- 474 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 18:57:12 ID:6Sv1GPeo0
≪1≫
事件や事故というものに対して、世界の九割の人間は迅速な反応ができない。
それはつまり無能だからだ。この世に生きる無能どもは、あまりにも無力で脆弱な幸福の上に立っている。
ただし、残りの一割――彼ら超能力者だけは、彼ら自身の能力に基づいた選択の余地がある。
問いは簡潔。立ち向かうか逃げるか。
超能力者が事件や事故に巻き込まれた場合、まず最初にこの自問自答に直面するのだ。
無論、この自問自答は能力者全員が善意で考える訳ではない。
なにも難しいことはなく、法律でそう定められているからだ。
超能力を有する者は、市民の安全を守るためにそれを行使してもよい。
戦闘中に破損した物品の賠償は、最低でも五割、最大で全額をメシウマ政府が負担する。
遭遇した超能力犯罪者に対して“善処不可能”と判断した場合、超能力保持者には対象の殺害を許可する。
以上の内容は、メシウマの能力者全員が知る“常識”である。
そして、今年大学を出たばかりの新入社員――人生オワタも、このことを“常識”として理解していた。
.
- 475 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 18:58:16 ID:6Sv1GPeo0
\(^o^)/ 「仕事オワタ」
\(^o^)/ (我ながらなんという手際の良さ……これは間違いなく定時帰り)
\(^o^)/ (しかしまだ四時……。なんか飲みながら屋上で時間を潰そう)
┗(^o^ )┓≡ 「それでは皆さんお先に失礼! いやはや! それでは! アデュー!」
自分の仕事をことごとく処理したオワタは、社内の自販機で冷たいカフェオレを二本買った。
それから今日一日ずっと締めていたネクタイを緩め、彼は鼻歌交じりに屋上への階段を駆け上がった。
\(^o^)/ 「アロハ! 素晴らしき夏の夕方よ!」 ガチャリ
言いながら扉を開けたところで、オワタは硬直して自問自答した。
間もなくして、屋上に居た“変な顔の男”の視線が、オワタの体に突き刺さった。
“変な顔の男”は手にナイフを持っており、腰にはオートマチックの拳銃を括りつけていた。
明らかな武装、そしてオワタもニュースで知っていた『ThisMan』の犯行予告。
オワタの脳内で、二つの事象が結び付いた。
立ち向かうか、逃げるか。
彼はこの問いに対し、刹那にも満たない一瞬で答えた。
\(^o^)/ (会社潰れたらまた就活だもんな)
\(^o^)/ (こいつ倒して今夜はビールだ)
オワタはスーツのポケットから携帯電話を取り出して開き、そこから光を取り込んで能力を発動した。
.
- 476 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 18:59:50 ID:6Sv1GPeo0
“変な顔の男”はすぐに後退して身構え、オワタに銃口を向けた。
その銃口を避けるようにオワタが駆け出し、男に急接近する。
オワタの接近に体が強張ってしまい、男は咄嗟に銃を下げて拳を振るった。
それは思わず出してしまった脆弱な一撃だった。
だが運の良いことに、拳はオワタの右目に直撃し減り込んでいた。
\(; o )/ 「オワッ……!」
オワタは激痛に驚いてビクンと跳ね、すぐさま身を引いて右目を手で庇った。
目は脆い。人体の弱点は数あれど、目はそこらへんの一般人でも的確に狙える弱点の一つだ。
ただし男はそこらへんの一般人ではなかった。
自分の拳が意図せず敵の目を抉り、それによって敵が明確な隙を見せたとなれば、最早そこに思考の余地はない。
男は銃を構えて引き金を引いた。
銃声が響くと同時にオワタの頭が血を噴き出し、オワタは、肉塊として地面に崩れ落ちた。
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- 477 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:00:40 ID:6Sv1GPeo0
人生オワタの人生はここで終わった。
あまりにも呆気ない――だが、彼の無駄死にには意味があった。
【生前体験/ニア・ライブ・エクペリエンス】
【死後後悔/ルック・バック】
オワタが死ぬと同時に、彼の“二つ能力”が動き出した。
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- 479 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:03:29 ID:6Sv1GPeo0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
\(^o^)/ 「仕事オワタ」
\(^o^)/ (我ながらなんという手際の良さ……これは間違いなく定時帰り)
\(^o^)/ (しかしまだ四時。なんか飲みながら屋上で――)
直後、オワタの脳内で“これから死ぬ自分”の体験が再生された。
\(^o^)/ (……)
Σ\(;^o^)/ (屋上行ったら人生オワッテタァ!? なんななナンジャコリャ!?)
\(;^o^)/ (つーか屋上の奴、なんというパワー……ウヒィこれは間違いなく即死イベント)
\(^o^)/ (……人生オワタの大冒険は、この能力のおかげで安心安全のパーフェクトゲーム……)
\(;^o^)/ (それを今更終わらせる気はまったくない!! 夢は老衰、大団円!)
\(;^o^)/(よってこんな勝負(イベント)は回避あるのみ! 人生オワタはまだまだ続くのよ!)
\(^o^)/
┗(^o^;)┓≡ 「よ、よ〜し! ぼく残業頑張っちゃうぞ〜」
人生オワタは、現実逃避の残業に突入した。
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- 480 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:04:09 ID:6Sv1GPeo0
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第八話 「面汚しの夜 その2」
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- 481 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:05:08 ID:6Sv1GPeo0
ドクオが街の異変に気付いたのは、ステーション・タワーに向かい始めて間もなくのことだった。
(;'A`)「シーン、これ本当に大丈夫なのか?」
『まったく大丈夫じゃないだろうな。ヤバイとか言ってる場合でもない』
ドクオは一旦足を止め、誰も居ないコインランドリー内でシーンと状況を確認していた。
洗濯機がいくつか回っている。
(;'A`)「とりあえず≪奴ら≫について分かってるのは三つ……」
(;'A`)「この街の人間は今、何かしらの能力で『顔』を変えられている」
そう言い、ドクオは外の人々に目を向けた。
道行く人々の動きに変なところはない――ただし顔だけが異様だった。
目につく誰も彼もが、『ThisMan』の顔になっているのだ。
(;'A`)「二つ、≪奴ら≫は増える。まるでゾンビみたいに……」
≪奴ら≫になる条件は、≪奴ら≫の両手によって両耳を塞がれることである。
ドクオ自身、ここまでに≪奴ら≫に襲われ、実際に両耳を執拗に狙われている。
普通の顔の人間が≪奴ら≫になる瞬間も確認済みだ。その時、確かに耳を塞がれていた。
(;'A`)「最後……。≪奴ら≫は普通だ。普通に今まで通りの生活をしてる。
ただし仲間を増やす時だけは機敏に動く。それ以外の時は、まったくの無害。
普通に仕事やってるし、遊んだり、車を運転してたりする」
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- 482 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:05:48 ID:6Sv1GPeo0
('A`)「どーしたもんか、これは……」
『……正直言って、こんなデカイ事が起こるとは思ってなかった……』
沈んだ声がHMDから漏れる。
今日この日にメシウマへ行くのを提案したのはシーンだ。
それがまさか――今思えば考えが甘かったのだ――ここまで大規模な超能力犯罪の渦中に送り込むことになろうとは、彼自身思いもよらなかった。
(;'A`)「いや、まぁ……いいよ。俺だけでも≪奴ら≫からは逃げられる。
多分……五人までなら囲まれても行ける。大丈夫だ」
(;'A`)「それより今は前に進みたい。≪奴ら≫が増殖する以上、時間が経つにつれて動きにくくなる。
さっさとステーション・タワーまで行かねえと」
『……分かった。新しい道順をHMDに表示する。お前のタイミングで外に出てくれ』
('A`)「とにかくしっかり指示してくれ。気弱なカーナビなんか事故の原因にしかならねえよ」
『……悪かった。慎重に行こう』
.
- 483 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:06:37 ID:6Sv1GPeo0
≪2≫
午後四時から二時間が経過。
爆発、悲鳴、銃声――今やそのどれもが鳴りを潜め、街には仮初の平穏が戻っていた。
代わりに、街には『ThisMan』の顔ばかりがあった。道行く者の全員が、偽物の顔で日常を過ごしている。
( ´_ゝ`)「だいぶ静かになったな。都市部の人口八万のうち、無事なのは半分の四万人前後って所だ」
流石兄者はビルの50階からメシウマの街並みを見下ろして言った。
(-@∀@)「まー結構な感染速度……便宜上『感染』って言うけどよ、こりゃあ中々のパンデミックだぞ」
しわくちゃの白衣をだらしなく着た彼は、総技研の副所長を務めるアサピーという人物だった。
(-@∀@)「精神介入型の能力……にしてもこれは、前例が少ない。特にこの規模のは」
( ´_ゝ`)「不幸中の幸いは、犯人は感染者に人殺しをさせる気はないって事だ。今のところ、死人は一人も出ていない」
(-@∀@)「『今のところ』ってのが肝だな。もしも犯人が感染者の遠隔操作まで可能だったら……」
アサピーは、わざとらしく間を置いてから言った。
(-@∀@)「感染者の死体を、街に転がすはめになる」
(; ´_ゝ`)「……大量虐殺の汚名はすぐそこか。胸糞わるい話だ」
(-@∀@)「いや、むしろ放っておくのも策なんじゃあないのか?
今のところ一応平和なんだし、犯人も目的が済めば能力解くだろ」
( ´_ゝ`)「……そういえばそうだな。放っとくのが一番かも。一応、平和だしなぁ……」
ややあってから、二人の談話に割り込むように、天井から呼び出しの声がかかった。
感染者を明暗実験室に運び込んだので、関係者は実験室隣りの準備室に集合とのことだった。
( ´_ゝ`)「……俺ちょっとトイレ行ってくるから。先行って伝えといて」
(-@∀@)「サボりか? つれねぇな」
( ´_ゝ`)「まさか。トイレだって。ほんと」
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- 484 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:07:59 ID:6Sv1GPeo0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ひとしきりサボり尽くして満足した兄者は、集合場所の準備室をノックした。
どうやら話は既に始まっていたらしく(当然だが)、兄者はアサピーの愛想のない顔で部屋に迎え入れられた。
準備室には特課と技研の面々が揃っていた。
ただ、この部屋はそもそも人を迎え入れる場所ではないため、横堀以外の人間はそれぞれに息苦しさを示していた。
諸々の機材は部屋の隅に寄せられていたが、それでも、誰かが椅子に掛けられるほどのスペースは存在していなかった。
全員がモニタを前にして突っ立っている光景は、後から来た兄者には滑稽に思えた。
( ´_ゝ`)(懐かしいな。学校の部室がこんな感じだった)
「一から説明しなおしましょうか?」
モニタの横についた技研の男が厭味ったらしく言う。
( ´_ゝ`)「大丈夫」
兄者がそう答えると、技研の男はむっとして目を細めた。
いったい何が大丈夫なんだ。遅れてきた癖に……。
( ´_ゝ`)「そういう能力だからだ。イラつくと思考読みやすくなるぞ」
脳内の言葉に返事され、技研の男がたじろぐ。
無能力者は、能力者の“そういう能力だから”という言葉に何も言えない。
.
- 485 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:09:49 ID:6Sv1GPeo0
(-@∀@)「さてと! 手間が省けたところでウチは通常業務に戻りますよ」
手を叩いてアサピーがモニタの前に出る。
(-@∀@)「我々の仕事は終了、そんで犯人探しはそちらの仕事。また用があれば何なりと」
すると、モナーが挙手して口を開いた。
( ´∀`)「もう少しキレイで広い部屋は?」
(-@∀@)「この部屋にも掃除機くらいあります。どうぞご自由に」
(; ´∀`)(掃除しろってかコイツ……)
それでは、と言い置き、アサピーを先頭に研究員が退室していく。
研究員が出ていくと、部屋が少しばかり広くなった気がした。
兄者はパイプ椅子を広げてそこに腰掛けた。
錆びついたパイプが軋み、不安を煽る音を上げた。
( ´_ゝ`)「で、これ誰が連れてきたんだ?」
*(‘‘)*「荒巻さんです。さっき来て、またどこかに行きました」
感染者――『ThisMan』の顔をした男がモニタに映っている。
その感染者は椅子に縛りつけられ、実に古典的な方法で体の自由を制限されていた。
( ´_ゝ`)「……俺らもそろそろ動き出せそうか?」
モニタを注視しながら兄者が膝を揺すり始める。
(//‰ ゚)「ああ。この実験室で分かったことは多い。我々も今後の方針を決めよう」
明暗実験室は、超能力の詳細を調べるための部屋だ。
使い切りの能力か、維持費のかかる能力か。
明暗を操作できるこの部屋を使えば、取り合えずそれをすぐに確認できる。
.
- 486 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:10:37 ID:6Sv1GPeo0
*(‘‘)*「暗室に二十分間隔離。他に条件を設定しても特に変化無し」
*(‘‘)*「この能力、使い切りの能力なんでしょうか……。
使い切りなら、能力を使わない限り能力は消えないのですから……」
(//‰ ゚)「……それは分からない。二十分ではまだだ……」
横堀は俯き、思考を深めた。
( ´∀`)「確かに、二十分間じゃあ特定には早計かも知れないモナ」
( ´_ゝ`)「……っていうとアレか? この能力、維持費が必要な方だってか?」
(; ´∀`)「そうは言ってないモナ……。ただ、現在の感染者総数はもう五万人近く。
その全員分の能力維持費、あるいは能力発動用の光を、たった一人で供給してる奴が居るとすれば、それはもう化け物だと思うモナ」
(; ´_ゝ`)「そもそも、この街がたった一つの能力で攻撃されてるんだもんな……」
(; ´∀`)「今は複数犯という可能性が一番高いモナ。そして、今はそんな事が分かっても意味が無いモナー……」
兄者は打つ手無しという言葉を脳裏に浮かべ、すぐにかき消した。
*(‘‘)*「……あっ」
その時、ヘリカルがモニタに目を向けながら小声を上げた。
つられて兄者とモナーの二人もモニタに目をやった。
画面には、砂嵐が巻き起こっていた。
.
- 487 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:12:32 ID:6Sv1GPeo0
_,
( ´∀`)「……モナァ?」
( ´_ゝ`)「なんかトラブルか? つーか今時スノーノイズって……」
『砂嵐は仕様だ。それと知らせが二つある』
天井から声が響く。アサピーの声だった。
声が不自然に上擦っていた。
『まずモニタの映像を戻す。見て驚くなよ』
モニタの砂嵐が止み、明暗実験室の映像が戻ってくる。
先程までとさして変わらない、真っ白な空間がそこにあった。
――映像の異変に最初に気付いたのは、モニタを食い入るように見ていたヘリカルだった。
*(‘‘)*「感染者の顔が戻って……」
*(;‘‘)*「……『ThisMan』の顔じゃなくなってる!?」
明暗実験室で椅子に固定されていた感染者の顔が、『ThisMan』のそれではなくなっていた。
ヘリカルに続いて他三人もその事実を確認し、目を見開いた。
(; ´_ゝ`)「おい、この短時間で何があった!」
『五秒くれ。話を整える』
.
- 488 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:13:42 ID:6Sv1GPeo0
『……単直に言って技研がハッキングを受けていた。それを駆除したら、映像がそうなった』
『技研のカメラが、リアルタイムで映像を上書きされてたんだ』
『さっきまで俺達がモニタで見てたのは、ハッカーが仕込んでた偽の映像だよ』
アサピーの言葉を聞き、横堀の思考が飛躍する。
(//‰ ゚)「副所長、今すぐ街の防犯カメラを洗いざらい調べてほしい。やってもらえるか」
『もうやった。だが映像に変化は無い。恐らく、街の防犯システムのほうも映像を書き換えられている』
(//‰ ゚)「その調子ならハッカーの特定にも手をつけているな。どうだった」
『……特定は……』
アサピーが一瞬口ごもる。
『……クソッ。ああ、特定出来たよ。そんでもう、捕まえてる』
(; ´∀`)「……あぁ」
アサピーは、吐き捨てるような口調で横堀の質問に答えた。
『明暗実験室に居るそいつだ』
『今モニタに映ってるそいつが、映像を書き換えてたハッカーだよ……』
(; ´_ゝ`)「実験室を開けろ! 俺が立ち会う!」
兄者はそう言って部屋を飛び出した。
遅れて、横堀に視線をもらったモナーが兄者の後を追って部屋を出た。
.
- 489 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:15:49 ID:6Sv1GPeo0
*(;‘‘)*「……二つ目の、知らせというのは?」
ヘリカルは、事実確認は兄者達に任せ、こちらは話を進めるべきだと判断した。
横堀も同じ考えだったので、沈黙してアサピーの返答を待った。
『ああ、それなんだが……街に一人、侵入者が居る。レムナントの奴だ。モニタに映像を送る』
モニタにメシウマ上空からの映像が映る。
記録日時から、この映像は今から十分ほど以前のものなのが窺えた。
『この男をどう見るかはそっちのリーダーに一任する。技研はハッカーの追跡と特定に専念したい』
(//‰ ‐)「……了解した。実験室に行った二人に、五分後、四十六階ロビーに集合するよう伝えてくれ」
『分かった』
それを最後に、アサピーは放送を切った。
事態が動き出した。
いや――何者かによって意図的に動かされたのだ。
横堀は、これからたった五分で今後の方針を決めなければならなかった。
そう言ったのは自分だが、どうにも少しだけ頭が重たい。
全貌の見えない敵に対し、横堀の思考は、段々と加速し始めていた。
.
- 490 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:17:34 ID:6Sv1GPeo0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
五分後に四十七階ロビーに特課員が集合した。
そこで一番に開口したのは流石兄者だった。
( ´_ゝ`)「例のハッカー。実験室に居た奴は完全にブラフだった」
( ´∀`)「彼の持ち物の端末にはそれらしい痕跡もあったけど、それらしいだけだったモナ。
多分、あの端末は犯人のボットネットに呑まれたんだと思うモナ」
(; ´_ゝ`)「んでよ、おかしな話なんだが……」
兄者はモナーと目を見合わせてから言った。
( ´_ゝ`)「顔が『戻ってなかった』んだ」
( ´_ゝ`)「あの感染者、さっきモニタで見た『本物の顔』じゃなくて、『ThisMan』の顔のまんまだった」
*(‘‘)*「……」
*(;‘‘)*「それって……カメラでは正しい顔が見れたのに、でも実際に見ると『ThisMan』の顔だったと……」
*(‘‘)*「……あたまがこんがらがる」
( ´∀`)「いやいや、これで一歩前進したモナ。とにかく、敵の能力は『人の顔を変える能力』じゃないモナ」
(//‰ ゚)「モナーの言うとおりだ。……辻褄合わせに、敵の能力を 『ThisManの幻を見せる能力』 とでも仮定しておけ」
*(‘‘)*「あ、それ凄く分かりやすいです!」
.
- 491 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:18:21 ID:6Sv1GPeo0
(//‰ ゚)「そして……これだけ分かれば犯人の行動をほんの僅かだが推測できる。
敵の能力が『人の目を騙す類』ならば、敵はなぜ街の防犯カメラや、技研のコンピュータにまで手を伸ばしたのか……。
混乱だけが目的なら、カメラの映像を上書きする必要はない。のにも関わらず、敵が映像の上書きを実行したという事は……」
( ´_ゝ`)「敵はなにか目的を果たそうって気でいる。そういう事だな。
つまり行動に意味がある。こいつはただの愉快犯なんかじゃない」
(//‰ ゚)「映像を上書きされていないカメラは真実を映す――それが敵にとっては不都合なんだ。
それは恐らく、人間の顔を変え、木の葉を森に隠してまで、敵には現実世界でやらなければならない事があるからだろう」
(//‰ ゚)「敵はその目的を邪魔されないために映像を上書きし、我々に気付かれるのを承知で技研に侵入した。
恐らく今起こっているパンデミックは全て陽動、技研へのハッキングも時間稼ぎかもしれない」
(//‰ ゚)「敵は、どこかへ向かって行動し始めている」
横堀はここまでを一気に話しきった。
*(‘‘)*
*(;‘‘)*(……あっ。なるほど)
数秒を要して理解したヘリカルは、素朴な疑問を口にした。
*(‘‘)*「では、その目的や目的地とは一体……」
(//‰ ゚)「今からその手かがりを探しに行く」
横堀は簡潔に答え、特課員三人の顔をそれぞれ一瞥した。
(//‰ ゚)「私と流石は街に出て、例のレムナントからの侵入者を確保してくる。
その間、ヘリカルとモナーは街の主要施設の消費電力を片っ端から調べろ。改竄の後を見つけたらビンゴだ」
彼女の後に言葉は続かず、特課員達は無言のまま散開して行動を開始した。
( ´_ゝ`)「やっと荒事の匂いがしてきた」
(//‰ ゚)「気を抜くな。行くぞ」
横堀と兄者は装備を整え、街の侵入者のもとへと車を走らせた。
.
- 492 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:19:48 ID:6Sv1GPeo0
≪3≫
(;'A`)(……けっこう進んだと思うんだけどな……)
(;'A`)(遠近感がおかしくなるほど、あの塔がデカイって事かな……)
ドクオは両膝に手をついて立ち止まっていた。
体を鍛えたとは言っても、人の手を振り切りながら走るのはとても難しく、疲労が溜まる。
ここまでドクオは1000メートル以上を走っており、フットボールなら余裕でタッチダウンを決めてヒーローになっているところだった。
しかし、それでも目的のステーション・タワーは程遠い。かなり走った自覚はあっても、まだタワーの半分も見えてこなかった。
(;'A`)(……焦りは禁物。俺は確実に前に進んでる……)
ささやかに自分を励まして、ドクオは体を大きく伸ばした。
('A`)「……うし、行くか」
本番はステーション・タワーに侵入してからだ。体力を今使い切る訳にはいかない。
焦る気持ちを抑え、ドクオは速足で歩き出した。
.
- 493 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:24:09 ID:6Sv1GPeo0
辺りを見回しながら、小気味よく足を動かす。
≪奴ら≫を回避するために路地裏と物影を活用し、少しずつ前進する。
ドクオの感覚は、≪奴ら≫の反応範囲を無意識に覚えつつあった。
それは反発直感の賜物だった。反発直感は、人間の“なんとなく”という無意識の部分を鋭敏にする。
(;'A`)(……)
道半ばというところで、ドクオは≪奴ら≫を相手にひとつ実験することにした。
反発直感によって感覚的に安全圏が分かるのは良いが、やはり現実的な数字があるとないとでは安心感が違う。
実験のため使うのは10メートル分の細いロープ。
ドクオはこのロープを路地の入口から奥へと真っ直ぐに伸ばし、路地の奥で、ロープの端を持って待機し始めた。
待機してから数分後、路地の入口を 『ThisMan』 の顔をした若人が通り過ぎようとした。
若人の感染者に反応の色はない。ドクオを一目見ることもせず、この感染者は路地を通り過ぎた。
(;'A`)(10メートル以上は安全、確定……)
すぐさま、二人目の感染者が姿を見せる。
途端ドクオは声を出し、その感染者を呼びとめた。
.
- 494 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:25:46 ID:6Sv1GPeo0
(;゚A゚)「すっすいません! ちっと手を貸してもらえませんか!」
「……」
『ThisMan』の顔がこちらを向く。不気味だった。
表情はない。普通の顔だったら、きっと怪訝な表情を見せていただろう。
「……どうしました?」
その感染者は学ランを着ていた。学校帰りなのだろう。おまけに人助けもする良い子だ。
きっと素顔はイケメンなんだろうな、クソが死ねばいいのにな、とドクオは頭の隅で思った。
(; A )「痛いっ……つっ……!」
ドクオの演技は中々に真に迫っていた。
この演技に騙されたのか、学ランの感染者が、路地に一歩踏み込む。
(; A )(……10メートルも安全……)
「怪我ですか……? 救急車とか……」
学ランが段々と近づいてくる。
9メートル、8メートル、7メートル――転機は“7メートル”だった。
.
- 495 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:28:19 ID:6Sv1GPeo0
学ランは、ドクオの位置から直線距離にして7メートル先で豹変した。
(;'A`)(来るっ!)
ドクオの察し通り、学ランはその場で錐揉み回転しながら跳び上がり、空中でカエルのような姿勢になって襲い掛かってきた。
感染者が狙うのは“耳”だ。感染者に“両手で両耳を塞がれる”と、彼らと同じ『ThisMan』の顔になってしまう。
ドクオは耳の防御を第一に考えながら、空中の学ランを目視した。
よく見ると学ランは第一ボタンを外していた。学ランの下にシャツが見える。ちょうど掴めそうである。
ドクオは学ランの片腕を制しながら彼のシャツに手を伸ばし、がっしりと掴んだ。
('A`;)「すまん!」
ドクオは、掴んだシャツを力任せに下に引っ張った。
すると跳躍の勢いはあっという間に消え、学ランはうつ伏せの状態で地面に体を打ち付けられた。
学ランは沈黙し、ピクリとも動かなくなった。
('A`;)(……すまん)
感染者は強い衝撃を受けると、数秒だけ意識を失って動かなくなる。
今、この学ランの感染者はそうなるだけの衝撃を受けて気絶したのだ。
(;'A`)(安全地帯は7メートル以上、危険地帯はそれ以内……。これで奇襲に驚かなくて済むな……)
ドクオはロープを回収すると、実験の結果を胸に前進を再開した。
.
- 496 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:28:59 ID:6Sv1GPeo0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夏の午後六時はまだ明るいが、後の暗闇を考えれば、今の内に少しでも前へ進まなければならなかった。
かといって、焦ればそれだけで無駄な体力を使うはめになる。音を立てて≪奴ら≫に気付かれるのは何よりも避けたい。
この両立不可能な二つの思惑を中和しながら、ドクオは慎重に前進を続ける。
彼が装着しているHMDのディスプレイには、ステーション・タワーへの道順を示す青白い線が映像に同期して表示されている。
ちょうどカーナビのように、その線は冷淡に目的地までのルートを示していた。
しかし、例えHMDのルート上に≪奴ら≫が居ても、システムがルートを変更することはない。
HMDはナビゲーターとしては完璧だったが、これではあまりにも安全性に難がある。
何らかの探知機能、せめてサーモグラフィの機能を付けてもらえばよかった。
シーンにそう頼むべきだったと、ドクオは今になって思った。
.
- 497 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:30:25 ID:6Sv1GPeo0
(;'A`)(……おっと)
そろそろ一度道路を横断しようと路地の入口付近で構えていると、HMDのディスプレイに“CALL”の文字が表示された。
パネルを操作すると、シーンの声が聞こえた。
『トッカが来てる』
('A`)「……は?」
シーンの言葉を、ドクオはすぐに変換できなかった。
『特殊特化課。略して特課。しばらくルート外れて逃げろ』
('A`)「ヤバイのか」
『もうすぐ会える。そこに居れば数秒で突入してくるぞ』
('A`)「は?」
(;゚A゚)「逃げてる暇ねぇじゃん!」
ドクオが驚嘆している内に、白塗りのバンがドリフトしながら路地に頭を突っ込んできた。
車体が角にぶつかり、衝突の衝撃でバンが縦に揺れる。
(;'A`)「おいもう来たんだが!」
『じゃあ逃げろよ!』
途端、運転席と助手席から二人の大人が降り、路地に勢いよく駆け込んできた。
.
- 498 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:33:06 ID:6Sv1GPeo0
(;'A`)「シーン! ヤバイことはもっと早く伝えてくれ!」
『こっちも忙しかったんだ、走れ!』
(# ´_ゝ`)「おい! 向こう側の奴だな、止まれ!」
通信を切り、ドクオは体をひるがえした。
そしてすぐ足場になりそうな物を探す――ドクオは室外機に足を掛け、一気に踏み込んで跳び上がった。
最近似たような状況を何度も味わったからか、ドクオは迷いなく逃走ルートを決定できた。
このまま壁面の室外機を足場に、ビルの屋上まで上りきるのだ。
歯車王との戦いでも、この逃走ルートは大いに活躍していた。
(;'A`)(ったく! そんな警察っぽいこと言うなら≪奴ら≫でも取り締まってろ! クソが!)
(# ´_ゝ`)「警察じゃねえ! 特課だ!」
ドクオの跳躍が二階部分の室外機に届いた。
ドクオは一度目と同じ要領で、二階の室外機を足場に、三階の室外機まで跳んだ。
十秒と経たずして、ドクオはどんどん地上から離れていく。
流石兄者はその様子を茫然と見上げ、言葉を漏らした。
(; ´_ゝ`)「おいおい、アイツどういう動きしてんだ……そういう能力か?」
(//‰ ゚)「私が追う、お前は後から来い!」
横堀は助走からビルの壁面に飛び移り、その壁面を蹴って反対側の壁に飛び移った。
彼女は壁と壁との間を鋭い曲線を描きながら反復し、最後にはビルの屋上に着地した。
(; ´_ゝ`)「ああ、肉体労働は任せたぞ!」
そして一人蚊帳の外となった流石兄者は、急いでバンに乗り込みエンジンを唸らせたのだった。
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- 499 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:36:07 ID:6Sv1GPeo0
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ドクオは走って勢いをつけ、隣りのビルに向かって思い切りジャンプした。
体が重力の支配から一時的に解放され、数秒の浮遊感がドクオの体を包み込む。
( A ;)「――ブハァ!!」
その浮遊感が落下の恐怖心に変わった瞬間、ドクオは、隣接するビルの屋上にギリギリで着地していた。
(;'A`)(まだ追ってくるのか……!)
息を乱しながら振り返る。もうすぐ後ろに横堀の姿が見えた。
落ち着いて息を整えている暇はどこにもない。
(;'A`)(こうなりゃ威嚇で銃を使う……。いや無駄か、あっちも銃を構えてる)
('A`;)(一度まともに戦って気絶させるか……ビル間を普通に飛ぶ奴だぞ。強いに決まってる)
('A`;)(それに奴は瞬きを一度もしてない。そういやシーンがなんか言ってたな……サイボーグ? 分からねえ……)
('A`;)(……)
(;'A`)(……でもまぁ、そろそろ腹括って一戦交えるのも悪くないよな……)
何であれ、あの追手とは一度接触しなければならない。
ドクオはそう思い切って立ち止まり、横堀が追いつくのをじっと待った。
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- 500 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:36:52 ID:6Sv1GPeo0
――ズドン、という着地音が鳴り、ドクオと同じビルの屋上に横堀が到着した。
(;'A`)(……機械を相手にするのは嫌だな。歯車王がトラウマになってやがる)
ドクオは銃を構えなかった。特殊特化課というぐらいなのだから、銃の扱いには長けていると思ったのだ。
そんな相手にもし銃を奪われでもしたら、ステーション・タワー攻略が一段と困難になってしまう。
願わくは武器道具の消費なく、この場を凌ぎ切りたい。
(//‰ ゚)「貴様、レムナントからの侵入者だな。事件の容疑者、重要参考人として一緒に来てもらう」
横堀に息切れはなかった。
切れのある、はっきりとした発声だった。
(;'A`)(事件……。ああ……そりゃ、疑われるか)
(;'A`)(でも俺の無実は証明できねえ、おまけに違法侵入は本当だ。逃げるしかないな)
(//‰ ゚)「必要ならば実力行使に移る。……」
('A`)
銃の引き金に掛かった横堀の指が力む。
ドクオの目がそれを捉える。
動くなら今だと、反射的に体が動き出した。
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- 501 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:42:18 ID:6Sv1GPeo0
ドクオは一瞬ふわりと脱力し、倒れるように体を前に投げ出した。
それから全力で地面を蹴って駆け出し、まっすぐ横堀の懐に突っ込んでいく。
(//‰ ゚)「警告はしたぞ!」
横堀の怒号に銃声が続いた。
計三発の弾丸が、ドクオの肢体めがけて飛来する。
ドクオは、それらの弾丸を回避した。
その事実が横堀の脳内で分解され、彼女の思考を次の段階に押し上げる。
(//‰ ゚)(――無能ではないか)
弾丸が回避されたのを見て、横堀も思考を肉弾戦に切り替えた。
彼女は銃を下げ、ドクオの顔面を狙ってストレートパンチを打ち込んだ。
(;゚A゚)「すおッ……!!」
瞬間、ドクオの右頬の薄皮が切れ、そこに血が滲んだ。
ドクオは飛び退き、右頬を拭った。
今の一瞬――反発直感がマヌケなカウンターパンチを自制しなければ直撃をもらっていた。
もし今のパンチにカウンターを決め、クロスカウンターの形になっても、恐らくドクオが一方的に顎を砕かれて終わっていた。
呼吸を意図的に鋭く繰り返し、ドクオは横堀の戦闘能力を考えた。
(;'A`)(こいつやっぱりアレだ。拳が重すぎるし、まず皮膚の感触がおかしい)
('A`)(いっそ下に投げ飛ばすか? ……コイツ、総重量100キロは超えてそうだ……無理だ……)
(;'A`)(……ヤバイ……単純に考えてもヤバイ。こいつ、中身スーパーヘビーのライト級ボクサーだぞ……)
(;'A`)(道具を使う……のも駄目だ。機械に目潰しは効かねえ。
使えそうなのは地雷毯だけだけど、今ここで使ったら後で困る……)
思いつくかぎりの突破方法を、ドクオは一つずつ脳内でシミュレートしていった。
その作業は、空中に浮いたシャボン玉を一つ一つ割っていくのと同じだった。
十秒もすれば、ドクオが考えた全ての突破方法は造作もなく弾けて消え去ってしまった。
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- 502 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:43:13 ID:6Sv1GPeo0
(;'A`)「……」
(//‰ ゚)「いくら策を講じても無駄だ。大人しく投降しろ」
(;'A`)(……俺の思考が分かってるみたいに言ってくれるな……)
(//‰ ゚)「両手を出して跪け。法律はレムナントの者にも適応される。
今は街もこんな有様だ、身の安全は、お前にとっても好都合なはずだ」
言いながら、横堀は改めて銃を構えた。
(;'A`)「……分かった。お手柔らかに頼む」
やがてドクオが横堀の指示通りに跪こうとしたその時。
黒い影が、ドクオと横堀の間に飛び込んできた。
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- 503 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:44:28 ID:6Sv1GPeo0
≪4≫
(;'A`)「なんッ!?」
黒い影に見えたそれは、全身を黒いローブに覆われた背高の男だった。
わずかに覗けた男の顔には、火傷と無数の切り傷があった。
男は手にナイフを持っており、腰にはオートマチックの拳銃を括りつけていた。
明らかな武装――しかし、ドクオは彼に敵意というものを全く感じられなかった。
(//‰ ゚)「何者だ!」
声を荒げた瞬間、男は横堀に向けてナイフを投擲した。
喉元に飛んできたナイフの柄を、横堀の右腕が正確に掴み取る。
(//‰ ゚)(――なにか――)
しかしナイフを掴むと同時に、横堀はその柄に違和感を覚えた。
何かが張ってある……。
そう思っている間に、ピ、という電子音がナイフの柄で鳴った。
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- 504 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:45:47 ID:6Sv1GPeo0
『そいつを捨てろ!』
通信機から流石兄者が絶叫する。
『爆発するぞ!』
(;'A`)「あっ! 俺の!」
ナイフの柄に張られていたのは、男がドクオの服から盗み取った特殊対人地雷毯だった。
この特殊対人地雷毯、威力はないが応用がきく。
例えばこれを刃物に張って起爆させれば、爆発時には周囲に刃物を撒き散らす傍迷惑な武器になりうる。
だが、サイボーグである横堀の肉体は、その程度の傷や衝撃は造作もなく耐え切る。
兄者はどうにも焦ったようだが、横堀の思考は極めて冷静に巡っていた。
(//‰ ゚)(爆発まで二秒前後か――)
黒ローブの男が横堀めがけて飛び出す。
横堀は地雷毯の付いたナイフを持ち直し、男の敵意に応じた。
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- 505 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:48:42 ID:6Sv1GPeo0
先に攻めたのは横堀だった。
彼女は爆発二秒前のナイフを、男の右肩に深く突き刺した。
しかし男は動じなかった。
男は横堀の攻撃を受けとめながら、彼女の首を片手で掴み上げた。
(;//‰ ゚)(こいつッ……同類か!?)
男は横堀の首を持ったまま、彼女をコンクリートに叩きつけて更に捻じ込んだ。
コンクリートがバゴンと音を上げて陥没し、辺りに鋭い亀裂が走り抜ける。
(;//‰ ゚)(180キロを片手で扱うか……!)
横堀はボディの出力を上げ、力尽くで男の手を外しにかかった。
だが、彼女の首を締めつけている男の握力は圧倒的だった。
首の人工皮膚膜が引き裂け、装甲部分が露になって歪み始める。
これではじり貧だと割り切り、横堀は力尽くを諦めて銃を取った。
そして男の腕の関節部分を狙い、有りっ丈の弾をブチ込む。
撃たれたところで男は相変わらず動じなかったが、関節部分の破壊には確かな効果があった。
男の握力が緩むのを感じ取った瞬間、横堀は再度ボディの出力を上げて男の手から転げ出た。
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- 506 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:49:30 ID:6Sv1GPeo0
(;//‰ ゚)(……凄まじいな……)
横堀は即座に立ちなおし、激しく呼吸しながら男を睨みつけた。
(;//‰ ゚)(右腕がイカれた)
「……お返しだ」
ふと、擦れた低い声で男が言った。
横堀は辛うじてそれを聞き取れたが、その時にはもう、“お返しだ”という言葉の意図を読み解く時間はなかった。
(//‰ ゚)
目の前に迫った最初のナイフと、いつの間にか首に張り付けられていた特殊対人地雷毯。
その両方を横堀が自覚すると同時に、交戦からようやく二秒が経過。
横堀の首と眼前で、二つの地雷毯が炸裂した。
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- 507 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:50:19 ID:6Sv1GPeo0
≪5≫
「……」
黒ローブの男は振り返り、ドクオがもうこの場を立ち去っている事を確認した。
役目は終えた。
次いで横堀を一瞥する。
彼女は二つの強い衝撃を受けたことで、一時的に気を失っていた。
肉体は無事でも、一連の衝撃に脳が耐え切れなかったのだ。
「……」
殺しはしない。しかしあとで復活されても邪魔だと思い、男は横堀の手足と頭をちぎっておくことにした。
こいつはサイボーグだ。最大限肉体機能を奪っておいて問題はないだろう。
男は横堀の体を仰向けに寝かせ、新品のナイフを取り出して彼女の手足を根元から切り落とした
最後に慎重に首にナイフを当て、魚の頭を落とすように一気に落とした。
これで横堀は“死んだように生きる脳だけの存在”に成り下がった。
彼女が今後どれぐらい“持つ”かは知らないが、男の不安はこれで一つ解消されたのだ。
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- 508 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:52:55 ID:6Sv1GPeo0
――突然、頭上から強烈な風が落ちてきた。
その風には、確かな“殺意”というものが混じっていた。
男は殺意を辿り、空を見上げる。
/ ,' 3 「――何者か、名乗ったほうがよいかね?」
荒巻は、少し離れたところの電柱にピタリと立っていた。
男は空に向けた視線を下ろし、荒巻スカルチノフの姿を捉えた。
男はローブで深く顔を隠し、静かに話し始めた。
「……戦うなと言われている。できれば何事もなく、この場を去りたい」
/ ,' 3 「何事も、か……。今それを考えている」
/ ,' 3 「 『貴様達をどうしてやろうか』という事をな」
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- 509 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:55:01 ID:6Sv1GPeo0
/ ,' 3 「――ふむ、そうだな」
荒巻は勝手に話を進める。
/ ,' 3 「今ここで天地を揺るがす争いをしても、無意味か」
/ ,' 3 「……よし、決めた」
荒巻は電柱をぴょんぴょんと跳び移り、やがて男の目の前に着地した。
/ ,' 3 「貴様は今ここで消し飛ばす」
荒巻は、結論を叩きつけた。
「……ただでは行かないのは、承知しているだろうな」
口ではそう言いながらも、男は戦慄によって思わぬうちに身構えていた。
荒巻は未だ戦うような姿勢ではないが、それでもなにか不気味で不穏な気配がある。
/ ,' 3 「まぁ……貴様など、しょせん余興の些事に過ぎん」
/ ,' 3 「そう気張るんじゃない。十年後にでも出直してこい」
/ ,' 3 「……無限、悠久、久遠に、永遠……」
ゆっくりと微笑みながら、荒巻は楽しそうに続ける。
/ ,' 3 「さて貴様にはどれをくれてやろうかな?」
/ ,' 3 「……まぁ、どれも大差ないのだがな」
最後にそう言って、荒巻は腰のサーベルを引き抜いた。
.
- 510 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:57:41 ID:6Sv1GPeo0
≪6≫
('A`;)(……サイボーグの奴は……)
走りながら背後を目視する。
先程と違い、後ろに横堀の姿はない。≪奴ら≫も居なかった。
どうにか上手く逃げられたようだ、とドクオは小さく安堵した。
(;'A`)「……さてと」
ドクオの目の前には、横堀と兄者が乗ってきた白塗りのバンがあった。
これを奪えればステーション・タワーまでの移動が楽になる。
ドクオはバンに近づき、HMDからシーンに通信を送った。
シーンなら車の解錠も出来るはずだ。最低限、なにかアドバイスが欲しい。
('A`)「……」
('A`)
(;'A`)「……あれっ、出ねえ」
(;'A`)(まさかまだ忙しい? 冗談じゃねえぜおい……)
ドクオは車の窓に手をつき、大きく息を吐いた。
('A`)(んでまた俺は車が開けられねぇのかよ……ギャグかよ……)
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- 511 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 19:58:55 ID:6Sv1GPeo0
その時、ドクオの背中に何かがぶつかった。
ドクオが振り返って地面を見ると、そこには鍵の束が落ちていた。
('A`)「これ……」
不思議に思いながらも鍵束に手を伸ばす。
だが、それを阻む声が、路地の奥から飛んできた。
( ´_ゝ`)「そいつを拾うんなら俺の話を聞いてもらう」
(;'A`)「!」
鍵から手を引き、ドクオは慌てて銃に手を掛けた。
( ´_ゝ`)「俺の名前は『流石兄者』。お前、『流石』という名に覚えがあるだろ?」
(;'A`)「……それがどうした」
ドクオが反抗的に言い返すと、兄者は笑みを見せて言った。
( ´_ゝ`)「流石母者は俺の母親だ」
(;'A`)「……父親似か」
( ´,_ゝ`)「ああ。父者は俺の父親だ」
.
- 512 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 20:00:01 ID:6Sv1GPeo0
( ´_ゝ`)「まーこんな時だ、細かくお互いの事情を喋ってる時間はないだろ」
( ´_ゝ`)「だから手短に言う。俺は流石母者にお前を助けるよう言われてる。
だからお前にその車を貸す。中の物も勝手に使っていい。使い終わったら適当に乗り捨てろ」
( ´_ゝ`)「あとの事は知らん。勝手にやれ。おう」
(;'A`)「……い、いいの、かそんなっ」
( ´_ゝ`)「ああいい、喋るな。こういう能力なんだ。人の思考を読む能力。
だからお前の頭の中は丸見え。それに互いの為だ。詮索はよそうぜ」
(;'A`)「……」
( ´_ゝ`)「……意見はなし。結構。それじゃあ後は上手くやれ。あばよ」
言い終え、兄者はドクオの肩をポンと叩いてどこかへ去っていった。
(;'A`)(母者さん……流石家って実は凄いんですか……?)
ドクオは鍵束を拾い上げ、運転席に乗り込んだ。
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- 513 名前:名も無きAAのようです :2013/08/22(木) 20:03:20 ID:6Sv1GPeo0
バンの固めのシートに腰を下ろしたところで、ドクオは絞り出すようにうめき声を出した。
同時に、“なんとかここまで来れた”という達成感が胸の内に湧いた。
しかし達成感は油断につながってしまう。
ドクオはこの達成感を戒め、無理矢理に緊張を呼び起した。
頭の中を、これからの事に集中する。
(;'A`)(……そういや、あの黒いの奴に少し盗られたな。二枚か……)
(;'A`)(誰でもいいけど、地雷毯二枚であの場を超えられたのはマジラッキーだ……)
('A`)(俺の体力もまだ残ってる。動ける。でも、今は少しだけ休もう……)
車のドアをロックし、全ての窓をカーテンで塞ぐ。
('A`)(シーンのサポートは、もうあんまり期待しないでおこう……)
( 'A`)(あとはぶっつけ本番か……その為に今は休む……)
HDMを外して目を閉じ、ドクオは眉間を指で絞った。
(; A )(……もう少しだ……)
ドクオの意識が、深い暗闇の中に横たわった。
.
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