- 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:02:38.03 ID:PK9BPK6d0
- (*゚ー゚)『……お元気ですか』
録音を再生すると、彼女の声が聞こえてきた。
慎重に試すような口調。
俺は何も応えない。
(*゚ー゚)『えっと、今日はいい天気でしたよね』
(*゚ー゚)『全国的に晴れていたみたいだし。あ、でも寒かったよね』
(*゚ー゚)『寒いのは苦手だったよね? だからあなたにとっては良くなかったかも』
起伏もなくて、思いついたことをそのまま何とかつないでいるだけ。
当り障りのない話。
俺はやっぱり応えない。
何も話すつもりはない。
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:04:00.60 ID:PK9BPK6d0
- (*゚ー゚)『……またお話、聞いてくださいね』
それを最後に、録音は終了する。
彼女はまた掛けてくるつもりなのか。
呆れてしまう。わかってないはずないだろうに。
彼女は、しぃは
いったいいつまで
過去を引きずり続けるのだろう。
┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:04:57.21 ID:PK9BPK6d0
- (*゚∀゚)「電話に応えてくれない?」
繁華街から少し離れた、木造平屋の喫茶店。
レトロな雰囲気に包まれたテラス席が、姉妹の週末の定位置だった。
(*゚−゚)「うん」
消え入るように応えた後、しぃの表情に翳が差す。
つーはゆるいテンポで頷いて、顎に手を当て眉を顰めた。
(*゚∀゚)「心当たりはあるのかい?」
(*゚−゚)「それは……軽い口喧嘩くらいならあったけど」
(*゚∀゚)「じゃあそれが原因で」
(;゚−゚)「でもでも! ほんとに些細なものだったのに、それくらいで」
(*゚∀゚)「いやいや、わからないよ。その口喧嘩がきっかけで、一気に踏み切ったのかもしれないな」
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:06:13.64 ID:PK9BPK6d0
- (*゚−゚)「踏み切った……って?」
(*゚∀゚)「そりゃもちろん、不倫だよ。ふ・り・ん」
(;゚−゚)「ふっ!?」
大声で一言発した後、何度と無く首を横に降る。
(#゚−゚)「あの人がそんなことするわけないよ!」
(*゚∀゚)「なんでそんなこと言い切れるのさ」
(*゚−゚)「だって、付き合い長いし」
(*゚∀゚)「それは理由になってないね」
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:08:02.29 ID:PK9BPK6d0
- _,
(*゚−゚)「…………」
(;゚∀゚)「あ……ごめんごめん、言い過ぎたね」
(*゚∀゚)「悪かった。ポジティブに考えてみよう。彼氏さんには何事もないとする。
そうだとしても、何度も何度も電話をかけるのは良くないと思うよー」
_,
(*゚−゚)「……ん」
(*゚∀゚)「かけるときは、一回これだけ待つ! って決めて、出なかったらそのときは諦める。
これくらいにしておきな。相手にやましいことないなら、またそのうち掛かって来るでしょ」
_,
(*゚−゚)「じゃあ……10回コール鳴るまで待つ」
(;゚∀゚)「結構長いな」
_,
(*゚−゚)「私はそれくらい待つもん」
しぃは相変わらず顔を顰めている。
呆れたつーは、財布を確かめ、出来る限りのデザートを奢ってあげた。
その日の会合は、いつもよりもかなり長い時間に及ぶこととなった。
┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:10:23.36 ID:PK9BPK6d0
- ζ(゚ー゚*ζ「ねえ、まだなの〜」
「ああ、今行くよ」
立ち上がると、街の景色が目に入った。夕暮れの陽の光のおかげで、全てが赤みを帯びている。
もう少し自然が多ければ感動したかもしれないが、あいにくここは都会で、すでに気の早いネオンライトが照りつつあった。
俺には情緒も懐かしみもない光景だ。
だけど、俺の目は離れずにいた。
ζ(゚ー゚*ζ「ねえ!」
いきなり鋭さを帯びた呼びかけに、俺は思わずビクリとする。
振り返って見れば、彼女が車のウインドウを開けて、上半身を乗り出していた。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:12:28.02 ID:PK9BPK6d0
- 俺を見る目を細めている。憤りを表しているらしい。
何の事はない。強気に出て俺の気を引きたいだけだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「早く街へ行こうよ。日が暮れちゃうよ」
言葉のアクセントと同調して、彼女の腕が扇情的に揺らめいた。
添えられる笑みは粘っこい。
俺は応えこそしなかった。
口を閉じ、すたすた歩いて運転席の扉を開く。
仄かな薫りが鼻腔に触れる。
横の女は笑ったまま。
彼女の名前はデレという。
この街に出会ってから、俺が知り合った女だった。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:16:57.50 ID:PK9BPK6d0
- 日付が変わる頃になって、俺はようやく帰宅した。
無言で電気をつけ、リビングへと歩いていく。
頭の中にはデレが張り付いていた。
適当に遊んで、適当に別れただけ。
どこにも負い目は無いはずなのに、俺の鼓動は太く脈打っている。
上着を脱ごうとする手が止まる。
彼女をここに呼べば良かっただろうか。
彼女と一晩、むちゃくちゃになってしまえば……
舌打ちをして、勢い良く上着を椅子へと放り投げた。
背凭れからずり落ちて、床にぐしゃっと潰れてしまう。
拾う気分にもなれなかった。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:22:14.24 ID:PK9BPK6d0
- 冷めた目で部屋を見回すと、固定電話機の『留守電』ボタンが赤く点灯しているのに気づいた。
まさか、また? 目を釘付けにしながら、恐る恐る電話に近づく。
受話器を耳に押し当てた。
(*゚ー゚)『…………こんにちは。それとも、こんばんはかな』
聞こえてきた声は、予想通り。
(*゚ー゚)『あのね、お姉ちゃんに電話のこと話したの。そしたら、もうやめたらって言われちゃって』
くすっという笑いも収録されている。
あまり元気はないけれど。
後にはやはり、他愛ない話。
当然俺は応えない。
だけれども、消去のボタンを、俺は押さないままでいた。
┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:27:47.62 ID:PK9BPK6d0
- (*゚−゚)「やっぱり出てくれない」
(*゚∀゚)「まだ三日しか経ってないだろ」
(*゚−゚)「でも……」
(#゚∀゚)「ああ、もう! 悩みすぎだっつーの。ちょっと仕事が忙しいだけとかじゃねえの?」
(*゚−゚)「そうかなあ」
(*゚∀゚)「電話しばらくしないでおきなよ。頭冷した方がいいって。
ほら、今日もなんかデザート買ってやるから」
(*゚−゚)「うん……あ」
(*゚ー゚)「じゃあ抹茶アイスね!」
(;゚∀゚)「そこはしっかり頼むのね」
しぃは「えへへ」と頬を緩ませたが、目尻はどこかぎこちない。
つーは溜息をつきながら、決してしぃには逆らわず、せっせと財布を確認していた。
いつものテラス席でのこと。
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- 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:35:03.82 ID:PK9BPK6d0
- 「別れよう」
若干値の張るレストラン。
食事を半分以上済ませたデレに対して、俺はそう切り出した。
目を見開く彼女が喚く前にと、急いで言葉を投げつけていく。
「正直俺はもう遊ぶ気分じゃないんだ。どうにも気が乗らない。
このまま続けていく自信はない。そもそも釣り合わないんだよ。
だからここでさっぱりとして、元の友達に戻ろうと思うんだ」
言いたいことは言ったつもりだ。
若干すっきりした心持ちで、デレの顔を確認する。
思いの外、彼女は動じないでいた。
肯定も否定もせず、その場で俺に目を向けたまま。
デレはひとつ、すっと落ちるような溜息をする。
それから手にしていたフォークを、静かに皿の横に置いた。
ζ(゚ー゚*ζ「……ええ、そう。いいわよ」
軽い調子で、彼女が応える。
俺はほっと緊張を解いた。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:42:26.02 ID:PK9BPK6d0
- 気を良くして、何か気の利いたことを言おうとする。だけど
ζ(゚ー゚*ζ「どうせあなたはいつまでも、うじうじ悩んでばかりだろうし」
そんな言葉を耳にして、俺は口を噤んでしまった。
「悩む?」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、そうよ。だってそうじゃない。
どこで遊んでいても、何をしていても、あなたはいつも寂しそう。
ずっとずっと、忘れられないでいるんでしょう? 私と遊んでなんかいられるかって」
言い返そうとしても、うまく言葉が紡がれない。
どこにも隙のない追求だったから。
ζ(゚ー゚*ζ「私、帰るから。あなたとももう会わないわ。
お金は置いておくけど、お釣りとかいらないからね」
お札を取り出す彼女の流れるような手つきを、俺は呆然と見つめていた。
どう見たって多すぎる金額だ。よほど、俺に何も残したくないのだろう。
一瞥もくれないままに、出口へとデレは歩き去っていく。
ぱっくり開いた彼女の背中を見ても、俺の胸中は、嫌味なほどに、全く静かなままだった。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:48:27.35 ID:PK9BPK6d0
- その日は早めに帰ってきた。
電気はつけたが、上着を脱ぎ捨てるほどの気力はない。
ボタンはなかなか外れてくれないでいた。
唐突に、固定電話の音がなる。
今日はたまたま、いるときにかかってきたらしい。
いつもいつもご苦労なことで。
毒づきながらも、身体は自然と電話へ向かう。
受話器を取る気にはなれない。応えたくなんてない。応える資格なんて無い。
それでも声だけ聞いてみたい。録音されるのを待って。
10回コールの後、留守番電話の音声が流れる。
ピーッと鳴ったらご用件をお話ください。
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- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:54:01.34 ID:PK9BPK6d0
- (*゚−゚)「ダメだった」
(*゚∀゚)「……もう一週間か」
(*゚−゚)「一週間も出ないなんて、ある?」
(*゚∀゚)「うーん」
(*゚−゚)「……」
(* − )
(;゚∀゚)「まあまあ、またアイス買ってやるから」
(* − )「……ありがとう」
プルルル
(*゚−゚)そ
(*゚∀゚)「ん、電話?」
(;゚ー゚)「え!? ほんとに?」
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 21:58:34.96 ID:PK9BPK6d0
- 慌てながらも、しぃは携帯の画面を見る。
見覚えのある数字の羅列。
(;゚ー゚)「あ、あの人の家のだ」
(*゚∀゚)「早く出ろよ!」
(;゚ー゚)「う、うん!」
動揺を無理やり押し込めて
しぃは通話ボタンを押した。
(*゚ー゚)「もしもし……」
相手の言葉は、すぐに返ってきた。
とても手短で、簡潔な言葉遣い。
(*゚ー゚)「え?」
それでも聞き返してしまったのは、その内容が
すぐには受け入れられないものだったから。
┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 22:02:35.71 ID:PK9BPK6d0
- (*゚ー゚)『今までごめんなさい。
電話をかけ続けてしまって……ごめんなさい』
ようやく聞こえてきた彼女は、しきりに謝る言葉を並べ立てていた。
だけど、重々しくも、暗くもない。
むしろどこか軽快さも感じる。
彼女は笑っているのだろう。「くすっ」という声がする。
とても、彼女が発したとは思えない、空っぽな笑い声。
(*゚ー゚)『冷静になれば、もっと早くにわかることはできたのに。
あの人が電話に応えられるはずがない』
(* ー )『だってあの人はもう、一ヶ月も前に――』
(* ー )『死んでしまったのだから』
ニュースを読み上げるように、無機質な口調となって、
彼女の口から淡々と事実が述べられていった。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 22:09:16.34 ID:PK9BPK6d0
- (* ー )『一週間の旅行の帰りに、あの街の坂道で交通事故にあって、あの人は死んでしまった。
携帯電話を家に忘れたままにしていたなんて、本当におっちょこちょいな人。
そんな、どこか抜けている人だから、ちゃんとお葬式まで終わっても死んでいる気がしなくて』
(* ー )『ほんの思いつきで、電話を掛けてみたの。そしたらちゃんと繋がるからびっくりしちゃった。
電話なんてとっくに止められていると思ったのに、留守番電話まで録音できた。私、すっごく嬉しかったの。
あの人と繋がりが、ちゃんと残っている……そんな気がしたの』
(* ー )『でも、よく考えたら当たり前よね。あの人確かルームシェアしていたもの。
もし相方さんがまだ暮らしているなら、そのお家に届くだけ。そんなことにも気づかないなんて』
(* ー )『名前も知らないけど、その相方さんはこの録音聞いているのかな?
……知らないか。こんな気持ち悪いもの、とっておかないよね。むしろ怖がらせちゃったかも。ごめんなさい』
(* ー )『この電話はこれで最後にします。あの人は死んでいるって、いい加減はっきりさせないといけないから』
(* ー )『でね……』
電話の向こうから、突然けたたましい音が響いてきた。
カンカン、カンカン――
それに乗じて、彼女の哄笑が続く。さっきよりも力強く、もはやまともな人とも思えない声。
(* ー )『私も早く、あの人の元へいきますから』
静かに、彼女は言葉を終える。録音終了の合図がひとつ。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 22:11:45.29 ID:PK9BPK6d0
- 一拍置いてから、冷や汗の吹き出す感覚があった。
急いで電話へ駆け寄っていく。
彼女はどこにいるんだ。
あの音はなんだ、どこかの踏切だろうか。
あの人の元へいく――
きっと、俺と一緒に暮らしていたあいつのことだ。
受話器を勢い良く耳に押し当て、すがるような思いでリダイアルボタンを押した。
コールが始まる。
俺はどうして彼女の電話に出てあげなかった?
彼女の留守電を聞いていたのに。
コールは続く。
1回目、2回目――
気持ち悪かったからか?
過去にいつまでも縋る彼女を、蔑む気持ちでいたからか?
いや、違う。
3回目、4回目――
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 22:13:15.71 ID:PK9BPK6d0
- 俺はどういう思いであの電話を聞いていた?
毎回毎回、当たり障りなくしぃの話が過ぎ去っていって
『また電話する』という声とともに、電話が途切れるその瞬間
俺はホッとしていたんじゃないか?
ああ、良かった。
今回もやっぱりお咎めない。
ただ、しぃがそのことを知らないだけなのに
あの旅行のあとで、自分が起こした交通事故のことを、
許された気分になっていたんじゃないか?
5回目、6回目――
受話器を持つ手が震え始める。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 22:14:24.05 ID:PK9BPK6d0
- 許されてなんかない。
わかりきったことじゃないか。
7回目――
そのことを、デレにもしっかり気づかれただろう。
俺だって、忘れてなんかいないってことを。
目を背けたがっているだけだってことを。
そのくせ決して、忘れられずにいることを。
8回目、9回目――
もし今を逃したら、俺は一生悔やんだまま。
暗い想像が湧き上がる。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2014/02/06(木) 22:17:33.46 ID:PK9BPK6d0
- いつしか瞼は閉じられて、視界は何も見えなくなって、残響だけが脳を満たす。
間に合え、間に合え。間に合ってくれ。
俺の呼びかけは止まらない。
震えの止まらないままの、冷たい受話器の向こう側
10回目のコールが鳴り終わった。
〜おわり〜
- 35 名前: ◆MgfCBKfMmo :2014/02/06(木) 22:18:59.13 ID:PK9BPK6d0
- 投下終了です。
それでは。
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