は傷などついていない』という『現実』にしたのだ。
ショボンは『ゼウスの留守中にハインリッヒを強襲する』ような「都合のいい展開」と
『本当は傷などついていない』というような「後付け設定」の
合計二種類の『現実』を操ることができる。
それは、何度もショボン本人によって見せられてきた
それなのに、なぜ。
ハインリッヒはそれを忘れたような行動をしてしまったのだ。
彼女は、自分でそんな疑問を抱いた。
だが、すぐに答えがでた。
『【ご都合主義】の詳細を忘れていた』という『現実』にしたのだろう、と。
つまり、先ほどの例で言うと前者だ。
.
- 386 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:34:50 ID:BbVnuM3IO
-
(´・ω・`)「ほらほらァ!」
从;゚∀从「ちっ……くしょうが……」
だが、そうだとわかっても『現実』には逆らえない。
それがたとえねじ曲げられた『現実』でも、決して。
『実際に起こってしまっている』から抗えないのだ。
『起こらないようにする』というのは、厳密に言えば存在しない。
もしそのような予防をして『現実』を引き起こさなかったら、
そもそも『現実』として存在せず、結果論としては
予防など全く関係のない、それこそ『絵空事』となる。
結果論でいえば現実は絶対に受け入れ≠ネければならない。
なぜならそういう『現実』だった≠フだから。
从;゚∀从「(『現実』をなかったことにするなんてできない以上――抗いようがねえ!
怪我しちまえば、その傷跡は永久に残るってのが『現実』なんだからよ!)」
(´・ω・`)「『雷、気をつけて』」
从;゚∀从「――は?」
.
- 387 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:36:08 ID:BbVnuM3IO
-
ハインリッヒが当惑したのは、先ほどまでは晴天だったからだ。
『現実』では晴天のさなか落雷は起こらない。
しかし、今さっと空を見上げると、そこはどんよりと曇っていた。
少なくとも、そんな認識などしていなかったはずだ。
そして、それでさえショボンの策であることに気づいた瞬間
雷が落ちた。
从; ∀从「―――――ッ!」
(´・ω・`)「アイツ≠ルどじゃないけど、運が悪いね。
. でも甘受してくれよ」
後ろにいるショボンには火花は降りかからず、
どういうことか、ハインリッヒにだけ雷が落ちた。
何ボルトか換算するのも億劫になりそうなほどの高圧電流だ。
対策などしていなかったハインリッヒが、それに耐えられるはずはない。
雷に打たれ、墜ちていくハインリッヒだが、
後ろにいるショボンは悔しそうな顔をしていた。
.
- 388 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:37:07 ID:BbVnuM3IO
-
(´・ω・`)「濡れてた方が威力が高かったのになあ」
(´・ω・`)「『じゃあそうしよう』」
( ;゚ω゚)「!?」
すると、自分たちの乾いていた服がいつの間にか元通り湿ってしまった。
先ほどのショボンが引き起こした豪雨、それの水である。
しかし、それは新たな『現実』によって消されてしまった。
その『現実』が、再びねじ曲げられてしまったのだ。
驚いた内藤は、濡れていることに対する不快感など抱かず、
無意識のうちにハインリッヒの姿を見た。
从 ∀从
『本当は全身が濡れていた』ため、落雷による威力は倍増していた。
ぷすぷすと煙をあげ、ハインリッヒは動こうとすらしない。
一度は喰らった『現実』の威力が塗り替えられ、
『実はそうだった』威力に変わってしまった。
明らかに、内藤の書く小説では登場させられない領域である。
天候から物理法則から奇っ怪な現象から、
その何もかもを操ってしまうのだ。
それも、ショボンの都合よく。
.
- 389 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:38:25 ID:BbVnuM3IO
-
(´・ω・`)「『雷に打たれて骨を折る』なんて、前代未聞だね。新聞に投書しておこう」
从 ∀从「あ……が………」
ショボンが着地と同時にそういうと、
地に横たわるハインリッヒは苦しそうにもがいた。
右腕を左手でさすろうとしている。
もっとも、体中がしびれているため、うまく動かなかったが。
(´・ω・`)「右腕だけじゃもったいない。『実は左足もだ』」
从 ∀从「……がああああああ!」
( ;゚ω゚)「――――ッ! おい、ショ――」
ショボンを止めるべく、内藤が一歩踏みだした。
だが、それをショボンの異常すぎる精神から放たれた言葉が止めた。
明らかに、先ほどまでとは声のトーンがまるで違う声だった。
(´・ω・`)「いいねえいいねえ! 受け入れてくれ、この『現実』を!
. 『四肢が全部砕けて』、苦しい『現実』をっ!」
(;^ω^)「っ!」
从 ;∀从「――――――――――ッッ!!」
.
- 390 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:39:53 ID:BbVnuM3IO
-
瞬間、ハインリッヒは決して文字にできない悲鳴をあげた。
嘗てアラマキに完膚なきまでにやられた時よりも、
遙かにそれの度合いは高かった。
内藤も、目を、耳を覆いたくなった。
この残酷すぎる『現実』から、目を背けたかった。
(´・ω・`)「『その上痺れがとれて痛覚が完全に回復した』、
. この不幸を! 不条理を!」
从 ;∀从「―――あああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああっ!!」
(´・ω・`)「『更に朝食に仕込まれていた遅効性の毒が効き始めて』
. 腹の底から苦痛で満たされる理不尽を! 事実を! 真実を!」
从 ∀从「――――……」
(´・ω・`)「『痛覚のショックとかいう防衛反応なんてない』んだ!
. さあ、踏ん張って! 耐えてごらん!」
从 ;∀从「…………ううううううああああああああああああ!?!」
(´・ω・`)「そうだ、その調子だ!
. 死にたいか? 『現実』から解放されたいか?
. でも『まだ死ねない』んだ、可哀想に!」
从 ;∀从「いいいいがあああやあああがあああああ
ああああががああああッあああああっ、ッ……!」
.
- 391 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:43:27 ID:BbVnuM3IO
-
(´・ω・`)「『現実』とは、時に残酷だ! 惨事だ!
. 災厄だ! 最悪だ! 皮肉だ! 理不尽だ!
. 卑怯だ! 不平等だ! そして、拒絶だ!」
从 ;Д从「――――アアアアアアア――アアアア――アッ―――!!!」
(´・ω・`)「『肺に穴が空いて』も
. 『脳の血管が破裂して』も
. 『腸が全部引きちぎれて』も
. それが全部『現実』という名の『現実の君に抱く拒絶』だ!」
(´・ω・`)「泣け、喚け、そして受け入れろ!
. 『現実』が望んでいるのは『拒絶』を甘受することだ!」
从 ;Д从
ショボンは、ハインリッヒに更なる『拒絶』を植え付けるべく、
敢えて辛辣な言葉を並べ続け、精神的ダメージを与えた。
それこそが彼を満たしてくれる唯一のものに繋がるからだ。
肺に穴が空いて酸欠になっても、死ねない。
異常すぎる痛覚に脳が防衛反応を起こしても、死ねない。
痛覚が認識しきれない量の痛覚を得ても、死ねない。
.
- 393 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:44:51 ID:BbVnuM3IO
-
でも、それを甘んじて受け入れろ。
ショボンは、呪文のようにそう言い続けた。
聞き取れない波長の声になったハインリッヒの悲鳴、
数リットルを超えるのではないかと思うほどの涙、
そして言葉にせずとも聞こえてくる、懇願の祈り。
そのどれもを感じて、内藤は我慢ができなくなった。
( ;ω;)「―――やめろショボン、やりすぎだお!!」
(´・ω・`)「やりすぎ? いいや、違うね。
. 『彼女の人生がそれほど拒絶に満ちたものだった』だけですよ。
. 彼女は、死ぬまで、永遠にもがき苦しみ続けます。
. そういう『現実』だった≠セけなんだ」
( ;ω;)「っるせえお! こんなの、放っておけるはずもねえお!」
(´・ω・`)「……はい? どうすると?」
すると、内藤は倒れるハインリッヒの方を向いた。
涙、血、声、負の感情、正への諦め、その全てを垂れ流していた。
内藤は出せる限りの大声で、ハインリッヒに呼びかけた。
.
- 394 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:45:36 ID:BbVnuM3IO
-
( ;ω;)「ハインんんんんんんッ!!
聞こえるかお、まだ諦めちゃだめだお!」
从 ;Д从
(´・ω・`)
.
- 395 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:46:51 ID:BbVnuM3IO
-
雷が空で唸り続けるなか、内藤は確かに、そう言った。
死を渇望しているハインリッヒに、まだ生きろ、とだ。
ハインリッヒに残酷な『現実』を突きつけるショボンを
止めた次の行動では、ショボンと同じことをしているのだ。
この矛盾を見て、ショボンが笑わないはずがない。
ショボンは、嘗てないほど盛大に笑った。
(´;ω;`)「―――ぶっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!
なんだ、結局は君も一緒じゃないか!」
( ;ω;)「何がおかしいんだお!」
腹をさすり、ショボンは右の人差し指を内藤に突きつけた。
そして、ひとり抱腹絶倒しながら続けた。
(´;ω;`)「け、結局は、君も『現実』を押しつけるんだ! ぶひゃ、ぶひゃひゃひゃ!」
(´;ω;`)「あ、ハインリッヒに言っとくけど、
彼の、この言動に関しては、僕は、なんも、してないからね!」
从 ;Д从
(´・ω・`)「あ、聞いてないか」
(´;ω;`)「ぶひゃひゃひゃ!」
.
- 396 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:48:44 ID:BbVnuM3IO
-
( ;ω;)「笑うなら笑えお!」
(´・ω・`)「じゃあ笑わない」
( ;ω;)「人は、『現実』よりももっと大事なものが、いっぱい、いーっぱいあるんだお!
『現実』からちょっとくらい目をそらしたって、いいじゃないかお!」
すると、ショボンはやれやれと言った。
蔑んだ目で内藤を見つめた。
(´・ω・`)「わかります? そんなものは、全部『現実』があってはじめて成り立つんだ。
. 夢のなかで宝くじを当てても、お金は手に入らないんだよ。
. そんな『虚像(フィクション)』を追うから、人はいざという時
. 耐え難い『現実(ノンフィクション)』を突きつけられて絶望するんだ」
(´・ω・`)「――実に愚かで、滑稽だ」
( ;ω;)「じゃあ言ってやるお、僕はこの世界の『作者』だ!」
(´・ω・`)「!」
( ;ω;)「ハインリッヒもゼウスもアラマキも、みんな登場するお。
でも、あんたは出してない!」
(´・ω・`)「……?」
(´-ω-`)「……?」
.
- 397 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:51:45 ID:BbVnuM3IO
-
突然の内藤の告白の意味を、ショボンは全く理解できなかった。
それもそうだ。
良識のあるアラマキに説明するのでさえ多大な手間を要したのだから、
狂気、拒絶で満ちているショボンに一言言っただけで、理解できるはずがない。
ショボンは暫く内藤の言葉を吟味してみたが、やはり意味はわからなかった。
ショボンは鼻で笑った。
(´・ω・`)「――で?」
( ;ω;)「あんたが、『拒絶』の連中が現実とかいろいろ拒むんだから、
そのなにもかもから消したんだお、
『なにもかも』という僕の小説から!
『なにもかもから目を背けるための小説』から!」
(´・ω・`)「(小説……?)
. ならばこうしよう」
(´・ω・`)「『その小説には「拒絶」が登場する』ようにね」
(´・ω・`)「それで満足かい?」
半ば呆れ気味に、ショボンはそう言った。
内藤が何を言っているのかわからないから、
とりあえずその話を終わらせようとしたのだ。
.
- 398 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:55:42 ID:BbVnuM3IO
-
――しかし、ショボンの予想は大きくはずれた。
涙目だった内藤が、急に強く腕を上に突き上げたのだ。
これにはショボンも当惑した。
( ^ω^)「―――もらったッ!」
(;´・ω・`)「………は?」
( ^ω^)「ハインリッヒ!!」
从 ;Д从
内藤はハインリッヒをもう一度見た。
見るに耐えない姿で、まだ泣いている。
心が痛む光景だが、内藤はその気持ちを無理矢理押しとどめた。
( ^ω^)「ショボンが原作に登場する以上、こいつは倒せる=I
『現実』から離れた小説じゃ、『現実』なんて関係ないんだお!」
(´・ω・`)「?」
(;^ω^)「あーだから、つまり『英雄』であるハインリッヒは
ショボンとの対戦でもその補正がつく!」
从 ;Д从
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- 399 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 21:57:58 ID:BbVnuM3IO
-
(;^ω^)「『なにもかもから優先される』英雄が、負けるわけないんだお!」
(;´・ω・`)「(よくわからないが――)『やっぱり今のは――」
(;^ω^)「どんなピンチでもはねのける『英雄』だろ!」
――このとき。
( ;゚ω゚)「『拒絶』に打ち勝てええええええええええええええええええええッッ!」
――内藤の脳裏には、ある赤髪の少女が映っていた。
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- 404 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:40:45 ID:BbVnuM3IO
-
◆
从 ;Д从
自分は、『英雄』だ。
勧善懲悪を体現する『正義』だ。
どんな姑息な手段にも耐える精神力、
どんな辛辣な攻撃にも耐える防御力、
どんな現実をも受け止める覚悟。
その全てがあってこその、真の『英雄』であり、真の『正義』だ。
『悪役』に負けるということは、
自分のなかのなにかが劣っていたということだ。
すなわちそれは『英雄』ではない。
『英雄』である以上、なにかが劣っているはずはない。
つまり、それは『悪役』に負けるはずがないということ。
『英雄』は、戦う前から勝っている。
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- 405 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:41:27 ID:BbVnuM3IO
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負けている自分は、何だ?
負けている自分は、『英雄』か?
負けている自分は、『正義』か?
負けている自分は―――
――いや、負けてはいない。
負けてはいないから、自分は『英雄』で『正義』だ。
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- 406 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:42:41 ID:BbVnuM3IO
-
◆
从 ;Д从
从 ;Д从「………ほん……と…う………?」
(;^ω^)「!」
(;´゚ω゚`)「!? ばかな、『口は利けない』はずだろ!!」
苦しみにも耐え、かろうじて発したハインリッヒの声は、
内藤には正義の再来を、
ショボンには拒絶の帰結を。
それぞれを、それぞれに与えた。
悲鳴によって喉が潰れ、痛覚によって意識ができない。
そんなハインリッヒが声を発することができるわけがない。
ショボンはそう思うも、『ハインリッヒは声帯を失っていた』ような『現実』を作り出した。
しかし、ハインリッヒは続けて呻き声に似た泣き声をあげていた。
これはショボンにとって意外以外の何ものでもなかった。
(;´・ω・`)「(ありえない、『現実』には逆らえないんだぞ!)」
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- 407 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:47:39 ID:BbVnuM3IO
-
(;^ω^)「(危険な賭けだったけど――成功した!)」
一方の内藤は、隠れてちいさなガッツポーズを示した。
実は、内藤はハインリッヒとアラマキの試合の頃から、ある種の可能性を見出していた。
――優先能力の使えるハインリッヒなら、もしかするとあの#\力も使えるのではないか。
原作ではでていていない能力だが、『英雄の優先』は既に使っている。
だからこそ、内藤はこの賭け≠してみたのだ。
実のところ、内藤にはショボンに自分が『作者』であることを
告げたことに関して、意味があるとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。
内藤は別のこと≠、それもショボンにではなくハインリッヒに示唆したかった。
それは、昨日のこと。
赤髪の少女、ヒート=カゲキは、『脚本』を『脚色』したではないか。
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- 408 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:53:18 ID:BbVnuM3IO
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ノハ;;)『――ヒーローは負けちゃだめなんだよおおおおおおおおッ!!』
『英雄は負けない』という、『大団円』。
この時点で、あの能力≠ェハインリッヒについたのではないか。
今はついてなくても、つくための条件は整っていたのではないか。
ただ本人が、そうなっていることに気がついてないだけではないのか。
内藤は、そう思ってこの賭けを実行した。
「伏線」とは、たとえそれが張られた時点で物事が成立していても、
「回収」されなければそれが生かされることは一切なくなる。
内藤は小説家でもあるため、それをよく知っていた。
だから、内藤はショボンへの告白を理由に
ハインリッヒに張られていた「伏線」を、「回収」した。
全ては、ハインリッヒに『大団円』を知らせるために―――。
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- 409 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:54:07 ID:BbVnuM3IO
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(;´・ω・`)「『実は四肢を失ってる』んだぞハインリッヒは! 口が利けるはず――」
从 ;∀从「………」
从 ゚∀从「……立てた、ぞ」
(;´・ω・`)「ッ!?」
(;^ω^)「(ッ! 成功したお!
原作には出していないボツ設定=\―)」
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- 410 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:55:59 ID:BbVnuM3IO
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从 ゚∀从「――これより」
从 ゚∀从「【正義の執行《ヒーローズ・ワールド》】を開始する!」
( ^ω^)「(――『英雄』が負けない『世界』を創り出す《特殊能力》への覚醒!!)」
ハインリッヒの瞳には、やはり紅い欠けた月が浮かんでいた。
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- 411 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:57:52 ID:BbVnuM3IO
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◆
透き通った碧色の液体がこぽこぽ気泡を発していた。
特殊な気体と酸素を合成させたものが液体のなかを満たしていた。
四辺が二メートルの土台に高さが五メートルあるその箱のなかには、
左腕を失ったアラマキがぷかぷかと浮き沈みを繰り返していた。
箱の天井から吊された紐で躯が横になったり回転しないよう固定されている。
酸素マスクなどは取り付けられていないが、アラマキは別段苦しそうではなかった。
ただ無言で、寝ているにも近い意識を保っていた。
ガラスを隔てた先は、暗い鼠色の壁が四方を覆う研究施設のようなものだった。
巨大なモニターがいくつも並び、表示のないボタンが数百個と並んでいる。
観葉植物が置かれている程度で、その他のインテリアらしきインテリアはなかった。
気泡がこぽこぽと音を発し続ける。
アラマキは身体の回復を実感していた。
この液体のなかに浸かっていると、なぜか力が出ない。
しかし、その分回復速度が通常の倍以上になっていることは実感していた。
/ ,' 3「……」
その心地よさに、アラマキはうとうとしていた。
意識が飛びそうで、睡魔が襲いかかってくるのだ。
それは回復している証拠とも言えるが、寝たくはなかった。
共闘を臨むとは言っても、ここは敵地であり、
まして今は行動不可能な状態である。
いま更なる無防備をさらけ出すのは、いいのだろうか。
アラマキは、そんな不安を抱いていた。
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- 412 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:58:57 ID:BbVnuM3IO
-
しかし、この液体が回復力を持っていることは間違い無さそうだった。
もしゼウスがアラマキを襲うつもりなら、硫酸のなかにでも投じるだろう。
本当に回復させてくれている以上は、
今は本当に敵意がないと見ても問題はなかった。
/ ,' 3「……」
爪゚ー゚)
この暗い部屋の唯一の扉が、開かれた。
モノトーンカラーのメイド服で包まれたメイドが部屋に入ってきた。
アラマキはなぜか反射的に寝ているふりをした。
特に意味はないのだが、目が合うと
なにかされるかもしれない、と思ったのだ。
そのおかげで、メイドはアラマキが寝ているものだと思った。
メイドはアラマキの入っている水槽に近寄ることはなかった。
アラマキの水槽の横を通り越して、彼女は部屋の奥に行った。
紐で簡単ながらも固定されている以上、後ろには向きづらい。
アラマキは耳だけで、メイドの動向を探った。
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- 413 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 22:59:50 ID:BbVnuM3IO
-
もう自分が回復しているのを知っていて、
今から自分を水槽から出すのだろうか、と思った。
それか、自分以外の誰かもこの水槽に浸かっていて、
その人をすくい上げるのだろうか、とも。
しかし、アラマキはこの部屋に他の人間の存在を認識していない。
たとえ息を潜めていたとしても、気配でわかるのだ。
ならば前者か、と思い目を開いたときだ。
爪゚ー゚)「『マザー』。死傷者一名が出ました。白骨化したようです」
/ ,' 3「……?」
後ろの方で、メイドの声が聞こえた。
アラマキはその言葉の意味を理解できなかった。
『マザー』とは誰だ。
死傷者とはどういうことだ。
その答えを解けないうちに、足音がふたつ&キこえた。
はっとしてアラマキは再び眠ったふりをした。
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- 414 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 23:00:46 ID:BbVnuM3IO
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二人の人間が出口に向かっているのを足音で察した。
こちらに背を向けているだろうと思い、目を開いた。
すると、アラマキは驚愕の光景を目の当たりにした。
爪゚ー゚)
爪゚ー゚)
/ ,' 3「…!」
扉がぱたんと閉められ、二人いたメイドは去っていった。
しかし、一瞬見たその光景が網膜から消えることはなかった。
一人しかいなかったメイドが、二人に増えたのだ。
服装も顔立ちも身長も同じ。
歩行速度も足音の大きさも同じ。
クローン以上の、完全な増殖だった。
そして、そうなってくると『マザー』の所為か、とわかった。
この部屋には『マザー』と呼ばれるなにかがある。
そのなにかの存在が、気になって仕方がなかった。
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- 415 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 23:02:24 ID:BbVnuM3IO
-
アラマキは入らない力を無理矢理入れて、箱の天井に向かった。
ガラスを割って出ることもできなくはないのだが、
どうしても後のことを考えると穏便に脱出したかった。
紐を手繰り寄せ、上へと向かっていく。
隻腕がこれほど辛いものとは、とアラマキは胸中でぼやいた。
隻腕になることでの、精神的ショックはあまりなかった。
いつかはこうなる『運命』だった、と覚悟していたのだ。
今更四肢のうちひとつを失っても、あまり気にならなかった。
天井の蓋をはずして、アラマキは外の空気を吸った。
液体に浸かっていた頃と大差ない感覚だった。
相違点は、液体のなかでは浮力があったので、
どうも身体が重く感じるということくらいだった。
服を触っても肌を触っても、なぜか濡れていない。
不思議な気持ちになりながらも、アラマキはそこで
自身の回復を身を持って理解した。
右腕をまわして見たが、いたって良好だった。
/ ,' 3「(回復こそできたが……)」
感動の余韻にひたるのもほどほどに、
アラマキは後ろにいるであろう『マザー』の方を向いた。
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- 416 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 23:03:45 ID:BbVnuM3IO
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この部屋にはアラマキが浸かっていたのと同じ水槽が十五個あった。
しかし、その奥には、ひときわ大きなそれが聳え立っていた。
そのなかには、人が吊されていた。
身体の大きさはメイドと同じくらいで、
全身が裸になっていることがわかった。
その人は俯いていて、顔まではよく見えない。
しかし女性であることはわかった。
彼女が『マザー』か、と推測はできたが、
いったい彼女がどうやってメイドを増やしたのかがわからなかった。
近寄って顔だけでも拝もう、
そう思った直後、アラマキは扉が開かれるのを察知し、
身体の向きを前方に持って行って、『マザー』には気づいてないふりをした。
扉の向こうから、メイドがやってきた。
アラマキを水槽から出そうとしたようだった。
視線があった矢先、彼女は口を開いた。
爪゚ー゚)「お加減は如何ですか」
/ ,' 3「もう大丈夫じゃよ」
メイドはアラマキが『マザー』の存在を
知ったことを察していなかった。
アラマキは助かったと思った。
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- 417 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/07/28(土) 23:04:37 ID:BbVnuM3IO
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爪゚ー゚)「では義手を付けるので――」
/ ,' 3「結構じゃ」
爪゚ー゚)「……?」
/ ,' 3「義手なんてもんはいらん。それよりも――」
/ ,' 3「儂を、外にまで案内しとくれ」
.
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