274 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:11:39 ID:bz.gAPiE0



        Place: 草咲市 戸津釜町 字上弦 122-119
    ○
        Cast: 内藤ホライゾン 津雲ツン 南茂ネーノ 大天福ショボン 天主堂モララー

   ──────────────────────────────────――

275 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:12:30 ID:bz.gAPiE0

ξ,゚听)ξ あんたもおかしいと思うでしょ、ブーン。

 何のことだか、全く分からなかったが、僕はとりあえず「はい」と返事をしておいた。
 いつものことだ。分かっても分からなくても間違いでも関係ない。僕はどうせ「はい」としか言わない。
 もし仮にここで僕が「でも」なんて口走ったらツンはみるみる不機嫌になって唇を尖らすだろう。
 彼女がご機嫌でいる。僕が守るべき正義は、その一つだけだ。

ξ,゚听)ξ 私らの目的ってさ、密かに殺人を犯してるやつらのおびき出しじゃない?
      なんでこんな、巡回の真似事みたいなこと……。

( ^ω^) 仕方有りませんお。緊急事態なんですから。

 ああなるほど。合点がいった。
 
 杭持ちと一言で言っても、仕事にはいくつかの種類がある。
 僕たちが今応援に出されているのは、街中を警邏し、通報や目撃証言にその場で対応、吸血鬼を撃破する「警邏」。
 吸血鬼と対する機会が多く、一般に「杭持ち」というとこれに当たる。

 本来僕たちは、密かに吸血鬼の情報を集めあぶり出す「特務」。
 直接真っ向から吸血鬼と戦うのには慣れていない。
 ツンは、そこに不満があるのだ。「こんなのは私たちのやり方じゃない」と憤慨している。

( ^ω^) 先輩、まだそいつ生きてます

ξ,゚听)ξ ああ、もう、しつこい。

276 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:13:39 ID:bz.gAPiE0

 ツンの足元には、一人の吸血鬼が倒れている。
 背中に大きな傷。僕が斧で殴ったものだ。
 頭は半分が抉れている。これはツンが散弾で撃った。
 運が良かったのか悪かったのか、まだ辛うじて息がある。
 ここからの蘇生は無理だろうが噛まれて血を吸われては大変だ。
 ツンは面倒くさそうに、弾丸を一発、残った頭部に撃ちこんだ。

ξ,゚听)ξ ブーン、清掃呼んでおいて。

( ^ω^) もう連絡しておきました。5分くらいかかるそうです。

ξ,゚听)ξ はー、もう、最悪。

( ^ω^) あ、先輩。

ξ,゚听)ξ 何よ。

( ^ω^) 顔、血がついてます。

ξ,゚听)ξ マジ?

( ^ω^) あ、手で擦っちゃダメですお。じっとしててください。

 僕はポケットからハンカチを取りだして、ツンの頬に就いた返り血を拭い取る。
 大人しく顔を差し出したツンは憮然として、明後日の方向を見ていた。

( ^ω^) ウェットティッシュもありますけど。

ξ゚听)ξ いらない。帰ったらすぐにシャワー浴びるわ。

277 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:15:18 ID:bz.gAPiE0

 吸血鬼の血は、凶器だ。
 硬質化して武器にする者から、遠隔操作する者。
 最近では、毒を作り出す吸血鬼も現れた。

 今回の相手は硬質化すらできない雑魚だったから、特別害は無いだろうけれど
 やはり血がついたのをそのままというのは気分がよくない。

( ^ω^) まだ戻れませんし、一応拭いておきましょう。

ξ゚听)ξ いいって、もう。しつこい。

 どうにもご機嫌が斜めなようだ。
 これ以上何を言っても無駄だろう。

 仕方なく、僕は使った武器類(特にツンが散らかした薬莢)の片づけを始めた。
 放っておいても清掃の方々が処分してくれるが、そこまで世話になるのはちょっと申し訳ない。

ξ;゚听)ξ げえ、シャツにもついてる。買ったばっかなのに。

( ^ω^) 仕事に新しいの着てくるから……。

ξ゚听)ξ 仕事用に買ったんだもん

( ^ω^) じゃあ別にいいじゃないですかお。

ξ゚听)ξ 良くないの。それと汚れるのは別なの。

 よくわからない。
 もしかしたら彼女の言葉に納得できたことの方が少ないかもしれない。

278 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:16:41 ID:bz.gAPiE0

 やってきた清掃班にいつものように文句を言われながら、僕らはその場を後にした。
 清掃班と一緒に居る姿を見られるのは好ましくない。
 子子子ギコ達には存在がばれてしまったけれど、あくまで僕らの仕事は「釣餌」なのだから。

 裏路地を抜けて、比較的広い通りに出た。
 人はまばら。吸血鬼には慣れているこの街だけれど、やはり日が沈むと皆外出を控えるようになる。
 見かける人も、どこか不安げで、足早に目的地を目指しているように見えた。

ξ゚听)ξ ……どうする?

( ^ω^) 何をですか?

ξ゚听)ξ 正直、一人狩ったし、もう戻ってもいいでしょ。

( ^ω^) ……そうですね。僕らは、仮にも未成年ですし。

 警察官に見つかると、厄介だ。
 吸血鬼から街を守っているのは杭持ちだけでは無い。
 直接的な実力行使はできないものの、警察各位もまた、各々の仕事の範囲で市民の保護に努めている。
 奴らの活動が活発になる夜間にどう見ても未成年の僕たちが歩いていれば、確実に声をかけてくるだろう。

 僕らは正式でありつつも、本来表に出る杭持ちでは無い。
 身分を証明すれば警察の補導を突っぱねることが出来るが、その分存在が明るみに近づくことになる。
 既に一部にばれたとはいえ、開き直るにはまだ早い。

279 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:17:59 ID:bz.gAPiE0


ξ゚听)ξ ……結構前から、思ってたんだけど。

( ^ω^) はい?

ξ゚听)ξ なんであんた、私たちが杭持ちってバレるのそんな嫌がるの?

( ^ω^) いや、僕らは正体ばれたら仕事になりませんし。

ξ゚听)ξ そうだけど。後輩は順調に育ってるし、仮にばれても問題ないじゃん。ぶちょーもそこまで厳しく言ってないしさ。

( ^ω^) ……。

 確かに、そうだけれど。
 僕たちの代りは、既に数組育成が終わり、試用段階に入っている。
 そして餌の任が終われば、僕たちは先人と同じく、堂々と杭持ちを名乗ることになるだろう。
 今回、警邏に回されたのは、そう言った先を見据えてのことだと、僕は睨んでいる。

 だから、だから問題なのだ。
 仮に餌の任を解かれるとして、その最後は正体を明かされる形であってはならない。

( ^ω^) だって、先輩だって警邏の仕事嫌がってるじゃないですか。

ξ゚听)ξ 畑違いだから嫌なだけ。ちゃんと任命されれば、ちゃんと訓練して、文句言わずにこなすわよ。

 「あんた、私のことどんだけ舐めてんのよ」と、ツンは僕の足を優しく蹴りながら付け足した。
 あなたがそういう人だから、僕がこんなに気を使ってるんです。
 喉まで出かけた言葉を引っ込める。僕の正義は、彼女のご機嫌を保つことだ。

280 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:18:57 ID:bz.gAPiE0

( ^ω^) 部長に連絡して、指示を仰ぎますか。

ξ゚听)ξ そうして。もう、足がパンパンよ。

( ^ω^) つか、いい機会なんでちゃんと体鍛えてくださいよ。

ξ゚听)ξ うっせ、ブーンの癖に生意気。

 端末を操作して部長への電話番号を探す間、ツンが執拗に僕の脇腹を殴る。
 僕は警邏の先輩に混ざって日頃から訓練しているので、ツンに小突かれたところでまったく平気だ。
 まあ、ツンも僕が痛がらないのを分かってやっているのだけれど。

( ^ω^) ―――――失礼します。内藤です

 呼び出し音が止まり、女性の声が応えた。
 部長だ。僕は空いている手でツンを制し、現在の状況と、今後の行動の指示を仰ぐ。
 しつこいのでツンに背を向けた。少しして攻撃が止む。
 気が済んだらしい。

( ^ω^) ――――――はい。わかりました。ありがとうございます。

 部長との通話を終える。
 一先ず部屋に戻ってもいいらしい。

( ^ω^) 先輩、部長から許可が出たので帰りましょ……う。

 振り返った視線の先に、ツンの姿は無い。
 サラ金のチラシが張られた電柱があるだけだ。

 僕の背筋を、電流とも冷気とも取れない何かが駆け巡った。

281 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:20:20 ID:bz.gAPiE0

( ;^ω^) 先輩!

 ツンは、たしかにバカだ。
 聞き分けが無いし、我ままだし頑固だし自分勝手だ。
 けれど、トイレであろうとなんであろうと、僕に一言も告げず姿を消したことは今まで一度も無い。

 そうなれば、可能性は一つ。

( ;^ω^) 糞ッ

 端末を取り出し、操作。
 地図を起動して、ツンの端末情報を入力する。

( ;^ω^) いた!まだ遠くない!

 いかにも杭持ちな仕事をしていたせいで、失念していた。
 僕たちは他者から見て「普通の」、「どこにでもいる」、「ちょっと頭の悪そうな」、「高校生」だ。
 不審者や、吸血鬼には、絶好の的。
 通話に集中する僕と、それにちょっかいを出すツンは、いい獲物に見えたはずだ。

 油断していた。愚かだった。
 一体吸血鬼を狩り、いつもの癖でつい仕事を終えた感覚になってしまっていた。

( ;^ω^) これだから、僕は!

 鞄を開け、すぐにでも斧を取りだせるようにして、ツンを追う。
 僕らは常にGPS付きの端末を持ち歩いている。
 ツンが攫われたのなら、その反応をたどれば追いつける。

282 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:21:22 ID:bz.gAPiE0

 セオリー通りに、裏路地へ入ってゆく。
 旧家の間を縫うように道が走り、さらに隙間を埋めるようにビルや新興住宅が立ち並ぶ草咲市街外円。
 まさに意図せず作られた都市迷路だ。吸血鬼が好む理由の一つだろう。

 相手は、この地形に慣れているようだ。
 小柄とはいえ人一人抱えて移動しているのに、全く追いつけない。
 ツンも杭持ちの端くれ。むざむざ殺されたりはしないはずだけど、こうも大人しく引っ張られているとは。

 何かされているのか?
 地面を見る。暗くてはっきりしないが、血痕は無い。
 手傷は負っていないと期待しよう。

 路地の向こうから、けたたましい音が聞こえた。
 自転車が倒れた音、だろうか。
 端末を見る。敵方の動きが止まった。
 チャンスだ。

 車一台通るかどうかの細い路地をまがった先。
 自転車と、それに乗っていたと思しきサラリーマンが倒れている。
 
 塀の壁に消えるツンの足を見た。
 やっぱり誰かに抱えられている。

 斧を引き抜く。
 自転車を飛び越える。
 角を曲がる。
 見えた、ツンを肩に担ぎ、走る男。

283 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:22:38 ID:bz.gAPiE0

( #゚ω゚) こんっ

 斧を横に振りかぶる。

( #゚ω゚) のっ!!

 地面すれすれを、這うように投擲する。
 回転しながら飛んだ斧は、男のアキレス腱に直撃した。

 血が吹き出し、男が倒れる。
 ツンの体が投げ出された。地面を転がる。力が無い。意識を失っている。

 僕は足を止めず、立ち上がろうとした男の背中に、

( #゚ω゚) どっせ!!

 跳び蹴りを叩き込む。
 力強い感触。男は倒れたが、僕も蹴り抜くことはできず、反動でやや後退する。
 だが、勢いを止めるつもりはない。
 空中で後転し着地。屈んだまま、裾から僅かに除く金属に手を伸ばす。

 引き抜いたのは、短杭。
 通常の杭よりもやや短く、隠し持つのに優れている。

 僕は杭を逆手に持ち、再び男に迫った。
 狙いは背中。肋の隙間から心臓を突く。

284 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:23:58 ID:bz.gAPiE0

( # ω ) ッ!

 完全に決まると油断した僕の腹に、男の左足が突き刺さる。
 咄嗟に筋肉を固めたが、余り効果が無い。
 喉の奥に酸性の臭いが込み上げた。

 その隙に。男は腕で体を支え上げる。
 カポエイラ。あるいはストリートダンスのように体を回転。
 振り回した足で僕の顎を蹴り抜きに来る。

 躱せない。
 蹴りを見切り、足の直撃する寸前、頭を自ら横へ流す。
 衝撃。ダメージは軽減できたが、それでも直撃には変わらない。
 ふらつきながら、下がる。
 体の力が、一瞬、眠りに落ちるあの瞬間のように消えた。
 すぐに取り戻すが、杭が手から落ちかける。

( `ー´) ……本当に厄介な街じゃネーノ。まさかガキの杭持ちがいるなんてナ。

 よろりと、男が立ち上がった。
 上下そろいの黒のジャージ。
 足の傷は、既に血が止まっている。

( #^ω^) ……ツンを返せ。

( `ー´) つってもガキはガキじゃネーノ。大人しく下がれば見逃してやるんじゃネーノ?
 
( # ω ) ……聞こえなかったのか。

285 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:25:45 ID:bz.gAPiE0

( #゚ω゚) ツンを返せ!

( `ー´) んべぇ

 ふらつく足を無理やり動かし、踏み込む。
 男の顔が、笑顔に歪んだ。

 しまった、と思った時には遅い。
 僕の突き出した杭は空を切り、すり抜け間を詰めた男の手が、顔面に迫る。
 迅い。堅い掌が、鼻を、頬骨を押しつぶす。

 男の手は、そのまま僕の頭を鷲掴んだ。
 頭蓋を締め付ける、骨ばった長い指。
 抗いがたい痛みが意識を支配する。

( `ー´) 俺が逃げたのは、あくまで悪目立ちしねえためよ。お前にビビったわけでもなんでもねえ。

(  ω ) が、ぐ……。

( `ー´) あんま舐めんなよ。お前程度の雑魚が俺に食いつくこと自体が間違いなんだぜ?

 足が地面から離れた。
 頭を締め付ける力がより強くなり、意識が赤と白に明滅する。
 口が閉まらない。涎が顎を伝って落ちるが、僕の手は男の腕を掴む以外の動きをできない。

( `ー´) まあ、斧で足を狙ったのは正解だよ。お前が真面に戦って俺に勝てていたならな。

286 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:26:38 ID:bz.gAPiE0

 男が、僕を軽々と振り、民家のブロック塀に叩き付けた。
 衝撃。体を伝って聞こえた何かの砕ける音は、壁か僕の骨か。
 痛みで意識が濁る。堪えることすらできず、はね返るまま地面に倒れた。

( `ー´) つか、お前と一緒に居たってことはこの娘も杭持ちか?随分起伏のねえ旨そうな体してるんだが。

 ツンの体に起伏が無いのは狙ったものだ。
 過度に筋肉や脂肪をつけた人間を吸血鬼は嫌う。
 餌としての使命を全うするため、ツンは少女然とした細くも太くも無い体型を維持している。
 
 なので当然戦闘力は下がる。
 故に多少筋肉質でも違和感のない男の僕が、護衛兼戦闘役として付き添っていたというのに。

( `ー´) ま、いいや。とりあえずお前は死ね。

 男の爪が伸びる。
 コイツ、膂力の高さと良い、血刑よりも身体改造に秀でたタイプ。
 格闘戦を挑んだのは失敗だった。未熟な僕が単体で挑んで何とかなる相手じゃない。

( `ー´) 安心しな。お前の相棒は、俺が吸い殺して、ちゃんと吸血鬼に作り替えてやるからよ。

 男が腕を振り上げた。
 日が沈みきり、点灯した街灯が、その鋭い人外の腕を黒い影に代える。
 体に力が入らない。
 悔しさに歯を食いしばることすら、できない。

287 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:28:21 ID:bz.gAPiE0

 
 
 
 
               「 大 天 福 ト ル ネ ー ド ! ! 」
 
 
 
.

288 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:29:49 ID:bz.gAPiE0

 死を覚悟した僕の目の前、何かに驚き横を向いた男が、慌てて大きく飛びのいた。
 長い杭を振り回し入れ替わりに現れた別の人影は、僕に一瞥もくれず男の後を追う。

( ;^ω ) お……?

 何が起こったのかを理解したのは、

( ・∀・) 大丈夫かい内藤君

 天主堂モララーの優しい笑顔を見た時だった。
 彼は腕にツンを抱き、僕の前に屈み込む。
 
( ・∀・) 間に合ってよかった。怪我は……動けるかい?

( ;^ω ) モララーさん?どうして、ここに?

( ・∀・) 君の叫び声がね、聞こえたんだ。うちの先生はそこらの獣より五感が優れているから。

 視線で、もう一人の人影を追う。
 見覚えのある背中。最強と名高い杭持ち、大天福ショボン。
 吸血鬼と格闘戦を行って圧倒する、数少ない強者の一人だ。

( ・∀・) ここいらの路地は不慣れで、辿り着くのに時間がかかってしまった。申し訳ない。

( ;^ω ) あの、モララーさん

( ・∀・) なんだい?

( ;^ω ) ツンは、僕が預かりますから、大天福さんの援護に……

( ・∀・) 今の君じゃ無理だろう。それに…………

289 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:30:32 ID:bz.gAPiE0

( ・∀・) 必要ないよ。援護なんてね

( ;^ω ) で、でも、あの吸血鬼たぶんA級並の……ッ

 言いかけた僕の目に映ったのは、いたるところから血を吹いて立ち尽くす吸血鬼の姿と。
 杭に付いた血を払いながら既に背を向けている、大天福の姿だった。

(´†ω・`) ……大天福アイアンメイデン。

 男は全身に無数の刺し傷があった。ただ乱雑に刺したわけじゃない。
 人体の前面にある急所の一つ一つ、そして動作の起点となる腱や筋を的確に断っているのだ。
 心臓と脳は避けているが、これではいくら生命力の高い吸血鬼でも身動きが取れない。
 男が白目を剥いて崩れ落ちた、。既に意識が無い。血刑を持っていたとして、これでは使えないだろう。

 速い。あの男は、確実に強かった。
 仕事上B級の武闘派を狩ることもあるからわかる。あいつはそれ以上だったはずだ。

 それを一人で。
 しかもこの短時間に、こうも正確に。

(´†ω・`) ……無事かホライゾン。
 
( ;^ω ) あう、はい。

(´†ω・`) よくやった。恐らくあれは最近の吸血鬼頻出のカギを握っている。この段階で捕らえられたのは重畳。

( ;^ω ) ……。

(´†ω・`) お前は元来の囮の役目を果たし、俺をこの場へ呼んだ。それで十分よ。

290 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:31:31 ID:bz.gAPiE0

 そんなことは無い。僕は、ツンをみすみす攫われ、役目を見失って単独行動に走り、結果負けた。
 大天福さんたちが傍にいたのは運が良かったに過ぎない。
 もし彼らが居なければ、僕は殺され、ツンも死に、吸血鬼は意気揚々と逃げ延びていた。

( ; ω ) ……申し訳、ないです

(´†ω゚`) 大天福は正義でなければならない!!   ド ン !!

( ;^ω^)そ   ビクッ

(´†ω・`) 大天福に救われることを恥じることも感謝することも必要ない。

( ;^ω^) ……

(´†ω・`) お前が自分の正義に反したと自覚するならば、それは俺に謝ることではないだろう。

( ; ω ) ……はい。

(´†ω・`) モララー。回収班に生体捕獲の連絡を。

( ・∀・) しておきました。入り組んでいるので時間はかかるでしょう。

(´†ω・`) 咲名か?

( ・∀・) はい

(´†ω・`) ならすぐに来るだろう。ここは俺に任せて、お前はホライゾンと津雲を病院へ連れて行け。

291 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:32:37 ID:bz.gAPiE0

( ・∀・) 動けるかい内藤君。さすがに、君と津雲ちゃんの二人を運ぶのはちょっと難しい。

( ;^ω^) ハイ……なんとか、大丈夫です。

( ・∀・) 近くに僕の車がある。そこまで辛抱してくれ。

 モララーさんに手を取られ、何とか立ち上がった。
 肋骨の、背中側が痛んだ。恐らく折れているのだろう。
 鈍く耐え難い痛みが、深い呼吸を阻害する。

( ・∀・) 無理はするんじゃないよ。救護班を呼んでも構わないんだから。

( ;^ω^) 大丈夫です、動けます。

 ツンを軽々と抱えるモララーさんの後ろを、ゆっくりとついて行く。
 呼吸を調え、痛みを緩和しようと試みるけれど、むしろ痛みが増す。
 
 モララーさんの車は、僕にとっては酷く長い道のりだったけれど、確かに近くにあった。
 杭持ちが借り上げている月極駐車場。
 普段警邏の人たちの移動車の駐車や、救護、処理班の待機場としても利用されている。
 
 ツンを助手席に座らせて、モララーさんは僕のために後部のドアを開けてくれた。

292 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:33:35 ID:bz.gAPiE0

( ・∀・) 病院までそうかからないだろう。もうしばらくの辛抱だ。

( ;^ω^) あの、モララーさん。

( ・∀・) ん?

( ;^ω^) ツンは、一体、何をされたんでしょう。

( ・∀・) ああ、恐らく、吸血鬼の催眠術で意識を封じられたんだろう。

( ;^ω^) それは……。

( ・∀・) 大丈夫、と迂闊には言い切れないけど、しばらくすれば目を覚ますと思うよ。

( ;^ω^) そう、ですか。

( ・∀・) だから君は、自分の身を案じていたまえ。度合いで言えば君の方が重体だ。

( ;^ω^) ……はい。

 車は細い路地を抜け、比較的広い道に出た。
 時々路面が荒れたところで車が跳ね、息が詰まるほどの痛みが襲う。
 歯を食いしばるが、それすら痛みに繋がる。
 多少慣れてきて、痛みの発生元が分かってきたが、左の肋が折れている。
 恐らく二本。完全に断裂しているというよりは、罅が入っている感覚だ。

293 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:36:34 ID:bz.gAPiE0

( ;^ω^) ……すいません。ご迷惑を、おかけして。

( ・∀・) そうだね。キミがもう少し慎重に行動していれば、同じ結果をいくらか少ない代償で得られただろう。

( ;^ω^) ……。

( ・∀・) 僕は先生と違って、そこは厳しくさせてもらうよ。一応、君に戦闘技術を教えている立場でもあるし。

( ;^ω^) はい。

( ・∀・) 足を潰したのは、良い判断だ。お蔭で、敵は先生相手でも逃走という選択肢を選べなかった。

( ;^ω^) ……。

( ・∀・) だけど、それだけだね。キミのことだから、津雲ちゃんを攫われて頭に血が上ったんだろうけど。

( ;^ω^) ……はい。

( ・∀・) 常々言っているように、吸血鬼と相対したら誰よりも冷静でいなければならない。
      どれだけ奮起しても、激昂しても、根っこの思考回路は冷たくあらねばならない。
      君にとって、津雲ちゃんが特別な存在であることはわかるけれど、だからこそ、それを忘れてはならない。

( ;^ω^) はい。

( ・∀・) 津雲ちゃんを、守りたいなら、ね。

294 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:37:45 ID:bz.gAPiE0

( ・∀・) なんて、君は賢いし、素直だから態々こんなことを言わなくても自分で反省できるだろうけど。

( ;^ω^) えっと……

( ・∀・) それに、僕らも人に偉そうな説教言える身分でもないんだよね。こないだは油断して死にかけたし。

 モララーさんの口調が、柔和なものに戻る。
 そこからは、他愛のない世間話だけになった。
 学校はどうか、とか。友達とは上手くやっているのか、とか。

 モララーさんは、所属こそ違え、僕とツンに非常に世話を焼いてくれている。
 杭持ちとしての訓練はもちろん、私生活の相談にも乗ってもらったことが何度かあった。
 僕に斧を使うように指示したのも、ツンに精密な射撃の腕を仕込んだのもモララーさんだ。

 病院に着くと、すぐに診察室に通された。
 杭持ちが多大な寄付をしている病院で、融通が利くのだと、モララーさんに教えてもらったことがある。

 僕はやはり肋骨に罅が入っていた。
 幸いにして骨にずれは無く、内臓の損傷も無いため、数日の入院で済むとのこと。
 ツンも、モララーさんの予想通り、速ければ今日の内にも目を覚ますだろうとのことだった。
 近くに僕がいたこと。そして杭持ちの警戒が高まっていたことから、十分に催眠をかける余裕が無かったのだろう。
 今は、僕とは別の棟で眠っていると、後から来た部長に知らされた。

 モララーさんは、僕が診察を受けている時点で大天福さんの元へ戻った。
 事後処理などもあるのだろう。よく、ぼやいているのを聞いたことがある。

295 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:38:49 ID:bz.gAPiE0

( ^ω^) (そう言えば)

 深夜の病室。僕は肋骨の痛みで上手く眠ることが出来ず、カーテンを開けて外を見ていた。
 月が出ているので、かなり明るい。五階にあるこの病室からは、ある程度街を見下ろすことが出来る。

( ^ω^) (大天福さんは、アイツを最近の吸血鬼頻出事案のカギだと言っていた……)

( ^ω^) (あの、リストにすら載っていない無名のことを……なぜだ?)

 自慢では無いけれど、僕は吸血鬼のリストをすべて頭に入れている。
 脅威度が低い者たちについてはうる憶えであることは否定しないけれど、B以上となれば絶対に間違いは無い。
 どんな敵がいるのかを把握しておくことは、僕たちにとって最上の護身術になるからだ。
 
 でも、今日のあの吸血鬼は、そのリストの中には存在しなかった。
 だから僕は下等な吸血鬼と思い込んで、応援を呼ばず自ら追跡した。
 言い訳では無いけれど、もし初めからB以上と分かっていれば、その段階で応援を要請している。

 そんな、リストに乗らない、把握されていない吸血鬼が「カギ」。

( ^ω^) (いや、むしろ、だからこそアイツが鍵であると予想が立つのか?)

( ^ω^) (突如現れた無名の想定脅威度Aクラス。確かに、異常の原因であると睨むのは間違った解釈じゃない)

( ^ω^) (けど……)

 既に把握されている吸血鬼たちへの捜査もまだ4割すら進んでいないと聞く。
 その中で大天福さんは「無名でありながら脅威度の高い吸血鬼」が原因であると断定しているようにすら見えた。
 彼は、少し抜けているところこそあるけれど、モララーさん込みで考えれば下手な思い込みなどしないはず。
 あの人間離れした動物的直感によるものだろうか。なんにせよ、なんだかはっきりとしない。

296 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:39:51 ID:bz.gAPiE0

( ^ω^) (子子子ギコが僕らを知っていた件もあるし、なんだか、きな臭いな……)

( ^ω^) (杭持ちを悪い組織だとは思わないけれど、でも、やっぱり僕は……)

 ガラス窓越しに、遠い銃声が聞こえる。
 やっぱり、まだ吸血鬼との戦闘はあるんだ。

 今回は何とか助かった。でも、次はどうなる。
 僕が油断せず、実力をつけていけば、何とかなるのだろうか。

 本当に僕は、ツンを杭持ちにさせてしまっていいのだろうか。

< コンコン

( ^ω^)´

 外の明るさとは対照的に、陰りはじめた僕の思考を止めたのは、か弱いノックの音だった。
 看護師の巡回、にしてはなんだか気配が違う。そもそも、足音がまったくしなかった。
 僕は反射的に枕の下に手を伸ばした。
 「武器が無いと不安でしょう?」と上司が置いて行ってくれた銃と短杭を取りだす。
 傷には確実に響くが、有事に何もできないよりはいい。

 扉が、ゆっくりと開いて、金色の髪が、差し込む月光の中で揺れる。

|听)ξ ブーン、起きてる?

( ;^ω^) センパイ?!どうして!

ξ;`凵L)ξ ちょ、しーっ、しーっ、
   b

297 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:40:54 ID:bz.gAPiE0

 「病室を抜けだしてきた」と簡潔かつ理解しがたい言葉を吐いてツンは僕のベッドに腰を掛ける。
 顔を見て安心した。催眠を受けた後遺症のようなものは一切無い様だ。
 むしろぐっすり眠って元気いっぱいですらある。

ξ゚听)ξ 正直記憶は飛んでるんだけど、枕元に部長の置いてったメモがあったから大体は把握しているわ。

 そう言って、ツンは僕の鼻に、自分の鼻を突きつける。
 どきりと心臓が跳ねて、傷がずくりと痛んだ。

ξ゚听)ξ 怪我の具合は、どうなの?

( ;^ω^) 大したことは無いみたいです。激しい運動しないでいれば、一か月かそこらで治るって。

ξ゚听)ξ ……そう。

 安心したように、ツンは僕から離れる。
 心配してくれていたのだろうか。

ξ゚听)ξ 悪かったわ、迂闊にも吸血鬼に攫われるなんて。

( ^ω^) それは、僕のセリフです。むざむざ先輩を危険な目に……

ξ゚听)ξ それでも、怪我をしてまで助けてくれたじゃない。

 「怪我をしたのは自業自得だし、そもそも真の意味であなたを救ったのは僕では無く大天福さんです」と、言わなかった。
 少しだけ、彼女に感謝されるという、あり得ない恩恵を味わいたい欲が出た。
 彼女の言葉は僕を締め付けていた後悔と自責の念を、次へ繋がる力に変えてくれる。

298 名前:名も無きAAのようです :2014/04/29(火) 18:44:59 ID:bz.gAPiE0

ξ゚听)ξ でも、こんなんじゃ、私たち囮役失格かな。

( ^ω^) そんな……

ξ゚听)ξ だって、囮として吸血鬼を釣って殺すのが仕事なのに、本当に攫われてんのよ?

( ^ω^) まあ

ξ゚听)ξ 相手が所構わず殺しをするような奴だったら、きっと私は死ぬだけで終わってた。

( ^ω^) ……

 そろそろちゃんと覚悟決めないとね。
 あまりに小さい声だったけれど、ツンは多分そう言った。
 そんな必要はない。
 子子子ギコたちにしか顔を知られていない今なら、まだ。

ξ゚听)ξ じゃ、戻るわ。バレて騒ぎになっても嫌だし。

( ^ω^) そうですおね。

ξ゚听)ξ あんたはちゃんと怪我直しなさいよ。あんたいないと私のこと守る奴いないんだから。

( ^ω^) 分かってますって。

 ツンが部屋を出てゆく。
 僕は何も言わずそれを見送って、布団にもぐりなおした。
 そうだ。早く怪我を治さなくては。

 僕の仕事は、知恵熱で頭を湯立たせることでは無く、彼女の傍で、彼女を守ることなのだから。


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