423 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:04:55 ID:nQCm895A0
( ^ω^)千年の夢のようです


- 時の放浪者 -

424 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:05:50 ID:nQCm895A0



ミ,,゚Д゚彡 「……」



まばたきをした。
二度、三度と、パチリパチリと瞼の感触を確かめる。


確かに感触はあるのに、目が開かない。


腕を…身体を動かす。
すぐに何か硬いものに触れて、それ以上の活動が許されなかった。
それは身体が確かに動いた証拠だと思い、やはりまばたきを繰り返す。


何度やっても瞼はその感触をナナシにフィードバックする。

瞼が開かないのではなかった。
ナナシは、何か狭苦しい空間に閉じ込められていることに気付く。

425 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:06:50 ID:nQCm895A0

ミ,,゚Д゚彡 「あー、あー」


声が出た。
自分の耳に届く聞き慣れた音の震動は、すぐに反響しぼやけてしまう。

理解できない状況下に狼狽える前に、まずは出来ることを模索してみる。


ミ,,゚Д゚彡 ーースゥ、


ミ,,゚Д゚彡 「だれか〜〜っ!」


ガタガタッ!
深く息を吸い込み大声を挙げた途端、暗闇の向こうでなにかが倒れる音が聞こえた。

理由は分からないが、自分をどうにかするつもりならばこの現状には理解を越える何かがある。

なぜこうなったかも分からない。

426 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:07:42 ID:nQCm895A0

ミ,,゚Д゚彡 「誰かそこにいるから?」


愚策ではあるが問い掛けてみる。
危害を加えるつもりならこの暗闇を引き裂いてくるなり、なにかしらのアクションが起こると思った。
ならばその瞬間を脱すれば良い。


…しかし、彼が心配するような事態にはならなかった。


「…だ、誰かいるの?」


幾重もの壁を通しているかのように、遠くから聴こえる若い女の声。
多分の怯えと、同じくらいに何かを期待するような返事が闇越しにナナシの元へかろうじて届く。


ミ,,゚Д゚彡 「よく分からないけど…出してほしいから!」

「ま、まってて! 誰か呼んでくる!」


その後、ナナシにとっては痺れを切らすほどの沈黙を経て、重いものをズリズリと引きずるような地響きが途切れ途切れ鳴り響く。

427 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:08:45 ID:nQCm895A0

闇の裂け目から周囲を光が照らした時、天を仰ぐナナシの視界には数人の男達が顔を見合わせていた。


身体を起こすと、突如全身の関節や筋肉が悲鳴をあげる。
まるで何日も、何年も、その動かし方を忘れていたかのように凝り固まった身体が、ナナシの意識と解離してプルプルと震えてしまう。


「驚いた…なんでこんなことに」
「…おいアンタ、一体そんなところで何やってんだ??」

ミ,,゚Д゚彡 「…?? ナナシが聞きたいから…」


思うように動かない身体の首から上だけで周囲を見渡して唖然とする…。
彼が閉じ込められていたのは ーー 墓場。
拓けた森の中で、ズラリと立ち並ぶ墓石が規則正しく列をなすその一角から、
金色の髪をそよ風に吹かせてナナシは上半身を起こしていた。


「と、とにかく集会所まで運ぼう。
歩けるか?」
「おいおい! こんなところに閉じ込められてて急に動けるわけないだろう、誰か背負ってやれ」


男達も困惑している。
この様子では誰一人、こうなったナナシの状況を知る者は居ないだろう。


「つー! 先に戻って水と寝床を用意してやってくれ」

「う、うん!」


その声は先程の若い女と同じだった。
だが、その顔を確認することなく、ナナシの意識は再び闇へと沈んでいく。
…抵抗は出来なかった。

428 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:10:04 ID:nQCm895A0


ミ,,゚Д゚彡 「!!」


当人には一瞬のまどろみ。
しかし周囲の風景は一変する。


目に飛び込んできた白いシーツ、だがそれは横になっていた自分の身体からみて、天井一面に貼られたものだと気付くのに少しだけ時間が掛かった。

脳内には疑問符だけが浮かぶまま、ひとまず身体を起こす。
そこは正方形に間取られた小屋の中であることが分かる…石壁と木床の小さな一部屋。

簾で仕切りが作られているらしく、入り口の扉がうっすらとだが見えた。
そして、その扉が開いたので少しだけ警戒する。


(*゚∀゚) 「あ、起きた…?」


桶を抱えた若い女が一瞬たじろぐ様子を見せるも、ゆっくりと部屋に入ってくる。

正面の小さなテーブルに桶を置くと、両手を腰前で重ねてじっとナナシを見つめていた。

429 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:11:14 ID:nQCm895A0

(*゚∀゚) 「…えーっと……」

ミ,,゚Д゚彡 「……」


何から話せば良いかが分からないように、女は言い淀む。
ナナシより少しだけ年下だろうか…この声は聞き覚えがある。
あの時、暗闇でやり取りした声と同じだ。


ミ,,゚Д゚彡 「…あ、ありがとだから」

(*゚∀゚) 「へっ!? あ、いや…ううん、私はなにも……」


互いにぎこちなく話始めた。
状況が掴めていないのはお互い様なのだろう。

こういう時はどう切り出せば良いものか、ナナシには分からない。
だから素直に聞く。


ミ,,゚Д゚彡 「ここはどこ?」

(*゚∀゚) 「ここはー…私達の住んでる村だよ。
あなたこそどうしてあんなところに??」

ミ,,゚Д゚彡 「自分でもわからないから…」


なぜ墓場になど眠っていたのだろう?
…自分は、どうやってそんなところに居たのだろう。


(*゚∀゚) 「……」

答えに納得したのかできなかったのか、一呼吸の間がナナシに気まずさを与える。

(*゚∀゚) 「私はつー。 あなたの名前は?」


ナナシは、まだ付けられていない自らの証明を名乗った。



.

430 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:12:48 ID:nQCm895A0


小屋を出て村を見渡すと、大きな森のなかに作られたコミュニティである事が一目で分かった。

まるで自分の故郷のようだと感じて、気が落ち着いてくるのを頭の隅で感じる。


故郷と違うのは、森の中に家を建てていったにしては風景が整いすぎている事。
木々で区画化されたその村並みはどこか人為的な手を加えて整備されている事を窺わせる。


そこへ、村人にナナシが目覚めたことを報告しに場を離れていたつーが戻ってきた。


(*゚∀゚) 「あ、もう歩ける、の?」

ミ,,゚Д゚彡 「うん」

(*゚∀゚) 「そっか。
皆もあなたの事を悪くは考えてないみたいだから、体調が戻るまでは村で自由に過ごしてて良いって。
でもあまり森のなか深くまでは歩かない方がいいよ」


村人からすれば明らかに異質な現れ方をしてしまったわりに、ナナシへの扱いは緩いものだった。

彼が墓荒しや極悪人の類いだった場合、女一人でナナシの元へ行かせるのは如何なものか…などと考えてから、それを振り払う。

なにも悪いことじゃない、自分を信用してもらえているのだと考え直す。

431 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:14:02 ID:nQCm895A0

ナナシは人々の厚意に甘えて、村の中を歩いてみた。

ーー 背中には身の丈を遥かに越えた騎兵槍。
共に墓の中へと仕舞われていたものを、村の男達が回収してくれたらしい。
「村の中で使うなよ」
とは警告されたが、無論そのつもりもない。


…騎兵槍は、何故かところどころ錆び付いてしまっている。
何年も放置されたかのように汚れていた。
振り回す分には問題ないだろうが、これでは今までの刺傷力、突撃力を発揮できない。

指先で錆を擦ってみるが、やはり簡単には剥がれてくれず…万が一、内部侵食などしていたらミルナに申し訳がたたない。
恐らくまともなメンテナンスが必要になるだろう。

特にめぼしい物があるわけでもない森の村。

何故か気になる…このまま一周りしようと思い、まだ重いその足を動かしながら、ナナシは記憶を手繰り寄せていた。

432 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:15:31 ID:nQCm895A0


しぃを故郷へと送り、少しの間だけ彼女とその赤ん坊と共に生活した。

彼女が村の生活に慣れた頃、その夫を捜すべくナナシは戦地へと赴いた。

職業は "軍師" 、 "戦術家" 。
当時の目的らしき場所は "紅い森"。
男の名は "ショボン"。
…これがしぃから聞いた、彼女の夫だ。


ショボンの事を話す時の彼女は、昔ナナシと過ごした頃にはない顔を見せてくれた。

きっと自分がミルナを語れば同じ印象を与えるのだと思う。
時の流れは、幼馴染みとの異なる人生の歩みを感じさせる。


ショボンという男は頭の回転がよく、知識も豊富。
しぃの閉鎖的な境遇を憂いたか、彼女が孤児院を出てからはしばらく共に世の中を廻ってくれたという。

そんな夫の、いつも何かに謝るような表情が、妻にとって、かつて見たミルナを彷彿とさせるような…
辛いなにかを背負っているような、そんな想いを抱かせていた。


児を身籠ったしぃを残してでもやらなくてはならない事があったのか?
早く見つけてやらなくてはならない。
早く、問い詰めてやりたい。
ーー なのに、戦地に赴いてから先の記憶が曖昧で、頭に分厚いモヤがまとわりついているようだ。

433 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:16:26 ID:nQCm895A0

「聞いたよ、もう動けるのかい?」

ミ,,゚Д゚彡 「ありがとう。 平気だから」

道すがら、子連れの主婦に労られる。


「あんなとこで寝てたらバチが当たるぜ、もうすんなよ」

ミ,,゚Д゚彡 「ご、ごめんだから…」

通りすがる筋肉質の男に注意される。


「腹ぁ減ってないか? 木の実と菜っ葉の酢のモノくらいならすぐ出してやれっぞ?」

ミ,,゚Д゚彡 「後でまたくるから」

行き違う老夫婦からお裾分けの誘いを受ける。


ナナシを無視する村人は皆無だった。
最低限の会釈から立ち話まで、何かしらの接触を試みてくる。

それはいい。
目覚めたナナシの違和感の正体は、もう一つ。


やがて小さくもなければ大きくもない村を周り終えて…出発した小屋の前で彼が抱く感情は、ザワザワと胸騒いだ。



踏み締める大地から、目の前の小屋から、なぜか故郷の感触と匂いを感じたせいで。


.

434 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:17:10 ID:nQCm895A0


夕食は休んでいた小屋で取らせて貰うことになった。
身体の調子は時間と共に戻り、明日には村を発てそうだ。


(*゚∀゚) 「私あんまり料理得意じゃなくて…ごめん」

ミ,,゚Д゚彡 「そんなことないから」


外は夕暮れ、食事時。
つーの作った木の芽の炊き込み飯を時間をかけずに平らげる。
空腹だったことにその時はじめて気が付いた。

身寄りのないつーはナナシと共にその時間を過ごすと、家には帰らずその場に残っている。


(*゚∀゚) 「ねえ、どうしてあんなところに居たのか覚えてないの?
悪戯じゃないんだよね」

ミ,,゚Д゚彡 「……わからない」


声が沈む。
あれからいくら記憶を辿ってみても、確信に至るイメージを思い出すことは出来なかった。

だからせめて、いまナナシが知っていることを聞くしかできない。


ミ,,゚Д゚彡 「つーは、赤い森って知ってるから?」

(*゚∀゚) 「えっ」

435 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:17:59 ID:nQCm895A0

(*゚∀゚) 「ずっと昔、そんな土地があったって事は知ってるよ。
歴史の勉強した時に習ったもん」

ミ,,゚Д゚彡 「……は?」


歴史の…?


(*゚∀゚) 「ねえ、なにか思い出したの?」


ずっと昔…?



(*゚∀゚) 「あの場所…あのお墓が誰のものかも知らない?」


村の偉人か? 国の英雄か?
無礼なことをしていたならば謝らなければ…いや、その前にもっとはっきりさせなければ…

即座に巡った考えは、次の言葉から戸惑いを生む。


(*゚∀゚) 「あそこはね、私が曾お婆さんから受け継いだ大切な人のお墓だよ」

(*゚∀゚) 「曾お婆さんの、幼馴染みの墓…」

436 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:18:53 ID:nQCm895A0

ーー ズキン、と心が痛む。
理由はまだわからない…しかし、昼間から感じた胸騒ぎがどんどんと膨らんでいく。


(*゚∀゚) 「曾お婆さんの願いを叶えるためにその人は旅立って…
そして、帰って来なかったって」


止められない。 止まらない。
心の臓が脳よりも早く反応している。


(*゚∀゚) 「ナナシ…あなたの名前と、曾お婆さんの幼馴染みの名前が一緒なのは、どうして?」

ミ;,,゚Д゚彡 「 ーー 」


どうして?


(*゚∀゚) 「私が曾お婆さんから聞いたナナシの金色の髪を、あなたも生やしているのはどうして?」


どうして? どうして?



ーー どうして?



.

437 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:19:50 ID:nQCm895A0


肋骨を突き破って内臓の大部分が大爆発を引き起こす。 …それほどの衝撃が、頭の芯まで真っ白に破壊した。


気付けば座っていた椅子から落ち、ナナシは床に尻餅をつく。


ミ;,,゚Д゚彡 「 ーー 」


…声が出ない。
見下ろす形でこちらを見つめる女の瞳からなにも読み取ることは出来ない。


(*゚∀゚) 「まさか…死んだ人が生き返ったとでもいうの?」

(*;∀゚) 「なら…私の母さんも生き返るかな?」


涙を流すその姿を見たことがある。
あれは、ナナシがしぃと故郷の地を踏んだ最初の日。

ナナシがしぃと約束した、確かな記憶を保障する忘れられない日。



しかし、その結末は ーー ?

438 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:20:55 ID:nQCm895A0



どれほど時間が経ったのか…
渇ききった唾をなんとか飲み込んで、気を落ち着かせるように椅子に座り直す。


ミ,,゚Д゚彡 「…ナナシにも、なにがなんだかわからないから…」


声を絞り出すので精一杯だった。


ミ,,゚Д゚彡 「少し時間をもらうから」

(*∩∀∩) 「…私にだってなにがなんだかわからないよ…」


月が照らす森の村で、男女は力なくうなだれる。
記憶の途切れた男は思考が放浪し、記憶を継いだ女は現実に戸惑う。
二人を襲う混乱の極みが収まるのはきっともうしばらく後の話だろう。


まさかナナシが未来に翔んできたなど荒唐無稽な話だ。
死んだ人間が甦るのも自然の摂理に反している。

…だがいまの現状はどうだ。

ナナシは対峙しなければならない。
この現実に。
そして立ち向かうためには、自分の心の支えとなる騎兵槍を…


ミ,,゚Д゚彡 「この辺りで、この」

ーー 騎兵槍に手を掛けて言葉を続ける。

ミ,,゚Д゚彡 「武器を直せるような施設はある?」


そのためには、まずは身を守る力を取り戻さなくては。

いまや自身の半身であり、何があってもこの手元から離れない友。
ミルナが遺してくれた戦うための力。


(*う∀゚) 「……武器」

439 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:22:03 ID:nQCm895A0

涙を拭い、少し考えてつーは答えた。


(*゚∀゚) 「私、そういうの全然詳しくないから…ごめんね。
でも大きな街に行けば鍛冶屋があると思うよ」

ミ,,゚Д゚彡 「一番近い街は?」

(*゚∀゚) 「村からは少しだけ南東に。
大陸でも、一番くらいに大きな街」


地図を見せてもらう。
現在地と目的地を線で繋ぐと、その途中からは街道が通っているようだ。
不幸中の幸いか、距離もそれほど離れてはいないらしい。


ミ,,゚Д゚彡 「…一眠りしたら、ナナシは行ってくるから。
なにか判れば戻 ーー」


ーー 瞬間、言葉を紡げなくなる。
身体が、脳が紡ぎを拒絶する。

440 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:22:51 ID:nQCm895A0


「戻る? そういってお前は
戻らなかったんじゃないか?」ミ Д ,,彡


.

441 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:23:43 ID:nQCm895A0


瞼の奥で鏡に映ったような己の姿が、色のない瞳で問い掛けてくる。

一瞬の幻影は、しかしナナシの胸の奥に土足で足跡を遺して消えた。




(*゚∀゚) 「…?」

ミ;,,゚Д゚彡 「ーー あ、」


幻影はしょせん幻影。
目の前にいるのはつーだけだ。


ミ;,,゚Д゚彡 「…なにか判れば…つーにも知らせるから」


そして避けた言葉はナナシの心に影を作り出す。


(*゚∀゚) 「あ! 街にいくなら私も行くよ。
観光してみたいんだ」

ミ,,゚Д゚彡 「…えっ」


.

442 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:24:41 ID:nQCm895A0


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「ウチではそんな大きな得物は扱ったことないなあ、ヨソのほうが出来るかもよ」

「ひえ〜、お客さん、こいつは特注だねえ?
材料がわからんから、新しく造り直しになっちまってもいいかな?」

「…どうやら錆だけじゃないねこれ。
芯の方まで腐食してるかも。
どうしても直したいかね?」


大陸で一番と言われる規模を誇る街の洗礼は、ナナシ達に落胆をもたらしていた。


彼らは騎兵槍の修復を依頼するために鍛冶屋の看板を探した。
ガイドから区画の説明を受け、街の中を円環状に運行する電動貨車にも乗った。
ナナシとは同年代と思われるつーが、年甲斐もなくはしゃぐ姿を見ることもできた。

…だが村を出るときから好奇心に満ちていたつーのその顔は、徐々に曇りがちになる。

商業区内の鍛冶屋を徒歩で一軒ずつ…
地道かつ確実な方法のはずだが、快い回答はなかなか得られない。
見た目よりも騎兵槍のコンディションがよろしくない事に加えて、打ち直しを行える職人が見つからなかったのだ。


ミ,,゚Д゚彡 「どこか他に鍛冶屋はない?
大事なものだから、どうしても直したいから」

「鍛冶屋ね… 無駄かもしれないが、一人だけ凄腕がいるにはいるよ」

443 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:25:37 ID:nQCm895A0

そう言葉を濁す鍛冶職人が教えてくれた区画内の行き止まりにある一つの店先まで、藁にもすがる思いで二人は向かう。

行き交う人々がひしめき合う商業区においても、ここまでくると少しずつその数を減らしていく。
背中に巨大な槍を構えて歩くナナシとしても、その得物に奇異な目を向けられる機会が減る分には気持ちが軽くなるが…


(*゚∀゚) 「ねえ、道こっちで合ってるのかな?」


刻、夕暮れ。
周囲の人影が少なくなっていくのは別の意味で心配になってしまう。
道すがら目に入る店々の看板も、徐々にその数を減らし活気がなくなってくる。
…人のごった返すこの街にしては、だが。


やがて緩やかに曲がる通路の行き止まり。
教えてもらった場所はここで終点。


軒先に看板はなく、扉にかかった[closed factory]の札だけがその存在を報せていた。
店に灯りはついておらず、窓からも中を窺い知ることができない。


(*゚∀゚) 「なによ…閉店してるじゃん」

ミ,,゚Д゚彡 「…誰もいないから?」

444 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:26:38 ID:nQCm895A0

ナナシは諦めきれずに扉に手をかけるが、 …やはり開かない。
ノックを4回…待てども反応がない。


(;*゚∀゚) 「……」

ミ;,,゚Д゚彡 「……」

(;*゚∀゚) 「えー…どうするの?」


しばらく無言でその場に立ち尽くし、途方に暮れてしまう。
武器を別のなにかに買い替えるつもりは毛頭ない…ナナシにはこの騎兵槍が唯一だった。

すべての鍛冶屋を訪ねたつもりだが、見落としがあるかもしれない。
もう一度ガイドを頼ってでも探してみて…
それでもダメなら、もはや別の街に行くしかないか…。


見るからに気落ちしたナナシと、かける声が見つからないつーが、
揃わない足並みで通路を戻ろうとした ーー その時、
向こうから緩やかに姿を見せた男性がいた。

445 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:27:30 ID:nQCm895A0

…二人を一瞥して、ゆっくりと掛けられる声。





( ´∀`)「…うちの店に何かご用モナ?」


モナー細工工房、4代目モナー。

彼はいままさにクーの依頼…
祖父の遺言を終えて、長旅からこの工房に帰ってきたところだった。

446 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:28:20 ID:nQCm895A0
------------


〜now roading〜


(*゚∀゚)

HP / F
strength / F
vitality / E
agility / C
MP / A
magic power / G
magic speed / A
magic registence / D


------------

448 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:32:40 ID:nQCm895A0


( ´∀`)「これは珍しい槍モナね」


工房の客間に招いたナナシの話を聞きながら、テーブルに置かれた騎兵槍を一通り眺めたモナーが少し難しい表情で答える。


( ´∀`)「そもそも素材からして普通じゃないモナよ。
知らない訳じゃないけど、この素材を実際にみるのは初めてモナ…」

(*゚∀゚) 「街中の鍛冶屋をまわっても誰も直してくれなかったよ」

ミ,,゚Д゚彡 「貴方なら直せるかもって聞いたから」

( ´∀`)「…ハア、無責任なのは相変わらずモナね」


勝手に名前を出す街の人間にそう毒づいた。
…だがそれは、仕事が出来るか否かの職人気質においてモナーの腕を信頼している裏返しでもある。


それにしてもどこの鍛冶屋だろうか…
接点を持たないはずのこの工房の名前を出した職人は、モナーが普通の依頼を受けないことを知らないのか。

449 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:33:36 ID:nQCm895A0

ーー しかし今のモナーはこれまでとは違う心境でこの街に帰ってきた。
クーとの出逢いを経て、彼の心には変化が生まれている。


( ´∀`)「…もうちょっと調べさせてもらってから依頼の返事をするモナよ。
モナーもいま帰ってきたばかりでヘトヘトだから、明日また来てほしいモナ」


直接足を運ぶ来客の依頼を受けることは、彼にとって人生初めてとなる。
もちろん…その事を知らないナナシは、彼に一縷の望みを託せる可能性があることに希望を抱いた。


ミ,,゚Д゚彡 「! よろしく頼むだから!」

( ´∀`)「まだ依頼を受けるとは言ってないモナ。
確認するけど、要望は
"錆や腐食を取り除いた上で、出来る限り万全の状態にする事"
でいいモナね?」

ミ,,゚Д゚彡 「そうだから!」

( ´∀`)「では、また明日。
休みながら調べられる事は調べておくモナよ」


ナナシから騎兵槍を預かり、立ち上がる。
モナーはお辞儀をするわけでもなく、手を振るわけでもなく、じっとナナシ達を見つめて外に送り出した。

450 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:35:17 ID:nQCm895A0

(*゚∀゚) 「なんか偏屈そうな人だけど大丈夫かなー。
都会ってああいう人ばっかり」


工房の扉が閉まるなり、つーが不満を漏らす。

これはモナーひとりにもたらされた感想ではない。
田舎暮らしのつーにとって、都会という環境は自身が思うよりも神経を磨り減らすものだった。

本質的にはナナシも同様であり、様々な人種と行動を共にする傭兵稼業に身を置いていなければ、今頃は彼女に大きく同意していたところだ。


ミ,,゚Д゚彡 「今日はもう疲れた?
この街で一泊していくから」

(*゚∀゚) 「うん、そうしよっか」


間もなく夜がくる。
今から村と往復するには時間がかかりすぎると判断して宿をとる事にした。


…そこで二人は気が付いた。 ナナシもつーも、あまりお金を持ち合わせていない。

商業区、歓楽区と泊まれそうな宿を探し回ってはみたが、この街の規模に比例してその相場は二人の予想よりも高くつくものとなる。


たびたび提示されるバラバラの料金に、しかし同じため息をつきながら、
宿を訪ねては出て、訪ねては出てを繰り返す。


やがて街の暗部 ーー スラム区へと足を踏み入れた。

451 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:36:52 ID:nQCm895A0


( Ю∀`)「ふーむ」


工房の作業部屋に籠り、物質の状態を見破るためのサーチグラスを装着したモナーが、作業台に移した騎兵槍を細部まで覗き続ける。

今日は休むといいながらも、彼にとっては椅子に座ることがそれに相応した。


先ほど裸眼では確認しきれなかったが、騎兵槍の腐食はどうやらただの手入れ不足や経年劣化によるものとは毛並みが異なる事が判明した。

表面の錆ならば彼が日常調合してある薬剤で容易く落とすことができる。
内部の腐食も、並みの素材なら不要な媒体と魔導リングを組み合わせて【ドレイン】すれば吸い出すことが可能だ。


( Ю∀`)「…しかし、これは」


便宜上、 "腐食" という言葉を使いはしたが、正確には違う。


( ´∀`)
つЮ 「……ふーむ」


…サーチグラスで視れるものは、これでくまなく視たつもりだ。
あとは必要な素材を取り揃えられるかどうか。

ガサゴソと机の引き出しから束ねた紙をいくつも掘り返し、時々ページをめくっては次のファイルに目を通していく。


( ´∀`)「クーの依頼が本当は先だけど…
まあ、勝手に値切った罰として少しくらい遅くなっても文句は言わせないモナね」

.

452 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:38:33 ID:nQCm895A0


(;*゚∀゚) 「…なんか、あやしいよー」


毛布にくるまり通路の両端に座り込む者や、木箱に火をつけて暖をとる者が散見する。

道々には無造作に棄てられたソイレント食品の缶詰めや不透明なごみ袋、
破損したまま修理されず放置されたコンクリート壁が、
その下に設置された廃棄物処理場までのショートカットを許可もなく造り上げていた。

人々はいずれも浮浪者のような出で立ち。
街が大きくなるにつれて適応出来なくなった者達が集い、新たな秩序を創った結果。
…このスラム区が形成された。


ミ,,゚Д゚彡 「でも」


不思議と危険な雰囲気は感じられない。
他人とソリが合わないなどという理由ではなく、彼らの境遇は不幸な事故や事件に巻き込まれた故の…
いわば時代からの放浪者とも呼ばれる。

453 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:39:55 ID:nQCm895A0

モナーと出逢った商業区や、彼らには用がなく立ち入らなかった住居区などを[アッパータウン]と名付けるならば…
気付かないうちに坂を下りたどり着いたここは[ロータウン]といったとこか。


(*゚∀゚) 「みんななんでこんなところで住むんだろう?
あっちの綺麗なところに住んだほうが絶対にいいよ」

ミ,,゚Д゚彡 「…きっとお金の価値が大きく違うから」


村育ちのつーにも、商品やサービスに対する等価としてお金が必要になる事は理解できている。
しかし彼女には想像すらできない概念…土地代というものがこの街には存在する。


その土地に家を建てる権利、その土地に畑を作る権利、その土地に馬車を停める権利…
それをお金に換算し、街を治める自治体へと支払うことで街はより良い街として機能するべく変化していく。

巡りめぐってその安心と安全が住人へと還される。


だから ーー その環から外れてしまった者は街から見放される。
この[ロータウン]が存在しているのは、そんな見放された人々を黙認するための受け皿なのかもしれない。


本来、人に優劣はない…
などという綺麗事をナナシは口に出さない。
優劣がなければ孤児にもならず、ミルナとも出逢わず、そしていまの彼は存在しなかったのだから。

454 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:41:15 ID:nQCm895A0


ミ,,゚Д゚彡 「この辺に泊まれる所はあるから?」

「……」


オロオロ戸惑うつーを横目にナナシが座り込む男に話し掛けてみる。
頭から毛布をかぶる男は顔をあげず…少しの間を置いてそのままゆっくり腕を挙げて応えた。


(*゚∀゚) 「…わあ〜」


時刻も手伝ってか、醸し出す闇に抵抗するかのように。
僅かながらのネオンに彩られた長方形の建物がうっすらと姿を見せる。

指し示す方角にそびえ立つビルは[ロータウン]に見合わず背が高い。



礼を言いその場を後にするナナシ達の後ろ姿がやがて小さくなる頃、はじめて男は顔をあげる。


/ ::: <●>) 「………」


毛布の隙間から、遊び疲れた猫のように開ききった瞳孔が浮かび上がる。
その瞳には邪気の欠片もなく…
彼は[ロータウン]を見渡すように首を回したあと、時間をかけて立ち上がり、ナナシ達と同じ路を歩み始めた。

455 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:43:02 ID:nQCm895A0

「お部屋は10階層の奥から二番目になります。
チェックアウトの際はこちらの番号札をお持ちください」


格安料金に助けられ無事二人分の支払いを済ませることができたが、浮浪者に教えてもらったビルの中は外見よりも朽ちていた。

壁に取り付けられた灯りの半数は機能していない。
階段は錆びて所々に穴が目立ちとても歩けたものではなく、別の階層に移動するためには備え付けられた剥き出しのエレベータをわざわざ使用する必要があった。

二人は受付から離れるとエレベータを ーー 通り過ぎて、用意された部屋へとその身を潜らせる。


(*゚∀゚) 「明かりつけてー」

ミ,,゚Д゚彡 「うん」


そのビルは10階建てにもかかわらず、上に向かう道は無い…
なぜならビルの階層は下にのびているからだ。

入り口、非合法カジノや非合法ショップが10階層に。
宿は10〜9階層に用意されている。
8階層から下にはボタンを押しても反応がなく、通常踏み入ることはできない。


チェックインした部屋の中は心配していたよりも小綺麗な状態で二人を迎えてくれた。
部屋履き、衣装ダンス、支度鏡、チルドボックス…いずれも古臭さのない一定の清潔感を保ち、過不足を感じない。

つーも安心したようにベッドに腰掛け、ナナシに話し掛ける。

456 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:44:35 ID:nQCm895A0

(*゚∀゚) 「寝るだけなら充分だね。
あんなにボロボロだったのにナナシどんどん話し進めちゃうんだもん」

ミ,,゚Д゚彡 「ご、ごめんだから」


つーは部屋に備え付けのテーブルに置かれたパンフレットを手にとり、パラパラとめくる。

ホテルの備品には女性の好奇心を満たしやすい物が揃っている事が多い。
夫婦、恋仲問わず、
支払いの権利を握りがちな女性の心理を掴むことで付属のサービスや施設利用へのリピート心をくすぐるのだ。


(*゚∀゚) 「あ、いいのいいの。
ナナシの槍、直せるといいね」

ミ,,゚Д゚彡 「でも、その前にお金稼がないとだから…」


格安とはいえそれはあくまで相場と比較した話…
宿に泊まることで、二人は所持金を大きく減らしてしまった。
ナナシのお金を先に使い、足りない分をつーが補ったが、彼女にももう余裕はない。


(*゚∀゚) 「えへへ、今ちょうどいいの見付けたんだけど…」

457 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:45:30 ID:nQCm895A0

これ、とつーが差し出したパンフレットに書かれているページはビルの施設紹介。


『非合法カジノはハイリスク・スーパーハイリターン!』

『自信のある初心者大歓迎!』


…大きな文字で目を引きつつ、賭博ルールや開催ゲームがいくつも載せられている。


ミ;,,゚Д゚彡 「か、賭け事は苦手だから…」

(*゚∀゚) б「違うよ、カジノじゃなくてその下の部分」


つーが身を乗り出してページの一部分を指差す。

ーー 唐突に彼女の少し汗ばむ健康的な鎖骨が目に入った。
ナナシは慌てるようにパンフレットに視線を戻す。

458 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:46:19 ID:nQCm895A0

『報酬は貴方次第! 決戦・ "ダットログ" !』

『バトルに直接参加するも、バトルに挑戦する勇者にチップをBETするも自由!』

『参加希望者は10階層受付にて別途ご案内致します』

.

459 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:47:28 ID:nQCm895A0

ミ,,゚Д゚彡 「 "ダットログ" …?」

(*゚∀゚) 「ナナシならこっちの方が向いてそうでしょ?」


ーー この街に来るまでに、二人は幾度かの戦闘を行っていた。


村の外に広がる森のなかで。

…昔、戦争により汚染された土に溜め込んだ魔導力により肥大化した蓮の葉から、不規則に伸びる手足のような茎を生やした "クリフハンガー" 。

…遠い遠い過去には人間に飼われていた事もあるシカと呼ばれる生物が、いつの日か闇の魔導力にあてられて遺伝子変化をもたらし凶暴化したという "ディアコーン" 。

…草と水、そして安定した気候であればどこでも繁殖できる二足歩行のカエル "ケロロン族" 。


その全てはナナシによって軽々と迎撃された。

いずれも訓練された兵士や傭兵にとって命をおびやかす程の存在ではないが、戦う力を持たない者にとっては自然の脅威として数えられる。

つーの中で、ナナシはそんな脅威を振り払う屈強な戦士として株を上げていた。


ミ,,゚Д゚彡 「明日モナーさんの答えを聞いて、必要ならやってみるから」

(*゚∀゚) 「うん」


モナーが騎兵槍を直せなければそれでこの街での観光は終わりだ。
自分は仕事を探し、つーは村に帰す。

起きていない事をいくら悩んでも仕方がないと思い、二人はもう間もなくベッドの中で眠りについた。

460 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:48:54 ID:nQCm895A0



翌日、[アッパータウン]にあるモナー細工工房に出向いた二人は、目の下にクマを作った工房の主と再び向かい合った。


( ´∀`)「さて、さっそく依頼の件だけれど」

(*゚∀゚) 「あの、体調良くないんですか?」

( ´∀`)「えっ? 」

(*゚∀゚) 「顔色が…そのー」

( ´∀`)「…ああ、寝てないだけだから大したこと無いモナ。
それより…」


そんなことは何事でもないように、モナーはナナシの騎兵槍を震える両手で持ち上げ、ゴトリとテーブルに置く。
その様子はまるで子供が大人用のウエイトリフティングに挑むようで…
むしろその動作の方が彼にとって重労働だった。

ナナシだからこそ簡単に振るえる騎兵槍はそれほどの重量を有している。


(∩;´∀`)「ふぃ〜重たかった…」


( ´∀`)「今回。工具はある。 作業行程にも恐らく問題は起きない。
…だからあとは素材だけモナ」

ミ,,゚Д゚彡 「なにが必要なの?」

( ´∀`)「鉄の隕石。
いわゆる "隕鉄" モナよ」

461 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:50:36 ID:nQCm895A0

(*゚∀゚) 「 "隕鉄" ??」


まったく聞き慣れない単語に目をぱちくりするつー。


( ´∀`)「一般には滅多に流通しない石モナね。
焼き入れ自体が困難なこともあって、実はモナーも扱ったことはないモナ」

( ´∀`)「でも約90年前…モナーの曽祖父さんの代で一度扱った履歴が遺されていた。
それを見る限り、技術的な面は心配要らないと思うモナ」


ナナシも "隕鉄" など見たことがない。
もしも探し出す事すら困難な場合…
最悪、しばらく騎兵槍に別れを告げなくてはならないのか。


ミ,,゚Д゚彡 「ど、どこにいけば手に入るから?」

( ´∀`)「それも調べた。
本来、 "隕鉄" は空から降る天の鉱石とも呼ばれているモナ。
大地が育む自然鉱石ではなく、人工的な鉱石とも違う…
その希少価値は名だたる東方の名刀に使用される、かの "黒耀石" すら比べるべくもないモナ」

ミ;,,゚Д゚彡 「……そんな」

462 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:51:21 ID:nQCm895A0

傭兵稼業に身を置いていたナナシですら "黒耀石" の存在は名前で聞いたことがある程度だった。
刃に必要とされる素養を生まれながらにして持つと称されるのが黒耀石。

ナナシが出逢った中でも、一番有名な傭兵 "スカーフェイス" が使っていた長刀がそれに近いかもしれないが…
あの時 "ポイズン" に投げ貫いたまま彼女は戦地を離脱していた。
もしそれほど貴重であればきっとその場で回収していただろう。

つまりあの長刀すら従来の鉄の範疇であり、そんな鉄を遥かに超える切れ味を有する黒耀石…
その黒耀石すら問題にしない天の遺物が、この騎兵槍に必要とされるのか。

463 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:52:40 ID:nQCm895A0

( ´∀`)「次に原因と理由。
君の騎兵槍はなんらかの現象によって急速に冷やされつつ、熱せられた形跡が見られたモナ」

( ´∀`)「武器に使われる素材とその用量には複雑で細かな調整が行われるから、今はざっくりとした説明に留めるとして…
鉄は熱に強いものの、冷え過ぎたり水に濡れると錆びる。
そして隕鉄は熱に弱いものの、語弊を怖れず言えば冷やしたり濡れたりする分には比較的強いモナ」


ミ;,,゚Д゚彡
「???」
(;*゚∀゚)


専門的な話についていけない二人の頭は思考停止寸前。
その間も、目の前にいる孤高の細工職人はその口を動かし続けている。
…モナーの悪い癖はすぐには直らなかった。



(;´∀`)「あー、…つまりこの騎兵槍は互いの欠点を守るように造られたにも関わらず、
相反する属性を同時に受け付けたせいでこんな有り様になってる…
簡単に言えばそういう事モナ」


やがて二人の表情に気が付いたモナーは簡単な結論を出す。
彼としてはきちんと説明しなければ誤解を招き誤った情報を与えてしまう事を嫌っての行為なのだが、誰しもがそれを求めているわけではなかった。


ミ,,゚Д゚彡 「と…とにかく、その "隕鉄" は」

( ´∀`)「そうそう、 "隕鉄" を手にいれてきて欲しいモナ。
最後がこれらの解決方法モナね」


そういってモナーは騎兵槍の隣に、一束の小冊子を提示する。


…形は違えどその表紙には、ナナシとつーが見覚えのある文字でこう書かれていた。

464 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:54:01 ID:nQCm895A0

『報酬は貴方次第! 決戦・ "ダットログ" !』




( ´∀`)「月刊ダットログ。
その冊子は観光用パンフレットとして流通している物だけど、もう一つの使い道があるモナ。
冊子を持って受付に提示すると、通常のダットログとは異なるルール上での参加となり…」

( ´∀`)「参加商品が切り替わる。
少額な賞金なら跳ね上がるし、流通の少ない…もしくは流通していない素材も用意されているらしいモナ」

ミ,,゚Д゚彡 「!!」


モナーが調べたこの情報、街のガイドからは決して聞くことはできない。
彼は情報を生業に生きる商人から "隕鉄" の入手経路を自腹で買い取ってきたのだ。

すべては依頼人となる相手の要望に応えるモナーの仕事に対する姿勢がそうさせた。


(*゚∀゚) 「ということは…」

ミ,,゚Д゚彡 「ーー 当然、行ってくるから!」


モナーのお膳立ては空腹時のどんなご馳走よりも高揚感を駆り立てた。
二人の表情に明るさが取り戻される。
お金を稼げて素材も手に入るならば、かつてなく美味しい話だった。



ーー たとえその美味しさには裏があるとしても。


.

465 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 19:54:57 ID:nQCm895A0
------------


〜now roading〜


ミ,,゚Д゚彡

HP / A
strength / A
vitality / B
agility / D
MP / H
magic power / H
magic speed / E
magic registence / D


------------

466 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:16:03 ID:nQCm895A0



「いらっしゃいませ。 …こちらの冊子は?」

ミ,,゚Д゚彡 「それを出せばもう一つのダットログに案内してもらえるって聞いたから」


今朝、チェックアウトしたばかりのビルにとんぼ返りしたナナシ達は、さっそく受付カウンターにパンフレットを提出する。


その背中にいつもの騎兵槍の姿は無い。

風通しの良さと居心地の悪さを同時に感じつつ、ナナシは動かない従業員から目をそらさない。

467 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:17:14 ID:nQCm895A0

受付に立つ性別不明な従業員がやがて冊子を一瞥すると、
椅子から立ち上がり、カウンター奥に置かれた電話機をデタラメにプッシュする…。


(・(エ)・) 「お呼びですか?」

Σ (゚∀゚*) 「うわっびっくりした!」


直後、突然背後に現れたのは3メートルはあろうかという天井にすら頭がつきそうな、大柄な毛むくじゃらの男。
腕を後ろに回し、余裕ある佇まいで直立している。


「クマー。
この方々を "データムログ" へご案内差し上げてください」

(・(エ)・) 「はい」


粛々と手続きが進められるように、クマーと呼ばれた大男がカウンター横のスタッフルームの扉を開けた。
そしてナナシ達を誘うようにゆっくりと中に入る。

468 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:18:12 ID:nQCm895A0

灯火の少ないビルの中よりも更なる暗がり…コンクリート製の通路を並んで歩く。


クマーの革靴、ナナシの革ブーツ、つーの布靴。
カツン、カツン…
ザリッ、 ザリッ…
スタ、 スタ…
三様の足音だけが狭い空間で響いている。


(*゚∀゚) 「なんだか寒くない?」

ミ,,゚Д゚彡 「そう?」


心なしかひんやりとした空気が通路内を包んでいた。
その先では転倒防止用の柵と、そこから続く下階層への階段が三人の視界に入る。


(*゚∀゚) 「そっか、エレベーターが途中からは使えないから…」


ビルの階段は朽ち果て、エレベーターも8階層以下へのボタンが反応しなかった事を思い出す。
恐らくこの通路からのみ立ち入ることができるのだろう。


(・(エ)・) 「この先はダットログ。
今回お客様が利用するのはこちらの階段では御座いません」


クマーが柵の前で止まり、その場の天井に手を掛け押し込むと、
ゴゴゴ…と音をたてて天井の一部がせりあがる。
ぽっかりと正方形の穴が空いた。

469 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:19:18 ID:nQCm895A0


(・(エ)・) 「ではこちらへどうぞ」

ミ,,゚Д゚彡 「あっ」


天井に気を取られていたが、穴を開けたのは頭上だけではなかった。
正面の柵から左手側…
先程までこの通路を構成する壁であった所に、大柄なクマーがぴったり通れるほどの長方形の穴と、階段が現れている。

緩やかな螺旋階段。


ここに来る際、モナーからは騎兵槍の代替として、ツヴァイヘンダーと呼ばれる大剣をナナシは預かった。

この大剣は従来の剣と少し毛並みが異なる。
柄部分…グリップとはまた別に、刀身の根本に刃はなく、革で覆われている。
もう片方の手でここを握る事で、槍やハンマーのように広く支点を司り握ることができるのだ。


腰にさしたツヴァイヘンダーが螺旋状になった狭い壁にガツガツと当たるため、立てて手に持ち直す。
いつもの騎兵槍であればこの階段は通れなかったかもしれない…。

470 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:20:38 ID:nQCm895A0

一段ずつ降りる階段は時間感覚が鈍くなる気がした。
もうだいぶ階層を降っているつもりだが、なかなか到着しない。

延々続く螺旋回廊は次第にぼやけるような薄霧に纏われる。


(*゚∀゚) ボヤ〜…


思考が疎かになる…そう思った頃、ちょうど螺旋階段に踊り場が出現した。


(・(エ)・) 「お連れ様はベットルームにて参加、お楽しみ頂けます」

Σ (*゚∀゚//) 「ーー べ、べべ、
べっどるうむ〜?」


ミ,,゚Д゚彡 「? BETルーム…賭ける部屋だから」

(*゚∀゚//) 「あ、うん、よかった」

(・(エ)・) 「……大丈夫ですか?」

ミ,,゚Д゚彡 「??」


一息つける事で緊張が緩んだのか、頓珍漢なつーとのやり取りもほどほどに。

彼女とはここで一旦別れ、ナナシはクマーと共に更に階段を降りていった。

471 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:21:42 ID:nQCm895A0


宝石をあしらった指輪を五本すべての指に嵌めた、スーツ姿のでっぷり肥えた男。
下品なサングラスを掛けて室内にも関わらずつばの広い帽子を脱がない、全身白一色のドレスを身に纏う貴婦人。
大袈裟に脚を組みながらアルコールジョッキを片時も離さない、
シャツを大胆にはだけた胸元にジャラジャラと幾重ものネックレスを見せびらかす黒ずくめの長髪の男。

葉巻の煙、度数の強い酒、鼻をつく香水の匂い。

その全てが部屋の中心部 ーー ガラス張りになった箱庭へと向けられていた。


(;*゚∀゚) 「な、なに、これ……」


[ロータウン]に存在するデータムログ…
そのBETルームには、世の贅沢を各々表現した無遠慮な人種が集められているようでもあった。


そんな人々の表情に浮かぶのは、日常見ることすらないであろう極めて下衆に歪められた笑顔だと、つーは思った。

472 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:22:41 ID:nQCm895A0

「さっきの戦いは酷かったが次はまともなんだろうな?」
「ションベン垂らして逃げ回るなんて、酒が不味くなる…あの挑戦者は生かして帰さなくていい、処分しておけ」

(゚∀゚*;) 「!?」

「ウチのジョージちゃん、大丈夫かしら? あんなもの食べて後でお腹壊さないといいんだけれど」
「ショーが終わったら医者を呼んでやろう。 ダメだったらまた新しいのを買ってやるさ」

(;*゚∀゚) 「!?」


耳に入る言葉は彼女にとってまるで異世界の単語に聞こえた。
途切れ途切れの不明瞭な話が、かえって想像力を働かせてしまう。


つーが振り向くと、すでに扉は閉まっている。

ここから出たい…しかし、音を立ててこの場にいる人々に自分の存在がバレたら?

まるで猛獣の檻に閉じ込められた愛玩動物のように、つーの足は動かない。

473 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:23:55 ID:nQCm895A0

「おーい、突っ立ってないで、座ったらどうだい?」

(;*゚∀゚) 「!」 ビクッ


突如あげられた声 ーー それがつーに届いた。

周囲の顔がこちらへ向けられる。
能面、 能面、 能面……
今のつーには、誰もが顔のない人外にしか見えなかった。

  _
( ゚∀゚) 「こっちこっち」


唯一、彼女にとって顔が見えた男が、少し離れた椅子に座りながら手招きしている。
海原に浮かぶ板切れにしがみつく気持ちで、能面の波を掻き分けるように男の元へと早足で駆けた。

  _
( ゚∀゚)「あんな所に立ってたら反対に目立つぜ。
若いのに珍しい客だな」

(;*゚∀゚) 「あ、あの」


男はつーの言葉を遮るように手をかざし、

  _
( ゚∀゚)「あー、いいのいいの。
礼も要らないし無理に君の紹介もしなくていいさ。
俺の事はジョルジュとでも呼んでくれ」


と言った。

474 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:25:04 ID:nQCm895A0


螺旋階段の最下層に到着したナナシは、分厚く頑丈そうな、無骨な造りの赤い扉の前で、クマーからバトルルームでの説明を受けていた。


(・(エ)・) 「こちらの説明は以上です。
希望商品は "隕鉄" と現金Dランク…それでよろしいですね?」

ミ,,゚Д゚彡 「うん」


反則なし。
ギブアップ時は円形状になった闘技場の四方に設置されたブザーを3秒鳴らし続ける。
勝利または敗北判定については、BETする客の過半数投票が確認される事。


希望商品によって難易度が変わるこのデータムロム。 ナナシにとっては一対一の戦争をするのに酷似する。
彼にとって幸いなのは、ルールを聞く限り相手の命を奪う必要は必ずしも無いという事だった。

ナナシの返答を得たクマーは胸元に装着したピンマイクに向けてなにか言葉を紡ぐと、改めて赤い扉に手をかざす。


(・(エ)・) 「貴方の相手が決定しました。
回数は三戦、回復アイテムは先程手渡したヒールタンク1回分のみ使用可能であることに変更無しです」

(・(エ)・) 「このヒールタンクを含め、持参された他のアイテムやリングがあれば用途を問わず使用可能です。
回復行為のみ一度きりとさせて頂きます」

(・(エ)・) 「なお、対戦相手は人間とは限りませんのでご了承ください」


クマーの手に力が込められるのと同時に、ナナシの手にも力が入る。
ツヴァイヘンダーのグリップから、革を握り込む音が聞こえた気がした。


暗い薄霧の通路に、扉の先から少しずつ光が射し込んでいく……。

475 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:26:27 ID:nQCm895A0

  _
( ゚∀゚)「おっ。 次の挑戦者が出てきたな」

(*゚∀゚) 「ナナシ! 頑張れ!」


BETルームでは、つーとジョルジュがガラス越しに闘技場を眺めていた。
闘技場のほうが下の階層にあるため、必然的に見下ろす形になる。

ガラスは安全性確保のため分厚く作られており、中の音が直接伝わることはない。
代わりに天井に取り付けられた複数のスピーカから、闘技場内の音声だけを一方的に拾い上げる仕組みだ。

  _
( ゚∀゚)o彡゜「楽しみだぜー! やったれやったれ!」


芝居がかったように腕をふる。
深く椅子に腰掛けて闘技場を見つめている周囲と比べ、ジョルジュは身を乗り出して楽しげに観戦していた。

手元にはBETしたマークシートと紙幣の束が握られ、やがてテーブル脇の不正防止ボックスに投入される。

つーもジョルジュに教わったように、少ない所持金を全てナナシにBETして投入した。


それを見て、能面の声が侮蔑に沸き上がる。

476 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:28:12 ID:nQCm895A0

「ククッ! おい女、まさかそんなはした金しか持ってないのか?」
「やだわぁ、貧乏人がこんなところになんのご用かしら」
「みずぼらしい格好でこの部屋を汚さないでもらいたいものだな、ハハハ」


嘲笑が起こりはじめて、つーは改めて自分が場違いな所に身を置いていたことを思い出す。
能面の集団に己の育ちを覗かれたような気持ちで恥ずかしくなり、顔を伏せてしまう…。

  _
( ゚∀゚)「おい」


ジョルジュのよく通る声がBETルームに響き渡った。
それほどの大声でもないのに、その質はその場の全員の頬を張り倒すような威圧感に満ち満ちている。

  _
( ゚∀゚)「なにかおかしいのか?
他人を覗き見するほど不安なら帰って寝てろ。
な?」


能面達は咳払いをして目をそらした。

つーには不思議とその威圧感に当てられなかった。
むしろ暖かみのある何かに身を守られたように。

…その肩に、ぽんと手を置かれる。
顔を上げればジョルジュが何事もなかったようにニヤリとした笑みをつーに向けていた。

  _
( ゚∀゚)o彡゜「ほらほら、がんばって応援しなきゃな。
君の彼氏が戦うんだぜー」

477 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:29:51 ID:nQCm895A0

ナナシが闘技場へと足を踏み入れたと同時に、入り口の赤い扉が重厚な音をたてて閉まる。

ミ,,゚Д゚彡 「…ふぅ」


この時、つーのいるBETルームでも掛け金の投入が締め切られ、ボックスの蓋が閉じられていた。

(*゚∀゚) 「あっ」
  _
( ゚∀゚) 「これで後は観戦するのみよ」



…この時点で賭けは成立となり、間もなくナナシの三連戦がスタートする。
相手側正面のケージが開いた瞬間、いかなる理由があろうと試合開始とみなされるのだ。

BETルームにいる客全員にも、投票カウント用のスイッチが手渡された。


ナナシがツヴァイヘンダーを構え、騎兵槍と同じく前傾スタンスをとる。

ミ,,゚Д゚彡 「……」


.

478 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:30:36 ID:nQCm895A0


沈黙…ーー は、破られた。



(推奨BGM)


479 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:31:31 ID:nQCm895A0


開放されたケージの闇から、ガシャガシャと金属の擦り合わさる音が次第に大きくなってくる。

やがて現れたのは全身鎧に剣と盾を装備した騎士…そして、


ミ,,゚Д゚彡 「本が…浮いてる? 」


それは栞紐を垂らしながら宙に浮かぶ一冊の本。
どちらも青白い光に身を包んでいる。


ミ,,゚Д゚彡 「とにかく、やることは一緒だから!」


ナナシが先手を打つべく走り出す。
騎兵槍より軽量のツヴァイヘンダーが、その速度を軽やかにした。

全身鎧が盾を合わせて迎えるも、
ツヴァイヘンダーの切っ先が隙間を縫って腕の間接部分をいとも簡単に貫く。
ーー だが、全身鎧の動きが止まらない。

「……」

無言で剣を降り下ろし、驚くナナシは素早く身を退く。

480 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:32:31 ID:nQCm895A0

一瞬の迷いを見せつつも、ナナシがその場からさらに飛び退いた。
後ろに控えていた本から魔導力が放たれ、ナナシの居た空間に小さな闇の渦が生じる。

空気だけを巻き込んだ黒い渦が不気味に収束、消滅。


(*゚∀゚) 「危ない! …相手は魔法騎士ってこと?」
  _
( ゚∀゚) 「いや、あれは別々の個体だ。
前衛のソウルアーマーと後衛のフロウ…
互いに魔導力で紐付いてるから実質一体だが、そのぶん連携が速い」



ミ,,゚Д゚彡 「?? 感触がないから」

腕に刺さったはずのツヴァイヘンダーの刀身には血の一筋もついていない。
まるで空洞に刃を通したみたいだった。


戸惑うナナシに、フロウの詠唱が反撃を報せる。

「…【パライズ】」

鎖状の黄色輪がナナシを囲んだかと思うと一気にその輪が縮み、身体を締め付けてくる。

481 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:33:37 ID:nQCm895A0


上半身を締め付けられたナナシに、接近したソウルアーマーの突きが襲い来る。
残る下半身で身体を捻り躱すも、そのまま水平に振り切ってきた剣を力の入らないツヴァイヘンダーでなんとか受け止め…
たたらを踏んだナナシに対するフロウの追撃。

「…【ポイズン】」

目視できるほどの毒の泡がナナシの眼前で弾けた。

ミ,,>Д゚彡 「ぐっ…!」

ーー 呼吸を止めて気を確かにもつ。
パライズの鎖を弾き破り、ポイズンの泡をも同時に振り払う。


距離が離れたためか、ソウルアーマーはクローズド・ガードの構えで盾に身を隠していた。


ナナシは臆さない。
刺した感触がないのであれば ーー

ミ,,゚Д゚彡 「叩く!」

再びフロウから放たれるパライズの魔法をくぐり抜け、低い体勢からツヴァイヘンダーを豪快に振り上げる。


ガシャアン!と、盛大な音をたててその腕は最後まで振り抜かれた。


防御したはずのソウルアーマーの身体が、つき出していた盾ごとバラバラに飛び散る。

482 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:34:49 ID:nQCm895A0

(;*∩∀∩) 「ひぇっ!」


人間の身体が…?
反射的に目を伏せたつーだったが、落ち着き払った声でジョルジュが言う。

  _
( ゚∀゚) 「心配ないよ、あれは魔導力で動く無機物だ…生身じゃない」

「あああっ! わ、私のソウルアーマーが!」

代わりに、賭けに参加していた病的に痩せた初老が叫んだ。
彼が出場させていたソウルアーマーの一撃粉砕により、伴だったフロウからも青白い光が抜けて地に墜ちる。

  _
( ゚∀゚) 「ま、これは明らかに勝負ありだろ」


ジョルジュが手元の投票スイッチを押した。
周囲からも痩せ型の男を嘲笑うような声と共に、カチ、カチ、とスイッチを押す音がたて続く。


闘技場に甲高い音でチャイムが鳴ると、ソウルアーマーとフロウの残骸が床穴に滑り落ちていった…。

483 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:36:52 ID:nQCm895A0

ナナシにそれほどダメージはない。
定位置に戻り、ケージの正面で構え直す。

  _
( ゚∀゚) 「君の彼氏、なかなかやるね。
なにかやってたの?」

(*゚∀゚) 「べ、べつに彼氏じゃないよー。
なにかというか…普通に傭兵としか聞いてないよ」
  _
( ゚∀゚) 「ふむ…?」


二人が軽く会話を交わしていたうちに、二度目のケージ開放。

開ききらないケージの隙間から闇の衣がスルリと抜けて出た ーー そのままナナシへと突進する。

ミ,,゚Д゚彡 「!?」

不意打ちに驚きながらも咄嗟にツヴァイヘンダーの刃背で受け止めた。
腕を通して辿る衝撃に少し痺れてしまう。

484 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:37:59 ID:nQCm895A0

闇の衣は流れるような動きで宙を舞っていた。
時々、衣からはみ出る灰色の長爪がギラリと揺れる。


(;*゚∀゚) 「お、お化け…」
  _
( ゚∀゚) 「なんだあれは…?」


ジョルジュも見たことがない闇の衣は、文字通り正体不明。
"データムログ" 側から送り出される闘技場用の魔導生命体だ。



ミ,,゚Д゚彡 「はああー!」

ナナシが一戦目と同様に真っ直ぐ駆ける。
ふよふよと浮かぶだけの闇の衣は避ける素振りも見せないまま、ナナシの振り払いが直撃する。
ーー が、しかし衣が破けたのみで手応えを感じられない。


ミ;,,゚Д゚彡 「ま、またこのタイプだから!?」


  _
( ゚∀゚) 「…なあ、彼氏って魔法使えるの?」

(*゚∀゚) 「だから違うってば。
…使えるのかなあ? そんな感じじゃないけど…」
  _
( ゚∀゚) 「ってことは、ちょっとまずいな」


ジョルジュは腕を組み、背もたれに身を預ける。

それを見て、戦いに疎いつーも察し始めた…
ナナシがこの三連戦を勝ち抜けるのかが分からなくなってきた事に。


.

485 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:39:55 ID:nQCm895A0

同時刻…。
モナー細工工房の主はすでに騎兵槍の錆をとるべく作業に取り掛かっている。

彼から見ても、ナナシの意志は確たるものであったと感じている。
少しでも迅速に依頼をこなしてあげたいと思っていた。


四本の鎖で宙吊りにした騎兵槍を、モナーが調合した非毒性・非酸性の液体を染み込ませた布で厳重にくるんでおく。
形状変化や性質変化が起こらないように特別調合された溶液は、彼のみならずモナー工房の仕事を代々支える道具。


( ´∀`)「……理論上は問題ないはずモナ」


彼がその力をふるうのは "隕鉄" が入手できてからが本番だ。

待機時間の合間に、過去の作業データが記載された書類を穴が開くほど読み倒す。


( ´∀`)「…おや?」


すでに何度も目を通した書類の数ページ目…
これまでも見落としたつもりは無いが、いまになって一抹の違和感を覚えた。

よくよく考えてみればそれは彼の細工理論からみれば非効率で、当時の作業行程における時代錯誤かとも思ったが…


( ´∀`)「ーー 違う」

( ´∀`)「なぜこんな事を?
…もう一段階、騎兵槍の芯になにかなければこんな事はあり得ないモナ」


彼の使用するサーチグラスは市販されているものとは訳が違う。
対象の内部構造から成分質、属性、ウィークポイントまで網羅できるはずのこのサーチグラスでも見渡せないものがあるのか?


道具に頼るだけの職人は職人にあらず…
彼はもう一度、己の勘を頼りに騎兵槍の元へと足を動かした。

486 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:41:33 ID:nQCm895A0


ミ;,,゚Д゚彡 「あー、もう!」


ナナシの攻撃が悉く通らない正体不明。
その不規則にゆらめく灰爪に殺意を込めて、右から左…左から右へと間断なく振り払ってくる。

素直に直撃を許すナナシではないが、無効化される自分の攻撃に歯痒さを抑えられない。
壁を背にしないよう身を躱す回数が明らかに増えてきた。


(;*゚∀゚) 「なんなのあれー!
ナナシ、なんとかしてー!」
  _
( ゚∀゚) 「無駄だ、こちらの声は向こうに届かない」


歯痒いのはつーも同じだった。
攻撃を当てているのはナナシなのに、追い詰められているのもナナシなのだ。


(*゚∀゚) 「あなたどっちの味方なのよ!
あんなのアリなの!?」
  _
( ゚∀゚) 「いや、それを俺に言われても…」

  _
( ゚∀゚)「…ただ、あの不気味なもんを倒せる方法は思い付いた」

(*゚∀゚) 「ほんと!? どうすればいいの?」
  _
( ゚∀゚) 「いや、だからそれを君に言ってどうするのよ…」


そう、こちらの声は届かない。
ナナシが自分で気付くしかないのだ。


ここは "データムログ" 。 その意味は
ーー 『歴史を与えるもの』。

487 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:42:48 ID:nQCm895A0

ナナシのツヴァイヘンダーが千切り飛ばした正体不明は、分断したままの二枚の衣からそれぞれ灰爪を同時に伸ばしてくる。

ブーツの裏で爪のベクトルをずらしながら背転した時、闘技場内に金属とはまた違う硬い音が小さく鳴った。


ミ,,゚Д゚彡 「?」


距離をとった正体不明との中間で地に転がる筒形アイテム…ヒールタンク。
本来ならダメージを回復させるために手渡された物だが ーー

  _
( ゚∀゚) 「おっ」

ミ,,゚Д゚彡 「…もしかして!」


ナナシは迷うより早く前進してヒールタンクを拾い上げる。
そのまま速度を落とさずに、
分離していた衣を復元しようとモゾモゾ重なり合う正体不明へとヒールタンクを握りしめた手を深々と突っ込んで ーー



ミ#,,゚Д゚彡 「でやっ!」

488 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:43:46 ID:nQCm895A0

ーー パリン!

.

489 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:44:56 ID:nQCm895A0

『ズヴォォォオォオオォッッ!!』


ビリビリビリッ
:(;*∩>∀<) : 「いやあぁーーっ!」
  _
:(∩゚∀゚): 「あ、これ聴いたらアカンやつや」


耳を塞ぐつー達の脳内すら直接震わせるほどの断末魔がBETルーム内を支配する。

スピーカーのスイッチが管制側で切られたために長くは続かなかったものの、
不意をつかれ耳を塞ぐことすら出来なかった他の参加者達は喉の奥から胃液を絞り出す。
中には泡をふき昏倒するものも居た。


ジョルジュは恐る恐る、塞いでいた手を離す。

  _
( ゚∀゚) 「まるで曼陀羅華だな」


引き抜かれた時、
または己の命を繋ぎ留める大地から切り離された時に、あらゆる絶望の悲鳴をあげるといわれる闇植物…曼陀羅華。

それに匹敵するほどの効力は、スピーカー越しの人間の魂すら持っていこうとした。


(*∩゚∀゚) 「ナ、ナナシは……」


それを間近で味わってしまったなら ーー

490 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:46:56 ID:nQCm895A0


ミ,, Д 彡


闘技場の真ん中で、倒れないまでも無様に膝をつき、放心するナナシの姿があった。

正体不明は断末魔と共に消滅している。


(;*゚∀゚) 「…なにが、どうなったの…?」
  _
( ゚∀゚) 「どうやら俺が考えた通りだったらしいな」


正体不明とは、命のない魔導生命体だった…
命の概念が存在しない者に、命の概念から造り出されるヒールタンクに込められた魔導力が与えられたらどうなるか?

  _
( ゚∀゚) 「いわゆるアンデッドモンスターに生命力を与えたところで、
そいつらには "死んでも死にきれない" っていう命の概念があるからダメージは通らないが…
無機物の魔導生命体は違う。
無に有を吹き込めば、有を活かす機能がそもそも存在してないから、
体内で循環することができない異物として暴れてパンクしちまうんだ」

(*゚∀゚) 「??
よくわからないけど…あの闇の衣にとっては毒だったってこと?」
  _
( ゚∀゚) 「まあそんな認識で間違いない」


ジョルジュは想像から答えを導きだし、
ナナシはすでに与えられていたヒントから答えを導きだしていた。


(・(エ)・) 『このヒールタンクを含め、持参された他のアイテムやリングがあれば用途を問わず使用可能です。
"回復行為のみ一度きり" とさせて頂きます』


ここはデータムログ。
歴史を与えるもの。
越えられない試練は… 無い。

491 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:48:05 ID:nQCm895A0

(*゚∀゚) 「凄いじゃん! ナナシやるぅ!」


ジョルジュの説明にはついていけなかったが…
とにかくナナシが難関を突破したことが、つーには嬉しかった。
ザマーミロ!と言わんばかりに、つーは手元の投票スイッチをめいっぱい押し込む。

  _
(;゚∀゚) 「あ! まだ押しちゃダ ーー」

(*゚∀゚) 「えっ」


…ナナシが正体不明の断末魔から回復する前に…
過半数が決着を認める証の、甲高いチャイムが闘技場に鳴り響いてしまった。

.

492 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:49:03 ID:nQCm895A0

ガラガラと三度目の闘技場のケージが開放されていく。
ーー ナナシの意識は戻っていない。


(;*゚∀゚) 「えっ!? あっ! あぁっ!?」
  _
(;゚∀゚) 「…いや、君だけのせいじゃない。
他の奴らもスイッチを押したからだ」


ジョルジュが周囲に目を向けると、今の騒動で卒倒している者を除き、全員の顔から邪な笑みが浮かんでいる。


BETルームにいる者の本来の望みは、戦いそのものを見せ物にして楽しむことではない。
己の利益を求め勝利の美酒に酔うことだ。

欲望に忠実だからこそ、データムログで大金を注ぎ込むのだ。

  _
(;゚∀゚) 「まずい、いま襲われたらひとたまりもないどころか…あいつ死ぬぞ」

(*;∀;) 「ナナシ! ごめん、起きてよナナシ!」


つーはたまらず投票スイッチを押す。
試合が止まってくれればいい、そう思って何度も何度もスイッチを押し続ける。

当然試合は止まらない。
決着を認めるには過半数がスイッチを押さなくてはならない…。

さもなくば、ナナシが自分でギブアップのためのブザーを鳴らすのみ。

493 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:49:50 ID:nQCm895A0

つーの願いも虚しく、ケージから最後の相手が現れた。

その姿は ーー






('A`)


ーー 人間。










(推奨BGMおわり)

494 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 20:50:36 ID:nQCm895A0
------------


〜now roading〜

  _
( ゚∀゚)

HP / A
strength / B
vitality / C
agility / C
MP / E
magic power / F
magic speed / B
magic registence / E


------------

495 名前:名も無きAAのようです :2014/07/16(水) 20:53:43 ID:ChhLn.ikO
ここで('A`)かよ、強すぎるだろ

496 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:09:55 ID:nQCm895A0


  _
(;゚∀゚)「なっ!?」


ガタン、と慌てて立ち上がった。
…その衝撃でジョルジュの座っていた椅子が後ろに倒れる。

  _
(;゚∀゚) 「バカ野郎!!
あいつは "ダットログ" のチャンピオンじゃねえか!
なんでこのデータムログにまでしゃしゃり出てくる!?」

(;*゚∀゚) 「……?」


正体不明との戦いを観戦していた時とはまるで別人のようにジョルジュが焦っていた。
つーにしてみれば、相手は人間にしか見えない。
さっきまでのお化けのほうがよほど恐怖だと思った。

ジョルジュを見る目を、闘技場に移す。


('A`)「……」


無防備に佇む男。 ジョルジュは相手をチャンピオンだと言った。
二つあるこの街の闘技場…その表の戦いの王者。

痩せっぼちで酷く垂れ目の男は、その手に銃斧を握っている。

497 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:12:01 ID:nQCm895A0

(;*゚∀゚) 「銃を持ってるよ!」
  _
(;゚∀゚) 「あいつの銃は完全に相手を殺すために造られたものだ。
力も時間もいらない…引き金をひくだけで ーー 」


青ざめたつーが立ち上がり、BETルームの出入り口に体当たりする。

しかし、
いくらドアノブを捻っても、
叩いても、
扉は何一つ反応を示さない。


「へっ、どこへ行こうってんだ?」
「試合が完全に終わるまで開くことはない…絶対にな」


数人からハハハッ、と沸く笑い。
下卑た人間からは下卑たものしか得られない。


(*゚∀゚) 「ちょっと! いい加減にしてよ!」


つーにとっては仲間…
いや、知り合いが危機に陥っている状態だとしても、彼らにすれば見ず知らずの他人が惨殺される瞬間の映像でしかない。
なんの感傷も沸きはしない。

  _
( ゚∀゚) 「賭け事にはいくらでも金をかけていいもんだ。
不慮の事故で死ぬのも、賭けに負けるようなもんだから仕方ない」

(*゚∀゚) 「そんな!!」
  _
( ゚∀゚) 「…だけどイカサマは気に食わない」


この男を除いて。

498 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:14:02 ID:nQCm895A0

  _
( ゚∀゚) o 「これは無効試合だ」


ジョルジュが拳を強く固める。
その途端、周囲にいた他の客らが腰を浮かせて怯え出した。


「お、おい! 何する気だ」
「ちょっと、この部屋のなかでは暴れないでくださる!?」
  _
( ゚∀゚)o 「お前らはどいてな」


闘技場では、いまだ立ち上がらないナナシに、チャンピオンがいままさに銃口を向けんと腕をあげようとしている。


(;*゚∀゚) 「ジョ、ジョルジュ?」
  _
( ゚∀゚)o 「あーいいからいいから。
危ないからさ、ちょ〜っと離れてよ」


それは優しい口調だが、えも言われぬ雰囲気がジョルジュを包んでいた。
つーが思わず後ずさると、ジョルジュの身体から赤黒い光が溢れ出す。


  _
( ゚∀゚)o 「【パワーデス】!」


発光し放たれた赤黒い魔導力が再集束し、ジョルジュの拳を中心点として集う。
そしてその拳は、
  _
( ゚∀゚)o彡 「ーー ハアッ!」

目の前にある分厚いガラスを容易く貫いた。



ーー 音はない。

あまりにも容易く貫かれたガラスは、ジョルジュの拳から二の腕だけを易々と貫通させている。

499 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:15:59 ID:nQCm895A0

ーー パキ、パキパキパキパキ

遅れて届く衝撃波が、穴をあけたガラス全体にヒビを走らせ


(*つ>∀<;) 「きゃああー!」

ガシャァン!!と、その身をすべて粉々に散らせてしまった。


単なるガラスなどではない。
たとえ闘技場内で暴れたとしても、
BET参加者の安全を保障するために、加工された金属や鉱石による物理的な衝撃をも吸収できる。

炎や風といった魔法を行使しても、
化学反応すら起こさないような魔導コーティングが施された、他に類をみない特別製のガラス。


たとえ大男のクマーが力任せに殴り付けても、一撃で破壊など出来はしない。


…恐る恐る、つーは目を開けた。
だがそこにジョルジュの姿はなかった。

500 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:17:12 ID:nQCm895A0


('A`)「!」
  _
( ゚∀゚) 「よう、そこまでだ」

トリガーに指をかけるチャンピオンの真横。
破砕したガラスの破片に彩られながらジョルジュがすでに着地している。


だがチャンピオンは驚く素振りもなく、無言で銃口の向きをジョルジュに変更し、躊躇なく発砲した。

  _
(;゚∀゚) 「うおっあぶね」


キュイン、とどこかへ着弾する音を聴きながらも、ジョルジュは首から上だけを傾けることで弾丸を避け、その場から動く様子がない。

  _
( ゚∀゚) 「チャンピオンさんよ、ここはあんたが来るところじゃないぜ」

('A`)「……敵は殺す。 それだけだ」

501 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:18:19 ID:nQCm895A0

ーー じゃあ仕方ないな。
ジョルジュがそう言うが早いか、詠唱と共にまたも赤黒い光がジョルジュの身に溢れる。

  _
( ゚∀゚) 「【ドッジ】!」


先とは異なる魔法。
赤黒い魔導力が、今度はジョルジュの足元に集束した後、弾むように光を天に昇らせる。


('A`)「邪魔だ」


チャンピオンの銃連撃が引き続きジョルジュを襲った。
…しかし、今度は余裕の表情で弾丸をスイスイ躱す。

  _
( ゚∀゚)o彡゜ 「あたらねーよーだ」

('A`)「……」


ジョルジュは腕を振りながら無造作に歩を進める。
チャンピオンの表情は変わらない。


破壊力を高める【パワーデス】。
瞬発力を高める【ドッジ】。

同時に唱えることはできないが、ジョルジュの魔法はそのどちらも身体能力を大幅に上げる事ができる。

502 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:19:55 ID:nQCm895A0
  _
( ゚∀゚)o彡 「せえッ!」

チャンピオンまであと数歩の距離というところで、ジョルジュの身体が横滑りに瞬時に伸びた。
腰元から体重をのせて放たれた突き…
鳩尾めがけて冲捶を放つ。

チャンピオンの身体が くの字に吹き飛んだ ーー かに思われたが、攻撃はヒットしていない。
直前にバックステップで下がったチャンピオンから近距離発砲が見舞われる。


ジョルジュの眉間めがけた弾丸も当たらない。
そのまま身を沈めて尚も迫るジョルジュに、出鱈目に放たれるチャンピオンの銃連撃が威嚇として成立。
その前進を止めた。

  _
( ゚∀゚) 「ちっ、そう甘くはないか」

('A`)「……」


大きく下がったチャンピオンの背後は壁が近い。
そのまま追い詰めれば接近戦の得意なジョルジュが有利だが、にも関わらずその場に静かに立つチャンピオンの振る舞いは思考を止めさせてはくれない。

なにかある…。
そして、こちらにはあの銃斧と渡り合うリーチが無い。


その時、ナナシに意識が戻った。

503 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:21:16 ID:nQCm895A0

ミ;,,゚Д゚彡 「な ーー っ!?」

強い驚きを携えて。


('A`)「……」

ミ;,,゚Д゚彡 「… "鼻唄" !?」


意識を失っていた事すら即座に忘れてしまうほど ーー
彼の目の前にいるのは、あの日、戦場で裏切った "鼻唄" その男。

  _
( ゚∀゚) 「お目覚めかい? …そして知り合いか?」


もう一人の男は判らない。
眉間にシワを寄せるような表情で、 "鼻唄" と対峙している。


(*゚∀゚) 「ナナシ! 目が覚めたんだね」

ミ,,゚Д゚彡 「つー!」


頭上からの声は、見上げればつーが身を乗り出している。


闘技場は壁一面が石畳に覆われているように見せかけられていた。

実際はBETルームのガラスには視覚情報を屈折する魔導力が掛けられており、
ナナシからはガラスがあることも、
BETルームの位置がどこかもわからなかった。


円形状の闘技場そのものが、巨大なリングによる魔導力の循環を促していたのだ。

504 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:22:27 ID:nQCm895A0

(*゚∀゚) 「銃を持ってる人が最後の相手だよ!
ナナシが動けない間、ジョルジュが助けてくれたんだ!」
  _
( ゚∀゚) 「…だ、そうです」

ミ,,゚Д゚彡 「把握したから!」


ツヴァイヘンダーを握り直し、 "鼻唄" にその尖端を向ける。
"鼻唄" の顔に特別な表情は見られない。
ナナシを見ても、何も言ってこないのだ。


('A`)「どいつもこいつも…邪魔なやつらだ」


"鼻唄" の声がどこか遠くから聴こえる気がした。
だがそれはナナシが記憶の中の彼との出来事を思い出していたから ーー

505 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:23:15 ID:nQCm895A0


(・∀ ・) 『ここで役に立たなきゃ足手まといだわな』


最初こそ口の悪い男だと思った。
ナナシを罵って優越感に浸るような男だと思った。


(;;・∀ ・) 『痛いうちはダイジョブだろ、よくやったぜお前は』





(-_-) 『本当に、その槍しか持ってないみたいだね』


その顔は何を考えてるのか分からなかった。
噂話だけで、他人を知ったような気になる男だと思った。


(;-_-) 『な、なにやってんだよ!
なんで味方を…』




"外斜視" も、"陰鬱" も、
短い時間を共に戦っただけだとしても、
ナナシを味方としてきちんと迎えてくれていた。


倒れた自分を支えてくれた外斜視の腕の感触…。

裏切りによって死んだ陰鬱の最後の表情…。

506 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:24:12 ID:nQCm895A0


('A`)「死ね」


ーー 他になにか言うことはないのか!?


ミ#,,゚Д゚彡 「うおぉぉっ!」

507 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:29:24 ID:nQCm895A0

"鼻唄" の容赦無い銃弾。
それと同時に振り払い一閃したツヴァイヘンダーが弾き返す。

弾丸が一瞬でナナシに迫ったなら、ナナシが弾き返した弾丸が "鼻唄" の右胸に捩じ込まれたのも一瞬だ。



('A`)「…あ?」


('A`)・," ごふっ


勝負がものの数秒で片付く場合、その実力差は伯仲しているか…
ーー あるいは大きな隔たりがあるか。

  _
( ゚∀゚)o 「…彼氏さん、あんた凄いわ」

ジョルジュが間髪いれずに "鼻唄" へと肉薄する。
わずかに屈み、腰を捻って鍛えられた脚が伸びる…【パワーデス】を纏って。

そして直撃の瞬間。

  _
( ゚∀゚) 「震脚」


軸となる足は大地を踏み抜き、波動を伴う真槍へと昇華して "鼻唄" の左胸を残酷に貫いた。



.

508 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:30:46 ID:nQCm895A0



"鼻唄" が倒れてから間もなく。

甲高いチャイムの音が鳴り響いた。
一戦目、二戦目よりも、長くゆっくりと。


闘技場、ナナシの入ってきた赤い扉が開く。


(*゚∀゚) 「二人とも、大丈夫?!」

(・(エ)・) 「データムログ、試合終了です」


扉をあけたクマーの脇をすり抜けて、つーがナナシ達の元へ走り出す。
ナナシもジョルジュも、つーに余計なものを見せないために、
身体に二つの穴をあけた "鼻唄" の死体を視界から塞ぐように並び立つ。


ミ,,゚Д゚彡 「大丈夫だから!」
  _
( ゚∀゚) 「お二人さん、すまないね。
乱入なんてしちまった…
なにか目的があって参加しただろうに」

(*゚∀゚) 「ジョルジュがいなかったらナナシがやられてたかもしれないじゃん!
ありがとね」

ミ,,゚Д゚彡 「ありがとだから!」


そう礼を述べるナナシは、しかし心のなかで自分の不甲斐なさを恥じていた。


戦いにおいて意識を失う事は、死神に向けて首を差し出すに等しい。

つーの言う通り、
あの状況を見る限り "鼻唄" がもっと早く銃を構え、
ジョルジュの乱入が少しでも遅ければ、
…今ごろ闘技場に倒れていたのはナナシの方だったのだから。

509 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:31:51 ID:nQCm895A0
  _
( ゚∀゚) 「このデータムログじゃあ挑戦者の希望の品に応じて対戦相手が変わる。
ダットログのチャンピオンが出てくるなんて尋常じゃない…
あんたら、何を欲しがったんだ?」


つーの後ろから大きなシルエット。
案内人を務めたクマーが、小さなトランクを指で摘まむように差し出してくる。


(・(エ)・) 「…こちらですよ。
お客様、お受け取りください…
希望商品と、ランクに応じた金額、
どちらも現物で入っております」


身近にいたつーが振り向きトランクを受けとる…と、胸に抱えるほどの大きなトランクに変貌した。
実際には身長差によって小さなトランクに見えていただけなのだが。


それよりも ーー

  _
( ゚∀゚) 「え、彼らへの商品でるのか?
失格とかでなく?」

(・(エ)・) 「ええ、滞りなく」

ミ,,゚Д゚彡 「ひょっとして…」


ナナシは再び思い出す。
案内人であるクマーの言葉…そのヒントを。

510 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:32:51 ID:nQCm895A0

ーー そう、

ミ,,゚Д゚彡 「反則は…なし」

クマーが大きく頷いた。


(・(エ)・) 「違反ルールに抵触しない限り、いかなるケースも認められています。
一対一であるという縛りもなければ、外部からの支援行動も、今回は禁止されておりません」


これはBETルームにいる参加者には知ることのできないルール。
…最下層の赤い扉の前でクマーからバトル説明を聴けた戦闘人員のみが辿ることの出来る蜘蛛の糸。

511 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:34:36 ID:nQCm895A0

そもそも外部からの支援とはいえ、
データムログ側が設置した特別製の防衝撃ガラスが割れるような想定はされていないのだ。

ナナシはジョルジュというイレギュラーな存在に偶然助けられたといえる。

  _
( ゚∀゚) 「じ、じゃあ俺の掛けたお金も?」

(・(エ)・) 「勝利者にBETされたものであれば当然お支払いします」
  _
( ゚∀゚)o彡゜ 「やっほう! くそ儲けたぜ」


最後の言葉につーは顔をしかめた。
とはいえ、ジョルジュがそれだけの結果を生み出した事には変わりはない。

銃を持つ "鼻唄" の前に立ち塞がってくれたのは彼なのだから。


(・(エ)・) 「ーー しかしながらお客様」
  _
( ゚∀゚)o彡 「え?」


突如、クマーが丸太のような腕を伸ばしジョルジュの手首をがっしり掴む。


(・(エ)・) 「データムログ施設内の破壊を行った件に関しましては別問題です」


鋭い目付きでジョルジュを見た…
いや、睨むと形容すべき眼光が彼に襲いかかる。

512 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:36:06 ID:nQCm895A0
  _
( ゚∀゚)o彡 「離せよ、逃げやしないって」

(・(エ)・) 「!?」


しかしその腕は軽々と振り払われた。

クマーは力を抜いていない。
手首を握りこんだのは指圧で筋力の発揮を抑えるためだった…にも関わらず、まるで掴んでいた腕などなかったかのように。

  _
( ゚∀゚) 「ちゃんと弁償するさ。
支払う金と差し引いてくれればいいよ」


ジョルジュはやはり何も思っている様子はない。
クマーも平静を装いつつ背を向ける。


ーー 振り向き様に、 チャンピオン… "鼻唄" の姿を確認した。

発砲と同時に着弾する銃弾を打ち返す剣技、生身を貫く蹴技、
…余りにも非凡な二人は、あくまでも常人の範疇にいるクマーが束になっても敵うことはないだろう。



(・(エ)・) 「それでは10階までご一緒します」

513 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:37:09 ID:nQCm895A0

三人はクマーに従い、闘技場を後にした。

BETルームに居た他の客達も、螺旋階段を登るクマーが誘導する。
気を失っていた者は、クマーの腕にまとめて抱えられた。
…ナナシの試合が最後だったらしい。



こうしてデータムログに滞在する全ての人間が、10階層のスタッフルームからはけていく。

その表情は二通りしかない。

己の利益を狙い通りに生み出せたもの。
そして、賭けに負けて悔しさを滲ませるもの。



ーー 彼らは知らない。
闘技場に残された "鼻唄" の死体が、やがて土塊となり、空調から流れ出るゆるやかな風に吹かれ、砂となって消えていった事を。




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514 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:38:29 ID:nQCm895A0

ーー 翌日。

ナナシとつーは、データムログで入手した "隕鉄" をもってモナー工房の扉をくぐる。


ツヴァイヘンダーも返却したかったが、その前に "隕鉄" をみたモナーの喜びようは凄いものがあった…。

母親に初めて買ってもらったプレゼントに狂喜する子供のように興奮を抑えきれず、
専門用語を噛み砕かずナナシ達に素材の素晴らしさを聞かせた。

その数十分は彼の独壇場…

はじめこそ真面目に聞いていたナナシは途中で放心し、
つーに至っては目の前で爪を弄ったり、果ては眠りに落ちた。


そんな都合は気にしないのがモナーなのだが……。

515 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:39:22 ID:nQCm895A0


( ´∀`)「…では "隕鉄" もこちらで預かるモナよ。
実質、作業はモナーでも一週間くらいかかるかも知れないモナ。
逃げも隠れもしないから一度家に帰ってもいいくらいモナ」

ミ,,゚Д゚彡 「一週間…」

(*゚∀゚) 「…うーん、そのほうがいいかな?
何日もこの街で泊まってたらモナーさんに払うお金が無くなっちゃうもんね」


同意を求めるように顔を覗き込んでくるつーには答えず、ナナシはある事を考えていた。


先延ばしにしていた疑念。
騎兵槍を直せる目処がついた今、目を背けることはできない。

目覚めた時と同じ質問をモナーにぶつける。


ミ,,゚Д゚彡 「…モナーさんは、赤い森って知ってるから?」

( ´∀`)「モナ?」


何を突然?といった顔でナナシに向き直る。
…何を今更?といった顔でナナシに向き直る。


( ´∀`)「赤い森といったらだいぶ昔…
モナーの曽祖父さん、つまり一代目がこの工房を作った頃にはもう戦争で大陸から姿を消していたはずモナよ」


.

516 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:40:57 ID:nQCm895A0

ーー 再び愕然とした。 今度こそ明確に。

しぃの夫、ショボンが赤い森の事を彼女に伝えたのがあの日から一年前。

その一年を、『昔』と呼ぶ人はいない。


(*゚∀゚) 「ナナシ…」

ミ,, Д 彡 「…つー、曾お婆さんの名前、まだ聞いてなかったから?」


あの時は聞かなかった……
うやむやに、聞けなかった答えをつーに求める。



偶然は続かない。
奇跡は何度も起こらない。
パズルのピースは ーー



(*゚∀゚) 「……」


(*゚∀゚) 「しぃ、だよ」



ーー 見事に嵌まってしまった。

517 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:41:59 ID:nQCm895A0



ダットログやデータムログで少しずつお金を稼ぎながら街に滞在することも考えたが、
観光が目的だったつーの事はとりあえず村に帰したほうが良いと思った。

元はナナシが騎兵槍を直し、赤い森 ーー いや、ショボンを捜すための準備をしにこの街へ来たに過ぎない。



外の街道を戻る馬車に乗り込むつーを見送る際、彼女はこう言った。


(*゚∀゚) 「なんだかんだで楽しかったよ。
ナナシがあの闘技場で死ななくて良かった」

(*゚∀゚) 「曾お婆さんのことで混乱させてごめんね。
私にはやっぱりよくわからない…
けど、ナナシがもしナナシなら、生きてたならそれでいいって、
曾お婆さんも思う気がする」

(*゚∀゚) 「…また村に寄る事があれば、今度は正面入り口から入ってきてよねw」



ナナシはただ頷くだけで、気の利いた言葉を返すことができなかった。


それでも、つーは笑って自分の村へと帰っていった…。

518 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:43:48 ID:nQCm895A0

ーー 3日後。

データムログで、つーと自分を助けてくれたジョルジュには、あれ以来会っていない。


受付カウンターで性別不明の従業員から細長い用紙に記入された弁償請求額を突きつけられた彼の顔は、
アゴが外れていたとしか思えないほどに驚愕していた。

  _
(  ∀ ) 『…パワーデスでハサンデスってか…』


ナナシにはよく分からない言葉だったが、その後の照れた顔を見た限り、きっと彼なりのユーモアがなにか込められていたのかもしれない。


今ならモナーへの依頼金を差し引いた分だけでも渡してやりたいが、
[ロータウン]のどこにも彼の姿は見当たらなかった。
この広すぎる[アッパータウン]では意図的に捜すことも難しいだろう。


ミ,,゚Д゚彡 「……」


今日もまた、日が変わるほどの時間になっていた。


彼の腰には、モナーに返し損なったツヴァイヘンダー。
その尖端が鞘越しに、舗装された街の路を時々引きずる音をたてる。

道行く人々がナナシを見ることはない。
大きな騎兵槍と違い、ツヴァイヘンダーは一般にも流通している凡庸な剣。
彼が視界に入っても、珍しくともなんともない群衆の一部として認識される。


作業に取り掛かったモナーは、ナナシが何度訪ねてもその扉を開けてはくれなかった。

店内から漏れ伝わる灯りと作業音が彼の不在を否定していた事から、ひとまず約束の一週間後に伺い直すつもりだ。

519 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:48:30 ID:nQCm895A0

ーー 6日後。

あれからナナシは昼夜問わず街を観光している。


4つの区画と1つのスラムを内包したこの街は、改めて歩いてみるとその区画一つ一つがナナシの故郷…
いや、つーの村を遥かに上回る広さだった。

そしていずれも生活が成り立っている。
放置された空き家などはなく、人が出ていった次の日には違う人が住んでいたのも見掛けた。


唯一気になるのは、さっきまで会話していた者達が、次の瞬間にはまるで互いを認識していないかのように振る舞う事だ。

同じ場所に住んでいる仲間といった様子ではない。
その場は笑って過ごしても、立ち入った話はしない。
その日は隣人であっても、翌日は赤の他人になる。


相手に無関心…という単語が似合うのかもしれない。
ナナシには少しだけ、それが寂しかった。

520 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:50:18 ID:nQCm895A0

モナーに "隕鉄" を預けてから7度目の夜が来た。
今日もまた周囲に灯りが点在する時間になる。

街をふらふらと歩いていたナナシの足は、やがて自然に[ロータウン]へと向けられた。


ダットログやデータムログが目的ではない。
人が多く賑やかな[アッパータウン]よりも、
[ロータウン]のような静かでゆっくりと過ごせる場所のほうが落ち着くのだ。

宿もあのビルの10階層をそのまま取り続けている。


食事も屋内のレストランは利用せず屋台で済ませていた。
ようやく馴染みの店となり、日替わりで適当な具材から時間をかけず出される炒飯が好きになった。


急ぐ理由もないのにガツガツとかっ込み、奥歯と舌でシンプルな味をシンプルに噛み締める。


ミ,,゚Д゚彡 「ふぅ!」


ーー 美味い。


たとえ一流のレストランで食べても、話題のグルメフードを食べても、この満足感は得られないだろう。

高価な材料や高名な料理が欲しいんじゃない。
その時、自分が食べたいものを出せる店が欲しいのだ。

521 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:51:36 ID:nQCm895A0

「…あんたもこんな路地裏の飯屋に来るなんて物好きだよ。
……そろそろ俺も帰るぜ」

屋台主のくたびれた男が閉店を告げる。
急かす口調ではない、むしろ息子に声をかける酸いも甘いも味わった苦労人の父親のように。


ミ,,゚Д゚彡 「いつもありがとうだから!
もうすぐ食べ終わるから!」

「ああ、いいよ。 食べ終わった器はこのシンクに置いといてくれれば。
…どうせ誰も盗みやしないさ」


己の境遇を呪うように自傷気味な返事をして、屋台主は
「また来てくれよ」
と笑い、立ち去っていった。


暗闇に残されるのは屋台の提灯と、ナナシただ一人の姿。

ふと路地を見渡すが周囲には誰もいない。
そして僅かに残る炒飯を食らう。


もちろん暗闇が怖いわけではない。
一人が怖いわけでもない。



ただ…
ミルナが出稼ぎで家を空けていた頃、独りで食事をしていた幼い記憶をなんとなく思い出した。

522 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:52:56 ID:nQCm895A0

米粒を残さず胃に納め、両手を合わせて誰もいない空間に御馳走様と呟く。



夜が明ければ約束の一週間になる。
モナーはうまく騎兵槍を直してくれるだろうか?
このツヴァイヘンダーも忘れずに返さなければ。

523 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:54:51 ID:nQCm895A0


つーは無事村へ帰れただろうか?
あの村がつーの曾お婆さん…しぃの居た村ならば、
自分があのとき感じた懐かしい感覚はやはりナナシの故郷でもあったという事なのだろうか。

ーー だが、面影を残しつつも様変わりした故郷を、自分は故郷と呼んで良いのだろうか。

524 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:55:41 ID:nQCm895A0


"鼻唄" はなぜあそこに居たのか?
彼の様子はいま思えばおかしかった。
本当にあの "鼻唄" であれば、
もっと得たいの知れない雰囲気で、
きっとなにか軽口を叩いていてもよかったのではないか。


…彼はやはりあの時に死んだのだ。

自分が……憎くかった彼の亡霊をも作り出してしまったのではないか。

525 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:57:00 ID:nQCm895A0




ミ,,゚Д;彡 ーー ぽろっ


ナナシの瞳から不意に一粒の涙がこぼれ落ちる。
前触れのない感情は、拭いきれない無言の嗚咽となって闇を助長した。



心のどこかでいま、
たったいま、認めてしまったのかもしれない。


自分が時の放浪者となった事を。
知っている人間はもう誰一人としてこの世界には居ない事を。



ミ,,∩Д∩彡 



幼い頃の孤独とはまた異なる…
世界に独り置き去られ、時に置き去られたという感傷。

どんな剣よりも、槍よりも、深く胸に突き刺さる常闇の感情。

526 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 21:59:17 ID:nQCm895A0



……どれだけの時間が経っただろう。
気付けば薄暗い雲の隙間から、薄く朝陽が昇らんとしていた。
カウンターに肘をつき、顔を覆っていた両手を離す。


顔をあげたナナシの視界の端に、一人影が浮かんでいた。
…徐々に近付く影。 頭から毛布をかぶり、その顔は窺えない。


ナナシは気付かないが、それははじめて[ロータウン]に足を踏み入れた日、宿の場所を聞いたあの浮浪者だった。


/ ::: <●>) 「……泣いていたのですか?」

ミ,,うД゚彡 「あ…」


見ず知らずの人を前に気恥ずかしさをおぼえる。
涙したのはいつ振りだろう…。
ミルナを凍葬した以来かもしれない。


/ ::: <●>) 「知っている人が誰もいないのは、どんな気持ちでしたか?」

ミ,,゚Д゚彡 「!?」


心を見透かされた驚愕。
ーー いや、それはもっと確信的な言葉。


/ ::: <●>) 「……もう一人の行方はようとして知れませんが……
見付けましたよ、私の探し物」


ナナシは反射的に身構えた。
ツヴァイヘンダーを素早く鞘から抜き放ち、グリップを広く持つ。


声をかけてきた男は、するりと頭を覆う毛布に指をかけ腕をおろす。

527 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 22:00:41 ID:nQCm895A0

( <●><●>) ミ゚Д゚,,彡


顔を合わせ対峙した瞬間、脳裏に駆け巡った。
ナナシが失っていた記憶の欠片 ーー

528 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 22:01:26 ID:nQCm895A0


『彼を巻き込む必要はない!
お前達の目的は僕だろうっ!』




『貴様に関わるものすべて我らの大敵と知れ』




『逃げてーーーっ!』




.

529 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 22:03:07 ID:nQCm895A0


ミ;,,゚Д゚彡 「はっ!」


イメージは一瞬。
一塵の風が吹いたように、その記憶は消えてしまった。


しかし、そのお陰でナナシはようやく思い出す。


( <●><●>) 「……不完全な魔法で貴方をきちんと始末できなかった "私達" の責任ということはわかってます。
……申し訳ありません」


"あの日" 、ナナシは相手の魔法をその身に受け止めてしまったのだ。
目の前に立つ、あの大きな瞳孔が特徴な、"あの一族" に出逢って。


( <●><●>) 「今の私であれば、もっと完璧に仕上げてみせます。
……この、未完成だった身体に託された先祖達すべての魔導力で」

ミ,,゚Д゚彡 「でやあああっ!」

ナナシの一歩は時を加速させたように男の眼前まで全身を運ぶ。

獣よりも速く、
獣よりも力強く、
ツヴァイヘンダーを男に突き付けて。






( <●><●>) 「……【リベンジフロスト】」

530 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 22:04:43 ID:nQCm895A0


(*゚∀゚) 「ーー あっ」


ガシャン!と派手に音をたてて、手から滑り落ちた陶器茶碗が砕け散る。


村に戻ったつーは、またなんでもない日常を過ごしていた。

呆けていたつもりは無い。
それは手のひらから意思をもって逃げ出したように…

そう、逃げ道を捜して足掻くように床に落ちてしまった。


(*゚∀゚) 「もー、危なかったなあ」


破片を踏みつけないように部屋の隅から箒と塵取りを手に取り、片付ける。


一日だけ、ナナシと食べた夕飯。

お腹を空かせて、
炊き込みご飯を食べるナナシが使った、あの茶碗を……。

531 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 22:05:51 ID:nQCm895A0


( <●><●>) 「……まさか、」

ミ,,゚Д゚彡 「……」


男は、フラりと身体を後ろによろめかせ…



…一歩下がっただけでまた立ち尽くす。
その身に怪我はない。

ツヴァイヘンダーの切っ先は、届いていない。


( <●><●>) 「まさか私が冷や汗というものをかけるとは知りませんでした」

( <●><●>) 「……詠唱を途中で止めなければ、倒れていたのはこちらの方でしたね」

ミ,,゚Д゚彡 「……」


前傾姿勢でツヴァイヘンダーを長く前に突き出したナナシは動かない。


ーー その全身は、蝋で塗り固めたように凍っていた。


( <●><●>) 「……中途半端な詠唱と魔法ゆえに、いずれまた目覚めてしまうことはわかってます。
……ですから」


そう言うと、先程とは違う詠唱を始める。

彼は凍ったナナシを粉々に砕きたかった。
武器を持っていないため、それに準ずる力を魔導力で努めるように。

それは魔導力を物理的な破壊力に変換する魔法。
詠唱完了と共に、男の身体が一瞬だけ黒く光る。


( <●><●>) 「【フォース】」

532 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 22:06:50 ID:nQCm895A0




.

533 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 22:10:08 ID:nQCm895A0

( <●><●>) 「……」




( <●><●>) 「……?」


ーー 無音。 静寂が辺りを包む。


男は自分の手をまじまじと眺めた。
魔法を放つ事だけを目的に創られたこの手。

魔導力は確かにこの身を駆け巡ったのに、発動していない。


( <●><●>) 「……なぜ?」


訝し気に首を捻るばかりの男の耳に雑音が混じる。


…シャラン、と重なりあう金属のぶつかる音。



「間に合って良かった。
あんな特殊な魔導力ならどこにいても見付けられるさ」


男が振り向いた方角には何もない。
裏路地の終わりを告げる壁一面。

だが、その壁の上には ーー

534 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 22:11:25 ID:nQCm895A0

川 ゚ -゚) 「アイツに頼んだ依頼が後回しにされてると思えば…
どうりでキナ臭くてたまらないわけだよ」


ーー 千年を生き、
幾多の魔導力を同時行使する大魔法使いがその手に持つのは、幾つものリングを備える彼女だけの錫杖。


愚か者に天罰を与える女神の如く、
彼女は外套を風になびかせていた。

535 名前: ◆WE1HE0eSTs :2014/07/16(水) 22:12:45 ID:nQCm895A0


千年の時を生きる者達。
その総ての記録を見守り続ける事は誰にも出来ない。




唯一、それが出来るのは。




彼らと同じ時を生きる者か。




…どこかで千年の夢を視る観測者だ。






(了)


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