323 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:26:55 ID:UfHVjZBo0

        Place: 草咲市 宗郷一丁目 1 正十字協会草咲支部地下資料室
    ○
        Cast: 棺桶死オサム 流石兄者 素直クール 大天福ショボン 天主堂モララー

   ──────────────────────────────────――

324 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:28:05 ID:UfHVjZBo0

「これはこれはクール嬢。熱烈な歓迎を感謝するよ」

 その男は、白い歯を見せ、笑って見せた。
 初老の紳士だ。夏場であるにも関わらず、礼服にロングのコートを羽織っている。
 室内は確かに冷房のため肌寒いくらいではあるが、冬服を着込むほどでは無い。

「何をしに来た、棺桶死」

 対するクールの声は、珍しく熱を持っているように聞こえた。
 困惑と焦りと、ほんの少しの畏怖、と言ったところか。
 滲ませる程度とはいえ、この女が感情を露わにするのは珍しい。
 てっきり、感情の類を一切失っているのだとばかり思っていた。

 だが同時に、この状況では仕方ないと納得もしている。

「流石くん、人を呼べ、ベストは大天福とモララーだ。最悪杭持ちなら役職者でも管理者でもなんでもいい」

「すいません、クールさん。もう暗示で動けません」

「今日の流石くんはあまり流石ではないな」

 硬直する俺の目の前。
 クールは、倒れた老紳士に馬乗りになり、その眉間に銃を突き付けていた。
 脅しでは無いのが、銃を握る手からも伝わってくる。
 むしろ乱射癖のある彼女が良く撃たずに我慢しているものだ。感心する。

325 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:30:11 ID:UfHVjZBo0

「いやはや、どうもクール嬢には嫌われてしまっているね」

 かっかっかっと、木を打ち合わせたような笑い声。
 老齢であり、穏やか。日当たりのよい趣のある喫茶店の店主などが似合いそうだ。
 しかし、銃口を目で覘きながらの態度では無い。
 クールがいつになく取り乱すわけだ。

 棺桶死オサム。現存する中では最古とされる吸血鬼。
 その能力、脅威度はその他の比にならず、俺たちの資料の中でもただ一人特別な扱いをされている。

「もう一度聞く。何をしに来た、棺桶死」

「なに、クール嬢も草咲にいるというから、茶でも一杯やろうかとね」

 棺桶死オサムは、署の資料室に篭っていた俺とクールの前に霧を纏って颯爽と現れた。
 少なからず動揺し、驚いた俺をしり目に、クールは機敏に反応。
 銃を抜き棺桶死に躍りかかると、全体重をかけて押し倒し、今に至る。
 俺が暗示によって金縛りを喰らったのは、恐らく倒れる最中だ。
 一瞬目が合い、その瞬間に体が動かなくなった。

 どうやらクールは無事のようだが、どうにもこちらが有利には見えない。
 引金を引けば、確実に弾は棺桶死の頭蓋を貫く。
 両の腕はクールの膝に抑えられているため、いくら吸血鬼でも俊敏に動かせはしないだろう。
 それでもなお、この場の優位は棺桶死にある。

「そろそろどいてくれんかね。ここからの眺めも悪くは無いが、床が硬くてね。年寄りには辛い」

「貴様を目の前にして、銃口を逸らすと思うか」

「なら、なぜ今すぐにでも撃たないのかね」

327 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:32:06 ID:UfHVjZBo0

 クールが黙り込む。
 一方の棺桶死は自らが訊ねた言葉への返答を、聞くまでも無く理解しているようだ。
 穏やかに、悪ぶる子供を見つめるような目でクールを見ている。
 圧倒的優位を自覚してい無ければ、こんな態度は取られないだろう。気分が良いものでは無い。

 「あまり手荒な真似は控えたいが、やむなしか」

 その時、俺は目を疑った。
 俺の、金縛りによって固定された視野には、倒れる棺桶死と、馬乗りになるクールが写っていたはずだ。
 それが、ほんの瞬きの間に逆になっている。

 腕を逆手に取られ、うつ伏せで抑え込まれるクールと。
 その腰に足を組んで座る棺桶死。
 一体何が起きたのか、全く分からない。

 ただ、この男が俺たちよりもはるかに上位に立っていることだけは、確認が出来た。

「やあ、流石くんと言ったかな」

「はい。お初にお目にかかります、ミスター」

「どけ、棺桶死」

「クール嬢の相棒には何人か会ってきたが、君は中々見込みがありそうだ」

「それはどうも、複雑な心境ですね」

 快活に笑う棺桶死。
 その下でもがくクールの姿はいつになく滑稽なのだが、状況が状況なので嗤えない。

328 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:34:20 ID:UfHVjZBo0

「金縛りを解いていただいてもよろしいですか。安物しかありませんが、何か淹れさせてください」

「ふむ」

「この期に及んで、貴方に銃を向けるつもりはありません。そんな無様を晒すのは嫌ですし」

「クール嬢、中々よい片腕を見つけたようだね」

「ああ、肝心な時に役に立たないことを今確認したがな」

 酷いことを言う。
 そもそも、杭持ちの中では棺桶死オサムに対する手出しは無用、と暗黙の内に定められている。
 彼を本格的に敵に回した場合、太刀打ちする手段が無いからだ。
 仮に何とか討伐したとしても、俺たちにその他の吸血鬼と戦い続ける余力は残らない。
 つまり問題行動を起こしたのはクールの方であり、俺はむしろ正当な応対をしているのだ。

 己のミスで窮地を招いた際は、個々に責任を取り、もう一方はは自身の任務を全うする。
 それが俺とクールの間で契られた数少ない掟の一つ。
 今の俺に、彼女を救う責任は無く、むしろ少なからず気分を害した恐れのある棺桶死をもてなさなければならない。

 結果的にクールに無様で愉快な姿を晒させ続けることにはなるが、致し方あるまい。
 いやはや、実に心苦しい。

329 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:35:51 ID:UfHVjZBo0

「どうぞ。安物ですので、お口に合うかは分かりませんが」

「いやいや。元々私は農民の出でね。それほど舌が肥えているわけでないから、気にせんでくれ」

「素直さんもどうぞ」

「流石くんは本当に流石だな」

 コーヒーを淹れ、棺桶死に渡す。
 一応クールの分も注いだので、動けずにいる顔の前に置いた。
 安物とはいえ、香りは悪くない。
 資料室に篭ると決めた時点でコーヒーの準備をしておいて正解だった。

「それで、今日はどういったご用件で」

「ああ、娘のことでね」

 娘。その一言で、俺も背筋を正す。
 吸血鬼は生殖を行わない。
 代りに、吸血行為によって同族を増やす。
 彼の言う娘とはつまり、彼が吸血鬼化させた女ということ。

 俺とクールが追う、「地雷女」のことに相違ない。

「君たちは、私の娘にどこまでたどり着いているのかね」

 クールの目を見ると、視線で白を切れと言う指示を受けた。
 大人しく従い、返答はしない。
 俺の胸中を見透かしたように、棺桶死の口元が笑みを湛えた。

330 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:38:45 ID:UfHVjZBo0

「その様子では、まだあまり具体的なことはわかっていない様だね」

 図星だ。
 乙鳥ロミスの屋敷を捜索してからしばらく、人員も増やし調査を行っているが、進展はほとんど無い。
 人間だったころまで遡っても、地雷女とロミスの間にどんな因縁があったのかは不明だ。

「地雷女は、一体なぜ、この街にいるのでしょう」

「それを私が答えると思うかね」

「いえ。ですが、何らかの目的を持って現れたのならば、こちらの要求も多少は聞いていただけるかと」

「クール嬢。本当にいい拾い物をしたな。どうだ、この男と娘をこさえて、私に養子として差し出してみないか」

「あいにくだが、私はこれでも乙女な気質だ。好きでもない男と、吸血鬼にさせるための子供なぞ作らん」

 「乙女」のあたりで棺桶死がまた快活に笑った。
 当のクールは、無様な姿のまま平常時の無感情さを取り戻している。
 目の前のコーヒーが妙な構図だ。
 もう少し余裕があれば父の形見の銀塩を持ち出してシャッターを切っていただろう。

「いいだろう流石くん、君の質問に答えよう」

 棺桶死はコーヒーを一口啜る。
 旨そうにも見えないが、吸血鬼が血以外の物を口にしているのを初めて見た。

「娘は、ある吸血鬼を殺そうとしている」

「それは、乙鳥ロミスですか」

331 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:41:26 ID:UfHVjZBo0

「そうだ。だが違う」

「それはどういった意味合いでしょうか」

 棺桶死オサムは答えない。
 相変わらずの笑みだが、少しの逡巡が見えた。
 何かある。やはり、乙鳥ロミスに目をつけたのは間違いでは無かった。

「乙鳥ロミスは死んだ。しかし、娘が乙鳥ロミスを殺したかった理由は、死んではいない」

「意味が通らん。乙鳥ロミスが何か、地雷女の求めるものでも持っていたというのか」

「流石だなクール嬢。大よそ、その考えで違いはないよ」

「それは」

 オサムは、指で自分の口を横になぞる。
 口にファスナーをかけるようなその動きと同時に、俺の口は真一文字に結ばれた。
 言葉が出せない。これ以上の質問には答えないということか。

「流石くんあっさり暗示にかかりすぎだ」

「んんんんんんっんんーんんんんんんんんん」

「何を言っているかまったくわからん」

 俺も暗示に対抗する訓練は受けているし現に暗示にかかったことなど無いのだが、棺桶死のそれには全く通用しない。
 抵抗する間も無いのだ。俺の能力以前の話である。

332 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:45:07 ID:UfHVjZBo0

「私が言えるのはここまでだ。これ以上は、娘に怒られてしまうからね」

 棺桶死がクールから立ち上がる。
 解放された我が上司は海老のように体を弾けさせ棺桶死から距離を取った。
 俺の目が追いついた時には既に銃を構えている。
 しかし、長時間腕を取られていたためだろう。腕が震え銃口がぶれている。これでは弾が当たらない。

「兎角、娘の目的は君たち人間にとって害となるものでは無い。むしろ益になると考えて貰って構わんだろう。
 であるからして、二人には少しの間娘を見逃してやってほしいのだ。今日はそれを頼みに来た        」

「そんな要求を、私たちが聞くと思うか」

「聞かんだろうね。むしろ私がこう言うことでむしろムキになって娘を探すだろう」

 余裕のある笑み。
 気のいい老人の皮に騙されてはいけない。
 この男は俺たちの思考の外で何かを画策している。

「ま、用は済んだ、そろそろお暇させてもらおう、か」

 棺桶死の指が鳴る。
 白樺の細枝のような、骨ばったしかし美しい指だ。
 そこから発せられた音を聞くと同時に、縫い合わされたかのように動かなかった口が自由になる。

「ではな、クール嬢。別れの挨拶くらい、銃を仕舞っておくれ」

 扉の前に立ち困ったように笑う棺桶死。
 俺はその瞬間に、気付きの声を漏らしそうになった。
 閉めていたはずの扉が開いている。丁度、人一人がなんとか通れる程度に。

333 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:47:54 ID:UfHVjZBo0

 俺がそれを認識した瞬間に、棺桶死の胸から杭が生えた。
 素早く、されど血が噴くような荒々しさは無く。
 するりという音が似合うほど滑らかに、棺桶死の体が貫かれている。

「大天福シノビブレード」

 棺桶死の陰から聞こえた声に、俺は状況を把握する。
 彼ほどの吸血鬼に杭を突きつけられる人間は、そうそういない。

 杭が横に滑る。
 伴って肉が切り裂かれ血が噴出する。
 肋骨の間を縫った、的確な捌き。
 棺桶死は「今気づいた」と言う風に自身の体を見て驚く。

「大天福エッジエンド」

 風の鳴る音と共に、無数の光線が煌めいた。
 それは振るわれた杭の斬撃であり、洗練された殺意の閃き。

 棺桶死の体に幾重もの線が走った。
 それが血の飛沫に変わったその時、棺桶死の体は細切れの肉片となる。

 しつこく漂う血煙の向こう。立っているたのは一人の杭持ちだった。
 黒いスーツを着込み、右目を塗りつぶすように黒い十字架の刺青を入れた、面妖な出で立ち。
 血に塗れながらもなお冷たく輝く杭が、彼の人の領域を抜けた雰囲気を強調していた
 大天福ショボン。
 優秀過ぎる杭持ちの一人として数えられる、奇人である。

334 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:49:49 ID:UfHVjZBo0

「大天福さん、いらしたんですか」

「素直の端末から着信があった。一切の会話はできなかったが、状況を察するには十分だ」

 なるほど。棺桶死が話す間、自由だった腕の方で端末を操作していたということか。
 棺桶死からの情報収集と、クールの滑稽さのあまり気づかなかったが、素直に見直すべきだろう。

「というわけで僕もいます」

 扉の隙間から顔立ちの整った、いかにも好青年が顔を覗かせる。
 天主堂モララー。大天福の弟子であり、相棒でもある。
 俺より二年後輩だが、恐らく実力では俺よりも上だ。

「遅いぞ大天福、せっかく呼んだのだからさっさとこい」

「すぐに来たが、お前があまりに愉快な格好をしているので笑いをこらえるのに苦労した」

 大天福の目は、未だに肉塊と化した棺桶死に向けられていた。
 死体は慣れているが、流石にこれほど刻まれたものは初めてだ。
 キュビズムの絵画のような半端に残る原形が余計に不気味さを生んでいる。
 完全に形を失う分、榴弾や散弾で吹き飛ばされた方がまだマシな見てくれをしているだろう。

335 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:51:28 ID:UfHVjZBo0

「流石、下がれ。まだ終わりでは無い」

「やあ、久しいな大天福」

 大天福の言葉に答えたのは、俺では無く棺桶死だった。
 繋がっていない上の唇と下の唇が同時に動き、血で溺れる肺から声が聞こえる。

「ますます腕を上げたようだね。ここまで私を壊せるのはお前か百々(どうどう)くらいのものだろう」

 棺桶死の死体が動いた、と思った時には、大天福の体が吹き飛ばされていた。
 背後にいたモララーを巻き込み、扉を叩き開けて資料室から退場させられる。

「いやあすまんね流石。君は賢いので手を出す気は無かったのだが、私にも面目がある」

 落ちていた棺桶死の腕が俺の喉に掴みかかる。
 腕だけの力とは思えない。
 体が浮き上がり資料棚に叩き付けられた。
 暗転する視界に火花が散る。
 落ちてきた資料の高質な角にしこたま体を打たれ、流石に気が滅入った。

「いえ。所詮人と吸血鬼ですし、こうなるのは必然でしょう」

「哀しいな。哀しいが、その諦めの早さは羨ましくもある」

 細切れの肉塊が人に成る様を始めて見た。
 両の腕を残し、目の前で棺桶死オサムが組み上がって行く。
 白い霧を伴うその体は、服まで含めて元のままだ。

336 名前:名も無きAAのようです :2014/07/15(火) 22:53:58 ID:UfHVjZBo0

 一陣の風の如く、大天福が再び中へ。
 音速の剣技。しかしその刃は全て目に見えぬ力に防がれ、逆に横殴りの衝撃波を受け吹き飛ばされる。
 俺よりも激しく資料棚に突っ込んだが、まだ動けるようだ。
 落ちた杭を取ろうとした大天福の腕に棚の鉄柱が絡みつく。
 そのまま軋む音を立てて大天福の体を巻き込み、完全に動きを封じる。 
 この隙に扉に体を隠し銃を撃つモララー。
 弾は命中するが、霧に変化した棺桶死を素通りする。
 白樺の指が横に動くと同時、銃が弾かれ、モララーは廊下の壁に打ち付けられた。

「やれやれ。まあ、これで斬られて何もせずに帰ったなどと言う噂は立たんだろう。な、クール嬢」

 クールが棺桶死を睨む。
 その手の中の銃は、既に限界まで分解されていた。

「私も難しい立場でね。侮られては意味が無いのだ。分かっておくれ」

 腕が離れ、俺も解放された。
 脳がうっ血しているのが分かる。全身の感覚が鈍い。

「ではな、杭持ちの諸君。娘のことを、くれぐれもよろしく頼むよ」

 棺桶死の体が霧の如く消えた。
 ため息が漏れる。
 身体的にダメージを受け。予定していた作業は著しく妨害され。
 挙句の果てにはこの有様だ。あの上司のことだから始末書で済めば運が良いくらいだろう。

「素直さん。減俸になったら、毎昼食奢ってくださいね」

「流石くん、君はもう少し動揺というものを覚え給え」


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