549 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:30:52 ID:yhTJf8/E0
( ^ω^)千年の夢のようです


- その価値を決めるのはあなた -

550 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:32:09 ID:yhTJf8/E0


この大陸に流通する通貨は共通だ。
村や町、領土や国による違いはない。

皆、それで食糧を買ってその日を暮らし、雑貨を買ってその月を過ごす。
怪我や病気を治す事でその年を無事に越し、家を買えば長い人生の身を置いて、いずれは子や孫に看取られ生を終える。

悪くない…

人は働いてお金を稼ぐ。
稼いだお金でほんの少しの贅沢をすると、変わりない日々にも潤いが生まれる。


それなのに、
通貨の価値は ーー 同じではない。

551 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:33:16 ID:yhTJf8/E0

風通しの良い土地に建てられた平屋が並ぶ農林地帯の一角。

その中でもひときわ広い屋形に住む貴人が、ある日の突然、護衛を雇いだした。


( ,'3 ) 「誰か! 茶をもてい!」


老人が奉公人を呼びつけ雑用を言い渡す。
襖の向こうで聴こえるバタバタとした足音と、幾つもの返事が飛び交った。


16畳の客間で上座に座る老人。
すぐ横には脇差しを構える二人の剣士。
正面には三人の男が離れて座る。


( ,'3 ) 「お三方ともよぅ来てくださった。
ワシが主のバルケンじゃ」


一見温和な老人…バルケンは、
付近地域一帯を牛耳る公人だ。

しかしその実態は山の村のあらゆる収穫物で得た所得を懐に入れ、武器の輸出入も取りまとめる子悪党。
蓄えた富をもって彼は次々と事業を拡大する。

把握しているのはバルケンただ一人。
そしてその何もかもが、バルケンの懐を第一に満たしてゆく。


( ,'3 ) 「…して?」

552 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:37:21 ID:yhTJf8/E0

( `ハ´) 「シナーアル」

(-@∀@) 「アサピーと申します」

( ^ω^)「ブーン、だお」


バルケンの言葉に続いて三人は順に名乗る。
昨日のうちに屋形に到着していたものの、バルケンと対面したのは翌日の今。

ブーンは帯剣しているが、他二人は目に見える得物を所持していない。


( ,'3 ) 「シナーアルにアサピーとブーンじゃな」

(;`ハ´) 「シナー、アル! シナー!」

( ,'3 ) 「有るのか無いのかハッキリしてほしいわい…いっそ本名を名乗りなさい。
支那庵、そして朝日よ」


( `ハ´)
「!?」
(-@∀@)


バルケンはその性質からいよいよ命を狙われていたとの噂が囁かれていた。
そのために己を守る武力を集めているという。

そうして呼び出す外部の者に対する身辺調査をわざわざ欠かすことはない。
集めた刀で自滅するほど間が抜けてはいなかった。

553 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:39:32 ID:yhTJf8/E0

( ,'3 ) 「…お主はきちんと名乗ったな、よしよし」

( ^ω^)「だお」


ブーンにはもうひとつの名があるが、それをバルケンが知ることはない。
千年前の名前をたかだか100歳に満たない者が知る術は無い。


「失礼致します。 お茶をお持ちしました」

奉公人の声にバルケンが許可を出す。

静かに開く襖から、膝をつき手を揃え、頭を下げた下女が入室した。


イ从゚ ー゚ノi、 「どうぞ」


バルケンを一番に、それからブーン達にも振る舞われるお茶はほのかに湯気を纏う。

いの一番にアサピーが、湯飲みに手をかけたところをシナーに咎められた。
飲める順番は決まっている。


( ,'3 )
つ□~ 「……」


バルケンは動かない。

湯飲みから漂う湯気も気に止めず、臭いをかぎ、
「お前が飲め」
と、下女に突き返した。

554 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:41:48 ID:yhTJf8/E0

イ从゚ ー゚ノi、 「…え?」

( ,'3 ) 「お前がまずこれを飲め、と言っておるのだ」


戸惑う下女の顔からは、その他の表情を読み取れない。
なぜ疑われているのか ーー そんな思いが強かった。


その間にも、バルケンの横で剣士が脇差しに手を伸ばす。

イ从 ;゚ ー゚ノi、 「のっ飲みます!
いえ、ありがとうございます、いえっそれでは失礼して!」


慌ててバルケンの湯飲みを受け取り、下女は躊躇なく中身を一口飲み込んだ。

喉が大きく蠢き、たしかにお茶を胃に送り込んだ証を見てから、バルケンは下女から湯飲みをふんだくる。


( ,'3 ) 「…ご苦労じゃった、下がって…いや、そのままこの部屋におれ」

イ从 ;゚ ー゚ノi、 「はっはいぃ」


毒味だ。
もし遅効性のものを盛られたならば、やがて下女は苦しみ始めるだろう。

555 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:43:07 ID:yhTJf8/E0

( ,'3 ) 「お主らも気にせず飲みなされ。
今後はワシの元でしばらく過ごしてもらう客人じゃからな」


ホッホッ、と笑う。
今のやり取りの後では、先ほど無礼を働きかけたアサピーもすんなりと手を動かすことはなかった。
シナーも雰囲気に呑まれて空笑いしているだけ。


( ^ω^)つ□~ 「頂くお、ご老公」


…ブーンだけはバルケンの言う通りにお茶を飲んだ。
恐れなどはもちろん無い。
だが老公の瞳の奥から聴こえる声に気付き従ったまで。


《ワシの言うことは絶対じゃぞ?》


言葉は発さず、そして表情に薄笑みを浮かべるだけのバルケンも、瞳に嘘は付けていない。
バルケンはお茶を未だに飲もうとしない…
そして、その眼光はわずかな隙間を縫うようにたびたび下女へと向けられている。


ブーンはその隙間を狙い、シナーとアサピーにだけ分かるような動作を取った。
バルケンだけではなく、付き人の剣士二人すら目をそらした瞬間に。


二人もそれに気付く程度には鍛えられていたようで、平静を装って湯飲みに口をつける。


…当初の予定から少し考えねばならないとブーンは思った。



バルケンは子悪党などではない。
ーー なかなかの悪党だ。


.

556 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:44:23 ID:yhTJf8/E0


バルケンが三人を呼び寄せた理由は、屋形の護衛…
そして彼の悪事を暴かんとする、
"草" と呼ばれるスパイの存在を見つけて駆逐すること。


( ,'3 ) 「では今日からさっそく頼むぞ。
報酬は一週間ごと…なにか困った事があれば奉公人を使えば良い」


そう言って彼は立ち去っていく。
二人の剣士に挟まれるように。



( `ハ´) (-@∀@) ( ^ω^)



三者三様の眼差しに見送られる屋形の主。
バルケンの元には彼の信頼する剣士が常に二人以上付き従うという。

ブーン達の前から完全に姿を消すまでしかとその目を光らせていた。

557 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:45:45 ID:yhTJf8/E0

( ^ω^)「…ただの老人じゃないおね」

( `ハ´) 「うむ」

イ从;゚ ー゚ノi、 「えっと…し、失礼します」


下女も解放され、ようやく退室していった。
結局、毒などは入っていなかったということか。


バルケンを後衛に置き、剣士二人を前衛に置くとどうなるか。
陣形により発生するGC(ガードコンディション)を発動させて、バルケンに対する攻撃を極めて無力化する事を目的としている。


(-@∀@) 「戦術に通じた商人が、ただのジジイなわけはありません」


三人は見知った仲ではない。
もしかしたらこの中の誰かはバルケンを狙う殺し屋。
誰かはバルケンに取り入ろうとする報酬目当ての金の亡者。
もしくはバルケンの闇を暴くためにいままさに潜り込んだ "草" なのだ。



ただ言えること。
ブーンの目的は明確にバルケンの命ではなかった。

558 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:46:56 ID:yhTJf8/E0
----------


「あたしらはそんなに欲が無いからね…
お金だの作物だのは家族が生きられればそれで充分なのよ」


薄紅の花が咲く、とある村の集会所で開かれたのは、
公人、バルケンのこれまでの所業に対する言及会。


「まあなあ〜…あぶく銭を懐に入れるくれえなら誰でも思いつかぁ」

「なに言ってるのよ、ウワサじゃ外から仕入れた剣とか槍とか銃とかもえっとしまいこんでるって話じゃない」

「そこは問題じゃ。
回り回ってその刃は孫を危険にさらしとる」

「我が物顔で村を歩くのも気に食わないな…
公人に成り上がってたかだか30年、別段村は変わっちゃいねえ」

「良くはならない、悪くなるだけでしょう?
不作の時季にバルケンはなにかしてくれたの?」


「なあ旅の方? 他の土地ではどこも皆もっともっと豊かに暮らしてるんだろ?」


次々に口をつく村人達の愚痴は数十分ほど前から止まる様子がない。
この耳に届く以外にも、その向こうでは別のグループ群による会話が進められている。

長くざわめく集会所の中にうずまく漠然とした願望。
いつもなら居ない男にも、そんな意見を求めてきた。

559 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:48:06 ID:yhTJf8/E0

( ^ω^)「そんなことはないお」


突然声をかけられ、つられてつい否定してしまった。
何気なかった村人の表情が固まり、雑多に話し合っていた他の数人もこちらに目を向ける。


ブーンがこの集会所にいるのは、ただ泊まる場所…
雨宿りできそうな所にお邪魔したのがこの寄り場というだけだった。


外は雨。
きっと話し声が漏れないよう見越してこの日になったのだろう。

やがて集まりだした村人に咎められる事はなかったが、まさか話を振られるとは思っていなかった。


「するってえとバルケンみてえのはどこにでもいるのか」

「ほらな、私腹を肥やすなんて人間誰でもそうなのさ」

「あんたは黙ってな!
…じゃあ武器を扱うのは?戦争が終わったばっかりなのになんでそんなことするのさ」

560 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:49:17 ID:yhTJf8/E0

終戦から5年…未だその傷跡は大陸に、
そして人の心に残されている。


(;^ω^)「そんなこと言われても…
でも、バルケンって人が悪いことをして稼いでるとしたら ーー 」

「そりゃーぁ悪い!
なんせあいつは方針も何も手前で決めて、俺らには一切合切伝えやがらねえ」

「稼いだ金は自分のもの!
稼げなかったら俺達のせいさ!」

「その金がほんのちょっとでもこっちにあれば息子にだってゼータクさせてやれる!」

「分け与えるってことをしらねんだ! あのジジイ!」


村人…とりわけ若い男衆は鼻息が荒い。
戦争によって傷付いた土壌と空気は、農耕業の発達していた地域に特別深いダメージを与えてしまった。


人は助け合わなければならない、
いや、助け合うべきだ ーー

そんな風潮が人の中に根付くのも時代柄、ブーンには理解できる。


…そして、

561 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:50:25 ID:yhTJf8/E0


( ^ω^)


彼はなるべく口を挟まない。
これはバルケン公を筆頭に、この村の問題…歴史の問題だと思った。


千年の時を生きる者がもしも、
あれもこれもとむやみに介入すれば
時間さえかければなんでも出来てしまうその実現力。
ブーンはその影響の大きさを知っている。


過去、未来においても、
そのような不死者が存在するかもしれない。

たとえば…大陸戦争は ーー


「ーー バルケンは盗んだよ」


村人のざわめき、そしてブーンの思考を切り裂いて小さな音が鳴った。


('(゚∀゚∩ 「ぼくの宝物を盗んだんだよ」


まだ声変わりもしていない男の子。
大人に混ざって埋もれた小さな身体を主張するように、腕を広げて真っ直ぐブーンを見つめている。


「ナオル! お前いつのまに…」
「フサグんとこの倅か、家で大人しゅうしとかんかい!」


…集会所を見渡してみれば、たしかに他の子供の姿はない。
大人からすれば子供が口を挟む問題ではないという事だろう。

562 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:54:27 ID:yhTJf8/E0

('(゚∀゚∩ 「人の物を盗んだらダメだよね?
ダメだよね??」


ナオルと呼ばれた男の子の言葉は、世間一般で当たり前のように言われるモラルの復唱に過ぎない。
だがそれを守り、それを見過ごさない大人はこの場にどれだけ居るのだろう?


( ^ω^)「何を盗まれたんだお?」

('(゚∀゚∩ 「ぼくの宝物! まっ白くてまん丸くて、珍しいからきっとバルケンは盗んだんだ」


これくらいの大きさだよ、とナオルは宙に手を振り、その宝物のフォルムを映し出す。
球状のそれほど大きくない…大人が持てば片手で足りるほどのサイズらしい。


( ^ω^)「バルケンが盗んだのは確かかなのお?」

念を押す。
ナオルも強く頷いた。

('(゚∀゚∩ 「ぼくの目の前で盗ったんだもん、高く売れるって!」

「ナオル…あんた……」

563 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:55:17 ID:yhTJf8/E0

…数年前、大陸戦争が終わったばかりの頃に、砂漠で出逢った兄妹の事を思い出す。

大人にとっては何気ない物も、
子供には子供の聖域で奉られる、神具とでも呼びたくなるような宝物になる事もある。


…あまつさえ大人の都合一つでそれを奪うバルケンは、確かに問題がありそうだった。


( ^ω^)「よし!
じゃあブーンが取り返してきてやるお!」

('(゚∀゚∩ 「ほんと!」


なんだか子どもには特別甘くしている気がする…

ツンがここに居れば先にツンがそうしていただろう。
そしていつもなら自分がそれをほどほどに止める役目…

564 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 19:58:14 ID:yhTJf8/E0

「お、おい旅の方、簡単に言うけどさぁ」

( ^ω^)「バルケン公はどこにいるんだお?」


ブーンはやると決めたらやる。
今度の彼の目的は、ナオルの宝物奪回だ。


「…一つ隣の村ですよ。
山も川も越える必要はない、すぐに着きます」

「ねえ?まずいって…もし私達のせいになったら……」

「腰引けてんじゃねーよ!」
「そうだ!いっそバルケンなんて居なくなればいいんだ!」
「それは困るぞぃ! そのあとにもっと酷い奴がきたらそれこそどうするんじゃ!?」


ガヤガヤと色めき立つ集会所は、問い掛けたはずのブーンを置き去りに意見を交錯させる。
降りしきる雨が屋根を叩く音にも負けていない。


(;^ω^)「お…」


ツンがいれば良かったなと、ぼんやり思った。

彼女とはつい昨日、喧嘩別れした。
数日雨が続いた影響で体調を崩した彼女の機嫌はすこぶる悪く、
なんの事はないブーンの言葉で一時的に旅路を離れてしまっている。


(;^ω^)「落ち着くお。
別にこの村の事なんて言う気もないし、
適当にカモフラージュしてくるから…」


----------

565 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:01:54 ID:yhTJf8/E0



(-@∀@) 「ご老公は普段どこにいるって?」

てくてくと実際に屋形を歩きながら、奉公人から渡された見取り図を頭の中の屋形のイメージとすり合わせていく。

( ^ω^)「内廊下の奥の方に私室があるとは言ってたお」


天井は低く一階建て。
全体が正方形を型どっているこの屋形。
ぐるりと囲む縁側の外廊下からは、まだ続く小雨がさわさわと鳴りやまない。


アサピーは、何気なく手にかけた引き戸を開ける。
…8畳ほどの和室に壁はなく、四方全てに襖。


(-@∀@)つ| 「なるほど、こういうことですか」


部屋の襖の奥にはまた部屋がある、その襖を開ければまた部屋が…
そうして侵入者の動きを都度止める役目が備わっている。


( ^ω^)「…これ、見取り図にはなんて描かれてるんだお?」

(-@∀@) 「真っ白です。
所々に線が引かれてるのが廊下だとして、それ以外はこんな和室がひたすら続くってこと…てしょうねえ」

( ^ω^)「お…」

(-@∀@) 「…ひとまずここを真っ直ぐ開けて行って、廊下か向こう側にぶつかるまでの部屋数だけ書いておきましょうか。
目安にはなる」


二人はそのまま部屋の中に入っていった。
後に通る奉公人が、開けっ放しになっていた引き戸を閉めて立ち去っていく…。


まるで網にかかったネズミを確認するかのように。



(-@∀@) 「…シナーはどこいったんでしょうねえ」

566 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:03:00 ID:yhTJf8/E0


( `ハ´) 「俺はどこにいるアルか」


バルケンが立ち去った先を追いかけるように追跡したはずだった。
いつの間にか見失い、自身もやがて屋形内をさ迷っている。


あの客間に通される前、
彼は外からも屋形の規模や外壁の隙、
屋根作りに至るまで確認していた。

抜け目なく、そして私腹を肥やすに悪名高いバルケン。
…試しに名乗った偽名はすんなり看破されていた事も想定内だ。
だが。


( `ハ´) 「もう屋形の端から端まで歩いているのに ーー」


ーー たどり着けない。
理論上、まっすぐ進めばいずれは外廊下に抜け出るはずなのだ。


( `ハ´) 「早まったアルね〜」


落ち着いた様子で彼は独りごちる。
何か仕掛けがあってのこの状況、バルケンは何か対策を持って屋形に住んでいるのは間違いない。

さもなくばバルケンも同じく、さ迷うはずだ。

彼は四隅のうち一つの柱に手をかざしながら、正面の襖を開け進んだ。

567 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:04:05 ID:yhTJf8/E0


(;^ω^)「護衛を頼んでこの現状の意味がわからないお…」


ブーン達も場所を違え、シナーと同じ状況に置かれている。
部屋を開けども部屋、部屋、部屋 ーー

彼の経験からもどういう仕組みかが読み取れない。


(-@∀@) 「よもや護衛を頼んでおいて、私達が屋形をうろつくのは気に食わないとでも?
それにしては何も言われませんでしたがね…」

( ^ω^)「だおね。
それに僕達がすでに何らかの魔法にかかってるという事でも無いし」


たとえば。
光の魔導力を基とした【コンフュ】と呼ばれる混乱魔法がある。

対象の三半規管から脳に入り込み、その処理能力を一部失効させる。
失効した部分に差し込んだ幻影を見せることでちぐはぐな "混乱" を生み出す。


これなら真っ直ぐ進んだつもりで、
グルグルと同じ場所をさ迷うような主観的迷路を作り出すことはできる。

…しかしその性質上、魔法にかかってしまうと平衡感覚を失うという症状も必ず併発する。
ブーンもアサピーも、そのような状態では決して無い。


ならば ーー


( ^ω^)「逆に…見取り図の方に意図はなくて、この屋形全体で今まさに何かが起きている、とか?」

568 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:05:00 ID:yhTJf8/E0

それはつまり、バルケンが屋形ごと外部から襲われているという可能性の話。


(-@∀@) 「私達は今日雇われたのですよ?
そんなタイミングよく事件が起こるなんてあり得ますかね?」

( ^ω^)「人は新しい事を始めるときが一番隙があるんだお。
"草" が今日の事をあらかじめ知っていればこのタイミングだし、容疑者も三人増える」

(-@∀@) 「…まあ確かに。
私達は来たばかりなのにむざむざと疑われる様なことは一切しません!などという話を、あの御老公が信じるとも思えませんね」


頷きあい、考える。
この無限ループのような迷宮を脱け出して初めて、次の行動へ移ることに意味がある。


( ^ω^)「判断材料が足りなすぎるから、一旦思考を整理するお。
いま、僕達は閉じ込められている」

(-@∀@) 「故意か不慮かは不明だけれど、確実なのは私達が被害にあっていること…」


(-@∀@) 「なーんだ、単純な話でしたね」

アサピーがブーンを見やり、

( ^ω^)「おっおっ!」

ブーンがにっかりと笑った。

569 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:06:08 ID:yhTJf8/E0

アサピーは和服のようにはだけた胸元から、管筒に巻き付けた炭素鋼を取り出した。
遊ばせてある先端にはクナイのような分銅刃が黒光りしている。

(-@∀@) 「次元の発想を変えましょう。
平面がダメなら ーー 」


ブーンは腰鞘から剣を抜き、無造作に足元の畳へと、

( ^ω^)「上下に穴を開けてみるお!」


ーー 投擲、そして斬りつけた。


ブーンの斬撃範囲は剣筋に留まらず、その膂力で衝撃波が発生し、畳を真っ二つに割り飛ばす。

アサピーの炭素綱も、蛇のように鋭く天井を突き抜けた。
さらに戻す刀よろしくクナイが暴れ、広範囲に渡る破壊域を拡大発生させる。


木造の天井はガランバランと破片を撒き散らして崩れていく。
畳に守られていた床下地材も大穴を開けた。

そのどちらも闇の向こうに、本来あるはずのない内廊下を天地逆さに露出させて。

570 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:07:17 ID:yhTJf8/E0


( `ハ´) 「…なるほどなるほど。
大体解ってきたアルよ」


幾度となく誰もいない部屋を渡り続けたシナーは、ある法則性に気付き始める。

いまも彼が触っている四隅の柱…
その一部に刻まれた痕跡は、
彼が部屋を出る際に長袖に仕込んだ峨嵋刺(がびし)と呼ばれる、
両端が尖った30センチほどの鉄串による削りキズ。

彼は通ってきた全ての部屋で、全て異なる線を画いてきた。


( `ハ´) 「図にして縦7部屋、横7部屋の正方形にも関わらず、全体像からは明らかに尺が足りてない…
8部屋目から先に進むことが出来ていないアルね」


指先で虚空に絵を描く。
現在地も把握した今、現状を打破する術も己の手札にあることで自然に笑みがこぼれていく。


( `ハ´) 「さっさと仕事を終わらせてしまうアル」

571 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:09:16 ID:yhTJf8/E0

繰り返される無限回廊は所詮、時間稼ぎにしかならない。

現在まで他の被害が無いことから、
完成された悪意の罠とは異なる状況…
煮え切らないシナーは首を傾げる。


邪魔ならさっさと別の罠にかけて殺してしまえばいいのに。


そう思いながら、彼は自身が導きだした7×7…
その最北東に位置する部屋で詠唱を始めた。


( `ハ´) 「鬼門、そして結果として裏鬼門の柱を繋げたのは失策だったアルねえ」


屋形…建物を形成しているのは "柱" 。
そしてシナーの見立てではこの空間に干渉しているのもやはり "柱" である。

北東の鬼門、南西の裏鬼門 ーー
繰り返される歪空間は、
つまり表裏一体、同一を現していた。


柱に峨嵋刺を突き刺し、
小さな風穴を開け、
"屋形に掛けられているであろう魔導力を解除" する。


( `ハ´) 「【デスペル】!」


.

572 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:10:50 ID:yhTJf8/E0


イ从;> ー<ノi、 「きゃああ〜〜!(^ω^;)「いたたっ。ごめんお!」


開けた大穴へと飛び込んだ先は廊下ではなく、またどこかの部屋に通じていたらしい。
着地の際に女性を巻き込んでしまった。


(;^ω^)「ちがうお!
変なことするつもりじゃないんだお!
不可抗力とはいえ、ごめんだお…」

イ从;゚ ー゚ノi、 「い、いえ〜そちらこそお怪我はありませんでしたか?」


先に立ち上がり、剣を鞘に納めて「どうぞ」と手を差しのべる。
…それはよく見ればあの時バルケンにお茶を毒味させられた下女。


イ从;゚ ー゚ノi、 「ありがとうございます…
あのー…いまどうやってここへ?」


もじもじしながら下女が問う。
ーー ブーンが頭上を見上げると、そこはなんの変鉄もない天井だった。
彼が飛び降りた穴はない。

下女からすれば突然空から降ってきたのだ。


言い淀みながらも適当に答えつつ、下女の向こうに小さく蠢く何かを見つけた。

だがそれは陰に隠れてうまく見えず…

573 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:12:08 ID:yhTJf8/E0

イ从;゚ ー゚ノi、 「………」


平静を装う下女の顔には、見られたくない何か…
それを黙っていなければいけないという後ろめたさが張り付いている気がした。


ブーンはそちらを気にしていないような ーー だが実際は注意を払いながら、辺りを見渡す。


自分の背後に出入り口が一つ、
部屋のなかは、一角を除いて統一感のない日常雑貨がある程度整理された状態で積み上げられている。

屋形の奥部に設置されたことを示すかのように窓はなく、
和風家屋にあるような風通しの良さは感じられないが、
不思議と息苦しさや暑苦しさも感じられない。


問題は…音だ。

何かを食むような低い音が、
籠り止まず、カリュカリュと聴こえるのだ。

574 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:13:14 ID:yhTJf8/E0

( ^ω^)「すぐに出ていくけど…
なんの音だお?」


下女はビクリと跳ねるように驚き、そして恐る恐る首を振る。
「なんでも、ありません」
…そう答えるので精一杯のようだった。


( ^ω^)「そうかお…すまなかったね」


ブーンがそう言って部屋を出ていく瞬間、足元に何かがぶつかった。
そのまま擦り付くように蠢く物体。



(∪^ω^)「わんわんおー」

( ^ω^)「……」

イ从;゚ ー゚ノi、 「ぁあ! だめだってば!」



慌てて下女が駆け寄った。
さきほど音がしていた所を見ると、
深い器の中に骨肉がこまかく刻まれている。


( ^ω^)「君のペットかお?」

イ从;゚ ー゚ノi、 「あの…そのー…」


犬猫を室内で飼うような風習はどこでも見たことはない。
隠れて世話をしているのか…
下女は答えにくいようではっきりと話してはくれない。

575 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:14:19 ID:yhTJf8/E0

とはいえ、自分には当然関係のない事だ。
ブーンは彼女の心配を否定しながらバルケンの私室、その場所だけを聞いた。

下女に別れを告げ、子犬が出ないよう押さえ付けてる隙に部屋を出る。


廊下が左右に伸びているがそれほど警戒する必要も無さそうだ。

あの下女の様子から屋形に対する危機感は察せない。
いくらなんでもバルケンの身になにかあるような事態になれば奉公人として失格…
まだ老公の元には異変は起こっていないのかもしれない。


( ^ω^)「やっぱり試されてるだけなのかお」


己を守れるに値するかどうか?
あの老公ならそのために多少手の込んだ事でもやる気がする。

576 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:15:16 ID:yhTJf8/E0

その後も数人、他の奉公人達とすれ違う。
誰もが日常的な会釈をブーンに向けてくれる。

バルケンとの面会からはまだそれほど時間が経っていないが、
誰一人訝しがらないところからすでに護衛の件が伝わっているようだ。


時々、外から漏れ聴こえる雨の音。


そうして辿り着くバルケンの私室は、
これまでのように引き戸ではなく、
薄暗い暗幕が二重三重と垂れ下がり、
充分過ぎるほどその入り口を床まで覆い隠している。


( ^ω^)「…おっと」

そのまま暗幕を除けて入りそうになるところを、一歩下がり膝をつく。


慣れない礼儀作法に加えて、これが正解かどうかも分からないが、
そもそもたいした手間でもない。


( ^ω^)「ご老公、よろしいかお?」


前方に向け、自慢のよく通る声を発する。
彼の声は元気よく、そして感情をよく伝えた。


もしさっきまでの無限回廊がなんらかの試練であれば、それを越えた自信を ーー

もし試練ではなく異変なのであれば、それを伝えに来た忠誠を ーー

そしてバルケン公、貴方の身は私が守りましょう、という信用を ーー

577 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:18:05 ID:yhTJf8/E0


…しかし、なかなか反応がない。
常に付き添っているという剣士が出てきても良いはずだ。

まさか、と思い立ち上がると同時に、
後ろからシナーとアサピーが追い付いた。


( `ハ´) 「結局みんな合流したアルね」

(-@∀@) 「ここが御老公の部屋ですか」

( ^ω^)「だお。
声をかけたけど…様子が変だから勝手に入らせてもらうところだったお」


なるほどその前に…と、
さっきは炭素鋼をしまっていた胸元から
複数冊の帳面をアサピーが取り出す。


(-@∀@)
  _つ◇ 「シナーさんにもさきほどお話し済みですが、これはあの御老公が隠していた過去の商売に関わる記録…」

(-@∀@)
  _つ◇ 「つまりは帳簿ってやつです」


ブーンとは別の穴に飛び込んだ彼が見つけたのは、バルケンの金銭、物品の出納を記したノート。

…そんな物を持ち出す必要があるとすれば


(-@∀@) 「ご丁寧に、書かなくても良い事まで記録してしまって…
ははは、文字通り几帳面な方ですねえ」

578 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:19:45 ID:yhTJf8/E0

"草" ーー スパイの存在をバルケンは心配して護衛を雇った。

しかし、つまりは目の前の男がそれなのだ。
この短時間で彼は目的を達成した。


…あの老公はわざわざ護衛を集うつもりで、自らスパイを屋形内に引き入れてしまった事になる。
事前の調査もまるで役に立てず。


(-@∀@) 「さてさて、私は自分の役目も終えましたので。
あとはじっくり結末を観させて頂きますよ」


アサピーは帳面を胸元に戻し、壁を背にするまで後ろに下がった。
入れ替わりにシナーが前にズイッと進む。


( `ハ´) 「俺の目的はバルケンに仇なすものを守る事」

( ^ω^)「!?」


緊張が走る…が、それにしては殺気もなく、
アサピーやブーンに対しても行動していない。


^Ъ( `ハ´) 「だが奴はもう終わりだ。
そもそも一週間後の支払いさえ怪しいものだったアル」


その親指が指すのはアサピーの胸元。
つまりは帳簿を見て、
彼もバルケンの懐事情や、本当に重要視している部分に気付いてしまったという事か。

579 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:21:18 ID:yhTJf8/E0

そこまで知ることができる帳面がどんなものか個人的にも気になるが…
とにかく二人はそれぞれの目的を果たすべく屋形に潜り込んだ。

そしてそれを今ブーンに話した。


こちらを見る二人の目は同じ意味を持っている。

『お前の目的はなんだ?』

ブーンの話に辻褄が合わない場合、
ーー それはつまり
"本当にバルケンの護衛" が目的なら
ここでお前を始末する。

…そういう想いが込められているのかもしれない。


( ^ω^)「ブーンは…盗まれた物を取り返しにきただけだお」


ナオルに聞いた特徴を添えて二人に問うた。
拍子抜けしたような顔で互いに目を合わせ、そして首を振る。


( `ハ´) 「…お前は変な奴アル」


たしかに…わざわざ子供の話を真面目に聞いて、その為だけに悪名ある屋形へ来るような者は滅多に居ない。


( ^ω^)「でもそれが生き甲斐なんだお」

580 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:25:26 ID:yhTJf8/E0

ささやかな願いくらい、ささやかなままで叶ってもいいと思う。
ナオルはもう悔しさを味わったのだ。
なんにでも困難が待ち受けているような人生である必要なんて無い。


(-@∀@) 「でもそんな人がもっと世の中に居たら、満更でもないでしょうねえ」

アサピーの言葉は、ブーンを信用するものとして伝わってきた。


( `ハ´) 「俺は絶対そんな真似はしないアルよ」

そう言うシナーも、どこか呆れたように笑っていた。


三人は正面で飽きるほど垂れる暗幕を斬り払い、老公の私室に足を踏み入れる。


(-@∀@)( `ハ´)( ^ω^)

「御免!」「邪魔するアル」「失礼するお」

581 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:26:37 ID:yhTJf8/E0

(; ,'3 ) 「たわばばばっ!?!」


腰を抜かして後ずさる老人の姿。
そこには今朝までふんぞり返り、下女に毒味させたような老獪さは微塵もない。


( ^ω^)「?」


…なぜこんなにも驚くのか?
暗幕を刻みはしたが、三人はただ入室しただけなのに。


(; ,'3 ) 「わかった! ワシの敗けじゃ!
いやあさすが!」


狼狽する声は確かにバルケンだ。
間違いない。


(-@∀@) 「御老公。
たった一日ではたいした用意もできませんでしたか?
それとも…あれが貴方の命にかけることができる充分な等価だったという事でしょうか」


バサリ、と帳簿を投げ落とす。
覇気を失った老いぼれはそれとアサピーの顔を何度も見やり、さらに後ずさる。


( ^ω^)「ご老公、人々から奪ったものはすべて返してもらうお。
どこにあるんだお?」


ブーンはぼやかして問い詰めた。
後に少しでも報復の可能性があるならば、あの村と繋がりがあることを知られてはならない。

582 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:27:41 ID:yhTJf8/E0

(; ,'3 ) 「う、奪ったじゃと!?」

(-@∀@) 「心当たりがありすぎますよねえ?
まとめてどこかに置いてるでしょう?
その場所をまず言ってください」

シナーを連れてアサピーが詰め寄った。


イ从゚ ー゚ノi、 「バルケン様!?」

( `ハ´) 「まて、今それ以上は近付くな」


騒ぎを聞き付けたのか下女が数人…
部屋に入ろうとするもシナーの一言に阻まれその場に留まる。

混乱されてはまずいと思い、ブーンは奉公人達の近くへと位置を変えた。


(-@∀@) 「さあ、早く」


その後も彼の問い掛けには特に怯えるように、バルケンはペラペラと喋る。

アサピーは帳面を拾い上げ、品目別にページをめくりながらそれを書き込んで行く。


ーー バルケンの目の前で無防備に。

583 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:30:31 ID:yhTJf8/E0

(# ,'3 ) 「けえっ!」

その時、
バルケンは歳に見合わぬ手つきで
腰元から抜いた小銃をアサピーに発砲した。


軽い音が室内に響き…


(-@∀@)Φ 「…」


(-@∀@)Φ" 「さ、次の場所は?」


何事もなくその出来事は終わりを告げた。


( `ハ´) 「ジジイ、お前は後で望まれない死に方をしなくちゃいけないな」


前に出ていたシナーが手のひらで弾をはじき、もう片方の手をバルケンの首に突き出していた。
ーー その顔も、猛獣が同じ檻に閉じ込められた獲物を威嚇するかの如く間近に迫って。

当然その両手は徒手空拳ではない。
彼の袖口からは暗鬼・峨嵋刺の刃が姿を現している。

幅の広くない峨嵋刺で弾を防ぐなど、
達人技だ。

584 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:32:04 ID:yhTJf8/E0


数分後 ーー
洗いざらい吐き出したバルケンを尻目に、アサピーが帳面への記入を終えた。


(-@∀@)
つΙ⊂ 「…はい、ありがとうございました。
実際の捜査は奉公人達にも手伝ってもらうことにしましょう」

(; ,'3 ) 「ハァッ ハアッ ハァッ」


呼吸を荒げるバルケンの顔からみるみる血の気が引いていく。
この後の己の末路を想像しているのかもしれない。


( ^ω^)「一体どういうことだお?」

(-@∀@) 「遊戯です。
実は御老公には予め伝えてありましてね…
一週間以内に公が用意したトラップをクリアできればこちらの勝ちだと」


だがバルケンの用意したトラップは唯一あの無限回廊のみ。
付き人たる剣士も置かず、彼は悠々と屋形奥部で生活するつもりだった。


たった一日で、三人ともが辿り着く未来など、バルケンの頭のなかには存在していなかったのだ。

585 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:35:33 ID:yhTJf8/E0

ブーンとアサピーが力業で突破を試みた時と同じ瞬間、
シナーが無限回廊の罠を解除したことで、屋形は正常な状態に戻った。

ブーンが着地した時、
見えていた景色と違う部屋だったのも
穴が塞がっていたのもそれが原因だったのだ。


愚かにも、無限回廊の解除を察知したバルケンは、
逃げもせずただひたすら震えて待っていた…という事になる。


( ^ω^)「彼をどうするんだお?」


愚問かもしれない。
しかし、出来ればむやみな殺生は見たくない…


とはいえこれはバルケンの問題であり、
彼が真に許されざる者であればいつかは断罪される運命なのだ。
…猶予があるなら、彼は生き延びることができる。


(-@∀@) 「私はもうなにもしませんよ」

カラッとした調子でアサピーは答えた。
先ほど銃を向けられた事など意に介していないように。

(-@∀@) 「もう御老公に出来ることはありません。
これから私は彼の肥やした財産を近隣住人の方へお返ししなければ」

(; ,'3 ) 「そ、そんな!
あと数年、いや、十年もしてワシが死ねば財産は息子のお主にそのまま ーー 」

(-@∀@) 「命乞いですか?
それとも…私がそんな物を欲しがるとでも思っているなら、本当に救いようがありませんねえ」

586 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:39:02 ID:yhTJf8/E0

狼狽したバルケンは、何にでもすがるように手当たり次第に命を乞い、逃れようとした


(; ,'3 ) 「シナー! お主はワシの護衛のためにここに来たんじゃろう!
なあ!? 早く助けろ!」


( `ハ´) 「俺の役目はバルケンを護衛する事だが、お前の事じゃないアル。
…ここにいる、朝日・バルケンの護衛が仕事アルよ」


ーー 否定される。

そもそも成り立っていない信頼関係に頼ることなど甘いのだ。

下手に出ることも出来ないバルケンは、早々にシナーの説得を諦める。

587 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:40:02 ID:yhTJf8/E0

(; ,'3 ) 「ブーン! ならお前じゃ!
見逃してくれんか、奪ったものは全て返すんじゃから元通りになるじゃろう!」

( ^ω^)「…」


(; ,'3 ) 「ブーン!!」


( ^ω^)「人が何かを奪われる時、
いまそうやって貴方が感じているように、
皆苦しい思いをしてたはずだお」

( ^ω^)「返したから、
はい、元通りになんて…ならないんだお」

(; ,'3 ) 「違う! ワシは! ワシの!!」


ーー この言葉はバルケンに届くだろうか。

588 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:41:16 ID:yhTJf8/E0

(; ,'3 ) 「お前達! 奉公のためにここにいるんじゃろ!?
ワシが居たから今の暮らしがあるということを、わかっておるのか!」

イ从゚ ー゚ノi、 「……」

「……」
「…」

(; ,'3 ) 「なんで黙っとる!」


( ^ω^)「…」
ーー もうバルケンには、届かなかった。


(# ,'3 ) 「この役立たずどもめがあっ!
見ておれ、後で覚えておれよ!!」


ーー 彼は最後まで、自分以外の価値を見出だすことは出来なかった。


イ从゚ ー゚ノi、 「…バルケン様」

(; ,'3 ) 「おお、きつね!
お前はワシの味方じゃろう!」



イ从゚ ー゚ノi、 「……死ぬのも良い事ですよ?」

(; ,'3 ) 「は ーー !?」

589 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:44:30 ID:yhTJf8/E0


そう言い放つと、
きつね、と呼ばれた下女は


イ从 ー ノi、
つ< グッ


自分の着物を乱暴に鷲掴み、
ーー 宙へ投げ棄てる。


.

590 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:49:46 ID:yhTJf8/E0


(;; ,'3 ) 「ーー おっ、 おま」


共に舞ったかつらに隠されていた、
燃えるように赤い髪。



ノパ听) σ
「数々の非道と無礼、その言動!」


着物の下に隠された赤装束は、忍の証。


ノパ听) σ
「奉公人に毒味すらさせるその冷徹さ!
己を省みずに浅ましく命を乞う姿!
もはや誰も貴様を赦すことはできないぞ!」


ーー 聞いたことがある。
里の "秘宝" によって毒を無効化してしまう、
特異な赤い忍が存在する事を。


目立ってなお、任務を確実に遂行できる上忍のみが纏う証。


ノパ听) 「成敗ィイーーーーッッ!!」


「竜!」
叫ぶ声がその耳に届くよりも早く、
"きつね" の腕から手甲鉤が捻り飛び


        (^ω^;)「!?」


瞬く間、ブーンすら動けぬスピードでその脇をすり抜け、
バルケンの腹部を貫いていた。

591 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:51:42 ID:yhTJf8/E0

所詮は老いぼれ。
容易く後方に吹き飛んだバルケンの身体は、
しかしそのまま壁にぶつからず、不自然に上昇する。


「きゃああー!」

( `ハ´) 「お前達はそれ以上見る必要は無いアル」

シナーが奉公人達を部屋から追い出していたその背後で…



  ‖
( , 3 ) 「 ーー 」


首吊り死体と化した、
"かつてバルケンだった" 肉塊が天井に吊るされている。

…その現象を起こしているのは、
灯りに照らされる一筋の炭素鋼。



(-@∀@) 「さようなら、御老公…
いえ、御父上」

彼は自身もその責任を負うべく
結局、その手を下したのだった。

592 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:52:41 ID:yhTJf8/E0

----------




('(゚∀゚∩ 「おかえり!」

( ^ω^)「ただいまだお」


バルケン死亡の報は伝えないように、とのアサピーの提案で、数日後ブーンは静かに村へと戻った。

彼はあのままバルケンとして、付近地域を治めていくのだという。


「思ったより早かったじゃないか」

( ^ω^)「おっおっ」

('(゚∀゚∩ 「ねえ、ぼくの宝物あった?」


その数日間で屋形内の物品整理を手伝った。
ナオルの言う、まっ白くてまん丸いものは一つしか見つけられなかったが、
きっとこれのことだったのだ。


( ^ω^)「見つけられたと思うお。
間違ってたらごめんだけど…」


ブーンの足元から姿を見せる "たからもの" 。

593 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:54:05 ID:yhTJf8/E0

(∪^ω^)「わんわんおー」

('(゚∀゚∩ 「わんわんー!」


ナオルの姿を見るなり、子犬は駆けて飛び付いた。
じゃれついて嬉しそうな少年の表情に安堵する。


彼にとって、村の貧困よりも子犬の方が何より大事で価値のある者。


アサピーいわく、
この子犬は大陸で産まれた品種ではない…
そこにバルケンが目をつけたのではないか、という事だ。


同じ存在。
一方は心の拠り所を見つけ何者にも代えがたく、
もう一方は金銭としてしか見ることが出来なかった。


('(゚∀゚∩ 「ありがとね!」

( ^ω^)「ブーンはなにもしてないようなものだったけど、とにかく良かったお」



ナオルとのそんなやりとりの向こうで、集会所に走り寄る村人の声が聴こえてくる…


「お〜〜い、みんな!
バルケンの奴から、謝罪文と一緒に全員宛に金が届いたらしいぞ!」

「はあ!? あのジジイなにかたくらんでんじゃねーか」

「俺たちも、とにかくいってみようぜ!」


.

594 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:56:22 ID:yhTJf8/E0


村人がバルケン ーー
の名前で送られた、アサピーからの荷包みに騒ぎ立てているうちに、
「雨宿りさせてもらえて助かったお」
と、ナオルに伝えてその場を後にした。


この数日のうちに雨は止み、
久し振りに晴れ間の下を歩く事ができそうだ。


この土地まわり特有の薄紅の花、
"サクラ" に見送られるように村の門をくぐると、見覚えのある姿が腕を組んで仁王立ちしている。



( ^ω^)「お…もう体調は良いのかお?」

595 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 20:57:31 ID:yhTJf8/E0

ξ゚听)ξ「またなにかやってたでしょ」

( ^ω^)「いやいやそれほどでも」


ブーンが歩を進めると、添うようにツンも並んで歩き出す。


ξ゚听)ξ「なーんてね。
…赤い忍者の人、いた?」

Σ (^ω^;)「あれ、ツンが関係してたのかお!?」

ξ゚听)ξ「私が雨宿りしてた村からも依頼されてたってね…
他の村でもバルケン公には不満があがってたみたいだから」


ξ゚ー゚)ξ「…アンタもきっとそれに一枚咬むだろうと思って」



…バルケンは誰にも好かれていなかった。

たとえ彼なりの思惑が何かしらあったとしても…
他人と価値を共有できなかったあの老人は、
最後は息子の手によってその生を閉じた。

596 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 21:01:33 ID:yhTJf8/E0

「失礼します、お二方」


赤いつむじ風が…
ツンの髪を揺らし、
ブーンの頬を撫でた。


ノパ听) 「お世話になりましたので、一言…。
まさかあの子犬の件でおいでになられていたとは」


"きつね" の名で、奉公人として潜入していたあの赤い忍が颯爽と姿を見せる。

彼女はヒートと名乗り、
ブーンより一足先にバルケンの屋形から去ったはずだった。


( ^ω^)「ヒートこそ見事な変装だったお。
正直、全然普通の人だと思ってたから…」

ノパ听) 「潜入するためにはもちろん、
成り済ますのではなく "成ってしまえば" 、いくら長い期間も皆を眩ます事はできますから」


ヒートは事も無げにそう言う。

だが、長い時を生きるブーンの目を変装で眩ましたのは彼女が初めてだ。
…あれほどの能力を持ちながらそれを感じさせない、静と動の極みの一つ。


ξ゚听)ξ「話には聞いてたけど凄いのね」

ξ゚听)ξ「…でも忍ってもっとこう、
コソコソしてるというか…
こんな風に自分から話になんて来ないってイメージだったわ」

ノパ听) 「以前はそうでした。
でも今は違います。
悪事を働かなければ堂々として然るべきだと私は思っているので」


そう話す彼女の顔は、
どこか読みきれない自信に溢れている。

597 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 21:04:47 ID:yhTJf8/E0

…なんだか似ている。
ブーンはそう思う。


彼女達は一見変わらない表情の中に、数えきれない色んな想いを秘めている。

ツンとヒート、
顔つきまで似る二人はまるで生き別れた姉妹のようだ。


ノパ听) 「では、これにて」

( ^ω^)「あっ」


ーー 再びつむじ風が巻き起こると、ヒートの姿はもうなくなっていた。


( ^ω^)「……」

ξ゚听)ξ「…あの人、ひょっとして今の忍達の頭領なんじゃないかしら」

( ^ω^)「mjd?」


ツンは自分の手首を示すように掲げて、
トントンッと指差した。


ξ゚听)ξ「古い数珠を付けてたわ。
憶えてる?
ずっと昔、忍になるんだーって言ってた子の事…」


言われてやっと、
彼の脳裏におぼろげに浮かんでくるのは飄々とした女の子。


ξ゚听)ξ「ま、もしかしたら…だけどね」


.

598 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 21:06:26 ID:yhTJf8/E0


山を降りながら、
木々から露を垂らす雫にぬかるんだ坂道をゆっくり降った。

ブーンが先に降り、
手を差しのべてツンが後に続く。


言葉はない。
ーー さあどうぞ。 ーー ありがとう。
その言葉は二人の心のなかで共有されているのが分かるから。


人に言葉は必要だと思う。
長く連れ添っても、
感謝の気持ちや謝罪の心は口に出した方が絶対に良い。


…だからこれは
千年も一緒にいる二人だけの特権。

599 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 21:07:57 ID:yhTJf8/E0

ξ゚听)ξσ 「…そういえば。
あれと、あそこと、それとあの上のも」


ツンが次々に指差す先には、色とりどりの花が咲いている。


白、紫、赤、黄 ーー
どれも、全て別々の品種だという。



ξ゚听)ξ「バルケンさん…だっけ。
あの人のお金の使い道って、この自然を守るためだって話もあったわ」



ーー だがそれを、
村人は誰一人気付いてなかったのではないか?



( ^ω^)「ふーん…」



村に咲く、あのサクラもそうなのだろう。


バルケンはどんな想いでこの自然にお金をつぎ込んでいたのか。

600 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/23(水) 21:09:52 ID:yhTJf8/E0


( ^ω^)「綺麗だおね」

ξ゚听)ξ「綺麗よね」



向いた方角が違っただけなのかもしれない。



それでも…もし老公がほんの少しでも、
価値を共有できる人を作っていたなら ーー

いや、止めておこう…



ブーンはかぶりをふって、また山道を降り始めた。

…自分も、彼と言葉を通じあわせる事が出来なかったのだから同罪だ。




山に咲いた花に見送られて、
二人はいつも同じ想いで道を歩んでいく。






(了)


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