662 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:44:20 ID:Vvqw5gPI0


その状態を、なんと呼べば良いのだろう。



      从 ゚∀从



暇をもて余す…いや、やるべきことはある。
そのために彼女は存在していなくてはならない。


      ::从;゚∀从::


手持ち無沙汰…というほどには楽もできない。
現にいまも彼女へと闇が巻き付き、その身を拘束し始めたところだ。

 

663 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:45:13 ID:Vvqw5gPI0

      ::从↑∀::::


冥獄の亡者が絡める果てなき腕。
溶け込む背景もまた常闇。


      从;:'' '


そして呑まれていく。
これまでも、これからも。


彼女の身体がすべて喰い尽くされると、この空間は真に静寂をもたらす。

呼吸音も、心音も、光さえ誰にも届かない。


――まさしく【無】。


 

664 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:46:38 ID:Vvqw5gPI0

彼女が居なくなっても…観測を続けるかのように闇は続く。


意識だけは何処かにあるものの、しかし彼女が何かを視ることは叶わない。


…そうして幾ばくの刻を経て、やがては前ぶれなく、宙に色が生まれる。


はじめは黒く。
白を混ぜて灰色がかり、同時に碧と紅に脈打つ線が走り出した。

 

665 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:48:01 ID:Vvqw5gPI0
血を通わせ――、
神経を通わせ――…


それすら見えなくなる頃、宙に浮かぶのは橙色の、歪な様相を醸す珠だった。

ブヨブヨと弾力性を伴うせいかまともに円すら描けずもがく様が、
グロテスクな剥き出しの心臓を思わせる。


      ドクン....


       ドクン …



        ド ク ン・・・



鼓動は徐々に大きくなっていく。
人のいない真っ暗闇に唯一、息づく太陽が主張を開始した。

 

666 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:49:00 ID:Vvqw5gPI0
膨張した太陽は人の大きさほどになると、大樹に実る果実となる。
吊るされた提灯のように、その内部に明かりを灯した。


……更なる静寂の後、


    ベリベリベリ…ッ!
(=⊂从; ゚∀从⊃=) 「――暑っいんだよ!」


熟れた果実が反転して人の形を成した。
途端、彼女は薄殻を乱暴に破り捨て現れる。


从 ゚∀从ゞ 「…ぁー、くそ」


ベタベタとまとわりつく保護液は放っておけばすぐに渇くことは知っている。
…そもそも、拭き取るものすらここにはない。

一糸纏わぬ姿で軽く足踏みすると、
髪をバサリと振りあげ後頭部を掻きむしった。


そして二、三の咳払い。

667 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:50:03 ID:Vvqw5gPI0

从∀゚ 从 「ショボンはもう戻ったか」

从 ゚∀从 「そしてまた誰も居ない…ね」


寂しげにひとり呟き、歩き出す。

先ほどまでは見えなかった紫色のモヤが前方に陰ったかと思えば、
あっという間に眼前立ちはだかる自分自身。
――どこか歪な写し身。

彼女はそれを[かがみ]と呼んでいる。


兄者、弟者、ロマネスクは
ショボンと共に解放されたのか姿を見ない。

代わりに映るのは。
スレンダーではあるがどこか不健康で、女性らしさを失ってしまった骨と皮の構成体。

あえて直視せぬまま[かがみ]に手をかざし、意識を集中させる。


从 -∀从

从 ゚∀从 「……たまにはこんなのもいいか」


手を離し、顔を下げた。
[かがみ]に照らす景色は変化している。

668 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:51:14 ID:Vvqw5gPI0

白基調のタートルネックに露出した肩。

二の腕を残し、指先まで覆うレッグウォーマー。

膝下まで垂れ下がる絹の法衣は、白と灰の緩やかすぎるコントラストを描く。

スリットがはいっているが、ロングブーツとの狭間に揺れる素肌をチラつかせる風はない。


从 ゚∀从 「へへっ」


…彼女の髪の色と相まり、よく映えた。

装飾は肢体を彩り艶やかにしてくれる。
貧相さを覆い隠してくれる。


片足を軸にくるりと廻ってみた。
布きれが生む動きは少ないものの、
彼女のためにデザインされた法衣は何者にも侵されぬ神聖さを醸し出している気がした。

669 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:53:13 ID:Vvqw5gPI0
从 ゚∀从 「…懐かしいな、これも」


[かがみ]で具現した衣類…それは遠い過去、譲り受けたものだ。
少なからず辛いこともあったが、嬉しいことのほうが多かった日々を思い出す。


从 ゚∀从 「結局…三人並んでは着られなかったしな」


人は永遠を憶えることはできない。
かつて所持した品々は、そんな頼りない脳細胞の代わりに当時の記憶を受け継いでくれる。


彼女――ハインリッヒは、[かがみ]の前でもう一度くるりと舞った。
続いて右へ、左へ…時に弾みながら、リズミカルに小さくゆったりと。

まるで玩具を買い与えられた女の子が、全身で喜びを表現するかのように。
タン…
    タン… 


       タタン…


           从 ^∀从


心のなかで鳴り響く足音はとても愉しげに聴こえた。


闇に浮かぶ、満面の笑み。
止める者は誰もいない。
真っ暗闇に、一人きりの舞踏演。


それで良い。
ハインにとって、それは人生で一番輝いた感情。


きたる日が来ず、あのままであったなら…。

二度と表に出すことを赦されていなかったのかもしれないのだから。


 

670 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:54:17 ID:Vvqw5gPI0
( ^ω^)千年の夢のようです

いつか帰る場所で

671 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:57:25 ID:Vvqw5gPI0
----------


誰しも物心のつく遥か昔から――。
外の世界は蒼と灰闇によって、天地が延々と支配されていた。

土も、木も、湖も、岩も、雪も、砂もない。
一面の大海……ただそれだけ。


人類はそれが当然であると受け入れていた。
いつから始まったものなのか、当の人々ですら誰も知る由はない。

翼もつ存在はとうに絶え、大海原を住み処とする存在もすでにいない。



唯一…海洋の最果てにそびえる巨大な塔、グランドスタッフだけが
この世界に生ける者の闊歩できる唯一の箱庭だった。
 

672 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 19:59:02 ID:Vvqw5gPI0


「もう用意は出来たのか?」


辛うじて聞き取れるほどのくぐもった声が、明るい密室に木霊する。
対照的に薄暗い死の外界を窓越しに眺めながら、小太りな男は振り向かずにそう言った。

背後には頭を垂れる痩せこけた女が立っている。
両者ともに制服であろう外套に全身を隠し、フードを目深く被っているため
その表情を互いにうかがい知ることはできない。


「ぬかりなく」

「よろしい。 あとは六人次第か」


返答して…女には聞こえないよう、ため息をついた。
原因は彼自身にもわかっている。


「あとどれくらいの猶予があると?」

「約3日後に沈むとの観測が評議会指令本部から」

「平時すら悲観的なことに敏感な奴等だ。
何度もシミュレートした結果だろうから間違いはあるまい」

「こちらの準備も迅速に、との通達を共に」

「俺たちにそれを言う時点で、連中は本質が理解できているのかを問い詰めたいところだな」

673 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:00:51 ID:Vvqw5gPI0
太った男は宙に向けて言葉を吐き出す。
本来向けるべき相手…評議会員はこのグランドスタッフ地下で飽きもせず、
地核振動演算に精を出していることだろう。

働いている分には文句などないが、
今更わかりきった世界の行く末と、行き着く末の向こう側……。
それをわざわざ狂った人形のように、
繰り返し明らかにする人種を二人は最後まで好きになれないままだ。


「互いに息子がいる。
親ならばせめて立場を放り出してでも傍に居てやりたいのだろうな」

「そうですね、そうなります」

「保ちそうか?」

「わかりません。
ですが彼の人生ですから。
彼自身に満足いくピリオドを選んでもらうつもりです」

「そうか」

「西川さん、報告は以上ですが何か折り返しますか?」

「不要だ、戻ろう。
我々に出来ることも、三日後までは何もない」


不自然なほどに抑揚の無い会話を終え…二人はひとつしかない扉を後にした。
空調の効いた室内はしかし静かで、足音だけが彼らの在りかが遠ざかることを教えてくれる。

674 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:01:54 ID:Vvqw5gPI0
----------

その日、外は大嵐だった。
だが報せの音は箱庭の誰にも響かない。


窓もなく、目を惹く色も形もなく、ただ広大…。

無限を思わせる無機質な白のエントランスの一角で、
人目を気にもとめない荒い声が反響する。


(;^ω^)「どういうことだお?!
そんなこと、昨日までは一言も……」

「当然だ、本日付けの決定事項であり当人らも既に輸送した」

(;^ω^)つ 「一週間後には結婚式だお!
伊出に逢わせてくれお!!!」

「本日の許可は降りない」


荒声の主はがっしりとした、恵まれた体躯を目立たせる青年だった。

奥に鎮座する大扉。
その門番を務める相手の胸ぐらを掴むほどに興奮し、くってかかっていたところだ。


誰もが通り過ぎ、横目に見ることもない。
門番も、自身への暴力的行為についてなにも言及しない。
ただただプログラムのように最後の言葉を繰り返した。


「許可が降りない以上、通すことはできない」


でき損ないのオートマトンが台本を棒読むような無気力さだった。

675 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:02:55 ID:Vvqw5gPI0

「その手を離しなさい」

(^ω^;) 「西川…」


青年に向けて新たに吐かれた言葉は、門番のものではない。
くぐもった声…先程まで職務室にいた小太りの男だった。


「内藤の声は大きすぎる、あちらのほうまで聴こえていたぞ。
彼も仕事で言っているだけだ。
判ったらその手をおろしておくように」


そう咎める助け船にも、門番は表情を変えない。
ただ無表情に乱された外套の襟元を正し、数分前と同じように己が職務に戻ってこう言った。


「西川にはすでに通達が届いているはずだな?
説明はそちらでおこなっておいてくれ」

( ^ω^)「…あんたがこんな時間に出歩くなんて珍しいお」

「息子との時間を作りたくてな」

( ^ω^)「僕との?」


内藤は耳を疑った――。
血の繋がりはあれど情はなく、縁も果てなく薄い…。
間もなく二十を数える人生ではじめて聴く台詞を受けた。

それほどの父、西川との関係性。

676 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:04:57 ID:Vvqw5gPI0
だがそれ自体は珍しい光景ではない。
家族をもつ誰もが、同じように希薄な繋がりで生きている。

希薄…そう感じる事こそマイノリティといえる。
違和感を覚えるのは、グランドスタッフにおいて極一部の者だけだ。


( ^ω^)「いったん家に戻るお。
知ってること…詳しく教えてくれお」


頷き、父は息子の肩を抱き連れ歩きだす。
息子は父の温度を感じながら歩きだす。


そこに気恥ずかしさを持つのも、
いまこの場では、やはり内藤ただ一人の胸中にしか生まれない感情だった。
 

677 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:06:06 ID:Vvqw5gPI0

薬剤の包装アルミ箔にも似た、
おなじ間隔おなじ扉がずらりと並ぶ住居エリア。


( ^ω^)「評議会でなにが起きたんだお」


――010号室。
カーペットの敷かれた部屋には、
内藤が木材でこしらえた背の低い椅子が乱雑に置かれている。


「三女神の一人となるべく、伊出はいま最上層にいる」

( ^ω^)「めがみ?」


しかしお互いそこには座らず、床から延びた円柱を椅子がわりにした。
西川が選ぶのはいつもそちらだ。
内藤の造った椅子に腰を下ろす場面を見たことがない。

日常の光景。

内藤の舌打ちが虚しく空に舞うが、
それを気にする様子は父親から見られなかった。

678 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:07:35 ID:Vvqw5gPI0
「なにか可笑しいか?」

( ^ω^)「なにか、って……」


女神――いにしえの比喩表現において表れた、実在なき偶像の概念。
創られては地母や鬼母のような両極面をもち、感情の象徴として捉えても差し支えない。

それを目の前の男が発する異物感が大きい。


「私も生まれる遥か以前のロストワードだからな、無理もない」

( ^ω^)「…回りくどいお…その女神が、伊出とどう関係して――」

「あの針が6度回る頃にこのグランドスタッフは沈み、硬く暗い海でみな死ぬこととなった」



( ゚ω゚)「   は?」

679 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:09:52 ID:Vvqw5gPI0
「お前にもやってもらうことがあるのだ。
次に呼ばれる時は伊出とも逢えるだろうが、それが見納めだと思ってくれ」



( ゚ω゚)



「せめてお前の結婚式は見てみたかったが」



( ゚ω゚)



人類の歴史は間もなく終着点に到達する。

緩やかに…しかし加速度的に、
幾星霜の果てで世界は死に辿るのだ。



( ゚ω゚) 「……それ、どういう意味だお」



  ――確定済みのロストオデッセイ。
        (消えゆく人類の遍歴)

 

680 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:12:16 ID:Vvqw5gPI0


       世界には。


物質を物質足らしめるための二大要素がある。


【魔導力】は想像と魂を生み出し、

【重力】は命をはじめとする総ての存在を具現した。


どちらも欠けてはならない。

重力がなければ、生まれるはずの命も魂と成るまえに散る。
魔導力がなければ、何一つ創造されない【無】の世界となる。


バランスを保って過ごしていたはずの永き史上に飽いた摂理の結果か…。
そもそもが平等性を欠いた別離の繰り返しか…。

いつしか暴走を始めた魔導力によって、天地は人の手を離れ、
重力は彼方に消えようとしている。


何年前…何十年前…
それとも何百年、何千年と…。

星はもはや、ひたすらに生の息吹をぐしゃぐしゃにかき回し、
虚しく命の粒子を巻き散らかすだけの遊戯処刑場と相違無い。


それでも…定まることを知らぬすべての生命。
感情が失されながらも、
辛うじてその名残をもつ人間が存在した。


(; ω ) 「いや、それよりも彼女は…ツンはどうなってしまうんだお?!」

「どうにかなってしまうのは我々のほうだ。
私も、お前も」

(; ω ) 「…」

「伊出は生き残るために礎となる。
人が、人であるうちにな」
 

681 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:13:06 ID:Vvqw5gPI0
----------


从 ゚∀从
  _
ξ゚听)ξ

川 ゚ -゚) 「私達は…これからどうなるんだ?」

「どうにかなってしまうのは我々だ。
高岡、伊出、素直。
君たち以外は針が6度回る頃にグランドスタッフと共に沈み、魔導力の藻屑となる」


――時、同じくして。
グランドスタッフ最上層に位置する赤い空間…。
やはり全身に外套を被る評議会員の元、終末を通達される三人の女性がいた。


「君たちは尖兵であり、さもなくば最後の人間だ」

ξ゚听)ξ 「…なぜ、私たちなのですか?」


天井というものはそこに有って無いような場所だった。
内部での視界は不思議とクリアだが、
半透明に映る外を悠長に眺めるには、外壁をなすクリムゾンカラーのベールが邪魔をする。
吹きすさぶ大嵐がノイズとなって更に不透明さを増した。

ここに立つ限り、世界は紫と濁赤に染まり、世の終わりの増殖を連想させる。

682 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:14:59 ID:Vvqw5gPI0
名前通り、グランドスタッフは杖の形状をしている。
天空から見下ろせばスケールに従い、先端には巨大な紅きオーブが嵌め込まれていた。


そんな球体内部からはじめて見る景色。
  素直はほんの少しだけ目を細め、
  伊出は大きく眉をひそめ、
  高岡は微動だにしない。


「感情値の高い者と想像値の豊かな者、そして性別が雌の君たちが選出された。
もっとも可能性が高いために」


从 ゚∀从

川 ゚ -゚) 「中身の説明はいただけるのか?
いや、それとも拒否権の有無は」

「拒否はすなわち人類への反逆を表すことになる。
しかしそれを罰することは評議会でも決定していない」

ξ゚听)ξ 「…」

「説明に入る」


从 ゚∀从
 

683 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:20:38 ID:Vvqw5gPI0
海に沈殿する魔導力の暴走により、ことごとく触れた物質が海面に熔けてゆく。

例外はない。
魔導力は人のみならず、星への猛毒としてすべてを滅ぼしにかかっていた。


かつてのグランドスタッフならば天を貫くほどの高さを誇るも、
今では最下層が浸かり、その根元すら維持できていない状態だ。


事ここに到り、評議会は科学技術による回避手段が尽きてしまい、
ついにははち切れんばかりの魔導力を、反対に利用することに活路を見いだした。


「有を減退させることは出来たとしても、
無になったものを再び呼び起こすことは出来ない」


それが発足したばかりの評議会が出した結論。

重力はもう戻らない。
もはや魔導力を抑え込んでも人類の末路は変わりない。


評議会は移住を決めた。
"別の星" ではなく、"別の世界" へ。

それは魔導力を結晶化し、概念に乗せ、新しい世界へと人類を移す方舟計画。


「そのためには我々では話にならないのだ。
感情をもつ者が想像し、はじめて創造できる」


  _
ξ゚听)ξ

     「世界を……?」 从∀゚ 从

    川 ゚ -゚)

 

684 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:21:32 ID:Vvqw5gPI0

グランドスタッフに生き残る評議会員、あるいは他の外套姿の者達に
感情というものは大概残っていない。


空っぽだ。
  泣くことも…笑うことも…
     怒ることも、悲しむこともない。

現代人類には表現できなくなった、"心" 。


たとえ言葉を駆使し、喜怒哀楽というものを伝えられたとしても、
果たして真意まで解らない。
たとえば訝しげに顔を歪める伊出の表情は、他人にしてみれば理解しがたい反応に映る。


「グランドスタッフにおいて感情をもつと評される6名のうち、雌三名。
君たちには古来伝わった運命の女神たる称号を与える。
私には無意味でも、言霊は君たちの力になるのだろう」


彼女たちの反応は気にすることなく、外套の男は三者三様の衣装を差し出した。

特注品の儀式衣裳。
いまや珍しい、色彩とデザインを伴う、実用外に見出だされる感情の賜物。
受領者の意思などお構い無しに手渡した。


評議会が導きだしたキーワードと共に、未来は彼女たちに握られる。


 

685 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:22:20 ID:Vvqw5gPI0

現――。


         川 ゚ -゚)


「素直、君は表面上を我々にいくら真似ていようと
心中穏やかではいられない生き物らしい。
それは太古の空模様と同じだという」

「空、そら、から、くう…。
三日後までに好きなものを選び抱いておけ。



       渡された絹の法衣…
       カラーは覚めるような青。

 

686 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:23:26 ID:Vvqw5gPI0

未来――。


        ξ゚听)ξ


「伊出、君の名は創造にとても都合が良いとのデータがある。
原初たるアルファ(a)を抱け、未来を育む者…イデアよ」


       渡された絹の法衣…
       カラーは赤と黒のツートン。

 

687 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:24:15 ID:Vvqw5gPI0
過去――。


         从 ゚∀从


「高岡、君は」


       差し出される法衣…
       白地に灰色ラインの紋章。


         从 ゚∀从


「その前に。
選出のためのデータ誤りを私は疑っている。
なぜ君なのか、評議会の誰もが理解できなかった」



         从 ゚∀从


『呼びつけておいて何を……』
そう素直と伊出が、怪訝な表情を向ける先に立つ高岡の顔は動かない。


しかし議会の評価はもっともだった。
高岡は常に笑顔を絶やさぬ代わり、変化に乏しい。

周囲はそんな彼女を "能面" と呼ぶ。
張り付いた笑みが、文献に載る舞踊に用いられたというマスクに酷似していた。


地位高い評議員の前でも決して媚びず、
誰かの提案に否定したことも、命令には質問を返したこともない。

能面を除けば、高岡もまた普遍的な人間に数えられた。


         从 ゚∀从

 

688 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:25:38 ID:Vvqw5gPI0
「我々にとってこれが最後の任務となる。
成功してもそこから先は君たちにしか認識できない。
もともと亡ぶ運命にある人類の足掻きだ」

从 ゚∀从 「わかります」


「なぜ君が選ばれたのだろうか、本人ならば答えもでるのではないか」

从 ゚∀从 「答える材料がありません」


「運動能力、知能、神経率のいずれも君の水準は高い。
認めよう。
しかし今回に最も必要なものは "感情" だ。
君には本当にそれがあるのか?」

从 ゚∀从 「データに出たのであればそれは相違なく」

「それが信じがたい。
ならばどうしてそれが外面に表れないのだろうな。
それとも以前に比べて減少傾向にあるのか」


从 ゚∀从


从 ゚∀从 「それは――    」


 

689 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:26:19 ID:Vvqw5gPI0



 

690 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:27:03 ID:Vvqw5gPI0




     高岡の夢は
  もうこの世界では叶わない



 

691 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:27:48 ID:Vvqw5gPI0
----------


―― 十数年前。

静寂に混ざってけらけらとあがる、幼い笑い声。



从 ´∀从    (´- ` 川

   ξ´凵M)ξ(^ω^*)

(`・ω・)
              ('A` )


葵色モザイクの空間…育児院。

天井と壁に名残ある彩りは、かつての空と大地を模していたのだろう。
幼児たちの感情と想像の具現を受容していた壁画だ。
羊皮紙代わりの記録群。


それも年月を重ねるたび、記憶のようにかすれていくこともまた摂理。

 

692 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:29:54 ID:Vvqw5gPI0
人類の記録が語る。



  『おめでとう! 無事産まれたよ』


無事、出産を告げる声。
いくつもの母胎がひとまずの役目を終えて安堵するであろう。
それはいつの時代も変わらない。



    『可愛いね、元気な子だね』


連れ歩けば届く声。
何人もの父像が未来を夢見て奮起するはずの。
何時なんときも変わらない…?



  ( ∵) 『高岡、おいで』

     『ハイ、せんせー』从∀` 从



     ――そして、過ぎ去りし夢。

変わらないでいてほしいのは、今を生きる者にとって共通の願い。

しかし、過去と未来はそれを保障しなかった。
安心を生むはずの感情は、やがて変質していくことになる。


嫉妬や怠惰という天秤にかけられる労い。
失った感情がコピーにコピーを重ね、様式美すらも一寸先は形骸。

傾いた感情は徐々に淘汰されてしまった。

693 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:32:13 ID:Vvqw5gPI0
この世にはもう、幹も枝もない。
だから巻き取る蔓も居られない。


涙ほどの新樹の種が
    ぽつり、
    ぽつり、
蒔かれても、迎え入れるには心モノクロな箱庭。

新生児専用の容器…並ぶ空白。
それが表すは絶対的人口数と、未来好奇心の減少だ。


ゆくゆくは魔導力の海に沈んでしまった育児院にも、玩具と呼べるものはなにもなかった。

イメージを投影する積み木も、
法則を超越するトランポリンも、
音を歌にするハーモニカも。


( ∵) 『見よう見まねだけどね。
     私からのプレゼントだ』

   『センセー!
    なぁに、これ??』 从∀` 从


博物な文献に遺されるのみ。


   『そっか!
    こうやって遊ぶんだ』从∀` 从

( ∵) 『そうか。
    そうやって遊ぶものだったのか』


 

694 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:35:06 ID:Vvqw5gPI0
比ぶれば、両手から零れるほどに新たな生命が生まれていた時代…。
人が願望を叶え、理想を現実にする都度、その心は空っぽになってしまった。

空虚な大人たちは、わずかに守った自己の投影を我が子に託す。

怪我をさせない…不慮の事故に備えたい…。
言う通り生きなさい…心配させないで過ごしなさい…。

    『子供たちのため』
      『子供たちのため』
        『子供たちのため』

呪いを勝手に背負わせてきた、そんな幾多ものエゴイストたちすらもう居ない。

創造物を奪い続け、去りゆくものを遺すことすら許せない化け物は
後の魔導力によって暴走した感情の末路…そのパラドクスだったのだろう。


( ∵) 『高岡が一番よく笑うからな』

   『わらうとだめ??』从∀` 从


もはやグランドスタッフにいるのは、感情を失った人類の成れの果てだ。


( ∵) 『いいや、そのままで生きてほしいと私は思った。
だがいつか評議会に強く目をつけられてしまう』

( ∵) 『だから――』


育児院に預け、いずれは手がかからなくなるほど、
人はますます我が子と逢う頻度を減らしていく。

生死の確認だけが、親たちが顔を出す基準。


『感情がないのだから仕方ない』
『心配する情などないのだからやむを得ない』

それが現代人類の持ちうる免罪符。
白紙同然の証明書。


その溝を埋めるように……
感情を持つ僅かな子供たちは自然と集い、
同じ仲間と過ごす時間を一層大切にした。
 

695 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:36:13 ID:Vvqw5gPI0

从 ´∀从 『はい、ツンのまけ〜♪』

ξ´凵M)ξ 『だからイヤだって言ったのにー』

川 ´ -`) 『…ふたりとも、なにやってるの?』

ξ´凵M)ξ 『クーだー。
あのねー、かくれんぼー』

从 ´∀从 『いつも布団のすきまでねたふりしてるんだもん、わかるよ♪』

ξ´凵M)ξ 『目をとじてるのにどうして見えるの?』

川 ´ -`) 『…だれが? …だれを?』

ξ´凵M)ξ 『あたしのこと。 ハインが』

从 ´∀从 『わたしとじてないよ! だからみえるよ』

ξ´凵M)ξ 『おかしーなー??』

川 ´ -`) 『…みえるよ、目をとじてるのはツンだけだもん。
…たまにへんなこというよね』

从 ´∀从 『へんなこという、いう!』

ξ´凵M)ξ 『ブーン、ふたりがバカにしてくるよー』

(*^ω^) 『おっおっみんな仲良くしようお!
ねえドクオ、シャキン?』

     (`・ω・) 『仲良くなんて…』

   『…ブーンが代わりに
    やりかえせば?』"('A` )
              ケホッ ケホッ

 

696 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:38:43 ID:Vvqw5gPI0

必要最低限にしか口を開かない同級生と比べ、
なんにでも笑い合える彼女たちは、かけがえのない友だった。

暗号を決め、秘密基地を作り、食事の時間になるまで遊戯に興じた。

人に無意味と断された "渾名" という文化すら独自に作り上げた。


…はじめこそ気付けなかった違和感。
他の誰と話したところで、返ってくるのはイエス・ノーの二者択一。
誰の家族も皆が皆、それが当然だったのだから致し方ない。


このグランドスタッフにおいて、
彼女たちこそが異質であることを知ったのは、六人が成長を経てごく最近のことだ。



从 ´∀从 『わたなべー、わたなべー!』


从 ´∀从つ◇ 『ねぇみてみて! 今日もテストで100点だよ!』


从 ´∀从つ◇ 『伊出ちゃんと素直ちゃんよりも!
内藤っちよりも点数良かったんだよ!』


『100点はすごいことねぇ、一度できたのだから次回もできるはず。
何より他者より優れていて不利なことはないわよ〜』

『あぁでも声のボリュームが大きいかな。
もう少し下げなさい、人間の聴力も許容量は有限なのだから』


从 ´∀从つ◇


从 ´∀从


从 ∀从 『……うん』


 

697 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:41:15 ID:Vvqw5gPI0

小さな枯れ井戸も、
大きな海の枯渇へと続く路となる。

突然変異などではない。
高岡の味わった家族愛の先天的喪失など、ほんの一部でしかない。


共存社会においても、
競争社会においても。

弱者への口先だけの庇護と、
強者に向けた反逆においても。

喜びも、寂しさもぜんぶ。
自らの意志で、長く永い時間をかけて、
人は他人への無感情を呼び込み続けた。



   『魔導力値が上昇している』

『例がない。 誰だ?
 何かが共鳴しているとでも』

       『吸いこんでいるのか、
        それともこれは――』


記録に頼り、データをなによりも最重要視する世界。

感情を司るはずの原子たる【魔導力】は、もはや人と依存し合うことが無くなった。
…酸素と同じく、人に必要とされるはずの粒子はとうに破棄されていたのだ。


   それは過剰な毒となって
      人類へと襲い掛かる。

 

698 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:43:34 ID:Vvqw5gPI0


( ∵) 『高岡、何歳になった?』

『17歳だよ、名瀬せんせー』 从 ∀゚ 从

( ∵) 『結婚相手はもうアーカイブに記されたのか?』

『…ねえ、アタシは好きでもない人と
結婚しなくちゃいけないのかな』从∀゚从


( ∵) 『…』


( ∵) 『だれか "好き" な人がいるのか?』


              从∀゚ 从


      『……あれっ?』从∀゚ 从


 

699 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:44:16 ID:Vvqw5gPI0

数百年、数千年と。

大地震や巨大竜巻、はたまた病原ウィルスの超蔓延……。
人がおおよそ体験してきた天災の歴史は数えれば果てがない。

しかし言い換えればそのたびに克服し、免れてきた勝利者の歴史でもある。


人の生命と共に曖昧なる記憶が消えたとしても、記録はカタチとなって残る。
客観性をもつ事実は文字となり、脳裏に刻まれやすい。

ひとつ…またひとつと積み重ね構築されたそんな歴史。
アーカイブが人々の信頼に足るのも、致し方ないのかもしれない。



…しかし、これでもう最後だ。

供給過多の魔導力が大気を支配した時、星の中心に大きな穴が開いた。

【重力】と【魔導力】が流れ込み、
置き去りの世界からは多くの魂…感情が、光の粒子となって空と大地に散る。


 『現在、建設中のグランドスタッフ。
    これなら穴を塞げるかもしれん』


高岡の先祖たちはそう提案した。
致命的傷痕をたんなる物理的な穴としか認知できず、
だからこそ物理的な解決方法しか思い付かなかったのだろう。


当時すでに失いかけていたのかもしれない。
移入できなかったのだ…
星が嘆く感情に。

安易な記録が、訴えるべき情を持ち得ないことを誰もが見過ごしていた。

700 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:45:06 ID:Vvqw5gPI0

眠っていた大穴――深淵に潜む[かがみ]の存在。


その本質を人類が認識したのは百数年後。


世の万人が取り戻せなくなった感情に
世の番人が改めて縋ったのは、

さらにその数十年後のことだった……。




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701 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:45:54 ID:Vvqw5gPI0
------------


〜now roading〜


从 ゚∀从

HP / D
strength / E
vitality / E
agility / C
MP / B
magic power / B
magic speed / B
magic registence / C


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702 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:47:02 ID:Vvqw5gPI0
----------


「具合はどう?」

('A`) 「良くならないからここにいるんだろうが」


グランドスタッフには、人が必要とする設備のすべてが詰め込んである。

外套姿の女性――西川と別れてから、直接向かった先の病室に現れた彼女。
その目線は痩せこけた頬に目の下のくまが目立つ、実の息子に注がれていた。


('A`) 「今さらなにか用か?」


周りには誰もいない。
二人だけの空間…ベッドに沈む鬱田の口調は冷たい。

だらりと垂らした両腕。
力が入っていないことが見てとれる。
更にいうなれば彼の両脚も、幼少の頃から動くことがなかった。


いくら感情を抑えても、内包する感情は漏れ伝わりそうな吐き捨てる言葉。
…そんな親子関係も時代によって確かにあったのだろうが。


「三日後に世界は終わるんですって」

('A`)

('A` ) 「ああ、そう…」


病室に窓はない…それでもまるで外の景色を眺めるような素振りを鬱田はした。

つるりと白い壁一面。
治療を名目とし、自死防止のための措置として
娯楽性を廃して機能美のみを求めた部屋。

703 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:47:43 ID:Vvqw5gPI0
壁の向こう側を席巻しているはずの大嵐と同様に、彼の機嫌を感じられる者はここに居ない。

項垂れた彼が一度大きく咳き込むと、
シーツの上にべたべたと少量の血が飛び散った。


混じりけのない鮮血が、内臓から涌き出たことを暗に示す。


( A ) ハァ… ハァ…

「大丈夫?」

( A`) フゥー…


( 'A`) 「うわべの言葉はいらねえよ」


心配を口にする母親ではあるが、それもまた先人に学んだ結果に過ぎなかった。

こういうとき、親はこうするものだ…そんな習性を反復しているだけ。
息子もそれを見破っている。


「生徒たちはお見舞いに来てくれてる?」

('A`) 「アンタの用件をまず言えよ、なにかあるんだろ?」

「素直、伊出、高岡の三人。
彼女たちを[かがみ]にぶつける【魔導力】の塊にして、
別の世界に移住してもらうわ」


切り返される会話が異なろうと、母親は言い淀まなかった。
感情を失くした者はそういった躊躇がない。

704 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:48:37 ID:Vvqw5gPI0
('A`) 「別の、世界だあ?」

「それだけじゃない。
これは秘密事項だけれど、貴方に隠し事はできないから言うわね。
貴方と内藤を含めた感情値の高い三人は――」




続く言葉を訊き終えた頃、彼の身体は悲鳴をあげた。
苦痛のなか、鬱田の瞳に映るのは
無表情にこちらを見やり、コールスイッチを押しながら状況を伝える母の姿。


「ヒーラー、病号666にてクランケの容態悪化。
喀血量の増大が見られるため迅速に」

がフッ――        ('A`)、'、

「血量さらに増加」

             ( A`)



    「ひ… ひひひっ」( ∀`)



――こんなことなら早く死ねばよかった。
感情をもつ鬱田は母親に聞こえないよう呟き、意識が果てた。


生まれつき病いに冒され、
        苦しめられ、
三日後に世界に殺される運命を背負う彼は、より明確な死を宣告されたことになる。


 

705 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:49:24 ID:Vvqw5gPI0

…次に意識を取り戻したのは、針が一回転半した頃。


       ('A`)


誰もいない病室――のはずが、
彼を取り囲むように子供たちが立っていた。


          「起きた?」

       ('A`)


「目が覚めたみたい」

       「おはよう、せんせー」


まるで砂漠で見付けた蜃気楼のようだった。

嬉しさや驚きのない、事実をなぞるだけの淡々とした響き。
子供の声からやはり感情というものは感じられない。

彼らもまた鬱田の母親…そして評議会の者と同じ顔をしている。


       ('A`)


    なのにどうして…
    彼の目尻は僅かに下がっていた。

706 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:50:31 ID:Vvqw5gPI0
('A`) 「なぜ、ここにきた?」


鬱田は問う。
「せんせーにお礼を伝えるためです」
と、子供たちは答える。


('A`) 「そうか…」

('A`) 「もう少しだけ教えてやれることもあったがな。
誰かから聞いたのか、明後日のことを?」


鬱田は幼少から病いに伏しながらも、
勉学に励み、手作りの教壇に立ち、
車椅子から降りることなく職務を全うする教師だった。

表向きは生徒の知識量向上。
その裏、主体性を育まんと、自らの想う感情のなりたちを教示した。


『有を減退させることは出来たとしても、
無になったものを再び呼び起こすことは出来ない』


評議会…いや、この世界において通説となる言葉。
昔から幾度となく聞かされたものだが、鬱田はそれに強く反発して生きてきた。


('A`) 「率直に訊く。
お前らはどうやら二日後に死ぬ、そして俺もな」

('A`) 「それについてどう思うか、答えてみせろ」

707 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:51:22 ID:Vvqw5gPI0
子供たちはさほどの反応を示さない。
…だがしかし数人。
窺うように隣の者と目を合わせた生徒が居たのを、鬱田は見逃さない。


('A`) 「理解出来はしても、言葉にできる奴はいないか?」

「いま僕たちにうかんだ言葉は、きっとせんせーの望むものではないとおもうんです」

('A`) 「…そうか、それならいい」


拒絶じみた反論。
なのに鬱田は満足げに頷き、生徒を並ばせると
各自の頭に ぽん…ぽん… と、手を置いた。


('A`) 「たった数年の付き合いだったが…楽しめた」


('A`) 「じゃあな」

 

708 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:52:14 ID:Vvqw5gPI0

結局、退出し終わった子供たちはなにも答えなかった。
二、三人振り返ったのを鬱田はただ見届けた。


迷ったのだろう…だが、鬱田にとってはそれこそが望んだ答え。
――迷い、戸惑い、躊躇する。
まさに感情が為せる沈黙に他ならない。


( 'A) ( …他人の気持ちを理解すべきだなんて思っちゃいない。
くそくらえだ。
どうせ心があろうとなかろうと、真に解り合える人間なんていやしねえ )


…世界が終わらなければ。
後天的に感情を取り戻した子供たちが
次世代を繋いだかもしれない未来を思い、鬱田はほくそ笑む。

だがそれは決して子供のためでなく、
人類と世界構造への挑戦ともいえた自身の人生に対する自嘲に過ぎない。


( 'A) ( 俺が教師になったのも、
可能性すら決め付ける俺以外の人間が許せなかっただけ…。
奴らは俺のエゴに付き合わされただけ… )


横たわる以外の時間を指導に費やし、
感情の伝達――その達成率は低くとも、不可能と云われたことを可能にしたのだと。
ささやかながら自負し、何も遺らない未来に唾を吐いた。

そして酸素と魔導力漂うベッドの上で一人、入り口に背を向けて眠りにつく。
次に目覚めた時は…世界最後の日であればなお良い。


――そんな達観の境地を邪魔する者ありて。


( 'A) 「…」

( 'A) 「おめーかよ」

 

709 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:53:26 ID:Vvqw5gPI0



              彡

( ^ω^)       ( 'A)

       彡

 

710 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:55:12 ID:Vvqw5gPI0
風が吹く。
窓もない袋小路の一室に。

その来訪に、鬱田は背中越しでも正体が判る。


( 'A) 「ブーンか」

( ^ω^)「…ドクオはもう聞いたかお、例の話」


顔も向けない鬱田の様子は、内藤にとっていつも通りだ。
ベッド脇に寄り、座りもせず視線を下ろす。


( 'A) 「おめーはなんて聞いてる?」

( ^ω^)「西川からは、
三人が[かがみ]に突入する際の "つがい" だって…」

( ^ω^)「ドクオは?」

( 'A) 「"壁" だってよ」


鬱田が「ひひひ」と嘲笑った。

共に両親は評議会メンバーであり、重要事項は洩らすところなく伝達される。

711 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:56:05 ID:Vvqw5gPI0
"つがい" と "壁" ――。
内実の意味は同じであっても、言い方に差異が生じていることもまた感情の証。

鬱田は嘲笑いが止まなかった。

…それは内藤の父親に対して向けられてはいない。
西川には極々僅かながら感情があるのではないかと、母親から聞いたことがある。


評議会の言葉を、より正しく伝達したであろう己の母とは違う。
…だから嘲笑う。


( ^ω^)「ドクオはやるのかお?」

( 'A) 「そもそも選択肢なんてねえだろ」

( ^ω^)「でももし、グランドスタッフが沈まなかったら――」

( 'A) 「ふざけんな、俺にはその可能性すらすがれねえ。
おめーはそれで良かろうがよ」

( ^ω^)「…ドクオ…」

712 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:57:15 ID:Vvqw5gPI0
他の者に比べ、鬱田には絶対的な時間がない。
彼の死は約束されたもので、たまたま今に至り生き延びているだけの偶然。

血を流すたび臓物は抉れ、体力を削られる。

内藤もそれを知らぬわけではなかった。
ただ…友が自分より先に死ぬことは信じられないのだ。
幻想に縋りたいだけだ。


( ^ω^)「せめて最後まで一緒にいたいお」


とはいえ評議会の計算ミス、地殻変動の気紛れ……。

はたまたその他、いかなる理由によってグランドスタッフが生き残ろうとも
その直後に病いが生命を喰い尽くすならば、
鬱田にとってはやはり世界が終わるに同じこと。


( 'A) 「…伊出のところにはもう行ったのか?」

713 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:58:10 ID:Vvqw5gPI0
内藤の慰めには応えず、恐らくの本題を問うた。


(  ω )「…」

( 'A) 「…けっ、相変わらず優柔不断なヤローだ」


沈黙――…感情の表れ。


(  ω )「どんな顔でツンに…最後になんて言えばいいのか判らないんだお」


迷い――…感情の表れ。


( 'A) 「だったら尚更…こんなところに来るんじゃねえよ、クソったれが」

( 'A`) 「おめーのやりてーことをやる。
…それの何が難しい?
誰に遠慮して、何を恐がるって――ゲホッ んだ」

('A`) 「死ぬことよりも、ツンに会うことが恐いか?
だったら生まれた時期を間違えたな、早く死ね、ボケ」

(  ω )


向き直した先、内藤が大きく項垂れている。
『あまりにも女々しい』と鬱田は胸中で毒づいた。

('A`) 「……チッ」


彼はそんな内藤が好きではない。
…枕元に隠し持つタバコに火をつけ、煽るように煙を吹き掛ける。
そして――


('A`)y-~ 「なぜ、ここに来た?」


生徒たちと同じ言葉をぶつけた。

714 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 20:59:40 ID:Vvqw5gPI0
(  ω )


( ^ω^)「…」


( ^ω^)「友達に会いに来たらダメなのかお?」

('A`)y-~ 「……  わかってんじゃねえか」


鬱田はまた舌打ちしてしまう。

しかし風を扇ぎ、煙を払いのける内藤の答えは明るかった。
上げたその表情からは一種の爽やかさすら感じさせる。


ε_ ('A`)y-~

( ^ω^)「……そうだおね。
行ってくるお、ツンのところにも」

( ^ω^)「最後でも、そうじゃなくても…
会わなきゃなにも始まらないんだおね」

('A`) 「…」



――嫌いだった。

内藤の愚直さも。

どんなに悪態をつこうと、決して友を拒絶しない情の持ちようも。

愚痴り、迷いはしても帰る場所をもつ、心ひとすじなところも。


僅かでも感情をもつ者が親であったことも。



自分には叶えられないことに手を伸ばせる、その自由さも。

715 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:00:26 ID:Vvqw5gPI0
二吸いほどしかしていないタバコをもみ消すと、鬱田はゴソゴソと身を下げてしまった。


( 'A) 「もういけよ、時間は足りねえくらいじゃねえか?」


「疲れたから寝かせろよ」
…そう言ったきり、鬱田は眠りに入る。
隠れて小さく何度も咳き込む唇が赤く染まり、
シーツを同色に汚したことを内藤は気付いただろうか…。


( ^ω^)「ありがとうだお、ドクオ」


入室時とはまるで正反対に、跳ねる靴裏。

伊出の元へと歩く内藤の足取りは軽かった。
…鬱田の元を離れるその足取りは速かった。


二人のあいだに別れの言葉はない。


内藤は想う。

最後まで鬱田は自分にとっての友でいてくれる、と。
彼は伊出との時間と、求めるための勇気のひと押しを与えてくれたのだ。

716 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:03:15 ID:Vvqw5gPI0
鬱田が毎日血を吐き、死の淵を往来していることを知っている。
それを自分たちの前に決して見せまいと振る舞うことも知っている。


だから、走った。
自らもいままで通りの友で居なくてはならない。

伊出を優先し、鬱田に甘え、背筋を伸ばす。


   (^ω^ )


情を繋いだ存在。
友が最後までこの世界にいることが嬉しくもあり…楽しかった。


              (  A)


背後に消える鬱田の病室…。



そよいだ風は、もう止んでいる。


 

717 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:04:15 ID:Vvqw5gPI0
----------


川 ゚ -゚) 「…感情を魔導力としてぶつける、か」

ξ゚听)ξ 「そもそも[かがみ]を信じていいのかしらね」

从 ゚∀从


三人はトボトボと階段を降りる。
高岡以外の表情は暗い。

先ほど評議会との作戦会議を終えたところだった。


…世界のリミットはあと二日。
グランドスタッフが沈むまでに実行、そして成功しなければ、
人という種はこの星から完全に消える。


川 ゚ -゚) 「どう思う?」

ξ゚听)ξ 「どうって…」


魔導力渦巻く猛毒の海――その排水口となる、
[かがみ]への突入だけならば、
生死を問いさえしなければ誰にでもできること。


川 ゚ -゚) 「なにを創造すれば良いと思う?
どう想像すれば…私たちや、皆が、生き残ることができるんだろうか」

从 ゚∀从

ξ゚听)ξ 「…みんなが生き残る」

川 ゚ -゚) 「会議ではその点にまったく触れられなかった。
つまり評議会…しいてはアーカイブにも答えがないということだろう?」

718 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:04:58 ID:Vvqw5gPI0
三人に課せられた事項は多くない。


  ひとつ、――[かがみ]への突入。
  ひとつ、――創造。
  ひとつ、――移住の達成。


从 ゚∀从

ξ゚听)ξ 「[かがみ]がどこまでの力を持っていて、どこまで反映できるのかよね」


星の外に目を向けて
『世界はまだまだ広い』と豪語した学者のいた時代は確かにあれど、
達したのは絶望的結論。

観測上、そして現実問題においても
人類は星間移動を成し遂げられていなかった。


川 ゚ -゚) 「それも不安要素のひとつか。
誰かが先に飛び込んで、試してみるか?」

ξ;゚听)ξ 「…」

川 ゚ -゚) 「……すまない、さすがに不謹慎だった」


すでに大地を飲み込み、グランドスタッフという最後の一口も喰らおうとしている魔海。
飛び込むことはイコール死を意味する。
前例もある。


――星の外も同じ。
例外なく、飛び立つことは死を約束されていた。

719 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:05:42 ID:Vvqw5gPI0
从 ゚∀从

川 ゚ -゚) 「とはいえ実質あと一日だけが私達に残された時間か。
悔い無く取り組まねばな」


先の素直の言葉は、誰かを犠牲に試そうと言ったわけではない。
問題点とその解決方法について近道を口にしただけ。

「なんなら私が先に飛び込むさ」とフォローしたものの、
首を横に振る友の姿から余計に、ばつの悪さを覚えてしまったようだ。


ξ゚听)ξ 「ねえ…クー、ハイン」

川 ゚ -゚) 「ん?」

ξ゚听)ξ 「ブーンに逢ってきても…いい?」

川 ゚ -゚) 「ああ、行ってくるといい。
ハインも構わないだろう?」

从 ゚∀从 「いいよ」

ξ゚听)ξ 「ありがと、二人とも。
また明日ね」

720 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:06:34 ID:Vvqw5gPI0
…去り行く姿は背筋を伸ばし、凛としていても、バタバタと急く足取り。
小さな背中と、ウェーブがかるブラウンの巻き髪がゆらり揺れるのを見送った。


――まるで、さよならの挨拶のように。


从 ゚∀从


外見ならば、素直。
振る舞いや言動をみれば、伊出。

高岡にとって彼女たちは、それぞれ女性らしさという点において突出している気がした。
同性からみても愛らしさを感じてしまうほどに。


川 ゚ -゚) 「結婚式を前に、とんだ邪魔もあったものだな」

从 ゚∀从 「ああ」

川 ゚ -゚) 「ハインは? 名瀬先生はいいのか」

从 ゚∀从 「!!」

川 ゚ -゚) 「隠さなくてもいいさ、私達をなんだと思ってる」

从 ゚∀从 「それを言うのはクーだけだよ」

721 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:07:54 ID:Vvqw5gPI0
川 ゚ -゚) 「む、そうか」


素直の観察眼…昔から鋭かったのを思い出す。
彼女に嘘や、場凌ぎの言い訳は通用しない。
それゆえに小さい頃は誰とでもよく喧嘩をした。


川 ゚ -゚) 「ドクオの顔でも見てくるよ。
おそらく、あいつが私のパートナーになるはずだから」


そう言って、彼女もその場を後にした。
真っ直ぐな黒髪の先が柳のように左右を泳ぎ、
その姿が消えるまで、ついつい目線を釘付けにされてしまう。


从 ゚∀从


……居残った高岡だけはそのまま立ち尽くし、階段を降りようとはしなかった。


从 ゚∀从


パートナー、つがい、壁……。
人は感情の差によって、同じ意味を違う言葉で表す。


从 ゚∀从

 

722 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:08:43 ID:Vvqw5gPI0
時間だけがただ流れていく。

…いまの高岡にはそれも心地良かった。
もう少しで自由になれる気分だった。

手持ち無沙汰に壁に背を預けると、そのまましゃがみこむ。


从 ゚∀从


両膝を抱えて顎をのせ、じっと動かず耳を澄ます。
あの時と同じように…
"能面" の彼女は待っていた。


从 -∀从




     「…二人はもう行ったのか」


――その声を。

723 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:09:27 ID:Vvqw5gPI0
从∀゚ 从 「うん」

/ ∵) 「場所を移ろう。
さすがにここでは他の者も来る」


外套の隙間から覗く瞳は一見して、感情を表さない。
だが高岡はその顔が昔から好きだった。


挨拶もそこそこに寄り添い歩く。
無駄という無駄を省かれた、同じ内観を。


階段… 踊り場… 横に伸びる通路は円を描き、遠く反対側で連結している。
リング状のエリアをひとフロアに数え、延々と階層を連ねているグランドスタッフ。


从 ゚∀从 「評議会はもういいの?」

/ ∵) 「ほとんどの者は残るがね、私は今をもって解放されたよ」


魔導力を悦ばしく定義した、歴史上の象徴的建造物。
……皮肉にも、過剰な魔導力を集めてしまった諸刃。

そんなグランドスタッフに似つかわしくない光景といえば、
元評議会員の外套が女性の指先によって、ささやかに引っ張られていることだろうか。


从 ゚∀从 「…そっか」

/ ∵) 「…これで私も、君たちと一緒だ」
 

724 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:10:21 ID:Vvqw5gPI0

高岡、素直、伊出。
  内藤、鬱田… そして、名瀬。
選択されし[かがみ]の贄たち。


たどり着いた名瀬の部屋は殺風景なものだ。
感情のない者にレイアウトなど必要なかった。
全面は真っ白。
放り投げた書類を受け止めるだけのローテーブルが、ぽつりと備えられているだけ。
他には何もない。

――高岡と出逢う前であれば。



从 ゚∀从 「相変わらずだなー」

/ ∵) 「習慣はそうそう変わらないよ」

从 ゚∀从つ‖ 「お邪魔しまーす」


言うより早く、リビングとキッチンを通った高岡が、奥へと続くカーテンをめくり開けた。


      (▼・ェ・)
          (^ω^∪)


四方壁を金糸の刺繍で施された、
荘厳たるレリーフ布で囲むプライベートルーム。
ゴシック調の棚の上では彼女たちを出迎えるように、
二体の大きなぬいぐるみが左右に鎮座している。

両極の愛らしさを表す動物をモチーフにした綿人形。
どちらも高岡が造ったものだ。

「ただいま!」
そう言って、彼女が二体の頭をころころ撫でる。


そして止まらぬ歩調で最奥のベッドに倒れ込む一連の様子を、
名瀬はただじっと眺めていた。

725 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:11:09 ID:Vvqw5gPI0
( ∵) 「…」

从 ゚∀从 「ねー、センセーも疲れたっしょ?
こっちで横になろうよ」

( ∵) 「……その前に、君に謝らなければ」


緩慢な動きで脱いだ外套を備え付けのフックにかけるなり、名瀬は深く頭を下げた。


从 ゚∀从 「なんだよー……そんなに改まって」

( ∵) 「昔、君に言ったことを憶えているか?」


当然憶えている。
だからこそ高岡は、友の前でも能面であり続けたのだから。

       从∀゚ 从
             ザ――ザッ

彼女の網膜に焼き付いた四角いモニタ。
白い枠、映り流れる時の思い出…。

            三三三三三三
             ( ∵三三三

  ――ザザッ
 脳裏からめくり被さるあの頃が、 ザッ
  目の前に広がる視界を揺らがせた。


三三三三三三三三三三三
三三三三三从
三      夢――ノイズが…走る。
ザザッ――


三三三三三三三三三三三三三三三三三三
   三三三三三三三三三三三三三三三
       ザーーッ 三三三三三三三


 

726 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:12:36 ID:Vvqw5gPI0


推奨BGM:lipse of Time (Harp Version)


727 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:13:22 ID:Vvqw5gPI0
----------


( ∵) 『評議会に強く目をつけられてしまう。
だから――これからは感情を抑えて過ごすんだ』

『どーしてー??』 从∀` 从


…いつだったか、名瀬はそう言った。
『それがいつかはまだ視えない。
だが感情豊かな者ほど、過酷な運命が待ち受ける未来があるのだ』
と、言葉を繋いで。


( ∵) 『君には笑っていてほしい。
その運命も今ならまだ避けられる可能性がある』


高岡も思い出す。
二人の始まりは空虚な育児院を出てすぐの、
通路で独り蹲っていた時だったということを。

素直と喧嘩し、泣きっ面を誰にも見られたくない一心で膝を抱えた日。
人の行き交う背景で、膝を抱える女児がそれだった。

728 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:14:42 ID:Vvqw5gPI0
人体なれど肉の塊にしか見えない、高岡を誰もが無視していく…。


せいぜい彼女の耳に届くのは『うるさい女の子だな』という声の刃と、



  ( ∵)
    『どうかしたのか』
             从 ;∀从



聖杯の滴に似た、救いのひと声。

 

729 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:16:19 ID:Vvqw5gPI0
以来、二人は幾度言葉を交わしただろう…。


別段面白い話をしていた訳でもないが、
しかしコロコロと変わる少女の顔を見たときから……、

まるで生まれた時代を間違えているかのような、爛漫な振る舞いの高岡を見たときから……、

名瀬はひとつの夢を見出だしてしまった。


( ∵) 『それが誰を指していたのか見当はつく。
君はこのままでは含まれる』


ある日、目にしたアーカイブ。
抽出されていた六人分の人体データ。


『かこく、ってなにー?』从∀` 从

( ∵) 『とても、とても辛いということ。
だから私がそれに取ってかわろう』

『?? なんでー?』  从∀` 从

( ∵)


( ∵) 『そうすれば君を救えるかもしれないから』


            从∀` 从

730 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:17:27 ID:Vvqw5gPI0
グランドスタッフにおける教師の役目とは、
アーカイブに記された過去の出来事を、ひたすら機械的に詰め込む作業に他ならない。

疑問や寄り道はないはずだった。
教師も、生徒も。
淡々と学び、史実の羅列を頭に並べるだけ。

だからこそ道徳なき歴史の反復によって、世界は間も無く滅ぶのだが…。


( ∵) 『その代わり教えてくれないか、君の感情というものを』

『……』 从∀` 从

( ∵) 『どうした?』

『ううん、なんでもないー』从∀` 从

731 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:18:29 ID:Vvqw5gPI0

名瀬だけが気付いていなかった。
高岡に惹かれた、その心こそ感情であるのだと。

何年経っても、気付かない。


( ∵) 『今日はどうした』

『別に……ただちょっとだけ、
クーと喧嘩しただけだよ』从 ゚∀从

( ∵) 『そうか』

『理由は訊かないの?』从∀゚ 从

( ∵) 『高岡から言わないときは、こちらから訊けば良かったのか?』

『…めんどくせーなあ』从∀^ 从

( ∵) 『そうか?』


高岡だけは気付いていた。
自分に気をとめた名瀬には、自分たちと同じく感情があることを。

732 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:19:16 ID:Vvqw5gPI0
しかし彼の日常態度は常に無表情だった。

からかった後のツンのような、つっけんどんな態度をとることもなければ
意見の対立によって喧嘩したときの、クーのような無口になることもない。


( ∵) 『まだあの玩具はとっておいてあるのか?』

『あるよー、せんせーからせっかく貰ったんだから
簡単に捨てやしないって』从∀゚ 从

( ∵) 『高岡は物持ちがいいんだな』

『…』        从∀゚ 从

( ∵) 『どうした?』

『なんでもねーよ…』 从 ゚∀从


淋しくなかったといえば嘘になる。

他人の心を察するのに感情は不可欠であっても、
かといって、感情があれば心が読める道理もない。


可能性があるだけだ。
より深く知り合うための。


( ∵) 『…』

( ∵) 『解ってやれなくて、すまない』

733 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:20:06 ID:Vvqw5gPI0
いつのまにか、拗ねて見せると罪悪を覚えるようになったらしい。

その時だけは、二人だけの牢獄。
かつて失われた恋人の語らいのように。


『…ばーか』     从 ^∀从


――しかし相剋。
いつかは失われる恋人の信頼のように。

名瀬の思惑すら踏み潰す、この世の魔導力は命すら奪うことを思い出させてくれる。

 

734 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:21:08 ID:Vvqw5gPI0

高岡と名瀬が時間を共にするようになってしばらく。

グランドスタッフ中層、展望台の名残りである広域窓の一部が人為的に破壊された。
そこは唯一、外の世界を眺めるための機能を備え、
しかし利用者は彼ら以外に居なかった。

感慨を覚える者でなければ、景色に目を奪われることもない。


川 ゚ -゚) 『……なぜ、こんなことに』


人々には計り知れなかった事実がそこにはある。
――毒は無くとも、魔導力漂う外気に望んで触れる者など居るはずもない――。
そう考えるのが一般的だった。

環境の引き起こした突発的な事故としての処置を施し、
数日後には記憶から消去された、数百年ぶりの自殺者の出現。


『相談された人はいないの?』ξ゚听)ξ

从 ゚∀从 『ブーンは?』

( ^ω^) 『特になにも…。
でも、あいつの部屋でこれを見付けたお』

『見せてみろ』      (A` )




川 ゚ -゚)       从∀゚ 从
  ((( ^ω^)つ◇  ⊂(A` )
  ξ゚听)ξ


 

735 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:21:53 ID:Vvqw5gPI0
内藤を含めた五人が一斉に覗きこむのは、手のひらに収まるほどの薄い一枚の用紙。

丁寧に書かれた筆跡は、
心境を落ち着かせ、一字一字を確実に記したものと推測させるに充分だ。


 『気が狂う前に試したい。
   先に逝くよ、三度めの大嵐にまた』


川 ゚ -゚) 『…』

( ^ω^)『シャキンは一体なにを言いたいんだお…』

       从∀゚ 从

『…知るかよ、めんどくせえ』(A` )

ξ゚听)ξ 『試したい…なにを?』


級友たちに走る動揺は激しかった。
…だが、名瀬に突き刺さった衝撃はそれを越える。


( ∵) 『……』
 

736 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:24:21 ID:Vvqw5gPI0
ザザザ…
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
イケニエ カイシュウタイショウ
ヘンコウ…_
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

粛然、かつ真暗闇に浮かぶ文字。


( ∵)" 『…』カタカタ


名瀬はアーカイブに指を走らせていた。
ホログラムに映り並ぶ、上層エリアの片隅。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
ヘンコウコウホヲ
チュウシュツ シマシタ

■タカオカ_   从 ゚∀从

生命力 / D
表現力 / E
身体耐久力 / E
発想力 / C
感情値 / B
魔導波動力 / B
魔導適応力 / B
魔導許容量 / C
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

( ∵) 『……やはり』


溜め息と――狂った計算。
選ばれるはずの一人が消えたことで、
自身が庇うべき高岡の名が、再び候補者に浮き上がってしまったことを知る。

頭を抱えて、同時に崩れそうになる脚に力を注いだ。

一度芽生えた感情に抗えず、次の手立てを考えるべく瞳を閉じる。


…彼もまた、夢を視るために。
三三三三三三三三
  ザザ三三三三三三三三
三三三三三三三三三三三三三三――ザ
        三三三三三三三三三三三
     三三三三三三三三三三三三三三

737 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:25:03 ID:Vvqw5gPI0
三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三
三三三三三三三三三三三三三三三三三

              二二三三三三
           三三三三三三三三三
       三三三三三三三三三三三三三
  二三三三三三三三三三三三三三三三三三
三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三
三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三

738 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:26:30 ID:Vvqw5gPI0
         三三三三三三三三三三三
               三三三三三


(推奨BGMおわり)

739 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:27:21 ID:Vvqw5gPI0
----------



目覚め、ベッドの上で抱擁していた腕を離した。
高岡の首元でごろりとした重みが残されていることに気付く。


( ∵) 「…すまない、痛かったか?」


その声で、遅れて意識は覚醒した。

――いつもと同じかそれ以上に。
体勢は不自由ながらも大きく首を振り、答える。


「ううん、満たされた気分」 从∀^ 从


枕木の役目を果たす名瀬の腕は細身ながらどっしりと、そして柔らかさを感じさせる。


触れる微熱が遅れてやってくると、
首から胸、胸から背中を伝わり…足先までが痙攣したような気がした。

740 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:29:05 ID:Vvqw5gPI0
              从∀- 从


流れ落ちる一粒の汗の感触が背筋をなぞる。

ふわふわとした心地よき倦怠感。
宙に浮くようなこの気持ちは何度体験しても慣れないものだと…胸中で呟いた。


いまの二人の距離。
吐息が当たり、しかし肌の触れ合わない隙間がある。
腕を伸ばすまでもないが、指先だけでは届かない。

いまの高岡にとって具合の良いスペース。
…でなければ一糸纏わぬその身体を、彼の視界に入れてしまう。


「わがままばかり聞いてくれて、ありがと。
アタシはこれでもう悔いはない」 从∀ 从

( ∵) 「…」

「――って、センセーも一緒に飛び込まなきゃいけないんだっけ…。
最後がアタシで悪かったかな?」 从∀゚ 从

( ∵) 「そんなことはないよ。
むしろ…私こそ同じように考えていた」

「…そっか」          从∀^ 从

741 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:29:47 ID:Vvqw5gPI0
齢、成人に届かぬ女が微笑う。
つられ、妙齢たる男も目を細めた。


……もう逢えないかもしれない。
その想いを、互いに秘めたまま。


名瀬が高岡と居た年月は十と無かったが、
代え難い時間を過ごさせてもらったと彼は考えている。
…心残りを挙げるなら、笑顔だけは最後まで上手くならなかったことだろうか。


「ね、センセーはさ…」     从∀゚ 从

       …ゴ ゴ
( ∵) 「――!」   ゴ


「? どしたの        从∀゚ 从

        《ゴ ゴ ゴ》

――これ、なんの音だ?」   ::从;゚∀从::


::(∵ )::


::( ∵):: 「…高岡、服を」


   《ゴゴゴ ゴ  ゴ   ゴ》


 

742 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:31:16 ID:Vvqw5gPI0

世は無慈悲。


悠長な暇(いとま)など、
むざむざ与えてくれはしない。



       《ヴ…ォオオ》



誰かを中心にこの世は回らない。




ヒトを最後まで裏切って…  その日が――来た。








 

743 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:32:27 ID:Vvqw5gPI0



記念すべき終わりの日。






          グランドスタッフ
              ――崩壊。

 

744 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/09/28(月) 21:33:18 ID:Vvqw5gPI0
------------


〜now roading〜


( ∵)

HP / C
strength / D
vitality / D
agility / F
MP / C
magic power / D
magic speed / C
magic registence / A


------------

755 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:35:11 ID:3qHNWQEQ0


――崩壊の刻がきた。


彼らの前に、
地響きの末路は様々に、明確な姿を現す。


    「チキショウがぁ…っ!」



          ))

      ( ;'A)


意図せず大海へと向かって放り出され、
満足に四肢をばたつかせることも出来ない鬱田が短く叫ぶ。


彼は眠り、しかし夢を見る前に病室から投げ出されて空にいる。

三日後の滅亡どころではなかった。
二日後に来るはずの壁の役目すら、満足に与えられる以前に――。


        「どうして…
          なんで俺がこんな!」

   ((
     ('A`#;)


強風に煽られ、彼は頭から墜落していく。

下は魔導力によって腐った海…、
上は大きな影に覆われてはいるが、倒壊する人類の象徴グランドスタッフが見える。


翼があれば、この窮地を脱出できたのだろうか。

もはや手本となる生物はおらず、
嵐によって気流を乱した空はそもそも慈悲など持ち合わせることなく、
彼の骨肉をバチバチと殴りつける。


…それはまるで、早く死ねと言われているようでムカついた。
…雨に濡れて重みを増した服が無駄にまとわりついて苛ついた。

756 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:35:55 ID:3qHNWQEQ0

 ((

   (A`#)



   「ふざけんな、
    俺は俺の意思で最後を…――」


下半身は既にない。
千切れた肉からは、神経繊維が簾のように揺れる感触。

それを振りほどけない不自由な状況と…なによりも。


      ((

       (# A`)



  「そもそも――
   なんなんだよ、テメーは…」




       ))
   (# A


「こんな、こんな死を俺は――」
 

757 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:36:39 ID:3qHNWQEQ0


    『望んじゃあいねぇぞぉ…!』


 

758 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:37:38 ID:3qHNWQEQ0

…そう、彼は終わりの否定を願った。


命の死を、魂の消滅を。


己の脆さと世の不条理に怒りを抑えられない青年。
安穏とした日々に求めたはずの永久を、
どうしてこの期に及んで振りほどこうというのか。


…だが悲しきかな、
力なき抵抗は薄儚く粉砕される運命にある。
どのみち鬱田という存在は、死を目前に控えた弱者だった。

分断された肉は体機能を停止させ、
薄弱な意識もろとも黒き濁流へと飲み込まれていく…。



    「せめて死ぬんなら、A`)
           ..,,:;;:
     テメーを('殺してかぁ…――ッ


そんな断末魔も風と牙に消え。

闇に喰われ、血飛沫すらも遺さぬまま、
彼という存在は漆黒の渦に捲き込まれていった。

 

759 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:38:19 ID:3qHNWQEQ0
----------


    ))

川#゚ -゚) 「ドクオーーーっ!!」


倒壊するグランドスタッフよりも高きもの…
自身が落下する速度よりも速きもの…
分離していく鬱田の下半身よりも歪なるもの…


嵐よりも荒々しい、衝撃的なワンシーンが大部分の意識を占めた。


灰空の吐き落とす水滴は彼女の長髪を縛り付け、
現実の直視から逃れようとする。

文字通り、空に後ろ髪を引かれながらも、
しかし彼女のその切れ長な瞳を釘付けにした。


        ((

         川# -゚)


友と別れ、眠る鬱田の背中を見送りながら自室に戻るところだった。
明日には[かがみ]に突入し、果たさねばならない使命感を胸に床につく。


…そんな今日という日を無事に過ごすはずの彼女の時間を――

760 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:39:45 ID:3qHNWQEQ0

       ))


   ( - ゚#川 「この…化け物が…!」


…破壊した。
それがアーカイブに記される、
星の外に住まう巨獣であることを彼女が知る術はない。


赤と黒で彩られた顋の向こう側を目前に…。


同じ時を過ごした友が、
評議会員に手渡されていた法衣の色を思い出す。



 

761 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:41:30 ID:3qHNWQEQ0


小さな頃、三人でよくやった遊戯がある。

伊出も高岡も、そして素直も、
いわゆる "ごっこ遊び" が好きな子供だった。


集まると誰かが床に線を引き、
ここではないどこかの間取りを創ったものだ。


ξ´凵M)ξ 『ママやるー』

从∀` 从 『えー、じゃあアタシは娘ね♪』

川 ´ -`) 『…わたしは?』

ξ´凵M)ξ 『パパやってよー』


無遠慮な返答に洩れる溜め息…。
しかし、それもいつものことだ。


男の役目を負わされることに抵抗などなかったが、
たまには可愛い役を回してほしいと考えたことも当然ある。

だがそれを口にしたことはない。
素直が役割を果たすことで、
二人の友は愉しげに笑い、そうして素直も笑えたのだから。


川 ´ -`)  ξ´凵M)ξ 从∀` 从



川 ´ -`)



川´ー`)


 

762 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:43:06 ID:3qHNWQEQ0
役割は重要だ。
人は生活の過程で自然と立場を得て、
在るべき場所で生きるのではないかと素直は思う。

そして心安らかにしていられるならば、どんな苦境にも耐えられる。



だからこそ高ぶり、吼える感情。


       川# Д


…せめて気持ちの整理をつけたかった。


例えば[かがみ]に飛び込んで、
【魔導力】によって望みを叶える…。
その代償として命を失うならば、等価と納得できなくもない。


だが現実はどうだ?

こんな訳のわからない化け物に齧られる最後など、
予想もしなければ望みもしていない。

まだなんら対価を支払っていないつもりだ。

763 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:44:28 ID:3qHNWQEQ0


   それとも何かを願うこと…

    それ自体が代償とでも、
   この世界は言い張るつもりか?

 

764 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:45:26 ID:3qHNWQEQ0

       ))


    川# Д  「そんな人生は――」


非道、不条理、裏切り…。
歴史は誰彼構わずそれらを繰り返して、繰り返して、


          そして、終わるのか?





    バ
「認め     」

       ク


           ンッ


 

765 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:47:14 ID:3qHNWQEQ0
----------


唸る雷雲。

ブラウンの巻き髪を絡めとる、
       雨、雨、雨……。

空気に代わり、水分を多分に含んだ毛髪が、
背中から墜ちていく彼女の視界を
さながら朽ちた炎のように揺らめき埋め尽くす。


            ))

       ξ )ξ


手足に力が入らない。
…いや、呆然として、感じられないというほうが正しいのかもしれない。


       ))

   ξ )ξ


遠目に見やれば、伊出の片手が少し長く影を作っていることに気が付くだろう。

それは腕から生える腕…。
比べれば、握る指先から先は一回り以上もがっしりとしている。

766 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:48:47 ID:3qHNWQEQ0
数秒前の伊出は内藤と共に、
 ゆるやかな時を…
 ささやかな語らいを…
十数年間変わらぬ、時の共有感を愉しんでいた。


前触れなく出現した太陽に、
グランドスタッフの頭部を食むられるまで…。


二人は肩を寄せあい、蜜を交換し合っていた。


見つめあい、瞳の奥に吸い込まれるほど暖かな幻想を抱き合っていた。


     ))

 ξ )ξ


――そんな二輪の向日葵を、誘われた太陽が焼き尽くした。

失われし神話…
イカロスの翼に激怒した神の如く。
牙によって片割れを奪った災厄がそこには在る。

767 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:49:38 ID:3qHNWQEQ0

     ))


ξ )ξ 「……ブー…ン?」


不思議と涙は流れていなかった。
ひたすらに放心し、取り残された胸中には後悔の念が押し寄せている。


揺れを感じたあのとき、僅かでも自分から離れれば良かった。
自身の甘えがもし彼を殺したとすれば――こんな風に考えてしまうと内藤は怒るだろうが、
……しかし正直な気持ちだ。

       ((


       ξ )ξ⊃⊂


ほんの一部分のみになった恋人を見つめる間だけは時間が止まる。


ずっと一緒に居て、
それが恋だと後で知って、
寝ても覚めても共に在った。

空に落ちる時、護るよう腰にあててくれた掌。
闇に満ちる時、庇うよう突き放してくれた腕。

それが今もまだ…伊出から離れようとはしない。


   ξ )ξ⊃⊂




   ξ )ξ⊃⊂(^ω^




   ξ )ξ⊃⊂


 

768 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:50:27 ID:3qHNWQEQ0
絡めた五指に繋がるべき青年に想いを馳せる。


とめどなく込み上げる熱に反して、どうしても湧かない泪。

それでも…太陽は朧ぎ、いくつも見えた気がした。
髪の隙間の向こうで空をぐるりと輪転し、舞っている。


ξ゚ )ξ 「…?」

769 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:51:10 ID:3qHNWQEQ0
"それ" からすれば伊出など塵に充たない矮小な存在だろう。
…にも拘わらず、
明らかにこちら目掛けて折り返してくるのが解る。


嵐の元に晒される太陽ではあるが、よく見れば違和感を覚えるフォルムだった。

雷光に照らされる伸びた黒い塊が節足動物を思わせる。
――それも二体。
螺旋を描いて渦巻きあう。


巨大さゆえの緩慢さと不規則な動きが、
却ってそれぞれ意志をもつ生物であることを直感に告げた。


ξ゚ )ξ


ξ゚听)ξ


ξ#゚听)ξ


そう考えるが瞬刻、伊出の心が奮い起った。
頬が紅潮するのを強く自覚する。
 

770 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:51:52 ID:3qHNWQEQ0
天寿、天災…
  病い、事故…

天命に従い魂が召されるならば、
湧いた悲哀を閉じ込め、己を納得させる時間も作ることができるかもしれない。

そして、感情によって言い訳を生み出す。


ξ#゚听)ξ 「…返して」


――だが、違いすぎる。
いま目の前に広がる太陽は、
近くで見れば見るほど一個体の生物であると認識できた。

闇に紛れてはいるが、触手がある。
      太いのは触腕か。
先端に生えているのは触角なのだろう。


ξ#゚听)ξ 「ブーンを、返してよ…」


生き物が意志をもち、
意思によって生き物を殺すのならば…


弱者と認識してなお、喰らうならば…





  『弱肉強食って言葉が、昔あった』

 

771 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:52:42 ID:3qHNWQEQ0

走馬灯のように。
…いつかの、生きていた頃の彼の言葉が浮かぶ。


『ぁあん?』 ('A`)

(`・ω・) 『食物連鎖ともいうらしい。
弱いものは強いものの供物になる、という意味だが』

川 ゚ -゚) 『シャキン…お前またアーカイブを勝手に覗いたのか?』

(・ω・´ ) 『調べ始めればキリは無くとも面白いものだよ、あれは』

(`・ω・) 『強いものはイタズラに弱いものを食べるわけじゃないんだってね。
手加減をして、自分が飽きたり飢えないように…
そして半永久的にその関係性を保つケースが多かった』

( ^ω^) 『それがどうしたんだお?』

(`・ω・´) 『いまの僕たちの話だ。
人類以外の生き物が居ない世界……
これはそんな関係性を保つことに失敗したということじゃないか?』

『…』 从∀゚ 从


彼は皆と共に行動することが少なかった。

代わりに博識ぶって、
考えることそのものが愉快であるかのように、
たまに口を開けば皆を困惑させていた。

772 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:53:57 ID:3qHNWQEQ0
『くだらねぇ…
いちいち深い理由なんてあんのかよ』 ('A`)

(`・ω・) 『君も先日晴れて教師になったろう、まんざら興味のない話ではないと思うけどね』

( ^ω^)『マジかお?! いつのまにおめでとうだお!』

『おめー…、うるせぇよ』 ('A`)

(` ω ) 『それはおそらく、 "感情" のせいさ』


彼の表情は、伊出が横から見ていてもはつらつと…だが同時に陰りを見せた気がした。


(`・ω・) 『かつての人間には類を見ない知恵と向上心があった。
弱点を補い、欠点を隠し、道具や環境すらも操って生き延びるといった…ね』

ξ゚听)ξ 『道具を操る… そうね、言われてみれば』

从∀゚ 从


彼女たちは玩具すら与えられない時代を過ごした体現者だ。


物に溢れ、者に溢れる時代もたしかに存在するのだろう。
だがそれも "霊長類の頂点" を自ら謳った時点で終わりに向かっていた。

773 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:54:53 ID:3qHNWQEQ0
川 ゚ -゚) 『だが頂点の何が悪い?
成ってこそ得られるものも、きっとあっただろうに』

(・ω・´ ) 『まだ見ぬ "得られるもの" の存在を認めるなら、
いつか来る "失うもの" もまた共に認められるべきじゃないか?』

『表裏、相反…いや、突き詰めれば相剋か』
――彼はそう言葉を続ける。


川 ゚ -゚) 『理解はできるがな…』

(・ω・´ ) 『きっと君の言う通りだ。
はじめこそ希望のために、人は何かを求めるんだろうし』


それなのに驕り、怠み…
そのくせ同種である他者を妬んでは怒りを露にする。

   それがアーカイブに記された
         人間という生物。


先天的性差や後天的ハンデであろうと臆面なく利用して、
周囲を蹴落とすことのみに時間を費やし、
"我こそ頂点" たる矜持を維持しようとする。


   それがアーカイブに記された
         人間という歴史。

774 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 20:56:45 ID:3qHNWQEQ0
(`・ω・) 『ヒトという種を蔑ろに、
個の優劣をこうまで醜く気にする生物は他に居ないんだよ』

( ^ω^)『どうしてそんな……仲良くしてほしいお』

(`・ω・´) 『ブーンやクーの発言も、いつかは僕のような歪みとなる日が来るのかな?』

『とどのつまり、
てめーも責任転嫁じゃねぇか』 ('A`)、


苛立たしげに鬱田は唾を吐き、タバコに手をかける。
隣にいた高岡が無表情のまま大きく離れたのは、煙を嫌がったのかもしれない。


(`・ω・) 『天敵のいない存在になってしまった挙げ句、操るものを消費しきって…
磨耗し、ついにほとんどの感情をなくしたヒトの残り屑が僕らなら――』

ξ゚听)ξ 『ねえ、考えすぎじゃない?
卑下したって良いことなんてなにも…』

(` ω ) 『……しかしもう、そうとしか思えなくなってしまった』
  _
ξ゚听)ξ 『…』


良くない思考のどつぼにはまっているのだと、しかして伊出は言葉を飲み込んだ。

775 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:00:13 ID:3qHNWQEQ0
真実は違うかもしれない…が、残念ながら史実は如実に物語った。


兄弟喧嘩も、宗教戦争も、
個の概念から魂の救済を追い求めた末路でしかない。
心から相手を尊重出来たなら、たとえ相容れない存在であろうと赦せるはずだ。


…とはいえ彼の個人的考察も、
過去の何者かが視た未来の一部でしかない。
解っていても、人は辿る。


(`・ω・) 『ただ生きて、ただ無意味に死ぬだけの人生ならいっそ…』

ξ゚听)ξ 『……もぅ!』

川 ゚ -゚) 『いい加減にしろ、お前の言っていることは結果論じゃないか』

(・ω・´ ) 『そうだ、しかし紛れもなく僕たちに降りかかっている現実だ。
"もしも" なんて材料が、もうこの世界には無いんだから』


世のすべては天秤にかけられる。

どちらかを得ればどちらかを失う。
表があれば裏があり、光によって影が創られるように。

777 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:01:43 ID:3qHNWQEQ0
万物に宿るべき【魔導力】。
それを[かがみ]が際限なく吸い込んだおかげで、
ほとんどの人間から感情が磨り減ってしまった現実のように。

【魔導力】の増長に反比例して、【重力】が失われていったように。


(`・ω・) 『例えばそう、まったく別次元のイレギュラーでも起きない限りは…――』


       ――世界は変わらない。


( ^ω^)『…』

(`・ω・) 「……なにか言いたそうだね?」


       ――生まれ変わらなければ。


( ^ω^)『シャキンのいう通り、"感情" が原因で世界がこうなってしまったなら…』

『……』  从∀゚ 从

( ^ω^ )『それを正すのも、"感情" じゃあダメなのかお?』

778 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:02:59 ID:3qHNWQEQ0
ξ゚听)ξ 『――!』

(`・ω・´) 『万が一それが出来たとして、
結局は同じことを繰り返すだけじゃないか…それを無意味だと言うんだ』

川 ゚ -゚) 『…シャキン』

( ^ω^ )『無意味じゃないお!
いまシャキンが自分で言ったじゃないかお』

           ('A`)y-~

( ^ω^ )『得るも失くすも、どっちも認めるって…』

(`・ω・´)

( ^ω^ )『だからまた、得たらいいと思うんだお』

(` ω ´)

( ^ω^ )『あまり考えすぎないで、まずは僕たち六人がずっと一緒に楽しく過ごそうお』

ξ゚听)ξ

( ^ω^ )『みんながおじいちゃんおばあちゃんになって、死ぬときになったら…』

( ^ω^ )『その時に決めたらいいお。
意味があったか、なかったか、なんて』

(` ω ´) 『…………それでもやはり無意味だったら?』

       从∀゚ 从

( ^ω^)『生まれ変わって、また一緒に生きてみればいいお』


ξ゚听)ξ


ξ゚听)ξ


 

779 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:03:40 ID:3qHNWQEQ0



     ξ^ー^)ξ


 

780 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:05:41 ID:3qHNWQEQ0

自分の死の間際、死んだ人間を思い出す皮肉。

記憶のフェードアウトした視界で、生物の口がバックリと開かれたのが目に入った。


『気が狂う前に――』
当時こそ彼のあの言葉は、ネガティブな思考の果てに尽くされたものだと思われた。


ξ#゚听)ξ 「……もしも、これがシャキンの言ってたイレギュラーなら」


『合図は三度目の嵐――』
そう記された遺言。
今日まで続いていたこの天候は、誰も知らない三度目の嵐だ。


ξ#゚听)ξ 「ブーンが一緒に楽しみたかった未来を…、ブーンを……!」


死ぬのが怖い、  だからこじつける。

無意識に、
反射的に、


『また一緒に生きてみればいいお』


振り上げる…その腕を。


ξ#゚Д;)ξ 「返してよ!!!」


願いを込めた…内藤の腕を。


 

781 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:06:47 ID:3qHNWQEQ0
三三三三三三三三三三三三三三三三三三
     \\
      \\   
       \\
        \\
三三三三三三三三三三三三三三三三三三

782 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:07:39 ID:3qHNWQEQ0


 

783 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:08:26 ID:3qHNWQEQ0





こうして伊出も、汚らわしい口内に消えた。




それが、この世の現実だった。


 

784 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:10:56 ID:3qHNWQEQ0
----------


叩く壁、騒ぐ天井。

      ――滑り落ちるぬいぐるみ。
鳴りはためく鼓膜――。


墜ちゆくグランドスタッフと共鳴し、名瀬の部屋も強く傾く。


残りわずかな重力が作用して高岡の身は右へ、左へ…。
名瀬の声が聴こえたのもいつの頃か、もはや忘れてしまうほどに混乱している。

そのうちに流れ閉められたカーテンの元へと、細く柔らかな肢体が無様に投げ出された。


    「いっ――てぇ〜…!」
::从∀<;从


先から天地が何度、逆さになった?
立ち上がることすらままならず翻弄される。

何が起きているのか…高岡には正しく把握できていなかった。


从;゚∀从::「くっ…センセー、どこ?!」::

785 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:12:42 ID:3qHNWQEQ0
ここに彼がいるならば、
『どうしたのかな』
 『なにが起きたのかな』
などと言葉を交わし、心の拠り所として少なからず安堵したことだろう。

それとも…裸で名を呼ぶその妖艷さに、眩暈を覚えるか。


ここには彼女以外の肉声が無く、
地鳴りだけが静かに、大きく返事するのみ。


从;゚∀从::「センセぇ…居ないのか??」::


泣き出しそうな声も震え震えに、
    ::《ガ コ ンッ》::
何度目になるか分からない衝撃が襲いかかる。

         ((
           从; ∀从


未だ慣性に従い、しなり転がっていく。
高岡には自重を支える体力が残っていない。


【重力】が最後の力を振り絞る。
それほどに激しい…天空から崩れ去る塔内部の様相は。

786 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:13:36 ID:3qHNWQEQ0
ひび割れた壁にたどれば肩を強打。
時に天井へと背中を預け、ベッドの角に腹部を潰されそうになる。

遅れて頭に落ちるぬいぐるみが見当違いに微笑ましくて、
まだある現実感を薄めてしまう。


《ガツ ―― ンッ》
      「――っが ぁ…」

       ::从 ∀从::


どこかでぶつけた後頭部が、視界を揺らがせた。

近くて遠く…なにかが砕ける音は鳴り止まない。


      ::从∀゚;从::


        ::从;゚∀从::


……襲う激痛に身を仰け反らせてなお、少し潤んだ瞳は愛しき人を探した。
 

787 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:14:32 ID:3qHNWQEQ0
…しかし見当たらない。

高岡に服を着るよう警告した彼はその直後、
激震をものともせず部屋を駆け出ていったのだから当然だ。


       从 ∀从


……頼りたい時、隣に居ない。

…寄り添いたいのに、あるのは孤独。


       从 ;∀从


寂しいという感情が走り、衝動に任せて危うく責めそうになる自分を留める。


       i:.
       iii从; ∀从iii


そして脱力した――。
なのに、柔らかな膝が床に触れることはない。


       ( ……あれっ? )


覚えたのは強烈な浮遊感だった。

次の瞬間、
    視界へと飛び込んできたのは



 

788 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:15:18 ID:3qHNWQEQ0


     蒼と灰に染まる景色。

 

789 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:16:04 ID:3qHNWQEQ0


     う








       っ



           そ


      ii,,    i;i
      iiii从;゚∀从ii,i ( …だろォ?! )

 

790 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:16:46 ID:3qHNWQEQ0
人が空を游ぐという奇跡がここにある。

特定次元の概念さえ取っ払えば……
いつの時代も現実可能な奇跡の一つではあるが、
命の保証は得てして、無い。


箱庭が予定よりも早く、
世界から弾かれてしまったことを高岡はこの時やっと知った。


『餌場に降りてくる人間がいるぞ!』
…この世に海王類が現存したならば、海面の裏でそう叫んでいたかもしれない。

       ((

       从;゚∀从 「!!」


  ・・・ ・・・・・
だがこの時、叫んだものは――



 

791 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:17:33 ID:3qHNWQEQ0


              ガァ
   グ ガ
    ( センセー、助けて…!! ) ッ!
       ガ
          ガ

 

792 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:18:49 ID:3qHNWQEQ0
突風と膨大な雨粒がその身を助け包もうとして…
しかしすり抜けるように霞めていく痛み。


目の前で繰り広げられる闇と光の衝突。


不思議と落下している感覚は得られなかった。
それはまるで現実とは裏腹に、
育児院で読んだ童話の、綿飴雲にでも自分がなったかのように高岡は思えた。


代わる代わる行き交う景色も。
吸い込まれるような向かい風も。
身体の中心から爆発するほどの外音も。

脳の認識が追い付かなければ別世界なのだと…
彼女はこの時、不意に知れたのだろうか。


       从 ∀ 从


…自分自身が天地を見失っていても、そこに存在があれば自己は確立できる。

…自分自身が見地を見失っていても、別の存在が他にあるなら自己は確執に至る。


    ( …なんだよ、これ )


彼女の視界を最後に埋め尽くす、
この星にとって…
そして彼女にとっても最大のイレギュラー。


       ( センセーは… )


黄色の双眸。



       ( みんな、は―― )


 

793 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:19:36 ID:3qHNWQEQ0


(推奨BGM:Fire Above the Battle)


794 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:20:18 ID:3qHNWQEQ0
----------


(# ∵) 《これ以上やらせるか…!》


崩れ落ちゆく人類の象徴を尻目に、
狼狽した様子を声色に乗せて彼は吠えた。


嵐を跳ね返すほど激しく、触れては弾く雨粒の蒸発。
青天井にも似た体熱の上昇を感じずにはいられない。

そんな名瀬がいま対面する巨獣。


《20光年前に女王ハ死ンダ》

( ∵) 《――!!》

《新タな王と巣が必要ダろウ。
我ラニハ羽根があり、顋がある、ダかラ――》


彼らもまた落下している。
ただし、消滅寸前の【重力】など問題にせずとも
己が宿す体機能のみで。


音なき音で語られる相手の言葉を、
《だから私のいるこの星に来たのか?》
と、名瀬は遮った。

795 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:21:08 ID:3qHNWQEQ0
(# ∵) 《知っていて…我の縄張りに、きたのだな?》


怒気をはらみ、――名瀬の口調が変わる。
振り回した腕に衝撃。
嵐すら驚き、叩きつけていた雨を弱まらせた。

怒りと共に膨脹する名瀬の躰が助走なく宙を駆ける。


《此処に貴様の居場所はない》 三三 (#∵)

・・・・・・
その黒き外殻が大きく風に流れると、
灰色の空と相まって斑模様を映し出した。

高度を落とし、近くなった海には陰りが差す。
さながら竜――いや、歪で、でこぼことしたフォルムは "蟻" を呈した。


胸には二つの太陽をかざし、翼さながらに広げるは黒々と光る触腕。

796 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:21:51 ID:3qHNWQEQ0
――稲光。
轟きわたる硬殻の摩擦音。

…相手も負けじと腹をよじり、互いに巻き付き合うが。


   ギチギチ…ギチギチギチギチ!
(# ∵) 《喰ったものを吐き出せ、今ならまだ間に合うかもしれんぞ》


名瀬のほうがひとまわり大きい。
体躯はそのまま優劣の材料となる。

耳を刺す、まるで鋼を引き裂くような音響すらダメージソース。


《グ、ガグギギギギ……》


二体の蟻が絡み合うも、その力量には明らかな差があった。
一方は膨らみ、もう一方はみるみる縮小していく。

 バスッ
(# ∵) 《早くしろ、魂ごと喰らうのは許してやる》
        バスバスッ――

言いながら名瀬の触腕から生える無数の黒棘。
捻り巻いては相手の外殻を割り、その隙間を縫い刺していく。

鳴り続ける、人間には耐え難い音…。
しかしその鼓膜へのダメージは、いまの名瀬になんら影響を及ぼさない。


《ガ…ぐぐっ…

      ――ゴ ア   ア  !
           アッ ッ!  》::

:(# ∵)::: 《?!》
ビリビリビリッ

797 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:22:45 ID:3qHNWQEQ0
緊縛に堪えきれない、星を襲った黒蟻がひときわ強く吼えた。


名瀬が力を抜いたわけではない。
にも拘わらず、
零れるようにズルリと白い剥き身が新たに生まれ出る。

支えを失い脱皮した殻が空々しく躯のなかで砕け散り…
引き換え、束縛を断ち切った本体が懐を抜けていく。

そのような機能もあるのか、と思いながら…しかし彼は見逃さない。


(# ∵) 《逃げるな、貴様それでも "アサウルス" の名を冠る端くれか!》


うねりを上げ、すぐさま追いつき噛み千切る。
――が、惜しくも尾のみに留まった。
僅かな速度減退を生じさせて、再び海面が近付く。

分裂してもなお蠢く、不快な舌触り。
ぶちぶちと音をたてるその口内部は砂利の感触を得る。


《…コれほどの差がアルのか》


"アサウルス" が、呟くと共に奥牙を噛み締めたのを
背後に追う名瀬が知ることはない。

滲む感情を窺わせる。


《道理で甘露な味がシタ》


――だとしても
   悔しさではないらしいが。

798 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:23:33 ID:3qHNWQEQ0
《さぞカし良質な餌デ、貴様ハ永く腹ヲ満たし続けタのだろうな》

(# ∵) 《…》

《単体では敵わぬトハいえ、まだ喰イ足りぬ》

(# ∵) 《その言い草、より喰えば我に勝てるとでも?》


逃げるものと追うもの。
捕食者と被食者。


《それヲいまから試すのダ》


――言うが早いか、"アサウルス" の動きが垂直に曲がる。
嵐により海面が荒立てた波を、通過する衝撃波が噴き上げた。


その先に見るのは、砕け落ちるグランドスタッフ。
『食い足りぬ――それを試す』
…狙いは塔の中に閉じ込められた人の群れ。


(# ∵) 《やめろ!》

《奪わレる憤怒か? そレトも失う嫉妬か?》

《先の戦力といイ、どちらにしテも貴様は稀有な好例として同胞に語られるだろう》

(# ∵) 《不可能だ、貴様はここで滅する》

《クハハ、やはり。
"感情" は育めば育むほどにウマく、そして糧になるとな》



 

799 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:24:24 ID:3qHNWQEQ0


"アサウルス" ――。
( ASA - USUS )

 

800 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:25:15 ID:3qHNWQEQ0


それは元来、星外生命体として宇宙を漂う存在。


故郷たる棲み処を持たず、
個体ごとに一定完成された躯と独立した精神を所持する。

しかし同時に特定属性を崇めるといった、
一個体ながら集団的――いや、
複合的意志の決定と統率を行う特殊性も併せ持つ。


    その餌は "願望" と "感情" 。


彼らは各惑星に点在する形状なき想いを察知しては、
舞い降り、
  吸い込み、
    喰らって、
満足すればまた星々をわたり、
永遠にも似た時の流れを生き続けている。



 

801 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:25:58 ID:3qHNWQEQ0

《感じる…感じるぞ……。
小粒ながら、先のどれよりも極上の匂いを》


空気に乗って届く、かつての同胞の声の抑揚。
徐々に豊かさを増している。


敵はすでに捕食を重ねている。
名瀬が止めきれず視覚した時点で既に4人…。

よりによってそれは評議会で選ばれた、感情をもつ子供たち。


(# ∵) ( これ以上、摂取させるわけには… )


そのとき突如、"アサウルス" がゲラゲラと下品に嘲笑った。
雷雨をかき消す波動。
逆風が互いの距離を更に空ける。


 ビリビリ
(#;∵):: 《――!!!》

《見 つ 
    け た  ぁァ ア ア
       あ        あ》


 

802 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:26:51 ID:3qHNWQEQ0








       ii;    i.
       iii从 ∀从,ii

 

803 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:28:23 ID:3qHNWQEQ0

(; ゚.゚) 《高岡…っ!!》


表れはせずとも心情にて噴き出す汗。
五人目の餌がついにぶら下がった。


――"当初こそ高岡の感情を吸い込んでいた" 者として、
極上…その言葉に同意と殺意を誘われてしまう。

    長くは続けなかったものの、
    アサウルスの指摘は図星だった。
    確かに名瀬は、高岡の感情という
    餌を食し続けた。


《シャアああッ――!!》


気の昂りに速度を上げたアサウルス。
情の揺さぶりに速度を上げた名瀬と、一時的にも激しく差が生まれる。


(; ∵) 《くそっ!》


    餌であるはずの弱者に欲情し、
    高岡という存在を知った。


離れゆく距離…間に合わない。
瞬時にそう判断付け、名瀬は頭部を軸に、躯を鞭のようにしならせた。

研ぎ澄まされた槍の如き尾部をアサウルスに射つ。

804 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:29:08 ID:3qHNWQEQ0
《見えるようになっテきた》


アサウルスが体躯を渦巻き躱したと思えば、背に生やした触角を拡散させた。
白い太陽から放射線状に放たれる闇。
槍の尖端が届くよりも速く、闇は鞘を象り名瀬を包みこむ。


(; ∵) 《!!》


寒気を感じて深追いを避けた。
素早く尾を分離する。
一足先に掌握され、潰されるのとほぼ同時に。

そうして躯の一部を失うも、一瞬の時を稼ぐことでアサウルスに追い付く。


    アサウルスの向こう側で、
    高岡の姿が少しだけよく見える。
    落水までまだ距離があった。


《ゴエエアッ!!》゚ )



再び密着し、ホールドせんと囲う名瀬の触腕。
それに対する咆哮を合図にアサウルスの触手、触角、触腕が乱れる。

双方が体節から手足を駆使し、大小問わず絡み合った。

805 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:29:49 ID:3qHNWQEQ0


 ゙     ヂ      ゙
  ギチ (# ∵)   ギ  キ
    ギ   ゙(゚∈゚  チ   ゙!
              チ


 

806 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:30:58 ID:3qHNWQEQ0
不可視たる音の波が空間そのものを引き千切る錯覚。
躯の芯で鳴り響くたび、向かい合う太陽が空を覆う灰闇の表面を吹き飛ばす。


    …いつのまにか
    嵐は過ぎ去り小雨となった。


(# ∵) 《…っ》

        《…》 (゚∈゚ )


――拮抗。

感情の塊を喰らったアサウルス。
時間経過と共に肥大し、
今や外殻を脱ぎ捨てたにもかかわらず成虫の風格すら漂う。

隙間を縫い繰り出した名瀬のヘッドアタックまでも受け止めたその表情も、
感情を持ち、強い意志を発していた。


ギチギチギ
(゚∈゚ ) 《腹のなかに飼うだけでも…
予想以上に力がみなぎるものだな、感情とは》
     チギチギチギ
(# ∵)
           チギチギチ…
(゚∈゚ ) 《消化まで時間がかかっている。
だが完全に喰らい終われば、貴様も越えられるか?》

807 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:31:39 ID:3qHNWQEQ0
(# ∵) ( はじめに闘争心が育ったか )


胃袋へと直に贄を納めたアサウルスに比べれば、
名瀬は永きに渡り細々と、
霞に等しい【魔導力】を吸い込んでいたに過ぎない。


( ∵) ( …丸飲みにされた素直と伊出なら、まだ間に合うか…? )


大気や海を支配する魔導力はいわば源泉。
生物の感情を通すことで濾過し、その純度を高める。

何百年と生き、姿を変えながら人間社会に紛れ込んだ名瀬はそれを学んだ。


( ∵) ( なんとか助けてやれるならば…―― )


    ……学びすぎて、
    人に近づきすぎた。


(゚∈゚ ) 《ここで隙を出すとは。
そんなに殺してほしいか、同胞》


 

808 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:32:29 ID:3qHNWQEQ0
名瀬の意識の端、アサウルスが身を退いた。
あまりにも静かで穏やかな離脱だった。


高岡やその友
――自身の生徒――
    を "心配する気持ちが走らされた" ことで反応が出遅れる。


 三 ( ゚∋゚)

           ii;    i.
           iii从∀ 从,ii



後方反転したアサウルスの先で――



(; ゚.゚) 《 高 岡 ぁ ァ…ッ ッ!! 》



たったいま…まさにこの時、
腮の奥に消えていく彼女の姿があった。

809 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:33:21 ID:3qHNWQEQ0


   姿形は違えど、名瀬は
   皆と同等に感情を持つ
   最後の仲間なのかもしれない。




   姿形が異なるだけで、
   名瀬は人と共に生きられることを
   証明したのかもしれない。


 

810 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:34:04 ID:3qHNWQEQ0


              ガァ
   グ ガ
    ( センセー、助けて…!! ) ッ!
       ガ
          ガ


 

811 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:35:18 ID:3qHNWQEQ0


         最後の悲鳴。



       ( ∵)


聴こえた。
助けたい。
せめて高岡だけでも。


       ( . )


…意識を自分に向けてはいなかった。
それでも、彼は胸元にある太陽の片側を開放する。


   ――内部に脈打つ、心の臓。

醜悪に開かれたそれはペンタグラムを描く唇のように、
赤黒く蠢いたかと思えば突如、吸飲を開始した。


嵐なく大海原全体が揺れ、
大地なき水面に津波を引き起こす。


::(;゚∋゚)):: 《?!》

 

812 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:36:10 ID:3qHNWQEQ0
彼らという生命体がもつ太陽にはそれぞれ共通した役割があった。


感情を食事として摂取する一方、
蓄積した感情の残滓を放出する。


溜め込み、爆発させる…。
その様はなにかに似ている。


       ( . ) 《それは我のモノだ》


強欲からなる激情。
傲慢を重ねた絶望。
色欲の招いた破壊。
怠惰な生涯の結末。
妬みにも似た展望。


       ( . ) 《貴様などに喰われるくらいなら…自ら喰ってやる》


彼の行く末は、
暴食の果ての喪失。


…突き詰めてそれが【過去の織り成す未来の姿】であると、
いつかどこかで語る哲学者が現れるだろうか。
 

813 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:37:41 ID:3qHNWQEQ0

::;゚∋゚ ))):: 《う、動か――》


( . ) 《どうして我らに二つも心臓があると思う?》


( . ) 《口があれば喰らえるのに…なぜかを考えたこともあるまい》


アサウルスは自身に水飛沫が届く感触を得た。
…見下せば、もはや目前に海がある。



::;゚∋゚ ))):: 《いつの間に落ちて…いや違う、我はここから動いていないはずだ》


::;゚∋゚ ))):: 《まさか、むしろ、海面のほうこそが――》


近付いている。


( . ) 《王が…我々アサウルスの巣が、どのようにして発現するのか教えてやろう》

814 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:38:42 ID:3qHNWQEQ0







( ↑.↑) 《王が必要なのだろう? こうするのだ…自分の生命でな》


::;゚∋゚ ))):: 《やっやめ――――


 

815 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:39:32 ID:3qHNWQEQ0



         《【ドレイン】…!》

 

816 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/06(火) 21:40:24 ID:3qHNWQEQ0
------------


〜now roading〜


( ゚∋゚)

HP / B
strength / B
vitality / D
agility / G
MP / H
magic power / H
magic speed / D
magic registence / F


------------

828 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/24(土) 23:54:32 ID:zg.i7l6Q0
----------



その状態を、なんと呼べば良いのだろう。

 

829 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/24(土) 23:55:17 ID:zg.i7l6Q0


      从 ゚∀从



何もない…?  ――そうではない。
正しくは直黒にまみれた空間がある。


そのせいで彼女は、自身の二本足がしっかりと存在しているかも分からない。


      ::从;゚∀从::


手持ち無沙汰…などという余裕はとても持てない。

現にいまも彼女には闇がべったりと絡み付き、その身体を拘束しているかのようだった。

 

831 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/24(土) 23:57:41 ID:zg.i7l6Q0

アサウルス体内。

…正確には、
名瀬がアサウルスごと、世界をまるまる飲み込んだ太陽の内側。

差し込む光のないその場所は死後を連想するほど静かで、
外気…それどころか温度を感じさせることすら拒絶した。


実は意識を失ったまま、いまも空を落下している最中ではないか…。
それとも海の底へと沈んでしまい、混濁とした意識が乖離して夢でも視ているのか…。

高岡自身はなにも知らず、
"自分は死を迎えてしまった" と認識している。

だから瞳を開けばまた、あの世界で――


       ::从 ∀从::


彼女はそう考え、しかしすぐに止めた。


誰もいない部屋…
壊れゆく塔…
支えのない空…
迫る腐海と、黒い巨獣。


恐怖満ちる今しがたまでの境遇と比べれば、
ここはある種の平和をもたらしているといえる。

とはいえ、そこに立つだけでも孤独は助長され、
呼吸を忘れてしまうほどの閉塞感を覚えるのも事実だった。

グランドスタッフから投げ出されたあの時の感覚など、
比較にもならない浮遊感が高岡を襲い続ける。


       ::从∀゚;从::

「センセぇ…………」
    「…名瀬センセー……?」


       ::从;゚∀从::

「……誰か…、いないの……?」

832 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/24(土) 23:58:52 ID:zg.i7l6Q0
口走るさきから虚空へと消えてしまう自身の声にまで不安を駆られる、
音の反響すらない…ひたすらに黒い場所。

朧気な四肢の感覚から、此処はやはり夢の中なのだと脳が信号を発し始めていた。


       从 ゚∀从 "


――だがそれを引き留める、現実へのトリガー。


       从 ゚∀从
        つ"


 

833 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:00:13 ID:TxThKRSo0
       《…世界は神が作り出した》



それは下腹部で蠢く、異質な鼓動。


       从 ゚∀从 「…」
        つ


己の意志とは無関係に…
ドクっ、 ドクっ、 と鳴り報せる命の鐘。


       从 ゚∀从


まばたきほどの微々たる感触でしかなかったものが、
いざ意識し始めると不思議と存在感を…愛しさを増していく。


…心当たりがあった。
しかし、こんな状況下でやっと手に入るとは夢にも思っていなかった。


それは世界の終わりを通告された日、諦めたはずの夢…。




さらに――もうひとつ気付いたことがある。

834 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:01:19 ID:TxThKRSo0
       《…偉大な神は真っ暗闇な世界を憂いて》



            ∵

从 ゚∀从 「!」


心に余裕が出来たわけでもなかろうが…わずかに見上げた先で、闇に隠れた光の粒子。
そんな小さな輝きに、愛しき人の面影を見付けてしまう。


       ∫……すまなかった∫

从 ゚∀从 「…」

       ∫ここは巣だ。
        君…、君を私は…………∫

从 ゚∀从


从 ゚∀从 「いいよ、無理に喋らなくても」


震えぬ鼓膜の頭の奥に流れ込んでくる聞き覚えのある声。

へへっ、と高岡が笑うと、
いつもの無表情に隠された困惑の色が届いた。


从 ゚∀从 「あー、そっか助けてくれたんだ…。
ありがとね、センセー」


              ∵

从 ゚∀从
 

835 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:02:02 ID:TxThKRSo0
       《己の眼球を取りだし》



              ∵

从 ゚∀从 「みんなも居るの?」


たった今、観測者は高岡ただ一人。
たとえ他者にとって成立しない会話であっても、彼女にさえ解れば問題ない。


从;゚∀从 「……待って、その前に!
結局どうなったのか、教えてくれないかな」


……語ることがあるとすれば。

アサウルス、そして高岡たちの世界をドレインした名瀬は、
その膨大な魔導力によって太陽のなかで "巣" を構築した。


宙闇である此処には素直や伊出たち…
そしてアサウルスすらも【魂】として内包されている。


从 ゚∀从 「…センセーは…どうなってるんだ
?」


一度ひらいた太陽は永劫閉じることはない。
いつまでも、いつまでも…
生命を燃やし続けるべく、溜め込んだ魔導力の放出を続ける。


…そうして、いつかは枯渇してしまう。
餌の供給なき魔導力には終わりが来る。

836 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:02:44 ID:TxThKRSo0
       《その虹彩からは光を》



从 ∀从 「なんで……そんなことしたんだよ」


       ∫……たす…けたか…た∫

从 ∀从


アサウルスが餓えで死ぬことはない。
…その代わり、名瀬の魔導力によって此処に生かされる高岡は
エネルギー供給がなければいずれ死んでしまう。

彼の蓄えた感情…【魔導力】が底をついた時、ついに高岡には正真正銘の死が訪れることとなる。


从 ∀从


从 ∀从 "


从 ゚∀从


名瀬は此処では星となり神となる。
アサウルスという一生物が、王として君臨するのはそういう意味だ。

837 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:03:41 ID:TxThKRSo0
       《瞳孔からは闇を》



从 ゚∀从σ 「…あのさ、あれは、なに?」


前方…真下…、それとも真上。
彼女の視界の範疇で毒々しい紫霧が現れていた。

つい先程まで、無かったはずなのに。


       ∫[か…がみ]∫

从;゚∀从 「!! …あれがっ?!」



彼女は慌てて駆け寄るも思わず気が逸り、少しだけつまづいた。


[かがみ]と呼ばれる――しかし目の前のそれは気体の集合体だった。
額縁はもちろん鏡面なども当然見当たらない。

高岡の知る一般的な鏡とは趣が異なる。
それでもしばらくの間、目を奪われていた。


从 ゚∀从 「…」


評議会…つまりは人類が最後に求めた、切り札であり元凶。
海底にあるべきもの。 …海底にて求めようとしたもの。


よくみると、[かがみ]はほのかに光る粒子を散らせている。
まるで動くものに反応し舞いあがる、密室に射しこむ光に生きる塵のように。


「……これが、そうなんだな」

838 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:05:02 ID:TxThKRSo0
       《硝子体は大地を》



川 ゚ -゚) 「もっとこう、物体的な感じを想像していたんだが」

从∀゚ 从 「クー…

Σ 从∀゚;从     って、ドクオ?!」


振り向いた先には友がいた。
その足元にも、鬱田が転がっている。
……上半身だけの、残酷な姿ではあるが。


( A )

川゚- ゚ ) 「息はある。
…なにかを探してるみたいに、さっきからずっとこんな調子だよ」


鬱田は焦点の合わない虚ろな瞳で、素直へと顔を向けて呆けている。
意識を感じさせる所以は片腕を不自然に伸ばす指先が、
微々しくも何かを掴もうとするような動きを見せていたせいだ。


川 ゚ -゚) 「それより。
これに飛び込むはずだったのか、私たちは」

       ∫も…う、……ぃ∫

川 ゚ -゚) 「?」

       ∫原初の…望…は……届い…た∫

( A )

       ∫あと……実行…るの…み∫

 

840 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:06:57 ID:TxThKRSo0
       《水晶体は海を産んだ》



脳裏に漂う音の正体が名瀬であることを素直も理解している。
…高岡にそうしたのと同様、名瀬は各自の【魂】へと個別に語りかけていた。


「クー…、ハイン…?」


後ろを振り向く二人は、それが伊出の声であるとすぐに気が付いた。
伊出もまた皆をみて安堵に顔を緩ませる…。
だがそれも次の瞬間には脆く崩れさる。


川 ゚ -゚) 「ツン、無事か」

ξ;゚听)ξ 「ドクオもいるのね。
ねえ、ブーンは…どこかで見なかった??」

从 ゚∀从 「…えっ…」


内藤の腕と共にアサウルスに飲み込まれた彼女の手の中には、なにも残っていない。

半死体の鬱田ですらここにいる。
ならば動けず、空間のどこかで助けを求めているのかもしれない。


川 ゚ -゚) 「すまない、私は見かけてない」

从 ゚∀从 「俺も…」

ξ;゚听)ξ 「居ないのよ……どこにも」

从 ゚∀从 「センセー、知らない?」

从 ゚∀从

从 ゚∀从 「……センセー?」


このとき――いくら高岡が呼び掛けても応えは響かなかった。
どんなに目を凝らしても、名瀬の面影を見付けることは叶わなかった。


空間の主たる名瀬。
彼ならば判らぬはずもないという希望。
三人のなかでそれが徐々に薄らいでいく。

841 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:10:50 ID:TxThKRSo0
       《世界は神の眼球として生まれ変わり、》



人は迷い、問い掛け、答えを得ることで一縷の安定を築き上げる。
……必ず答えが得られるものだという、根拠のない奇跡的前提の元に。

だが突き付けられる、闇。


从;゚∀从 「…」

川 ゚ -゚) 「……あまり猶予はない、かもしれないな」

ξ;゚听)ξ 「先生の力が足りていないってこと…?」


空間の維持、そして行動には、主たる名瀬にエネルギーがなくてはならない。

名瀬からの供給を途絶えさせないためには、
此処や、【かがみ】を通して、常に感情を届けなくてはならない。


川 ゚ -゚)  从∀゚ 从 「……ツン」


内藤だけがここにいない――ともすれば、伊出には困難な条件かもしれない。

魂さえあれば、名瀬によってこの空間にて生かされるはずだった。
元より瀕死の鬱田がいまなお死なないのはそういう仕組みだ。

ならば――内藤はどうなってしまった?


三人が同じ結論に達し、慌てて否定する材料を捜している。

一度失ったかと思えば己だけが生き永らえ、
なおも奈落でじっくりと、喪失を噛み締めろとでもいうのか。

高岡からすれば、内藤を名瀬に置き換えるだけで想像に容易い。


"从∀゚ 从    (( 川 ゚ -゚)
ξ )ξ 


どこも一緒だ……元の世界も、此処も。

誰かにとってありふれた一寸先の没未来となることもあれば、
誰かにとっては一握りのチャンスへと姿を変えることもある。

842 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:12:27 ID:TxThKRSo0
       《また神の瞼の下に埋め直された》



从 ゚∀从 「クー?」

       (゚- ゚ 川 「私が先に行こう」


淀みのない歩みと、歪みのない声で素直はそう言った。

[かがみ]の前に立ち、長く美しい黒髪が一度だけ伸縮する。
顎を上げ、何もない宙をふと仰いだのだと、二人には分かった。


       川 - ) 「――――」

从;゚∀从つ 「クー!」


だが素直の足は二度と止まらなかった。
友に背を向けたまま唇を動して…
後ろ手を軽く振ると、そのまま[かがみ]という靄に飛び込んでいった。


    从;゚∀从つ
ξ )ξ
   ( A )


素直は評議会で与えられた【現】の意味を、彼女なりにずっと考えていた。


いま出来ることは、いまにしか出来ない。
昨日の自分には不可能で、明日の自分にも不可能かもしれない。

だから "いま" なのだ。
…それは同時に、最も移ろいやすく愚かな決断にもなる諸刃。


かつては過去の自分が吐いてしまった不謹慎な言葉の尻拭い。
これからの名瀬の空間…そして[かがみ]の効力。

薄氷の上を歩く選択肢しかない彼女は、それでも悦び尖兵として役目を請け負ってみせた。



「これが役割というものなんだろう。
…ならせめて私は、自分で求めて、自分で何者かになりたい」
 

843 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:16:16 ID:TxThKRSo0
       《神の体温を得たことで》



靄に消えたその言葉は、高岡たちに届いただろうか?


从 ゚∀从 「…あ」


すると余韻なく、[かがみ]に異変が起こりはじめた。
みるみると靄の濃度が色を強くしていく。

確かな指先で瞼をこすった高岡の細い腕が、うつ向く伊出の肩にぶつかった。


共有した視線の先では、次第に闇に同化せんと集圧する紫煙。
目を凝らせば内側へ、内側へと捻られるベクトルを感じ取れる。

   ぎゅ
      る
   り   ぎ
    る
      ゅ
         ぅ。

――寄せては返す、圧しては膨れる。
うねり蠢く[かがみ]の不定形さから、悪意といえるものは発されていない。


むしろ高岡の胸中に呼び起されたのは――

  (▼・ェ・▼)   (∪^ω^∪)

…名瀬の部屋に置いた二体を造るとき、内を覗けばこうして綿を詰めていたのだろう。

『ねぇねぇこれ、ブーンに似てない? ……ツンが見たら欲しがるかなあ』
『…どうだろうか』

…その日、隣で眺めていた名瀬の戸惑いも、今ではもうずっと昔のことのように思える。


まもなく四方に噴き出し、具現する一枚の大鏡。
あれほどあった靄が、大人しく鏡面の周囲で額縁の役目を引き受けた。


       ∫素直…現……彼女ガイれば…∫

       ∫過去…未来も、形にナル∫

844 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:17:25 ID:TxThKRSo0
       《世界には暖かみが生まれた》



この[かがみ]の変質は【秩序】のカタチ。
不確かなものに対する畏怖の性質を、素直が払拭した。


ξ゚听)ξ 「名瀬先生、内藤は…」


取り戻された名瀬の声。
たとえ一時的な回復だとしても、力を得たのは間違いない――だが、


       ∫さあ未来…を創レ、伊出∫

ξ゚听)ξ 「…」

       ∫未来は…ダイ…ョ……かラ∫


感情を自らの内に留めていない名瀬は、
もはや呟き続けるだけの自動システムになりつつある。


ズリュ…
     ズリュ……

――しかしシステムであれば…人が創り、人の力でコントロールできる理論も存在する。

           ズリュ・・・
    (( (; A )


奇怪な音に振り向く高岡が目に捉えたのは、呆けていたはずの鬱田だった。
不可視の床に散らばる肉片が、彼の足跡を痛々しく赤黒く染めていく。

        ズ リ ュ ・ ・ ・ 。

         (( (; A )

从; ゚∀从 「おい、ドクオ!」


死を望み、命乞いをした弱者。
なんとも無様に這っている。

その身を千切りながらも腕を交互に突き出し、
闇とまぐわうその姿は不死の申し子に相応しい。

845 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:18:13 ID:TxThKRSo0
       《だが神もまた真っ暗闇の中にいる》


              ズ...
               ( A )

ξ;゚听)ξ 「貴方も行くの? ブーンも…まだ来てないのよ?」

「…………、関係ねぇ」    ( A )


一瞬だけ止めた身体を再び這わす。
死の間際に霞む鬱田の声が、ここではよく通った。


「俺は… 俺のために生きて」 ( A )

从 ゚∀从

「俺のために、死にてぇんだけだ」 (( ( A


そう言い遺し、鬱田は身をよじりながら[かがみ]をくぐっていった。





ξ゚听)ξ 「…… ドクオ…」


目の前の[かがみ]に、先のような変化は訪れない。
そのせいではないとしても、
二人は鬱田という人物に、どこか諦めにも似た想いをひととき抱く。

昔からそうだったようで、もっとも理解しがたい友だったのかもしれない。
唯一、内藤だけは彼を認めていた気がする。


…だがしかし素直の時とは異なり。

彼がもたらすのは人の心――いやそれどころか
もっと根本的な。
"命" に関わるファクターであることを、彼女たちが思い知らされるのは今ではない。

846 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:19:30 ID:TxThKRSo0
       《神が目を開ければ夜になり…》



从 ゚∀从
ξ゚听)ξ

       ∫次は、どっチ∫


…顔を見合わせる二人は動かない。

伊出には内藤を求める願望があり、
高岡には誰にも伝えていない企みがあった。


  『行かないなら、お先に失礼するよ』

从∀゚;从 「?!」ξ;゚听)ξ 

  『そのためにずっとあそこで待っていたんだからね』


直に届いたようにも聴こえ、にも拘わらず浮世離れした響きが辺りを走る。

伊出が振り向き確かめるよりも早く煌めいた光の風が、
二人の背を撫でて[かがみ]に吸い込まれていく。


       ∫君か、よクぞここマデ∫

  『貴方が恐かっただけだよ…でもそれももう終わりみたいだ』


かつて自殺を図ったはずの感情の持ち主を、名瀬は感嘆を示し迎え入れた。
…高岡には、なぜかそう感じた。

つり上げた眉に印象深い、ぶっきらぼうな顔が目に浮かぶ。


ξ;゚听)ξ 「――その声、ひょっとして」



  『予想と現実はこうも違う。
   …やり直すっていうのも、まんざら悪い気分じゃないね』

  『それと気を付けて。
   ここにはもう一匹いる、迫ってきている…。
   くれぐれも、名瀬先生の足手まといになったらいけないよ』

847 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:21:41 ID:TxThKRSo0
       《目を閉じれば朝になる》



ξ゚听)ξ 「シャキン…」

从;゚∀从 「あいつ、腐海のなかで……」


簡単な話ではない。 …有史前例もない。

アーカイブに載らなかった彼の魂の行方と結末は、
評議会の誰がいても、過去のどんな研究学者も、
理解の範疇を越えた出来事だとして頭を破裂させかねないほどに。


事ここに至り、彼がおこなったのは史上初の不屈の体現といえる。
――しかしそれを奇跡と呼ばず、
わざわざ解明科学に傾倒する無粋な真似は、彼女たちがやらなくても良い。


       ∫魔導力には…その力があル∫

       ∫畏れルナ。 いまナら私がいル∫

ξ;゚听)ξ


人のもつ創造の可能性を有らん限り膨らませるのも、魔導力というものだ。


ξ゚听)ξ

从 ゚∀从 「…ツン」

   ξ゚听)ξ


       ξ゚ )ξ

从 ゚∀从 「ツン…!」


           ξ )ξ



(推奨BGM:A Return, Indeed... (piano version))

 

848 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:27:39 ID:TxThKRSo0
       《……それでも神は続けた》



「…いまは怖くても、いまは一人でも……
 私は、最後にブーンがいてくれさえすれば大丈夫」

「そのための世界を創るなら、歩んでみる。
 もしも…ブーンが後で追い付いたら…よろしくね、ハイン」


迷いを振り切るように走り、続いて彼女も[かがみ]へと飛び込み消えた。


从 ゚∀从


評議会に未来を託された伊出は、これから何を創るのだろう…。
高岡の知る限り初めて、伊出は内藤と離れて大きな行動をすることになる。

ともかく彼女も、此処から旅立った…まるでなにかに急かされるように。


从 ゚∀从 「…………ツン…」

从 ゚∀从 「…シャキン、ドクオ……」

从 -∀从 「クー……     …ブーン、皆……」


一人を除いて、ついに高岡は友を全員見送った。

[かがみ]の向こう側で果たしてなにが起こるのか。
まだ、それは誰にもわからない。


       ∫…はやく…、まもなく奴が来る∫


[かがみ]へのエネルギーは主に名瀬が得る。
…だが、アサウルスもまたその特性として感情を察し、餌を求めてやってくる。
 ――名瀬という、巨大な餌を目掛けて。


忘れてはならない。 アサウルスは餓えで死なない。
これから此処は、遅かれ早かれ名瀬とアサウルスの戦場となる。

だからこそ、残りわずかな自我を振り絞り、心配そうな色で高岡の意識に語りかけた。

849 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:28:32 ID:TxThKRSo0
       《力の限り、》



从 -∀从


从 ゚∀从


「お願いがあるんだけど」
…高岡が切り出す。


       沈黙で続きを促す名瀬。


「アタシは…此処にいたい」


       沈黙で、戸惑いを表す名瀬。


「感情はセンセーにもずっと必要なんでしょ?
皆と一緒に[かがみ]に入ることも考えたけど…」

「なるべく、なるべくさ、  …近くにいたいんだ」


       沈黙で、否定する名瀬。


「お腹のなかにも居るんだよ…。
センセーとしか、あんなことしてないから間違いはないし」


       沈黙で――驚愕を示す名瀬。


「子供の頃のアタシなら、単に誰かと笑って過ごせたらそれだけで満足だった。
…でも、でもさ…一度 "それ" を知っちゃったから……」

「好きな人と、時間と場所を一緒にする嬉しさ…。
格別で、とろけそうで、なにものにも代えがたいこの気持ちを」

 

850 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:29:19 ID:TxThKRSo0
       《愛しきヒトのために、》



高岡は、無意識に両手を腹部に添える。
いや、もはや抱えている…といったほうが正しいか。

さっきまでは鼓動を感じる程度だったにも拘わらず、今では……。


       ∫…妊娠していた、のか∫


――常識はずれの成長速度。

人の時代に名瀬と呼ばれたアサウルス…その彼の創り出した空間。
感情を先走らせ、時間の概念すらまだ持たない此処では成り立ってしまう奇跡。


そもそもが、桁外れの願望を彼女が抱いているために。


「産みたいんだ…センセーとの子供。
ブーンのことも…ツンと約束したし」

「シャキンはどんな風になってでも、最後にはちゃんと生きてた。
ドクオだって、あんなになってもまだ生きてたんだ…」

       ∫…∫

「クーは、…大丈夫かなぁ。
ああ見えてアイツ、その場の雰囲気に流されやすいところがあるから……心配になる」

       ∫……此処では子は産めない。
        その代わりに――∫


独白する高岡を置いて、名瀬はその力を少しだけ使用した。


愛しき彼女のためだけに。

アサウルスの危険性から我が子を護るためだけに。


「……そっか」

「…………うん、ありがと、センセー」

 

851 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:30:35 ID:TxThKRSo0
       《次の時代を創生するために、》





闇に覆われた世界で。




生まれたての小さな小さな魂が、


ふわりと胎内から漂い浮かぶ。




へその緒を連想させる、輝き繋いだ光の糸も、


母から離れ、[かがみ]に到達する頃、


やがては静寂の離別に運命を委ねる…。








       高岡は自分に良く似た、
       その金色の髪の毛を
       最後に瞳へと焼き付けた。



 

852 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:31:32 ID:TxThKRSo0
       《帰ってきてね、と身勝手な願いを込めて》





 ゚∋゚


              ∵
       从∀゚ 从



高岡が名瀬を庇い、

アサウルスが高岡を喰らい、

名瀬は高岡を再生する。



永劫続くかと思わせる摂理の輪が、こうして此処に構築された。


 

853 名前: ◆3sLRFBYImM :2015/10/25(日) 00:32:42 ID:TxThKRSo0



「……ごめんよ、アタシの赤ちゃん。
    ――ごめんね、まだちゃんと母親になってあげられなくて」



       ∫見守っている、必ず∫



「うん…、いつか二人で逢いにいくんだ。
      いまは此処でセンセーを助けないと」



       ∫新しい世界は、私が護るよ∫



「だからそれまで、どうか…どうか……」








  《みんなと同じ世界で、
        無事に、生きていて》






(了)


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