- 265 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:48:07 ID:nocP/iQY0
≪1≫
(・(エ)・)「オセロは精神論(オカルト)の通じないゲームです」
クマーの肉厚な手がオセロの石をつまんだ。
(・(エ)・)「オカルトの通じないゲームには、常に正しい一手が用意されています」
(・(エ)・)「もちろん間違った一手というのも存在しますが、時と場合によっては、わざと悪手を打って場を動かす必要もあります」
(・(エ)・)「ただしそれは相手が人間ならば、です」
( 'A`)「……それ、けっこうオカルト染みた発想ですよ」
(・(エ)・)「ですかね」
クマーはそっと白石を打つと、盤面の黒石を二つひっくり返した。
('A`)「……角、取っていいんすか?」
(・(エ)・)「はい、どうぞ」
ドクオの一手で、盤面の一角が黒に確定した。
( 'A`)(始めてやるけど……なんだオセロってちょろいな……)
.
- 266 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:49:01 ID:nocP/iQY0
(・(エ)・)「コンピューター相手だと、人間は手も足も出ず敗北します」
(・(エ)・)「コンピューターは人間が覚えきれない、把握しきれない、想像出来ない『勝利のパターン』を知っているからですね」
('A`)「パターンっすか」
抜けた調子でクマーの言葉を反復する。
ドクオの意識は盤面に集中していた。
(・(エ)・)「ですが、人間同士ならばどうか」
( 'A`)「……まぁ〜やる人の強さ次第なのでは……」
(・(エ)・)「では、強さとは一体何か」
またもドクオが角を取れるよう、クマーが盤上に白石を打った。
ドクオは間髪入れずに角へ黒石を打ち、これで盤の二角が黒に確定した。
( '∀`)(お、勝ったろこれ)
(・(エ)・)「ふはは、激甘なんだなぁこれが」
渋いオッサンの声で笑う。
クマーは石を置き、また先程の話に戻った。
.
- 267 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:49:42 ID:nocP/iQY0
(・(エ)・)「私は、強さとは己の弱さを認め、自覚する事だと思っています」
('A`)「弱さを、すか……」
(・(エ)・)「例えば、人はもうオセロでコンピュータに勝てません。人の方が遥かに弱く、今やコンピュータこそが最強。
しかし、だとしても。人はこうしてオセロをやっている……なぜだと思いますか?」
( 'A`)「……暇だから?」
ドクオはそう答えてから石を打った。
(・(エ)・)「この世の大半の人間は、完全無欠の最強に興味がないからです」
次いで、クマーも石を打った。
(・(エ)・)「コンピュータがオセロ最強を誇った時、当時のオセロプレイヤーは深い絶望に暮れました。
なにせ勝負の世界で最強が定義されてしまったのですからね。それはそれは、やってられなかったに違いない……」
(・(エ)・)「しかし、ある日からプレイヤーは開き直りました。俺らの方が弱いんだから、もういいじゃん! という風に」
(・(エ)・)「そこで何が起きたか? それは、オセロ界最強を実現してみせたコンピュータプログラムの追放でした。
彼らはオセロ界の最強を殿堂入りという形で追い出し、完全無欠の最強を、人間のテリトリーから廃絶したのです」
.
- 268 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:51:00 ID:nocP/iQY0
その後も二人は互いに一手ずつ進めていき、ゲームはいよいよ終盤を迎えた。
残り15マスというところで、盤上は殆ど黒に染まっている。
(・(エ)・)「…………」
('∀`)「あ、俺知ってますよ。レムナントで勉強してた時に知りました」
('∀`)「ビギナーズラックってヤツですよね? まぁしゃーないっすよ!」
(・(エ)・)「……」
クマーはドクオの雑言を無視し、静かに石を打った。
そこでようやく、ドクオの薄汚く気持ち悪い笑みが硬直した。
(;'∀`)「……えと、打てるトコ無いんすけど……」
(・(エ)・)「でしょうな」
そこから先、ドクオは自由に石を打てなかった。
やがて盤上の黒は瞬く間に白に変わり、呆気なく二人の勝敗は決した。白の圧勝だった。
.
- 269 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:51:43 ID:nocP/iQY0
(;'∀`)「……」
(・(エ)・)「……ここで私は、君を見定めようと思います」
言い改め、クマーはソファに背を預けた。
(・(エ)・)「これから君は武神――八極武神という方々に出会えます。彼らに会えば、君は理外の強さを手に入れられるでしょう。
先程の展開で言えば私が角を譲ったように、武神は君に強さを与えます」
(・(エ)・)「……しかし君は“角”という強さを得ても、最終的には私に負けてしまった。
君はオセロをやっている途中、一度でも私の思考を読もうとしましたか?」
(;'∀`)「……ないっす……」
(・(エ)・)「……自分の思う『強さ』を手に入れたところで、結局のところ、それが成功や勝利に繋がるわけでないのです。
今回君は安直に強さを獲得した結果、敗北しました。獲得した強さに自惚れたのです」
.
- 270 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:52:47 ID:nocP/iQY0
(・(エ)・)「……」
(‐(エ)‐)「……まるで子供だ……」
('A`)「……あ?」
クマーの一方的な語りに押し黙っていたドクオだが、呆れるように言われたその一言には黙っていられなかった。
反抗的に言葉を返し、ドクオはクマーを睨んだ。
(・(エ)・)「君は昔のフォックスのようだ……。
他人に力を求めるのがどういう事なのか、自分に必要な力が何なのか……それを分かっていない……」
(・(エ)・)「最早問うまでもない。君は武神の前に立つべきではない」
(-(エ)-)「明日にも国へ帰り、真っ当に暮らしなさい……」
ソファを立ったクマーはオセロを片付け、無言のまま部屋を出ようと歩き出した。
.
- 271 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:53:27 ID:nocP/iQY0
('A`)「……」
( 'A`)「……俺ァ色々、勉強したんだぜ」
クマーがドアノブに手を掛けようとした時、ドクオが静かに語り始めた。
クマーはピタリと立ち止まり、ドクオに背を向けたまま静止した。
( 'A`)「初対面の奴には敬語で接するとか、人の列には割り込まないとか……」
( 'A`)「そうやって学んで分かった。世の中知らない事だらけだった……世間知らずは俺だった」
ソファを立ち、ドクオはクマーの背後に立った。
それから彼は、叩きつけるように言葉を続けた。
('A`)「クーやエクストが町から出てったのも」
(-(エ)-)
('A`)「俺が、デミタスやあの反射野郎にズタボロにされたのも」
('A`)「全部、俺が世間知らずのガキだったせいだ」
.
- 272 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:54:07 ID:nocP/iQY0
('A`)「……まぁイッテヨシで多少は勉強したけど、俺はまだ突き抜けた馬鹿だ……」
('A`)「だから」
('A`)「今ここでお前を引きとめる方法が、一つしか浮かばねえ」
ドクオは身構えた。
それはイッテヨシでの一ヶ月間に、ドクオが学んだ“戦いの構え”だった。
('A`)「クマさん、あんた倒せば武神も納得だよな」
(・(エ)・)「……別の方法をオススメしますよ」
('A`)「ちったあ馬鹿に付き合えよ。俺にも言いたい事がある」
.
- 273 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:55:03 ID:nocP/iQY0
('A`)「『せーの』で殴る」
(・(エ)・)「後悔しますよ」
クマーの忠告を、ドクオは鼻で笑った。
( 'A`)「……あっちで勉強してて、もう一つ分かったんだ」
('A`)「どうにも俺は、言葉じゃ納得できないタチらしい」
(・(エ)・)「……良い根性だ」
クマーは嘲笑すると、振り返ってドクオと相対した。
名前だけではなく、本当に熊と子供が戦うに等しい状況だった。
しかしドクオは引かなかった。
息を大きく吸い、ドクオは合図を口にする。
('A`)「せぇー……」
(#'A`)「のッ!!」
踏み込むと同時に、ドクオは拳を打ち出した。
.
- 274 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:55:44 ID:nocP/iQY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
時刻は少し戻り、フォックスがドクオを残して部屋を出た頃。
フォックスはコートを着て、町の大通りを歩いていた。
爪'ー`)(お、レストラン……ムニエルの美味いレストラン……)
爪'ー`)(ムニエル! ムニエルってなんだ?)
道草を食いながら、小雪の中を少しずつ進む。
もう夜とはいえ観光客の往来は激しく、港町はまだまだ活気に満ちていた。
お金には幾分かの余裕があった。
フォックスはイッテヨシで治療を終えた後はとことん働いていたので、財布はかなり分厚かった。
何より渡航で金が掛からなった事が大きく、ドクオには秘密でレストランに入ることも可能だった。
爪'ー`)(すまん)
可能なのでそうする事にした。
フォックスはズボンのポケットに手を突っ込み、そこから財布を抜き取った。
.
- 275 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:57:05 ID:nocP/iQY0
爪'ー`)「……お……」
爪'ー`)「あれっ……」
しかし財布を掴み損ねたのか、ポケットから引き抜いた手に財布はなかった。
彼はもう一度ポケットに手を突っ込んで財布を探した。結果は同じだった。
爪'ー`)「……」
爪;'ー`)「……えっオイ……」ガサゴソ
ある筈の物が無かった。
全財産――とまではいかないものの、大金の入った財布がポケットに無かった。
落としたか? 部屋に忘れたか? 誰かにスられたか?
あらゆる予想が脳裏を駆け巡ると同時に、フォックスの視界の端に覚えのある人影が映った。
从'ー'从
道の先に、少女が立っていた。
見覚えのある財布を持って、少女はフォックスに微笑みかけていた。
.
- 276 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:57:51 ID:nocP/iQY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第五話 「てめえのバカとオレの海」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
.
- 277 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:58:39 ID:nocP/iQY0
≪2≫
轟音がドクオの肉体を貫いた。
(;゚A゚)
反応する間は刹那にも存在していない。
クマーの巨大な拳が、ドクオの腹部をほんのちょっぴり軽く叩いただけだった。
あるいはクマーが手加減をして、その程度に済ませたのかもしれない。
ただしドクオは、これから部屋の壁をブチ抜くほどの衝撃をその身に受け、外まで大きくブッ飛んでいく。
ブッ飛んだ後は雪上を数十メートル転がり、辺りに吐血を撒き散らして地面に跪くのだ。
(;゚A゚)(俺は――強くなっ――)
ドクオはイッテヨシでの一ヶ月間に筋トレや戦闘訓練をした。
フォックスの言ったメニューをこなし、小さな努力を重ねてきた。
腹筋も少し割れた。自慢じゃないがそこそこ戦えるようになった――とさえ、彼は自負している。
そのまるで無駄だった一ヶ月が、これから砕け散って消える。
.
- 278 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 18:59:20 ID:nocP/iQY0
轟音から数秒遅れて到達した激動に、ドクオの肉体が悲鳴のような軋みを上げた。
紙切れ同然にブッ飛ぶ寸前、ドクオが最後に考えたことは――
(;゚A゚)(死ぬっ)
.
- 279 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:00:21 ID:nocP/iQY0
(・(エ)・)「カス当たりですが、貴方はこれから吹き飛びます」
(・(エ)・)「『激動包拳』。覚えておくといい。これが、この世界の武術だ」
(;゚A゚)「ヅッッ!?」
瞬間、ドクオの肉体に流れ込んだ衝撃が音を立てて爆発した。
血液がドプンと音を立てて奔流し、ドクオは激動して後方へ弾け飛んだ。
ドクオは壁に叩きつけられ、ずるりと床に落ちた。
クマーは同時に動き出し、床に落ちて微動だにしないドクオを更に蹴り上げた。
その一撃はドクオもろとも壁を粉々に砕き、衝撃は、ドクオを外の雪中へと大きくブッ飛ばした。
.
- 280 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:01:27 ID:nocP/iQY0
ドクオの頭に、ようやく激痛のシグナルが到達した。
彼は一瞬気絶していたのだ。痛覚の気付けが無ければ、確実に再起不能だった。
(; A )「ゲホッ……ア゙ッ!」
地面に跪き、真っ赤なゲロをあるだけ雪上に吐き出す。
激痛は脳内麻薬の循環によって飽和し、ぼんやりとした浮遊感がドクオの意識を薄弱にしていった。
雪上を数十メートルと飛ばされて転がったことで、平衡感覚もほとんど機能していなかった。
ドクオは無意識の内に立ち上がろうとした。
しかし立とうにもダメージを受けた肉体が、精神が、ドクオの意思を強く阻んでいる。
足が震え、手に力が入らない。
まるで手足が遠くにあるような感覚だった。
ドクオは今、肉体の制御がまるで出来ていなかった。
.
- 281 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:02:13 ID:nocP/iQY0
( (エ) )「……」
砕け散った壁を通り、部屋からクマーが外に出た。
マスクの口がゴォォォと音を立て、そこから白い息が漏れる。
(; A )(容赦、ねえんだな……)
一歩ずつ接近してくるクマーを薄目で見て、ドクオはようやく危機を覚えた。
ドクオは咄嗟に辺りの雪をかき集め、それを痛みを感じる部位に押し当てた。
考え無しの応急処置だが良い判断だった。血管が収縮し、流血と痛みが僅かに和らぐ。
(;'A`)(……あの一発、凄かったけど……弾丸くらうよりは痛くねえな……)
ドクオは明確に言って気分障害を抱えている。
親類は一人もなく、幼年期から深い孤独と自滅的思考の中で育った彼は、今まで様々なストレスと痛みに耐え抜いてきた。
素直クールとの生活もあり、今となってはドクオもほぼ正常な精神状態にあるが、ドクオは確かに知っている。覚えているのだ。
耐え切れないような痛みを想像ではなく体験として。
全てを奪われる精神的苦痛も、銃弾をその身に受ける肉体的苦痛も。
そうした幾多の痛みを乗り越えてきたドクオにとって、痛みを乗り越えるのは最早当然の事だった。
ドクオ自身もう忘れてしまった言葉だが、素直クールいわく、死線を前にして踏み止まれることは強さに他ならない。
だからこそ、彼には『痛いから逃げる』などという腑抜けた選択肢はありえなかった。
.
- 282 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:02:53 ID:nocP/iQY0
(;'A`)(倒すって……そういやどうすれば勝ちなんだ……?)
死にたいと言って死なない――幼年期から死ぬ死ぬ詐欺を繰り返したドクオが獲得したある能力。
それは痛みへの尋常ならざる耐性と、どんな痛みをも平然と乗り越えてしまう異常な精神力だった。
( (エ) ) ゴォォォォ.....
(;'A`)(こわっ)
ただし痛みは乗り越えられるが、怖いものは怖かった。
なお、彼の精神をキチガイのそれと同一に考えるか、弱者の開き直りと考えるか。
あるいは人間が持つ超自然的治癒能力と考えるかは、個人の偏見による所である。
.
- 283 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:03:39 ID:nocP/iQY0
――オレ、海の男。
.
- 284 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:04:21 ID:nocP/iQY0
(;'A`)(……あ?)
(・(エ)・)(……声?)
オレ、海の男。
不意に聞こえきたその言葉に、ドクオは身動きを止めて耳を傾けた。
クマーも第三者の存在を警戒したのか、立ち止まって周囲に気を配った。
(;'A`)(……そこか)
声の出所は、ドクオが着ているダッフルコートのポケットだった。
ドクオはクマーに悟られないよう、ポケットの中に手を伸ばした。
.
- 285 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:05:20 ID:nocP/iQY0
(;'A`)(……このコートはマリントンがくれた物だ……)
(;'A`)(そんで『これ』がコートに入ってるって事は、つまりそういう事だよな……?)
(;'A`)(……だったらありがたく借りるぜ、マリントンの『超能力』……!)
打ち砕かれた一ヶ月分の自信を補って余りある光明が、ドクオの目に宿った。
.
- 286 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:06:07 ID:nocP/iQY0
≪3≫
(・(エ)・)(……まだ、動きますか)
最初の一撃は必殺ではなく瞬殺を狙ったものだった。
手加減の限りを尽くした“へなちょこ最弱パンチ”で、ドクオが気絶して終わりの筈だった。
しかしドクオはまだ動く。
徐々にだが、彼は確実に立ち上がりつつあった。
まず第一の予想外がそれだった。
第二の予想外は、あれほどの衝撃をくらったドクオに未だ戦意が残っている事だった。
痛ければ逃げる。素人ならばそれが当然の反応なのにも関わらずだ。
(・(エ)・)(さっき聞こえた声。あれで眼の色が変わった……)
(・(エ)・)(……光明を捉えたか)
二人に開いた距離、およそ50メートル。
この距離はクマーにとって絶好の攻撃圏内なのだが、クマーはあえて後手に回ることを選んだ。
彼はあくまで見定めるために戦っている。ドクオに光明があるというのなら、それに付き合うのが彼の役目だ。
.
- 287 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:06:53 ID:nocP/iQY0
(・(エ)・)「――『来る』 ならば 『来い』 」
(;゚A゚)「ッ……!」
ドクオは立ち上がり、大きく一歩踏み出して振りかぶった。
(;゚A゚)「うごぼぼぉぉおぉぉ!!」
ドクオは絶叫を上げ、クマーに向けて何かを投げつけた。
クマーの動体視力が空中でその物体を判別する。
(・(エ)・)(小瓶? 水入りの――)
ドクオが投げた物。それは小さな瓶だった。
化学薬品の可能性も考え、クマーは小瓶を壊さずに回避した。
その間に、ドクオが近くの雑木林へと一目散に駆け出していた。
.
- 288 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:08:36 ID:nocP/iQY0
(・(エ)・)(敵前逃亡……罠か、時間稼ぎか。あるいは単なる逃亡か)
(・(エ)・)(しかして無駄だ。私の技は500メートルが『圏内』……)
考えている間にドクオが雑木林に逃げ込んでしまった。
一方クマーは足を広げて腰を落とし、右腕を腰に、左腕を前に突き出して構えていた。
重く構えたまま、呼吸を整える。
(・(エ)・)(かつては『激動のマッスルベア』と呼ばれたこの私……その由来をお教えしよう)
いつの間にか、クマーの構えが左右反転していた。
右腕が突き出されており、左腕が腰にある。
(・(エ)・)(巨大な質量を持った物が生み出す運動エネルギー……)
瞬間に、クマーの構えが反転した。
(・(エ)・)(私の激動包拳は、そのエネルギーを肉体に蓄積し、放出する技……)
またも構えが反転し、クマーの拳が風を切った。
(#・(エ)・)(――その『衝撃』を今ッ!! ここで『私の腕』で生み出すッッ!!)
(#・(エ)・)(この目にも止まらぬ正拳突き……衝撃を生み出す火力発電所……ッッ!)
(#・(エ)・)(先程は手加減を尽くしましたが、次の一手をもって君を挫折へと導きましょう……!)
.
- 289 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:09:18 ID:nocP/iQY0
(;゚A゚)(――来るッ! 最初のと同じだけど、桁違いなのが!)
ドクオを貫いたあの“轟音”が、今度は何倍にもなって打ち出されようとしている。
彼は悟った。クマーは“追ってこない”のではなく、“追う必要がない”のだと。
もうとっくに雑木林に入って身を隠しているドクオだったが、クマーの攻撃がもし“雑木林ごと吹っ飛ばす”のなら、まだ策が必要だった。
ドクオは思考を加速させ、付け焼刃の反発直感でクマーの力量を推測した。
(;゚A゚)(考えろっ……! アイツは俺を狙ってない……『狙う必要がない攻撃』をするからだ!)
(;゚A゚)(……フォックスは言ってた……武神ってのは『世界最強の無能』だって……)
(;゚A゚)(だからクマーが武神関係者ならアイツ自身も『無能』のハズ……)
(;゚A゚)(なのにッ! なんで能力も無しに『狙わずに攻撃』が出来るんだ!?)
狼狽している最中にも、クマーから聞こえてくる“衝撃の鼓動”はどんどん大きくなっていく。
ドクオは更に焦燥に駆られた。
動かなくてはと頭で理解してても、実際どう動けばいいのかまるで分からなかったのだ。
.
- 290 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:10:50 ID:nocP/iQY0
――オッケーブラザー!
そんな時、ふとドクオの耳にマリントンの声が聞こえた。
――あれハッタリだから。気にせず隠れた方が安全。
(;゚A゚)(ハッタリ……?)
――アイツ、無能だからこそ狙わない振りをしてる。
――格闘家なら、技を打ち出す一瞬前に狙いを定めても全然間に合うんじゃね?
――だから慌てて逃げ出したら、そこを狙われてジ・エンド。
――大人の心理戦ってヤツ? オーライ?
(;゚A゚)(いっ……一理ある……)
.
- 291 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:11:37 ID:nocP/iQY0
――要はビビって動き出したらアウト。
――じゃあ逆に動かず隠れちまえば万事オッケー! Fooooo!!
(;゚A゚)(隠れる……にしても隠れる場所が……)
(;゚A゚)「――ごぼっ!」
ドクオは下に目を向け、その真っ白な地面から雪をすくい上げた。
(;゚A゚)(雪ッ! かき集めればカモフラージュになる!)
(;'A`)(だったら雪の壁を作るぞ! 俺が雪集めっから、お前はその雪を固めろ!)
――オーライ、任せときな。
.
- 292 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:12:17 ID:nocP/iQY0
マリントンの能力とは、海水に自分の人格をコピー&ペーストし、海水の分身を作るというものである。
能力分類としては維持費がかかるタイプのものだが、何かに密閉されていれば、その間は維持費が掛からない仕様だった。
ただし密閉中は一切動けず、能力が完全に停止した状態となる。
今までドクオがポケットの小瓶に気付けなかったのは、そのせいだった。
しかしクマーの攻撃によって小瓶に亀裂が入り、密閉状態ではなくなったことで能力が再始動。
能力名は 【オレの海】 。最早ネーミングセンスを問うまでもなかった。マリントンは完全に海バカである。
現時点でドクオがクマー攻略に使えるカードは、マリントンの人格を得た80ミリリットル前後の海水だけだった。
もしマリントン自身が海上でこの能力を使えば無敵であろうに、今ここは陸の雑木林の中。
それに能力を使っているのもマリントンではなく無能のドクオだ。弱体化の程は、計り知れない。
マリントンが言った通り“超能力の入り口”程度の水量でクマーを倒せるのか。
初めての超能力を上手く使いこなせるのか。
不安はあった。
.. . . .. ..
どこまでコイツをズタボロにしていいのかという不安が。
.
- 293 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:12:58 ID:nocP/iQY0
ドクオが咄嗟に用意した策は二つ。
一つ目は“投げた小瓶”。
あれにはまだ少量の海水を残してあり、チャンスがあれば今すぐにでもクマーを攻撃出来るのだ。
小瓶は意図してクマーの後方に投げておいたので、不意打ちには最高の状態だった。
二つ目は“口の中の水”。
小瓶に入っていた海水の半分以上は、ここまでドクオが口の中に含んでいた。
今は雪を固めるのに一時的に外に吐いているが、もし接近戦になった場合、口内の海水を発射すればそれで勝負は決する。
問題は、この二つの作戦はどちらも不意打ちを前提としたものであり、クマーがどこまで傷付くか分からないという点だった。
【オレの海】は精密動作を得意としていないため直線的な攻撃しか出来ない。
反面この能力はパワーもスピードも十分な性能があり、それはつまり“クマーを殺すかもしれない”という可能性を示している。
勿論ゆっくり少しずつ海水を動かせば、そういう事はない。
しかしそれではクマーに反応されてしまうし、もし海水が大ダメージを負えば、その部分はただの海水に戻ってしまう。
いかにして程々の不意打ちをかけ、クマーに決定的な敗北を自覚させるか。
策によって既に勝利が確定している以上、ドクオが不安視する問題とは、どの程度の手傷をクマーに負わせるかの一点に尽きていた。
.
- 294 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:13:58 ID:nocP/iQY0
(・(エ)・)(焦って出てくると読んでいましたが、木陰にでも隠れましたか……)
(・(エ)・)(……雪国において雪は絶好の化粧。君にもし考える頭があるなら、君は雪で身を隠す)
クマーは静かに構えを解き、片膝を地面につけた。
(・(エ)・)(ドクオ君、隠れたのは『正解』です。しかし君は私の一手を読み違えた……)
それから彼が手の平をそっと地面に当てると、その瞬間、クマーの巨躯に蓄えられた衝撃が地面に流れ出た。
(・(エ)・)(この『衝撃』は、君の化粧を剥がす為のものです)
先と同じ轟音の後、雑木林が一斉に揺らいで騒ぎ立った。
しかしそれだけでは終わらなかった。地表に流れた衝撃が爆発し、その爆風が地表の雪をことごとく吹き飛ばしたのだ。
それはあたかも雪崩のような波状を描き、何も知らず雑木林に隠れたままのドクオへと向かっていった。
.
- 295 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:14:38 ID:nocP/iQY0
(;゚A゚)(――なんだッ!?)
やっと作り終えた雪の壁に隠れていたドクオが異常に気がついた。
ドクオは壁から少しだけ顔を出し、クマーの方向を覗き見た。
(;゚A゚)
雪の波が間近に迫っていた。
波の高さは5メートル以上。厚さ10センチ。クマーの姿を完全に隠すほどの波だ。
意外な光景に、肉体が硬直した。
だがここに留まっている訳にはいかなかった。
危険なのは雪の波に飲まれる事ではなく、今この瞬間にクマーの姿が見えないことだった。
(;'A`)(こいつッ! 俺と同じように雪を利用して……ッ!)
(;゚A゚)(つか何だこの状況!? あいつマジに無能か!? ウソだろ!!)
(・(エ)・)「さて……!」
クマーは地面を蹴り、雪の波に隠れて飛び出した。
次は必殺を狙う。彼は拳を頑強に握り、最後の一撃に備えた。
.
- 296 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:15:20 ID:nocP/iQY0
(;'A`)(ッ! 走り出した! 足音が聞こえる!)
死角と共に接近してくる敵。その心理的圧迫感は凄まじいものがあった。
そしてクマーの一策により、ドクオは今すぐにでも動くしかなかった。
このまま接近戦になっても第二の策で不意打ちは可能だが、それは、クマーの攻撃を完全に見切った上での話だった。
【オレの海】とはふざけた名前ではあるが、この能力が出せる最大威力は銃弾よりも遥かに上だ。
故にこの能力で人間の頭を叩けば、それだけで頭蓋を砕き、首そのものを千切り飛ばす。
それが例え、口に含める程度の海水量であったとしてもだ。
ドクオは今、クマーの姿を視認出来ていない。
雪の波が生み出した死角にクマーが隠れてしまった以上、見切るもなにも一切が不可能なのだ。
こんな状態で【オレの海】に“やれ”と命令を出せば、精密動作を得意としない【オレの海】が何をしでかすか分からない。
【オレの海】という能力の本質はあくまで人格のコピー&ペーストだ。
榊原マリントンの人格を持った“銃弾以上に危険な海水”が、咄嗟にどういう条件反射を起こすか――その想像は容易だった。
ある程度の距離があり、そこで単直な攻撃でクマーが接近してくれば攻撃を見切れるかもしれない。
だが今の状況はその仮定に反している。このままクマーに接近を許せば、不利になるのはドクオの方だった。
動くしかなかった。
ドクオは雪の波に背を向け、逃げるように雑木林の奥へと走った。
ただし逃げるのではなく、次の瞬間には全てを決する為に。
次の策は今さっき浮かんだ。
ドクオはフォックスに貰った拳銃が腰にある事を確かめ、シンプルな実行を開始した。
.
- 297 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:16:04 ID:nocP/iQY0
(;'A`)(おいマリントン! 吐き出すからそこら辺の木を薙ぎ倒せ!)
――オレのこと、あっちに知られちゃうんじゃない?
(;'A`)(それは運任せだ! やったら俺を上に投げ飛ばせ、それで決める!)
ドクオは立ち止まり、口を開いて中の海水を全て吐き出した。
解放された【オレの海】が空中に浮いて鋭く伸び、周囲の樹木に向かって最大威力で突撃していく。
途端、一秒と経たない内に幹をごっそり抉り取られた樹木が、粉雪を巻き上げて地面に倒れた。
二本、三本、四本――樹木は次々と地面に横たわり、即席のバリケードとなって雪の波を待ち構える。
――アーユーレディ!?
(;'A`)(ああ、思っきし頼む!)
バリケードと雪が衝突する間際。
ドクオは【オレの海】に体を預け、上空に飛ぶ覚悟をした。
.
- 298 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:17:03 ID:nocP/iQY0
殴りつけるような衝撃がドクオの体内に響いた。
【オレの海】は精密動作が出来ないので、“ブン殴って打ち上げる”という乱暴な方法しか取れなかったが、とにかくドクオは空中に飛び上がった。
(;゚A゚)(いってええええええええ!!)
ドクオは樹木の天辺を超える高さまで上昇。
そこまで飛び上がると浮遊感がなくなり、今度は落下の感覚がドクオの心身を恐縮させた。
(;'A`)(クソッ! でも怖がってる場合じゃねえ! こっから奴を狙い撃つ!)
落下し始める寸前に、ドクオは腰から拳銃を抜いて構えた。
(;'A`)(頼むぞっ……!)
地面を見下ろすと、雪の波はバリケードによって完全に治まっていた。
クマーのほうもドクオの居場所が分からないのか、静かに周囲を警戒していた。
どうやら空中はクマーの警戒網の外らしく、おまけにマリントンの能力も気取られていないらしかった。
落下が始まる。
ドクオは銃を握り締め、慎重に狙いを定めて引き金に指をかけた。
.
- 299 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:17:56 ID:nocP/iQY0
≪4≫
(・(エ)・)「!」
空中からの気配がクマーの肌を刺した。
クマーは慌てて空中を見上げる。その視界に、ドクオの姿が入った。
(;・(エ)・)「空ッ!? 一体どうやって!?」
(;'A`)(ッ!? 気付くタイミングが思ったより早い!)
ドクオは照準定まらぬまま乱雑に引き金を引いた。
銃声が上がり、クマーに向かって弾丸が発射される。
(;・(エ)・)(空中への浮上、第三の予想外……!)
(#・(エ)・)(しかし弾丸ならば見て避けるだけ! 予想外ではあったが詰めが甘い!)
クマーはスッと身を細め、弾丸の軌道から逃れた。
標的を失った弾丸は地面の水溜りに深く沈み、今度はクマーが攻撃に転じた。
.
- 300 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:18:46 ID:nocP/iQY0
(#・(エ)・)(激動包拳っ……!
(#・(エ)・)(衝撃を蓄え、そして放出するッ!)
クマーが鍛練の先に獲得した技、“激動包拳”。それは衝撃を肉体に留め、一気に放出するという技術だ。
その原型はウォーク大陸から遠く離れた国――中華大国の“八仙郷”と呼ばれる現代武道の総本山で練り上げられた独自の柔術作法である。
八仙郷の教え曰く、“十分に発達した武術は、超能力と見分けがつかない”。
クマーが獲得したのはまさにそれで、激動包拳を含むこの世界の“武術”とは、超能力者との真っ向勝負を前提としたものだ。
ドクオはまるで超能力と武術を別物のように思っていたが、それは完全に誤認だった。
この世界において超能力と武術は同義であり、対等の概念として存在しているのだ。
クマーの左右の正拳突きが二度交差し、衝撃が彼の肉体に蓄積された。
(#・(エ)・)(空中戦は後手有利! これで決した!)
クマーが地面を殴りつけると、蓄えた衝撃が爆発して彼の体を空中に打ち上げた。
その勢いは凄まじく、二人の距離が瞬く間に縮まった。
距離とスピードからタイミングを見計らい、クマーは渾身のストレートパンチを放った。
.
- 301 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:20:29 ID:nocP/iQY0
('A`)「よぉーく見えるぜ、見切れる程にな」
(#・(エ)・)「何をッ……!」
空中において、ドクオはクマーの拳を当然のように回避した。
続けて繰り出されたパンチにも、ドクオは同じ対応でもてなした。
クマーはドクオの想定通りに動いてくれた。
地面から真っ直ぐに飛び上がり、単直に攻撃した時点でこの戦いの全てが決していた。
('A`)「言葉を返すぜ」
('A`)「安い勝利にひっかかったな」
.
- 302 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:22:32 ID:nocP/iQY0
ドズ、という鈍い音が、クマーの肩を背後から突いた。
(;・(エ)・)「はッ?」
この戦いでは不要と思っていた痛覚が不意に呼び起され、クマーは普段以上に痛みを鋭く感じた。
痛みに耐え、クマーはグッと肩を見返した。彼の肩には、鈍色に光るものが数センチ減り込んでいた。
それは“弾丸”だった。
銃声もなく、ただ突然に弾丸だけが自分を攻撃してきた。
クマーはその予想外の痛みに困惑しながらも、眼前のドクオに目を向けた。
(;・(エ)・)「……」
('A`)「……悪いが能力を使った」
('A`)「背骨に当てるハズだったけど、この能力、どうにも精密には扱えなくてな……」
(;・(エ)・)「…………」
クマーの絶句は、この状況を何よりも明確に表していた。
.
- 303 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:23:12 ID:nocP/iQY0
二人の男の暗黙の中で、静かに勝敗が決した。
そこに明確な一撃は必要無かった。
この戦いは誰かの生き死にを決めるものではなく、ドクオの覚悟を見定めるためにあった。
そしてクマーがドクオの覚悟を認めた以上、最早戦いを続ける理由はない。
(・(エ)・)「こうも上手く意趣返しをされては、最早何も言うことはありません」
クマーが己の未熟さを自覚して言った。
それからクマーは親が子を褒めるように、静かにドクオを称賛した。
(・(エ)・)「ようこそ極地シベリアへ……。武神が、君を待っている……」
.
- 304 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:23:54 ID:nocP/iQY0
≪5≫
しかしどれだけ話が良い方向に進もうと、二人が旅館の壁をブッ壊したのは事実だった。
クマーとの戦いは100点。武神云々の話もオッケー。
だがその“やったぜ”と言わんばかりの結果の先には、旅館の管理人が怒髪で待ち構えていた。
(’e’)「うわぁ〜〜〜」
管理人のセントジョーンズさんは怒り心頭の様子だった。
怒り狂っていた。
その後二人はお叱りを受けることになった。
二人は床に正座。腰が弱いセントジョーンズさんはソファーに座った。
ちなみにセントジョーズさんは今年で七十歳らしい。今の活力から察するにあと二十年は生きそうだった。
.
- 305 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:24:37 ID:nocP/iQY0
(’e’)「ワシはのぅ、寝てたんじゃ。ぐっすり」
(’e’)「そりゃあもうぐっすり」
(’e’)「なのになんか物音がして起こされてなぁ……もう」
(’e’)「ぐっすりって、ボウズ分かるか? ぐっすりっていうのは……」
急に始まったぐっすり談義から数分後。
(’e’)「……まぁ壊れた物をとやかく言ってもしゃーないしのぅ」
(’e’)「弁償代は五万で勘弁したるわい」
(;'A`)(地味にたけえ……)
ドクオは修理費をフォックスの財布(なんか置いてあった)から払った。
(’e’)「んじゃ後は適当に直しといてちょ。木材とか裏にあるから。ほんじゃ」
(;'A`)「はい……すんませんした……」
.
- 306 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:25:28 ID:nocP/iQY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(・(エ)・)「手際良いですね」
セントジョーンズさんの言いつけ通り、ドクオは裏から木材を持ってきて壁を修理していた。外の作業はさすがに寒かった。
買ってきた缶コーヒーを片手に、ドクオは木材に釘を打ち込んだ。
( 'A`)「まぁ〜育ちの所がアレだったんで。家の修理も自分でよくやってたんすわ」
(;・(エ)・)「手伝えなくて申し訳ない……ハンマーが上手く使えなくて……」
(;'A`)(アンタなら素手で釘ねじ込めそうだけどな……)
( ・(エ)・)「しっかし……まぁ暇なので喋りますが、改めて君には驚きました」
クマーもまた缶コーヒーを持って地べたに座り、ドクオの作業を見ながら喋り始めた。
( ・(エ)・)「アレですよアレ……【オレの海】? 私としては、よくもまぁと……」
(;'∀`)「……人の褌ってヤツですかね?」
( ・(エ)・)「いえ、事前の情報では人望無しの根暗クソ野郎と聞かされていたので、それは別に気にしていません」
( ・(エ)・)「むしろ人間関係の構築には特に問題が無さそうで、安心しました」
(;'A`)(……けっこう酷いこと思われてたんだなぁ……)
.
- 307 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:26:47 ID:nocP/iQY0
( ・(エ)・)「水で弾丸を受け止め、発射口を作る」
クマーはそう言うと缶コーヒーに口をつけ、温かいコーヒーを口内で転がした。
それを飲み下し、彼は続けた。
( ・(エ)・)「あの能力、ダメージを負った部分はただの海水に戻りますからね。
結果、弾丸の通った部分だけが水全体から抜け落ち、発射口が完成」
( ・(エ)・)「あとは弾丸の向きを整え、ゆっくりと照準を合わせて弾丸を撃ち出す」
( ・(エ)・)「これで海水製拳銃の完成。上手いこと考えましたね」
('A`)「悔しかったんすか?」
(・(エ)・)「は?」
( 'A`)「なんでもないっす」
ドクオの絶妙な煽りがクマーの羞恥心を逆なでた。
ぺらぺらと自分のやられた事を口走る様は、確かに少し情けなかった。
ドクオとしては最初に子供なの何だの言われているので、もう少しクマーに仕返しをしたい気分だった。
.
- 308 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:27:36 ID:nocP/iQY0
( ・(エ)・)「まーまだ全然運任せですがね。もし弾丸が当たらなければ私の勝ちでした」
( 'A`)「まーあれがダメでも全然まだ勝てたんすけどね。空中に出た時点であと二通りは突破方法ありました」
(・(エ)・)彡 「例えば?」 サッ
( 'A`)「え? もうよくないっすか」
(・(エ)・)「……」
( '∀`)「……やっぱ悔しいんすか?」 ニタァ
(・(エ)・)「ははは」
( ・(エ)・)(やはり根暗クソ野郎……)
( 'A`)(ムカつく筋肉クソダルマ……)
どちらも陰湿に、そんな事を考えていた。
.
- 309 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:28:16 ID:nocP/iQY0
( 'A`)「あー……。とりあえず俺は武神のとこ連れてってもらえるんすよね?」
( ・(エ)・)「そりゃ勿論。当然」
( 'A`)「フォックスは?」
( ・(エ)・)
不意の質問に、クマーは押し黙った。
( 'A`)「……まぁ、いいんすよ。そういう感じになるのは分かってたんで」
( ・(エ)・)「……分かってた、とは?」
( 'A`)「昔話ですよ。あいつの」
(;・(エ)・)「まさか……本人に聞いたのですか?」
クマーはひそひそと言った。
( 'A`)「人の昔話を聞かずに後悔したことあるんで。がっつり全部聞き出しましたよ」
( ・(エ)・)「……ならどうします。助太刀にでも?」
('A`)「まさか。クマさん言ってたじゃないすか。フォックスにはフォックスの相手が居るって」
( 'A`)「だったら任せるだけっすよ。もし状況が逆でも、俺達は同じことを言うと思います」
('A`)「自分の敵は自分で倒せ。勝つなら一人で勝て、負けるなら一人で負けろ」
( 'A`)「イッテヨシで俺らにあった事は、まぁ後で時間のある時にでも話しますよ」
.
- 310 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:28:57 ID:nocP/iQY0
爪;'ー`)「ういーっす……」
その時だった。
ドアを開け、フォックスが片腹を抑えて部屋に帰ってきた。
かと思えば、彼はすぐに上着を脱ぎ捨て、ベッドにどさりと倒れ込んだ。
('A`)「おう」
ドクオは片手を上げてフォックスを迎え、外での作業を止めて室内に戻った。
洗面台で汚れた手を洗いながら、彼はフォックスに話しかけた。
('A`)「どうだったよ」
爪;'ー`)「まぁまぁ……つか壁ねぇんだけど。何かあったのか?」
(・(エ)・)「まぁ色々と」 ヌッ
壁の穴からヌッと顔を出して言う。
壁の修理はもう大体が済んでおり、クマーが通れるほどの隙間は既に残っていなかった。
グッドマッスル故の誤算だった。
爪;'ー`)「うっわ……お前……筋肉クソダルマ……」
最後の部分は小声で言ったので問題は無かった。
(・(エ)・)「どうも。ご無沙汰ですね」
.
- 311 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:29:39 ID:nocP/iQY0
(・(エ)・)「どうやらその様子では渡辺の悪趣味から脱出できたようですね」
爪;'ー`)「まぁな……あいつ渡辺って言うのか?
さすが武神のお墨付きって感じだったぞ」
(・(エ)・)「それを言うならドクオ君もです。
彼、あなたのお墨付きなのでは?」
爪;'ー`)「……いや、ありゃ金魚のフンだ。勝手についてきた」
(・(エ)・)「一線を画す存在には違いない。そう照れを隠す必要はありませんよ」
爪#'ー`)「あ゙ぁ〜!! だからお前嫌いなんだよ! まどろっこしい、うっぜえ事ばっか言いやがる!!」
爪'ー`)「筋肉クソダルマのくせに」 ボソッ
小声なので大丈夫だった。
(・(エ)・)「心身を鍛えてこその武ですよ。あなたもどうです、なにかボードゲームでも」
爪;'ー`)「うぜぇ! もう疲れてっから全部後だ! 寝る!!」
そう言い、フォックスは毛布を体に巻きつけて寝入った。
('A`)「え、俺のメシは?」
爪'ー`) スヤァ・・・
('A`)
飯抜きが確定した瞬間だった。
.
- 312 名前:名も無きAAのようです :2013/05/23(木) 19:30:24 ID:nocP/iQY0
(・(エ)・)「明日の昼……というかもう今日ですね。今日の昼、また迎えに来ます
シベリアの観光案内でもしながら、私が武神のところまでお送りしますよ」
('A`)「あ、ところで弁償代の事なんすけど。さっきの五万」
(・(エ)・)「君も疲れたでしょう。よく休んでおきなさい」
('A`)「あっはい。でさっきの五万を」
(・(エ)・)「あっはっは」
('A`)「割り勘っ……」
(・(エ)・)「あっはっはっは」
(;'A`)「……割り勘にしませんかって……」
(・(エ)・)「あーはっはっはっは!」
('A`)
(・(エ)・)
(・(エ)・)ゞ 「じゃっ!」
クマーは言い置き、壁から頭を抜いて走り去った。
('A`)
ああ、そういうことする。
ドクオは半ば諦めたようにそう考え、壁の穴からクマーを見送った。
あれだけ高尚に物を語っていたクマーの背中が、二つの意味でどんどん小さくなっていった。
.
←第四話 / 戻る / 第六話→