148 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:47:20 ID:WFAf4TNY0

≪1≫


 自慢の改造オートバイ“バッド・セオリー”を岩陰に隠し、フォックスは今夜の宿を取るべく町に向かった。
 町は掘っ立て小屋ばかりで大した所ではなさそうだったが、野宿よりはマシだと思い、宿を探し始める。


爪;'ー`)(しっかし……なんだ、なんもねえ場所だな)


 軒先にはランタンが吊るしてあるものの、店が開いているような活気はどこにもない。
 それからも彼はしばらく歩いたが、およそ宿らしい建物は一件も見つからなかった。

.

149 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:48:31 ID:WFAf4TNY0


 町を粗方歩き終えると、フォックスは今夜マジでどうしようと考えた。

 彼はここ数日の野宿で食料も何も一切が尽きかけていた。
 無論、食料等が無い訳ではないので朝まで耐えることは出来るが、ちょっとくらい楽をしたいと思うのは当然のことだった。


爪'ー`)(……お? 空き家か?)

 諦めてハーレーの所へ帰ろうとしたフォックスは、ふと視界の端に一件の小屋を捉えた。
 その小屋は町外れにポツンと立っており、軒先にランタンの明かりも見えなかった。
 町外れの空き家なら使っても怒られないだろう。彼はそう思い、ハーレーと一緒にその小屋を訪ねた。


爪'ー`)「ちーっす! 誰か居ますかー!」

 扉を乱暴に叩く。中から返答は無い。
 取っ手に手をかけると、案の定鍵は開いていた。

 フォックスは扉を開け、小屋の中に立ち入った。

.

150 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:50:40 ID:WFAf4TNY0


 小屋の内装を見るや、フォックスは思わず抜き足になった。
 空き家――せいぜい物置小屋だと思っていたこの小屋の内装が、まるでさっきまで人が居たように整然としていたのだ。
 テーブルがある。椅子が二つある。綺麗な台所がある。そして更に二つの部屋がある。

 間違いない、ここには誰かが住んでいる。だがさっき返事が無かったのはどうしてだ?
 寝てる奴でも飛び起きるような声を出したはずだ……。

 フォックスは一度小屋の入り口に戻り、右手に備え付けられた靴箱を開いた。
 やはり靴がある。しかし一足だけだ。靴は、上段の左端にぽつんと置かれていた。


爪;'ー`)(……ここ靴脱ぐのか)

 気付かず靴を履いたままだった彼は、そーっと靴を脱いで靴箱にしまった。
 そして彼はちらりと床を見下ろした。床には、フォックスの足跡が鮮明に残っていた。


爪'ー`)(……靴跡が多い、だと?)

 その違和感が彼の神経を研いだ。
 彼がここに入ってからの歩数はせいぜい十歩。しかし床にある足跡は、それ以上の歩数を示していた。

 彼は泥の足跡を目で辿った。
 足跡は二つある部屋の左の部屋に続いている。誰かが一度部屋に入り、出て行った事は足跡から推測できた。


 『靴を脱ぐ場所』で『足跡が残っている』。

 やがてフォックスは身構え、足跡の続く部屋へと進んでいった。

.

151 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:52:08 ID:WFAf4TNY0

≪2≫


 体を揺さぶられる感覚がしばらく続き、ドクオは無理矢理に目覚めさせられた。
 ぼやけきった視界に誰かの影が映る。声も僅かに聞こえていた。

 次第に意識が戻ってくる。
 その時、ドクオは反射的にベッドを跳ね起きた。


(;゚A゚)「うああぁッ!」


爪;'ー`)「おいお前、大丈夫か!? 何があった?」


(;゚A゚)「やめっ……」

 頭の中が混濁している。

 思考が沸騰と冷却を繰り返し、あらゆる記憶が心底からひっくり返った。
 あまりの頭痛に、内臓が血管に溶け出すような錯覚さえあった。
 現実感が肉体を乖離していき、彼はもう自分の生死すら自覚できなかった。

.

152 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:52:51 ID:WFAf4TNY0



爪;'ー`)「――おい! いいか、まず呼吸をハッキリやれ。
      分かるか? 吸って吐くんだ。吸ったら、吐くんだ」


(;゚A゚)「……息をっ……!」


爪;'ー`)「そうだ上手いぞ。さぁ吐け!」


(; A )「おげろぶぼぁぁぁぁぁぁ!!」


Σ爪;'ー`)「うおぉぉお!? いきなりゲロ吐くなよ!!」


(;゚A゚)「はぁ……げふッ……!」


爪;'ー`)「水持ってきてやっから! それまでに吐けるだけ吐いとけ!」


(; A )「うっ……!」


.

153 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:54:17 ID:WFAf4TNY0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



爪'ー`)「んでよぉ……」

 フォックスは床に座り込み、ベッドで不貞寝するドクオに問い掛けた。


爪'ー`)「なにがあったんだよ。どーした」

('A`)「……」

爪'ー`)「……こいつがテーブルの上にあった。悪いが読ませてもらったぜ」

 ドクオが何も答えないので、フォックスは片手に紙切れを掲げて言った。
 二つ折りになったそれを見た瞬間、ドクオはこれが素直クールからの手紙だと悟った。

(;'A`)「……」

爪'ー`)「なんとも物騒な話じゃねえか。ほらよ」

 手渡された手紙を開き、ドクオはその文面を読み始めた。

.

154 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:55:07 ID:WFAf4TNY0




 結果的に私達で君を騙すことになった。


 ただ、どうかエクストを責めないでやってほしい。


 エクストとドクオ、これからの二人が不和無く生きていける事を願う。



 残せるものが無かったので、私の能力で作ったペンダントを置いていく。


 今までありがとう。私は自分の道に戻る。



.

155 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:56:38 ID:WFAf4TNY0



爪'ー`)「女にでも逃げられたか」

 そう言いながら、フォックスが黒いペンダントを差し出した。それは、素直クールが残した唯一の物だった。

 ドクオはそれを受け取り、ペンダントを見つめる。
 ペンダントは石ころ程の形と大きさで、見る分にはただの黒い石だった。


('A`)「……全部、無くなっちまったんだな……」

 彼が気絶から覚めて少し。
 今まで曖昧に捉えていた現実が、ようやく実感として頭の中で整理され始めていた。


 素直クールはもう居ない。エクストも居ない。町は俺を裏切った。
 孤独、あるいはそれと類義の言葉が、次々と彼の脳裏を掠めてゆく。

 ドクオは、久しく感じていなかった鬱然とした気分に顔色を悪くした。
 記憶の整理を少しずつ進める。思考と止めず、ただ機械的に、時系列ごとに事象を並べた。


 ――手紙。

 何か引っ掛かる。


 ドクオはもう一度手紙を開き、その文面を注意深く読み直した。

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156 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:57:37 ID:WFAf4TNY0



( 'A`)(……『これからの二人が』……?)


 エクストとドクオ、これからの二人が不和無く生きていける事を願う。
 その一文を見て、思考が立ち止まった。

 先程、エクストは 「俺は町を出る」 とはっきり言っていた。
 しかし手紙では、まるでドクオとエクストが今後も町で暮らすかのように書かれている。

 矛盾だった。
 ドクオはエクストの言葉を思い出した。


 ――これは、クールさんも納得済みの事だ。


( 'A`)(……そうか)

 合点がいき、ドクオは無気力に微笑んだ。

( 'A`)(俺を餌にクールを釣ったのか、エクスト……)


 お前が居るとドクオが危ないから町を出て行ってくれ。
 そうとでも言えば、クールがエクストの言葉を真に受けるのは想像できた。

('A`)(そして自分は協力者としてデミタスの仲間に、か)

 記憶の整理が終わり、ドクオはのろのろとベッドから出た。
 部屋を出て居間に行くと、フォックスがその後を追ってついてきた。

.

157 名前:名も無きAAのようです :2013/04/03(水) 23:59:10 ID:WFAf4TNY0


 カセットコンロの火を点け、水の入ったやかんをセットする。
 それからコーヒーを淹れる準備を二人分済ませ、ドクオはテーブル傍の椅子に座った。


爪'ー`)

('A`)「で、あんた誰だ」

 居間の隅で棒立ちするフォックスに言った。
 すると、やっと自分を相手してくれた事が嬉しかったのか、フォックスは微笑みながら空席に掛けた。


爪*'ー`)b「俺はフォックス。野良で格闘家やってるモンだ。
      今日の宿を探してたらここに着いた。ちなみに今日泊まってもいいか」

( 'A`)「床でいいなら別に」

爪*'ー`)「十分! サンキュードックン!」

(;'A`)「ドッ……?」


爪'ー`)「ああ、あの手紙に名前あったからな。お前の名前、ドクオだろ?
     なんかThe・ドクオって顔してるもんな!」

(;'A`)「そんなワールドワイドになった覚えはねぇよ……」

.

158 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:00:06 ID:f5Kv81CY0



爪'ー`)「――有名人じゃないのか?」

('A`)「あ?」

 フォックスの言葉を遮るように、やかんが湯気を上げて沸騰を告げる笛を鳴らした。
 ドクオは席を立ち、二人分のコーヒーを淹れて戻った。


爪'ー`)「お、サンキュ」

('A`)「いやこれお前の分じゃ……」

 そこまで言い、ドクオは自分が無意識に素直クールの分のコーヒーを淹れていた事に気がついた。
 もう居ない人間の為に勝手に体が動いていたのだ。それを自覚すると、彼はその空虚さに冷笑をこぼした。


('A`)「……ほら」

 ドクオは、一方のコーヒーをフォックスに渡した。

爪'ー`)「砂糖と牛乳」

( 'A`)「勝手に取れ」

爪'ー`)「よっしゃ」

.

159 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:01:16 ID:f5Kv81CY0


 フォックスのコーヒーがカフェオレに変わる。
 フォックスは満足気にそれを一口飲むと、さっきの話を再開した。


爪'ー`)「で、お前有名人なんじゃないの?」

('A`)「なんで」

爪'ー`)「いやよ、こんな貧相な町には不釣合いな感じだったじゃん。
     さっきの手紙の事な。こんな町で 『女に逃げられたー』 なんてのは違和感あるぜ?」

('A`)「……逃げられたんじゃねえよ」

爪'ー`)「……って言うと?」

( 'A`)「まぁ……色々な……」

 ドクオは事情を話そうかと迷ったが、自棄な気分に乗せ、フォックスに全てを口走った。
 そして上手いことドクオから話を聞きだしたフォックスは、話を聞き終えると同時にカフェオレを全て飲み下して言った。



爪#'ー`)「なんだそりゃ!! 要はお前ッ……騙されて一人ぼっちって事じゃねーか!!」

( 'A`)「……その通りだな。ほんとに……」


爪#'ー`)y‐ 「ふざけた話だぜ! ったく聞くんじゃなかった!!」

('A`)「禁煙」

爪#'ー`)「すまん!!」

.

160 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:02:57 ID:f5Kv81CY0



 煙草を携帯灰皿の中に捻じ込み、フォックスはまた声を荒げた。

爪#'ー`)「追うか! 今からそいつらを!」

('A`)「……向こうは多分車だろ。走って追いつけるかよ」

爪#'ー`)「俺の自慢のオートバイがある!」


('A`)「……武器になるもんとか持ってねーし……」

爪#'ー`)「俺がブッ倒す!! お前にゃ期待してねぇから安心しろ!!」


('A`)「……銃とか怖いし……」

爪#'ー`)「だったらこれで五分だろうが!!」

 フォックスはそう言い、懐から取り出した拳銃を、叩きつけるようにテーブルに置いた。


爪'ー`)「俺の護身用の銃だ。まぁ化石みたいな代物だが弾は出る」

('A`)「使い方……」

爪#'ー`)「撃鉄起こしてブッ放す!! 以上!!」

.

161 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:04:24 ID:f5Kv81CY0



('A`)「……」


 彼自身、素直クールを追おうとは目覚めた瞬間第一に思った。
 しかし現実がそう上手くいくとは考えられない。この一件、不安材料があまりに多すぎた。


 仮に追って間に合ったとして、素直クールとエクストが「はい分かりました」と町に帰るのか?

 彼らを無理矢理にでも連れ帰ったとして、これまでのような生活が続くと本気で思うのか?

 デミタスがもしも実力行使に出たら? エクストが完全にデミタスの味方になっていたら?


 状況の一切がドクオを拒んでいた。
 ここから動き出すための足は、深い泥の中にあった。

.

162 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:05:17 ID:f5Kv81CY0



 このまま一人で、そっと生きていくのも悪くない――


 心地良い停滞の日々は今、ドクオの目の前にあった。

 歯を磨いてベッドに潜り、眠り、朝には起き上がり、いつもの仕事をこなし、家に帰り、寝る。
 毎日これを繰り返していればいい。俺はただ、漠然と生きていれば――


 ……生きる?


 ドクオは自問した。



 俺は死にたかった。少なくとも生きる糧は何も無かった。

 “生きている”という前提すら忘れるほど、“死”を望んでいた……。

 昔の俺は、ただ漠然と死んでいたんだ……。


 でも……俺はさっき無意識に“生きる”ということを思った……“生きる”という道へ進むことを望んだ……。

 どうしてだ? 俺はもう既に……生きる糧を全て失ってるのに……。

.

163 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:06:04 ID:f5Kv81CY0




('A`)「……」


( 'A`)「ちょっと……目が悪くなったかな……」



 ドクオは、机上の拳銃を掴み取って言った。



('A`)「行こう」


.

164 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:07:57 ID:f5Kv81CY0


≪3≫


 荒野を疾走するオートバイ――バッド・セオリーが、絶え間ないエンジン音を夜空に響かせていた。
 悪路ゆえに車体は大きく左右に揺れていたが、フォックスはそれを気にも留めず速度を上げ続けている。


爪'ー`)「どーいう気の変わり様だァ!?」

 愛車のエンジン音に負けじと、フォックスは声を張り上げてドクオに言った。

 ドクオは、フォックスの背にひしひしと抱きついて車体の揺れに耐えていた。
 ガタガタと揺れるバッド・セオリーの後部座席で、ドクオは怯懦染みて答える。

(;'A`)「なっ……なにがッ!」

爪'ー`)「いやな、俺はお前があのままぐずって寝るんじゃねーかって思ってたからよ!!
     ぶっちゃけマジで追うつもりとか無かったんだわ!!」

(;'A`)「えぇ!?」

爪'ー`)「そんで適当に煽ったら本気にするしな! お前結構バカだろ!」

(;'A`)「じゃあなんでお前俺を――」

爪'ー`)「だけどよ!! 俺ァそういうバカは好きだぜ!! 他人の冗談をマジにするバカはよ!!」

.

165 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:08:48 ID:f5Kv81CY0


 その時、フォックスの視線の先に赤い光が見えた。
 光は大分遠くに見えるが、確かにそれは自動車のテールランプだった。


(;'A`)「追いついたのか!?」

爪'ー`)「多分な! 心の準備しとけよ!!」

 二人の意思に応えるように、バッド・セオリーのエンジンが咆哮を上げて加速した。


(;'A`)(デミタスには追いついた。後は俺がどう動くか……!)


 ドクオは首に下げた黒のペンダントを一瞥し、ささやかに祈りを込めた。
 願わくは、明日の朝日を、掛け替えのないあの人と見られるように……。

.

166 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:09:40 ID:f5Kv81CY0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(´・_ゝ・`)「後ろのバイクめっちゃうるさいんだけど」

 運転席のデミタスが適当に呟いた。その意見には車内の他二人も同意だった。
 追うなら追うで、もう少しばれないような工夫が欲しかった。


(`・ω・´)「追ってきたぞ。どうするんだ」

(´・_ゝ・`)「だよなぁ。どうしよっか」


(´・_ゝ・`)「あんたどう? なんかアイデアある?」

 腑抜けた声で、助手席の素直クールに話しかける。

川 ゚ -゚)「……」

 彼女は外の夜景を見つめたまま、なにも答えなかった。

.

167 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:11:23 ID:f5Kv81CY0



(`・ω・´)「……仕方ない。俺が足止めに残る」

(´・_ゝ・`)「足止め? する必要あるか?」

(`・ω・´)「下手にあいつらと事故って車壊れても困るだろ。これレンタルだぞ」

(;´・_ゝ・`)「……それもそうだな。とにかく借金は絶対に回避していこう」

 現在八百万の借金を抱えている男の言葉は、とても重かった。


 シャキンはデミタスからケータイを受け取り、自分のケータイに電話をかけた。

――はい。

 エクストが出た。こちらとの連絡用に、シャキンがエクストに自分のケータイを渡していたのだ。

(`・ω・´)「後ろのバイクは見えてるな? 俺が足止めに残る。お前はこっちの車に移動しろ」

――はい。

 エクストは即答して通話を切った。

.

168 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:12:08 ID:f5Kv81CY0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 三キロメートルほど先で二台の車が停まった。
 そして後継の車から誰かが降りた――途端、ドクオはバッド・セオリーの後部座席から身を乗り出した。


(;゚A゚)「エクスト!!」


<_プ−゚)フ

 一瞬、二人の目が合った。


爪;'ー`)「ドクオ!! 今は前だ!!」

 フォックスの声にはっとし、ドクオはフォックスの示す先に焦点を合わせた。
 前方を見ると、月光に照らされた男が一人、彼らの道を阻むように立っていた。

.

169 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:13:09 ID:f5Kv81CY0


(`・ω・´)「こっちも仕事だ。邪魔するならここで止める」

 ドクオの知らない顔だった。
 しかし自分達の道を阻む以上、たとえデミタス以外の誰であろうと突破する覚悟は出来ていた。
 ドクオは拳銃を構え、撃鉄を起こした。

(;゚A゚)「うっ……撃つぞ!!」

爪;'ー`)「待て! どうも様子が――」

 フォックス駆る改造オートバイ“バッド・セオリー”は、その殆どを規格外パーツで固めた超重量級の代物である。
 それが180km/hを遥かに超えたスピードで迫っているというのに、立ちはだかる男はまるで素面のまま構えていた。

 フォックスは予期した。
 だが、既に遅かった。

 男はポケットに手を突っ込み、ペンライトを取り出した。


爪;'ー`)「――――!」


 能力者だ。
 最早その声を上げるまでもなかった。

 バッド・セオリーの切先が、男の肉体に激突した。

.

170 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:15:03 ID:f5Kv81CY0


≪4≫


爪;'ー`)「なッ……!!」

 フォックスは思わず感嘆を漏らした。が、相手が能力者と分かれば話は別だった。

 横倒しになり、大きく燃え上がっている愛車バッド・セオリー。
 一方のシャキンは、未だ健在のままフォックス達を睨んでいた。


 間一髪のところで、フォックスはドクオを引っ張ってバッド・セオリーから飛び降りていた。
 咄嗟の行動だったが正解だった。乗ったままシャキンと衝突していれば、怪我を負ったのはこちら側だっただろう。

(; A )「げほっ……くっ……!」

 少し乱暴にしたせいか、ドクオは痛みに蹲っていた。

爪;'ー`)「……起きろ。優しくしてる暇はねえぞ」

 そう言ってる間に、彼らの先でデミタスの車が発進した。あの車には素直クールもエクストも乗っている。
 だったらこいつは足止めで残ったか。フォックスは立ち上がると、シャキンのために残されたもう一台の車に目をつけた。

.

171 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:16:06 ID:f5Kv81CY0


爪;'ー`)「いいかドクオ、もう俺らには追う手段が一つしか残ってねぇ」

(; A゚)「……!」

 遅れて立ち上がったドクオは、既に走り出してしまったデミタスの車に気付き、鳥肌を立てた。


爪;'ー`)「ちょい先に一台車がある。多分こいつが帰るためのもんだろう。
      そんで俺らが前に進むには、もうあの車を奪い取るしか無い……」


(`・ω・´)


爪;'ー`)「……この男を、能力者を倒してだ」

(;'A`)「…………」

 二人の話が終わったのを見計らい、シャキンが悠然と前に出た。
 対峙する二人と一人。状況は、能力者であるシャキンの圧倒的優位だった。

.

172 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:17:29 ID:f5Kv81CY0


(`・ω・´)「もう帰ってくれるなら」

爪;'ー`)

(`・ω・´)「俺も手を出さない」

 シャキンは背後の車を指し、更に続けた。


(`・ω・´)「もし、あれを奪ってまだ素直クールを追う気なら……」

(;'A`)

(`・ω・´)「……まぁ、それなりに止める」


爪;'ー`)「……ハッ! 黙れよクソマユゲ!!」

(`・ω・´)「……虚勢だな」

 シャキンは呆れ顔で言った。


(`・ω・´)「お前、多少動ける人間だろ。だからさっきバイクから飛び降りられた。
      しかもその理由は 『逃げるため』 じゃあなく俺を 『倒すため』 だ」


(`・ω・´)「あの状況で俺を能力者と判断したお前は、迷わずバイクを乗り捨てた」

(`・ω・´)「俺にバイクを激突させる。もし俺が能力者なら、そうする事でしか倒せないと悟ったからだ」

.

173 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:20:05 ID:f5Kv81CY0


(`・ω・´)「お前にとって、あのバイクの特攻が 『最大火力』 だった」

(`・ω・´)「そして今のお前達は、俺の能力がどんなものなのかすら想像出来ていない」


(`・ω・´)「『撤退』と『退散』。今日はこれを覚えてお家に帰れ」


爪;'ー`)「ドクオ!! 車まで突っ走れ!!」

 シャキンが言い終わらない内にフォックスが飛び出した。
 フォックスは滑るように間合いを詰め、シャキンの顎めがけて真っ直ぐに拳を打ち込んだ。

 拳はシャキンの顎に直撃した。
 しかし、顎の骨を砕く気で放ったそれの手応えは余りにも妙だった。

 フォックスは巨岩を殴ったような感触を覚えていた。しかし痛みや衝撃、つまり反作用に当たる手応えが一切無かった。
 長らく格闘家として生きてきた彼にとって、その感覚は前代未聞だった。


(`・ω・´)「追う気なら、と言った筈だ」

(;'A`)「ッ!!」

 シャキンは銃を抜き、それをドクオに向けた。
 ドクオはフォックスの声と同時に駆け出していた。

 車まで残り二キロメートル強。
 ドクオの足からして十五分程度で走り終える距離だったが、それを許すほどシャキンは甘くなかった。

 その時、銃声が響いた。
 ドクオは足首を突かれたように身を崩し、走る勢いのまま地面に大きく転がった。
 彼は右のふくらはぎを撃ちぬかれていた。
.

174 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:22:38 ID:f5Kv81CY0


(;゚A゚)「おああっ……」

 足から未体験の激痛がのぼってくる。その激痛に反応し、脳が一気にアドレナリンを噴き出した。
 足を撃たれた。ドクオがそう自覚できた頃には、もう全てが遅かった。
 今のドクオは気絶寸前でなんとか意識を留めているに過ぎず、まともな思考など出来る訳がなかった。

 痛みによる思考停止。
 ドクオは撃たれた足を抱え、悲痛な呻き声を上げた。


(`・ω・´)「あとはお前一人だ」

 ドクオに向いていた銃口が、フォックスに向かった。


 ――ドクオが撃たれた事で、シャキンの能力について分かった事がある。


 ドクオを止めるためにシャキンが銃を使ったという事は、彼の能力が“攻撃”には特化していない事を示している。
 そして先程感じたあの違和感。まるで反作用が消えたかのような、あの感覚。

 これだけでは能力の詳細までは分からないが、とにかく現状考えられる彼の能力の中身は一つ。


爪;'ー`)(こいつの能力は『無効化』……。そういう類の『力』と見た)

.

175 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:25:41 ID:f5Kv81CY0


 この世界には、数多くの能力者が存在する。

 大都市で瞬く間に殺戮を成したり、上層時空へ悠々と介入していく能力者が確実に存在する。
 世界介入、概念相殺、物質支配。最早人知など塵芥と言えるほど、この世界における能力は実に幅広い。


 では、能力を持たない一般人――通称“無能”に類するフォックスは、今までどうやって“格闘家”として生きてきたか。
 努力が意味を成さないこの世界で、努力にこそ生を見出す“格闘家”はどうやって己を保持してきたか。


爪;'ー`)(思いついた……この能力の突破口……!)


 無能が能力者に勝つために必要な段階は三つ。
 そして特に必要なのが第一、第二段階であった。


 第一段階。“反発直感”による思考を介さない理解。

 第二段階。それを元に敵能力者の程度を判断する“反射照合”。

 第三段階。最後に、敵能力者を倒すためのシンプルな“実行”。


 フォックスは既に第二段階までを駆使し、シャキンを越えるための方法を思いついていた。
 彼自身、今まで能力者相手に戦った事は何度もある。死を覚悟したことも少なからずあるが、その経験からいってシャキンは脅威ではなかった。
 反射照合の結果、シャキンは“対応できる程度の能力者”とフォックスに判断されたのだ。

.

176 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:27:39 ID:f5Kv81CY0



 フォックスに向けられた拳銃のシリンダーが回転し、撃鉄が落ちた。
 途端に銃声が鳴り、二人の聴覚が一時的に麻痺した。

 弾丸は、虚空に飛び去っていた。

(;`・ω・´)「ッ!!」

 瞬間、フォックスはシャキンの手から拳銃を弾き飛ばした。
 彼の“反発直感”の通り、どうやらシャキンの能力は自分の肉体を守るので限界らしかった。

 拳銃を弾けたことで、また新たに“反発直感”が答えを提示した。
 銃を弾く時、シャキンの手も同時に動いた――銃を弾いた衝撃がシャキンに届いていた事から、更に“反射照合”が開始された。


 思えば当然のことだった。
 シャキンの能力が無効化ならば、物を持つための“力”がそもそも生まれない。
 故に彼は地面を走ることも、地面に踏ん張ることも出来ない。それは、足から地面への作用を自分で消してしまうからだ。
 シャキンが最初からあまり歩きたがらないのも、それが理由だろう。

 彼の能力が無効化――“作用を到達させない能力”ならば、彼は自分から別物質に作用する事は出来ない。
 だからこそ、彼が自分以外の物質に“力”を掛ける場合、その部分――先程ならば拳銃を持った手――は能力が解除、あるいは弱まっていると推測できる。


 無効化能力という漠然とした能力予想が、あっという間に能力の正体にまで到達しようとしていた。
 そして先程拳銃を遠くに飛ばされた時点で、シャキンにはもう攻撃手段がなかった。

 彼が銃を拾うために歩き出せば、それが最大の隙となる。
 シャキンは今、チェックメイトの寸前にあった。

 第三段階、シンプルな“実行”は、シャキンから攻撃手段を奪うこと。
 シャキンが自分から別物質に作用出来ないという弱点はフォックスにも予想外だったが、それも運が良かった。
 これからシャキンがどう動くかでまた色々変わってくるが、とにかく今、シャキンが立ち止まっている今こそが、突破可能の瞬間だった。

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177 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:28:55 ID:f5Kv81CY0


爪'ー`)「動くなよ。動いた瞬間、一撃で沈めてやる」

(`・ω・´)「……」

 両者とも、ポーカーフェイスで互いを睨んでいた。



(;`・ω・´)(まさか、もうバレたのか? 俺の能力の弱点……)


爪;'ー`)(……で、今ここでドクオが動いてくれる予定だったんだが……)

 淡い期待を浮かべつつ、フォックスはドクオの様子を確認した。



(; A )

 やはり、ドクオはまだ地面に倒れていた。
 そろそろ頭も冷え、立ち上がれるようにはなるだろう。
 だが、足を撃たれた状態では、まず走ることは出来ない。

 フォックスとシャキンが睨み合い、ドクオが動けない膠着状態。
 まだデミタス達を追わねばならないフォックス達にとって、このタイムロスは致命的だった。

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178 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:30:20 ID:f5Kv81CY0




 ――状況を悟った瞬間、フォックスの“反発直感”が彼の肉体を突き動かした。


 フォックスはシャキンを無視し、ドクオのもとへ全力で走った。
 それを見て、シャキンも拳銃を拾いに一気に動き出す。



爪;'ー`)(西部劇の決闘かよ!!)

 最早こうなっては誰かが動き出すしかなかった。


 シャキンを銃を拾い、フォックス達を狙い打つのが先か。
 フォックス達が車まで走り終え、出発するのが先か。

 決死のレースが幕を上げた。

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179 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:31:00 ID:f5Kv81CY0



爪;'ー`)「ドクオ! 背中に乗れ!」

(;'A`)「ッ!?」

爪;'ー`)「いいから!! お前ごと俺が走る!!」

 フォックスはドクオを背負い、二キロメートル先の車に向かった。


(;`・ω・´)(油断大敵だったか!!)

 シャキンも同じくして拳銃を拾い上げ、フォックスの姿を目で追った。
 狙えない距離ではないが、暗いうえに視界が悪すぎる。残弾は四発。無駄撃ちは出来ない。


(;`・ω・´)「くそッ!」

 シャキンは狙撃を諦め、二人を追って走り出した。

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180 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:32:19 ID:f5Kv81CY0


 フォックスは荒野を疾走した。
 背後の足音から逃げ切り、一秒でも早く目前の車に駆け込みたかった。

 しかし、フォックスと言えど人間一人を背負って残り一キロ半を走るのは困難だった。
 無理ではない。だが確実にシャキンには追いつかれる――。


 反発直感が、もう一度フォックスの脳内で展開された。


爪;'ー`)「おいドクオ! 撃たれた足、いけるか!?」

(;'A`)「ああ……なんか逆に痛みはなくなったけど……」

爪;'ー`)「じゃあ車の運転は!? できんのか!?」

(;'A`)「た、多分」

爪;'ー`)「んじゃあ行ってこい! じゃあな!!」

(;'A`)「は?」

 途端、フォックスは走りながらドクオを脇に抱えなおすと、体を大きくしならせ、ドクオを全力で空に投げ飛ばした。


(;゚A゚)「ぉぉぉおおおお!?」

爪;'ー`)「あとは上手くやれよ!!」

 空を飛んでいくドクオをそう言って見送り、フォックスは背後を振り返った。
 シャキンがもうすぐそこに迫っている。

爪;'ー`)(……俺は馬鹿だ)

 彼は嘲笑を零した。
 そして時間稼ぎという自分の役目を果たすため、彼は燦然とシャキンに立ち向かっていった。

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181 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:33:53 ID:f5Kv81CY0


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 程なくして地面に落ちたドクオは、なんとか立ち上がり、片脚を引きずって車に到着した。
 到着までにかかった時間は二十分。その間、ドクオの背後では時折銃声が鳴っていた。

 ドクオはフォックスに投げ飛ばされた瞬間理解していた。
 フォックスでなければあの能力者の相手は出来ない。だから自分はああして見送られたのだと。

 だったら急がなければならない。
 ドクオは焦燥に駆られつつ、ようやく運転席のドアに手を掛けた。


('A`)「……」


 彼はドアを開けようと、ガチャガチャと何度もドアを引いた。

 だが、ドアはまるで微動だにしなかった。



 鍵だ。



 たった一つのそんなものが、ドクオの道を完全に閉ざした。

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182 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:35:32 ID:f5Kv81CY0


 背後で四度目の銃声が響いた。
 同時に、ドクオの眉間に悪寒が走った。


(;゚A゚)「フォック――」


 振り返ると、フォックスが地面に倒れゆく様が映った。
 フォックスの身体からは鮮血が散っていた。下腹部と肩から二箇所、血が漏れ出ている。

 まるで時間が止まったかのような錯覚の後、フォックスが地面に落ちた鈍い音が、ドクオの正気を呼び戻した。


(;゚A゚)「――フォックス!!」


(`・ω・´)

 その絶叫で、シャキンがドクオの方を向いた。
 二人の視線が交わった。


(;゚A゚)

 フォックスが殺された。
 ドクオは心臓の強張る感覚を覚え、次の瞬間、恐怖によって無我夢中で車に八つ当たりはじめた。

(;゚A゚)「くそっ!! クソッ!!」

 やがてそれも無駄と自覚し、今度は脱力感がドクオの体を支配した。

 最初から道は閉ざされていたのだ。
 ドクオが自分の無力を分かった上でここまで来たことさえ、シャキンにしてみれば道化の踊りと変わりない。

 フォックスの死力も一切が無駄になった。
 冷静に考えれば車が鍵で閉じられている事など分かるはずなのに、それが分からなかったのは自分の考えが甘かったからだ。

 目の前に突然現れたスーパーマンに従えば、きっとすべてが上手くいく。
 そんな白痴同然に甘ったれたクソガキの考えが、今この状況を作り出していた。

 俺がフォックスと一緒に戦えていれば、あるいは状況は変わっていたのか?
 ドクオの自問が、空っぽになった彼の頭の中で反響した。
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183 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:37:06 ID:f5Kv81CY0



 カチャ、という音がドクオのすぐ後ろであがった。



(`・ω・´)「消え失せろ」

 肉体は硬直したまま、畏怖に縛られていた。

 素早く振り返り、肘鉄をシャキンにくらわせ、気絶したシャキンから鍵を取れれば……。
 あるいは、フォックスに貰った拳銃を抜いて、弾丸をシャキンに当てられれば……。

 単直な思考が刹那的に浮かんでは沈み、無駄な時間だけが流れた。

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184 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:42:04 ID:f5Kv81CY0



(`・ω・´)「……俺だって極力人は殺したくない。
      消えろって言ってるのは、あの男がまだ生きてるからだ」

(; A )

(`・ω・´)「この車はくれてやる。だがもう俺達を追うな。
      自分の町に戻って、あの男の命を救え」

(; A )「……クーを……」

 腑抜けきった声でドクオがそう呟いた。
 その一言が、シャキンの怒気を爆発させた。


 シャキンはドクオの肩を引っ張り自分と向かい合わせると、がっとドクオの胸倉を掴み上げた。

(#`・ω・´)「子供のワガママで人が死ぬんだぞ……!」

(;゚A゚)「ァゥ……」

(#`・ω・´)「今は諦めろ。今は、お前のガキの手でも守れるものを守れ……!」

 ドクオの頬に涙が流れた。
 ドクオはもう、シャキンの言葉に従うしかなかった。

 どうしようもなく未熟で、一人では動き出しもしなかった自分をここまで後押ししてくれたフォックス。
 フォックスを見捨てることなど出来ない。だが、素直クールはもう――。


 砕け散った希望の残光を前に、ドクオはただ、無様に這いつくばって嗚咽した。

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185 名前:名も無きAAのようです :2013/04/04(木) 00:42:45 ID:f5Kv81CY0


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            第三話 「月夜の残光」

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