- 912 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/11/07(土) 00:59:06 ID:zkSXS8IA0
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- 913 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/11/07(土) 01:00:45 ID:zkSXS8IA0
- ■40 - 海に見た雪景色 -
"(´<_` )「よっ――こいせっ…と」
すっかり愛着のわいた小舟に荷を詰め込んで、弟者は背を伸ばした。
天に煌めく星々が彼の瞳を潤す。
ひんやりした空気が鼻孔を触る。
いま彼は一人、陸に面した低い崖下でたゆたう舟に揺られている。
月に照らされた海面がわずかながら彼という存在を知らせてはいるが、
それを知っているのは依頼人だけだった。
(´<_` )「重量オーケー、スペース問題なし。
…あとは到着を待つばかりだな」
今日の客は若い ――といっても同世代頃と思われるが―― 一組の男女。
まとめた荷物をひとまず弟者に預け、当人らは日没から夜明けまでに改めて来るという。
曖昧な指定時刻ではあるものの別段心配はしていなかった。
言い方は悪いが、人質ならぬ物質がこちらにはある。
金銭も共に受け取っているため、いざとなれば換金させてもらえばいい。
あまり考えたくはない待ち伏せという線も、自分が海にいれば逃げる自信もあった。
- 914 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/11/07(土) 01:03:10 ID:zkSXS8IA0
- (´<_` )「…」
(´<_` )
(`<_,` )"
゚。('<. ` )「――えっくし!!」
息を吐き、ぶるるっと震えた身体を思わずさする。
防寒具として厚手の首巻きと手袋を装備してはいるがそれでも尚。
(´<_`;)「……この辺りは冷えるな」
大陸には二季がある。
空の彼方…太陽がもっとも放熱する夏と、その放熱が静まる秋。
しかしそんな秋の気候にしても、これほどの寒気を感じることは滅多にない。
ふと見上げた先に聳える大きな頂き。
ちりちりと宙に降り注ぐパウダースノウ。
天に近いほど色濃く主張し、しかし地に降り立つ頃にはかき消えてしまう儚い命。
(´<_` )「……まだかなぁ」
――アイスキャニオン。
それは古来より形成されし氷の山が鎮座する雪原地帯。
彼は棚氷の片隅に舟を止めて、いまか、いまかと依頼人を待っている。
- 915 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/11/07(土) 01:03:54 ID:zkSXS8IA0
- 大陸北西に位置するこの地域は気温だけでなく、風景も寒々しさを感じさせる。
草木の生えにくい土… 氷壁に覆われた獣道。
この山を登るための路は存在するのだろうか…。
背が高く分厚い氷が邪魔をして、なまじ歩くことも砕くこともできそうにない。
猛り吹くすきま風は迷路の入り口を連想させつつ、
その奥を見通すことすら許しはしない天然の要塞を思わせた。
(´<_` )「ワケアリ…駆け落ち… うーん、そんなところか?
暇をもて余し、なんとなく依頼人を思い起こす弟者。
悲壮感漂う雰囲気でもなかったが、どこか神妙な面持ちを残していった印象がある。
(´<_`;)「…あーくそ、ますます寒くなってきたぞ」
夜が深まってきた……。
波に濡れた舟には少しずつ氷霜が張り付きだす。
強くなる身体の揺れ。
それが冷気に凍える自分自身のせいだけではないと、
気付かされるまでそれほど時間はかからなかった。
《ド
::(´ : 》
「ぅお?!」 <_`;): ォン
――直後、吹雪空を衝く爆発音。
真横に噴き出す大量の雪土が彼方向こうへ飛んでいく。
(´<_`;)「おいおいおい…なんだよ、何が起き ――――」
- 916 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/11/07(土) 01:05:19 ID:zkSXS8IA0
- 凄まじい震動がここまで轟き伝わった。
方角は違ったものの雪崩が押し寄せる可能性を考え、
弟者はオールに手をかけた。
いつでも舟を動かせる心構えをもちながら空を仰ぐ。
(´<_`;)「…………」
…。
しかし閑静に時は流れる。
弟者がいくら待っても、
アイスキャニオンの動きは続くことなく、それきり日常を取り戻していた。
余韻としての粉雪が彼の頭をほんの少しだけ撫でていくだけ。
そんな固まった体勢のまま一時間が経とうとしている。
(´<_`;)( …早めに離れたいところだな、これは )
「待たせてしまってごめんなさい」
その時かけられた声は最後に聴いた音と同じだった。
視界の外から投げられる不意打ちの穏やかさ…。
先の爆発と比べての落差に、一瞬でも心身を強張らせてしまった己を自嘲する。
(´<_`;)「えっ――あ、ぁあ…あんたか」
ξ゚听)ξ 「約束通り残っていてくれて凄く助かるわ、ありがとう」
- 917 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/11/07(土) 01:06:06 ID:zkSXS8IA0
- ツンは崖上まで来ると、片手でスカートの前を抑えながら舟へと飛び乗った。
カクッと揺れる足元にも弟者は平然と立ち、依頼人を支えようと腕を差し出す。
…しかし、どうやらいらぬ心配だったようだ。
彼女は慌てる様子もなく足場の感触を確かめると、
弟者の手を軽く握り返した。
そして振り向き、アイスキャニオンの麓を指差す。
ξ゚听)ξ 「あと一人ももうすぐ来るから待っててね」
(´<_`;)「いいけどあんたら…今まで雪山に居たのか?
さっき上のほうで爆発が――」
ξ゚听)ξ 「居たけど…大丈夫よ、ここまでは追ってこないはずだから。
でも念のためブーンが戻ってきたらすぐに出発しましょう」
(´<_`;)「…??」
煙に巻くようなやり取りから程なく、もう一人の依頼人であるブーンの姿が見えた。
挨拶もほどほどに、彼もまた崖から飛び乗る。
⊂( ^ω^)⊃ 「 ――っとう!」
ツンと違い、ブーンは体格に恵まれている。
ガク と大きく舟が傾いた。
ン、
…海上で荒波に揉まれることもある弟者ですら、さすがにたたらを踏む衝撃。
ξ゚听)ξ 「大丈夫?」
(´<_` )「ああ…それじゃあ行くぞ」
( ^ω^)「よろしくだお!」
弟者は掴んでいたオールに重心を落とすと、肩を回して舟を進める。
静かに…だがしかし速やかに岸辺を離れた。
- 918 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/11/07(土) 01:07:28 ID:zkSXS8IA0
- ブーンもツンも、短い河を渡る時くらいにしか舟を動かしたことがない。
だから大海で舟を操るのは弟者の生業であり、得意分野だ。
細かな流氷を退かしつつ、
大きな流氷に行く手を遮えられぬよう、
器用にオールと舟頭を左右に操る。
( ^ω^)「うーん、さすがだお。
やっぱりお願いして良かったお」
ξ゚听)ξ 「実は誰に頼んでも断られていたのよ。
陸地経由も考えていたけれど、今日は少しでも退路を増やしておきたかったから……」
(´<_` )「退路…アイスキャニオンにはそんな危険なものがあるのか?」
ξ゚听)ξ 「一部の人にとってはね。
麓にいる分には何もないんだけど…私たちにはあそこが故郷だから」
弟者は内心驚きながらも「へえ…」と適当な相槌を打ち、
後ろにいる二人の表情を窺おうとした。
今はリラックスした様子のブーンとツン…。
しかしよく見れば、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
あのアイスキャニオンにいたにも拘わらず。
…走ってきた疲れとは明らかに異なる発汗の跡。
――なによりも。
今は遠くに見える、
彼らの背後の空に見えるのは――
- 919 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/11/07(土) 01:08:54 ID:zkSXS8IA0
- (´<_`;)「――……」
弟者は生唾を飲み込み、前方へ注意を向け直す。
氷海地帯での余所見は命取りとなる。
自分だけならいざ知らず、今は二人の命を預かっている身…。
万が一、この舟が転覆でもして冷たい海に投げ出されてしまえば決して生きて帰れないだろう。
人の生が有限である限り。
ξ゚听)ξ 「……」(^ω^ )
そんな弟者の気持ちを二人が見抜いているかは分からない。
…彼らがアイスキャニオンで戦っていたのは、
かつて自分たちが産み出してしまった幻影。
今しがた弟者の見た、
この世のものとは思えぬ残像。
(´<_` )「…まあいいさ、命があるだけ俺は今日という日に感謝するよ。
さあ、ここからどこに向かえばいい?」
すでに氷の群れは抜けた。
ここからは水温も高くなり、
しかし代わり海底からの災害に注意を払わねばならない。
雪景色に背を向け、
三人を乗せた舟が少しの重みを取り戻して大海を走る。
- 920 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/11/07(土) 01:09:47 ID:zkSXS8IA0
- ( ^ω^)「西の孤島、"ふたごじま" まで」
(´<_` )「――!」
年に一度は必ずその地を告げる客がいる……まるで弟者の里帰りを願うかのように。
(´<_` )「…良かったらアンタらの話でも訊かせてくれるかな」
もうすぐ彼の故郷において、一つの歴史が刻まれる。
世界の構造と共に…。
(´<_` )「故郷…ね。
俺も実はその島の生まれでさ」
オールを漕ぐ手は止まらない。
むしろどこか急かすように力んでいるのを弟者当人は気付いてはいないだろう。
一度どこかの町で食料を…、
それと、先日までに飲みきってしまったコーヒーを補給しよう。
弟者は頭の中でぼんやりとそう考えて、次の瞬間には世界地図を浮かべる。
そうこうしているうち――。
アイスキャニオンで見た影のことを彼は少しずつ忘れてしまった。
悪い夢のように。
<了>
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