2 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 19:53:59 ID:P7/PUyykO
 
 
 
 
 
 
       Boon strayed into his
 
        Parallel World: Part One
 
 
           b i g  t h r e e
       ―― 王国の三大勢力 ――

4 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 19:57:00 ID:P7/PUyykO
 
 
 
  第一話「vs【もので釣る】」
 
 
 
 作家、内藤武運は筆を置いた。
 これ以上はいくら粘れど、出るものは鼻血程度だ、と思ったからだ。
 万年筆を握る手にはまめができている。
 それほどまでに、ここ数日は、缶詰でひたすら執筆に精を出した。
 
 だが、原稿の一枚でさえ、進んでいなかった。
 「こうなるはずではなかった」と、内藤は頭を抱えた。
 
 
.

5 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 19:58:54 ID:P7/PUyykO
 
 
 そもそもの問題として、プロットに逆らい、アドリブで物語を展開させたのが間違いだったのだ。
 当初、内藤はもっと刺激のある展開を生みたいと思い、無理やり、キャラクターを増やした。
 一時はそれが反響を呼び、内藤自身も納得していたが、それから数週して、そのツケが回ってきた。
 元々練っていたストーリーから、どんどんと離れてゆくのだ。
 
 内藤は焦燥に駆られた。
 
 卓上の、すっかり冷めたコーヒーを呷った。
 そして、このままではだめだ、と再び万年筆を手に取った。
 姿勢をただし、いったん深呼吸して、原稿と向き合った。
 
 すると、ふとストーリーを矯正できる案が浮かんだ。
 今だ、と思い、その浮かんでは消えてゆく様々な
 案のなかから、そのアイディアを握って、書き始めた。
 四杯目のコーヒーもいれず、すっかり集中力が高まってきた。
 
 すると、原稿が一枚進んだ。
 二枚目の三行目まで筆が進んだのだ。
 内藤は、すっかり満足した。
 
 
.

6 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:00:47 ID:P7/PUyykO
 
 
(;^ω^)「どんなもんだお……」
 
 席を立ち、コーヒーサイフォンから、すっかり溜まったコーヒーを注いだ。
 たつ湯気を見て、はじめて、今自分が疲れているのだなと実感した。
 
 だが、今日中に書き上げないとだめだ、と顔を振った。
 どうしても書けなかったため、先週は急遽休みにしたのだ。
 
 なにを書けばいいかわからない、
 どんな文字を使えばいいかわからない、
 そう言って半ば無理やり休みをもらった。
 
 次の締め切りまでまだまだ時間はある
 そう安堵したのがだめだったようで、安堵している間に、
 その次の締め切りの日が来てしまったのだ。
 
 今回書かなければ、非常にまずいことになる。
 内藤自身、それを自覚していた。
 
 
( ^ω^)「さて――」
 
 内藤が、ご自慢の椅子に腰掛けたとき、呼び鈴が鳴った。
 一瞬、内藤は硬直した。
 いやな予感しかしなかったのだ。
 だが、居留守するわけにはいかないので、内藤は否応なく応じた。
 
 
.

7 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:04:57 ID:P7/PUyykO
 
 
 迎えると、訪問者は、編集者の津出麗子だった。
 内藤はぎょっとしたも、顔をゆがませて、麗子を招き入れた。
 事務的な口調で麗子は部屋にあがった。
 
(;^ω^)「は、早かったね」
 
ξ゚听)ξ「ええ、まあ」
 
(;^ω^)「コーヒー、いれようか?」
 
ξ゚听)ξ「いえ、先生が原稿をだしていただければすぐ帰りますので」
 
(;^ω^)「おおぅ……」
 
 
 麗子は、内藤に原稿を催促した。
 当然だが、多少書けたとは言え、はいどうぞと渡せるわけがなかった。
 まだ半分も書けていないのだ。
 
 内藤は、なんとかして時間を稼ごうとするのだが、
 麗子はそれを見透かしているのか、まったく応じようとしなかった。
 
 
( ^ω^)「あ、お隣さんからチーズケーキもらったんだお」
 
ξ゚听)ξ「いいですね。原稿でも読みながらいただきますわ」
 
( ^ω^)「荒巻さんの新作の推理小説、読んだ? 貸そうかお?」
 
ξ゚听)ξ「私はどちらかというとバトル小説がいいです。
       特に、来月号の先生の作品が」
 
( ^ω^)「疲れてるようだね、肩でも揉もうか?」
 
ξ゚听)ξ「原稿をだしなさい」
 
( ;ω;)「まだできてません!」
 
 
.

8 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:08:00 ID:P7/PUyykO
 
 
 内藤は落ちた。
 麗子も、やっぱりと言いたげな顔をして、ため息を吐いた。
 毎度のことながら、どうしてこの人は
 締め切りになっても書かないのだ、と思っている。
 
 内藤の場合、まだキャリアが浅いとは言え、一応人気作家なのだ。
 前回休みにしただけで、どれだけ出版社のほうに
 苦情が寄せられたか、麗子はよく知っている。
 
ξ゚听)ξ「とにかく、今日中ですよ」
 
(;^ω^)「じ、持久戦になりそうだから、コーヒーでも」
 
ξ゚听)ξ「ありがとうございます」
 
 
 内藤がコーヒーをすすめると、麗子は礼を言って、近くの来客用のソファーに座った。
 ガラステーブルの上に置かれていた、内藤の連載する小説も載っている
 「ブーン芸」と云う雑誌の先月号を手に取り、ぱらぱらとめくった。
 
 
.

9 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:10:21 ID:P7/PUyykO
 
 
 内藤は、麗子の気が保たれているうちに書こうと思い、
 コーヒーを一口すすって、机と向き合った。
 今なら書ける気がする、というより、
 今じゃないと書けない気がしたからだ。
 
 麗子の場合、ほんとうに一日中居座ることがあり、
 以前にも丸一日も居座られたことさえあった。
 内藤としては、それはそれで別の意味では幸福なのだが、正直言うとはた迷惑だ。
 どこの世界に、若い、美しい女と同じ屋根の下で
 一夜明かして、意識しない男がいるものか。
 
 
( ^ω^)「(彼氏とか――やっぱり、いるのかお)」
 
( ^ω^)「(僕はまだ三十ちょっとだし、彼氏がいなかったら、デートとか――)」
 
 内藤は、麗子が担当者と聞いて以来、彼女に好意を寄せていた。
 二十後半と人伝に聞いたが、女子大生にしか見えないほどの美しさだったのだ、麗子は。
 やや毒舌で辛辣なイメージをいだくが、それでも内藤は麗子に想いを寄せていた。
 
 だが、彼女はまだ若く、見ての通り容姿端麗のため、
 必ずボーイフレンドの一人や二人はいるのだろう、と内藤はそう思っている。
 
 いないのなら、休みの日にでも、夜景の見える
 レストランなんかで食事をしたい、と考えていた。
 
 
.

10 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:11:52 ID:P7/PUyykO
 
 
ξ゚听)ξ「先生?」
 
(;^ω^)「はい!」
 
ξ゚听)ξ「ペン、止まってますよ」
 
(;^ω^)「展開を考えてたんだお!」
 
ξ゚听)ξ「それならいいですが……」
 
 
(;^ω^)「(デートの話は、また今度だお)」
 
 惚気を振り払い、今度こそ、と内藤は筆を進め始めた。
 三時間あれば書ける、そう見切りをつけ、後先を考えずとにかく筆を走らせた。
 
 思いのほか筆が進むものだから、内藤も、
 この調子ならすぐ書けそうだと安心した。
 どうして昨日までのうちに書かなかったのだろう、と自問さえしていた。
 麗子も、内藤が書き始めたのを見て、ようやく落ち着きを得ることができた。
 
 
.

11 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:13:24 ID:P7/PUyykO
 
 
 

 
 
( ‐ω‐)
 
 
( ^ω^)「……お?」
 
 ずいぶんと書いた気がする。
 手が痙攣を起こしかねないほどに、かなり。
 手にチカラを籠めても、震えてしまい、動きづらい。
 書いているうちに、疲労が溜まったのか寝てしまったようで、つい机に突っ伏していた。
 
 起きて首を捻り、伸びをした。
 関節の鳴る音からして、長い時間同じ体勢でいたのか、と実感できる。
 
 よだれが原稿についてないか、と一瞬不安に思った。
 以前も、一度だけだがよだれを垂らしてしまい、
 津出に私的な理由で怒られたことがある。
 
 はっとして卓上の原稿をみたが、
 原稿自体が跡形もなく消えていた。
 一瞬、なにがあったのか、と思った。
 
 
.

12 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:14:59 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)「津出クン?」
 
 そういえば、家には津出がいたはずである。
 寝起きゆえに思考が安定しないが、そのことは真っ先に浮かんだ。
 
 外はまだ明るい――いや、逆にもう朝なのかもしれない。
 もし朝だったら、締め切りを逃したことになり、たいへんな事になる。
 だが、津出はいないようだった。
 
 
( ^ω^)「はてな」
 
( ^ω^)「……あ、そうか」
 
 原稿ができあがったと同時に睡魔が襲い、
 そのまま倒れるように寝てしまったのだろう。
 津出は自分を起こそうとしたが、できあがった原稿を見て、
 起こさずに原稿だけもって帰った。
 
 そう考えると、辻褄があった。
 
( ^ω^)「……」
 
(*^ω^)「終わったおー!」
 
 
 手を広げて、ソファーに飛び込んだ。
 終わらないと思っていた原稿が、あっさり終わった。
 自分を縛っていたものが解かれ、一気に解放感に満たされた。
 それだけで、天に昇ったような気にすらなっていた。
 
 
.

13 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:17:24 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)「しかし、机で寝ちゃうとは……」
 
 首を右にまわしてみたが、左側が痛んだ。
 筋が引っ張っている。寝違えたようだ。
 左を向いて寝ていたので、当然だろう。
 これでは、解放感にこそ満たされるが、楽な気ではいられない。
 
( ^ω^)「寝違えたお」
 
( ^ω^)「……湿布でも買うか」
 
 
 ソファーから起きあがって、書斎をでた。
 書斎とは名ばかり、来客室兼仕事場だ。
 
 ガラステーブルに、挟んで置かれたソファー。
 卓上には、自分の作品を連載している雑誌を置いている。
 編集者が試し刷りのものを持ってくるのだ。
 
 書斎を出て、リビングに戻ってきた。
 独身の自分にとっては、この一軒家は広すぎるほどだが、
 印税が思いのほか多かったので、少し奮発して建てたのだ。
 
 歳が歳だから、そろそろ籍を入れたいわけだが、想い人は一人しかいない。
 その一人と結婚できる望みは薄いため、半ば彼女との結婚を諦めていた。
 
 
( ^ω^)「嘆いてもしゃーないお……」
 
 
.

14 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:19:39 ID:P7/PUyykO
 
 
 リビングに掛けてあった皮のジャンパーを着て、灰色の帽子をかぶった。
 近くに新しくできたドラッグストアに、湿布を買いにいこうと思ったのだ。
 
 時計を見ると、予想通りもう朝を迎えている。
 湿布を買って、風呂に入ってから首に貼り、
 そこから朝食を採ろうと思った。
 
 幸い空腹感はまったくないため、
 朝食を後回しにしてもさほど苦ではない。
 
 クロックスを履いて――と思ったが、
 思ったよりも外が寒そうだったため、革靴にした。
 念入りに紐を結び、家を出た。
 朝の町中は、なかなか心地よかった。
 若干の寒さを感じるが、風が清々しい。
 それが、原稿をだした後の朝となると、喜びも倍増だ。
 
 自宅は近くに公園や河原がある静かな町に聳えている。
 散歩にももってこいなコースが多いため、
 右手が止まった時は重宝している。
 そして、ドラッグストアもその散歩道を抜けた先に在った。
 
 
( ^ω^)「風がンギモッヂィ!」
 
( ^ω^)「なんてお」
 
 
 一人で笑いながら、足取りを進める。
 周りには誰もいないため、少しくらいなら鼻歌をうたっても大丈夫だろう。
 と思い、以前いざうたった時、近くをジョギングする
 中年の男に聞かれ、にやにやされたのを思い出した。
 
 
.

15 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:21:06 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)
 
( ^ω^)「にしても……」
 
 歌をうたおうとは思わないが、気になったことがあった。
 どうも、まわりが静かすぎるのだ。
 
 静かと言っても、耳鳴りを感じるほどではない。
 川のせせらぎ、葉の揺れる音はしっかり聞こえる。
 人為的な音が、まったく聞こえないのだ。
 
 子供がはしゃぐ声も、老人がジョギングをする足音も。
 乗用車が走る音から、公園内を通り抜ける自転車の音まで。
 
 
( ^ω^)「気味が悪いお……。早く買って帰るお」 
 
 足取りを速めた。
 嫌な予感がする。
 
 朝といっても、もう九時だ。
 出勤や登校で、人が溢れかえる時間は過ぎているが、それでも犬の散歩なり、
 買い物にでかける主婦の人など、必ずいるはずなのだ。
 
 それが、ぱったりいなくなっている。
 背中に冷たいものを感じた。
 
 
.

16 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:22:34 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)「湿布とカロリーフレンドだけ買うお……」
 
 ドラッグストアに入って必要な分だけ買い、そそくさと帰りたかった。
 だが、店に入った途端、奇妙では済まされない事実を目の当たりにした。
 
( ;゚ω゚)「お……お…?」
 
 
 店内の様子もおかしかったのだ。
 BGMは聞こえるし、明かりもついている。
 商品は隙間なく並んでいるし、商品棚に紛れている
 ちいさな液晶ではコマーシャルが流れている。
 
 
 ただ、店員がいなかった。
 
 
 客がいなかったり、品だしや整理をする店員がいないのは、まだこじつけることができた。
 が、レジにすら一人も立ってないのは異常としか言いようがない。
 店に足を踏み入れた瞬間、ふと我がの目を疑ってしまったほどだ。
 
 
(;^ω^)「ごめんくださーい!」
 
 
(;^ω^)「いない……?」
 
 
.

17 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:23:43 ID:P7/PUyykO
 
 
 嘘だ、嘘だと胸中で否定した。
 そんなわけが、あるはずがない。
 きっと、昼の大清掃とか、殺人事件があったとかで皆忙しいだけだ。
 
 そう、信じていたかった。
 
 
( ^ω^)「……誰もいない…だと?」
 
 
( ^ω^)
 
 
( ;゚ω゚)「おおおおおッ!」
 
 
 
 訳が分からず、奇声を発しながら店を飛び出した。
 頭がおかしくなりそうだった。
 
 
.

18 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:26:34 ID:P7/PUyykO
 
 
 なぜ、誰もいない、人っ子一人もいないのだ。
 その問いかけだけが、ぐるぐると脳内を駆け巡っている。
 
 慌てて、隣のコンビニを訪れた。
 自動ドアは開くし、店内放送も聞こえる。
 弁当は並んでいるし、ホットケースには旨そうなチキンが敷き詰められていた。
 
 だが、店員はやはりいなかった。
 
 無断でバックスペースに乗り込んだが、
 休憩中の店員や店長もいなかった。
 本来の目的を忘れ、一目散に店を飛び出した。
 
 目の前の信号機は赤色を発しているが、無視して横断歩道を渡った。
 いっそ、車にひかれたかった。 
 
 横断歩道を渡り終え、転んだ。
 足取りが覚束なかったのだ。
 だが、不思議と痛みは感じられなかった。
 
 むしろ心地よかった。
 
 
( ^ω^)「うぉ…」
 
 
 一瞬、このまま横になっていたかった。
 が、すぐに立ち上がり、服をはたいて走り出した。
 
 せめて、早く家に帰りたかった。
 家でふかふかのベッドに潜って、眠りたかった。
 眠れば、ひょっとすると世界が元通りになるかもしれない。
 
 変わらない町並み、変わらない風景のなかのたった一つ
 人の有無だけが、変わっていた。
 こんな夢みたいなリアルがあっては堪らない。
 
 
 だからこそ、眠ればなにかが変わる、
 そんな根拠もなにもない、空想に近い希望を抱いていた。
 
 
.

19 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:27:15 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)「寝ればなおるお……」
 
 自分に言い聞かせるように何度も呟いて、走っていった。
 公園の木に囲まれた、静かな散歩道を。
 
 石ころをいくつ蹴っ飛ばしたかはわからない。
 ただ、無我夢中で駆けていた。
 
 そして、広場に差し掛かった。
 ここを斜めに突っ切り、池を廻ればすぐそこが自宅だ。
 気がつけば、全力疾走だった。
 
 
 
 
.

20 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:29:14 ID:P7/PUyykO
 
 
 

 
 
( ^ω^)「!」
 
 随分と長らく駆けていた内藤だが、
 その駆け足は不意に止められてしまった。
 公園の広場の中央に、男が一人、立っていたのだ。
 
 ぼろ絹を羽織って、茫々に伸びきった髪や、
 汚れきった頬を見て、彼が常人とは思えなかった。
 
 そんな彼は、内藤の存在に気づき、歩み寄ってきた。
 内藤は何がなんだかわからなくなっていた。
 
 
('A`)「……おい……」
 
( ;^ω^)「あ、あんた無事なのかお!?」
 
('A`)「……?」

  
 伸ばされた手を見ると、実に細い、骨と皮だけの腕だった。
 容姿だけをみる限りは、ホームレスだろうと思える。
 だが、内藤にとっては、この世界で人がいたということが、何よりの驚きだった。
 
 驚きであり、また安心だ。
 浮かんだ言葉が、そのまま口から流れていった。
 
 
.

21 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:31:00 ID:P7/PUyykO
 
 
(;^ω^)「人が、あちこちから消えてるんだお!」
 
('A`)「……? そうなのか……」
 
(;^ω^)「あんたは、無事かお!?」
 
('A`)「俺……? ……俺か……」
 
 
 ゆっくりとした口調で、男はしゃべる。
 焦り、自然と早口になっている内藤とは対照的だった。
 
 
('A`)「俺も……みんながいなくなって……焦ってたんだ……」
 
(;^ω^)「だお! だお!」
 
('A`)「だからさ……おまえさん……」
 
(;^ω^)「お……?」
 
 男は、細い手を内藤に差し出してきた。
 チカラを入れて曲げれば、あっさり折れそうな細さである。
 腕を震わせて、男は言った。
 
('A`)「ともだちになってくれないか?」
 
( ^ω^)「お?」
 
 拍子抜けした一言だった。
 いま友人関係を交わすなど、さして意味のない行動だ。
 協力し合おう、ではなく、ともだちになろう、では妙な感じがする。
 
 内藤が首をかしげていると、男は笑った。
 実に気味の悪い笑みだった。
 
('A`)「頼むよ……」
 
 
 
('∀`)「『金なら、ある』」
 
 
 
( ^ω^)「!」
 
 
.

22 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:32:31 ID:P7/PUyykO
 
 
 思わず、内藤は眉間にしわを寄せた。
 男の妙な発言を聞いたから、もあるが、
 それ以上に、自分の中で、なにかが引っかかったからだ。
 なんだ、この奇妙な心境は、と。
 
 そして、そんな心境も吹き飛ぶほどの現状が、起こった。
 男と内藤の中間地点に、影ができた。
 なんだと思い上を見上げると、その光景に仰天した。
 
 
(;^ω^)「な、なんだお!」
 
 それ≠ヘ一瞬にして、内藤と男の間に落っこちた。
 砂埃が晴れるのを待ち、それを見ると、更に仰天した。
 
 札束が、山積みで空から降ってきたのだ。
 しかも、その量がしゃれにならない。
 往年のマルク紙幣の絵に見られるように、呆れるほど積み上がっているのだ。
 この札束だけでかまくらでも造れそうだった。
 
 
(*^ω^)「おおおおおおッ?!」
 
.

23 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:33:55 ID:P7/PUyykO
 
 
 一瞬、大金を見て内藤は我を失った。
 本来は絶句さえしそうな展開なのに、内藤はそれすらをも吹き飛ばした。
 生涯一度もお目にかかることがないだろう量の
 札束を前にして、平静を保てるはずはなかった。
 
(*^ω^)「なんかわからんけど、すげーお!」
 
 金に飛びつき、札束を上に投げて遊んだ。
 質感はしっかりしている。本物のようだ。
 それがわかると、更に内藤は気持ちが昂揚した。
 
 だが、すぐに我に返った。
 
 
(;^ω^)「!」
 
(;^ω^)「(待て、おかしいお!)」
 
 はっとして、内藤は男をじっと睨んだ。
 一瞬、この馬鹿げた量の金に惹かれたが、すぐに気を取り戻せた。
 
 物理的に考えても、上に飛行船でも飛んでなければ、金が現れるのは不可能だ。
 それが、男の任意でだされたとなると、これは奇術としか思えない。
 だが、とても奇術で済まされる話とは思えなかった。
 
 
.

24 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:35:40 ID:P7/PUyykO
 
 
 そして
 
('A`)「頼むよ……独りで寂しいんだ……」
 
( ;^ω^)「……」
 
 
 この男の言いぐさが、どこかでみたことがある気がしたのだ。
 どこでだかは思い出せない。
 
 しかし、この展開といい、この金といい、
 決して初めてとは思えなかった。
 
 
 デジャヴなんかではない、しっかりとした記憶の中に刻まれている。
 そして、次の出来事が、内藤に思いださせるきっかけとなった。
 
('A`)「腹か? 腹が減ったのか?」
 
(;^ω^)「……?」
 
('A`)「いいだろう……たんまり食わせてやる……」
 
 
('∀`)「『ハンバーガーなら、ある』」
 
(;^ω^)「うおっ!」
 
 
 男がそう言うと、目の前の紙幣は消え去った。
 そして続けざまに、今度はハンバーガーが大量に降り注がれた。
 こちらも、とても日常生活ではお目にかかることのないほどの量で、内藤はやはり驚いた。
 驚きの度合いは減ってきて、少し慣れたといえば慣れたが、それでも平静を保てるはずがない。
 
 
.

25 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:38:25 ID:P7/PUyykO
 
 
 そして同時に、内藤は記憶の片隅からある仮定が浮かび上がってきた。
 というより、思い出したのだ。
 この男といい、この展開といい、見覚えがあったのではなかった。
 
 
 つくり覚え≠ェ、あったのだ。
 
 
 
(;^ω^)「(まさか……まさか、まさか!)」
 
 内藤の書くバトル小説は、平たく言って能力系バトル小説とされる。
 不思議な能力を持ったキャラクターたちが、戦うのだ。
 この小説で、内藤は売れっ子作家となり名を広めた。
 
 その小説の、最初の敵キャラクターと
 目の前の男とが、重なり合って見えた。
 
 あり得ないことだ、こんなことがリアルに起こっていいわけが ない。
 しかし、そんな建前むなしく、内藤は半ば確信していた。
 
 
 
 この男は、小説に出てくるキャラクターだ。
 
 
 
.

26 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:40:07 ID:P7/PUyykO
 
 
(;^ω^)「………ドクオ?」
 
('A`)「!」
 
 
 明らかに、男は動揺をみせた。
 同時に、目の前から大量のハンバーガーは消え去った。
 白い煙だけを撒き散らして、跡形もなく。
 
 
('A`)「……」
 
( ^ω^)「……あんたの名はドクオ=ダラー、だおね?」
 
('A`)「…………」
 
 
('A`)「おい」
 
( ^ω^)「お?」
 
 
 男は、先程までの、掴み所のない様子から一変、
 しっかりとした顔つきに豹変(かわ)り、内藤に近寄ってきた。
 
 警戒し、一歩後ずさる内藤に、言った。
 
 
('A`)「てめぇ……何者だ?」
 
( ^ω^)「……」
 
('A`)「……」
 
 
 少しばかりの静寂が生まれた。
 
 
.

27 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:41:52 ID:P7/PUyykO
 
 
('A`)「……答えろ」
 
( ^ω^)「やだお」
 
('A`)「嫌なら……仕方がない」
 
('A`)「死んで……もらうぞ」
 
( ^ω^)「お?」
 
('A`)「『包丁なら、ある』」
 
(;^ω^)「ッ!」
 
 
 男、ドクオはそう唱えては飛びかかってきた。
 唱えたと同時に、ドクオの右手には包丁が握られていた。
 まっすぐ内藤目掛けて躍り出る。
 
 内藤は身体を左に捻りながら、それを避けた。
 ドクオの空いている左手は上に振り上げられ
 
 
('A`)「『木槌なら、ある』」
 
 ドクオは、そう唱えた。
 
 包丁を持っていた右手からは白い煙だけが残り、
 新たに、振り上げた左手にはかなり大きな木槌が現れた。
 それを、ドクオはしっかり握っている。
 
 
(;^ω^)「おおッ!」
 
 
.

28 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:44:08 ID:P7/PUyykO
 
 
 振り上がった木槌を見て、咄嗟に後ろにさがった。
 直後、ドクオの木槌は地面を殴った。
 地面にめり込み、そこから地にひびができた。
 
(;^ω^)「(今だお!)」
 
 
 木槌が地面に埋もれたため、ドクオはこの木槌を攻撃に使えないだろう。
 そう思った内藤だが、彼の予想とは裏腹に、
 内藤にはドクオの第三の攻撃が迫っていた。
 
 
('A`)「『スタンガンなら、ある』」
 
 
( ;゚ω゚)「あ゙!」
 
 
 木槌を手離したドクオめがけて、飛びかかった。
 今なら反逆することができる。
 そう思い、殴りかかったのだ。
 
 ところが、内藤は甘かった。
 ドクオは再び唱えて、今度はスタンガンを右手に持った。
 
 内藤の身体に、ブレーキはかからなかった。
 スタンガンに、突撃してしまった。
 体内を凄まじい量の雷が走った。
 
 
 
( ;゚ω゚)「か……ッは…」
 
('A`)「何者かは知らねぇが……」
 
('A`)「【もので釣る《テンプテーション》】を見破られた以上……生かしてはおけないな」
 
 
( ;゚ω゚)
 
 
 
.

29 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:48:09 ID:P7/PUyykO
 
 
 内藤は、薄れつつある自分の意識の中で、必死にある事を思い出していた。
 この男、ドクオ=ダラーについてだ。
 
 ドクオとは、内藤の描くバトル小説の敵キャラクターである。
 能力系バトルというだけあり、当然ドクオにも《特殊能力》は備わっている。
 その特殊能力が【もので釣る】だった。
 
 【もので釣る】とは、あらゆる『もの』を生み出し相手を『洗脳』する《特殊能力》だ。
 『洗脳』とは、今回でいう「金」や「ハンバーガー」などで相手を『釣る』ということ。
 しかし、『洗脳』するだけが彼の能力ではない。
 
 形として実在し得る物体を、何から何まで出現させる事ができる。
 百トンの純金から一滴ばかしの有毒まで、何でも出せるのだ。
 
 そして、この能力の発動は、完全にドクオの任意で行われる。
 好きなタイミングで、好きなものを創り出せ、またそれは殺傷能力を兼ねる事もできる。
 
 弱点だが、この能力で同時に具現化する事のできる物体は一つまでなのだ。
 拳銃と火炎放射器を同時に出すのは不可能であり、
 片方を出そうとするともう片方が消える。
 
 仮に毒を具現させ呑ませても、ドクオが
 別のものを出せば、毒は忽ち消える、ということもある。
 
 
.

30 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:50:57 ID:P7/PUyykO
 
 
( ;゚ω゚)「(違う……こいつの突破方法はそれじゃない……)」
 
 無論、小説でも一番最初の敵なので、
 主人公のホライゾンは苦戦の末ドクオを制していた。
 遠距離、近距離、零距離のどれにおいても最強と思われる
 ドクオだが、どうしようもない弱点があったのだ。
 
 それをどうにかして、なんとか勝ったのだと、内藤は記憶している。
 だが、その鍵が掴めないでいた。
 
 これは、非常に愚かな事なのだ。
 ドクオを生み出したのは、自分である。
 一番知ってなければならない自分なのに、忘れてしまったのだ。
 
 
('A`)「『ナイフなら、ある』」
 
( ;゚ω゚)「(思い出せ……なにかがあったはずだお……)」
 
 ドクオの右手に、大きなナイフが握られた。
 刃渡りが長く、持ち歩けば銃刀法で罰せられるものだ。
 これで心臓を一突きされれば、間違いなく死ぬ。
 
 逃げようにも、スタンガンの痺れが残っており、動けない。
 この一瞬が、長く感じられた。
 外界が白く変色し、呼吸をしている心地さえしなかった。
 
 
 そして、内藤は、死を覚悟せざるを得なかった。
 
 
.

31 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:52:43 ID:P7/PUyykO
 
 
('A`)「しかし、よくやったよ、まぁ」
 
('A`)「俺の能力が見破られたのは……これで二度目だ」
 
 
(;^ω^)「……」
 
 ドクオが、じりじり詰め寄ってくる。
 その手に握られたナイフが、自分の命を彫刻する鑿と知り、
 いよいよ内藤は動けなくなった。
 
 
(;^ω^)「……」
 
(; ω )「……」
 
 
 
('A`)「……」
 
 
('A`)「あばよ」
 
 
 
 ドクオの細腕が、天高く向けられた。
 内藤がそれを見上げる事はできなかった。
 その前に背中を一突きされ、それで終わるのだ、と思ったのだから。
 
 
.

32 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:53:31 ID:P7/PUyykO
 
 
 
 
 
 
  「ほぅ、若いくせに上等な能力を使いよって」
 
 
 
('A`)「!」
 
 
(; ω )「ッ!」
 
 
 
 
 
.

33 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:55:01 ID:P7/PUyykO
 
 
 その時、確かに聞こえた。
 聴力を失いかけた内藤の耳に、自ら吸い込まれにゆくかのように、声は放たれた。
 低く、しかし濁りのない声が。
 
 はっとして、ドクオが後ろを見た。
 内藤は、顔を上げるだけで精一杯だったが、
 それだけでその発言者の顔を見ることができた。
 
 
 そこには、わざと腰を曲げ、腕をだらんと垂らしている老人が立っていた。
 
 
 
/ ,' 3「ヒョヒョヒョ。幻を扱うとは、いいタマ持ってんのぉ」
 
 
('A`)「ッ……誰だ」
 
(;^ω^)「お……?」
 
 
 老人は、赤子を相手にするかのように嘗めた口調でドクオに話しかけた。
 そしてドクオが動揺を見せると、握っていたナイフは白い煙となり、風に浚われてしまった。
 ナイフが消えた事に安堵した内藤は、心なしか
 スタンガンのダメージが軽減されたかのように思えた。
 
 
.

34 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:56:55 ID:P7/PUyykO
 
 
/ ,' 3「じゃが所詮、幻想も奇術も魅せるという点では一緒。わかるか?」
 
('A`)「……わかんねぇな」
 
/ ,' 3「わからんのであらば教えてやろう。
    年寄りの話は、聞いて損はないぞ?」
 
('A`)「俺は、ジジィは嫌いなんだ」
 
('A`)「『ピストルなら、ある』」
 
(;^ω^)「っ!」
 
 
 握られたナイフが消えたと思うと、今度はピストルを生み出した。
 やはり、なにもないところから何かを生み出す能力を、ドクオは持っている。
 質量の概念を無視した、奇術を。
 
 
/ ,' 3「ほぅ、質量保存の法則を無視した、か」
 
('A`)「生憎、これが商売なんでね」
 
 
 銃口は、老人に向けられた。
 だが、狙われているにも関わらず、老人はへらへらしていた。
 呑気な事に、まだ口を利く事ができている。
 
 内藤は、老人の身を案じた。
 スタンガンを喰らったからわかる事だ。
 奇術であっても、実害は生まれるのだ。
 
 それを老人は知らないように思えた。
 
 
(;^ω^)「じーさん危ないお!」
 
 
 だが、老人は汗水ひとつすら流さなかった。
 口角を釣り上げている。
 
 
.

35 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 20:57:49 ID:P7/PUyykO
 
 
 
('A`)「じゃあな」
 
 
 苛立ちが募ったドクオが、引き金を引いた。
 そのときだ。
 
 
 
/ ,' 3「ばかめ」
 
('A`)「!」
 
 
 銃声が鳴り、命を撃ち抜く弾丸が飛び出した。
 しかしその弾丸は、老人の身体の一センチ手前で地に墜ちてしまった。
 老人はなにひとつ動作を介していない。
 
 内藤にもドクオにも、何が起こったのかわからなかった。
 わからなかったからこそ、ドクオは動揺した。
 
 
.

36 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:04:48 ID:P7/PUyykO
 
 
(;'A`)「おおおおおッ!」
 
/ ,' 3「無駄、無駄」
 
 
 ドクオがピストルを連射する。
 安全装置をはずして引き金を引く、それが一瞬間で
 行われていたのに、弾丸はどれも老人に触れる事はなかった。
 
 やがて全ての弾丸を撃ち出したドクオは、次の手に出た。
 
 
(;'A`)「『爆弾なら、ある』」
 
 ピストルを白い煙にしたと同時に、次は手のひらサイズの爆弾を生み出した。
 既に導火線には火が点いており、導火線の長さは一センチにも満たなかった。
 つまり、すぐ爆発するというわけだ。
 
 それを老人に目掛けて投げつけた。
 その後ドクオは踵を返して避難した。
 
 爆弾なら、勢いを殺され地面に落ちても、
 老人を殺傷できる事に変わりはないからだ。
 それを思いついたドクオの、一種の作戦だろう。
 
 一方、被爆は免れないと思った内藤は、コートを翻し頭に被せた。
 もうどうにでもなれ、と思っていた。
 
 
.

37 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:10:36 ID:P7/PUyykO
 
 
 だが。
 
 
/ ,' 3「今度は重力かの」
 
(;'A`)「!」
 
 老人がぽつんと呟くと、老人の手前三十センチまで迫っていた
 爆発寸前の爆弾は、天高く飛び上がってしまった。
 地面に垂直に、まるで打ち上げ花火でもあるかのように。
 そして、ドクオがそれを視認できる頃に、上空で爆発が起こった。
 
/ ,' 3「ほっほっ。朝の花火も風情があるもんよ」
 
 真っ赤な炎を周囲にぶちまけ、轟音とともに熱風がやってきた。
 ぱらぱらと、爆弾を形成していた破片も落ちてくる。
 凄まじい爆音のせいで少しの間耳が機能しなかったが、鼓膜が破れはしなかった。
 
 それよりも、老人はやはり体勢を変えていない。
 ドクオの奇術に同じく、老人も奇術で対抗したというのか。
 内藤は、すっかり訳がわからなくなっていた。
 
 わかったのは、ドクオは次に金属バットを生み出していた事だ。
 
 
 
.

38 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:12:01 ID:P7/PUyykO
 
 
('A`)「ふざけやがって……!」
 
 銃弾、爆弾と飛び道具を用いたから落とされ、
 飛ばされたのだ。ドクオは、そう思った。
 ならば肉弾戦ならどうか、と試みたようだった。
 
 言うまでもなく、鈍器を使い、老人を殴るつもりだ。
 しかし、それでもやはり老人は笑っていた。
 振り抜かんとされたバットを見ても、老人の笑みは変わらなかった。
 
 
/ ,' 3「作用・反作用の法則ってのがあってな」
 
('A`)「!?」
 
 
 バットが老人に当たる直前、漸く老人が動いた。
 腕で構えをとり、バットの威力を最小限に食い止めようとした。
 そこにドクオのバットがやってきたという訳だが、直後、内藤は目を疑った。
 
 
.

39 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:15:47 ID:P7/PUyykO
 
 
(;'A`)「が……ああああああああッ!」
 
/ ,' 3「……ふぅ」
 
 老人を殴った瞬間、ドクオの手からバットが老人とは反対方向に飛んでいった。
 弾かれた、と言った方が語弊は生じないだろう。
 一方のドクオは、手首を押さえ地に倒れ込み、のたうち回っていた。

 内藤も漸く起きあがれるようになったため歩み寄ってみると、
 彼は手首が本来曲がってはいけない方向に曲がっていた。
 
 構えをとり、バットを迎え入れた箇所をさすりながら、老人は言った。
 どうやら、痛みがないかを確認しているようだった。
 顔色を窺う以上は、別段ダメージは無さそうに見えた。
 
 
/ ,' 3「人を殴るというのはな、殴られる側だけじゃのぅて殴る側にも反動が来るんじゃ」
 
(# A`)「―――ッ!」
 
/ ,' 3「その、儂にかかる作用の力の向きを『解除』した。
    それがどういう意味かわかるか?」
 
/ ,' 3「本来生まれる筈じゃった儂への力が、
    全部あんたに向かうんじゃよ」
 
 
 
/ ,' 3「この儂、【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】によってのぅ」
 
 
 
.

40 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:18:18 ID:P7/PUyykO
 
 
 静かに、老人は言った。
 余裕はまだ拭いきれてなかった。
 いや、拭う必要すらなかった。
 
 ドクオは悶え苦しみ、暴れている。
 それを見下ろしていた老人は、やがて内藤と目があった。
 
 恐ろしい技を見せつけてきた老人だったが、
 次に自分が狙われるという気は不思議としなかった。
 というのも、内藤は老人の正体もわかったのだ。
 
 
(;^ω^)「【則を拒む者】かお!?」
 
/ ,' 3「なんじゃ、知っとんのか?」
 
(;^ω^)「という事は……まさかあんた……」
 
 
 
(;^ω^)「アラマキ元帥……かお!?」
 
 
 
 
.

41 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:21:42 ID:P7/PUyykO
 
 
 内藤の手がける物語に、強力な人物が存在する。
 その名を【則を拒む者】といい、
 ありとあらゆる『力の法則』を『解除』する事ができる、能力者が。
 
 それは、勢いのついた物体の勢いを殺し、
 重力との均衡を保っている物体の重力を消し、
 垂直抗力を『解除』してカウンター技を見せる事ができる。
 
 本来なら、物語中盤に敵として登場し、主人公のホライゾンを苦しめる強者なのだ。
 原作では元帥ゆえに単身での戦闘力も高く、武術の使い手である。
 老体に相応しいハンデを背負っているも、その強さは衰えを見せない。
 
 そんなアラマキ=スカルチノフが、目の前にいるのだ。
 原作では、ドクオと決して巡り会うことのないアラマキが。
 
 
/ ,' 3「もう元帥じゃないわ。
    にしても、名前まで知っておるとは……魂消たもんじゃ」
 
( ^ω^)「適当に名前つけたせいでよくお便りでジェネラルの意味教えてってくるんだお!
      どうしてくれんだお!」
 
/ ,' 3「なんの話をしておる」
 
(;^ω^)「っ! なんでもないお……」
 
 
.

42 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:24:12 ID:P7/PUyykO
 
 
 そこで、内藤は口を噤んだ。
 二人続けて小説のキャラクターが現れたものだから、
 内藤も一瞬我を忘れてしまったのだ。
 
 だが、登場人物であるドクオやアラマキが、内藤や
 彼の手がける小説を知っているはずがない。
 
 慌てて昂揚を抑えると、今度はアラマキの方から詰め寄ってきた。
 殺意こそなかろうが、内藤を普通の人間だとは、
 微塵にも思ってないに違いない。
 
 自分の名前を言い当て、元帥だった事まで知っているなど、あり得ないからだ。
 内藤も口がすぎたと思い、後悔していた。
 
 この状況を、どう説明すればいいのだと、必死に考えた。
 
 
 
/ ,' 3「なぜ儂の名前を言い当てたのか……理由を聞こう」
 
 
 一歩、アラマキは大きく踏み出した。
 
 
(;^ω^)「えっと……それはカンで……」
 
 
 また一歩、アラマキが詰め寄る。
 
 
/ ,' 3「カンで元帥って事まで言えるのかえ?
    そういう能力者か?」
 
( ^ω^)「あ、実はそう――」
 
/ ,' 3「能力者なら生かしてはおけんがの」
 
( ^ω^)「――いうわけじゃないので殺さないでください!」
 
 
.

43 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:26:08 ID:P7/PUyykO
 
 
 アラマキはムスッとした。
 隠そうとする内藤の態度が、気にくわなかったのだ。
 だが、国軍だったアラマキは一般人を殺める気にはなれなかった。
 
 仕方なく、ぎろっと睨み、言うよう促した。
 内藤はアラマキが恐ろしい人物であるのを
 知っているため、言わざるを得なかった。
 
 
(;^ω^)「……信じるかお?」
 
/ ,' 3「なにを」
 
(;^ω^)「今から言う話だお……。疑っちゃだめだお」
 
/ ,' 3「言いなさい」
 
( ^ω^)「じゃあ―――」
 
 
 
 内藤は、腹を括った。
 本当は、まだただの仮の話でしかなく、偶然かもしれない。
 フィクションにノンが付く事など、あってはならないのだ。
 
 ここは、内藤のいる現実世界で小説をひっくり返して、
 中身を出したかのような世界なのである。
 アラマキが本当にアラマキだとして、信じられるはずもない。
 
 
.

44 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:27:40 ID:P7/PUyykO
 
 
 だからこそ、この話は出さないつもりだった。
 変に勘ぐられて、内藤が危ない目に遭うかもしれないからだ。
 
 また内藤は、どうせアラマキは信じないだろうと思っていた。
 自分が小説家であること、
 その手がける小説にドクオやアラマキ元帥が登場すること、
 しかし話の筋は妙に違うこと。
 
 全部話し終えて、内藤は、自分が今どのような立場にいるのか、改めて認識した。
 
 
/;,' 3「小……説? ばかな」
 
( ^ω^)「残念だけど、僕は本当だと確信しているお。
      アラマキ元帥、お話でのあんたは世の中から戦争をなくすべく、
      元帥を引退後は各地に潜む能力者を次々倒し、抹殺を試みるんだお」
 
/ ,' 3「! ……そこまで知っておるのか」
 
 
.

45 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:30:05 ID:P7/PUyykO
 
 
 アラマキは、今まで罪なき命を次々に滅ぼしていった。
 何もかも我が軍の勝利のため、犠牲はやむを得ない。
 ずっと、その考えだけを抱いて歩んできた。
 
 だが、ある日ある若い男と出会った。
 元帥が単身で戦場にいると、背後を突かれたのだ。
 
 その時、背中に浅い傷を負った。
 アラマキは強力な【則を拒む者】という能力を持つ。
 当然、攻撃された以上は反撃にでる。
 相手との距離が少しあったため、詰め寄るべく飛び出した瞬間だ。
 
 急に、どこかで爆発が起こった。
 
 間近で起こった爆発だっただけに、身体に大きすぎるダメージを与えてしまった。
 幸い、爆音を聞き駆けつけた兵士を見て男は逃げた。
 が、その際に男はアラマキにこう言い残した。
 
 
( ^ω^)「【連鎖する爆撃【チェーン・デストラクション》】の名を覚えておけ
       ――――違うかお?」
 
/;,' 3「ッ! なぜそこまで知っておる!」
 
( ^ω^)「僕が、作者だからだお」
 
/;,' 3「――――ッ」
 
 
.

46 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:33:47 ID:P7/PUyykO
 
 アラマキは狼狽した。
 当時の軍以外の人間が知る筈もない事を、内藤が知っていたからだ。
 
( ^ω^)「そして、あんたは察した。『能力者がいるから、争いが絶えないのだ』と」
 
( ^ω^)「数年後に軍を抜け、ひとり能力者の抹殺に向かった。だおね?」
 
 
/;,' 3「……」
 
 
/ ,' 3「……」
 
 
 アラマキは、ひとたび仰天したあとは、却って静かになった。
 じっと内藤を見つめ、何かを考えていた。
 内藤の話の真偽を、考察していたのだ。
 
 答えが出たのか、アラマキの顔は晴れやかになった。
 歩み寄って手を差しだしながら、内藤に訊いた。
 
 
/ ,' 3「その話、信じようじゃないか。君の名は?」
 
 
( ^ω^)
 
( ^ω^)「! 内藤武運ですお!」
 
/ ,' 3「ほぅ、ブーン君か。おかしな名前じゃの」
 
( ^ω^)「え、いや、ブーンじゃなくてぶう――」
 
/ ,' 3「ブーン君。君に興味が湧いた。
    協力してやらんこともないぞよ」
 
( ^ω^)「ちょ、違――」
 
/ ,' 3「みなまで言うな、襲ったりせんよ」
 
( ^ω^)「ブーンでいいよもう。へへっ」
 
 内藤は肩を竦め、差し出された手を見た。
 その手の意味を理解して、握手を交わした。
 しわしわな掌に温かみが感じられる手だった。
 
.

47 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:36:32 ID:P7/PUyykO
 
 
 

 
 
 
/ ,' 3「して、今の話だと、君の書く小説とは話が違うんじゃな?」
 
( ^ω^)「そうなるお」
 
/ ,' 3「ふぅむ……」
 
 
 本当の話なら、ドクオはアラマキとは出会わないし、
 アラマキと主人公が手を組む事もない。
 なにかが微妙にずれている世界である事は、わかっていた。
 
 だが、それがなぜか、までは掴めないでいた。
 小説の世界に入り込む事自体がそもそもおかしいのだ。
 なぜ、などわかるはずもなかった。
 
 しかし、アラマキはある仮説を打ち立てた。
 少し唸った後に出た案だった。
 
 
/ ,' 3「それは、『パラレルワールド』じゃないかのぅ」
 
( ^ω^)「ぱ……?」
 
 
 内藤は言葉に詰まった。
 何を言い出すのだ、と思った。
 
 しかしアラマキは真剣味に溢れていた。
 
/ ,' 3「噂にしか聞いた事がないが、世の中には
    パラレルワールドを生み出す能力者もいると聞く」
 
/ ,' 3「ある世界と同じ世界を生み出すのだが、二つは相関しておらん。
    平行線上に並んだ世界で、干渉しあわん世界なのじゃ」
 
( ^ω^)「?」
 
 
.

48 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:38:06 ID:P7/PUyykO
 
 
/ ,' 3「同じ水質、水温、流れの速さ、魚の住む川が
    二本あってじゃな、片方に異国の凶暴な魚を放り込んでみぃ。
    そっちの川は環境が変わるのに対し、もう片方は平生のままじゃ。
    それを今の状況と照らし合わせると――そうじゃな」
 
/ ,' 3「きっと、そのブーン君の書いた元のお話と何かがずれておるのは、
    ここが元の世界にイレギュラーが加わってしまった、
    別次元の世界だからじゃと思うのぉ」
 
( ^ω^)「イレギュラー……」
 
/ ,' 3「それは君じゃ、ブーン君」
 
 
 アラマキは、内藤に指を突きつけた。
 内藤は目を丸くした。
 
 
(;^ω^)「僕がなにをしたっていうんだお!」
 
/ ,' 3「君がこの小説の世界に紛れ込んでしまった。
    本来存在する筈のない君が迷い込んでしまった事によって、
    均衡が崩されてしまい、本来存在する筈のない食い違いが生じてしまった、
    そうは考えられんかの?」
 
( ^ω^)「! タイムパラドックスのパラレル版かお!」
 
/ ,' 3「そうとも言えるな」
 
 
.

49 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:40:02 ID:P7/PUyykO
 
 
 
 内藤は漸く理解した。
 当然だが、内藤の書く小説に内藤武運という人間は存在しない。
 存在しない彼が入ってしまった世界は、内藤の書く小説の世界とは全くの別物なのだ。
 
 別の世界だからこそ、元の世界と違う事柄が起こるのも、おかしくない。
 元の世界と微妙にずれているのは、それが原因だろう、と。
 
 
/ ,' 3「儂は能力者の抹殺を最後の目標にしておるが……。
    ブーン君の小説では、果たせておるのか?」
 
( ^ω^)「まだ、小説そのものは終わってないんだお。
      だからわからないお」
 
 
 内藤は、脳内で練っている物語のオチを言うのは避けた。
 小説家として、ネタをばらすのは趣向に合わないのだ。
 今後の事はお楽しみに、それは作家としての常識だった。
 
 アラマキもそれを察したのか、それ以上は言ってこなかった。
 ただわからないと答えられるだけで、満足できたのだ。
 
 
.

50 名前: ◆qQn9znm1mg :2012/06/07(木) 21:41:54 ID:P7/PUyykO
 
 
/ ,' 3「儂は旅を続けるが、ブーン君も着いてきなさい。
    ……いつか、パラレルワールドの真意がわかるじゃろうて」
 
( ^ω^)「もとよりそのつもりですお。
       早く現実世界に帰りたいですお」
 
/ ,' 3「そうか、そうか」
 
 アラマキは、老人には見合わず高笑いした。
 だが、なにがおかしいのか、内藤にはわからなかった。
 
 一歩、また一歩と踏み出すので、内藤も慌てて追いかけた。
 アラマキはあてもなく旅をしているのだろうか。
 気分次第で歩を進め、生き残っている能力者を探すようだ。
 
 太陽がぎらぎらと照りつけはじめたせいか、汗を拭って内藤は隣に並ぶ。
 アラマキは「面白くなりそうじゃ」と言って、また笑った。
 
 
 
 その時の内藤とアラマキには、わからなかった。
 後ろのほうで、アラマキの動向を窺う者がいることに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.


戻る / 第二話→ inserted by FC2 system