190 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:19:58 ID:MIBYgXtM0



        Place: 草咲市 南梨町 字 節穴前 15-9 メゾンフシアナ 205号室
    ○
        Cast:都村トソン 都村ミセリ

   ──────────────────────────────────

191 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:22:27 ID:MIBYgXtM0

(゚、゚トソン 「……ただいま」

 扉に備えられたナンバーロックを外し、扉を開ける。
 私たちの巣穴。慣れた臭いが鼻をくすぐる。
 私の持ち込んだ化粧品の類の甘い匂いの中に、別の臭いが混じっている。
 ミセリの匂いだ。花のような、甘さの中にほろ苦い渋みがある。

(゚、゚トソン 「ミセリ、いないんですか?」

 いつもなら眠っていても起きて返事をしてくる。
 靴を脱いだ。ミセリの靴は全部ある。
 だけど一組、朝出た時とはつま先の向きが変わっている靴があった。
 恐らくどこかに出かけていたのだろう。
 好んで履くパンプスやサンダルで無くスニーカーであったことが気になった。

(゚、゚トソン 「……寝ている」

 ベッドの上にミセリはいた。
 丸まり膝を抱いて、それでいて足は伸びている。
 柔らかい。猫みたいだ。

 鞄を置いてシャツを壁のフックにかける。
 それなりに物音を立てたはずだけれど、起きる気配が無い。
 ある程度息を吐ける恰好に着替え、私は床に座り込んだ。
 ベッドに凭れ、ミセリの顔を覗き込む。
 少女のようだ。
 本人曰く数世紀は生きているらしいが、この寝顔からはそんな年季を感じられない。

192 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:25:16 ID:MIBYgXtM0

 顔にかかった前髪を撫でた。
 相変わらず柔らかい。指でつまんで少し擦る。
 しゃりしゃりとした感触。
 汗の混じった脂の湿りもある。
 甘い臭いがほんの少し鼻に香った。

(゚、゚トソン 「何を、していたんだか」

 ショートパンツから伸びた足を撫でる。
 冷たくて、滑らか。吸いつくような潤いと張りに満ちた手触り。
 一昨日、あれほど私から搾り取ったのだ。
 肌艶が良くなるくらいでなければ困る。

ミセ*゚ , )リ 「……トソン?」

(゚、゚トソン 「おはようございます」

ミセ*゚ー )リ 「おかえり。学校、どうだった?」

(゚、゚トソン 「特どうということも。そちらは、どちらかへお出かけで?」

ミセ*゚ー゚)リ 「私も特にどうってことは無かったよ。ちょっとした散歩さ」

 ミセリの手が伸びて来た。
 頬に触れ、もみあげを撫でる。
 冷たい。帰路で火照った体に心地よい。

193 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:27:33 ID:MIBYgXtM0

ミセ*゚ー)リ 「おいで、トソン。一緒に寝よ」

(゚、゚トソン 「……」

ミセ*゚ー)リ 「あんたも眠いっしょ?同じくらいまで起きてたんだから」

(゚、゚トソン 「それはそうなんですが、その……」

ミセ*゚ー)リ 「ん?」

(゚、゚トソン 「こないだ、無茶した時から、ちょっと腰回りが辛くてですね」

ミセ*゚ー)リ 「……ぷふっ……大丈夫だって、眠るだけだよ」

(゚、゚トソン 「そういって、いつも襲うんですよ、あなたは」

ミセ*‐ ,‐)リ 「今日は、本当に眠いからさ……」

(゚、゚トソン 「……」

 ベッドへ上がると、ミセリが胸元に頭を埋めてきた。
 本当に眠いんだ。私は彼女の頭の下に腕を回して柔らかく抱く。
 すぐに寝息が聞こえてきた。私のキャミソールを掴む手から少しずつ力が抜けてゆく。
 血は十分に足りていたはず。なぜこんなに疲れているんだろう。

 どうってことなかった、とは言っていたけれど、やはり何かあったんじゃないだろうか。
 杭持ちに追い掛け回されたとか、まったく無いとは言い切れない。
 血をねだってこないところを見るに怪我をしたりはしていないんだろうけど、やはりちゃんと聞き出すべきだった。

194 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:28:41 ID:MIBYgXtM0

 気になって眠ることが出来ず、まどろみの中でミセリの寝息を聞いていた。
 カーテンの隙間から洩れる陽光が少しずつ赤に。
 いい時間だ。そろそろ晩御飯を準備しないと。

(゚、゚トソン 「ミセリ」

 起きる気配が無い。
 ただ、私が離れることだけは阻止したかったのか、服を掴む力は少し強くなった。
 何度か、起こさないよう引き離そうとしてみたが無理だ。

(゚、゚トソン 「……たまには、コンビニのごはんでいいか」

 ミセリは謎の資金源があるらしく、衣料費や私の食費、家賃などは不自由なく賄えている。
 普段私が節約しているのは、あくまでそれに甘えきらないため。
 でもたまには、楽をしても罰は当たらないはずだ。

 私が怠惰に敗北してから、みるみる空が暗くなってゆく。
 日が沈むのが遅くなってきたとはいえ、夜は来る。
 応じて、私の瞼も重みを増してきた。
 暗くなった途端に眠くなるのだから、私もずいぶん動物らしい。

( 、 トソン 「30分くらいなら……」

 ミセリを抱きしめて、目を瞑る。
 すぐに、意識を繋ぐ糸がフツフツと切れ始めた。
 眠る。そう感じたのもつかの間、私の意識は暗転した。

195 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:29:49 ID:MIBYgXtM0

 どれくらい寝ていたのか、自分でも分からない。
 真っ暗になった部屋で目を覚ました。
 陽光が差し込んでいたカーテンの隙間からは、月明かりが零れている。
 体が、変だ。まるで、誰かにまさぐられているような。

(゚、゚トソン 「……ミセリ、いくらか前に自分で言ったこと、忘れました?」

ミセ*  , )リ 「あの時は、眠いからって言ったんだよ?今ミセリさん眠くないし」

(゚、゚トソン 「この、猿」

 ミセリが、私のキャミソールをめくりあげ、下着を外し、肌に吸い付いていた。
 血を吸っているのではない。
 性的な意味で、私の肌を刺激している。

 だから腰が辛いんだって、と少し腹が立つ。 
 寝起きのせいもあって、丹念な愛撫も快感を催すには遠い。
 私は、やや強引に、ミセリを引き離そうとした。

(゚、゚トソン 「……ミセリ?」

 顔に触れた指先が、濡れた。
 唾液とは違う、もっと水に近いもの。
 頬を撫で、その水の出所をなぞっていく。
 指がたどり着いたのは、目じり。
 途中で気づいてはいたけれど、これは、涙だ。

196 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:31:04 ID:MIBYgXtM0


(゚、゚トソン 「どうしたんですか」

ミセ*  , )リ

 答えはない。
 強引に持ち込んで誤魔化すつもりだ。
 残念だけれど、この程度で流されてしまう私では無い。

(゚、゚トソン 「……」

ミセ* д )リ そ 「痛い?!」

 拳骨を握り、ミセリの頭を叩く。
 こちらの手が痛い程度には、力を込めた。
 ミセリが私から離れる。頭を押さえているのが薄暗闇の中に見えた。

ミセ;*゚д゚)リ 「何すんのさ!」

(゚、゚トソン 「だからエッチする気無いって言ってるじゃないですか」

ミセ;*゚ ,゚)リ 「そこは何かあったと察して受け入れてくれるところじゃないの?」

(゚、゚トソン 「知りません。そうそう都合よく押し切られてたまるもんですか」

ミセ;*゚ ,゚)リ 「ちぇー……厳しいなトソンは」

 流石に諦めたのか、ミセリが完全に身を起こした。
 私はベッドの枕元に置いてあった照明のリモコンを手に取る。
 ボタンを押す。人工的な白い光が部屋を照らす。
 ミセリは眩しそうに顔をしかめた。

197 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:32:25 ID:MIBYgXtM0

(゚、゚トソン 「で、何があったんです」

ミセ*゚ ,゚)リ 「別に、大したことじゃないんだけど」

(゚、゚トソン 「ならさっさと吐きなさい」

ミセ*゚ ,゚)リ 「ちょっと昔のこと思い出しただけだってば」

 ミセリがだるそうに、私の腹に抱き着いた。
 再び発情する様子はないので、放っておく。
 私は下着のホックを止めなおし、捲れた服を元に戻す。

ミセ*゚ ,゚)リ 「だから、なんも心配されるようなことないよ」

 彼女の過去を私は知らない。
 吸血鬼になった経緯を含め、ミセリは話したがらないのだ。
 だから、昔のことがなぜ涙に繋がるのか分からない。
 ただ単に懐かしんだのか、それとも、何か悲しい記憶が眠っていたのか。

 心配するなと言われても無理なのだ。
 普段は余裕綽綽で腹が立つにやけ顔をしている彼女が、拗ねたような寂しい顔をして涙を流しているなんて。
 雷が落ちてくる方がまだ平静を保っていられる。

(゚、゚トソン 「じゃあ、心配されないような振る舞いをしてください」

ミセ;*゚ー゚)リ 「それは横暴だぜトソンちゃん」

198 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:33:37 ID:MIBYgXtM0

ミセ*゚ー゚)リ 「それより、お腹空かない?晩御飯どうすんのさ」

 そして、やっぱり昔のことは話してくれないのだ。
 無理に聞き出しはしない。ミセリが嫌がって逃げるのが目に見えているから。
 だから自然に彼女の口から零れるのを待っているのに、そんな機会は一生来そうにない。

(゚、゚トソン 「コンビニで済ませようかと。ミセリの せ い で 何もできてないので」

ミセ;*゚ー゚)リ 「トソンさん、ご機嫌ななめ?」

(゚、゚トソン 「別に」

 ミセリが「ななめ?」に合わせて体を斜めにした。
 困ったような笑顔も合わさる。
 負けてはならない。今の私は不機嫌だ。

ミセ;*゚ー゚)リ 「……」

(゚、゚トソン 「……」

ミセ;*゚ー゚)リ 「……」

ε=(゚、‐トソン

ミセ;*゚ー゚)リ 「?」

 負けた。そもそも、ずっと腹を立てているのは性に合わない。
 不満が消えたわけでは無いけれど、今のところは勘弁してあげることにする。

199 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:35:50 ID:MIBYgXtM0

(゚、゚トソン 「ミセリ」

ミセ*゚ー゚)リ 「ん?」

 ミセリに凭れかかる。
 何とも言えない表情。

(゚、゚トソン 「……晩御飯、買いに行きますけど一緒に行きますか?」

ミセ*゚ー゚)リ 「行く行く!」

(゚、゚トソン 「じゃ、早く準備してください」

ミセ*゚ー゚)リ 「そこの川沿いさ、ちょっとお散歩したり?」

(゚、゚トソン 「……どうせなら、外で食べますか。今日は風がありますし」

ミセ*゚ー゚)リ 「いいねぇ、こんな月夜だ」

(゚、゚トソン 「あなたの食事は帰ってきてからですが」

ミセ*゚Д゚)リ 「えー!たまにはお外でしたりしたいー」

(゚、゚トソン 「……一度杭持ちに殺されてしまえばいいのに」

ミセ*゚Д゚)リ 「冗談でもそう言うこと言うなよー!」

200 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:38:19 ID:MIBYgXtM0

 サンダルをつっかけて、家を出た。
 歩いて10分もかからないコンビニ。
 ミセリを雑誌のコーナーに待たせ、適当な夕飯を選ぶ。
 いざ楽をするといっても、沁み込んだ貧乏性は抜けきらないもので、何とも地味な品々になった。

ミセ*゚ー゚)リ 「何買ったの?」

(゚、゚トソン 「サンドイッチと、野菜ジュースです」

ミセ*゚ ,゚)リ 「もっと栄養あるもの食えばいいのに。お金の心配なんかしないでさ」

(゚、゚トソン 「人のお金で贅沢するほど私は図々しくありません」

ミセ*゚ ,゚)リ 「だから、私がもらってる血やらなんやらの対価なんだから、堂々と受け取れっての。頑固だな」

 解せない、と表情でぼやきながら、ミセリが先を行く。
 ミセリにはわからない、私の小さな意地だ。
 彼女との関係を飼い主と家畜然としたものから、少しでも遠ざけるための最低限の抵抗。

 少しだけ離れたミセリとの距離を、小走りで詰める。
 見た目こそ、私と同じくらいの小柄な少女だけれど、仮にも吸血鬼だ。
 力では筋骨隆々の男を簡単に組み伏せるし、走力では、原動機付自転車くらいならたぶん勝てる。
 彼女自身は普通に歩いているつもりでも、私にはかなり速いペースなのだ。

ミセ*゚ー゚)リ 「ん、ごめん、速かった?」

(゚、゚トソン 「少しだけ」

 息が切れ、体に汗が滲むのがわかった。
 風が心地よい。それ以上に、空気が温い。

201 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:39:23 ID:MIBYgXtM0

 コンビニからさらに10分弱歩いて、川沿いの道に出た。
 朝夕、ランニングに励む人を良く見かける土手の上の道。
 車道とは完全に隔てられていて、煩わしいライトの光に目を潜める必要が無い。
 街燈の類がほとんど無くこの時間はどうしても暗いが、今日は月があるので幾分視野がある。

(゚、゚トソン 「そこのベンチにしましょうか」

 土手から川の方へ下ると、もう一段舗装された川原になっている。
 ベンチがいくつかあり、昼間に生きているのか死んでいるのか分からないお爺さんが良く座っているところだ。
 その内の一つに、私とミセリは腰をかけた。
 川の潺が、耳に優しい。この音の中でなら、遠くから聞こえる車の音も、気にならなかった。
 水の傍のお蔭か空気もひんやりとしている。ここで食べることにして正解だった。
 ミセリにくっついていても、部屋にこもって過ごす初夏の夜は、暑い。

ミセ*゚ー゚)リ 「トソン」

 私が食事を初めて数分経った頃、ミセリが呟く。
 独りごとのようで、自分が話しかけられたのだと気づくのに時間がかかった。
 ちらりと横を見る。体ごと仰け反って、月を見上げていた。
 半開きの口から、続きの言葉が出てくる様子は無い。

(゚、゚トソン 「なんですか」

ミセ*゚ー゚)リ 「……あー、いや、ごめん。なんとなく呼んだだけ」

(゚、゚トソン 「……?」

ミセ*゚ー゚)リ 「月ってのはさー―……いいよな。こう、頭が、静かに、冷たく狂っていく感じがする」

202 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:41:39 ID:MIBYgXtM0

(゚、゚トソン 「はぁ」

 つられて、私も空を仰ぎ見る。
 雲の無い空に、藍の天幕をくり抜いて穴をあけたような、明るい月。
 惜しくも満月では無いけれど、十分すぎる光を持っていた。
 たしかに。
 言葉や動作には出さず同意する。
 月の持つ不思議な魅力は、太陽とはまた違ったエネルギーを持っているように思えた。

ミセ*゚ー゚)リ 「これで、もう少し青いと、たまんないんだけどな」

(゚、゚トソン 「十分綺麗ですよ」

ミセ*゚ー゚)リ 「……」

 ミセリの体が、近づいた。
 月を見上げていたので、反応が遅れる。
 気づいた時には、ミセリの舌が、私の首筋を舐め上げていた。

(゚、゚トソン 「ちょっ」

ミセ*゚ー゚)リ 「トソン、汗かいたな。さっきから、すげえ、良い匂いする」

(゚、゚;トソン 「もう、人に見られますって。夜でも人は結構通るんですから」

203 名前:名も無きAAのようです :2014/03/15(土) 23:52:50 ID:MIBYgXtM0

ミセ*゚ー゚)リ 「良いじゃん、私は気にしないし」

 押し倒される形。
 抵抗する間に少し唾液を打たれた。
 夕方とは違う。本気だ。完全に食べるつもりで来ている。

(゚、゚;トソン 「杭持ち通報されたら、不味いから言ってるんです。こんな家の近くで……!」

ミセ*゚ー゚)リ 「じゃあいっそ、することしちゃう?そうすれば、少なくとも杭持ちは呼ばれないよ?」

(゚、゚;トソン 「ああ、もう、アホ」

 抵抗するのをやめた。
 どうせ体に力が入らなくなってきている。
 下手に長引かせるよりも、さっさと吸わせて済ませた方がいい。

ミセ* ー )リ 「じゃ、いただきます」

 鋭い歯の感触と痛み。血の抜けていく脱力感。
 時折漏れるちゅう、という空気の漏れる音。
 やけに少量ずつを、時間をかけて飲む。
 たぶん、お腹が空いていた、というわけじゃなかったんだろう。

(゚、゚トソン 「もう、さっさと済ませてくださいよ」

 反応は無し。私はため息を吐きながら、空をまた見上げた。
 月が、少しだけ眠そうに、空に居座っている。
 縋りついてきたミセリに腕を回す。もう一度ため息。
 服の下に伸びてきた冷たい手を払い退けられ無かったのはきっと、あの光り輝く穴のせいなんだ。


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