620 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:08:33 ID:cMB4Sd/U0

 目を覚ます。
 ぼやけた視界に、見慣れない、白い天井が広がっていた。

('A`)「…………」

 どこだろう、ここは。
 体を起こそうとするが、うまく動かない。

 仕方なく、目だけを動かして周囲をぐるりと見渡してみる。

 どうやら、俺はベッドに寝かされているようだった。
 シーツから、消毒液の匂いが鼻につく。

 左にはモニターがあった。
 画面は不規則な波形を描きながら、一本の線が長く続いている。
 その下には、素人目には何だか分からない用途不明の機械があって、
そこからコードやらチューブやらが延びていた。

 病院……だろうか。どうしてこんな所に?

川;゚ -゚)「ドクオ!?」

 突然、俺の視界が女の顔で埋め尽くされた。

(;'A`)「おわっ」

621 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:09:41 ID:cMB4Sd/U0

川;゚ -゚)「目を覚ましたのか!?」

 彼女にとって、俺が目を覚ます事は驚きに値する事なのだろうか。

('A`)「あぁ、まぁ……」

川 ゚ -゚)「…………良かった…………」

 そう言って、彼女は安堵の息を洩らした。
 俺はさっぱり状況が掴めない。

川 ゚ -゚)「いや、うん。待ってろ。今先生を呼ぶから」

('A`)「あ、いや、ちょ」

 俺の枕元に、彼女が手を伸ばす。
 さっきより顔が近付いて、俺は思わず顔を逸らした。

川;゚ -゚)「どうした、どこか痛いのか? それとも苦しいのか?」

('A`)「あ、いや、そうじゃないんですけど」

 そうじゃなくて。
 俺は今、一番疑問に思っている事を、率直に口に出した。

('A`)「あなた……誰ですか?」




('A`)ドクオが過去を失ったようです

622 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:10:24 ID:cMB4Sd/U0

( ´∀`)「信じられん……奇跡モナ」

 俺を見るなり、白衣を着たオッサンはそう言った。

('A`)「…………はぁ」

 俺としては、起きただけで奇跡と呼ばれるこの状況が理解出来ない。
 なので、煮え切らない返事をするに留まった。

( ´∀`)「君は、事故で半年間も眠り続けていたモナよ」

('A`)「…………」

 正直、急にそんな話をされても困る。
 事故? 俺が?

( ´∀`)「ふむ、どれ、診察するモナ」

 聴診器を、俺の体のあちこちに当てる。

('A`)「あの……」

 俺が出しかけた言葉を遮って、

( ´∀`)「その前に、聞かせてほしいモナ。君の名前と歳は?」

 そんな事より、さっきの女性は……
 ……え? 名前?
 俺の、名前?

('A`)「…………」

 何も、思い出せなかった。

623 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:11:44 ID:cMB4Sd/U0

 頭部外傷による、逆行性健忘。
 それが、俺には下された診断だった。

 簡単に言うと、記憶喪失である。

('A`)「…………」

 うまく動かない体に、何も覚えていない空っぽのアタマ。
 それが今の俺だった。
 もっとも、体の方は筋力が落ちてるだけらしいので、リハビリすれば
すぐに日常生活に支障はないくらいの筋力を取り戻せるとの事だが。

川 ゚ -゚)「ほら、リンゴ剥けたぞ」

('A`)「あぁ、ありがと、クーさん」

 この人の名前は、クー……と言うらしい。
 初めて会った日は俺の言葉にショックを受けて、そのまま病室から出て
いってしまった。

 が、次の日からは毎日見舞いに来てくれている。
 朝から、面会時間ギリギリまで。

川 ゚ -゚)「ドクオ」

 それが、俺の名前だと言う。
 最初は名前を呼ばれても、あまりピンと来なかった。
 数日経って、ようやく慣れてきた所だ。

('A`)「ん? 何ですか?」

川 ゚ -゚)「私に敬語なんか使わなくていい。呼び捨てで構わない」

 記憶を失う前の俺は、そうしていたのだろうか。
 俺と彼女は、一体どんな関係なのだろう。

624 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:12:33 ID:cMB4Sd/U0

 もしかしたら、かなり深い仲だったのかも知れない。
 だとしたら。

 嫌だな、と思う。

 きっと俺は、クーさんの事が好きだ。
 でも、きっと彼女は、俺の事が好きな訳じゃない。

 今の俺は、記憶を失う前の『ドクオ』という人間の、絞りカスだ。
 単に、あいつが構築した人間関係を引き継いでいるに過ぎない。

 俺が好きだと言えば、きっとクーさんは応えてくれるだろう。
 俺の中に、『ドクオ』を見ているから。

('A`)「俺は……」

『ドクオ』に対して、嫉妬している。
 俺は、ドクオであって、ドクオじゃないから。

625 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:13:19 ID:cMB4Sd/U0
数日後。

('A`)「あの、クーさん」

 結局、俺は彼女を呼び捨てには出来ないでいた。

川 ゚ -゚)「ん? 何だ」

('A`)「クーさんは、俺に記憶が戻った方が良いですか?」

 我ながら、意地悪な質問だと思う。
 事故で、記憶を失った俺。

 そんな人間に、『記憶が戻った方がいい』とは言えないだろう。
 それを期待した。

 誘導尋問じみたやり方でもいい。
 彼女の口から『今のままでいい』と、言って欲しかった。

川 ゚ -゚)「バカだな、お前は」

 クーさんは、俺の頭を撫でる。
 何だか、子供扱いされている気がした。

川 ゚ -゚)「私は、どんなお前でも、受け入れるよ」

 それが、とどめだった。

 彼女の覚悟は。
 俺の小さな気持ちなど、とっくに越えていた。

('A`)「あー……そうか」

 その言葉で、俺は覚悟を決めた。決める事ができた。

626 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:14:07 ID:cMB4Sd/U0

('A`)「俺さ、思い出す努力、してみるよ」

 真っ直ぐ、そう言った。
『ドクオ』の為じゃなく、クーさんの為に。

 次の日。
 俺は、クーさんに昔の俺のアルバムを持ってきてもらった。

 体のほうも、何とか日常生活は送れるくらいに復調してきている。
 この分では、退院もそう遠くはないだろう。

川 ゚ -゚)「アルバムは、それで全部だ」

('A`)「すいません。重かったんじゃないですか」

川 ゚ -゚)「気にするな。今のお前より力はあるさ」

 そう言って、細い腕を折り曲げて見せた。
 かわいいな、この人。

 照れ隠しにアルバムを一冊手に取り、めくる。
 いきなり全裸の赤ちゃんがいた。

(;'A`)「これ、俺?」

川 ゚ -゚)「ふふ、可愛いじゃないか」

 当たり前だが、全く覚えがない。
 俺は見知らぬ他人のアルバムを見るような感覚で、ペラペラとページを
めくりーー

( A )「が」

川;゚ -゚)「ドクオ!?」

(; ゚A゚)「がぁぁぁぁっ!?」

 突然、激しい頭痛に襲われた。

627 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:14:57 ID:cMB4Sd/U0

 何だ、これ。
 頭が、割れるーーどころじゃない。
 誰かが、脳を万力で締め上げてるような痛み。

( A )「が、あ、うあ……」

 声も出せない。
 口から漏れるのは、嗚咽のようなものばかり。

川 ゚ -゚)「ドクオ。いいんだ」

 不意に、俺の体が柔らかいものに包まれた。

川 ゚ -゚)「無理はするな。今は、思い出さなくていい」

( A )「う、あ」

 少しずつ、落ち着いてくる。
 クーさんに抱き止められて。

川 ゚ -゚)「いつか、きっと思い出すさ。その時は、私をどうか……」

 その先は、よく聞こえなかった。
 俺の意識は、心地よい感触の中で、闇に消えていった。

628 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:15:46 ID:cMB4Sd/U0

('A`)「……」

 俺が目覚めたのは、それから数日後の事だった。
 もう日は高く、面会時間も始まっているはずなのに、クーさんの姿はない。

J( 'ー`)し「ドクオ!? 起きたのかい!?」

 代わりに病室に入ってきたのは、少しくたびれた、優しそうなおばさんだった。

('A`)「……は? ……え? 誰?」

J( 'ー`)し「ん? 何あんた、ふざけてるのかい?」

 違う。
 俺は、記憶が……

 ずきり、と、頭が少し痛んだ。

('A`)「か……カーチャン?」

 そう。この人は、俺の母親だ。

J( 'ー`)し「何だい、今更。ほら、あとでみんなお見舞いに来るから」

 母の言葉も、俺の耳には入らなかった。
 記憶が一つ、戻った。

 だけど、他は何も思い出せない。
 ずいぶん、都合のいい記憶喪失だと思った。

629 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:16:28 ID:cMB4Sd/U0

 その日、クーさんは俺の病室に姿を現さなかった。
 俺の記憶は、誰かに会うたびに戻ってきたのに。

 妹や父、じいちゃん、ばあちゃんが来てくれた。
 俺は、彼らの姿を見るたびに、彼らの事を思い出した。

 わからないのは。
 自分の事と、クーさんの事だけだ。

 今なら、思い出せるかも知れない。姿を見れれば。
 そんなのこじつけで、ただクーさんに会いたいだけかも知れないけど。

('A`)「今日は、来ないのか……」

 面会時間どころか、消灯時間もとっくに過ぎた真っ暗な病室の中で、
俺はボソッとつぶやいた。

 会いたい。
 クーさんに、会いたい。

 そう思いながら、俺の意識は微睡みの中に落ちていった。

630 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:17:15 ID:cMB4Sd/U0

 次の日も、その次の日も、クーさんは俺の前に姿を現さなかった。
 だからと言って、俺の毎日が変わる訳じゃない。

 俺はリハビリに精を出し、そして、寝る。
 そこにクーさんがいないだけ。

 それだけだ。
 それだけなのに。

 俺の心は、ぽっかりと穴が開いたようになった。

 やがて、俺は退院することになる。
 嫌だと駄々をこねるわけにもいかなかった。

 世話になった看護師や医師に一礼して、俺は病院を出た。
 母親が、車で迎えに来てくれている。

 俺はもう一度、自分が入院していた部屋の辺りを眺めた。
 考えてみれば、俺は彼女とは、病院以外の場所で会った事がないのだ。

 ひょっとしたら、もう会えないんじゃないか。そんな考えが、頭を過る。
 打ち消すように頭を振って、外に出た。

631 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:17:57 ID:cMB4Sd/U0

 車に揺られて景色を見ながら、一つ一つ思い出してゆく。

 いつも通っていた場所。
 コーヒーを買ったコンビニ。
 よく行ったラーメン屋。

 俺は。

 どうして、あの人の事が思い出せない? 

 十分ほど走ったら、すぐに家に着いた。
 どうやら、病院まではそう遠くないようだ。

 俺は何の気無しに、玄関をくぐる。
 靴を脱ぎ捨てて、二階へ上がった。

 一番奥のふすまを開けて、ここが自分の部屋だと確信する。
 ベッドの上には、いつか見たアルバムが平積みにされていた。

 俺はそのうちの一つを手に取る。

('A`)「もしかしたら、クーさんが写ってるかも知れないな」

 一僂の望みを掛けてアルバムを隅から隅まで眺めたが、彼女の姿を発見する
事は出来なかった。
 俺はベッドに倒れ込む。

 今日は、少し疲れた。

632 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:18:50 ID:cMB4Sd/U0

 目を開けると、既に深夜だった。
 階下に降りる。

 既にみんな寝ているのか、家の中は静まり返っていた。
 俺はそろそろと物音を立てないように、外に出た。

('A`)「寒っ」

 冷たく澄んだ空気。
 雲一つ無い夜空に、綺麗な星が散りばめられていた。

 俺は歩き始める。
 深夜の散歩も、悪くない。

 行き先は、そうだな、あの病院まででいいだろう。
 もしかしたら、会えるかも知れないな。

 話したい事が、沢山ある。
 思い出した事も伝えたい。

 それからーー

(;'A`)「がっ……!」

 また、あの痛みが襲ってきた。
 俺はたまらず、道路に倒れ込む。

 何だ、これは。
 痛い。痛い。痛い。

 俺の中に、何かが流れ込んでくる。
 これは。
 記憶?

 誰の?
 俺のーー記憶?

 しばらくして、痛みは引いた。
 今度は意識を失わずに済んだ。もしこんなところで意識を失えば、明日の
朝には凍死体が一つ発見されるだろう。

 立ち上がって、走る。

 きっと、いるはずだ。
 『クーは』、あそこにいるはずだ。

633 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:19:33 ID:cMB4Sd/U0

 息が切れる。足がもつれる。
 それでも、俺はアイツに会わなきゃいけない。

 見慣れた病院に、辿り着いた。
 俺は少しだけ立ち止まって、呼吸を整える。

('A`)「クー」

 俺は呼んだ。

川 ゚ -゚)「ふふ、記憶が戻ったか」

 彼女は、俺の後ろから現れた。
 もしかしたら、ずっといたのかも知れない。

 俺が気付かなかっただけで。
 誰も気付かなかっただけで。

('A`)「あぁ、戻ったよ。全部、思い出した」

川 ゚ -゚)「そうか」

('A`)「あぁ。それで、お前に言わなきゃいけない事が出来た」

川 ゚ -゚)「ふふ、聞こう」

 彼女は、心底楽しそうに、笑っていた。

634 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:20:15 ID:cMB4Sd/U0
 半年と少し前の話である。

 ある夫婦は、星を見に出掛けた。

 本来、冬にしか見えないはずの星が、春に見えると言うのだ。

 プレアデス星団。

 夜空に一際輝く、青い星である。

 その星は、妻が一番好きな星だった。

 わざわざ、一番きれいに見える場所を調べて。

 二人は車で出掛けた。

 妻に、最高の星空をプレゼントしたい一心だった。

 予想通り、妻はとても喜んでくれた。

 その姿を見た夫も、とても幸せだった。

 その帰り道。

 妻は、帰りは自分が運転すると申し出た。疲れ気味だった夫を気遣って。

 曲がりくねった山道を、車は走る。

 不意に、背中に衝撃が走った。

 それが何であったのか、知る術はない。

 車はガードレールを突き破り、崖下に投げ出された。

 全身を襲う衝撃。

 命を守るはずのシートベルトやエアバッグは、何の役にも立たなかった。

635 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:21:01 ID:cMB4Sd/U0

( A )「助手席に乗っていた俺は、助かった。運転席のお前が、俺を庇ってくれたから」

川 ゚ -゚)「…………」

( A )「でも、お前は……!」

川 ゚ -゚)「いいんだ」

( A )「いいわけあるかよ!」

川 ゚ -゚)「はは、私はもう、死んでしまったけど、後悔はしてないよ」

( A )「俺は」

川 ゚ -゚)「記憶の無いお前に、もう一度好きになって貰えたしな」

( A )「お前のいない人生なんて」

川 ゚ -゚)「これでお別れになるだろう。私の願いは、叶った」

( A )「待てよ、勝手に完結すんなよ! 俺はーー」

川 ゚ -゚)「さよならだ」

( A )「クー!」

 前が見えない。
 滲んで、見えない。

 そんな俺を、またやわらかな感触が包んだ。

(;A;)「嘘……だろ……こんなに、あったかいのに。こんなに」

川 ゚ -゚)「嘘さ。夢の中にいる。そう思えばいい。少し幸せで、とっても残念な
   夢の中にいたんだ、私達は」

(;A;)「クー! クー!」

川 ゚ -゚)「キミに名前を呼ばれるの、好きだったよ」

 不意に、俺を包んでいた感触が、掻き消えた。
 周りには、誰もいない。

 俺はその場にへたり込んで、しばらく空を眺めていた。

 クーが好きだった星が見える。

 いつも七つしか見えなかった青い星が、今日は一つ多い気がした。

636 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:21:43 ID:cMB4Sd/U0
 それから二年が過ぎた。

 俺は未だに、あの日の夢を忘れられないでいる。

 だからと言って、そこで立ち止まる事は出来ないけれども。

「パパーはやくー」

 階下から、俺を呼ぶ声が聞こえた。
 記憶喪失は、もう遠い昔の事のように感じられる。

 息子がいる事も思い出した。

 俺はクーの分まで、立派に育て上げていかなきゃならない。

 プレアデス星団。

 妻の好きだった星の和名をつけた、あの子を。

('A`)「今いくよー! 昴ー」

637 名前:名も無きAAのようです :2013/10/15(火) 04:23:43 ID:cMB4Sd/U0
おしまい。
やっと書けた。

『頭痛』
『深夜の散歩』
『昴』

お題くれた人、サンクス


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