- 413 名前: ◆gFPbblEHlQ :2015/06/02(火) 03:43:54 ID:ApiOfvPA0
≪1≫
――――熱い。
失われていた感覚が、熱によって少しずつ戻ってくる。
ミセ* − )リ(ここは…………)
徐々に回復していく視力。
彼女は目の前の光景を呆然と捉え、ゆるやかに思考を巡らせた。
大地が燃え、家屋が崩れ、何かがが雄叫びを上げている。
焦土と化したその場所に、彼女は傷だらけで横たわっていた。
ミセ* − )リ(……懐かしい)
ふと、郷愁に浸る。
状況に似合わない感情なのは分かっていたが、それでも彼女は思わずにいられなかった。
これと同じ光景を、どこかで見た事がある――
.
- 414 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:44:34 ID:ApiOfvPA0
炎の揺らめきの中に、黒い影が立ち上がった。
彼女は黒い影に途轍もない恐怖を感じた。
しかし体は動こうとせず、恐怖もやがて諦めに染まった。
ミセ* − )リ(……このまま、死ぬのかな……)
そう思った直後、彼女はまた懐かしい感覚を覚えた。
同じような場面で同じような事を言った、そんな気がした。
黒い影が少しずつ近づいてくる。
ガチャ、ガチャという重苦しい金属音が、歩に合わせて聞こえてくる。
じっと待てば、終わらせてくれるのだろうか。
光を失った目で、彼女は黒い影が自分のもとに来るのを待ち侘びた。
.
- 415 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:46:41 ID:ApiOfvPA0
その時、何かが彼女の視界を遮った。
一瞬焦点が合わず、ぼんやりと二つの棒があると彼女は錯覚した。
「……お前か」
小さな声がして、彼女は視線を持ち上げる。
そこにあったのは小さな背中と、鋼鉄に覆われた左腕――
( A )「――お前がやったのか」
私ではない、あの黒い影に言っている。
雨に濡れた体を震わせて、今にも消えそうな声で。
( A )「……違ってもいい。でも、この女に手は出させない」
( A )「……誰かを守るなら、償いになるだろ」
少年は空虚に向かってそう言い、拳を構えて腰を落とした。
.
- 416 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:47:22 ID:ApiOfvPA0
≪2≫
――夢の中で彼女に出会うのは、もう何度目だろう。
満天の星に覆われた、荒野の夢だった。
ドクオはそこにぽつんと立ち、彼女もまた、ドクオの前にぽつんと立っていた。
彼女には顔が無かった。
彼女の表情は、黒い雨が滲んだように跡形も無くなっている。
口の無い顔が話し始める。
「――色んな人に、会ったみたいだな」
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- 417 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:48:12 ID:ApiOfvPA0
「素直に嬉しいぞ。お前には、私以外の誰かが必要だったから……」
(;'A`)「――――!」
彼女の口振りに疎外感を覚えたドクオは、彼女を引き止めようと口を開いた。
だが、言葉は何も出てこない。
「もう一度エクストに会え。そして、本当の事を知ってほしい」
「……そして、本当の事を知った君に向けて、少しだけ」
.
- 418 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:49:22 ID:ApiOfvPA0
彼女の顔に、はっきりとした表情が浮かび上がった。
素直クールは困ったような笑みをしながら、最後に言った。
「弱い私に付き合ってくれてありがとう」
「貴方を騙して、引き止めてしまって……ごめんなさい」
「出来れば、もう二度と、私に会おうとしないでくれ――」
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- 419 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:50:06 ID:ApiOfvPA0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(; A゚)(――――ッ)
一秒にも満たない、生き死にを左右する瞬間の連続。
思考を繋げる間もなく、息をする間もなく、反発するような直感だけが体を突き動かしている。
ドクオの右腕は、もうとっくに使い物にならなくなっていた。
左腕は装甲があるだけマシだったが、生身の右腕は黒甲冑との攻防には耐え切れなかった。
右腕はあらぬ方向にひしゃげ、赤く腫れ上がり、骨が飛び出していた。
もはや感覚すら通っておらず、彼の右腕はただの肉塊に成り果てている。
この腕は、もう二度と使い物にならない。
一瞬、突き刺すような黒甲冑の拳撃が止まった。
ドクオは反撃の好機を見逃さず、背の撃鉄を叩き落した。
彼の背中で閃光が爆発し、拳に渾身の力を送り込む。
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- 420 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:51:08 ID:ApiOfvPA0
(# A゚)「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙ッッッ!!」
絶叫して放たれた左拳が黒甲冑の兜を叩く。
それと同時に、マグナムブロウの装甲に亀裂が走った。
限界なのは右だけではない。左腕が動かなくなるのも時間の問題だった。
頭を全力で殴られた黒甲冑は即座に後退し、離れた所からドクオを見据えた。
(; A゚)(……効いてねえか)
二人は暗黙し、数秒の休憩を挟んでから、戦いを再開した。
「――――■■■■■■■!」
地面が響いた直後、黒甲冑の影から黒い液体が噴き出した。
液体は膜状に薄く大きく広がり、ドクオに向けて槍状の物を一斉に発射した。
(; A゚)「ッ!」
形振り構わず、ドクオは勢いよく瓦礫の陰に飛び込んだ。
.
- 421 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:54:24 ID:ApiOfvPA0
しかし、瓦礫が楯になるという期待は軽率だった。
放たれた槍の威力・鋭利さは凄まじく、瓦礫は絹綿も同然の盾だった。
(; A )「がッ――――」
陰に飛び込んで間もなく、咳き込むような悲鳴を漏らす。
自分の体を見る前に、ドクオは瓦礫の陰を転がり出た。
マグナムブロウで地面を殴り、着地も考えずにどこかへ体を吹っ飛ばす。
しかし、それだけでは轟音を伴って掃射される槍からは逃げ切れなかった。
(# A゚)「――――」
地面に腕を突き立てて勢いを殺し、即座に立ち直る。
ドクオは息を止めて目を見開き、飛来する槍に向かって次々と拳を振るった。
直撃するものだけを選んで打ち落とし、最低限の身動きで槍をかわしていく。
時間にして十秒、数にして百本近い槍。
それを左腕一本で凌ぎきったドクオは、瞳孔の開ききった目で自身の体を一瞥した。
(; A゚)「……」
左肩に一本、腹に二本、使えなくなった右腕に一本。
他に直撃は無かったものの、体の至るところの肉が抉り取られている。
痛いとか、怖いとか、引き下がるとか……そういう感覚はすっかり麻痺していた。
ドクオは、ここまで来ても死を感じられない自分を滑稽に思った。
.
- 422 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:55:04 ID:ApiOfvPA0
――このまま死んでも、きっと俺は何も思わない。
何も成し遂げていない人生でも、きっと後悔は無いんだと思う。
俺は、自分というものを持っていないから――
.
- 423 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:55:44 ID:ApiOfvPA0
「■■■■■■■――!!」
黒甲冑が咆哮する。
散漫しかけたドクオの意識が現実に戻る。
目の前には、見たくも無い現実が立ち塞がっていた。
(# A゚)「……上等だッ……!」
ドクオは体に刺さった槍を抜き捨て、黒甲冑に向かって走り出した。
傷口から血が噴き出し、意識は混濁を深めていく――
.
- 424 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:56:24 ID:ApiOfvPA0
――けっきょくの所、俺自身には戦う理由なんか無い。
あの人は俺の生きる理由そのものだ。決して、戦う理由なんかじゃない。
あの人がどこかで死んでしまっても、俺は死ぬほど泣いて……きっと、それで終わる。
好きな人が死んだって、けっきょく俺は、それを乗り越えて生きてしまうんだと思う。
心の中の素直クールを都合の良いように塗り替えながら、勝手な開き直りで前に進んでいく――
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- 425 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:57:05 ID:ApiOfvPA0
今でこそ思う。人は、どうしても強くなってしまう生き物だ。
俺も強くなってしまった――悲しみの一つや二つ、乗り越えていけるほどに。
心のどこかで、もうとっくに、俺は彼女の事を諦めていたのかもしれない。
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- 426 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:58:44 ID:ApiOfvPA0
――いつしか俺は、一人でも生きていけるようになってしまっていた。
素直クールが居なくても十分生きていけるほど、強くなってしまっていた。
だけど俺は、あの人が過去の存在になっている事をどうしても受け入れられなかった。
あの人の顔すら忘れかけているのに、俺はどうしても――それを認めたくなかった。
だから他人を、ギコ達を拒んでしまった。
これ以上他人を受け入れたら、いつか本当に彼女を忘れてしまうと思ったから……。
- 427 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 03:59:24 ID:ApiOfvPA0
――他人を知る度に自分の中の神が薄らいでいく。
敵味方に関わらず、他人という存在は俺に夢を忘れさせた。
そして何度も、あの頃に死んでおけばよかったと思っている。
子供のままで死んでおけば、きっと夢から覚める事もなかったのに――――
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- 428 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:00:11 ID:ApiOfvPA0
――バキン、と音が鳴った。
左腕の装甲が崩れ、空に舞った装甲は光の塵になって消えていく。
(;゚A゚)「――――」
この瞬間にも、無数の黒槍が目の前に迫ってきている。
体力は底をつき、限界を超えている。
なんとか数本撃墜出来ても、残る数十本は確実にこの体を貫くだろう。
(;゚A゚)(――ダメだ)
視界を覆い尽くした黒槍の弾幕。
逃げ場があったとしても、この足ではとても逃げ切れない。
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- 429 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:02:03 ID:ApiOfvPA0
終わったと、確信した。
(; A )「ぐ、うッ……」
途端、失われていた感覚が一気に息を吹き返し、ドクオは全身の激痛に嗚咽を吐いた。
死を前にした生存本能が最後の力を振り絞り、ドクオの脳に生きろと命令する。
(; A )(でも、どうすりゃいい……)
考える時間は十分にあった。
本来その時間は走馬灯を見る為に用意された時間だったが、肉体がそれを許さなかった。
終わるのはまだ早いと、本能が最後の意地を張っていた。
(; A )(相手は訳分かんねぇ化け物、腕っ節でも歯が立たねぇ……)
(; A )(撃動が直撃しても無傷……どうしたって無理だ……)
(; A )(何一つ、勝てる気が――)
――まだ一つ、あるじゃねえか。
その時、ドクオの思考に割り込むように、心の中で誰かが囁いた。
彼は心に湧いた声に従い、まだ自分に残されているという “一つ” を模索する――
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- 430 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:03:37 ID:ApiOfvPA0
――背中に、異物感があった。
思わず振り返ってみると、ドクオは“二つ目の撃鉄”に目を奪われた。
(;゚A゚)(――――いや、でも、こいつは)
ドクオは咄嗟にミルナの言いつけを思い出す。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
( ゚д゚ )「……最終的に俺と同じなるか、存在そのものがtanasinnに呑み込まれる。
強過ぎる力を扱うなら、それを制するだけの精神が必要なんだ」
( ゚д゚ )「少しずつ慣らして使うなら問題ないだろうが、一個目の撃鉄と同じような使い方は絶対にするな。
もしそんな使い方をすれば、tanasinnはお前の全てを燃料にして暴れ回るぞ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(;゚A゚)(……でも、今使わなきゃここで死ぬ……)
(;゚A゚)(……それだけは絶対に嫌だ。このまま、何一つ遂げずに死ぬのだけは……)
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- 431 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:04:45 ID:ApiOfvPA0
(; A )(……俺は死にたくない)
(; A )(ここで死んだら、俺は独りぼっちのままだ……)
視線を前に戻し、心の中で囁く。
目の前には変わらず黒槍の雨。
止まったように少しずつ動く時間の中で、ドクオは心を決めた。
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- 432 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:05:25 ID:ApiOfvPA0
……もう一度会えるなら誰でもいい。
もしもこの戦いを生き残れて、もしも誰かに会えたなら、
少しは心を開く努力をして、めいっぱい笑う努力をしてみたい。
器用には生きられないけど、せめて、自分が生きる理由を守れるようになりたい。
生きる理由をあの人に押し付けるのも、この戦いで最後にする……。
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- 433 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:06:58 ID:ApiOfvPA0
この先何を理由に生きればいいかは分からないけど、
とりあえず、色んな人の思い出と一緒に生きてみようと思う。
ちょっとしかない思い出を大切にして、生きる理由を沢山作って、
そのせいでいつかの夜を忘れたら、あの夜を想って夜明けまで泣こう。
だから今だけは、この時だけは――――生きる為に戦う。
俺が俺自身として生きる為に、この死線だけは、絶対に越えて行く――――
- 434 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:07:48 ID:ApiOfvPA0
――ドクオの背で、二つ目の撃鉄が落ちた。
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- 435 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:08:28 ID:ApiOfvPA0
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第二十四話 「幼年期の終わり」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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- 436 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:09:25 ID:ApiOfvPA0
≪3≫
その瞬間、ドクオの自我は消滅した。
肉体の隅々まで根を張っていた心が、するりと引き抜かれる感覚があった。
(; A゚)「――――あ」
心臓の鼓動が、激痛と共に全身に響き渡る。
痛みは一瞬で飽和し、五感が精神との接続を放棄する。
ドクオという人間は、この体から完全に切り離された。
やがて、別の存在が彼の体内で起動した。
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- 437 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:10:33 ID:ApiOfvPA0
ドクオの体から、マグナムブロウが剥がれ落ちる。
限界を超えて使役された武装は、呆気なく光の塵となって消滅した。
降り注ぐ無数の黒槍。
その全てが必殺――これを前にした時点で、あらゆる防御が無意味となる。
ならば、真っ向からの衝突以外に活路は無い。
より強く、誰よりも強く。
tanasinnは彼の願いに強く共鳴し、願いを具現化し始める。
背中を押すように、風が吹いた。
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- 438 名前:名も無きAAのようです :2015/06/02(火) 04:14:13 ID:ApiOfvPA0
左手を振り上げ、呟く。
あらゆる力を超越しうる絶対の力の名を。
幼年期の始まりに見た、あの夜空の象徴を。
“アルター
「≪天の光は――――」
だが、名を呼ぶ最中、脳に――心に亀裂が走った。
何かが不快感を伴って心身に染み込んでくる。
取り除こうにも、それは一瞬の内に彼の肉体を支配してしまった。
( ∀`)「……へえ、いい感じじゃねえか」
再び、ドクオの体を動かすものが変化した。
その存在を一言で表すなら、それは――悪魔だった。
.
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