- 836 名前: ◆gFPbblEHlQ :2014/09/06(土) 04:37:25 ID:4w91Gjj60
≪1≫
午後九時。
監獄の消灯時間が過ぎ、看守達の間にもゆったりとした雰囲気が流れ始める。
レムナントの夜空は星がはっきり見えるため、看守達もこの時間を気に入っていた。
看守用の平屋の一室。そこでは、看守長カーチャンとその部下の看守達による今日一日の反省会が行われていた。
話の要点は、新らしくやってきたドクオと彼の即日懲罰房行きのことだった。
カーチャンは皆の前に立って囚人の規則徹底を呼びかけると、それで今日の反省会を閉じた。
退室していく者達を横目に見送りながら、カーチャンも自分の身支度を進めていく。
ほぼ毎日決まった予定をこなしていくだけの日々だが、カーチャンに不満不服の言葉はない。
彼女の心身は充足していた。囚人達との和解、更生に集中していられる今の環境は、とても居心地がいい。
.
- 837 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:39:51 ID:4w91Gjj60
メシウマ側では暴力が罪となり、ましてやそこに超能力が絡んでいれば実刑は免れない。
それに比べると、レムナント監獄は真逆と言ってもいい程甘やかされた環境である。
悪事を罰によって抑制するのではなく、超甘ったれた好待遇によって悪意の改心を誘う。
鞭より飴をとったレムナント監獄の体制は、メシウマ側からすれば理解に苦しむものなのだ。
しかしカーチャンは思う。
レムナントに住む彼らには、まず『なんとなく社会のルールに従うこと』への抵抗をなくしてもらうべきだと。
彼らは何かに縛られることを激しく拒む。だからまず彼らの誤解を解く必要がある。
社会のルールが人を縛れるほど大したものではないと、誰かが彼らに教えなければならないのだ。
レムナント監獄にある役目、それはレムナントで生きてきた者達との和解。
同時にそれはカーチャンが請け負った役目でもある。
この仕事の難しさは十分に理解している。
難しいからこそ、彼女は自分がその役目を担える事を誇りに思っていた。
疲労を打ち消すような充足感のおかげで、カーチャンの顔には今も疲れの色はない。
カーチャンは身支度を終えると、部屋の片隅に居残った一人に声を掛けた。
J( 'ー`)し「あまり過激なことはしないよう、お願いします」
明確な警告を残し、カーチャンは資料を脇に抱えて部屋を出た。
.
- 838 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:42:50 ID:4w91Gjj60
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ドクオがその息苦しさから開放されたのは午前三時を過ぎてからだった。
室内に時計がないのもあり、超能力の拒絶反応が治まるまでの体感時間は、気が遠くなるほどに長かった。
(; A )「ハァー……スゥ……ハァー……」
床に倒れているドクオは、体内の激痛と異物感が治まってからもしばらく動けなかった。
潜水から浮上した直後のような、深く大きな呼吸を繰り返す。とても新鮮とは言えない空気が、彼の体内に染み渡っていく。
今のドクオはここの空気でさえ美味しく感じられていた。空気の味というものを、ドクオは初めて味わっている。
左腕と背中に、今までにない存在感があった。
暗闇のせいでその正体は分からなかったが、ただそこに“ある”という事だけが確信をもって感じられた。
(; A )「……」
ふと頭上に気配を感じ取る。
疲労のあまり、ドクオは気配に対して声を出す事さえできなかった。
(;,,゚Д゚)「……」
ギコは床に片膝をつき、ドクオの左腕にそっと触れた。
(;,,゚Д゚)「……お前……」
途端、ギコもまた確信をもって理解した。
どうやってかは分からないが、ドクオはこの一夜で超能力を手にしていた。
寝ている間にも聞こえていた絶叫と呻き声。あれが何によって引き起こされていたのか、ギコはようやく合点がいった。
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- 839 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:45:01 ID:4w91Gjj60
(; A )「ハア……ハア……」
(;,,゚Д゚)「……大丈夫か?」
しばらくすると、ドクオは息を切らしながら弱々しく立ち上がった。
背筋を曲げて左腕をだらりと垂らし、なんとか姿勢を維持する。
真っ暗闇の中、果たして本当に自分が立っているのかも分からないまま、ドクオはギコに応える。
(; A )「……いてえよ、すげえ痛ぇ……」
(; A )「でも、悪くない気分だ……」
(;'A`)「――よっ! っと」
ドクオは勢いをつけて背筋を伸ばし、大きくのけぞった。
続けて首を回し、生身の右腕をマッサージし、腰を回し、両足をそれぞれほぐしていく。
そのうち呼吸の乱れも治まっていき、万全とはいかないまでも、ドクオは歩ける程度に調子を取り戻した。
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- 840 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:49:00 ID:4w91Gjj60
('A`)「…………」
('A`)「……うし、行くか」
(;,,゚Д゚)「……行く?」
('A`)「決まってるだろ脱獄だ。手ぇ貸してくれ」
(;,,゚Д゚)「だつッ!? ……いや、冗談だろ」
(;'A`)「行くったら行くんだよ。こいつが消える前に始めねぇと」
ドクオは自身の左腕を掴み、感覚を確かめるように左手の五指を動かした。
(,,゚Д゚)「……光も無しにどうやったか知らんが、その能力、頼れるんだろうな」
(;'A`)「……正直、まだ自信はない」
(,,゚Д゚)「……」
弱音を聞くと、ギコは「しょうがねえ」と呟いて頭をかいた。
(,,゚Д゚)「具現化能力なら俺も少しは勝手が分かる。
やりたかねえが俺がセコンドだ」
(;'∀`)「へへ……悪ぃな付き合わせて……」
(,,-Д-)「今しかねえって言うなら動く。ただそれだけだ」
この先の戦闘を想定してか、ギコも体をほぐし始めた。
現戦力はたった二人。敵となる看守の総戦力は60〜70人にも及んでいる。
こちらも囚人達を解放して戦力を増やさなければ、この脱獄作戦に成功はない。
('A`)「……」
ドクオは振り返り、闇に向かって声を掛けた。
('A`)「……本当に来ないのか?」
ドクオの問いに、答えは返ってこない。
(,,-Д-)「ここを出る気がないんだろ。放っとけ」
.
- 841 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:50:32 ID:4w91Gjj60
('A`)「……上手くいったらまた来る」
何もない暗闇にそう言い残し、ドクオとギコは鉄扉を開けて漆黒前の小部屋に出た。
(,,゚Д゚)「この部屋の光、全部使うぞ」
小部屋にはわずかに光が残っていた。ギコは残されていた光で、超能力を発動した。
すると、小部屋は一瞬にして暗黒に満たされてしまった。
(,,゚Д゚)「……今ので作れたのはナイフ一本だけだ。しかも薄くて細い、真正面から戦える武器じゃねえ。
言う必要もないだろうが、あんまり頼りにするなよ」
.
- 842 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:52:37 ID:4w91Gjj60
ギコは少し思案すると、難しそうな表情をしながら考えを口にした。
(,,゚Д゚)「監獄のどっかにレーザー網のコンソールがあるはずだ。
そこでレーザーの出力を下げれば、能力発動に使えるようになるはずだ」
('A`)「……レーザー網?」
(,,゚Д゚)「監獄囲ってる壁にあっただろ、壁の上のところ」
('A`)「……?」
(,,゚Д゚)「あるんだ。それを使うんだよ。
総合棟のテレビとかを使えれば一番楽だが、夜間は完全に停電してるって話を聞いた事がある。
それに待ち伏せがあればその時点で終わりだ。勘頼みだが、行けそうな方に行く」
(,,゚Д゚)「そんでまずは味方を増やすぞ。牢屋は全部開けていけ。鍵さえ開けときゃ全員勝手に暴れだす。
看守に出会ったり何だりもあるが……そっから先はその場で決める、考えるのは苦手だ」
(;'A`)「そうか? 苦手とは思えねぇ話しっぷりだぞ……」
(,,゚Д゚)「決断が早いだけだ。利口な奴はもっと良い事を言うぜ」
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- 843 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:53:50 ID:4w91Gjj60
('A`)「……まぁ、とりあえず出るか」
ドクオは左腕を鉄扉に向けて構え、力強く拳を握った。
(,,゚Д゚)「その左腕のデビュー戦だな。頼りにしてるぜ」
('A`)「……」
(#'A`)「――ッ!!」
.
- 844 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:55:18 ID:4w91Gjj60
≪2≫
異常事態が発生し、監獄内の至るところで警報機が作動していた。
耳障りな高音が絶え間なく鳴り響く。
「うるせえな、なんだってんだよ……」
昨日、ドクオを歓迎しに来ていた大男も、警報機の騒音を耳にしていた。
不愉快な起こされ方をした大男は、その不快感の出所を知るため、ふらりと立ち上がった。
扉の鉄格子から廊下を覗くと、看守達が装備を整えてどこかへ走っていくところを目の当たりにした。
そんなのを見れば寝惚けた彼の頭でも即理解できた。
誰かが――いや、ダディクール一派の誰かが行動を起こしやがった。
以前、大男はダディークール達に勧誘を受けた事がある。
その時は即答で断った。勝てる見込みがまったくなかったからだ。
彼の頭は決して良くない。しかしそれでも戦力差を把握し、自分がどうするべきかは直感で分かる。
もちろん脱獄は彼も望むところだった。
こんな子供のように甘やかされる環境にずっと居ては頭がおかしくなってしまう。
脱獄しなければ。その火種だけを今日まで守り、彼はレムナント監獄の待遇に甘んじてきた。
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- 845 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:56:13 ID:4w91Gjj60
警報機の音に混じり、遠くから聞こえる戦闘の音。
それが少しずつこちらに近づいてきていた。
大男は音に集中し、扉の鉄格子から廊下を凝視する。
('A`)「……アンタ、来るか」
やがて扉の前に立ったのは、昨日見たあの少年だった。
「お前っ……!」
大男は驚きを隠せなかった。
年端もいかない、ましてや自分よりかなり年下の少年が戦っている事実に心臓が跳ねる。
('A`)「鍵は開けとく。好きにしてくれ」
ドクオの左腕を見ると、大男はまた驚かされた。
鋼鉄の義手のような物が、彼の左腕を肩から包んでいたのだ。
大男は目を見開いて確信する。
間違いなく超能力だ。この少年、間違いなく前線で戦っている。
大男は廊下に出てしばし佇み、ドクオの背中を見送った。
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- 846 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 04:58:58 ID:4w91Gjj60
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(,,゚Д゚)「感触はどうだ」
('A`)「ああ、おかげで大分馴染んできた」
廊下を闊歩しながら悠然と言葉を交わす二人。
脱獄開始から十分程度、看守達は最大戦力をもってドクオとギコを確保しにかかっていた。
倒した看守はまだ数人。奇襲と闇討ちでこれだけ倒せたが、まだ大半が残っている。
残り全員が来れば数で圧倒され、なにより看守側に超能力を使われれば抵抗さえ出来ないかもしれない。
一刻も早く、こちらも戦力を集める必要があった。
(,,゚Д゚)「だったら俺はダディクール達の所に行って来る。下手すんなよ」
ギコはドクオの肩をポンと叩き、階段を駆けていった。
しかしドクオはそれを見送らず、前方を鋭く睨んだまま拳を構えた。
(;'A`)(この状況で俺を置いてくのか、信頼されるのも大変だな……)
「……会うのは三度目か。いや、マジでまいった」
ドクオの眼前には、顔馴染みになった部隊長の男。
単独で居るところを見るに、彼は個人的にドクオの前に現れたようだった。
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- 847 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:01:00 ID:4w91Gjj60
「昨日ここに入った時は『アレ』で、一夜明けずに『ソレ』ってお前……」
彼は半ばまで吸ったタバコを床に捨て、それを踏みしめた。
「そのおかしな姿はどういう訳だ?」
「『男子三日会わざれば』は聞いた事もあるが、一日足らずでそれはないだろ」
('A`)「……あんたには感謝してる。良い話を聞かせてもらった」
「そりゃどうも。だったらお礼に質問に答えてもらおうかね」
部隊長の表情に気迫が満ちた。
「こっちにはお前を迎え入れる用意がある。選択は自由だ。答えろ」
「お前はどっち側につく。恐らくこれが最後の勧誘――」
('A`)「……」
部隊長は、言葉を言い切る前にドクオの意図を察知した。
固めた拳は敵対を意味する戦いの姿勢。言葉を交わす余地は、既にないのだ。
「……楽な仕事だと思ったんだけどな」
呆れたように呟き、部隊長は戦闘を覚悟した。
両手を腰にあて、“やれやれ”と言い出さんばかりの砕けた体勢で、さりげなくベルトのナイフに指をかける。
.
- 848 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:03:06 ID:4w91Gjj60
「……でもまぁ、こいつぁ分が悪い」
しかし部隊長は戦うことを諦めたのか、肩を竦めて両手をあげた。
「俺は無能だ。お前一人ならいけるかと思ったが、ヤバイ橋は避けるに限る」
(;'A`)「……」
戦意を失った部隊長とは対照的に、ドクオは緊張して身構えたままだった。
強弱で言えば確かに部隊長は弱い。超能力の有無がどれだけの戦力差を生むか、ドクオは身をもって知っている。
その戦力差を考慮しても、人間との戦闘行為が無傷で終わることは奇跡に近いのだ。
事実、これまで戦ってきた能力者に対しても、ドクオが一度も攻撃を当てられなかった事は殆どない。
余程の差がなければ確実に一回は攻撃を受ける。それが戦闘の常であり、誰が相手でも決して忘れてはならない訓戒なのだ。
無能が能力者と戦う時は、その一回を確実に先取するのが定石となる。
そこから消耗戦に持ち込み、少しずつ確実にダメージを蓄積させる。あるいは、最初の一撃で相手をブッ倒す。
ドクオにはこれぐらいしか対能力者の戦法がなかったが、戦闘経験の多い部隊長ならもっと効率の良い方法で攻めてくるかもしれない。
つい先日まで無能だったからこそ、ドクオは同じ無能である部隊長に対して油断を見せなかった。
部隊長が扱う刃物や火器と、今自分が発動しているこの能力。戦力差では勝っていても、熟練度では遥かに負けている。
一言に超能力と括っても、それも単なるひとつの武器でしかない。
ましてやドクオの能力は腕一本に装甲という性能の分かりやすい見た目だ。相性の悪い武器を出されればそれだけで不利を背負う。
念願の超能力を手に入れて調子に乗り、ここで闇雲に拳を振るえば馬鹿と同じだ。
ドクオはより一層冷静に努め、できれば今は彼との戦闘を避け、しばらく身を潜めるべきだと考えていた。
.
- 849 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:04:26 ID:4w91Gjj60
「そうビビるなよ……ただの敗北宣言だ」
(;'A`)「……あんたの仕事に、個人の勝敗が関係あるのか?」
言い返すと、部隊長は不敵に笑った。
「そりゃ関係ねえな。そもそも俺の仕事はお前の勧誘だ。
それが失敗だと分かった以上、俺がここに居る理由はない。仕事は終わり」
「よって大人しく帰る。……お前とは縁がありそうだ、また会うだろう」
呆気なく踵を返し、部隊長はドクオに背を向けた。
「ま、そん時には敵同士じゃないといいな、お互い……」
(;'A`)「……」
彼の姿が見えなくなるまで、ドクオは拳を下ろさなかった。
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- 850 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:05:49 ID:4w91Gjj60
『――監獄内全職員に連絡します』
その瞬間、警報機の喧騒がピタリと止み、次いで、天井のスピーカーが大音量を発した。
聞き覚えのある声……たしかカーチャンとかいう奴だ。
ドクオは思わず天井を見上げ、放送の続きに耳を傾けた。
『特殊監房から二名が脱走、棟内を回りながら囚人達を解放しています』
『由々しき事態です。監獄始まって以来の一大事と言えるでしょう』
『……放送終了をもって電力系統を完全破壊し、当監獄を放棄します。
職員はメシウマ側へ帰還し、カンパニー本隊に合流。以後向こうの指示に従って下さい』
『この事態は、私一人で決着をつけます』
カーチャンが最後の一言を発した途端、放送が乱雑に切られ、同時にどこかから爆発音が轟いてきた。
嫌な予感を覚えたドクオは、窓から監獄の外壁を確認した。
案の定、ギコが言っていたレーザー網は、壁の上部から消滅していた。
(;'A`)(やられたっ……!)
電力系統の破壊と聞いて予想はしていたが、当てにしていた光源を完全に絶たれてしまった。
これで他の囚人達の能力には頼れなくなったどころか、脱獄者の中での最大戦力がドクオに確定したのだ。
.
- 851 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:07:09 ID:4w91Gjj60
(;'A`)「……」
この放送には二つの意味があった。
レムナント監獄の敗北、つまりこちら側の勝利。
そして、カーチャンという一人の人間からの宣戦布告である。
今、その宣戦布告を受けられるのは能力を発動しているドクオしか居ない。
必然的に、ドクオはカーチャンとの一騎打ちを余儀なくされたのだ。
状況は極めてシンプルになった。
要は、ドクオがカーチャンに勝てばいい。
(;'A`)「……」
(;'A`)「……無理だろ」
だが、無理と予感していても足は止まらない。
ドクオは一目散に走り出し、ギコの後を追っていった。
.
- 852 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:08:11 ID:4w91Gjj60
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
看守の一人はこう思った。
身の毛もよだつとはこういう事だ。
怒髪天とは、まさに今の看守長なのだと――
J( 'ー`)し「……中に残った方々はあとで私が回収します。
皆さんは逸早くメシウマへ戻ってください」
カーチャンを含む殆どの看守達は、既に監獄を出て荒野に立っていた。
最低限の装備だけを持っての避難だ。時間はそうかからなかった。
カンパニーの制服を着た看守達が次々と特殊車両に乗り込み、メシウマへと出発していく。
その最後の一台を背中で見送り、カーチャンは仁王立ちでレムナント監獄を睨んだ。
J( 'ー`)し
――満天の夜。
愛しの我が家を前にして、一人の女が怒っていた。
夜鳴きの子供を迎え撃つため、一人の母が、そこに待ち受けていた。
.
- 853 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:09:48 ID:4w91Gjj60
≪3≫
囚人達は、とりあえず食堂に集まって祝杯を上げていた。
食料をあるだけ引っ張り出し、やんややんやと大宴会をおっぱじめたのである。
ノハ#゚听)「メシの時間だオラァー!!」
「うおおおおおおおおおお!!」
そんな彼ら(バカ)とは別。
まだ戦いは終わっていないと理解している面々が、ドクオの部屋に集まって言葉を交わしていた。
|(●), 、(●)、|「ダディクールだ。まず、君が脱獄の狼煙を上げてくれたことを感謝する」
床に胡坐で座っていたダディが深々と頭を下げる。
自分もしなくてはと思ったのか、ダディの隣で正座していたなおるよも頭を下げた。
('(゚∀゚*∩「これで故郷に帰れるよ! 帰ったらお礼にミカンを送るよ!」
(,,゚Д゚)「まだだ。あと一人大物が残ってる。あの看守長、マジでやる気の声だったぞ」
壁際のギコが、なおるよの歓喜をさえぎる。
|(●), 、(●)、|「喜びたい気持ちも分かるがギコの言うとおりだ。
今は一時的に自由だが、このままではさらに厄介な目に会うだろう。
敵の増援が来るのも時間の問題だ。早くここを出なければ……」
(,,゚Д゚)「看守長に出待ちされてっけどな」
|;(一), 、(一)、|「……その通りだ……それが問題なのだ……」
.
- 854 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:11:47 ID:4w91Gjj60
('A`)「……カーチャンって奴、どれぐらい強いんだ」
ベッドに寝転がっていたドクオが落ち着いた声で尋ねる。
意識は別のものに割いているらしく、語気は軽い。
|(●), 、(●)、|「……分からない。彼女の超能力については聞いた事がないんだ」
('A`)「なんか格闘技をやってるとかは」
|(一), 、(一)、;|「すまない、それも……」
( 'A`)「……いい。逃げる準備だけ頼む」
ドクオはベッドを立ち、左の拳をギュッと握り締めた。
左腕には義手のような鋼鉄の装甲。背中から少し浮いた所には、撃鉄を模した突起がひとつ。
ミルナから受け取った超能力――【マグナムブロウ】。発動から今まで具現化したままだが、それがいつ解除されるかは予想出来ない。
遠い昔、ワイズマンに能力の分類を聞いたような気がしたが……結局、それを思い出すことはできなかった。
誰にも話しかけず、ドクオは部屋を出た。
いつ超能力が消えるか分からないなら、早く行動するに越したことは無い。
向かうは監獄の外。看守長カーチャンが道を阻む、その場所だった。
.
- 855 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:16:40 ID:4w91Gjj60
【+ 】ゞ゚)「……待て」
('A`)「……なんだよ」
廊下に出たドクオは背後から呼び止められた。
【+ 】ゞ゚)「お前が倒した看守から情報を聞き出してきた。歩きながら話す」
('A`)「ああ。てかその眼帯かっこいいな。前は着けてなかったよな」
(,,゚Д゚)「おいドクオ、俺も首を突っ込むぞ」
そう言いながら、ドクオに続いてギコが部屋を出てきた。
手にはなけなしの光で作ったナイフが一本。
('A`)「いけるのか?」
(,,゚Д゚)「もともと特攻覚悟だったしな、武器があるだけ今の方がマシだ」
【+ 】ゞ゚)「……ダディクール、面子が決まった。
向こうの馬鹿騒ぎを終わらせて、奴らに逃げる準備をさせておけ」
「了解した!」
オサムが言うと、部屋からダディクールの声が飛んできた。
.
- 856 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:17:23 ID:4w91Gjj60
三人は肩を並べて歩き始める。
やがてオサムが開口し、カーチャンの情報を話し始めた。
【+ 】ゞ゚)「看守長の能力だが……」
('A`)「……」
【+ 】ゞ゚)「でかいそうだ」
(,,゚Д゚)「……」
,_
('A`) ?
(,,゚Д゚) ?
【+ 】ゞ゚)「よく分からんがそう言っていた」
('A`)「……巨大化とか?」
(,,゚Д゚)「そんな感じだろうな」
結局具体的に話が進まないまま、三人はレムナント監獄の外に足を踏み出した。
.
- 857 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:18:14 ID:4w91Gjj60
≪4≫
レムナント監獄の外。
不完全な自由があるこの世界。
閉じられた世界――
あるいは自分が閉じこもっていた世界から、そんな世界に足を踏み出す。
世界に足を踏み出してからどれぐらい経っただろうか。
先に行った二人には、あとどれ位で追いつけるだろうか。
色んなことを思う。それは戦いには邪魔なものだった。
出来るだけ早く取り除かなくてはならない。
そういう思考があった時、ドクオには視線を上げる癖があった。
.
- 858 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:19:31 ID:4w91Gjj60
ドクオは世界を一望する。
夜空があり、荒野があり、
J( 'ー`)し
('A`)
そして今は敵が居る。
.
- 859 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 05:20:11 ID:4w91Gjj60
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第十五話 「撃鉄が落ちた日」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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- 863 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:28:13 ID:4w91Gjj60
目の前に堂々と現れた三人をそれぞれ一瞥する。
看守長であるカーチャンは、彼らの名前をよく覚えていた。
J( 'ー`)し「……棺桶死オサム。その眼帯は没収していた筈だけど……回収したのね」
J( 'ー`)し「ギコ。怒りやすいが、戦闘時には的確な直感を発揮する。潜在能力は随一かしら」
J( 'ー`)し「そして、ドクオ……」
J( 'ー`)し「情緒不安定。妄信のあまり、犯罪に手を染めた哀れな子供……」
J( 'ー`)し「何があったか、今は超能力をもって私の前に……」
(;,,゚Д゚)「……そうなのか?」
('A`)「まぁだいたい合ってる」
【+ 】ゞ゚)「敵前だ、口を閉じて前を見ろ」
.
- 864 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:31:08 ID:4w91Gjj60
J( 'ー`)し「私の任務は戦闘ではない……できれば戦いたくはないの……」
J( 'ー`)し「でももう、あなた達は私の前に敵として立ってしまった……」
J( 'ー`)し「とても残念で、とても心苦しいのだけれど……」
J(#'ー`)し「――もはや殲滅せざるをえないッッッッッ!!!!」
ありったけの怒りを露にしながら、カーチャンはカンパニーの制服の襟に手をかけた。
制服の襟には小さなスイッチがあった。それを押した瞬間、カーチャンの体は閃光の中に消えた。
閃光は、彼女の超能力発動の為にその全てを吸収されていく。
【+ 】ゞ゚)「来るぞ!」
(;'A`)「……分かってる!」
閃光はカーチャンを中心にして竜巻のように渦巻き、大量の砂塵を舞い上がらせた。
ドクオとオサムは両腕で目を守りながら、彼女の能力発動を見守った。
.
- 865 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:40:30 ID:4w91Gjj60
ここで咄嗟に飛び出していたのはギコだった。
ギコは閃光に向かってナイフを投擲し、続けて閃光の中心へと走り出した。
ナイフは向かい風に簡単に吹き飛ばされたが、ギコはその風をかき分けて前進し、やがて閃光に向かって手を伸ばした。
(#,,゚Д゚)「分けてもらうぞ!」
光の竜巻に手を突っ込み、その一部を己の能力の為に奪い取る。
リスクのある荒っぽい方法だが、今はこうする事でしか能力を発動できない――ならばギコは動くことを躊躇わなかった。
J(;'ー`)し「ちょっまだ途中なんだけど!」
ギコの体に光の一部が流れていく。
それを良しとしなかったカーチャンは、自身の能力発動を後回しにし、制服の発光を止めて後ずさった。
ギコも同じく後退し、ドクオ達の隣に戻る。
(;'A`)「……パワフルだな」
(,,゚Д゚)「光源がなくて能力者と戦うなら、当然やる」
(;'A`)「……それか、お前の能力……」
ドクオはギコの腕に目をやった。
彼の右腕には、そこに付着するように鋼のブレードが具現化していた。
薄く、鋭く、しかし堅牢な刃。殺傷能力の高さは、月と星の輝きを反射するその美しい刃が証明していた。
.
- 866 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:42:38 ID:4w91Gjj60
(,,゚Д゚)「……久し振りの感覚だ」
監獄に入ってから、ずっと見ていなかった自分の能力。
それを感慨深そうに眺めてから、ギコは刃のついた腕を前にして身構えた。
(,,゚Д゚)「斬り刻み、叩き斬る能力……『ハック・アンド・スラッシュ』」
(,,゚Д゚)「とりあえずこれで互角以上だ。どうする、看守長」
J( 'ー`)し「……ええ、そうですね」
これで能力者が二人。単純な戦力差ではカーチャンが不利になった
しかし不利になった当人に気遅れした様子はない。
むしろその表情は真剣さを増し、決死の覚悟を仄めかしている。
(,,゚Д゚)(……本気にさせちまったか……)
J( 'ー`)し「存分に能力を使うといいわ。それで貴方が満足するのなら……」
J( 'ー`)し「でも覚悟しておきなさい。上には上が居るということを」
J( 'ー`)し「それが今、貴方達の目の前に居るということを――」
.
- 867 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:45:01 ID:4w91Gjj60
カーチャンは再度制服の襟に指を掛けた。
光が爆発し、旋風が砂を巻き上げて迸る。閃光は先程よりも更に強く、ドクオ達の目を刺激した。
(; A )「眩しいってレベルじゃねえぞ!」
(#,,゚Д゚)「全力って事だ! お前はさがって様子見してろ!」
ギコは閃光に向かって走り出した。
それに棺桶死オサムが続ていく。
(#,,゚Д゚)「棺桶死、来たからには戦えるんだろうな!」
【+ 】ゞ゚)「呼吸合わせて動ける程度だ!」
(#,,゚Д゚)「十分だッ! 俺が先に攻め込む、追撃しろ!」
J( 'ー`)し「ふふふ……」
閃光はいつしかカーチャンの肉体に収束していた。
彼女の見た目に大きな変化はないが、能力は既に発動されていた。
カーチャンは迫りつつあるギコとオサムを認め、視界の隅でドクオを一瞥した。
危険度の高さは順にオサム、ギコ、ドクオ。それを考慮した上で、彼女は方針を決定した。
.
- 868 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:50:57 ID:4w91Gjj60
先に飛び込んでいったのはギコだった。
ギコはカーチャンを攻撃射程に入れると、何の躊躇いもなく左足を踏み込み、右腕を振るった。
カーチャンは一歩引いてそれを回避した。
左右に避けるより、こうして身を引いた方が安全確実に攻撃を避けられる。
ギコは振るった腕の勢いをそのまま利用し、さらに一歩踏み込みながら体を一回転させた。
勢いをつけた彼の左肘がカーチャンを追う。
J(;'ー`)し「っ!」
カーチャンは肘鉄砲を両手の平で受け流し、また同じように一歩引いた。
(,,゚Д゚)(ならッ――)
この瞬間、ギコは彼女の最低限かつ効率的な後退に対して、最大威力の一撃を放った。
通常、ストレートパンチは手足で左右別の四肢を使う。
そうする事で肉体に“捻れ”をつくり、遠心力を生み出してパンチの威力を上げるのだ。
しかしこれは今のカーチャンには当てられない攻撃だった。
一歩引くという動作は、攻撃には向かないかわりに回避としては十分すぎる効果を発揮する。
間合いを把握された今の状態では、いくらパンチを繰り出しても当たらない。
一撃目を避けられた時点でそれを理解したギコは、咄嗟に踏み込んで体を回し、肘鉄砲を繰り出した。
カーチャンは、この肘鉄砲をも最低限の動きで回避して見せた。
だが今のギコの姿勢――左の手足が前に出ており、右の手足を後ろで構えているこの姿勢。
このまま右半身ごと右足を踏み込んで殴れば、打撃力は一段落ちるが、踏み込んだ分だけより遠距離まで届く一撃を出せるのだ。
不意打ちとしては十分に効果的だ。
そう判断したギコは右足で踏み込むと同時に、右腕を鎌のように大振りした。
今度の一撃を同じように避ければ、回避距離が足りずカーチャンは大ダメージを受ける。
そしてギコの狙いはあくまで斬撃。打撃力はなくとも、肉を切り裂く刃が右腕にはあった。
(,,゚Д゚)(まずは最初の読み合いだッ――)
もし避けられれば大きな隙を晒すことになるが、これが当たれば今後の戦いを優位に進められる。
次の一瞬のために、ギコは全神経を集中した。
.
- 869 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:52:13 ID:4w91Gjj60
――そのとき突然、ギコの体が真横に吹っ飛んだ。
(;,,゚Д゚)「なァッ!?」
なんの障害もなくカーチャンに向かっていたはずが、何かの直撃によっていきなり横に吹き飛ばされた。
“そういう能力”という定型文を浮かべながら、ギコは遠くの地面に落ちていった。
その数瞬後、今度はオサムがカーチャンに立ち向かっていく。
J( 'ー`)し「棺桶死オサム、正義の亡骸……」
オサムの接近に明らかな動揺と警戒を見せるカーチャン。
J(;'ー`)し「いまさら脱獄するとは思わなかったが……」
出て行くつもりなら手加減はしない、と内心で硬く決意する。
彼女の能力はギコに対して使ったような不意打ちでの使用が最も安全だが、
棺桶死オサム相手では、そのリミッターがあるままでは対等に戦うことすら出来ないだろう。
J(;'ー`)し(出し惜しみする余裕はないッッッ!!)
.
- 870 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:53:51 ID:4w91Gjj60
――“能力者が使い込んだ物質には、超能力が宿る”。
人間ではなく物質そのものが独自に意思を持ち、必要に応じて能力を発動する。
これは極めて珍しい現象だが、世界規模だと既に数百件以上確認されている現象だ。
そういった物質の名前は文化圏により様々だが、有名所は“聖杯”という呼び方。
聖杯を含むそれら物質は、学問知識としては総じて異能力物質――通称“異物”と呼ばれている。
異物の一番の特徴は“発動の際に光が不要”という点。
光がなくては発動できない人間の超能力とは違い、異物の超能力はまさに“完成された超能力”と言っていい代物なのだった。
ただし異物は人間にその能力を使われる事を激しく拒む。
生前の能力者の意思なのか、異物自身の意思なのか、理由は分からない。
彼らの能力を人の意志で扱うには、異物と話し合って力を貸してもらうか、あるいは屈服させるしかない。
その過程がどのようなものかはそれぞれであるが、この時点で言い切れることはただ一つ。
棺桶死オサムの眼帯には、超能力がある。
眼帯に塞がれたオサムの右目には闇が広がっていた。
その闇の中には、ぼんやりと白く縁取られた人影が座っていた。
人影の溜め息が頭に直接聞こえてくる。
人影は不服そうな仕草をいくつか見せた後、オサムに向けて呟いた。
( )「……埃っぽくても文句言うなよ」
そう言うと、右目の人影が風に吹かれたように霧散した。
異物の超能力が、棺桶死オサムの体に変化をもたらそうとしていた。
.
- 871 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:57:08 ID:4w91Gjj60
オサムは超能力を解放しながら大地を蹴った。
全力疾走でカーチャンとの距離を詰めていく。
その途端、走っていたオサムの目の前に黒い穴が開き、その中に彼の姿が消えた。
カーチャンからはオサムが消えたように見えていたが、事実、その通りのことが目の前で起こったのだ。
J(;'ー`)し(やはり異物! 一番厄介なものを……ッ!)
思考の最中、痛みが彼女の頬を切った。
カーチャンは反射的に、攻撃が来た方に体を構えた。
(,,゚Д゚)
が、その先に立って居たのはギコだった。
脱獄の為に最初に作ったナイフ――最初にナイフを投げたのは、彼女の意識から武器の存在を消す為だった。
そして後からそれを拾い、隙が出来たタイミングで投げる事で、ギコはカーチャンの警戒意識を分断したのだ。
J(;'ー`)し(ギコは囮! 来る! 後方、あるいは上空から――!)
カーチャンはさらに体を動かして周囲を警戒した。
敵が姿を隠したとなれば、次に来るのは死角からの一撃必殺。
相手は棺桶死オサム。直撃はもちろん掠る事も許されない。次の攻撃だけは絶対に見切らなければならない。
キョロキョロと辺りを見回し、攻撃を待ち構えるカーチャン。
そんな彼女をあざ笑うかのように、オサムはギコの背後から最速で飛び出した。
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- 872 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:58:03 ID:4w91Gjj60
棺桶死オサムが持つ眼帯の名は“死装”。
その能力は単純明快にして威力絶大、肉体の超強化(おまけにちょっとした瞬間移動付き)。
全力を出せば初速から時速150kmで行動可能。直撃の威力は測るまでもなく超強力。
オサムとカーチャンの間はおよそ20m。彼の全力はそれを0.5秒足らずで走破する。
カーチャンに残された時間はたった0.5秒……それを終えた直後には、回避不可能な距離にオサムの一撃が迫っている。
【+ 】ゞ゚)(これで終われば早いものだが――)
地を蹴って即時速150kmに到達。風を切りながら、刹那の思考を終える。
秒速40mの速さで、オサムはカーチャンの懐に飛び込んだ。
J(;'ー`)し「――――ッッッッッッッ!!」
オサムの接近に気付き、0.2秒の反射神経が動き出す。
しかし、それでも圧倒的に遅すぎた。
オサムの拳もまた初速150km。既に二人の間は1メートル以下。
0.1秒で400cmで進む拳に気付くのに0.2秒かかった時点で、回避は既に不可能だった。
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- 873 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 14:59:18 ID:4w91Gjj60
――しかし、カーチャンの超能力は、その一撃に対する防御を可能としていた。
【+ 】ゞ゚;)(……手応えが無い!?)
次の瞬間、オサムの拳は確かにカーチャンの鳩尾に深くめり込んでいた。
言葉の綾ではなく、言葉の通り“めり込んで”いたのだ。
底なし沼が人の足を取るように、オサムの拳はカーチャンの鳩尾に深々とめり込んでいた。
ふにゃあ、というとても柔らかな感触。
この感触の正体が脂肪だと理解した瞬間、ようやくこの一撃の衝撃が、カーチャンの肉体に達した。
J('ー`;)し「きゃっ!」
およそ熟女が上げるべきでない悲鳴を上げ、カーチャンは遥か後方へと吹き飛ばされた。
地面に数回バウンドした後、ごろごろと転がって少しずつ勢いを殺していく。
彼女がようやく衝撃を受け流しきった時には、オサム達との距離がかなり開いていた。
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- 874 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:00:12 ID:4w91Gjj60
J(;'ー`)し(あ、あぶなかった……)
J(;'ー`)し(念のため、全身に脂肪を纏っておいて正解だった……。
なんとか緩衝材の役割は果たせたわね……)
殴られた部位をさすり、その部分を超能力で補完する。
少しすると、殴られて痛々しく赤ばんでいた皮膚は元の肌色を取り戻した。
J(;'ー`)し(それでもかなりダメージを負ったわ……戦えない程じゃないけれど……)
J(;'ー`)し(……万全でなくてもこの強さ……やっぱり彼が一番の脅威かしらね……)
横隔膜の痺れがおさまってきた所で、カーチャンは大きな深呼吸を繰り返した。
今ここで攻撃してこないという事は、向こうも少しは警戒してきたという事だ。
なら今は無理をしてでも余裕を見せ、彼らとの話し合いの余地を作るべきか……。
目的は事態の収拾であって勝利ではない。戦わない道が見えるなら、彼女はそれを追うべきだと考えた。
最後に一回、特に大きな深呼吸をしてみせる。
カーチャンは声を張り、遠方の二人に向けて話し始めた。
J( 'ー`)し「まだ続ける気なら本当に傷つけるわよ! ちょっと落ち着いて話し合わない!?」
話して終わるなら話す、金品で終わる事なら金品で終わらせる。要求があるなら最大限応えていく。
常に安全で確実な方法を選び取る。彼女はそういう堅実な性格をしていた。
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- 875 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:01:46 ID:4w91Gjj60
だが、もしも私が何をしても、相手が私との対話を拒んでしまったら。
どれだけ手を差し伸べても駄目だったら……。
カーチャンという一人の人間の人生において、そういう経験は何度もあった。
そういう時、彼女は一体どう対処してきたのか。
答えはただ一つ。ただ正直にブチぎれるだけだ。
譲歩し後退し攻撃を許してなお相手が変わらないのなら、その相手こそが彼女にとっての“敵”なのだ。
敵の存在は徹底的に破壊し尽して滅殺する。そこに、彼女本来の優しさなど欠片も存在しない。
(#'A`)「――おおおおおおおお!!」
カーチャンが声を掛けてから数瞬後、彼女の頭上で雄叫びが上がった。
それを耳にしたカーチャンは、もはや頭上を見上げることすらしなかった。
作戦も即座に理解した。棺桶死オサムは戦力外の人間をあえて瞬間移動させ、こうして奇襲に使ったのだ。
J( 'ー`)し
そしてこれが決め手だった。
カーチャンの中にあるとてもとても太くてしっかりした一本の糸、もはや縄のそれ。
彼女の理性をつなぎ止めていたそれが、音を立ててブッちぎれた。
.
- 876 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:02:40 ID:4w91Gjj60
≪5≫
少し離れたところで戦闘を観察しながら、ドクオは自身の超能力について考えを巡らせていた。
ミルナから言われた事だが、このマグナムブロウという能力は撃鉄を起こしてこそ真価を発揮する能力らしい。
撃鉄を起こすコツは、“どう強くなりたいか”を具体的に想像し、それに集中する事。
ミルナの場合は“ただ強くなりたい”と単純に考えたら撃鉄が起きたが、ドクオの場合は彼とは勝手が違った。
そもそもドクオとミルナでは考えている“強さ”の概念がまったく違うのだ。
彼とは根本が違う今のままでは、ドクオがミルナと同じように撃鉄を起こす事は出来ない。
だったら俺の“強さ”をそのまま真似るのか?
撃鉄について話している最中、ミルナにそう言われたのをドクオは思い出した。
その際ドクオは「違う」と即答した。与えられた力の為に自分を変える気はなかった。
即答すると「だったらどうするんだ」と話が続いた。ドクオは少しの間考え、ある結論に至った。
自分を変えるくらいなら、この力そのものを捻じ曲げてやろう。
その考えのもと、超能力を力尽くで塗り替えるために、ドクオは一晩中マグナムブロウという超能力そのものと戦っていた。
それは異物を屈服させるのと全く同じ要領だった。戦うことで上下関係を確立し、超能力を我が物とする。
結果、ドクオはマグナムブロウの改変、あるいは改悪に成功した。
ミルナ用だったものを自分用に書き換えた今の状態なら、ドクオにも撃鉄を起こす事ができる。
あと考えるべきは、この力にどんな強さを求めるか……。
その答えは、案外すぐに見つかった。
.
- 877 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:04:25 ID:4w91Gjj60
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(#'A`)「おおおおおおおお!!」
空中から攻撃する場合に声を出す必要はまったくない。
むしろ声を出したせいで攻撃は察知され、相手に回避される可能性は大きく跳ね上がる。
だが、この攻撃の狙いはあくまで囮としてのかく乱、本命の棺桶死オサムに攻撃を繋げること。
今はカーチャンの意識を自分に向けるのが得策だ。その為に、ドクオはあえて大声を発したのだ。
(#'A`)(ギコを弾いたあの一発、多分見えるのは俺だけだ)
(#'A`)(今は前に出て、あの一発の正体を掴む!)
ドクオは左腕を大きく振りかぶった。
この動作は威嚇のようなもので、本当に拳を打ち出すつもりはなかった。
ドクオはこの威嚇によって、彼女の反射行動を試しにいったのだ。
ここで彼女が超能力に頼るなら、確実にさっきと同じ攻撃を出してくる。
ギコを大きく吹っ飛ばしたあの攻撃、攻撃をまともに受けたギコを見ても致命傷というほどの威力はない。
それなら危険を冒してでも、今の内に相手の攻撃を見切るべきだ。
問題はドクオでも見切れなかったあの速度。
あれをそのままにしておけば、今後どれだけ不意打ちをくらうか分からない――
.
- 878 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:07:35 ID:4w91Gjj60
――そう思った、次の瞬間。
鋭い炸裂音が鳴ったと思えば、同時に、空中のドクオが不自然にその軌道を変えた。
真下へ向かっていたものが、一瞬で真横に向きを変えたのだ。
(;,,゚Д゚)「なッ……んだと!?」
ギコとオサムは咄嗟にドクオを目で追ったが、何が起こったかは今度も分からない。
ドクオは先程のギコと同じように、あらぬ方向へと吹き飛ばされていく。
(; A )「ッ〜〜!!」
想像以上に速い一撃。
痛みは平手打ちを食らったように鋭く、体の奥に響いてきた。
(; A )(ギリッ……本当にギリギリっ……見えた……!)
見えたのはほんの一瞬。
ドクオは彼女の攻撃の一端を、視界の片隅になんとか捉えていた。
(#,,゚Д゚)「俺がドクオをカバーする、行け!」
ギコの指示を受けてオサムが飛び出す。
同時にギコも走り出し、ドクオの援護に向かった。
.
- 879 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:09:35 ID:4w91Gjj60
J( 'ー`)し「……彼に戦意が無いのは分かっていたわ。
あざといわね、そして狡猾だわ」
J( 'ー`)し「そんなことしなくても大丈夫、もう隠す気はない……」
カーチャンは俯き、カンパニーの制服を脱ぎ捨てた。
そうしてあらわになったのは彼女の私服、いわゆるババシャツだった。
【+ 】ゞ゚)(……?)
オサムは彼女の方へ走りながら、彼女の行動に集中した。
J(#'ー`)し「見るがいいわ私の能力を! 戦闘体勢をッッッ!!!」
そう叫び、カーチャンは自身のババシャツを思い切り引き裂いた。
続けて彼女はブラジャーも外し、豊満なバストをむき出しにしてみせた。
【+ 】ゞ゚)
.
- 880 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:12:47 ID:4w91Gjj60
【+ 】ゞ゚;)「うっわ!!」
走りながら思わず素の反応を出してしまった棺桶死オサム。
突然目の前で女性(熟女)が半裸になる事案はさすがに彼も未経験だった。
J( 'ー`)し(棺桶死オサム、あなたをこの技で打倒する……)
スラックスのポケットに両手を仕舞い、大地を踏み締め、彼女は超能力を完全に開放した。
見るに耐えないと思って目を伏せていたオサムも、その気配を察知して視線を上げ、また目を伏せた。
やはり直視するには厳しい。
【+ 】ゞ゚;)(くっ……変なダメージを負った……)
【+ 】ゞ゚;)(だが奴はほぼ丸腰。能力がなんであれ、接近すれば優位に立てる!)
.
- 881 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:13:43 ID:4w91Gjj60
オサムを素に戻してしまった一瞬の怯懦。それが彼に植えつけたものは油断だった。
対してカーチャンは極めて真剣(半裸)。今、二人の間には明確な意識の差があるのだった。
その差が引き起こしたオサムの愚行――時速150kmという高速への自惚れ。
例えオサムが高速で動いても、それが単なる真っ直ぐでは対応するのも容易になる
J( 'ー`)し(狙いやすくて助かるわ……)
オサムが直線を駆けて迫ってくる。しかし、カーチャンの心に焦りや緊張はなかった。
その時、カーチャンのバストサイズに異変が起こった。
ボンッと膨らんでいた彼女の胸が、突如として細長く変形したのだ。
カーチャンは上半身を揺らし、その鞭のように細くしなやかな乳を揺らし始めた。
乳はやがてオサムに引けを取らない速度にまで達し、空気を叩く炸裂音を鳴らし始めた。
彼女はそのまま体を大きく開いて構え、棺桶死オサムが攻撃範囲に入るのをじっと待ち構えた。
一方、男(オサム)の武器は超人的な肉体。
一方、女(カーチャン)の武器は細長い乳。
どちらが頑丈で力強いかは、比べるまでもなく歴然としている。
だがしかし、この女には必殺とも言える技があった。
遥か昔より女の武器と言われながら、実際には物理的な力をもったことがない器官、乳。
言ってしまえば脂肪の塊。意図的には動かせず、武器とするにも致命的な欠陥を多数抱えたこの器官が、
今宵、熟女・カーチャンの手により―――――――飛躍する。
.
- 882 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:15:04 ID:4w91Gjj60
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
およそ一年前、デミタスが初めてカーチャンの自宅を訪れた時。
ちょうど彼女の息子が家に居たので、デミタスは彼にカーチャンの話を聞いてみた。
その際、息子・たかしは己の母をこう語った――
('A`)「ものすごく強いです。ええ、物理的にです」
('A`)「ぼく昔いじめられてたんですよね。思えばその時なのかな、アレを初めて見たのは……」
('A`)「……そのですね、笑わないで聞いてくださいね。
カーチャンがいじめっこをボコボコにしたんです。こう、胸でブッ叩いて」
('A`)「……胸? そりゃアレですよ、オッパイですよ。女性にはみんなついてるアレです」
('A`)「まずカーチャンの能力がですね、巨大化なんです。体の色んなところを大きくできるんです」
('A`)「それでですねぇ、胸を大きくするんです。いや、大きくじゃないか……なんか、長い鞭みたいにするんです」
.
- 883 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:15:45 ID:4w91Gjj60
('A`)「鞭です、はい」
('A`)「知ってます? 鞭を振ったとき、その先端がどれぐらいの速さに達するか……」
('A`)「ざっくり言えば音速(マッハ)です。で、カーチャンは胸を鞭みたいにして、それを振り回す訳ですね。
あの能力、大きくした部位は思考で操作できるので、間違って自分を叩くこともありません」
('A`)「えっと……マッハは秒速で、確か300メートルくらいですか?
そんな武器が二つもあって、縦横無尽に振り回されるんだから、もう大概の防御は無意味ですよ」
('A`)「しかも当たれば致命傷の攻撃です。
カーチャンも手加減してたと思いますけど、いじめっこ達には逆に謝りたくなりましたね」
そう言い、たかしは自慢げに微笑んだ。
だが、それに続いたデミタスの質問に、彼の微笑みはすぐに消えた。
('A`)「……手加減しかなかったら?」
('A`)「……一度、カーチャンを切れさせた事があります。ニート五年目とかの時だったかな」
たかしは椅子を立ち、デミタスに背中を見せた。
('A`)「ぼくも一応超能力持ってるんですけどね。抵抗する間もなく、こうなりました」
たかしは上着を脱ぎ捨て、上半身を露にした。
その背中には爆弾が間近で爆発したような大きな裂傷の痕。
事前に彼の話を聞いていなければ、まさかこれが女の胸によってできた傷だとは到底思えない。
.
- 884 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:16:25 ID:4w91Gjj60
('A`)「カーチャンの能力、『セクシーグラマー』は最強ですよ」
('A`)「少なくとも、息子であるぼくにとっては、彼女は世界最強の母親です」
('A`)「能力名も技名もふざけてますけどね、本当に強いんです」
('A`)「あの技、『マッハ乳』は――――」
.
- 885 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:17:06 ID:4w91Gjj60
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
乳を武器とする彼女にとって、両腕はただのデッドウェイト。
故にこの攻撃をする場合は必ずハンドポケットの姿勢をとり、そのマイナスを消さなくてはならない。
力の伝達はつま先から開始し、足の親指、足首、膝、股関節、腰へと続いていく。
このまま肩、腕、拳といけば正拳突きの完成だが、カーチャンの武器は腕ではなく乳だ。
彼女の場合、つま先から腰へと力が伝達した瞬間、上半身を高速回転させて一気に乳を弾き出す。
集約された力は鞭のような乳を伝わり、その速度を倍々にしながら先端の乳首に向かっていく。
仕上げに超能力の肉体操作で『高速』をさらに『加速』させた時――
J(# ー )し「ッッッッ!!」
奥義、マッハ乳は完成する――――ッ!!
.
- 886 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:17:49 ID:4w91Gjj60
≪6≫
意識がなくなる最中、棺桶死オサムが最後に聞いたのはまたしても炸裂音だった。
いったい何が炸裂したのか――そんな些細な疑問を解く一瞬すらなく、オサムの意識は闇に落ちた。
(;,,゚Д゚)「棺桶死ッ!」
ギコが叫んだ時には既に遅く、オサムは凄まじい速さでレムナント監獄の方向へと吹き飛ばされていた。
オサムは監獄を囲む壁に音を立てて激突すると、その壁に巨大な亀裂を残して地面に落ちた。
(;,,゚Д゚)「なんだ……何をやられた!?」
(;'A`)「……ビンタだ、超能力で超強化された超ドギツい一発……」
地面に片膝をついていたドクオが、立ち上がりながらギコの言葉に答えた。
ドクオ自身もかなり強い一撃を受けていたが、鍛えた肉体がそのダメージを和らげていた。
(;,,゚Д゚)「……アイツの能力、体の巨大化か?」
(;'A`)「ああ、まず不自然に胸がでかいしな……」
(;,,゚Д゚)「……アレが物理的に俺達より強いんじゃ勝ち目ねぇぞ。俺もお前も物理だろ」
(;'A`)「……いや、勝ち目は作る!」
強く言いながら前に出る。
ドクオは背の撃鉄を一瞥し、覚悟を決めた。
.
- 887 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:19:01 ID:4w91Gjj60
(;'A`)「……俺が一対一でやる」
(,,゚Д゚)「……俺はどうする。勝手に動いていいのか?」
ギコはドクオの意思を汲み取り、彼を考えなしに引き止めたりはしなかった。
(;'A`)「……死にそうになったら助けてくれ」
(;,,゚Д゚)「……」
(;'A`)「……そうだよ捨て身だよ。けどな、やっぱり雑魚の奥の手は『命懸け』しかねぇだろうが」
(;'A`)「こんなところで止まってられねぇんだ……。カーチャンだろうが何だろうが、ブッ倒してやる!」
ドクオは左手に拳を作り、悠然とカーチャンに接近していった。
(;'A`)(でも実は勝てる気してねぇんだ……)
(;'A`)(……ここからは、『自惚れ』『慢心』全開の『ヤケクソまっしぐら』でいく……)
(,,゚Д゚)「……」
(,,゚Д゚)「……おい、アレ……」
半ば自棄になりかけていたドクオを呼び止め、ギコは遠くの地面を指差した。
指した先には、先程カーチャンが脱ぎ捨てたカンパニーの制服が落ちていた。
('A`)「……アレか」
(,,゚Д゚)「……俺とお前、二人でアレ取れるか?」
多くは語らない。二人の意思は疎通していた。
(;'A`)「……一発デカイのを撃つ。その隙に突っ込め」
(,,゚Д゚)「……アレを取ったら俺は監獄に戻る。中の奴ら呼んでくるまで死ぬんじゃねえぞ」
.
- 888 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:19:41 ID:4w91Gjj60
ドクオはギコを置いて前進し始めた。
徐々にカーチャンとの距離が縮まっていく。
(;'∀`)(死ぬな、か……自信ねぇなあ……)
カーチャンの攻撃範囲に入らぬよう、十分に距離を置いたところで一旦立ち止まる。
既に二人は互いを睨んで牽制し合っている。しかし、戦意ではドクオが大きく劣っていた。
捨て身で特攻する覚悟はあったが、アレと正面切って戦うという覚悟がドクオにはなかったのだ。
(;'A`)(見切れないほど速い攻撃、これ以上近づいたら俺じゃあ絶対避けきれない……)
ドクオは己の未熟さを痛感していた。
超能力者との実力差などこれまで散々目の当たりにしてきた筈なのに、いざその差に直面すると「これ程なのか」と膝を折りたくなる。
体を鍛え、今では銃弾さえギリギリ避けられるようになったのに、今度の相手は音速超えの能力者だ。
だが、今になってドクオは思う。俺はそういう相手にこそ勝たなきゃならない。
今後どれだけ理不尽な超能力が相手になるか考えれば、こんな露出ババアは雑魚の部類だ。
少なくとも、カーチャン属するカンパニーの連中には、これよりもっと強いのが何人も居るだろう。
なのにこんな所でこんな露出クソババアに負けるようでは、打倒荒巻など笑い話にもならない妄言だ。
この女を倒して上のステージに這い上がる。
勝てる気がしない。そんな考えを払拭し、半ば現実逃避し、ドクオは自分を鼓舞した。
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- 889 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:20:59 ID:4w91Gjj60
J( 'ー`)し「……最大戦力は倒したわ。それでもまだ、続けるのかしら」
上半身丸裸でも凛々しい真っ直ぐな態度を見せるカーチャン。
すぐに攻撃しないのは、ドクオというまるで警戒に値しない男への哀れみだった。
('A`)(マグナムブロウ、ミルナから受け取った俺の能力……)
('A`)(……言葉が通じるか知らねえけど、ちょっとだけ力を貸してくれ)
ドクオは頭の中に“強さ”を想像し、それに集中した。
最中に思い返したのは師匠の姿――単純な強さにおいて、ドクオは彼以上の男を知らない。
('A`)(クマーさんの激動、ちょっとパクリます……)
('A`)(……撃鉄と混ぜて『撃動』とか、そんな感じでいくか……)
思い付いた言葉に、ドクオは思わず口元をゆるめた。
それと同じくして、彼は背中の撃鉄に確かな熱量を感じ取った。
彼の背中で畳まれていた撃鉄は、いつしか片翼のように大きく展開していた。
J( 'ー`)し「……?」
ニヤリと笑ったドクオを不思議に思いながら、カーチャンはとても分かりやすく攻撃の準備を整えていた。
ハンドポケットというふてぶてしい姿勢のまま二つの乳を揺らし、少しずつ加速しながら振り回していく。
マッハほどではないが速度は十分。乳の先端が空気を叩き、“パン”という炸裂音を鳴らし始めた。
乳は硬い地面をえぐり、自由自在にあたりを駆け巡った。
超能力ありきとはいえ、乳が残像を残して飛び回る凄まじい光景があった。
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- 890 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:22:03 ID:4w91Gjj60
ドクオの撃鉄が起きたのをカーチャンは認めていた。
それが何を引き起こすか分からないが、所詮は低レベルな殴り合いの能力。
こんな能力相手なら勝って当然だ、と彼女は警戒するような素振りを見せなかった。
カーチャンは片乳を特に強く振り回し、それをドクオに向けて放った。
空中で乳を一気に巨大化させる。質量を増した乳は、鉄球のような威圧感を得てドクオに迫る。
ドクオは静かに拳を構え、それに対した。
起きあがった撃鉄のせいか、彼の体には今までにない充足感が満ちていた。
体中の全ての歯車が一斉に完璧に噛み合ったような、自分自身が一つの存在として完成したような、未体験の充足感。
そんな自分自身の変化に身を委ねると、固めた拳がさらに硬く力強くなった気がした。
(#'A`)(いけるっ……!)
巨大な乳、殺人的な乳が圧倒的威圧感をもって襲い掛かってくる。
ドクオはそれに合わせ、左拳を振り出した。
その数瞬後、背の撃鉄から光の粒子が爆発するように一気に噴き出した。
光の激流はドクオを後押しし、拳の威力を数十倍に跳ね上げる。
(#'A`)(負ける気がしねえ――)
敗北しか知らない男が思った勝利への思考。
直後、両者の一撃が激突した。
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- 891 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:23:05 ID:4w91Gjj60
≪7≫
ドクオに自分の乳を殴られた瞬間。
激動が伝わったカーチャンの片乳は大きく波立ち、その勢いを完全に打ち消された。
J(;'ー`)し「――そんなっ!」
カーチャンの超能力『セクシーグラマー』は、真っ向からの力比べでドクオに敗北した。
(#'A`)「お返しッ……だァッ!!」
ドクオは腕を大きく引き、再度片乳を殴りつけた。
乳は衝撃のあまり歪に変形してから、カーチャンに向かって高速で弾き返されていった。
真正面から飛んでくるのは自分の片乳。
自分の肉体の一部であるからこそ、それを避け切るのは至難だ。
J(;'ー`)し(乳を操作して回避、あるいは乳を縮小ッ――それじゃあ間に合わないッッッ!!)
J(; ー )し(クッ……ソがァァァァァァァァァァァッッッッ!!)
カーチャンは咄嗟に決断し、片乳を体から切り離して横に飛んだ。
つながりを絶たれた乳はカーチャンには当たらずどこかへ飛んでいき、やがて地面に落下して静止した。
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- 892 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:24:54 ID:4w91Gjj60
カーチャンは地面に片膝をつき、せわしなく呼吸した。
一瞬の出来事が頭の中で少しずつ整理されていく。
J(;'ー`)し(……油断……あるいは自惚れか……)
片乳を無理にちぎり落とした事で、彼女の右胸からは鮮血が流れ出ていた。
巨大化してあったとはいえ、その原料は自分の血肉だ。
切り落とせば傷になる。脂肪は再生できても、乳首は帰ってこない。トカゲの尻尾のように元通りとはいかないのだ。
彼女はこれから、片乳首のない残酷な日々を強いられる。
J(;'ー`)し(私、病院に自分の片乳もって『乳首くっつけて下さい』って言うのね……)
J(;'ー`)し(屈辱だわ……っていうかそんな事できるのかしら……)
彼女がそんな事を考えている間に、二人の男が方々へ駆け出していた。
(#'A`)「下手すんなよ!」
(#,,゚Д゚)「たりめーだ!」
J(;'ー`)し「――ハッ!」
二人の行動を見た瞬間、合点がいった。
同時に彼女は、光源になりうる物を安易に捨ててしまった自分を強く自責した。
ドクオは自分に向かって次の攻撃を、しかしギコは自分が脱ぎ捨てたカンパニーの制服のもとへと走っていく。
目の前の光景が、彼女の思考を一気に加速させた。
J(; ー )し「〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!!!」
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- 893 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:25:40 ID:4w91Gjj60
J(;'ー`)し(ドクオに対応すればギコが光源を手に入れてしまう!
そうなれば棺桶死オサム復活ッッッ! 囚人も何名かは能力を発動できる!)
J(;'ー`)し(でもギコを追えば彼は確実に私を仕留めに来る! 認めるッ! あの能力なら私を倒せるッ!!)
J(;'ー`)し(防御を捨ててギコを追う!? あるいはドクオを瞬殺してギコをッ――)
J(;'ー`)し(…………)
カーチャンは今一度心を鎮め、状況を鑑みて思考した。
J(;'ー`)し(いや……)
J(;'ー`)し(……二兎を追って得るものはない。二兎を追えるだけの余力はない。
具現化したボインも片方は切り離した……)
J(;'ー`)し(……最早これまで、というヤツかしら)
カーチャンは開き直り、視線をドクオに集中した。
J(;'ー`)し(もうすぐカンパニーの増援が来る……だったら私の最後の仕事は……)
J(;'ー`)し(……この男だけでも、ドクオの一人だけでも倒す。
後の事は仲間に預ける。それが今の私に出来る最大限の善処……)
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- 894 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:27:07 ID:4w91Gjj60
J( 'ー`)し(……後悔なんか死んだ後でいくらでもしてやるわよ……)
カーチャンは地面を踏み締め、両手をポケットに収めた。
眼中にはただ一人ドクオの姿だけ。彼女はマッハ乳の体勢に入った。
J( 'ー`)し(一番やってはいけない事は、今ここで後悔して足を止めてしまう事よ……)
J(#'ー`)し(過去の後悔を払拭するのは難しいけど、未来の後悔にだけは今すぐ立ち向かえるのよ!)
(;,,゚Д゚)(あの姿勢……さっきの技じゃねえか!)
制服を拾ったギコは横目にドクオとカーチャンを一瞥した。
最早こちらは眼中にないようだったが、代わりに彼女の闘志はドクオ一人に向いていた。
それがどれほど危険な事かは十分に理解していたが、今はドクオに任せて先を行くしかない。
(;,,゚Д゚)(……すぐに戻る!)
ギコはドクオに背中を預け、レムナント監獄に急いだ。
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- 895 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:28:37 ID:4w91Gjj60
J( 'ー`)し(片乳を失った今、さっきよりも強いマッハを打つには全能力を片乳に集めるしかない……)
J( 'ー`)し(……でも、片乳ではマッハの反動を打ち消せない。
でも、中途半端に両乳を作っても威力で劣るのは明白……)
カーチャンはドクオの超能力が自分に勝るという事実をしっかりと受け止めていた。
しかしそれは諦めや開き直りではなかった。悟りにも似た、冷静な覚悟だった。
J( 'ー`)し(……片乳でマッハを打った瞬間、私の乳は反動によって炸裂する……。
全身に纏った脂肪も攻撃に回す以上、肉体への反動も最大級ね……)
J( 'ー`)し「……」
J(#'ー`)し(――『良し』だッッッ!!)
先に待つ自壊、その程度で彼女の足は止まらなかった。
彼女は目の前の敵にではなく、未来永劫に続く“後悔”に打ち勝とうとしていた。
ここで中途半端に命を惜しめば、今後カーチャンの人生には“後悔”という名のセーブポイントが出来てしまう。
後悔とは、未来へ進んだ人間を、一瞬にして後悔したその瞬間にまで連れ戻してしまうものだ。
今を生き、そして未来へ進む者にとっての最大の敵はいつかの後悔だ。
奴らは中々倒せないし、やっと倒せたと思っても、不意に思い出しただけで奴らは即復活する。
しかも時間の経過が奴らを強くするかもしれない。後回しにすればするほど、奴らは強大になって人の心にのしかかる。
だからこそ、後悔の火種だけは今現在において抹消しなければならない。
悔いのない生き方とは『今を笑って生きる』ことではなく、『未来の平穏の為に生きる』ということなのだ。
J(#'ー`)し(心に傷を負うくらいなら……マッハ乳の『次』、今ここで使うッ!)
彼女は両手をポケットから出し、マッハ乳の構えを解いた。
それを好機と捉えたのか、ドクオの駆け足がより一層速度を増した。
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- 896 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:29:25 ID:4w91Gjj60
(#'A`)(もう一度だ! もう一度真正面から行く!)
両腕を大きく振りながら疾走するドクオ。
その最中に小さくジャンプし、着地と同時に両足を地面に押し付ける。
ドクオの両足が、ざりざりと砂埃を巻き上げながら地を滑っていく。
ドクオは左腕を突き出し、的をカーチャンに絞った。
(#'A`)
J('ー`#)し
一瞬の目配せ。言葉はないが、どちらも考えは同じだった。
次の一撃に全力を込める。これで自分がどうなろうと、後のことは全て仲間に任せる。
ドクオとカーチャン、二人は同時に攻撃体勢に入った。
(# A )「『撃動』のおッ――!!」
背の撃鉄が輝く粒子を爆発させる。
粒子は背から片翼のように広がり、彼の肉体に凄絶な推進力を送り込んだ。
拳を突き出した姿勢のまま、ドクオの体が回転しながら前に撃ちだされる。
十分に遠心力を得た状態で地面を殴りつけ、ドクオは高高度へと跳躍した。
拳を振りかぶったまま、ドクオは空中で回転しながらカーチャンに向かって落下していった。
その時、ドクオの目に見えていたのはカーチャンの背中だった。
(#'A`)(なんだ――?)
それは、低姿勢で踏み込みながら体を回転させ、遠心力を加えて放たれる背中からの体当たりだった。
真正面からの殴り合いと思っていただけに、ドクオはカーチャンの行動に強い違和感を覚えた。
動作としてはほぼ鉄山靠だったが、彼女がそれ以上に何か仕掛けているのは雰囲気で分かった。
だが分かったところで攻撃の手を緩めたりはしない。今のドクオは、どんな攻撃ですら力で圧倒できてしまう気がしていた。
自惚れ慢心でしかないそんな考えが、今なら本当に出来てしまいそうな自信があった。
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- 897 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:30:06 ID:4w91Gjj60
撃動の……。
そこから続く言葉は、実はまだ思いついていなかった。
いわゆる必殺技を叫びたい所だったが、目の前のことに必死でなにも浮かばない。
(#'A`)「……のおッ! おっ、おおおおおおおおおお!!!!」
仕方ないので適当な叫び声で誤魔化した。
途端、ドクオの拳がカーチャンの背中に激突した。
空間が歪むような強烈な一撃。それが正面からぶつかりあった事で、凄まじい烈風が周囲にほとばしった。
手応えはドクオの方にあった。
力の均衡はほぼ一瞬。
徐々にマグナムブロウの推進力が競り勝ち始め、カーチャンは少しずつ、後方に押されていった。
一撃の威力に重きを置く八極拳、その中でも特に知名度の高い鉄山靠。
一点一瞬一撃の激突で八極拳に勝るものはないが、マグナムブロウの光の激流が生み出す推進力は一瞬では終わらない。
カーチャンの鉄山靠とドクオのマグナムブロウでは、持続力の点でドクオが圧勝していた。
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- 898 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:32:27 ID:4w91Gjj60
(#'A`)「おおおおおおおおッッッッ!!」
ドクオは込める力をより一層強くし、拳をカーチャンの背中に押し込んだ。
彼女の背筋を押し潰す感触が拳に滲んでいく。
J(; ー )し「くっ……」
背中の一点、拳が当たっている部分が焼けるように熱い。
生身で受けるべきじゃなかったと思いながら、なおも彼女は両足をぐっと踏ん張った。
勝機があればこその忍耐――
その事に気付かないドクオは、ただ愚直に前進し続けた。
(#'A`)「おおおおおおおおおお!!」
J(; ー )し「……ふふ」
間もなくして、彼女は笑った。
J(; ー )し(――“間に合った”)
彼女は鉄山靠の姿勢をとった時点で、後方へとマッハ乳を発射していた。
鉄山靠は、マッハ乳を隠す死角を作るための囮だったのだ。
ドクオの完全死角に放たれたマッハの核爆弾を、肉体操作によって自分自身へと全力で引き戻す。
それによって自分自身に直撃したマッハ乳は、自分の体を増幅器として更に強化され、体を通して相手を粉砕する。
その威力は、並居る超能力者のそれとは比較できないほどに強力無比だ。
無論、マッハ乳が戻ってくるまで耐え切れなければカーチャンの敗北だった。
生身で受けるには余りにも危険なドクオの一撃を耐え切らなければ、彼女に勝機はなかった。
しかし彼女は耐え切ってみせた。ゆえに、“間に合った”。
J(; ー )し(後悔は――無いッッッッッ!!)
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- 899 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:35:04 ID:4w91Gjj60
自分自身にマッハ乳が当たった瞬間、爆発的なエネルギーが彼女の肉体を後押しした。
鼓膜を揺さぶる重々しい衝撃音と、彼女の肋骨が砕け散る破壊音が一気に走り抜ける。
(;'A`)(なんだッ!?)
ドクオの拳に伝わってきたのは、圧倒的に自分を上回る力だった。
光の激流を全力にしても、ドクオはその力を抑え切れない。
早くも勝利を見据えていたドクオの拳が、呆気なく押し戻されていく。
(# A )「こんのッ……!!」
ドクオも全力でそれに立ち向かったが、二回三回と続け様に発生する力の大爆発にまるで歯が立たない。
四回目の大爆発の瞬間、ついにドクオの左肩が歪に歪んだ。
強すぎる反動に肉体が耐え切れず、いよいよ肩が外れてしまったのだ。
(; A )「ぐあっ……!」
肩が外れた途端、堰を切ったように拳から力が抜けていく。
瞬間、カーチャンはドクオの懐に潜り込んでいた。
マッハ乳の一撃を自分自身に当て、その衝撃を鉄山靠の要領で相手にぶつける。
今は名も無きただの試作技――その最後の一撃が、ドクオの体に炸裂した。
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- 900 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:35:51 ID:4w91Gjj60
≪7≫
銃声が響いた。
それは余りにも唐突で、寝転んで油断しきっていた状態では気付くのに時間がかかってしまった。
ミルナは跳ねるように飛び起き、壁際に身を寄せて漆黒の中を見回した。
肩に熱を感じる。咄嗟の回避だったが、銃撃は右肩を掠る程度で済んでいた。
( ゚д゚ )(……)
敵の気配がまるで分からなかった。
長年戦いから遠ざかっていたのが原因か、あるいは敵がそういう能力なのか。
ミルナは無意識に後者を肯定した。
分からないのは敵が自分を殺しに来た理由だった。
自分の存在をピンポイントで知っている人間は極僅かだ。
この時点で敵は荒巻以外の誰かだと想定できた。荒巻が相手なら、ミルナは既に深手を負っている。
( ゚д゚ )「……なら荒巻の手下か。俺を殺したいならアイツを直接よこすんだな」
暗闇のなか、まったくの無音でミルナの超能力が発動した。
彼の右腕に鈍色の装甲が具現化する。しかし、その能力からは往年の迫力が完全に消え失せていた。
( ゚д゚ )(……錆付いてるか)
ぎし、という軋む音が具現化した装甲から聞こえてくる。
本当に錆があるんじゃないかと思うほど、彼はマグナムブロウという能力に対して違和感を覚えていた。
認めたくないがこれが現実。無意味な停滞は人間を確実に弱くする。
ミルナ自身が知る限り、今の自分は過去最弱の状態に極まっていた。
.
- 901 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:36:31 ID:4w91Gjj60
ミルナは空中にランプを具現化した。これも予備動作なしの一瞬の出来事。
室内に暖色が満ちる。その瞬間、ミルナは敵の顔と位置を正確に把握した。
(;`・ω・´)(なんだとッ!?)
今度は敵、シャキンの方が反応に遅れた。
シャキンはミルナに銃口を向けたが、ミルナは構わずに飛び出し、右の拳をシャキンの腹に打ち込んだ。
しかし攻撃に手応えはない。攻撃が無効化されたような奇怪な感触だけがあった。
長い長い人生の内、ミルナも無効化系の能力者とは幾度と戦った事がある。
そういう能力に対する戦法は密封、拘束、力尽くの三種が現実的な選択肢になる。
海中や砂中に沈める、瓦礫の下敷きにする、両手足を拘束する、無力化できないほど強い一撃を叩き込む。
今のミルナに力尽くは無理だ。
両手足を拘束するにも敵の手足にピンポイントで枷を具現化するのは手間がかかる。
瓦礫の下敷きにするにしても、ここ漆黒の強度は並大抵ではなく、弱った今の状態ではとても壊せない。
空中のランプが床に落ち、油と火の粉が辺りに飛び散った。
ミルナは僅かに後退し、敵の目を正面から睨みつけた。
間を置き、シャキンが小さく言葉を漏らした。
(`・ω・´)「……撃鉄、聞いてた話と様子が違う」
( ゚д゚ )「……」
.
- 902 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:37:11 ID:4w91Gjj60
二人の沈黙を裂いたのは、間の抜けたコロコロという音だった。
ミルナが一瞬床を一瞥すると、迷彩色の球体がいくつも床を転がっていた。
――手榴弾か。
無効化の能力なら確かに効果的だ。
ミルナは納得ばかりで慌てる素振りを出さなかった。
死の概念から遠く離れた存在に成り果てている彼には、恐怖や焦燥という感覚がぽっかりと抜け落ちていた。
手榴弾が炸裂する寸前、ミルナはシャキンを指差して
( ゚д゚ )「伝言だ。考える時間をよこせ。奴に伝えとけ」
とだけ言い放った。
次の瞬間、手榴弾から閃光が溢れ返った。
.
- 903 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:38:09 ID:4w91Gjj60
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
超能力は燃料切れで解除され、カーチャンは本来の姿に戻っていた。
そこに、超能力で見栄えを良くしていた時の面影はない。
多くの古傷が刻み込まれ、女としての体裁を失うほど鍛え上げられた肉体。
女の身でありながら肉体の武器化を目指した彼女の姿は、男女の区別を超えた一人の戦士として完成していた。
カーチャンは、腹の底から上ってきた胃液や血液を思いっきり地面にぶちまけた。
内臓それ自体が丸っと吐き出されたような盛大な吐瀉吐血。
片方の乳は回避のために切り捨て、もう片方もマッハの反動で炸裂。
彼女は両乳から鮮血を垂れ流しており、全身のほとんどを鮮血に染めていた。
痛みの感覚は薄いが、それは戦闘後の興奮状態が一時的に痛みを和らげているに過ぎない。
後々凄絶な痛みが襲い掛かってくると思うと、カーチャンは少しばかり憂鬱になった。
J( 'ー`)し(感覚から察するに肋骨はボキボキ、胸骨もイッたわね……背骨大丈夫かしら……)
J( 'ー`)し(おまけに両乳首まで失った……ちゃんと乳を持って帰らないと……)
最早直立すら苦しい状態でありながら、彼女は頑なに膝を折ろうとしなかった。
荒野に倒れたドクオを見下ろし、彼女は勝利の余韻をじっくりと味わっていたのだ。
なんであろうと、立っている方が勝者なのだ。
J( 'ー`)し「伊達酔狂で母親(カーチャン)名乗れるかって話なのよ……」
そのとき、監獄の方から爆発音が響いてきた。
カーチャンは反射的に振り返り、それが収まるまで監獄をじっと見つめた。
.
- 904 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:39:58 ID:4w91Gjj60
少しすると、監獄からこちらに向かってくる二人の人影が見えた。
夜目を凝らして人影をじっと見つめる。近づいてきたところで、ようやく二人の顔が分かった。
シャキンと部隊長の男だった。
J( 'ー`)し「……そっちの用件は終わりました?」
(`・ω・´)「ああ。こっちはかなり苦戦したようだな」
平静を装い、シャキンと言葉を交わす。
J( 'ー`)し「監獄は放棄します。私の責任ですね……」
(`・ω・´)「どうだろうな、多分何も言われないだろう。
お前が思う以上に、ここに潜んでいた闇は深い」
J( 'ー`)し「闇、ですか……」
カーチャンはドクオを一瞥して言った。
J( 'ー`)し「私は光を見ましたよ……」
J( 'ー`)し「……とびきり眩しいのをね……」
J( 'ー`)し「……ふふ、たかしが良い子に育っていれば、きっと彼のように……」
言い終えた途端、カーチャンは笑顔のまま崩れ落ち、気を失った。
部隊長の男は彼女を受け止めると、次に地平線の向こうに耳を傾けた。
聞きなれたエンジンの音。
砂煙を巻き上げながら、カンパニーの増援部隊がすぐそこまで来ていた。
.
- 905 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:41:16 ID:4w91Gjj60
部隊長はドクオを指差した。
「どうします。こいつ、連れて帰りますか」
(`・ω・´)「……当然そうする。俺の独断という事にしておけ」
「言われなくとも」
部隊長が両肩にカーチャンとドクオを担ぎ、シャキンが向こうの増援部隊の車両に対して手を振ってみせる。
それと時を同じくして、二人の頭上を巨大な灼熱が飛び越えていった。
「おおッ!?」
部隊長は灼熱を目で追いかけた。
灼熱は間もなく部隊の車両めがけて落下し、車両に当たる寸前で何かにぶつかって爆発した。
車両は一瞬制御を失ったが、すぐに冷静な運転を取り戻して走行を継続した。
あの灼熱は、増援部隊の能力者達でギリギリ防御できたようだった。
「向こうも増援かよッ!」
今度は振り向いて監獄側を捉える。そのとき既に、巨大な灼熱の塊が自分達に向かってきていた。
部隊長は言葉にならない驚嘆を零し、急いで回避運動を取ろうと体を動かした。
しかし両肩に人間を担いだまま回避が出来る訳も無く、部隊長はピタリと足と思考を止めた。
部隊長が冷や汗を垂らして「やべえ」と思った瞬間、シャキンがゆっくりと前に躍り出て片手を突き出した。
灼熱はシャキンの掌に当たると、一秒と経たずしてシャキンの手に握り潰され、消滅した。
(`・ω・´)「びびるな。俺が居る」
「次が来てますからねッ!」
怒声を残し、部隊長は自分一人で増援部隊の方に走っていった。
重荷を二つも担いだ状態では足手纏いにしかならない。逃走は冷静な判断に基づいていた。
.
- 906 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:42:51 ID:4w91Gjj60
(;,,゚Д゚)「一発目外してんぞ!」
|(●), 、(●)、|「向こうにも能力者が居る! この程度では奇襲にもならん!」
ギコと並んで疾走しながら、ダディクールは再度超能力を発動した。
ダディの足元で火炎が燃え盛り、それが幾多に枝分かれしてシャキンめがけて走り出す。
火炎はシャキンの目前でまた一つに合体し、カーテンのように平たく変形してシャキンの視界を赤に染め上げた。
|(●), 、(●)、|「行け!」
(#,,゚Д゚)「おう!」
ギコは怯まずに加速し、火炎のカーテンに飛び込んだ。
顔を確かめる前に、ギコは右腕のブレードでシャキンに斬りかかる。
シャキンは回避するまでもなく、その攻撃を首に受けた。
(`・ω・´)「……」
(;,,゚Д゚)(効かねえだと!?)
ギコは反射的に腕を引き、シャキンを標的から外した。倒せないなら相手にする必要もない。
地面を蹴り、今度は部隊長を追いかけて背中に刃を振り下ろす。
(#,,゚Д゚)「そいつは置いていけッ!」
「ッ!」
部隊長はドクオを捨て、その分身軽なった体でギコの斬撃を回避した。
ギコは部隊長の背中を見送り、ドクオの傍らに片膝をついた。
(,,゚Д゚)(……生きてるな)
ドクオの息を確かめてから彼を背中におぶる。
間もなくダディがギコに追いつき、ダディは手の平を増援部隊に向けて突き出した。
その動作の瞬間、突き出した彼の手の平から爆発的な火炎が噴き出した。
火炎は荒波のようにうねりながら増援部隊を囲い込み、彼らを炎の檻に閉じ込めた。
.
- 907 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:43:38 ID:4w91Gjj60
足止めを済ませたダディは、ギコの肩を掴んで口早に言った。
|(●), 、(●)、|「我々は下がるぞ! こいつらは棺桶死が一掃する!」
(,,゚Д゚)「は? 一掃っておまっ」
|;(●), 、(●)、|「いいから来い! 巻き込まれるぞ!」
ダディクールの怒声に交差するように、二人の横をシャキンが走り抜けていく。
(;`・ω・´)「全員退避だ! 身を守れ!」
無効化の能力者であるシャキンが焦燥感を露にして声を張り上げる。
すぐさま部隊にざわめきが走った。ヤバイ何かが来る、と彼の素振りから直感的に誰もが理解したのだ。
.
- 908 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:44:19 ID:4w91Gjj60
――地上で誰もが防御退避に急いでいる今現在。
棺桶死オサムは遥か上空に浮遊し、彼ら全員を眼下に見下ろしていた。
【+ 】ゞ゚)「……」
突然、夜空の雲が棺桶死オサムを中心に吹き飛んだ。
その現象は彼からの最後の警告、本気で超能力を行使するという宣告だった。
異能力物質とは別の、棺桶死オサム自身の超能力。
不可能を可能にする能力――インジャスティス。
個人のさじ加減一つで天変地異さえ起こせる超能力者、棺桶死オサムは、
たった一人で世界そのもののと敵対できる希有かつ危険極まりない存在だった。
【+ 】ゞ゚)「……憂さ晴らしだ」
本来ならば気にも留めないただの独り言。
そんな取るに足らない言葉一つが、次の瞬間、レムナントの荒野を一変させた。
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- 909 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:45:22 ID:4w91Gjj60
(;`・ω・´)「……何をするつもりだ……」
シャキンは唸るような地響きを聞いた。
やがて大地は震動を始め、轟音を上げながら次々に崩落していった。
崩落はレムナント監獄周辺を一周し、瞬く間にその亀裂を広げていく。
亀裂は留まることなく拡大し続け、シャキンらとレムナント監獄との間に底深い峡谷を生み出した。
まるで人の意思によって大地が動いているような奇妙な感覚。
シャキンは、そう思う事でしか目の前の現象を理解できなかった。
地響きが収まり、峡谷の拡大も終わった時。
シャキンは恐る恐る歩を進め、峡谷の底を覗き込んだ。
(;`・ω・´)「……」
視界に広がったのは圧倒的な闇。
大地が根底から分断されたと錯覚するほど、峡谷は底深く見通すことができなかった。
シャキンは顔を上げ、レムナント監獄を一瞥した。
さっきまでそう遠くない所にあった監獄は、今はもう遥か遠方にぽつんと点在していた。
峡谷に囲まれ、浮かぶように存在するレムナント監獄……。
ほんの一分程度で生み出された壮大な光景に、シャキンは思考を止めて絶句した。
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- 910 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:46:02 ID:4w91Gjj60
「……参りましたね……」
シャキンの隣に部隊長が立ち、頭をかきながら谷底を覗く。
彼もシャキンと同じように絶句し、乾いた笑い声をもらした。
(;`・ω・´)「……大人しく引こう。まだ見られてる」
シャキンに言われ、部隊長はそっと夜空を仰いだ。
おぼろげな人影が、こちらを静かに見下ろしていた。
(……下手に踏み込みゃ次はないってか)
部隊長は、シャキンの提案に同意した。
「任務は終了だ! 撤退するぞ、今すぐにだ!」
部隊長が部隊に戻り、指示を出した。
それを合図に呆然としていた隊員達に士気が戻り、彼らはてきぱきと撤退の準備を開始した。
撤退の準備はすぐに終わり、シャキンも部隊の車両に向かって歩き始める。
しかしその途中、シャキンは振り返って上空の棺桶死オサムに何かを言い残した。
(`・ω・´)「――――」
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- 911 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:48:06 ID:4w91Gjj60
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あの後、部隊はすぐに撤退した。
車両の後部、コの字に作られた座席の一角にシャキンは腰掛けていた。
悪路でガタガタと揺れる車体に気をとられることなく、彼は今回の任務を振り返っていた。
(`・ω・´)(……あの男、まだ生存の意思があった……)
大人しく死にそうなら殺せ。だが、もし抵抗した場合は生かしておけ。
今回、シャキンが荒巻から受けた命令はそれだった。命令どおり、シャキンは忠実に仕事を終えたのだ。
手榴弾で爆破こそしたが、その程度で死ぬ程度の人間でないのは荒巻の口振りから察していた。
「シャキンさん、デミタスさんから通信です」
カンパニーの隊員が小型のヘッドセットを差し出しながら言った。
シャキンは遅れてそれに応じ、隊員に礼を言ってからヘッドセットを受け取った。
ヘッドセットを装着し、マイクに向けて喋り始める。
(`・ω・´)「なんだ」
『……お前だな。そうか』
(`・ω・´)「ああ。でなんだ」
『いつから荒巻の駒になった。汚れ仕事がお好みだったか』
(`・ω・´)「払いが良かったもんでな。秘密にしてて悪かった。今度奢る」
『……金の為に人殺しか、いよいよお前も変わってきたな』
(`・ω・´)「……家族の為だ」
シャキンはデミタスがふて腐れているのを察知し、簡潔に今回の事情を口にした。
その一言で事を察したのか、デミタスはしばらく口をつぐんだ。
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- 912 名前:名も無きAAのようです :2014/09/06(土) 15:50:37 ID:4w91Gjj60
『……帰ったら有給使って休め』
(`・ω・´)「うちに有給があったのか? 初耳だぞ」
シャキンはそう言ってデミタスを茶化したが、一息ついてから囁くように言葉を漏らした。
(`・ω・´)「変わらない、俺もお前も。……ずっと変われないままだ。そうだろ」
デミタスは沈黙し、返事をせずに通信を切った。
シャキンは天井を仰いでまた一息つき、超能力を解除して車体の揺れに体を預けた。
目を閉じると、その心地良い揺れに意識を溶かされていくのが分かった。
今まで気を張り詰めていたシャキンにとって、それは久方振りに感じる安堵だった。
夜が明けていく。
シャキンは、そのまま深い眠りについた。
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