352 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 21:52:54 ID:9rpPWa1Q0

爪'ー`)

俺がその子を見つけたのは深夜二時頃散歩をしていたときのことだった。
深夜の真っ暗闇にぼんやり佇むその小さな体躯と、対照的に大きな男たちに囲まれた光景が目を引いたのだ。
男たちはげらげらと下品な笑い声を上げながら明らかに傷害目的で腕を振り上げた。手には銀色の刃が光っている。

それを見た瞬間俺の頭には浦島太郎、という文字が浮かんだ。冒頭の亀を虐めるシーンのそれにそっくりだ。
ともなれば俺がすべきことはただひとつで、後ろから走って男の頭を殴り飛ばした。

しかし俺はそれほどケンカが強くない。 未成年飲酒だの喫煙だのしているのは悪ぶっているだけで、むしろ悪ぶっているゆえに健康体とは言えなかったし、
ヤンキーとかになりたいというよりは人と違うことがしたいという厨ニ心でもってタブーを犯しているのだった。
俺が反撃を食らうのは最早必然である。俺は初撃以上の攻撃を与えられないまま撃沈した。

ある程度いたぶって満足したのか、男たちは少女を放ってどこかへ去っていく。
そうだ、別にケンカがしたかったわけじゃない。俺はただこのあわれな亀…いや、少女を救いたかっただけだ。

おにいさん、と彼女は呟いた。
俺はじくじく疼く耳をすませて、青アザだらけの体を捩る。感謝の言葉を聞くために。

⌒*リ´・-・リ「…よけいなことを」

しかし、少女が言ったのはそんな一言で、俺はただ脱力するほか無かったのだった。

353 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 21:54:15 ID:9rpPWa1Q0


爪'ー`)竜宮城には行けないようです⌒*リ´・-・リ


.

354 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 21:57:13 ID:9rpPWa1Q0

よけいなことを。余計なことを。

俺の頭でその言葉が回る。

女の子助けてボロボロになって、それか。本当に哀れなのはどっちだ。俺だ。
別に俺には無視するという選択もできた。わざわざ関わったのは俺だ。
だから感謝を求めるのはそもそも間違っているのかもしれない。

だけどせめて頭を下げるくらいはしてほしかった。
本当は「余計なことを」って思ってても、その場は頭を下げるくらいは。
ヘイガール、建前って知ってるかい。

何せ俺は何をするにも「未成年」とかいう冠詞がついてしまうガキだから尚更そう思ってしまうよ。
「余計なことを」とか言われてワッハッハそりゃ済まなかったなぁなんて済ませるぐらい大人じゃないんだぜ。

だんだん俺から妙な怨念が流れ始めたのに気がついているのかいないのか、少女が無表情で聞いてもないことを語り始めた。

⌒*リ´・-・リ「わたしから、たのんだの」

爪'ー`)「……あ?」

⌒*リ´・-・リ「わたしが、ころしてって たのんだの」

355 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:00:15 ID:9rpPWa1Q0
少女の顔が街灯で照らされる。
思ったよりだいぶ幼い。それに、喋っている言葉がぜんぶ平仮名みたいに聞こえる。
小学生くらいかもしれない。

爪'ー`)「そりゃ…また。なんだって、そんな」

言う間に俺はニ、三回むせた。反動で勢いよく体が動いてしまい、アスファルトが傷口にしみる。痛い。

少女は街灯を見上げて眩しそうに目を細める。
街灯の近くには蛾がぶらぶら飛んでいる。少女はその動きを少し目で追って、すぐやめる。
彼女の視界に月は入っていないようだった。

⌒*リ´・-・リ「だって しにたいもの、わたし」

見上げたまま、なんてことない顔で彼女は言う。
俺はその言葉に多少なりとも衝撃を受けた。
幼い声で生死について語るそのちぐはぐさに。死にたいというその言葉の威力に。

傷口か痛む。体がきしむ。
しかし俺は体を無理矢理にでも起こした。そして彼女をさっきより高い位置で見る。

356 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:04:57 ID:9rpPWa1Q0
俺はガキだ。

タバコを吸っても酒を飲んでも万引きしても悪いやつらとつるんでもガキだ。
でもこいつはもっとガキだ。毎日ままごとでもしてるのが似合うようなガキだ。


そんなガキが死にたいだのと大人ぶって言うのがたまらなく不可解だった。
同時に不愉快でもあった。
助けたものが掌から自分でつるんと落ちていくような感覚だ。

爪'ー`)「死にたい、ああそう、死にたいのかよ。ならなんで他人の手なんて患わせるんだ、え?
    死ねよ、勝手に。知ったことかよ。手首ざっくり落とすなり、首に紐つけてぶら下がるなりしてろよ。
    俺はそういう軽口は嫌いなんだ、わかったかガキ、大人ぶるのはもうちょいあとにしておけよ」

勢いよく喋ったせいで口元の切り傷が余計に開く。
ぷっくりと血液が唇の上にたまり、じわりと下に落ちていった。
ちりりとした痛みが走る。不快だ。

少女はというと目線はこちらに向いているが、まばたきを繰り返すばかりでなんの反応も見受けられなかった。
ここで怒ってくれたなら、俺だってもう少し心穏やかにいられるはずなのに。

357 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:07:43 ID:9rpPWa1Q0

⌒*リ´・-・リ「じぶんでは しねないもの」

爪'ー`)「……?」

⌒*リ´・-・リ「どれだけ もとめても、あっちが さけてくる」

爪'ー`)「どういう意味だ」

⌒*リ´・-・リ「わたしね──」



わたしね、しにたくなっちゃったの。
いきていちゃ だめだとおもったの。
なんだか とつぜん、そうおもったの。

だからね、しのうとした。

さいしょは、ビルのてっぺんから まっさかさま。
でもね、だめだった。
わたしが おちたときだけ、どうろが やわらかくなったの。
ふわふわして、アスファルトなんて
かけらもなくて。

358 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:10:02 ID:9rpPWa1Q0

つぎは、くびつり。

でもね、これも だめだった。
つろうとしたら、なわが クッキーみたいに ポロポロくずれたの。
もちろん、ちゃんとしたモノだった はずなのに。

さんどめには、おくすり。

いっぱいのめば……しねるってきいて。
でもおかしいの。
のもうとすると、ぜんぶ コンペイトウにかわっちゃう。
ただあまいだけの、おかしに なっちゃう。


そのつぎは、そのつぎは、そのつぎは──


ぜんぶ、ぜんぶだめ。

でもしにたくて、それだけは おおきくなっていって。

359 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:13:28 ID:9rpPWa1Q0

すがるように たのんだの。

「ころしてください」って。 ほかのひとが ころしてくれるなら、しねるかなって。

ためらってたけど、ちょっとイヤミいったら すぐノッてくれたよ。
でもね、これもやっぱり だめだったんだ。
おにいさんが いたからね。



爪'ー`)「つまり死がお前を避けるのか」

⌒*リ´・-・リ「そう」

爪'ー`)「難儀だな」

⌒*リ´・-・リ「なんぎ?」

360 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:17:48 ID:9rpPWa1Q0

爪'ー`)「そうだな、メンドクセーなって意味だよ」

⌒*リ´・-・リ「うん。めんどくせえ」

少女はそこでやっと少し笑った。
今までで一番子供らしい顔だった。

⌒*リ´・-・リ「ねえ、おにいさん。ついてきてよ」

爪'ー`)「は?」

⌒*リ´・-・リ「もうためしてないの、ピストルくらいなの。でもわたしじゃ ピストルのとこまでいけない」

爪'ー`)「拳銃か。このご時世のこの日本で、ずいぶんとまあ。俺なら行けるのかよ?」

⌒*リ´・-・リ「いけるきがする」

何つぅ曖昧な言葉だよ。
そんな言葉を返して踵を返す選択肢もあったわけだが、俺はいつの間にか頷いていた。

361 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:21:09 ID:9rpPWa1Q0

浦島太郎もこんな気分だったのだろうか。怪しいと思わずいつの間にか頷いていたのだろうか。
俺は体をぎこちなく動かしながらその考えを追いやった。

俺がいくのは竜宮城じゃなくて、小学生自殺用拳銃だからだ。根本的に違う。

それに俺は──まだこいつを救いたいとか思っている。
そりゃそうだろう?目の前に死にたがってるガキがいるんだ。
見ず知らずでも何かしてやりたくなるのが人情だろう?

爪'ー`)「お前、名前は」

⌒*リ´・-・リ「リリ」

爪'ー`)「そうか、俺はフォックスだ」

⌒*リ´・-・リ「フォックスって よんでいい?」

爪'ー`)「じゃあ俺もリリって呼ぶぞ」

⌒*リ´・-・リ「いーよ」

深夜2時、ボロボロの男と小学生ぐらいの少女。
捕まっても文句の言えない絵面で、俺たちは歩き出した。

362 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:24:38 ID:9rpPWa1Q0

リリがやっと歩みを止めたのは海岸沿いの道だった。


それから首を左右に降るようにして海岸を眺める。何か探しているようだ。
もう三分も海岸を眺めている。長い。

まさかほんとに竜宮城につれていってくれるんじゃあるまいな、なんて馬鹿げたことを思いながら俺はタバコの箱を出した。

爪'ー`)「まだかかるんなら吸ってもいいか」

リリがちらりと俺を見上げ、そのまま俺の手元の箱に目線を動かした。
そして相変わらずの無表情で言う。

⌒*リ´・-・リ「おいしいの?それ」

爪'ー`)「お前には10年早い」

⌒*リ´・-・リ「べつに ほしくていったんじゃない。すっちゃいけないもの すって、おいしいのかって きいたの」

爪'ー`)「ああ、美味いぜ」

俺は指を一本顔の横に立てて気取ったように返した。

爪'ー`)「何かやりとげたあとのタバコはとくに格別だよ」

363 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:28:17 ID:9rpPWa1Q0

にんまり笑えば、リリは呆れたように「まだなにもしてないじゃん」と言う。
わかってないな、さっきお前を助けたじゃないか。

たとえ余計なことだったとしても俺は自分に甘いものだから、何か少しでもやり遂げたらすぐご褒美をあげたくなるのだ。

⌒*リ´・-・リ「フォックス、もういくよ」

爪'ー`)y‐「あ、そう」

タバコに火をつけようとしたところでリリが歩き出した。
歩きタバコはあまり好きではない。仕方なくタバコを箱に戻し、そのあとに続く。


波は行ったり来たりを繰り返しながらざわついていた。
いわゆる海水浴場になれるほどきれいな砂浜ではない。
所々にワカメが干からびて落ちていたり、ペットボトルが漂着したりしている。

リリが道からその砂浜へ降りていく。そしてそのまま、ざぶざぶと海へ入っていった。

364 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:32:00 ID:9rpPWa1Q0

爪'ー`)「おいおい、まさか海の中にあるっていうんじゃないだろうな」

⌒*リ´・-・リ「にっぽんにはピストルがないもの。うみのむこうへ いかなくちゃ。とうぜんでしょう」

爪'ー`)「そういうのは福岡県にでも言ってから言うんだな。日本にもピストルはあるぜ。
     だいたい、海の向こうって、海外かい。泳いでたらどんだけかかるんだよ」

⌒*リ´・-・リ「むこうまでいかなくても…ひょっとしたら、うみの そこになら、ガイジンさんがすてた ピストルが あるかもしれない」

爪'ー`)「いや、だから──」

リリはざぶざぶざぶ、とさらに深く海へ入っていく。
俺は濡れるのはごめんだぜ。
そう言えばリリは気泡混じりの声で大丈夫、と言った。

ついに彼女の頭がすべて浸かった、そのときにぱっかりと海が割れた。

ほんとうに、ぱっかりと。
リリの体躯より少し大きな幅くらいにぱっかりと。長く長く、地平線のむこうまで。

一瞬唖然としてから、ああそうか、と思い当たった。
海が溺死を避けたのだ。物理法則なんてクソくらえである。

365 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:36:05 ID:9rpPWa1Q0

歩いて割れた道の手前まできて立ち止まる。
魚は一匹も落ちていなかった。側面でふわふわと泳いでいる。

爪'ー`)「まるでモーセだな」

⌒*リ´・-・リ「きいたことある。こんなふうに、うみを2つにわけたひとでしょ」

爪'ー`)「じゃあお前は神から十戒でも聞いたのか?」

⌒*リ´・-・リ「わたし、かみさまはしんじてないの」

爪'ー`)「だろうな。『汝、殺すなかれ』とか言ってるもんな」

お前は汝で汝を殺すためにこの道を開いたんだもんな。
生きるために文字通り道を切り開いたモーセとは全然違うよな。

爪'ー`)「しかしよかったぜ、お前が神を信じてなくて」

割れた道の中へ入っていく。変な感じだった。
感覚としては、水族館の水中トンネルを歩いているときに近い。

爪'ー`)「俺も神なんて信じちゃいないからな」

リリを見下ろす。当然びしょ濡れで、全身から潮の臭いがした。
ぼたぼた大粒の水滴が、足元に小さな海をつくるほどだった。

366 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:39:06 ID:9rpPWa1Q0

服はぴったりはりついて、足の形が浮き出ている。肌の色が透けている。
ロリコンが見たら今すぐ押し倒しそうな興奮シチュエーションかもしれないが、あいにく俺は年上派だ。

リリは抑揚の無い声で、そう、と返すと素っ気なく前を歩き出した。

後にはただ水溜まりだけが残った。




前へ前へ、リリは早足ぎみに歩いている。
側面から魚が飛び出すことはなかった。見えない壁があるように、近くまで来ても引き返していく。

次第次第に海面は遠くなっていった。俺が跳び上がってももう届かないほどに。
ごつごつした岩場に躓きそうだ。

彼女はずっと無言で歩き続けている。
その淀みない足並みにどうにも不安を煽られるのだ。

爪'ー`)「しかしよ、リリ」

俺は焦るようにリリに声をかける。
リリはぴたりと立ち止まり、しかし体は振り返らずに首と目だけをいっぱいにこちらへ向けた。

367 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:41:32 ID:9rpPWa1Q0

爪'ー`)「しかし、海は広いんだぜ。こんな風に割ったって、この隙間は全体の1%にも満たないんだ。
    しかも広いだけじゃなくて深いときた。
    お前は海の底とかなんとか言ったが、このままじゃ夜が明けちま…」

⌒*リ´・-・リ「だまって」

小さな声がぴしゃりと遮った。
目がぎょろりと俺の目を見る。


死人のようだった。死人のような目。


ああ、こりゃだめだ。
どうしてそんなに死に急ぐんだ。

俺はあくまで、彼女にとっては都合のよい同伴者なのだ。
俺はもう何も言えなくなってしまい、また踵を返して歩く彼女についていくしかなかった。

369 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:46:35 ID:9rpPWa1Q0

俺は死にたいと思ったことがない。


ただバカ騒ぎしたり格好つけてその場限りを楽しく楽しく生きている。
今夜だってそうだ。深夜徘徊という響きの世間に逆行する感じが心地よかった。

しかし俺は中途半端だ。

そうやって格好つけても結局腐りきれず、かといって今さら真人間に戻るのも難しく、
大人っぽいことをしても子供で、かといって子供に戻りきるのも難しく、
そうやってなんだかんだどうにもこうにも曖昧なまま宙ぶらりんで今を生きている。

曖昧な俺は死にたいと思ったことはない。けれど生きたいと思ったことも、また、ないのだ。


だからこうして死に向かう彼女を見ていると一種の羨望すら湧いてくる。
だがそれはつかの間で、すぐに悲哀で溢れてくる。
決断するというのはこんなに悲しいものなのか。じゃあ俺は、俺は。


海のどん底へ歩きつつ、俺は彼女を止めることもできないまま頭を抱えそうになっている。


.

372 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:52:20 ID:9rpPWa1Q0

⌒*リ´・-・リ「あれ」

もう海底何マイルまできたのだろう?
海面が見えなくなりそうになってきた頃、唐突に彼女が歩みを止めた。

爪'ー`)「どうした」

⌒*リ´・-・リ「テレビがある」

そう言われてひょいと目線を向ければ、数メートル先にテレビがあった。
近づけばかなりレトロな品物だった。
ダイヤル式でセピアがかった、今では中々お目にかかれない製品だ。

誰かが捨てたのだろうか。
こんな、海岸からかなり離れた場所にか。中々アグレッシブだ。

⌒*リ´・-・リ「うごくかな」

爪'ー`)「海水に浸かってたんならまあ、難しいだろうな。普通耐水性じゃねぇし」

⌒*リ´・-・リ「でも、サビたりしてないよ」

言われてみればテレビはまったくの新品同様だった。こんなレトロなものなのに、光沢すらあるように感じられる。
どちらにしろ電気がないから無理だろうがね、と言う間もなくリリはテレビに手を伸ばした。

373 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:54:32 ID:9rpPWa1Q0

すると、ぷつん、という音と共にテレビがひとりでについた。うわ、と情けない声が出てしまう。
周りをキョロキョロ見回したが当然電源タップなど見つかるはずもない。

画面に映っているのは──

爪'ー`)「…俺たちだ」

俺たちを俯瞰するように映した映像だった。右上には「1」の文字。1chってことだろうか。
空を仰ぐが何もない。側面では鰯の群れが引き返しているだけだ。


リリは全く動揺せず、ダイヤルに指をかける。
おい、と声をかけるものの止まるはずもなくダイヤルは回された。
右上に「2」が表示される。

よくこんなオカルトじみたもん触れるな、と思ってから、そもそも海を割っていることを思い返す。
とにかく物理法則なんてくそくらえなのだ。俺は考えるのをやめた。

リリは画面を食いつくように見ている。
お陰で何が表示されているのか見えない。
おいおい、よいこのお友だちは部屋を明るくして画面から離れて見なきゃ駄目だろう。
上から覗き込むように画面を見る。

そこに映っていたのは、黒光りする拳銃だった。

374 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 22:58:26 ID:9rpPWa1Q0

本物だろうか。

あいにく今まで玩具のピストルしか見てこなかった俺にはわからない。
しかしリリがこれほど夢中になるなら本物なのかもしれない。

リリは陶酔したような顔をしていた。今までで一番嬉しそうな顔だ。
渇いた髪がパサパサしていて、服にも白い潮がついていて、拳銃を見て、陶酔したような表情で、
俺はなんとなく、ヒビの入った華奢なグラスを見ているような気分になった。

触れたら高い音をからから愉快にたてながら崩れていく。
本来の役目を放り出して、後には光るガラスだけが残るのだ。



リリが画面にゆっくり手を伸ばす。
指先が銃口に触れた、その瞬間。


地鳴りのような音がして、俺たちは海に飲み込まれた。

375 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 23:01:03 ID:9rpPWa1Q0

一瞬何が起こったのか解らなかった。

とっさに息をつめる。目が反射的に瞑る。ぐいぐいと波の勢いで体が押され流れていく。

そうして理解した。あのモーセのごとく割れていた道が消えたのだ。

爪; ー )

リリ。

爪;'ー`)

ハッとして俺は目を見開く。
リリは。リリはどこだ。

不思議なことに視界は濁っていなかった。
水中眼鏡をしているようにクリアな青が前に広がる。
泳ぎ回る鰯の群れ、亀の行列、名前も知らない魚たち、そして。

⌒*リ´; - リ

少し離れたところに、あの小さな体が見えた。
テレビの2chからどろどろと油のように、海の青より一段深い青い塊が出てきて、それがリリを引っ張っている。
リリは無抵抗にされるがままだ。

377 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 23:04:46 ID:9rpPWa1Q0

そうこうしているうちにも俺の体はどんどん引き離されていた。
ただの海流なのか、引き離そうとされているのか。


どっちだっていい。俺は。俺はただ。


もがいてもがいて、俺は前に進む。


ああ俺は、俺はどうしてこんなに必死になっているのだろう。
息が苦しい。死ぬかもしれない。
そこまでするほどの関係だろうか。

でも俺は、俺はただ、こいつを救ってやりたいのだ。

自己犠牲?偽善?同情?

違うね。俺はやっぱり格好つけたいガキなんだよ。
たまには悪ぶるんじゃなくて、ヒーローぶったっていいだろう?


それに俺は、俺とお前は───


.

378 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 23:08:31 ID:9rpPWa1Q0

もがいてもがいてもがきまくって、なんとかたどり着いた。

リリの手には2chで表示されていた拳銃が握られて、こめかみに当てられていた。
腕には深い青が絡み付いている。
きっとこいつが操って持たせたのだ。

一体こいつは何なんだ。酸欠の頭ではとても解りそうにない。


けれど明確にわかったことがある。リリを殺そうとしているということだ。


俺はそれを必死に叩き落とし、リリを抱き締める。

リリを見れば、困ったように眉尻を下げていた。目の奥には確かに揺らぎがあって、俺はやっと安心する。

次の瞬間、俺の頬にがつんと衝撃が走った。
何事かと見れば、深い青の塊が俺とリリを引き離そうと攻撃しているようだった。
俺の両腕はリリに塞がれているし、足も海の中ではむなしく鈍く動くのみだ。

せめてリリを離さないように、傷つけないように必死で庇う。
口の中が切れて、血の味が広がった。

379 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 23:11:11 ID:9rpPWa1Q0

ただでさえボロボロの俺の体が更にボロボロになっていく。
傷口が広がって鋭い痛みが全身に走って顔が苦痛に歪んだ。
まったくみっともないヒーローだ。

しかし勝算がないわけでもない。

幸いなことに俺を引き離そうとしていたあの海流か何かの力は未だ働いていたのだ。
今俺の腕の中にはリリがいる。

俺たちはいっしょくたに波に押されて、深い青色から離れていく。
青色の塊はレトロテレビからは離れられないらしく、どんどん引き離される俺たちの距離にはついていけないようだった。




深い深い海底から、光の差す海底が見え、ゆるゆる泳ぐ魚がどんどん小降りになる。
溺れそうになりながらもぐんぐん上昇していく。

ごぼごぼ、口から血の混じった気泡が漏れて、周りにじわじわ広がっていった。

.

380 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 23:15:03 ID:9rpPWa1Q0

元いた砂浜へ流れ着いて、俺たちは同時に海上に顔を出して勢いよくむせた。
口から海水が出てきて気色悪い。


全身に文字通り塩を塗られた状態で、身体中が痛んだ。
こんな状態で砂浜に転がってたら更に痛むだろう。
俺は何とか立ち上がると、リリの方を見た。

リリはしばらくえづいていたが、俺が背中を擦っているとそのうち落ち着いたようだった。

⌒*リ´ - リ「ケホッ、ふぉ、っくす、わたし」

爪'−`)「なんだよ」

リリは、しかし、この期に及んでまで小さく絞り出すようにまた言うのだ。

⌒*リ´ -・リ「また、しねなかったの?」

ああ、いじらしいほどに頑なだ。
もうそんなものが通用するわけがないのに。

俺に湧いてきたのは怒りではなく確信だった。
説教するような気分で口を開く。説教なんてできる身分ではないけれど。

爪'−`)「バカ野郎。お前、最初から死ぬ気なんてなかったろう」

⌒*リ´・-・リ「……」

381 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 23:17:17 ID:9rpPWa1Q0

爪'−`)「じゃなきゃ俺なんかを連れていくはずがない。
    だって俺のせいで一回死に損ねてるんだ。
    ぶっちゃけ、俺がいなくてもあそこまで行けたんだろう?」

⌒*リ´・-・リ「……」

爪'−`)「お前はつまり、怖かっただけだ。自分の中の自殺衝動を誰かに止めてほしかった、それだけだろうよ」

⌒*リ´・-・リ「わたしは」

リリは俯いたままか細い声で反論した。

⌒*リ´ - リ「わたしは、しにたいもの…」

382 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 23:18:55 ID:9rpPWa1Q0

その言葉は震えていて、砂浜に体から滴った海水ではない水が落ちていくのが見える。
何かに急かされているような、言わずにいられないような、そんな言葉だった。

罪悪感は少し湧いたが、しかし、最初ほどの不快感はなかった。

爪'ー`)「死にたいわけあるか。俺とお前はは一緒だ。だからわかる」

⌒*リ´ - リ「…わたし、」


爪'ー`)「結局お前も中途半端なんだ。俺もお前も、中途半端なんだ。
    死にたいといいつつ生にしがみついて、ガキと言いつつ大人にしがみついて、
    特別なものに憧れながら普通になりたくて、格好つけながら無様な姿を晒すんだ。
    だから俺はお前を救ったんだよ。お前を救わなきゃ俺だって救われないんだ。
    俺とお前は一緒だよ。なあ、」


俺はもう一度リリを抱き締めた。
こんどは先程とは違い、優しく抱き締める。
血がリリの服に滲んでしまうかもしれないが、構わず抱いた。

リリは肩を震わせていた。
俺は目をそらして、朝陽が顔を出し始めた海面を見る。

383 名前:名も無きAAのようです :2015/07/04(土) 23:22:30 ID:9rpPWa1Q0

爪'ー`)「死ぬほど無様にも生きてやろうぜ、リリ。
    人間、死ななきゃいけないときは死ぬものらしいぜ。なあ。
    きっと今までお前が死ななかったのは、まだ死ぬときじゃないから、そうは思わないか?
    だから、死ぬまでぐらいは、生きてやろうぜ」


まばらに光る水面と、響く嗚咽。
ああほら夜が明けちまったよ。

とんでもない夜がやっと──明けちまったよ。

俺の手元には何もない。玉手箱もない。
ただ一人の少女の後頭部しかない。

けれど──後で、煙草を吸おう。
今ある煙草はぜんぶしけてしまったから、家のベランダで煙草を思う存分吹かそう。
やり遂げた後の煙草は格別うまいのだ。たとえ、こんなボロボロの体でも。

静かに揺れる、割れそうもない水面を見ながら俺はそう決意するのだった。


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