322 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:07:41 ID:L8bpdtbg0

≪1≫


 この世界のどこかで――ある男達が語らっていた。

 暇を持て余した男達が喫茶店で時間を潰していた時に、その話は忽然と始まったのだった。


「もしも、だ」

「もしも地球を破壊出来るほどの能力者が居たとして、そいつはなぜ地球を壊さないと思う」


 相席するもう片方の男が、グラスに残った氷をストローでつつきながら答えた。

「そりゃ、ぶっ壊したら全部終わりだからに決まってんだろ。
 能力者は事あるごとに『無敵』だ『最強』だとかを言うけどよ、そんなんは自分の強さを他人と比べた結果だ」

「無敵だろうと最強だろうと、けっきょく単一じゃあ存在すら出来ねえクソ雑魚だ。
 地球をぶっ壊せるほどの能力者も、それを自覚してるから何も出来ねえんだろ」

「……そうか。お前はそう思うか」

 問いかけた男は静かに反応した。
.

323 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:08:44 ID:L8bpdtbg0


「ンだよ、じゃあてめえはどう思うんだ」

「……いや、的中してると思ったんだ。お前の言い分は確かに私の内心を言い当てている」

「……はぁ? てめえまさか、『私は地球ぶっ壊せます』とか言うんじゃねえだろうな」

「それも的中している」


「……やってられねえな」

 男は呆れた顔で首を振り、車椅子のハンドリムを握った。
 男の足は動かなかった。

「帰るぞ、俺は」


「もしもだ」

 別れかけた二人の間を、先と同じ言葉が取り持つ。

「もしも今すぐ地球をぶっ壊せるほど強くなれるとしたら、お前はどうする」

「今のお前は世界の中心に掠りもしていない。お前は今、顔無しだ」

「だが、もし仮初であろうと『顔付き』になれるとすれば、お前はどうする」

.

324 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:09:24 ID:L8bpdtbg0


「……興味ねえな」

「片目に傷のある男。奴への復讐をサポートしよう」

「……」

「お前の下半身不随を治す方法もある。
 それにその弱り切った握力では……まともに車椅子も動かせないだろう」

「……てめえ、俺の話聞いてなかったのか?」

 男は車椅子から振り返った。

「一人で居られねえような奴は全員雑魚だ。俺は違う。俺は一人で行く」

 男は断言した。


「……なら、もう止めはしない。だが覚えておけ。顔付きという言葉、私の存在を」

「思い出すかは、別だけどな」

 車椅子の男――フォックスは、最後に皮肉を残して喫茶店から出ていった。
 およそ十年前、ウォーク大陸シベリア第三区での一幕だった。

.

325 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:10:13 ID:L8bpdtbg0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

          第六話 「それぞれの行く先」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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326 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:11:26 ID:L8bpdtbg0

≪2≫


 ドクオとフォックスが仮眠を取っている間に、時刻は約束の昼を回っていた。
 クマーが迎えにきたので二人は何とか起きられたが、誰も起こしに来なければ夜までぐっすり寝ていたに違いなかった。

 疲労の抜けていない体を引きずりながら、ドクオ、フォックス、クマーの三人は駅へと向かった。

(; A )「き、筋肉痛が……!」

爪;'ー`)「俺だって頭痛あんだよ……。耐えろ」

(; A )「海泳いで、クマさんと戦って……壁の修理やって……もう頼むから休む時間くれよ……」

爪;'ー`)「あーあー。泣き言は聞こえませーん」

(・(エ)・)「もう切符は買ってありますから、ゆっくり行きましょうか」

 一行は改札を抜けて蒸気機関車に乗り込んだ。
 駅弁を買い、空いたボックスシートに腰掛ける。


(・(エ)・)「それじゃあオセロしましょっか!」

('∀`)「ウヘヘ・・・パンツオイチイ・・・」

爪'ー`) スヤァ・・・

 クマーはワクワクして早速オセロ盤を広げていたが、ドクオもフォックスもいつの間にか寝息を立てていた。

(・(エ)・)(……)

 間もなく号笛が鳴り、機関車は、ゆっくりと走りだした。
.

327 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:12:51 ID:L8bpdtbg0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(;゚A゚)

 ドクオはまた驚いていた。
 もうレムナントを出てから何度驚いたか分からないが、とにかく今また、彼の驚愕を誘発する出来事が外で起きていた。


(・(エ)・)「おはようございます。どうも」 モグモグ

 クマーが時速100キロ近い蒸気機関車と並走していたのだ。

 その走法は実に奇怪だった。
 上半身は不動であり、しかし足の動きだけが異常に速い。
 その動きは最早ドクオの目では捉えきれないほどだった。

 まぁ百歩譲って蒸気機関車と並走するのは許せた。
 しかし100キロ近い速度で走りながら駅弁食ってる事だけは納得出来なかった。

 ドクオはイッテヨシでの勉強中に、“空気抵抗はないものとする”という一文を教科書に見た事がある。
 当時のドクオは思った。

('∀`)「まっさかーww空気抵抗がないとかありえねーだろwwww」



('A`)

 今のドクオは思った。

 たぶん学校の先生はクマーのように空気抵抗を無視できるんだ。
 へぇ、せんせいってすごいなあ、とドクオは思った。
.

328 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:13:44 ID:L8bpdtbg0


('A`)「クマさん何してんすか」

 ドクオは窓辺に寄って外のクマーに声をかけた。もうそれ以外に言葉が浮かばなかった。
 クマーが車両に接近して答える。なお空気抵抗はない。

(・(エ)・)「昼食ですね」 モグモグ

('A`)

(・(エ)・)「それに、この線路沿いって障害物少ないんですよ。おまけに一面雪で走りやすい」 モグモグ

(・(エ)・)「ジョギングにはピッタリ」 ゴクリ

('A`)



(ノ∀`)「あっはい! ジョギングっすか! そっすか! あぁ〜なるほど!」

爪'ー`)「……あんま真面目に考えるな。感じろ」

 ドクオの騒動に起こされたフォックスが小さく言う。

(ノ∀`)「なんだかなー……俺なー……変な涙が湧いてくるんだよなぁー……」

爪'ー`)「常識が泣いてるんだ。武神に会ったらもっと泣けるぜ」

(ノ∀`)「つれー」

.

329 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:14:43 ID:L8bpdtbg0



(・(エ)・)「……む?」

(ノ∀`)「今度はなんすかね! 空でも飛ぶんすかね!」

 ドクオは自棄になった。
 しかしクマーは意に介さず、走りながら空を見上げた。


(ノ∀`)「あー……?」

(ノ∀`)


(;;゚'A`゚)「 !? 」

 クマーにつられて空を見上げたドクオは、また驚いた。
 かつてない驚愕の表情で、ドクオは目を見張った。


从'ー'从「こんにちは〜」

 少女が空を飛んでいた。


('A`)

 常識の瓦解する音が、ドクオには確かに聞こえていた。

.

330 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:15:39 ID:L8bpdtbg0


(・(エ)・)「渡辺、遅いですよ」

从'ー'从「早起きしたつもりだったんだけどなぁ」

 渡辺はフワフワとした口調で言い、当然のように地面に降りた。
 その着地と同時に地面の雪がバフッと舞い上がり、彼女の姿が雪煙の中に消える。


爪'ー`)「お、アイツだよ。俺の相手やったの」

('A`)

爪'ー`)「……俺も初めはそんな反応だったから。慣れるまで頑張れ」

('A`)「ほぅん」


从'ー'从「いぇ〜い」

 渡辺は雪煙を走り抜け、クマーの横についた。
 クマーに比べると彼女の走りは少々粗かったが、そもそも機関車と並走できる時点でドクオの常識を遥かに超えていた。

(・(エ)・)「どうでした? 流石さん達の様子」

从'ー'从「暇そうでした〜」

(・(エ)・)「そうですか。だったら話はすぐ終わりますかね」

爪'ー`)「おぉ、そういやまだアレが残ってたな」

 フォックスはドクオを押しのけて窓辺に身を乗り出した。

.

331 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:16:19 ID:L8bpdtbg0


('A`)「アレ?」

('A`;)「アレって何だ?」

 一抹の不安を覚え、ドクオが反射的に質問した。
 その質問に、フォックスが薄ら笑みを浮かべる。

爪'ー`)「いやな、俺らは第四区で絶対会わなきゃならねえ人が居るんだ」

爪'ー`)「それが流石っつう人でな……。ま、俺はもう慣れてんだけど……お前、ちょっと覚悟しといた方がいいぜ」

('A`;)「?」

从'ー'从「うふふ」

(・(エ)・)「はっはっは」


('A`)「……」


('∀`)「……ははは……」

 ドクオはヤケクソで笑った。

.

332 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:20:22 ID:L8bpdtbg0

≪3≫


 −50℃が当然の世界、シベリア第四区に存在する唯一の物販店。
 その店は主としてスノーモービルの貸出を行っているが、土地が極地すぎるあまり客が来ず、貸出の面での収益は塵に等しい。
 ただし月に一回は八極武神が下りてきて店の食糧を買い占めていくので、収益に関して店側に苦労はなかった。

 店の名前は“サスガモービル”と言い、駅から(全力で走って)五分(以内に着かないと死ぬ)という便利で素敵な小売店だった。


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「……来たね」

 彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「だね」

 夫婦の反発直感が出した答えは同じだった。
 流石母者はテーブルをコツコツと指で叩くと、これからやってくる者達の順位を予想した。


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「クマ、渡辺、フォックス、ドクオ」

 彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「そう? じゃあ僕は……クマ、ドクオ、フォックス、渡辺の順で」


 ドアを叩く音がした。
 それからすぐに、サスガモービル本日一人目の客、二人目の客が店のドアチャイムを揺らした。

.

333 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:21:35 ID:L8bpdtbg0


(・(エ)・)「おや」

 ドアを開けてすぐ人と目が会ったので、クマーははっとして声を漏らした。


 彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「いらっしゃい」

(・(エ)・)「ええ、こんにちは。連れてきましたよ」

(; A )「死いっ……さぶいっ……!」

 クマーは暖炉の傍に行き、背負っていたドクオを床に降ろした。
 極寒に晒された肉体は感覚を失いかけていたが、暖炉の熱がドクオの体を少しずつ温めていく。


(・(エ)・)「よく体を温めて。眠くても寝てはいけません」

(; A )「あがっ……あじゃす……あがざます……!」

(;・(エ)・)「全然喋れていませんよ……。もう喋らなくていいですから、とにかく体を大事に」

(; A )「ウス・・・」

 ドクオはガクブルしながら暖炉の火にあたった。
.

335 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:26:47 ID:L8bpdtbg0


(; A )(……覚悟しろって……こういう事かよ……!)

 ドクオはフォックスの忠告を思い出し、その意味を悟った。

 駅からたった五分! でもそれ以上かかると死ぬよ!
 第四区の駅に降りた瞬間そう言われ、いやさすがにねえだろと油断したドクオ。
 その結果、彼は凍死と遭難寸前の事態に陥ったのだ。クマーの助けがなければ……ドクオはそれ以上を考えなかった。

 クマー達の到着から一分の間を挟んだ後、突然、店のドアが乱暴に叩き開けられた。
 三人目の客人が、息を荒げて声を張り上げた。

爪;'ー`)「よッ……余裕でしたッ!!」

 彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「やあやあ。渡辺ちゃんは?」

爪;'ー`)「えっと……途中で『あれれぇ〜?』とか言いながらどっか行きました……」

 彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「いつもの迷子かな。ま、コーンポタージュでも作るから、フォックス君も暖炉で温まるといい」

爪;'ー`)「あざっす……」


 彡⌒ミ
( ´,_ゝ`)「……母者さん、来月の仕入れ当番、お願いしますね」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「……」

 流石父者は席を立ち、奥のキッチンに消えた。

.

336 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:32:49 ID:L8bpdtbg0


(; A )「なんだここっ……死ぬぞマジでっ……!」

(・(エ)・)「そりゃあ雪国ですから。それも特級の」

(; A )「なんでっ……なんでコート着てる俺が死にかけで……。
    シャツとパンツとオーバーオールとクマのマスクだけの奴がっ……!」

(・(エ)・)「この格好、けっこう保温性高いんですよ」

(; A )「……保温性……保温性の問題かぁ……」

爪;'ー`)(諦めろドクオ、もう慣れるしかねえんだ……)

.

337 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:34:16 ID:L8bpdtbg0


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「……ドクオ、だね。奴らに会いたいっていうのは」

(;'A`)「あ、どうも……」

 母者はドクオに毛布を渡し、彼の隣りに座った。

 威圧感だけで言えば、母者のそれはクマーよりも重厚に感じられる。
 しかし同時に、温もりのようなものをドクオは母者に感じ取った。
 母親という存在を知らないのもあってか、ドクオはしばらく、母者の横顔を見つめていた。

('A`)「……」



('∀`;)(……いやまさか、まさかこの人までそんな……化け物染みてるなんて事は……)ヒソヒソ

 そういえばここは常識が通じないんだった。
 ドクオは急にその事を思い出し、クマーに母者のことを聞いた。

(・(エ)・)(元八極武神。当然私よりも強い。無礼は命を縮めますよ)ヒソヒソ

('∀`;)



( '∀`)「こんにちは! 僕はドクオです! よろしくお願いします!」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「ああ」

爪;'ー`)(そうだドクオ! 世渡り上手に一歩近づいたな!)

.

338 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:34:59 ID:L8bpdtbg0


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「まぁ……なんだ……」

( '∀`)「はい!」


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「そう萎縮されると話しづらい。もう少し砕けた態度で頼むよ」

('∀`)「ははっ! なんだこのマッスルパーマおばさん!」

Σ爪;'ー`)「ドクオ!?」


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「素直クールの話でもしようか」

 態度どころか常識まで砕けてしまったドクオの脳内に、彼女の名前がふっと浮かび上がる。
 躁状態だった内心が急激に冷え込み、ドクオは落ち着きを取り戻した。いわゆる賢者モードであった。

.

339 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:36:01 ID:L8bpdtbg0


('A`)「……素直クールって、なんで知ってるんですか……。それも、武神の千里眼ってヤツですか?」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「それもある。アンタ、あの子に何か貰っただろ。それが千里眼に映ったらしい」

('A`)「なんかって……」

 ドクオは黒のペンダントを首から外し、母者に見せた。

('A`)「コレですか?」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「……相変わらず、頭の回る子らしい」

 ペンダントを見た母者は一人で納得したように言い、鼻息を漏らした。

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340 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:38:24 ID:L8bpdtbg0


 彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「コーンポタージュ作ってきたよ〜。あとサンドイッチも持ってきたよ〜」

爪'ー`)「……んじゃあ俺はお先に」

(・(エ)・)「では」

 父者がテーブルに間食を用意し始めると、フォックスもクマーも揃って暖炉の前から退いた。
 安い気遣いだ、と母者はそれを一笑する。


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「……武神の連中に言われてるんだ。アンタにあの子の事を話してやれってね。
      どうにも色々あったらしいじゃないか。ま、積もる話は置いとくとして……」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「知りたいんだろ、あの子の事を」

('A`)「……はい」

 ドクオは照れながら言った。

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「素直なのは良いことだ。若いうちは……と、この老婆心も置いとくかね」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「……あの子が私の前に現れたのは、もう三十年以上前の話だ」

 その一言を皮切りに、流石母者は昔話を始めた。

.

341 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:40:40 ID:L8bpdtbg0

≪4≫


 先代八極武神の八名がまだ生きており、後に武神となる者達が鍛練に集中していた頃。
 世界的に大した事件もなく、まるで何者かの登場を待ち侘びるように世界中が平和という停滞を享受していた頃。
 流石母者は、そんな頃に素直クールと出会ったのだった。


 武神に会いたい者は武神の弟子が見定めるという習慣は以前からあった。
 先日クマーがドクオを相手にしたように、流石母者は武神に会いたいという素直クールを相手に戦った。


 その戦闘から単直に素直クールを言い表すと、彼女は圧倒的であった。
 格闘家としてまだ未熟だったとはいえ、当時の流石母者は戦闘開始からたった三秒で彼女に敗北した。
 それも“判定負け”である。開始三秒で武神の二人が止めに入らなければ、流石母者はここで死んでいた。

 武神がまず何よりも先に弟子に教えるのは“能力者に対する立ち回り”である。
 それは実際のところ“どれだけ強い能力者と対峙しても逃げ切る方法”なのだが、素直クールはそれすら許さない徹底的な戦法を取っていた。

 当時の素直クールには歯止めが無かった。
 あまりに強大な力を抱えたあまり、最早自分でも制御が出来ていなかったのだ。

「私を弱くしてくれ」

 素直クールの懇願を聞き、先代武神達は彼女を屋敷に迎え入れた。

.

342 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:42:58 ID:L8bpdtbg0


 素直クールは先代武神の一人、じぃという女性のもとで生活を始めた。
 じぃ指導による弱体化を目指した生活が一年も続くと、いよいよ彼女に超能力の改悪形態が発現する。
 その能力は兄弟子――阿部高和の能力から文字を取り、【ブロック・ロック】と命名された。

 しかし彼女はまだ強かった。
 手加減を覚え、ようやく他の弟子と拮抗して戦えるようになるも、最終的には彼女の勝利で終わることが殆どだった。
 その勝敗に納得がいかない流石母者は幾度となく彼女に挑んだが、結果は全て返り討ちに終わっている。


 流石母者はある日、「そんなに強いのに、なんで弱くなりたいんだ」と素直クールに尋ねたことがある。
 母者が強さを求めているのに対し、彼女は弱さを求めていた。だからこその質問だった。

 そして彼女の答えは、簡潔でとても印象的だった。

「逃げ出すためだ」

 彼女は、逃走の理由に“弱さ”を求めていた。


 以降、母者は二度と素直クールに戦いを挑まなかった。それは、彼女が逃走を選ぶほどの“何者か”と関わらないためだった。
 母者には武神と互角に渡り合う彼女より更に強い者など想像がつかなかったし、そんなのと関われば自分がどうなるかすぐに理解できた。
 皮肉にも、母者は自分自身の弱さを理由にその“何者か”から逃げ出したのだ。


 弱くなりたいなんて奴は絶対に認めないと素直クールを敵対視していた母者も、その後は彼女に何も言えなくなった。
 逃げ出したいと言う素直クールに対して、先に逃げ出した母者は “こんな簡単な事も出来ないのか” と思ってしまったからだ。
 その考えはつまり、“私は先に逃げましたよ” “私の方が逃げ足速いですね”と的外れな自慢話をするようなものだった。

 母者は屈辱を感じ、湧きあがる怒りを堪え切れなかった。
 素直クールは別次元のところで戦っているのだと、母者はこの一件で強く思い知らされたのだった。

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343 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:45:27 ID:L8bpdtbg0



 そうした生活が十年近く経った時、素直クールは、先代武神七名の惨殺死体と血の海を残して姿を消した。


 死体の見つからなかった最後の一人――じぃも、“素直クールを守れ”という書置きをして行方不明となる。
 だが状況からして素直クールが凶行に走ったのは明確であり、残された弟子達はじぃの書置きに素直に従えなかった。

 素直クールがシベリアで起こした顛末は以上だ。
 母者はここまでを話し終えると、今度は先代武神死後のことを話し始めた。


 程なくして武神の訃報が外界に広がると、機を待っていた者達が一斉に武神の看板を奪いにやってきた。
 それに恐れ慄いた弟子が次々と八極武神の屋敷を離れ、結局、最後に残ったのはたった三人の若人。

 残った三人は、形式的に武神の名を継いだ。
 デルタ関ヶ原、阿部高和、流石母者。この三人が、新たな八極武神として野党の相手をした。

 すると、たったの一ヶ月で野党の挑戦はすっかりなくなった。
 素直クールや先代武神に及ばずとも、彼ら三人の実力は武神の名に相応しく成長していたのだった。
 八極武神の屋敷に静けさが戻るのに、そう時間はかからなかったという。

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344 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:47:25 ID:L8bpdtbg0



 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「……こんなところだ。諸事情あって、今の私は武神じゃあないが」

 母者はそう言って昔話を締めた。


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「お前の知るあの子がどうであれ、私の知るあの子はそういう人間だった。
      はっきり言って気に入らなかったが……どこか惨めにも見えた。今更だけどね」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「……じゃあ、私もなんか食べるかね……」

 語り終えた母者は腰をあげ、ドクオの隣から消えた。



(;'A`)「……」

 ドクオは、話の真偽は別として、新たな疑問を頭に浮かべていた。

(;'A`)(三十年前って……どういう事だ……?)

 母者の口振りだと、彼女は武神と関わっていた頃には成人していたようだった。
 ならば当時の年齢は最低でも二十歳――ならば彼女は今、五十歳前後という事になる。

 しかしドクオが知る素直クールという女性は、大目に見ても二十代前半の風貌をしていた。
 五十歳と二十歳では余りにも年齢の差が大きすぎる。ドクオは、素直クールの経歴がもっと分からなくなった。

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345 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:48:30 ID:L8bpdtbg0


(;'A`)「……後回し……」

 ドクオは毛布を撥ね除けて立ち上がり、燃え盛る暖炉に向かって大声で叫んだ。



(#゚A゚)「もう全部後回しだ!! アレだ!! 案ずるよりっていうアレ!! もう俺はアレでいく!!」

(#゚A゚)「俺はァ!! 今は女のケツ追えりゃ幸せな年頃なんだよォ!!」


爪#'ー`)「おおそうだ! よく分かんねえけどそうだそうだ!!」

 テーブルで食事中のフォックスが同調した。


(#゚A゚)「クソがァ!! さっさと強くなりてえんだよ俺はァ!! ババアの昔話が何だってんだオラァ!!」

爪#'ー`)「うおおおおおおお!!」

(#゚A゚)「うおおおおおお!!」

 疲労のあまり、ドクオのテンションは完全におかしな方向に直進していた。

.

346 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:50:44 ID:L8bpdtbg0


 ドクオとフォックスの絶叫を背中に受けながら、母者はクマーとオセロを始めていた。
 父者は一人でサンドイッチを食べている。そこには中年男性特有の寂しさがあった。


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「……ドクオ、今何歳だっけ?」

 母者が適当に黒石を打つ。

(・(エ)・)「十四歳。反抗期ですかね」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「だな。デルタの奴が気に入りそうだ」


爪#'ー`)「うおおおおおおおお!!」

(#゚A゚)「うおああおおおおお!!」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「……ったく」


 @@@
@#_、_@
 (# ノ`) 「あんた達! 騒ぐんなら外でやりな!」

(#゚A゚)「うるせえ筋肉パンチパーマ!! うお」


(;゚A゚)「ごめんなさい」


 もう遅かった。

 次の瞬間、母者渾身の右ラリアットがドクオの首を刈り取った。
 コキュンという危ない音が、ドクオの頸椎から上がった。
.

347 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:51:32 ID:L8bpdtbg0

≪4≫


 名無しの町を出てから、俺はいったい何度気絶したのか。
 驚いた回数を合わせれば、きっと二桁は余裕じゃないのか。

 ドクオは呆れ気味にそう思いながら、冷たい風を頬に感じていた。


( 'A`)「……」

 目の前には小さな雪景色があった。
 それは池と鹿威しのある大庭園で、ドクオはその景色を縁側に座って眺めている。


('A`)「……こりゃあ、夢か」

川 ゚ -゚)「ああ、これは夢だ」


 そこは、限りある夢の世界だった。
 二人は縁側に並んで座り、夢の景色を眺めていた。

.

348 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:52:52 ID:L8bpdtbg0


( 'A`)「なんか……色々聞かされたよ」

川 ゚ -゚)「そうか」

( 'A`)「驚いた」

川;゚ -゚)「……それだけか?」

( 'A`)「ああ」

川 ゚ -゚)「それはそれで、まぁ、残酷な答えではあるな……」

 突き抜けるような鹿威しの音が、二人の会話を区切る。


川 ゚ -゚)「あの晩……騙してすまなかった。エクストの分も私が謝る。本当にすまなかった」

(;'A`)「……今更そこか……」

川;゚ -゚)「今更……? まだ私達が別れて一ヶ月しか経ってないぞ」

(;'A`)「いやまぁ、いいんだけど……」

川;゚ -゚)「はっきりしないな……。どうした? 歯切れが悪いのは昔からだが……」

( 'A`)「いやー……夢の中だし、まぁぶっちゃけるけどよ……」


( 'A`)「別に今、お前と喋りたくないんだよなぁ……」

川 ゚ -゚)


川 ゚ -゚)「あれだな……振られるっていうのは……けっこう来るものがあるな……」

(;'A`)「なんの話だよ……」

 鹿威しが、もう一度高鳴った。

.

349 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:54:03 ID:L8bpdtbg0


( 'A`)「……俺ってよー……」

川 ゚ -゚)「ああ」

( 'A`)「……そんな頼り無かったか?」

川;゚ -゚)

(;'A`)「……そっか。ああ、やっぱ……」



( 'A`)「……なんつーか。俺こないだ思ったんだけどよ」

( 'A`)「逃げ場が必要なんだ……人には……。俺にはお前が居たように……」

( 'A`)「お前にも逃げ場が必要だったんだって……」

川 ゚ -゚)「……」

( 'A`)「……俺は、お前の逃げ場になれるような男になりてえって思うよ」

( 'A`)「そんだけだ……今の俺にあるのは……」



川 ゚ -゚)「……また、夢の中で会おう」

( 'A`)「……そうだな。次はなんか話すこと考えとくよ」

 やがて夢の景色が暗闇に呑まれると、ドクオの意識は、元の世界へ向かって浮上し始めた。

.

350 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:55:57 ID:L8bpdtbg0

≪5≫



( "ゞ)「……おい、起きろ」


 その声でドクオは目覚めた。
 遠くには騒ぎ声が聞こえた。

 ドクオはくらくらと起き上がり、辺りを見回した。そこは左右を障子と襖に挟まれた和室だった。
 見覚えのある内装だとドクオは思った。そしてすぐ名無しの町を思い出した。あの町の小屋も、こうして障子と襖で部屋を仕切っていた。

( "ゞ)「寝てる間に母者がお前を連れてきた。ここは俺の屋敷だ」

( "ゞ)「障子開けるぞ。寒いだろうが、目覚まし代わりだと思え」

 男は立ち上がって障子を全開にした。

 ドクオが外に目をやると、夢の中で見た雪景色が現実として外に広がっていた。
 彼女が居ないことを除けば、その景色は完璧なまでに夢の景色と一致している。


('A`)「……寒いっす」

( "ゞ)「だから言ったろ」

.

351 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:57:01 ID:L8bpdtbg0


 男は元の位置に座りなおした。

( "ゞ)「それじゃあ自己紹介だ」

('A`)「寒いっす」

( "ゞ)「……じゃあ自分で閉めろ」

('A`)「……」

( "ゞ)「……」


 障子を閉めてから、男は名乗りを上げた。

( "ゞ)「デルタ関ヶ原。武神」

('A`)「武神……」

( "ゞ)「そうだ」

('A`)「……」



( 'A`)「……夢を……」

 閉じられた障子を見ながら、ドクオは小さく呟いた。

( 'A`)「夢を……見てたんです……」

.

352 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 00:58:50 ID:L8bpdtbg0


( 'A`)「夢の中で俺は人に会った。会いたくなかったのに……。
    少しだけ喋ったけど、本当は喋りたくもなかったんだ……」

( 'A`)「会いたかった……言いたいことは沢山あった……」

( 'A`)「でも……今の俺にとっての『終わり』に……夢の中で到達しちゃいけないと思ったんだ……。
    だから全部我慢した……本心を明かすのも、今すぐ抱き締めたいという気持ちも……」


( 'A`)「本当に……最悪の夢だった……」

(; "ゞ)「……あのなぁ」

 デルタは呆れたようにボリボリと頭をかいた。


( "ゞ)「……あのな、そういう女々しい考えは胸に秘めとくもんだ。
    純情ってのはまぁ……綺麗なものではある。けどな、運が悪いと他人のクソみてえな伊達酔狂の的になる」

('A`)「そう……ですかね……」

( "ゞ)「誰かのアイラブユーを笑う奴が、世の中にはたくさん居るんだよ」

 デルタの戒めには共感するところがあった。
 ドクオは黙って彼の言葉を受け入れた。

.

353 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:00:41 ID:L8bpdtbg0


( "ゞ)「さて……ほかの連中は広間で宴会中だ。そっち行く前に、ちょっと俺の話を聞け」

 ドクオはデルタのほうを向いた。


( "ゞ)「フォックス、あいつ居るだろ」

('A`)「はい」

( "ゞ)「あいつな、大分前に一度死にかけてんだわ。
    奴が言うには『片目に傷のある男』に殺されかけたらしいんだが、あいつは、その男に復讐するつもりらしい」

 ドクオは俯いた。

(;'A`)「……その男に、相棒の体をぐちゃぐちゃにされたって、俺が聞いた時には……」

( "ゞ)「なんだ、聞いてんのか? 意外だな……。だったら具体的に言ってやる」



( "ゞ)「気道、右目は突き潰されて不能。肋骨は三本抜き取られた。
    脳の損傷から記憶障害と遂行機能障害の併発、極め付けには不全麻痺」

( "ゞ)「そしてそいつはまだ生きてる。第三区の病院でな。
    だが格闘家としてのそいつは完全に死んだ。殺されたと言っていい」

( "ゞ)「……俺が言いたいのはこの先のことだ」

 ドクオはフォックスの事情をある程度知っていた。
 だがその先は知らない。
 相棒と呼ばれる人物が格闘家として死んだ後、フォックスが一体何をしていたのか……。

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354 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:02:14 ID:L8bpdtbg0


( "ゞ)「フォックスの野郎がここに来た時、あいつは言った。人殺しの力が欲しいってな」

( "ゞ)「さっき言った片目傷の奴を殺す力だ。だからやったんだよ」

(;'A`)「……え? やった? 力を……? いやそんな簡単に、やったとか……」

( "ゞ)「いやマジで言葉通りだ。力をくれてやった。で、あいつどうなったと思うよ」

(;'A`)「強く……なった……?」

 迷いながらドクオは答えた。
 デルタはその迷いを察して微笑み、続けた。


( "ゞ)「下半身不随だ」

(;'A`)

( "ゞ)「ミイラ取りが……ってヤツか? まぁなんにせよ恨み辛みってのは恐ろしいもんだな。
    肉体機能が損失するかもしれないってのに、あいつはそれを無視して『簡単に強くなれる方法』を取ったんだ」


( "ゞ)「これが一度目の話」

Σ(;'A`)「一度目!? まさか二度目っ……」

( "ゞ)「まぁ二度目のギャンブルはさすがにやらなかったな。ちゃんと鍛えてそれなりの方法を取った。
    ぶっちゃけリハビリと申し訳程度の鍛練指導しかしてなかったんだが、それであいつの下半身不随は綺麗サッパリ完治した」

(;'A`)「そんな簡単に完治って……」

( "ゞ)「勘違いすんな。丸八年でやっと元通りだ。
    スタートラインに立つのに八年って考えてみろ。ふざけてた話だ。俺なら絶対やらねえ」

.

355 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:04:04 ID:L8bpdtbg0


(;'A`)「……俺は、どうなるんですか?」

( "ゞ)「どうなるかってお前……そりゃお前次第だ」

(;'A`)「いやっ。その……そこそこ戦えるようになるのに、どれぐらい……」

 ドクオには不安があった。それは単純に“鍛練にはどのくらい時間がかかるのか”だった。
 クマーと会った時点でそれを聞こうか迷っていたドクオだが、彼自身、最早聞くまでもなく、十年単位での鍛練が必要なのは覚悟していた。


( "ゞ)「そうだな……じゃあ、フォックスが負けたっていう相殺の能力者が居るよな」

( "ゞ)「お前が素直クールを助けに行くってんなら、この能力者が敵になるのは間違いない。
    どうであれ、大都市のメシウマを敵に回すってんなら似たような能力者と戦うことになるだろう」


( "ゞ)「んじゃあ、そいつを倒せるほどの実力を身につけるのに何年かかるか、って話だが……」

(;'A`)


( "ゞ)「その能力者一人倒すのに、少なくとも十年。必死こいても七年、どんな天才でも五年はかかる。
    メシウマに単騎突入するってんなら、更に加えて四十年だ」


( "ゞ)「無能が能力者に勝つってのは、つまりそういう事だ」

 現実を突きつけられ、ドクオの胸に冷たい感覚が走った。
 無能と能力者に開いた根本的な実力差を埋めるのに十年。気の遠くなる話だった。

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356 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:04:44 ID:L8bpdtbg0


( "ゞ)「だが違う方法もある」

( "ゞ)「その方法を使えば、今からお前が平仮名の『あ』から『ん』までを早口で言い終えるくらいの時間で強くなれる」

(;'A`)「あ……」


(;'A`)「あいうえお! かきくけこ! さしすせそ!」

 それから一分と経たずして、ドクオは平仮名を言い終えた。


(;゚A゚)「い、一瞬すぎる……」

( "ゞ)「どうだ、中々だろ」

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357 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:06:12 ID:L8bpdtbg0



( "ゞ)「じゃあ、やるか」


(;'A`)「な、なにを……」


( "ゞ)「今言った方法。プランB」


(;゚A゚)「プランB……」


( "ゞ)「一瞬で最強、しかし運が悪けりゃ即死まであるハイリスクハイリターンのプランB」


(;゚A゚)「プラン、B……!」


( "ゞ)「これじゃなければ十年計画。特訓特訓特訓特訓……!」


(;゚A゚)「特訓特訓特訓特訓……!」


( "ゞ)「さぁホレ、どうする……?」

(;゚A゚)「お、おぉ……」

 ドクオは絶句しながら考えた。


 ただでさえ事から一ヶ月が経過しており、素直クールの安否が分からない状況だ。
 なのにこれから十年も鍛えていたら間違いなく何かが手遅れになる。かといって、今ここでプランBを実行する度胸もない。
 ことプランBに関して言えば、装弾数の分からない拳銃でロシアンルーレットをするようなものだった。

 脈略を考えればフォックスがプランBで痛い目を見たのも明らかで、もし自分の体がプランBで壊れてしまえば全てが水の泡になる。
 そうなってしまえば、ドクオは、自分が取り戻すべき過去さえも忘れてしまう気がした。
 デルタ関ヶ原は気軽に言ったが、ドクオは、この選択が自身の道を大きく変える重大な選択なのだと確信した。

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358 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:08:01 ID:L8bpdtbg0



(;'A`)「……プラン……」


( "ゞ)「プラン……?」


(;'A`)「……Bの方をっ……!」


( "ゞ)「やる……やるのか……?」


(; A )「……」



(; A )「……一年間で……ゆっくりやれませんか……!」


( "ゞ)「……は?」


(; A )「まだ出来ません……ここで命懸けは……!」


(; A )「だから……プランAとBの折衷案でいきませんか……!」


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359 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:09:55 ID:L8bpdtbg0


( "ゞ)「……なるほど……」

( "ゞ)「お前筋金入りのバカだな……気に入った。ついて来い」

(;'A`)「……え……?」

 デルタが一人で勝手に縁側に出るので、ドクオも慌てて彼を追って縁側に出た。

 そこでようやく、ドクオは自分の衣服が変わっているのに気がついた。
 着崩れてはいたが、ドクオは灰色の単衣を着ていた。


(;'A`)「これ、なんかすげー歩きにくいんすけど……」

( "ゞ)「じゃあ適当に脱ぎ捨てとけ」

(;'A`)「……ちなみに誰が俺の着替えを……」

( "ゞ)「安心しろ。母者の奴にやらせといた。そういやチンコは小さいらしいな」

('A`)


( "ゞ)「どうした」

( 'A`)「なんでもないです」

 ドクオはまたもや賢者モードに突入した。
 まだ男に見られてた方がマシだった。もっと強くなろう、もっと大きくしよう、とドクオは改めて決意した。

.

360 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:10:43 ID:L8bpdtbg0


 今まで遠くに聞こえていた騒ぎ声が段々と近づいてくる。
 どうやらそこが宴会会場らしかった。


( "ゞ)「あそこだ。他の武神も居る」

(;゚A゚)「さむいっ……! さむいですっ……!」

 単衣を脱ぎ捨てたドクオはTシャツと短パン姿になっていた。

 この時の気温は−40℃前後で、普通ならば歩きにくい程度の理由で服を脱ぎ捨てたりはしない寒さだった。
 八極武神特有の保温性の高さを軽んじたドクオの自業自得である。

( "ゞ)「脱いだのはお前だ。あれ保温性高かったんだぞ」

(;゚A゚)「ほぅ……っ! 保温性で何とかなる寒さじゃねえっすよ……!」

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361 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:11:37 ID:L8bpdtbg0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(;・(エ)・)「ぬうっ……!」

(;´W`)「おうクマー、俺ぁ誰だ? 武神様だろ? ん? だったら譲れってば……!」

 たっぷりと牛肉の入ったすき焼きの上で、二人の箸がもつれ合っていた。
 飢えた男達の空腹は上下関係を超え、今まさに激闘を繰り広げている。

(;´W`)「くれよ……牛肉……頼むから……!」

(;・(エ)・)(箸が鍋に届かない……いっそ素手で掴み取るか……?)


(; "ゞ)「ちったあ分け合えよてめえら……」

 二人の戦いに横入りしたデルタが、鍋の牛肉をごっそりと自分の器に盛った。
 途端、二人の表情が絶望に染まった。

( "ゞ)「覚えとけ。これが漁夫の利だ」

(;'A`)「……あ、うまい」

 デルタに分け与えられた牛肉は、けっこう美味かった。

.

362 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:12:41 ID:L8bpdtbg0


(;´W`)「おいおい……横取りはねえだろデルタ」

( "ゞ)「欲しいのは肉、これはお互い様だ」

(#´W`)「ケッ! おいカーチャン! 次だ、次の肉持ってこい!」

 男は台所に向かって怒鳴り声を上げた。
 もう酒がまわっているらしく、彼の顔は大分赤みがかっていた。


(・(エ)・)「おやドクオ君、起きたんですか。すき焼き食べに」

('A`)「あ、はい。さっき……」

(・(エ)・)「へぇ。寝起きにすき焼きってどんな気分ですか?」

(;'A`)「ったく人間小さいなもう! 俺の分あげますから!」

(*・(エ)・)「本当に? いやぁすみませんね」


( ´W`)「もらいっ」

 クマーの器に移動中だった牛肉が空中で消える。
 クマーは無言で男の口元を見た。

( ´W`) クッチャクッチャクッチャ ゴックン

(*´W`)「あぁ〜うめえなぁ〜!」

(#・(エ)・)「下剋上の時は来た……!」

(;'A`)「落ち着けよ食いしん坊! まだあるから!」

.

363 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:13:45 ID:L8bpdtbg0


( "ゞ)「おいヒゲ、こいつが例のガキだ」

 一人悠々とすき焼きを楽しんでいるデルタが言う。
 ヒゲという呼び名に応えたのは、先程クマーから牛肉を奪った髭を蓄えた男だった。

( ´W`)「おぉコイツか! しかし冴えねえツラしてんなぁ」

(;'A`)「ど、どうも、初めまして……」

( "ゞ)「そいつシラヒーゲ。武神。便利屋。困ったらそいつに何か言え」 モグモグ

(;・(エ)・)「デルタさん、食べながら喋るとまた母者さんに……」

( "ゞ)「うるせーよクマ、俺の勝手だ」 モグモグモグ


( ´W`)「へぇ……お前がなぁ……」

 シラヒーゲはドクオの肩に腕を回し、酔っ払いの調子でドクオに絡んだ。

( ´W`)「ドクオ、てめえなんでも女取られて大変らしいじゃねえか」

(;'A`)「まぁ……」

( ´W`)「俺ぁシラヒーゲだ。ま、武神なんて呼ばれてっけどお飾りよ。
     本業は刀の収集。武神は趣味ってところだな」


( ´W`)「あとは……そうだな、本業だし一応聞いとくか……」

 言葉の寸前、シラヒーゲの意気が鋭く変わった。

( ´W`)「焼けるように熱い剣を知ってるか」
  ,_
('A`)「焼けるように……?」

( ´W`)「……いんや、知らねえならいい。気にすんな」

.

364 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:15:10 ID:L8bpdtbg0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



爪;'ー`)「なぁよ渡辺ちゃん……いい加減にしねえか……?」

从;'ー'从「どうしても食べたいです……育ち盛りですからっ……!」


(;'A`)(こっちも奪い合いかよ……つーか渡辺さん神出鬼没すぎるだろ……)

( "ゞ)「おい渡辺、くるうどこ行った」

 似たような光景に近づき、デルタが渡辺に声をかけた。
 どうやら目的の人物はここには居ないようで、デルタは広間を見回してその人物を探している。

从;'ー'从「おっ……お料理すると言って台所へっ……!」

爪;'ー`)「フハハァ! 余所見厳禁!」

 返答の間にフォックスが牛肉を獲得した。

从;'ー'从「ふぇぇ……」

(;'A`)(ナムサン……)

.

365 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:16:16 ID:L8bpdtbg0


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`) 「あんた達!! もう面倒だから次からは焼き肉にするよ!! 食いたい奴は肉を運べ!!」

 暖簾から顔を覗かせ、母者が開戦を告げる。

(;・(エ)・)「次こそ!」

爪;'ー`)「先手必勝!」

从;'ー'从「こうなれば私の能力で……!」

 空腹に我を忘れた三人が、台所めがけて一斉に飛びだす。彼らは暖簾を潜り、台所という名の戦場に向かった。
 数秒後には能力が発動したり激動が巻き起こったりしたが、デルタ達武神にはそれを止める素振りもない。


( "ゞ)「お前も混ざってこいよ。楽しいかは別として、刺激的だぞ」

(;'A`)「……遠慮します」

( "ゞ)「避けろ」

( 'A`)「……?」

.

366 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:18:02 ID:L8bpdtbg0




「キッ――――」


(;>'A`)>「ッ!?」

 その時、金切り声がドクオの耳をつんざいた。
 同時にデルタがドクオの前に出て、次の瞬間、デルタは片腕を振って何かを弾き飛ばした。

 ストンとテーブルに突き刺さったそれを見て、ドクオは背筋を強張らせる。

(;゚A゚)(包丁!?)

 包丁は、デルタが居なければ確実にドクオを傷つけていた。


(; "ゞ)「おい母者ァ! 父者ってかコイツのお守はどうした!」


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「うちの旦那はノックアウトだ! くるう、そいつらに遊んでもらいな!」


(; "ゞ)「面倒押し付けんな!」

 この間にも、ドクオの周辺にはフォークやらナイフやらが次々と飛来していた。
 それらを全て弾くデルタも相当なのだが、それよりドクオは自分が攻撃されているこの状況が分からなかった。

( "ゞ)「おい、下手に動くんじゃねえぞ!」

 ドクオにそう言い置き、デルタは静かに構えてから空中を一撃した。
 空振り――ではなかった。ドクオには空振りに見えていたが、デルタの一撃は確かに相手を捉えていた。

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367 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:20:12 ID:L8bpdtbg0


川;゚ 々゚)「ぐぅぅ……」

 少女はデルタの攻撃を平手で捌いていた。
 死角であるはずの後頭部への一撃を、彼女は目視せずに正確に処理したのだ。
 だがやはり体制の悪さもあって完全には捌けておらず、彼女は、デルタの拳によって首筋の皮膚を切られていた。


(;゚A゚)(……なんか凄いことが起きたのは、分かる……)

 そんな一瞬の攻防を前に置いてきぼりをくらったドクオは、ただ茫然と目の前の二人を見ていた。


( "ゞ)「はい鬼ごっこ終わり。さっさと戻れバカ」

 デルタは少女の頭を両手で掴み上げ、そのまま彼女の体をブラブラと振った。

川;゚ 々゚)「うぅぅ〜」

( "ゞ)「落ち着け、コイツは敵じゃねえ。どっちかっつうと犬だ。やったな」

(;'A`)(犬……俺!?)


( "ゞ)「まあ紹介しとくぞ」

 デルタは少女を掴んだまま、ドクオの方を向いた。

( "ゞ)「素直くるう。キチガイ。あと武神。そんで十四歳。こんなんだから友達はゼロだ。
    お前こいつと同い年だろ? 仲良くしてやってくれ」


(;'∀`)「……俺、もしかして今死ぬところでした?」

( "ゞ)「『死にそうだった』より今生きていることを誇れ」

(;'∀`)「……そっすね。はい」

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368 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:25:05 ID:L8bpdtbg0



(;メ・(エ)・)「勝った!」

 しばらくすると、片腕を突き上げながらクマーが台所から帰還する。
 彼は大量の肉を皿に乗せて帰ってきた。完全勝利である。

 フォックス、渡辺も少量ながら肉を持って帰り、彼らは熱した鉄板に次々と肉をぶちまける。
 そこにテーブルマナーなどという貧弱なものは存在しない。ただ焼いて食う、焼き肉とはそれが全てなのだ。


从;'ー'从「タレ! 母者さん黄金のタレを! 早く!」

(*´W`)「おこぼれちょーだい!」

(#・(エ)・)「激動包拳」ドンッ!

 シラヒーゲは死んだ。

川 ゚ 々゚)「なまにくうめぇ」クチャクチャ

爪;'ー`)ノシ「おいドクオ! ちょっと分けてやるから肉の防衛を手伝え!」

('A`)「……」

( "ゞ)「……俺の話は終わりだ。あとは騒いで食って好きにしろ」

( "ゞ)「悪くねえだろ、こういうのも」

('∀`)「……そうっすね」

 俺達の宴会はこれからだ!
 ドクオは意気揚々と箸を構え、鍋に頭から突っ込んだ。

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369 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:25:45 ID:L8bpdtbg0

≪6≫












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370 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:26:30 ID:L8bpdtbg0



 長かったこの旅も……ようやく一旦終わりだ……。


 レムナントに始まり、メシウマを抜け、海を渡り、雪国を歩き、そして今……。


 未知と驚愕ばかりの旅だった……。


 知らないことだらけだった……。

.

371 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:27:11 ID:L8bpdtbg0


 歩き続けたいと思っていた……。

 お前達と三人で……でもそれは無理だった……。

 俺達が見ていたものは……一人一人違っていた……。


 俺は前を見ていて、お前は横に居るクールさんを見ていて……クールさんはずっと後ろを見ていた……。


 誰も……同じところなんて見ていなかったんだ……。

.

372 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:28:32 ID:L8bpdtbg0


 昔の俺は平和を『間』だと思っていた……。

 クーが俺の前に現れて……その瞬間、俺の『間』は終わった……。


 俺が間違えたのは、多分そこなんだ……。


 幸せだった……『間』に居た頃とは比べ物にならないほど……。

 だから考えるのをやめてしまった……生きていて幸せだから、俺は立ち止まってしまった……。


 だから俺は……確かめなきゃならない……。


 俺が本当に生きててもいい人間なのか……。

 あの二人に聞きに行かなきゃならないんだ……。

.

373 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:29:30 ID:L8bpdtbg0


 昔の俺は……子供だったんだ……。

 ただお前の前に立って……兄貴面できればそれでいいと思っていた……。


 でもお前は変わった……本当に変わった……。

 俺なんか比べ物にならないほど、お前は本当に幸せそうに笑ってたんだ……。

 お前はクールさんと出会ってから、どんどん俺から遠ざかっていった……。


 そこで俺は気付いたんだ……。


 俺はお前の道の先を行っていたんじゃなくて……ただお前の道を塞いでいただけなんだって……。

 俺は……お前に俺の影を歩かせていただけなんだ……。

 そしていつしか……俺はお前の影に怯えていた……。


 だからお前のように、クールさんと出会って変わったお前のように……俺も変わらなきゃいけないと思った……。

 俺だけが立ち止まっている訳にはいかない……。


 だから俺は……この道を行く事にしたんだ……。

.

374 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:30:36 ID:L8bpdtbg0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 宴会の翌朝から、早速ドクオの新しい日々が始まった。
 デルタと共に庭先に立つドクオは、緊張した様子でデルタと見合っている。

 ここ数日間動きっぱなしのドクオだが、彼は既に“立ち向かう者”としての覚悟を内心に芽生えさせていた。
 立ち向かう者の眼光は、鋭い。


( ´W`)「がんばれー」

川 ゚ 々゚)「どぅるるるるる」

 縁側に座り、他二人の武神も彼らの特訓を見守っていた。


( "ゞ)「いいかドクオ、これから始める特訓は、お前の『最強の付け焼刃』になる」

('A`)「……」

( "ゞ)「そしてお前は、半年経ったらここを出ていけ」

(;'A`)「――半年!?」

 それは、少なくとも十年というデルタの話からは想像出来なかった台詞だった。


(;'A`)「いやっ! つーか俺はプランBを一年でって……!」

( "ゞ)「あんなんやっても意味ねえ。歌であるだろ、バカは死んでも直らねえって。
    プランBってのはな、バカを死ぬより辛い目に合わせて、てめえのバカを自覚させるっていう荒療治だ」

(;'A`)「……半年で終わるっていうなら、それに越したことはないですけど……」

.

375 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:32:13 ID:L8bpdtbg0


( "ゞ)「で、今から始めるのは、半年でお前を『半人前』にする荒療治だ」

 結局荒療治なのか、とドクオは俯いて無気力に笑った。


( "ゞ)「中途半端に、適当に、雑に全部を教えてやる。
    そんで半年後から更に半年間、度合いによっては一年でもいい」

( "ゞ)「とにかくお前は実戦の中で技を磨け。戦いながら無駄と思う部分を削れ。
    技の削り方も教えてやるから安心しろ」

(;'A`)「雑に、ですか?」

( "ゞ)「そのとおり」

 デルタは微笑んだ。


( "ゞ)「つー訳だから『半人前』で『付け焼刃』だ。
    俺はお前を『半人前』になるまでしか見てやらん。その先――つまり、一人前になるかどうかはお前次第ってことだ」

( "ゞ)「実戦での成長、発想の飛躍……ここからの半年間、お前は自分のセンスを磨くことに集中しろ。
    反発直感、反射照合、シンプルな実行。これも個人のセンスによるところが大きい。ちなみに俺は三つともまったく出来ん」

(;'A`)「えっ?」

( "ゞ)「だが俺には千里眼がある。俺は、こっちの方が気に入ってるけどな」

.

376 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:33:02 ID:L8bpdtbg0


 デルタは身構え、ドクオに最初の課題を宣言した。


( "ゞ)「まずは自力で俺を倒せ。今日一日でだ」

('A`)


( "ゞ)「……どうした。掛かってこねえのか」

(;'∀`)「……やりゃあいいんでしょ。ただのガキが武神に挑むって事を」

 ドクオは開き直って自嘲気味に言ったが、デルタは至極真面目に答えた。

( "ゞ)「この先、お前はもっとデカイもんに喧嘩売るんだろうが。
    だったらその予行演習だ。武神くらい二度三度と超えていけ」


( ´W`)「ちなみに俺とくるうも明日明後日で相手してやっから」

川 ゚ 々゚)「よろ」

(;'A`)「…………」


(;'A`)「……やりますよ、もう、やりゃあいいんでしょ……!」

 ドクオも渋々ながら構えた。
 構えはクマーと戦った時とは変化しており、いつでも逃げ出せるよう体幹が下がり気味になっている。
 つまりはへっぴり腰である。あの晩、クマーがドクオに残した恐怖心は、今もまだ根強く残っているようだった。

.

377 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:34:10 ID:L8bpdtbg0


( "ゞ)「お前みたいなバカは死にやすい。だから死ぬ事に慣れろ。死にまくれ」

( "ゞ)「今日から三日間、俺達三人がお前を殺しつくしてやる。ありとあらゆる方法で殺してやる」

( "ゞ)「いいか、これからお前はどんどん殺されるから、お前は自分がどうやって死ぬか、その死に方を全部覚えろ」


( "ゞ)「それでようやく、俺達に指一本が届く」

(;'A`)「ッ……! 上等だ!」

( "ゞ)「手加減はする。それでも今日中に俺を倒せたら、お前に武神の座をくれてやる」


 瞬間、デルタの姿が目の前から消えた。

 これが特訓開始の合図だと気付いた時には、ドクオは既に幾千の死をその身に刻まれていた。


 特訓開始、当日。
 その日、ドクオは百万回の死を体験した。

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378 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:36:26 ID:L8bpdtbg0


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 メシウマ、ステーションタワーの一室。
 そこの扉が、大きな足音と共に勢いよく開いた。

(;`・ω・´)「なんだ、騒々しいな」

 スーツ姿のシャキンがキョトンとして言う。
 新品だった彼のスーツも、今ではすっかり着馴れたようだった。


<_;プー゚)フ「すぃっ……すいません! 遅れました!」

(`・ω・´)「ああ、気にするな」

<_;プー゚)フ「すぐ始めます!」

 シャキンは事務机に突っ伏すデミタスを一瞥した。


(´・_ゝ・`)「ざつよーばっかでー……」

(#´゚_ゝ゚`)「つまらーん!」 ズダァン!!

 デミタスが机に頭を叩きつけて叫んだ。


(`・ω・´)「隊長様がアレだしな、本当、気にしなくていいぞ」

<_プー゚)フ「あぁ……」

 何かと急いていたエクストも、一応この中で一番偉い男の怠慢を見て頭を冷やした。

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379 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:37:48 ID:L8bpdtbg0


(`・ω・´)「それより、どうだ学校は」

 シャキンがコーヒーを持って壁にもたれる。
 彼はこうして格好つけるのが好きらしく、最近よくこのポーズでしたり顔を見せている。
 エクストは素直にダサいと思っていた。


<_;プー゚)フ「学校……あんまり慣れないです」

(`・ω・´)「ま、そうだろうな」

(`・ω・´)「あっちでずっと生きてきたんだ。ルールや規則ってものにも不慣れだろう」

(`・ω・´)「ゆっくり慣れていけばいいさ」


 晴れてデミタス達の部下となり、メシウマでの身分獲得に成功していたエクスト。
 彼は今、超能力を開花させるための訓練学校に通っており、その合間にデミタス達の事務を手伝っている。
 シャキンが言うとおり不慣れなことばかりだが、これでもエクストは中々の充足感を覚えていた。

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380 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:38:48 ID:L8bpdtbg0


(´・_ゝ・`)「なーんかよ〜」

 もう暇すぎてペン回しを始めちゃったデミタスが、だらけた姿勢で話し始める。


(´・_ゝ・`)「レムナントにぃ……でっけー牢屋作るんだってさぁ〜。
      そんで……あの、アレ……」

(`・ω・´)「アレじゃあ分からないんだが」

(´・_ゝ・`)「アレ……アレ……」

 単語を探りながらも、デミタスは器用にクルクルとペンを回している。


(´・_ゝ・`)「そう、なんか対能力者用の空間が完成したらしいんだわ。
      それを向こうの牢屋に作るんだって。確か名前は……漆黒とか、なんとか」

 そこまで話すと、彼は事務机にまた突っ伏した。

(´‐_ゝ‐`)「ま、お上の考えは分からんよ……」

(`・ω・´)「俺らもこんな部屋があるだけで、仕事は何もないしなぁ……」

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381 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:39:48 ID:L8bpdtbg0


<_プ−゚)フ「……」

 デミタスお話を聞いて、エクストはドクオの事を連想していた。
 久し振りに会いたい……と、彼の心が無意識に反応した。


<_プ−゚)フ(こっちの生活が落ち着いたら、一度会いに……)


<_;フー )フ(いや、いや……今更どんな顔して会うってんだ、俺は……)

<_;プー゚)フ(俺は俺のやり方で行くって決めたろ……俺のやり方で全部やるって……)

 エクストは、溢れかけた弱い意思を飲みこんだ。

<_;プー゚)フ(俺がこの街を潰す……内側から潰す……!)

<_;プー゚)フ(だから今は……これでいいんだ……!)

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382 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:40:28 ID:L8bpdtbg0














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383 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:41:11 ID:L8bpdtbg0



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384 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:43:01 ID:L8bpdtbg0





   ―――― ステーションタワー ――――




         ―――― 地下300メートル地点 ――――



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385 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:43:41 ID:L8bpdtbg0





     ――――対能力者用――――




           ――――絶対閉鎖空間――――



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386 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:44:51 ID:L8bpdtbg0






        ―――― 『漆黒』 ――――





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387 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:45:54 ID:L8bpdtbg0




 そこは、闇の中だった。

 その空間はまるで世界中の暗闇を集めたかのように重く、暗く、ありとあらゆる光を拒んでいた。


「……未だ、口を割らんか……」

 荒巻は、きっとこの闇の中に居るであろう彼女に向けて言った。


「……話すことはない。帰れ」

 闇の中に、彼女は確かに存在していた。
 今にも闇に溶けてしまいそうなか弱い自分を叱咤しながら、彼女は確かに、ここに生きていた。

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388 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:46:45 ID:L8bpdtbg0



「……ま、構わんよ。この場所は貴様のために作ったものだ」

「好きなだけ、ここに隠れているといい」

「ここが貴様の居場所であり、この世界で唯一安全な逃げ場なのだからな……」

 荒巻の声が闇に途絶える。
 その時点で、彼女は自分を定義する術を失った。


 人間は……この世のありとあらゆる生命は、自分という一個体が単一で存在出来ないことを知っている。
 例え地球を破壊できるような能力者であってもそれは同じだ。

 自覚しないまでも、この事を世界中の誰もが知っているのだ。
 誰かが望むささやかな孤独でさえ、世界はその存在を許してくれない事を。

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389 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:47:25 ID:L8bpdtbg0



 だが、この“漆黒”という空間には完全な孤独があった。


 孤独……。


 その言葉の意味を忘れた時、人は本当の意味でそうなってしまう。


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390 名前:名も無きAAのようです :2013/06/09(日) 01:48:05 ID:L8bpdtbg0





 素直クールは、もうとっくにその言葉の意味を忘れていた。




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