463 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:13:40 ID:fIZnY.bU0


        Place: 草咲市 幸寿町 辺丹州 字 戸六 35-7 穏やかな音楽の流れる喫茶店
    ○
        Cast: 流石兄者 素直クール わかばを吸う女

   ──────────────────────────────────――――――

464 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:18:49 ID:fIZnY.bU0

 その女は、既に席に座り煙草を燻らせていた。
 窓際の角の席。
 入口に背を向けるその姿は若い女のようにも、老いた老女にも見える。

「あれだ」

 そう一言だけ呟き、クールは席に向かう。
 ハイヒールの鳴らす硬質な音が、静かな喫茶店の中に響いた。
 先ほどまでテーブルを拭いていた店員の女がいそいそと駆け寄ってきたが、
 一瞥もしなかったクールの態度にやや戸惑っている。

「二人。あちらと待ち合わせで」

「あ、はい、いらっしゃいませ」

 俺に頭を下げ店員はいそいそとカウンターへ戻る。
 カップを拭いていた店長らしき老人と目が合ったが、逸らされた。
 服装で俺たちが杭持ちだと見抜いたのだろう。
 客に対するには、少し鋭さの過ぎる警戒心が見て取れた。

「流石くん、早くきたまえ」

「はい」

 先に女の向かいに腰を下ろしたクールに呼ばれ、俺もテーブルへ。
 数秒悩んで、クールの隣に間を空けて腰掛けた。

465 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:21:34 ID:fIZnY.bU0

「良い雰囲気の店ですね」

「でしょう。気に入ってるの、暴れたりしないでね」

 俺の述べた社交辞令に、同じく社交辞令然とした返事をする女。
 初めて正面から顔を見た。
 世間一般で言えば、美人な部類か。
 気だるげな表情がむしろ艶となっている。

「紹介しよう。部下の流石くんだ」

「流石兄者です、初めまして」

 クールが相変わらず無感情な声で俺を紹介しる。
 最近やっとこの、「これはペンだ」と言うのと同じトーンで名を伝えられることに慣れた。
 初めの頃は紹介されていると気付けず、反応が遅れてしまったものだ。

「初めまして。私は、そうね」

 女は少し悩み、テーブルに置いてあった煙草の箱を手に取った。
 薄い緑の地にシンプルなロゴとデザインが描かれている。
 喫煙者でないため詳しくは無いのだが、ひらがなで名前が書かれた煙草は初めて見る。

「仮に、『わかば』とでもしときましょうか」

「偽名ですか」

「そうね。だけれど気を悪くしないで。普段使っている名前ですら、私の本来の名前じゃないから」

466 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:22:35 ID:fIZnY.bU0

 互いの紹介を終え、落ち着いたところに丁度店員が現れる。
 俺とクールの前に水とおしぼりを置き、伝票にペンを構えて注文を取る姿勢になった。
 特に何かを頼むつもりでも無かったため、目でクールを窺う。

「経費は落ちる。良識の範囲で好きなものを頼みたまえ」

「じゃあ、俺はブレンドを」

「私もブレンドおかわり。それとガトーショコラ一つ」

「私はアイスラテを。と、ショートケーキを二つ」

「俺は要りませんよ」

「何を言っている。二つとも私が食べるに決まっているだろう」

 苦笑する店員を戻らせ、わかばの女は咥えていた煙草を灰皿に押し付ける。
 吸殻はこれを含めて三本。
 珈琲も二杯目であるし、少々待たせてしまったようだ。
 遅れてきたわけでは無いのだが、はるかに早く彼女はここに着ていたのだろう。

「それで、話しってのは何」

「率直に言おう。君の力を借りたい案件がある」

 予測できていたのだろうか。
 わかばの女はため息を吐き、器に残ってた珈琲を飲みほした。

467 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:23:52 ID:fIZnY.bU0

「私が出張んなきゃいけないような緊急事態なわけ」

「そうだ。でなければ連絡などしない」

 いかにも乗り気でないという風に、わかばの女は唇を尖らせる。

「いいわあ、一応話くらいは聞きましょう」

「そう言ってもらえると重畳だ」

「でも、期待はしないでよ。私は、今の生活ぶっ壊してまで協力するような義理は無いから」

「ああ、分かっている」

 二人の女の会話を、水で喉を潤しながら聞く。
 優位性を持っているのは、わかばの方で間違いないだろう。
 こちらは依頼する側なのだから当然と言えばそうだが、それだけでない何かが感じ取れた。 

 「わかば」がどういった存在で、クールや十字協会とどういった関係があるのか、俺は一切教えられていない。
 一応尋ねてはみたのだが、「今は顔だけ覚えておけ」という返答しか得られなかった。
 協力を仰ぐといった時点で無認可の吸血鬼狩り屋の類かと予想していたのだが、どうにも空気が違う。

468 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:25:03 ID:fIZnY.bU0

「流石くん、細かい話は君に任せる」

「わかりました」

「あなた、良くこれの部下なんてやってられるわね」

「異動の願いは散々出しているのですが、認められなくて困っています」

「ふうん。なんだか嫌にタフそうな相棒で良かったわね、クーちゃん」

「タフ過ぎて困っているところだ。あと部下の前でクーちゃんはやめろ」

「いいじゃない。私にとってはいつでもどんなときでもクーちゃんはクーちゃんよお」

「流石くん、さっさと話を」

「はい」

 わかばが、煙草を一本抜き取り、口に咥える。
 ライターを構えたところで、思い出したように俺を見る。

「煙草、吸っても」

「俺は構いませんが」

「ありがと」

 ライターが火花を飛ばし、細い火が点る。
 煙草の先端が燃え、軽い明滅を起こす。
 一度大きく吸い込んだ煙を、俺たちにかからぬよう、少し開けた窓に吹くわかば。
 その目が俺を流し見たのを確認し、俺は口を開いた。

469 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:28:56 ID:fIZnY.bU0

「現在、草咲市に棺桶死オサム『始祖の吸血鬼』が姿を現していることはご存じで」

「いいえ。そう、あのおじいちゃんまた来てるの」

「はい」

 棺桶死オサム、そして吸血鬼に対する認識はある程度共有できているようだ。
 これならば、いちいち説明せずに済む。楽でいい。

「まさか、あのおじいちゃんを殺すの手伝えってんじゃないでしょうね」

「正確には、それも視野に含めて、複数の状況に対する遊撃的な立場を取っていただきたいと、上は考えています」

「遊撃的、ねえ」

「我々のみでは手に負えない状況が発生した際の援護、ということになります」

「ねえ、クーちゃん」

「なんだ」

 相変わらず顔を窓側に向けたまま、わかばは視線のみをクールに移動する。
 やはりわかばの用いる呼称が気に入らないのか、普段よりもいくらか不満げに見えなくもない。
 面白い。今度隙を見せた際に俺もクーちゃんと呼んでみよう。
 そのためにも普段から防弾ベストを着込んでおかなければ。

470 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:31:54 ID:fIZnY.bU0

 クールの反応を無視し、わかばが煙草を咥えたまま向き直る。
 軽く握った状態両手を目の前に差し出し、言葉に合わせ一本ずつ立ててゆく。

「荒巻、渋澤、百々、大天福、増井、盛岡、横堀、咲名、的間。今挙げた杭持ちのうち何人がこの街に来てるの」

「現時点では四人だ。ただし、咲名は今杭を持っていない」

「それぞれの子分は」

「百々は小山内。大天福には天主堂、盛岡には権藤がついている」

「ちなみに親猫のおにいさんやラスイチのおじさんとの協力体制は」

「子子子ギコ、鴨志田フィレンクト両陣営共に、一応は約束されている」

 クールの返答を聞き、わかばは眉間に皺を寄せた。
 煙草の煙が沁みた、というわけでもないのだろう。

「あのさ、あんた含めて、十協の戦力トップ10が五人もいて、それぞれ子分も真面に揃ってて、
 加えて親人間派吸血鬼の二大勢力が共に協力的なのよね。普通ならそれだけでオーバーキルだってのに、
 その上で私を引っ張り出すってさ、それどんな異常事態なのよ。
 吸血鬼満載したジャンボジェットが突っ込んで来るってレベルじゃなきゃ納得しないわよ」

「近い状態にあると、言っても過言ではありませんね」

「飽きれた。世の中腐ってるわ。No futureだわ」

 言葉通りの心底呆れた顔から煙が吹き出された。
 クールに見慣れてきた今、こちらの方が大げさな反応に見えて仕方ない。
 何はともあれ、この意見には同意だ。今の草咲市は異常が過ぎる。

471 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:33:22 ID:fIZnY.bU0

 現在、草咲市で俺たちを振り回す事案は主に三つ。

 棺桶死オサム、『地雷女』両名の不自然な滞在。
 好戦的な新生吸血鬼、仮称『蠍』こと志納ドクオの出現。
 高危険度吸血鬼の不自然な大量発生。

 どうやらそれらには関連性があるようだが、一体どんな裏があるのかがまだ見えていない。
 つい最近新たに得られた情報では「高岡ハインリッヒ」などと言うこれまた聞き覚えの無いワードまで登場している。
 一切の明度を得られぬまま、断片の情報ばかりが手に入り、解決にはほとんど繋がらない。

 結局それぞれに部分的に対応しなければならないため、労力体力がすり減るばかりだ。
 三つめに上げた大量発生の件は特に人手を食い、俺たちまでそちらに駆り出されかねない状況になっている。

「それで、私なのね」

「はい。解決の糸口が見つからないからこそ、せめて目の前の事件には応対しなければなりませんから」

「一応聞くけど、人員はもう余裕無いのよね」

「辛うじて、あと数名回してもらえるとは言われていますが、そうですね。それ以上は望めません」

「ま、いくらここが激戦区って言ったって、他を無視するわけにはいかないもんねえ」

「はい」

 わかばは幾分減った煙草を灰皿に捩じりつけ、何度目か分からないため息を吐く。
 どうやら受ける気にはなってくれたようだが、やはり乗り気とはいかない。

472 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:37:40 ID:fIZnY.bU0

「報酬は出すと、上は言っています」

「報酬ったってあんた、私はそもそも十協に養われてる立場だもの」

 「十協なくなられても困るしねえ」と呟き足す。
 俺が話す間に届けられたコーヒーを、そっと唇に運んだ。
 慎ましい嗜み方だ。隣で二つ目のケーキを食い散らかしているクールにも見習ってほしい。

「わかったわ。どれくらい手伝えるか分からないけどとりあえずはね」

「そう言っていただけると助かります。素直さん」

「ちょっと待ちたまえ。今大事なところだ」

 残しておいた二つ分のいちごをたっぷりと味わうクールを待つ、俺とわかば。
 反撃に銃弾さえ飛んでこなければ、横っ面を全力で殴っているところだった。
 無論、俺が殴りかかったところでこの女はあっさりと躱すだろうが。

「これを。連絡用だ。必要な番号とアドレスは全て入力してある」

「あらあら、随分準備がいいこと」

「お前はごねるこそするが、こちらの依頼を断ることはないからな」

「あんたたちが断り切れない話ばっかり持って来るからでしょお。そろそろ勘弁してよね」

473 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:39:27 ID:fIZnY.bU0

「じゃ、要件が済んだなら、私は帰るわよ」

 一通りの話が済み、荷物を手早くまとめ、立ち上がるわかば。
 ハイヒールのせいもあってか、思っていたよりも身長が高い。

「ああ、応じてもらって感謝する」

「感謝してるなら、もっと媚びた声出してもらえないかしら。せっかく可愛い顔してるんだから。ね」

「ね、と言われましても」

 不意に話を振られ、ついクールの顔を見た。
 俺に他人の顔面をとやかく語る美的な感性は存在しないが、ほとんどの人間がこの顔を美しいと賞する。
 中身を知っている俺にとっては、外面などどうでもいい。

 いくら美しい拵えが施されていようと、刃物は刃物。
 肉を裂き魂を刈り取る死神の鎌に「可愛い」などとのたまわれるほど、俺は剛毅な質でない。

「素直さんが他人に媚びるところは見て見たい気もしますね」

 じろりと、クールの視線が刺さる。
 白を切ってわかばに目を戻すと、いかにもわざとらしいため息が聞こえた。
 続いて、決心したように深く息を吸い込む音。

「ありがとお、わかばちゃあん」

 一瞬、俺とわかばの動きが止まった。
 たまたま見合わせていた彼女の瞳孔が開くのが分かる。
 恐らく俺も同じような状態だろう。

474 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:41:05 ID:fIZnY.bU0

「お望み通り媚びてやったぞ」

 反射的にクールを見た。
 こともなげに、ストローに口をつけ残りのアイスラテをじゅるじゅると鳴らしている。
 相変わらずの無表情ではあったが、こちらを向かないという頑なさだけは感じ取れた。

「今の聞いたよね、流石っち」

「ええ、幻聴だと思いたいところではありましたが」

「そうね、そう。私まだ鳥肌が収まらないわ」

 わかばが腕を見せた。
 触れるまでも無く肌が粟立っているのが分かる。

「俺も三年くらい寿命が縮んだかも知れません」

「大概にしたまえよ流石くん。わかばについてはやむなく大目に見るが」

「だってねえ。あんた、そんな甘ったるい声も出せるんだ」

「末の妹の真似だ。私や他の妹共と違って、奇跡的に一般的な人格なのでな」

「今の、他の人たちの前でもやってもらっていいですか」

「四肢に一発ずつ、頭と心臓に四発ずつ鉛をぶちこませてくれるならば考えてやる、流石くん」

「脳天に一発ならば悩むところでした。諦めましょう」

「仲良いのねえ、あなたたち」

475 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:43:19 ID:fIZnY.bU0

「さて、どうしましょうか。これから」

「どうするもこうするも、上からの命令には従わねばなるまい」

 わかばが去った後の喫茶店。
 クールが追加でモンブランを注文したために店を出られなくなり、俺は斜向かいに座り直す。

「警邏の応援に入るんですか」

「不満ではあるがな」

「俺の勘では、地雷と吸血鬼の大量発生は関連性があります」

「それは私も分かっている」

「蛆のように湧く吸血鬼を狩るより、地雷の周辺を浚う方が速いかとは思いますが」

「同意見ではあるが、現状は手詰まりだ。せっかくもらえた増援も、全て向こうに取られては捜査も進まん」

 素直クールにしては異様に聞き分けが良い。
 撃つなと言っても撃ち、壊すなと言っても壊し、行くなと言っても向かうこの女が命令を聞くなど気色悪いにもほどがある。
 何かに感づいているのだろうか。

「そう訝しがるなよ流石くん」

 モンブランの頭頂に乗った栗の甘露煮を丁寧に掬い取り、頬張る。
 続けて何かを喋ろうとしている気配はあるが咀嚼が終わらない。
 俺は氷の溶け切った水を、少しだけ口に含む。

476 名前:名も無きAAのようです :2015/01/25(日) 02:44:50 ID:fIZnY.bU0

「人手を失った今、乙鳥や賤之女デレについて調べるのは骨だ。
 本来地雷にたどり着くための糸口に過ぎなかったと考えればむしろここに執着するのは無駄ですらある」

「それならば少しでも甲斐のある方に行くと」

「そうだ」

「正直に言ってはいかがですか」

「なんだ」

 残っていた大きなケーキの塊を、クールは口に押し込んだ。
 まるで子供だ。
 口の端に付いたクリームを指で拭い、咀嚼途中の舌で舐めとる。

 俺は親では無いので一々注意する義理も無いが、これの隣に居る俺が恥をかくのでは無かろうか。

「久々に思い切り引金を引きたいだけでしょう。最近はフラストレーションの溜まる場面が多かったですから」

 クールの表情に当然変化は無く、膨らんだ口を黙々と動かし、モンブランを味わっている。
 両頬を挟み叩けばさぞ愉快だろう。
 その場合、正面では噴出した脂と糖と唾液の混合物を浴びることになるので、立ち位置は重要だろうが。

 ぼんやり殴る角度を色々想定している内に、クールは全てを飲み下した。
 すすぎとばかりに残していた水を飲みほして、立ち上がる。

「流石は流石くん。そこまで分かっているならば、さっさと弾薬の追加申請をしてくれるとさらに流石なのだがね」

「ついでに、また異動願いを出しておきます」

「構わんが、資源を無駄にするのはあまり流石でないと、私は思うよ流石くん」


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