- 1 名前:1 :2014/06/02(月) 03:47:58 ID:QOsaFnQo0
- 矛盾の命 -
(推奨BGM)
- 2 名前:1 :2014/06/02(月) 03:49:24 ID:QOsaFnQo0
- 「ただいまだおー」
低いとも高いともとれないような、しかし喉から力強く発されて遠くまで届きそうな元気な青年の声が木造の小屋内に響く。
割られた丸太をいくつも重ねて造られた無骨な壁と天井は狭く、しかし主の声をたやすく涼しげに受け止める。
ξ゚听)ξ「おかえり」
青年の声を受け止め、返した声は抑揚の少ない、青年とは真逆におそらく目の前に立つ者にしか聞き取れないほどのかすれた音だった。
ブラウンの巻き髪、うすい唇。
少女と呼ぶには時遅く、しかし大人の女性と呼ぶにしては小さな両肩と、あまりに細すぎる首。
( ^ω^)「ただいまだお、ツン。
今日はまとまったお金が入ったから
奮発して街で売ってるフルーツ買ってきたお」
- 5 名前:1 :2014/06/02(月) 03:58:20 ID:QOsaFnQo0
- ξ゚听)ξ「そう…」
この丸太で出来た小屋には、二人だけが住んでいた。
間取りというほどのスペースなどない。
窓すらない。
…正しくは、四方の壁の一部がそれぞれくり貫かれておりそこから外の景色に通じていた。
その四角い枠に合わせて、細く切られた竹の束を紐で縛ったもので簾を作り、雨避けにと垂らしてあるだけの、窓と呼ぶにはあまりに簡素なものだ。
しかしそこから通り抜ける夕風は柔らかく、ときおり簾がふわりとなびく。
部屋のなかには……ツンの横たわる寝床以外に見当たる調度品はない。
まるでその他には用を成す必要がないかのように静かな空間だった。
ξ゚听)ξ「……」
( ^ω^)「食欲はあるかお?」
ツンは小さく、ゆっくり首をふる。
そっか、とブーンは寝床に横たわるツンの脇にかがみ目線を合わせた。
ブーンはシーツごしに、ツンの手の上に自身の手を乗せる。
手のひらにすっぽり収まるほどツンの手は小さく、
そして
鉄のように硬かった。
- 6 名前:1 :2014/06/02(月) 04:01:02 ID:QOsaFnQo0
- ツンは病にかかっている。
過去にこのような症例の病は発見されていない。
発見されるまえに収まるのだ…発症者の速やかな死をもって。
そして死した後、病は何事もなかったかのようにその侵した身体を正常な状態に戻す。
…奪っていった命を除いて。
突然やってくる倦怠感に戸惑いを感じた頃、すでに全身は硬化し、身体機能の全てを停止させる…。
"おそらく本来はそういった症状の類い"なのだろう。
( ^ω^)「気にしなくていいお。
ツンのお腹がすいたり、喉が乾いた頃にすぐに食べられるようにしておくから」
ξ゚听)ξ「…ありがとね…」
( ^ω^)「…ツンはずいぶん痩せたお」
ツンはこの2ヶ月間で、徐々に発症した。
はじめは歩いている時によくつまづくようになった。
気が付くと足の指に力が入らなくなった。
膝がガクガクと震えるようになり、立つのがやっとだった。
松葉杖を持とうとしたら、手の指先に違和感を覚えるようになった。
いつの間にか、手首が曲がらない。曲げられない。
それはまるで自分の身体と同じ形に縁取られた拷問器具を、順番に、ゆっくりと
身体の尖端から姿の見えない何者かに嵌め込まれている…。
ツンは以前、ブーンに対してそう表現した。
- 7 名前:1 :2014/06/02(月) 04:04:20 ID:QOsaFnQo0
- こんな事は二人が今まで生きてきた中で、一度たりとも無かった。
ブーンとツンは、二人で気ままにさまざまな土地を廻りながら、観るもの総てに感動や関心、不満や憤りを抱いてきた。
旅の途中、砂漠地帯ではオアシスが枯れていると言って避難した住民に飲み水をすべて盗まれてしまい、行き倒れた事がある。
海を航る船が転覆し、溺れた事もある。
知らずのうちに戦争に巻き込まれ、逃げおくれた子供ごと鉛玉に胸を撃ち抜かれた事もあった。
しかし二人は生きている。
どんなに重くても怪我は自然に治り、歳を取り身体が老けることもない。
いつの頃からかは記憶にない。
しかし、二人は生き続けてきた。
千年の命をもつ二人は、死なない。
永遠に死ぬことができない。
ツンの人生は、ブーンと共にその永遠を生きる運命にあった……はずだった。
ξ゚听)ξ「……ねえ、次は何処に行きましょうか?」
ブーンから目をそらし、ツンは語る。
- 8 名前:1 :2014/06/02(月) 04:08:35 ID:QOsaFnQo0
- ( ^ω^)「おっおっ、北の岬なんてどうだお?」
風が吹く。
ξ゚听)ξ「ねえ、次の仕事はどんなことするの?」
返事をするわけでもなく、次の質問をする。
( ^ω^)「…んー、前回は郵便屋の仕事柄、どうしても紛争地帯に行かされることもあったお。
だから今回はなるべく町を離れない仕事にするつもりだお」
風が吹く。
ツンの身体は動かない。何一つとして。
髪が風になびかないほど硬化している。
目をそらしていたのではなかった…。
いままさに、ツンは顔を動かすこともできなくなった。
知らない人間がこの場を見れば、まるでブーンが喋るマネキンと会話しているようだと思うだろう。
それが自然なほどに、ツンは動かない。
ξ゚听)ξ「……」
( ^ω^)「……」
ブーンはなにも語りかけない。
頭のなかではさまざまな想いが浮かぶ。
この病気が千年を生きるツンにもたらすのは、即死ではなく、緩やかな死だろうか?
それとも、やはり死は訪れないのかもしれない。
死ねないまま死ぬ……それはどんな事なのか、ブーンには分からない。
ツンもおそらくそれを見越してブーンに多くを語らない。
二人の信頼関係が相手を尊重するあまり、会話は少なくなる。
- 9 名前:1 :2014/06/02(月) 04:13:25 ID:QOsaFnQo0
- ξ゚听)ξ「アタシ、待ってるからね」
いつのまにか俯いていたブーンは、ゆっくりとツンを見上げる。
ξ゚听)ξ「興味あるわね、この身体にこれからどんな事が起きるのか」
( ^ω^)「……もう…限界かお?」
ξ゚听)ξ「…みたいね。 もうずっと痛覚は無くなってたけど…」
そう強がるツンの声は、ほんの数分前と比べてもさらに小さく消えそうだ。
ξ゚听)ξ「…待ってるから」
( ^ω^)「ツン……」
ブーンはツンの手を力強く握りしめる。
言葉が浮かんでこない。
……自分はこんなにも不器用だったか?
握りしめた手になにも感じることができない。
……自分はこんなにも力が弱かったか?
( ;ω;)「あ、ぁぁ…」
ツンの顔をじっと見つめる事しかできなかった。
首から下の感覚を自分でも失っているのがわかる。
「ま っ て る か ら 」
ツンの唇だけ…その小さな唇だけが、まるで怯えているように小刻みに震えていたのを見逃さなかった。
ブーン、貴方がアタシを治す手段を見つけてくれるのを。
- 10 名前:1 :2014/06/02(月) 04:16:00 ID:QOsaFnQo0
- ツンはそう言った後、目を閉じることなく、その動きを止めた。
ブーンはしばらくじっと次の言葉を待った。
しかしそれっきりだ……
ツンはもう、動かない。
(推奨BGMおわり)
風が吹く。
太陽が完全に隠れ、月が夜を照らし、新たな陽が小屋のなかに充満した頃、ブーンの姿はその場からなくなっていた。
あとに残されたのは、ツンと呼ばれた女性が眠る、一つきりのベッドだけだ。
風がやんだ。
(了)
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