95 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:05:30 ID:jHk0pOPc0


        Place: 草咲市 時糸町 字 輪区68-5 寂れた卸売団地の一角
    ○
        Cast: 流石兄者 素直クール 庄梅ハンジョイ 棺桶死オサム
     
   ──────────────────────────―――────────

96 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:06:53 ID:jHk0pOPc0
 
「流石くん、意地悪をせずそろそろ暗視スコープまたはそれに類する秘密道具を出したまえ」

「残念ながら俺の腹にポケットは付いていませんね」

「まったく流石でないな流石くん」

 広大な倉庫だった。
 かつては物流の要として利用されていたのだろうが、
 今となっては照明一つ無いゴーストハウスと化している。
 目を凝らしても、隣にいるクールの顔すらはっきりと見えない。
 あまりに暗い。頼みの月明かりも今は雲の向こうだ。

 吸血鬼は、この闇の中で俺たちの首を狙っている。

 右に物音。
 クールが動いた気配と同時に、くぐもった銃声が鳴る。
 薬莢が落ちる音。それに紛れて足音らしきものが正面へ移動する。

 再びの銃声。連続しているが、適当に乱射するような間では無い。
 一度一度、引金を引く毎に狙いを定め直している。
 暗中で音を頼りに銃を撃つにしては落ち着き過ぎだ。

「君も撃ちたまえ」

「無理です」

97 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:09:36 ID:jHk0pOPc0

 俺はクールのように音だけで相手の位置を特定などできない。
 もし狭い路地でなどであればある程度推測はできるが、残念なことにここは廃市場の倉庫跡。
 広く障害物も少なく、だが周囲を囲む壁と天井が反響を生むせいで音が明確さを欠く。
 この状況で適当に引き金を引いたところで、当たるわけがないのだ。
 試しに一発撃ってみたが、まったく落ち着かない。

 クールが弾倉に残った最後の弾を放った。
 何かが壊れる音が響く。今は使われていないとはいえ過失物損だ。
 書かねばならない書類が一つ増えた。頭が痛い。

「ああ、くそ。弾が切れた。流石くん君の弾を寄越したまえ」

 珍しく苛立った声色でクールが叫ぶ。
 いかにも怒っているという気配で空の弾倉を地面に投げつけた。
 らしくない。だからこそその意図を読む。

 俺たちは常に予備の弾倉を持ち歩いている。
 クールなぞは自分の乱射癖を自覚しているため、通常の二倍も申請しているほどだ。
 確かに襲撃を受けてからかなりの弾を無駄にしているが、弾切れはまだ遠いはず。
 ならば彼女の狙いは。

「ダメですよ素直さん。俺の弾はここに来る前の戦闘で全部使ってしまいました」

 出来る限り焦りと狼狽をにじませて、返す。
 わざとらしい大きさにならないようクールよりも控え目にはなったが、十分聞こえただろう。
 少々説明的過ぎたのは反省だ。

98 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:12:01 ID:jHk0pOPc0

「流石、流石くんだ」

 小声の呟き。
 これは恐らく向こうには聞こえない。

「そもそも君が匿名のリークを疑いもせず信用するからこんなことになるんだ」

 スライドの開いた銃を握ったまま、クールは俺の胸倉を掴んだ。
 演技はまだまだだ。本来の無感情で平坦な声の名残が強い。

「罠なのはわかり切っていたのに」

 叫びながらクールは俺の胸のベルトから予備弾倉を引き抜き、銃に差し込む。

「とりあえず会ってみよう言ったのはあなたじゃないか」

 女に噛みつかれ困り果てる男。それが今の俺だ。
 宥め、腕を引き離そうとするふりをしながら、素直の銃に手を触れる。

「なんだ、私のせいだというのか」

 俺を揺さぶるクール。
 銃に触れた俺の手がスライドを引き、弾が薬室に装填された。
 
 聞こえる足音。
 忍ばせてはいるが、速い。
 駆け寄ってきている。

 当然だろう。向こうにとっての好機に他ならないのだから。
 だが、少々焦り過ぎだ。

99 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:13:54 ID:jHk0pOPc0

「流石くんは」

 怒りが最高潮に達したと言ったところか。
 掴んでいた襟を離し、俺を突き飛ばすクール。

 足音は俺を逸れた。
 向こうの狙いはクール。
 動転している愚かな女。

 無論、愚かなのは。

「本当に流石だ」

 こんな大根の演技に騙される莫迦な吸血鬼。

 見えないが見える。
 クールの薄い唇は今、笑みを湛え。
 死神の持つ鎌のように、弧を描いている。

101 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:15:07 ID:jHk0pOPc0

 銃声。
 その瞬間に雲が抜け、天井付近の窓から月明かりが降りそそいだ。
 なるほど、これに気づいたから焦って接近してきたのか、とぼんやり思う。
 俺はもう銃を撃つ気が無い。
 今から撃っても、それこそ無駄玉なのだから。

「ぐぶっ」

 足音の主、吸血鬼の男は胸から血を吹き出した。
 飛び掛かろうとしていたところに、音でその位置を特定したクールに鉛玉を撃ちこまれたのだ。
 距離と反響のある中ですら把握できていた彼女だ。
 接近してくる、近距離の相手に撃つなど容易いことだろう。
 俺は真似しろと言われてもできないので、男がクールを狙ってくれて助かった。

 男が勢いのまま前へ倒れ込んだ。
 クールは冷静にその脇をすり抜け、銃口をその背中へ向ける。

 一発目は心臓に当たったようだが、これだけでは不十分。
 心臓を破壊しても、精々出血多量に因る仮死状態に陥るだけ。
 殺すには心臓を破壊され血の流れが滞った頭部の破壊が必要だ。

102 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:17:44 ID:jHk0pOPc0

「良いことを教えてやろう」

 銃声。
 這いずって逃げようとした膝の関節を撃ち抜く。
 潰れた悲鳴が上がる。
 血刑を使う余裕は無い様だ。
 そもそも使えないという可能性もあるが、今となっては関係ない。

「私と流石くんはもみ合って喧嘩するほど仲が良くない」

 銃声に合わせて血飛沫が二つ上がる。
 腰骨を砕いた。これで歩くことはおろか振り向くことすらできないだろう。
 まだ、殺さない。此奴には聞きたいことがある。

「さて。お遊びに付き合った分、きっちり話をしてもらおうか」

「痛え、痛えよお」

「流石君どうする。話にならんぞ」

「素直さんは撃ち過ぎなんです」

 俺は腰の後ろに差した杭を抜く。
 これを吸血鬼殺しに使うことはほとんどないが、便利ではある。
 拷問というのは、使われる道具が原始的であるほど、口が回りやすくなるものだ。

103 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:21:05 ID:jHk0pOPc0

「そろそろ黙れ」

 先端を、背中に押し当てる。
 心臓の裏。骨を抜けて一突きに出来る場所だ。

「痛がるふりをして心臓を再生する時間を稼ごうとしても無駄だ。
 それ以上続ければ、杭で完全に心臓を破壊する」

 腰はともかく、心臓の傷は粗方回復が済んでいるはずだ。
 なかなか悪知恵が働くようではあるが、残念ながら誤魔化されるほど愚かで居てはやれない。

「地雷女はどこにいる」

 男は呻きこそあげなくなったが、代りに黙り込んでしまった。
 望まぬ兆候だ。此奴は頑なに秘密を守ろうとしているのではない。
 本当は自分が何も知らないことを悟られたくないがために黙っている。
 愚かだ。全く持って反吐が出る。
 仕方ないので、肉の中に杭の先を潜り込ませた。

「言え。地雷女の居場所を知っていると話しを持ちかけてきたのは貴様だ」

「あ、う」

 潜り込んだ先端を、90度捩じる。
 血が細く吹き出す。
 吸血鬼はまた悲鳴をあげた。

104 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:26:28 ID:jHk0pOPc0

「ゆ、許してくれ。本当は」

「碌なことを知らないんだろう」

 クールがため息を吐く。
 銃を持ってはいるが撃つ気は無い様子。
 気だるさの見える顔と立ち姿で、吸血鬼に目を向けている。

「俺たちが本当にお前の罠にかかったと思ったのか。その幸せな脳みそを少し分けてくれ」

 刃で肉をくり抜くように、杭を回転させる。
 鳴き声混じりの呻き。半不死とはいえ、この傷は痛かろう。

「地雷女を餌に釣りを仕掛けたということは、貴様らの中でも我々が地雷を狙っていることが伝わっているということだ。
 ならば、何かあるだろう。貴様らだからこそ耳にする情報が。
 お前のような、名を上げたいがために力量差も測れぬまま勝負を挑む莫迦であっても、噂くらいは聞くはずだ」

「言ったら、助けてくれるのか」

「有益な情報であれば考慮はされる」

 吸血鬼は少々悩んだのち、首だけでクールを睨みつけた。
 滑稽だ。余りに情けないので、ついつい脳天に銃弾を数発撃ちこむところだった。
 対するクールは一切揺らぎの無い顔で吸血鬼を見つめ返す。
 目では無い。穴だ。あの奥にあるのは視神経脳でなく、光の届かないしじまの闇だ。

105 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:28:57 ID:jHk0pOPc0

「地雷女は、この街に現れてから、吸血鬼を探していたんだ。たしか、『乙鳥ロミス』とかいう」

 クールの視線。
 俺は杭を左手に持ち替え右手で捜査用の携帯端末を取りだす。
 専用のページを立ち上げ、検索フォームに聞いた名前を入力する。
 結果はすぐに出た。
 該当者は一人。聞いた通りのまま『乙鳥ロミス』。

「ロミスは、俺らにも得体の知れねえ気味の悪い奴だったんだが、地雷女はあいつを殺したがっていた」

 ロミスの情報にアクセス。
 身体的な特徴等、いくつかの情報があるが、あまりに少ない。
 脅威度は最低レベルだ。
 データ上はよく名前が記録されていたものだと驚くほどの小者である。
 
「ロミスという吸血鬼は、実在したみたいですね」

「した、というと」

「二か月ほど前に、死体が上がっています。状況を鑑みるに、同族殺しですね」

 惨殺、というにふさわしい状況だ。
 文面から想像するだけで人間が殺したものでないと分かる。
 一部の杭持ちを除いて、銃や兵器を使わずに吸血鬼を殺せる人間など存在しない。

106 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:31:49 ID:jHk0pOPc0

「となると、地雷女は目的を既に果たしたと」

「此奴の言葉を信じるなら、そうなります」

「しかし、まだ奴はこの街にいる。他にも目的があるということか」

 地雷女は拠点を作らぬ根なし草。
 今まで居ついた街も、俺たちに存在を知られるとすぐに姿を消していた。
 それが、この草咲の街にはかれこれ三か月ほど滞在している。
 『乙鳥ロミス』という吸血鬼を殺すことが目的だったのならば、既に出て行っていてもおかしくはない。
 俺たちに存在を察知され、居所を探られながらも離れられない理由があるということか。
 
「そもそも、本当なのだろうな。その話は」

「本当だ。この状況で身内でもねえあのビッチを庇う理由がねえ」

「流石くん。どう思う」

「嘘では無いかと思いますが。参考程度に信じるならば問題はないでしょう」

 男の言葉に偽りの気配は無い。恐らくは真実なのだろう。
 問題は此奴にとっての真実が、事実と異なっている可能性があるということだが、大きな問題でも無い。
 少し調べれば裏は取れるだろう。

「他に地雷女に関わる情報はあるか」

「俺は、知らねえ。ロミスのことだけだ」

107 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:35:26 ID:jHk0pOPc0

「調べてみる必要はありそうですね。まだ目的があるなら、そこをついて漁夫の利を狙える」

「やれやれ、この間の帽子の女もそうだし、調べることばかりが増えていくな」

 わざとらしいため息。
 相変わらず感情は見て取れない。
 そもそも俺に全て押し付けるつもりなので、むしろ無感情なのが自然ともいえる。

「流石くんは、流石だからな。調べ物は君を頼りにしているよ」

 表情を読まれたのか、クールが口の端を上げた。
 この女に任せていると、言葉を聞き出す前にj情報源の相手を永眠させかねないのは事実だが、やはり腑に落ちない。
 俺もどちらかと言えば前に立つ側の人間である。
 捜査仕事も苦手では無いが、何も考えずに銃を握っている方が楽だ。
 クールと組んでからは、引金を引くよりも書類に印鑑を押すことの方が増えた。
 しかも、問題の事後処理の類がほとんどだ。
 今までこの女とコンビを組んだ杭持ちが軒並み薄毛に悩まされているのは、恐らく偶然では無い。

「他に地雷女について知っていることは本当に無いのか」

「それだけだ。あとは、あんたらの仲間があの女に殺されたせいで、警戒が厳しくなったとか、そんな」

「予想以上に実りが無かったな」

「だから言ったでしょう。どうせ役には立ちませんって」

 この男からの嘘の情報提供があった際、俺は確かに反対した。
 罠であることは明白で、態々掛かってやるほどの利益も見込めない。
 しかし、それを押し切りクールはここに来た。
 僅かな可能性にかけたなどというものでは無い。
 ただ単に、挑んできた吸血鬼を返り討ちにせずにいられなかっただけだ。

108 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:41:22 ID:jHk0pOPc0

「さて帰ろう流石くん。残業代は二時間分しか出ないからな」

「わかりました。エミナさんには俺から連絡しておきます」

「流石だな、流石くん」

 杭を引き抜き、立ち上がる。
 同時にクールが引金を引いた。
 銃声は四つ。吹き出した血しぶきも同様。
 傷みから解放されると安心を見せた吸血鬼の顔が、絶望に歪んだ。
 極僅かな時間ではあったが理解したのだろう。
 自分は殺された、と。

「帰りは俺が運転しますよ」

「そうか、悪いね」

 処理班の咲名プギャーが大きな体と、念仏のような愚痴を引っ提げて現れたのは約10分後。
 適当に彼を言い負かし、死体を回収するのを見送って、俺たちは車に乗り込んだ。
 車自体はクールの私物だ。
 しかし、俺は誓ったのだ。ここに来るとき、帰りは俺が運転すると。
 自分の命は自分で守らねばならないと。

 車が走り出す。スムーズな走りだ。シートも深く乗り心地がいい。
 なぜ、この車があれ程に恐怖を生み出せるのか、俺には理解できない。

109 名前:名も無きAAのようです :2014/03/01(土) 00:43:16 ID:jHk0pOPc0

「なんだ、随分と大人しく走るが、故障が治ったのか」

「ええ、一番致命的な故障が今は助手席に移りましたからね」

「それはどういう意味かな」

「そのままです」

 やや不満げな顔を見せたクールを無視し、車を走らせる。
 やるべき仕事は多い。
 地雷女と共にいた、帽子の女の調査。乙鳥ロミス死亡に関しての裏取り。
 そのほか、地雷女が狙っている吸血鬼の有無などなど。
 もちろん地雷女にだけ構っていられる身分でもないため、他にも加算される。
 家に帰ってゆっくり寝る、というのはしばらく先になるだろう。

「流石くん、帰ったら訓練場に付き合いたまえ。思いのほか張り合いが無かったからいまいち撃ち足りん」

「素直さん、戻り次第調べ物をすると、言っておきましたよね」

「そうだった。なら私一人で行ってくるか」

 ワザと路面の荒れたところにタイヤを落とす。
 車体が跳ねクールが窓に頭をぶつけた。
 痛がっている。愉快だ。

「もっと気を付けて運転したまえ」

 生返事を返し、アクセルを踏み込む。
 俺の目は少し先の、捲れたアスファルトを見ている。


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