17 名前:1 :2014/06/02(月) 15:57:27 ID:QOsaFnQo0


- 繋がれた自由 -



鉱石の削れる音、
硝子を変型させる窯の火の熱、
椅子に向かい合う傾いたテーブルは使い込まれており、上からの重力が増すたびに軋む。


この細工工房では昔から一代に一人の、選ばれた職人による代々受け継がれてきた技術を駆使した指輪が創られる。

その見事な細工は大陸を越えて海の向こうからの依頼が舞い込むほどの評判だった。


( ´∀`)「お腹すいたモナ…」

呟き壁時計をチラリと確認すると、男が作業を開始して既に数時間が経過している。
その間、男は一切手を休めることなく手元の指輪、そしてそれに埋め込む鉱石の細工に没頭していたようだ。

( ´∀`)「これは…なにかお腹にいれないと次は夜中になっちゃうモナね」

作業を中断し立ち上がる。
と、それに呼応して男の背後の扉が静かに開らき、女が顔を覗かせた。

川 ゚ -゚) 「お腹でも空いたか?」

( ´∀`)「相変わらずクーはそういうのよく分かるモナね。
今のうちに何かつまんでおこうかと」

クーが軽く頷き扉を更に開けて、身体を横に傾けた先の部屋から立ち込める匂いが届き始めると、釣られて男はゆっくりそちらへ歩き出した。

18 名前:1 :2014/06/02(月) 15:59:48 ID:QOsaFnQo0
男…モナーが部屋を跨ぐとより一層の香りに刺激されて口のなかが落ち着かなくなる。

テーブルにはよく煮込まれた野菜スープ、軽くグリルされた肉には香草が添えられ牛エキスで煮込まれたワインソースが食欲をそそる。
必要な栄養素を考えて作られたのだろう、作業に忙しいモナーのために少ない品数でも食べやすく健康的なメニューが並んだ。

しかし、上品すぎる。
それがモナーの不満だった。

( ´∀`)「いつもありがとうモナ。
でもね、クー。モナーはもっと適当でいいんだよ?」

川 ゚ -゚) 「まだか? これでも適当なんだが…お前はいつもいったい何を食べてたんだ」

( ´∀`)「片手で食べられるもの」

川 ゚ -゚) 「このメニューだってスポークがあれば片手で食べられるぞ」

( ´∀`)「うん、ちょっと意味が違う」

これまでにも何度か繰り返されているやり取りには嫌みなど無い。
互いに純粋な意見を一言交わしながらどちらともなく食事を摂り始めた。



モナーとクーが居るこの街は大陸内でも大きく栄えた場所だ。
いくつもの区画が存在し、人を運搬するための電動貨車も備わる規模で迷いやすい。
余所からの旅人はまずガイドを手配する。
どこに何があるのか、どこにいけば自分に合う食事を取ることが出来るのか…
のんびりと街中を巡るのも旅の醍醐味だが、誰しも同じ時の流れを生きてはいない。

信仰する神によっては胃に収めてよい食べ物は異なるだろう。
故郷では禁忌とされる素材や、体質に合わない空間もあるだろう。

多種多様な人生に応えるように、この街では揃わないものはないとまで言われたこともある。

特に商業区ともなると、店同士の販売競争は激しい。
一年中、どこかで希望に満ち溢れた若者により新しい商売が始まったかと思えば、どこかで苦悩に打ちひしいだ果てに老舗の商売人生が幕をとじた。

19 名前:1 :2014/06/02(月) 16:02:56 ID:QOsaFnQo0
この栄枯盛衰の繰り返される商業区において、4代目となるモナーの細工工房は数少ない職人の店と呼ばれた。

しかしその名声に反し、モナーの細工工房に直接足を運ぶ人はほぼ居ない。
いまの4代目モナーを含む過去のモナー達は、冷やかしの観光客や馴れ馴れしい街人達をことごとく拒絶した。

交流も最低限に留め、ひたすらに己の技術に磨きをかけるのみに時間を注ぎ込んだ。

したがって来客は自然と途絶え、現在では観光ガイドからもモナーの細工工房の名を聞くことはできない。


極僅かに存在する、モナーを知る人々の口伝のみから彼を知り、真摯な願い、純粋な想いをしたためた手紙だけを受け取り、モナー細工工房はその依頼主のためだけに技を駆使してきた。

そうして依頼主に届けられた指輪は生涯大切に扱われ、依頼主の子や孫達に伝えられる。


クーがモナーの元に現れた時も、モナーはその類いだと思った。
そして…気紛れから部屋に招き入れた。

それは祖父から聞かされていた依頼主の一人にそっくりで、依頼主にしか分かるはずの無い事柄をモナーに語り出したからだった。


一度でも関わりをもった依頼主と築き上げた信頼関係は裏切らない。
己の仕事に関連する事柄であれば、ミスがないよう継続して管理を行う。

それこそモナーの一族が代々信頼され、この街でいまだ現存できる理由でもあった。

20 名前:1 :2014/06/02(月) 16:05:02 ID:QOsaFnQo0
しかしクーと名乗り、過去の依頼に対する礼を述べながら話す女は、4代目モナーに不快感を抱かせた。

手紙の内容、当時の季節や大陸内における情勢、そして依頼を受けたとされる2代目モナーの特徴…

まるで直接見てきたかのような語り口調にモナーは話を止めさせ、女の振る舞いを鼻で笑った。

二代目モナーに依頼をしてきた当時の依頼主は、工房として仕事を受けた事実がある以上、信頼に足る人物だったのだろう。

それに比べてこの女は、まるで自分が信頼を勝ち得て、モナー工房と繋がりを持ったといわんばかりの口調だ。

当時の依頼主がそれまで積み重ねてきた人徳…その結果として得られた信頼関係…
それは当人だけの権利であり、他の誰も侵すことは許されない。
礼を述べるだけならともかく、便乗して何を要求するつもりなのか。


利権をむさぼる…己は汗をかかずに…
結局は"彼ら"とおなじく薄汚い痴れ者か。


考え出せば苛立ちばかり生まれる。
部屋に招き入れたのは大きな失敗だった…
モナーは女を部屋から追い出そうとした。


"お前の祖父から預かった、どうしても渡さなければならない遺言があるんだ"

と、クーが言わなければ。

21 名前:1 :2014/06/02(月) 16:07:14 ID:QOsaFnQo0
驚き向き直るモナーに、クーは言葉を続ける。


川 ゚ -゚) 「お前の私に対する不信感は目を見れば分かるよ」

川 ゚ -゚) 「しかし依頼主との信頼関係をお前の代で崩すわけもあるまい?」


モナーはその言葉を頭のなかで反芻させる。


川 ゚ -゚) 「言っておくが私は事実しか言わないぞ。
モナー工房に対する偽り、詐称など、冒涜以外の何者でもないからな」

再びみえた眼の奥にはなんの迷いも濁りもない。この女は真剣に話しているのだ。
モナーの性格も把握していることが、言葉の端々からも分かる。
後れ馳せながらも気持ちを切り替えたモナーにはそれが分かった。


( ´∀`)「…モナーのおじいさんは遺言を残さないまま亡くなったモナ。
あまりにも急な出来事だったからとはいえ、ひいおじいさんが死ぬときはおじいさんが…
おとうさんが死ぬときはモナーが遺言を受け取ってきた」

川 ゚ -゚) 「そして、そのなかでお前の父だけは祖父からの遺言を受け取ることができていなかった」

長い髪に覆われ、まるで能面のような表情でクーは続けた。

川 ゚ -゚) 「モナー工房…九十年前からこの場所で物造りを始めてから、一子相伝の卓越した技術をたった一人の子に継いでいく。
仕事の依頼はすべて手紙のみで、途中に依頼主とのやり取りは一切行われない」

( ´∀`)「その通り。
依頼受理は手紙の返送、そして依頼完了はモナー自身が直接依頼主に渡さなければならないモナ」


モナー工房の細工品は芸術的価値が高い。
出来上がった品を気軽に他人任せで発送すればたちまち盗まれてしまう。

そして、モナーの造る指輪のなかには大小あれど危険性を孕むものも少なからず存在した。
知識のない素人盗賊あたりが間違って使えば甚大な被害も及ぼしかねないだろう。

川 ゚ -゚) 「今回、私を部屋に入れてくれたのもきっと偶然の必然と言うやつだ」

川 ゚ -゚) 「そう、モナー一族においての遺言… 仕事の引き継ぎだ」


この出会いは気紛れのつもりが天啓だったのだろうか。
否、モナーは神を信じない。


( ´∀`)「…聞くモナよ、その遺言を」

22 名前:1 :2014/06/02(月) 16:12:44 ID:QOsaFnQo0
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こうしてクーはモナー工房に住み始めた。
手伝いをするわけではない。
それこそクーも長居するつもりはなく、目の前でモナーへの遺言…その仕事を見守るだけのつもりだった。

だがモナーはすぐに取り掛かることはできなかった。
遺言内容を確認してみたが、どうしても一ヶ月ほど工房を離れなくてはならない。
作業中の細工品は容易くその性能を落とすだろう。


( ´∀`)「遺言を優先したいのはやまやまでも、タイミングがあるモナ…せめて一週間後にきてくれれば悩まなかったのに」

物置と化した、しばらく使われていない別の客間をおおざっぱに片付けながらそう言葉をこぼす。

川 ゚ -゚) 「すまない、知っていればそうしたのだが生憎とそのような能力は無くてな」

クーも手伝うように山積みの本や散らばった工具をまとめてはみたが、手持ちぶさたの感は隠さない。
部屋のすみに荷袋を下ろすと、両手を腰にあててモナーの動きを目で追った。


モナーは改めてクーから伝えられた遺言を頭のなかで反芻する。


" イライヌシ ユビワ カイシュウノヒツヨウアリ。 "


ただのなんでもない指輪ならば回収する意味もないため、その場で持ち主が破棄すれば済む話だ。
よって造り手も、このような遺言を残す必要はない。

つまりはそういう危険性がある、ということだろう。本来モナーは指輪の回収に急ぎ向かわなければならないのかもしれない。

23 名前:1 :2014/06/02(月) 16:14:19 ID:QOsaFnQo0
しかし、モナーはその遺言の前に、現在依頼を受けている作業を完遂する必要があると考えた。
あくまで当面のモナーの待ち人は、いま造っている指輪の依頼主でありクーではない。
危険性があるならばそれを含めた結果が運命…ならば私情で順番を入れ換えるつもりはなかった。


川 ゚ -゚) 「いまつくっているのは?」

( ´∀`)「けっこん指輪モナ」

川 ゚ -゚) 「そうか、いまだそのような風習が残ってるのか」

( ´∀`)「………」


モナーは応えない。それ以上を語るつもりもなかった。


散らかり放題の客間だったが、ある程度のスペースが確保できるとモナーは窓を開けて空気を入れ換える。
部屋のなかだけで循環していた空気が、外の街の空気と混ざりあい、明るさを取り戻す。

( ´∀`)「この指輪ができたら、まずはこの依頼主に渡して、それから遺言の依頼を完遂するモナ。
それでいいモナね?」

クーは素直に頷く。

川 ゚ -゚) 「何日か、かかるんだろう?
食事の世話くらいならやらせてほしい」

24 名前:1 :2014/06/02(月) 16:16:19 ID:QOsaFnQo0
モナーはそれからというもの、ほとんど寝ずに作業に没頭した。

クーが入れるのは客間まで。
作業部屋にはモナーしか立ち入らないので中の様子をうかがい知ることはできなかったが、数時間ごとに休憩を取るモナーの顔はそのたびに薄汚れ、皮膚がカラカラになっていた。

まるで水中から現れたダイバーが新鮮な空気と吸収可能な水分を求めるかのように、その都度、顔を洗い水を飲み、何度か深呼吸をしたと思えば…また作業部屋に潜っていった。

はじめは戸惑ったクーだが、何度も工房内を往来しているモナーの様子を見ているうちに、その時の彼が何のために作業部屋から出てきたかわかるようになった。


洗浄…排泄…補給…休息…
それを繰り返しながら、たまにはクーと簡単な会話をして過ごす。


( ´∀`)「…クーのご飯を食べるようになってから、トイレの回数が増えたモナよ」

川 ゚ -゚) 「いいじゃないか、むしろ健康的だ」

( ´∀`)「そのたびに作業の手が止まるのはロスでしかないモナ。
もうパンとかソイレントポットだけその辺に置いといてくれれば…」


モナーは愚痴る。
これまで一人、孤独に済ませてきた生活習慣が崩される点はどうにも慣れない。

川 ゚ -゚) 「もうそろそろ終わる頃だろう? ここまで来たら我慢しろ」

(;´∀`)「それはクーが決めることじゃないモナ…」


そう言いながらも、モナーは久しくなかった心地よさを感じた。

25 名前:1 :2014/06/02(月) 16:18:10 ID:QOsaFnQo0
そして指輪が完成した日。

休むまもなく作業部屋から解放された身体を清め、塩でうがいを済ませたモナーにクーが近づいた。


川 ゚ -゚) 「もう出発するのか?」

( ´∀`)「一息つく暇があるならそれだけ早く届けられるモナ」

護身用ナイフを鞘に納めて腰にひっかけながらモナーがクーを一瞥すると、すでに彼女も外套を羽織り外行きのブーツに履き替えている。
工房を訪ねてきた時と同じ格好だった。

( ´∀`)「ついてくるモナか?」

川 ゚ -゚) 「お前が話してくれた依頼主の村と、私が連れていく所…
地図を確認したがそれほど方向がはずれていないからな。
その護身用ナイフがもう一本増えて、いざというとき勝手に動くと思えばいいさ」

( ´∀`)「連れていけるのは村の入り口まで。
依頼主の特定に繋がる範囲は立ち入らなければ構わないモナ」


クーを信用しない訳ではない。
伝統や習慣にイレギュラーは必要ないだけ…。
モナーに妻や恋人が居ても、彼はおなじ対応を取るだろう。

( ´∀`)「ん、ナイフがもう一本…?」

なんとなく違和感があるのは、クーの持つ錫杖だった。それほど背の低くないクーと同じくらいの全長。
外套の下は、他に携帯しているものが見当たらないほどこざっぱりしたどこにでもある服だけだ。
旅の僧…とでも言われれば大概の人々は納得できる。


川 ゚ -゚) 「あればで構わない。私にもナイフを貸しておいてくれ」

( ´∀`)「そりゃあうちは工房だから、片手間にナイフくらいは造ってるけど…別に業物じゃないモナよ?
というかやっぱり持ってないよね?ナイフ」

川 ゚ -゚) 「ん、私の獲物はこの錫杖だよ」

シャララン…と軽く振られた錫杖の先から、いくつも重ねられたリングがぶつかり合い、音を鳴らす。

川 ゚ -゚) 「ナイフは道中でお前に教えてもらうさ」

26 名前:1 :2014/06/02(月) 16:20:38 ID:QOsaFnQo0
ちょっと休憩です
また後程つづきを投下させてください


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〜now roading〜


川 ゚ -゚)

HP / D
strength / E
vitality / E
agility / C
MP / B
magic power / B
magic speed / C
magic registence / C


------------

29 名前:1 :2014/06/02(月) 18:24:30 ID:QOsaFnQo0
モナーの依頼主は、工房のある街から山を1つ…その山中にある村に住むという。
そしてクーの目的地となると、そこからさらにもう1つ、山を越えた先に広がる湖をわたる必要があるらしい。

街を出発して二日め。
二人は1つめの山に足を踏み入れた。


この大陸には二季がある。
空の彼方…太陽がもっとも放熱する夏と、その放熱が静まる秋。

夏ならば山越えもひどく体力を消耗するところだが幸いとして、まだその季節ではない。
軽装でも問題なく過ごせるのがモナーには嬉しかった。面倒がなくて良い。



ただし、それは魔物にも同じことが言える。


(推奨BGM)



「クケロケロッ」

生物が喉を鳴らす音が耳に届いた。
同時に、林の影から現れたのはケロロン族と呼ばれる二足歩行のモンスター。
知性があり、槍を携帯してはいるが体格も小さく臆病な個体が多い。

( ´∀`)「おっとと、あれ一匹だけモナ??」

川 ゚ -゚) 「過ごしやすい気候になるとどこにでも現れるな、コイツらは」

捕まえようとでもいうのか、クーは笑って腕を伸ばし無遠慮に近付こうとする。

( ´∀`)「あっ クー、危ないモナよ」

30 名前:1 :2014/06/02(月) 18:26:16 ID:QOsaFnQo0
Σ 「コケロケロ!?」

しかしケロロンは二人を見るなり、ピョンピョンと跳ねてどこかへ行ってしまった。
持っている小さな槍が彼らの慌てぶりを示すように揺れ、やがて見えなくなる。

ケロロンはもともと凶暴な相手ではないが、暴れる個体も中にはいる。
モナーは用心のためにナイフに手を掛けていたが、ケロロンの後ろ姿を見送ると警戒を解いた。

( ´∀`)「ほっ」

…としてクーに目をやると、まだ構えを解かずに立っていた。
クーの目線はケロロンが逃げた先ではなく、まったくの逆。
つまり二人の背後だ。


川 ゚ -゚) 「私たちから逃げたわけではなかったか。
あれに喰われると思ったのか」

クーが威嚇するように錫杖を一振りした。
シャランっと錫杖から音が鳴ると同時に、茂みから四足歩行の獣が2匹、姿を現した。


まだ牙を剥き出しているわけではないが、明らかに二人を敵視していることが足運びと逆立つ毛並みから窺える。
恐らくは空腹なのだろう…舌を出しては口回りを舐めて、目をそらさない。
獣なりに人肉の味でもイメージして転がしているのか。


( ´∀`)「獣は背中を見せると飛び掛かってくるモナ。
先手必勝でとっとと追っ払うモナよ」

言いながらモナーは腰に携えたナイフを鞘から抜くと、獣に対して走り出す。
その動きは軽やかだ。

31 名前:1 :2014/06/02(月) 18:27:30 ID:QOsaFnQo0

( ´∀`)「ハッ!」

刃が右下から左上に鋭くはしる。
…しかしそれだけだ。そこはなにもない空間。
モナーなりにタイミングを合わせて斬りかかるも、獣は容易く身をかわしている。

しかしかわされるのは予測していたか、モナーはそのままの勢いで 〆 の字を描くように腕を振り回す。

…直後、獣からうめき声が捻り出された。
モナーの手にあったナイフは、獣の腹部に深く突き刺さり、青白く発光している。


川 ゚ -゚) 「お前のスタイルは投擲か、なるほど」

クーも感嘆しながら残る獣に対して魔法の詠唱をすでに開始している。

獣は仲間のやられる様を見て怒ったのか、はたまた弱そうな人間を襲うことに復讐を見出だしたのか。
短く咆哮するとクーに向かって駆ける。
動きが早い …しかし、獣の欲望が叶うことはない。

川 ゚ -゚) 「姿を見るまえに使う魔法を決めたからな、乱暴だが気にするなよ」

クーの錫杖の先のリング、その内の一つが ギィン! と耳障りなノイズを発したと同時に、まさにいま飛び掛からんとする獣の腹部が爆散した。

(;´∀`)「!?!?」

飛び散る獣の頭部が爆風に押されてふわりと浮かび、残骸の脚部は爆風に押さえつけられて地面に圧する。
空中には鮮血のシャボン玉が紙吹雪のようにチリチリと散った。


それを見て、まるで固い鉱石を削るために、工具で摩擦させると飛び散る火花に似ているな、とモナーは思ってしまう。

32 名前:1 :2014/06/02(月) 18:30:00 ID:QOsaFnQo0
(;´∀`)「す、凄い威力モナね」

モナーは自力で魔法を使うことはできないが、似たような効果を発揮する魔法を見たことがあった。
魔法の源となる魔導力を物理的なエネルギーに変換することで純粋な力をぶつける事ができる。

…しかしモナーが知っている"それ"とは威力が違いすぎた。
そもそもその魔法は非力な者でも一定の破壊力を出す事ができるというもので、追求してその破壊力を高める性質の魔法ではなかったはずだ。
まして一撃で獣を破砕してしまうなど、常人の出せる力ではない。


川 ゚ -゚) 「警戒しなければならない時は予め魔導力を練り込みながら歩いてるからな。
それをこの」

尖端にリングがいくつも重なっている錫杖を少し持ち上げてクーは続ける。

川 ゚ -゚) 「リングに溜めておくのさ。
あとは相手に合わせた魔法を解放するだけでいいから楽なものだ」

( ´∀`)「…まさか」


(推奨BGMおわり)



この世界には"リング"と呼ばれる、魔導力を内包した道具が流通している。
製造方法そのものは広く確立され、各地の細工工房でも一般化して販売されているものだ。
サイズは用途により様々。
指輪や腕輪、イヤリングにも応用できるが、魔導力を循環させるためにすべからくリング状である必要がある。


( ´∀`)「それに…その錫杖のリングは」

ただし通常のリングは、効果を継続して発揮させるために"薄く伸ばす"のが常識だ。
熱や冷気を溜め込んでおけば、ただの棒切れもその属性を帯びる。
猟師達は獣が苦手な性質を武器に持たせたり、漁師達は魚が力を失う性質を欲してリングを持つ。

そしてあくまでそれは護身用の効果に留まる。
一度発動するたびに効力が無くなってはお守りにもならないのだから、細工師はリングに魔導力を長く留める工夫をする。

( ´∀`)「いや、そもそも何度も魔導力を込めたり解放したり、それに耐えうるリングの素材があるモナか?」

好奇心が強いモナーは前のめりに興奮するが、その視界はすぐに肌色に遮られる。

川 ゚ -゚) 「落ち着け。一度に聞かれても疲れるだけだ」

つき出した手のひらをヒラヒラ眼前に泳がせてモナーの前進を静止した。

川 ゚ -゚) 「まだまだ歩かなければならないんだ。
歩きながらでも十分話はできるだろう」

33 名前:1 :2014/06/02(月) 18:32:17 ID:QOsaFnQo0
……結局、一度話の腰を折られてしまったモナーは何かをクーに問い掛けることはなかった。

これまで一人で思考し、一人で試行してきたモナーは、自分の世界に閉じこもる癖がある。
目の前に他人が用意した答えを提供されてもそれを素直に受け取れない。

その日の夜、クーにナイフの指導を頼まれていた間もそうだった。


川 ゚ -゚) 「カチャ… カチャ… えいっ」

辺りは薄暗い。
かつん、と間の抜けた音を鳴らすのはモナーのナイフ。
がっしりした樹を見つけたクーが練習台とばかりに借りているナイフを幹に投げつけるが、刃が刺さるどころかひっかかりもせずに地に落ちる。


川 ゚ -゚) 「ふむ。思うように手首が動かないからか? こうスナップがだな」

( ´∀`)「……」

川 ゚ -゚) 「モナー、昼間のあの投擲はどうやったんだ?
単に手首を捻るだけではとても投げられないんだが」

( ´∀`)「……」

木々から枝を集めて燃やしている焚き火に視線を向けて、モナーはじっとして動かない。

その近くでクーはナイフ投げの練習に勤しんでいた。
しかしアドバイスを求めても反応がない。

川 ゚ -゚) 「なにをそんなに考えてるんだか」

無言と生返事ばかりのモナーとナイフの取り扱いに飽きたクーは、
先に横になるぞ…
と声をかけると外套にくるまり休息を取ることにした。

川 ゚ -゚) 「頭が良くても頑固者では宝の持ち腐れだ」

34 名前:1 :2014/06/02(月) 18:33:13 ID:QOsaFnQo0




( ´∀`)「……あれっ」

ハッとした。
周囲をみれば、すでに焚き火は消えている。
クーも野宿に抵抗はないようで、樹に背を預けて寝息を立て、胸に錫杖を抱いていた。


こうして見るクーは、まるで貴族の娘か高級娼婦か…モナーは先程まで錫杖のリングに関して巡らせていた思考をクーに向けた。

濁りを知らないような綺麗な顔立ちだが、希望に枯渇した世捨て人の能面のように表情が動かない。

一見して礼儀知らずな素直な言動をするかと思えば、何人も子を育ててきた母親のようなお節介を焼こうとする。


( ´∀`)「君はいったい何者モナ……」


明日の昼頃には当初の目的である村に着く。
そこではモナーの造ったけっこん指輪を今かと待ちわびる依頼主が居るのだ。
それ以外の雑念は必要ない。

クーに貸していたナイフを回収し、腰の鞘に納める。
気持ちを切り替えようと努め、モナーも数十時間振りに睡眠を取るべく目を閉じた。

35 名前:1 :2014/06/02(月) 18:34:24 ID:QOsaFnQo0
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たどり着いた村では、久方ぶりの来客が物珍しいようでモナーは何人にも声をかけられた。

起伏のあるこの土地は風が強い。
声をかけてきた村人に会釈しながらモナーは目的の家を探す。

村そのものは広いが、それほど人と頻繁にすれ違うことはなかった。
周囲に誰もいない事を確かめてからモナーは懐から取り出した手紙の模写を記憶から引っ張り出して文面を思い出す。


『庭先で黄色い花を沢山たくさん植えています。
小高い丘の上まで来てくれたらきっとわかるように』


景色に視線を戻すと…たしかに見えた。
もう少しだけ歩けば依頼主の家だ。

いつも依頼主に逢うときは緊張する。
自分と、モナーという一族の技術を頼って手紙をしたためる依頼主はどんな気持ちで自分を待っているのだろう。

深呼吸してから歩を進める。
家が近づくにつれて、モナーは心臓が早く脈打つのを自覚する。
家の目の前まで着くと、呼吸が浅くなる。

ひと呼吸… ふた呼吸… もう一度深呼吸して、扉を4度、ノックした。


扉の向こうで息を飲むような間を感じる。
ややあって開かれた扉から、モナーより少し若いだろうか、20歳を少し越えたほどの男女が出迎えてくれた。


男「モナーさん、ですね。お待ちしていました」

優しそうな青年だ。
モナーは軽く会釈して家の中に入ると素早く扉を閉める。

女「はじめまして。私達の手紙を読んでくださってありがとうございます」

後ろ髪でまとめて整った顔の輪郭をした女性は心からそう言った。
男女は笑顔で迎えてくれているが、モナーは目を細めるだけの笑顔で応対し、早々に荷物の中から防衝撃材で出来た小さな箱を取り出して男女の前に差し出す。

男「ああ、これが」
女「私達のけっこん指輪なのですね」

二人は顔を見合わせると、厳かに箱を開ける。

36 名前:1 :2014/06/02(月) 18:37:44 ID:QOsaFnQo0
…中には、2つの指輪が収まっていた。
少し輪の大きい指輪と、それよりもふた回りほど小さな指輪。
中心部には、輪の内側と外側の両方から覗かせる真紅の鉱石が埋め込まれている。

( ´∀`)「…デザインも、"性能"も望まれた通りに仕上げたはずモナ。
もちろん、モナーは指を通していないから…」

まっすぐに二人の目を見据えながら、ひと呼吸おいて、言葉を続ける。

( ´∀`)「…"性能"はこの場で見届けさせてもらう義務がある…
本当にこれでいいモナ?」

男「もちろん構いません」

男はにっこりと笑う。

女「私達、けっこんするのですもの。
その証明人にあのモナーさんが成ってくれるのは名誉だと思ってます」

女はにっこりと微笑む。

( ´∀`)「…では、モナーの名をもって確かに貴方達の永遠の愛の証明者となりましょう」

モナーは笑わない。微笑まない。


男女はどちらも佇まいを直し、互いに正座で向き合うと…指輪をそれぞれ相手の薬指に嵌めた。

サイズもまったく正確な指輪は、男女の指でキラリと光っている。

女「……ああ、嬉しいわ」
男「…綺麗だね」

短くて長い時間、二人は互いの手を眺めていた。
まるで愛し子に別れを告げるように。
やがて笑顔のまま、どちらともなく、指輪を嵌めた手の平同士を重ね合わせると…


瞬く間に真紅の粒子となり、
二人の左手は指先から手首まで
粉々に散っていった………

37 名前:1 :2014/06/02(月) 18:39:47 ID:QOsaFnQo0
モナーはじっとその様子を見つめていた。

二人の笑った泣き顔の下には、2つの指輪が知恵の輪のように絡み合って転がっていた。
二度と外れることのない、1つの指輪となって。


二人の左手は完全に失われた。
失敗ではない、この夫婦はこれから残りの右手同士で助け合い、文字通り手を取り合って生きて行くのだ。
…不便な生活も二人で乗り越える。
…不自由な人生を二人で支えあう。
そして、どちらかが天寿を全うする頃に、指輪は最後の仕事を果たすだろう。



二人のけっこんを見届けたモナーは外に出て、しばらく空を仰いだ。

庭先で咲き乱れる黄色い花が、風に吹かれて種を飛ばしている。

ふわふわと、綿毛のように舞っていった。

38 名前:1 :2014/06/02(月) 18:41:18 ID:QOsaFnQo0
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そのころクーは当初の約束通り、村の入り口でモナーの帰りを待っていた。

今ごろは "結魂" 指輪の儀式も終わっただろうか。
街を出るまでに、この村の場所を地図で確認した時、一緒に読んでしまった。


クーが読んでしまった、模写された依頼主の手紙にはこう記されていた。

39 名前:1 :2014/06/02(月) 18:42:00 ID:QOsaFnQo0

『私達の故郷では、結婚するときに誓いをたてるんです』

『病めるときも、健やかなる時も、お互いを尊重し、助け合う』

『天寿を全うして命尽きるその時には、二人で共に大地に還ることを誓います』

『…私達は二人とも子供を望めない身体なのです』

『次の世代に私達の証が遺せないならば、せめて精一杯生きて、誓いの通り、共に死にたい』

『私達の故郷にある信仰では自害はできません。この身に染み付いている教えは、いまの私達を苦しめてしまうのです』

『お願いします…私達が生きて、そして満足して死ぬために、モナーさんの力を貸してください』

40 名前:1 :2014/06/02(月) 18:42:44 ID:QOsaFnQo0

川 ゚ -゚) 「……300年前に作られた風習と、800年前に現れた概念のせいで」

クーは大きく息をはき、

川 ゚ -゚) 「100年前から伝わる"呪術"を使わなければならないとはな…」

肺の中の空気を大きく入れ替えるべく息を吸い込んだ。


自然と見上げた空には、小さな花が飛んでいる。
しばらく見つめていたが、やがてそれも見えなくなると、村の方角からモナーが姿を見せた。


川 ゚ -゚) 「終わったのか?」

( ´∀`)「うん。 次は遺言を果たすモナよ」

あっさりとしたやり取りだが、二人はこの程度で良い。
そう至る思惑は違えど互いにそう感じていた。



(了)


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