1 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:45:12 ID:FUwnuIG.0

   ―― ― ―― ― ―――

 恐らく私は。狂ってしまったのだ。
 穴ぐらから飛び出て。
 あの夜に浴びた。青い青い月の光で。

 透き通るあの光はきっと。私の皮膚を。肉を。骨を透過して。
 私の正しい脳みそをあまりに穏やかに殺してしまったのだ

 だから私は。私では無い。
 私の肌と。体毛と。脂肪と。筋肉と。骨と。内臓を持った。
 同じ形をしただけの。

 私ではない。誰かだ。

 斜視のこの目に。乱視のこの目に。
 映るこの景色は。当然に狂っていて。
 焦点は左に3cmずれている。見上げた三日月は6重に見える。

 正すメガネは無いのだと。気づいたのは一昨日だったか。

 寄り添う肌の冷たさは。狂った脳を覚ますことをしてくれず。
 私の心臓の熱ばかりを奪って。私を殺してゆく。枯らせて行く。

 唇に優しさが欲しかったのはきっと。
 今宵の月も青かったからなのだ。

   ―― ― ―― ― ――

2 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:46:04 ID:FUwnuIG.0
  

        Place: 草咲市 須赤三丁目 12-8付近 人目に付かぬ路地
    ○
        Cast: 都村トソン 都村ミセリ 崎山ボルボ
     
   ──────────────────────────────────

3 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:47:11 ID:FUwnuIG.0

(゚、゚トソン 「ミセリ」

 声が反響する。
 遠くの雑踏は音の漣だ。
 求める返事は、一向に帰ってこない。

(゚、゚トソン 「“杭持ち”は去りましたよ」

 路地を抜けた向こうに見えたのは、ネオンの瞬きと、人の奔流。
 私の探す彼女は、あの濁った川に飲み込まれてしまったのだろうか。
 不安が、心臓の右に灰色の染みを作る。

(゚、゚トソン 「ミセリ、ふざけてないで出てきてください」

 私のいる路地裏は細く、人が二人並んで歩けばそれで幅が埋まる。
 錆びたドラム缶が一つあるが、蓋の隙間から覗いているのは、分別されていない雑多なゴミの詰まったポリ袋。

 彼女は確かに分別が無く、その人間性はゴミに並ぶが、辛うじてゴミでは無い。
 この中に隠れているということは無いだろう。
 綺麗好きの彼女のことだ。ゴミにまみれるくらいならば、墓穴に埋もれる方を選ぶ。
 だから、きっと彼女は別の場所に隠れている。

 そこがどこか分からないから、困るのだ。
 やはりGPSのチップを埋め込んでおくべきだった。

4 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:47:56 ID:FUwnuIG.0

(゚、゚トソン 「まったく、どこに行ったんだか……」

ミセ*゚ー゚)リ 「トソン、迷子の子供みたいな顔してるね」

(゚、゚トソン 「……どこに隠れていたんですか」

ミセ*゚ー゚)リ 「人ごみ」

(゚、゚トソン 「……せめて、一言声をかけてからにしてもらえませんか。いなくなるの」

ミセ*゚ー゚)リ 「心配した?」

(゚、゚トソン 「しました」

ミセ*゚ー゚)リ 「ふふふ。トソンは可愛いな。食いちぎりたい」

(゚、゚トソン 「あんまりふざけていると、夕食にニンニク使いますよ」

ミセ*゚Д゚)リ 「げげー!やめてよあんなくっさいの!!」

 突然、ゴキブリのように現れたのが、私の探していた彼女だ。
 名前はミセリ。苗字は無い。今は一応、私と同じ都村を名乗っている。

(゚、゚トソン 「さあ、帰りましょう。お腹が空きました」

ミセ*゚ー゚)リ 「そうだねぇ。あたしも渇いてきたし」

5 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:48:48 ID:FUwnuIG.0

 ミセリが私の腕に絡みつく。
 残暑のキツイこの時期にあって、ほんのりと冷たい肌の感触。
 心地よい。体の芯から、熱が吸い取られてゆく。

(゚、゚トソン 「相変わらず冷たいですね」

ミセ*゚ー゚)リ 「嫌だったら離れるけど」

(゚、゚トソン 「今の時期は、構いません。涼しいので」

ミセ*゚ー゚)リ 「えー。なんか都合のいい女みたいでやだ……」

(゚、゚トソン 「それはこっちの……ん?」

ミセ*゚ー゚)リ 「どした?」

 ミセリと共に路地を出ようとした時。
 先ほどのゴミのつまれたドラム缶が、少し動いた。
 ネコか、ネズミか。

 それとも。

(゚、゚トソン 「ミセリ、あれ……」

ミセ*゚д゚)リ 「ん?……不味い!トソン下がれ!」

 ミセリが少し目を凝らして、叫んだ。
 同時にドラム缶の蓋とゴミが破裂したように飛び散って、背広を着た、黒づくめの男が現れる。

6 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:50:45 ID:FUwnuIG.0

 突き出された男の手に握られているのは、銃。
 消音機付の銃口は、はっきりとミセリを向いている。
 夜の薄闇の中、トリガーガードに装飾された銀の十字架が煩わしく輝いた。

( ゚'π゚)つy=━ 「神の御名において、さばきを」

 男は躊躇いも迷いも無く、引金を引いた。
 刹那の光。銃身が跳ね、くぐもった炸裂音が続く。

 ミセリの体が、大きくよろめいた。
 肩口に喰らったのが、吹き出した血でわかった。
 やや後ろにいた私に凭れる形で後ずさる。

ミセ*゚д゚)リ 「……ってぇクソ……」

( ゚'μ゚) 「……裁きを」

ミセ*゚д゚)リ 「っぶねえな!うちの子に当たったらどうすんだよ!!」

. 連続する発砲音。
 ミセリは両腕を縦に、心臓と頭への被弾だけを防いだ。
 体のあちこちが穿たれて、血が霧のように吹き出す。

ミセ*゚ -゚)リ 「チョーシに乗んなっての!」

 十二発。スライドが開きっぱなしになった。
 それを見切って、ミセリは姿勢を低く前へ。

7 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:52:59 ID:FUwnuIG.0

 男は銃を持ったまま、器用にドラム缶から飛び出す。
 まだゴミの残っているドラム缶を思いっきり、ミセリに向かって蹴り飛ばした。

 ミセリの跳躍。
 左右の壁を一度ずつ蹴り、一気に高い位置まで飛び上がる。

 男は手を腰の裏へ。
 30cm程度の棒状のものを取りだした。
 ミセリや、彼らは、あれを「杭」と呼ぶ。

 形状は、四角柱状の釘を大きくしたのと同じだ。
 ただし中ほどから先端にかけては、ただ尖っているだけでなくナイフのような刃になっている。
 私からすると「杭」というより、それの形を模した短刀といった方が見合っているように思えた。

ミセ*゚Д゚)リ 「!!」

 飛び掛かったミセリを、男は伏して掻い潜る。
 ミセリは着地と同時。
 男は姿勢を起こしながら、互いに向き直った。

 私とミセリで男を挟む形になったが、私は荒事は一切できない。
 男もそれをわかっているのか、必要以上の警戒を向けては来なかった。

 大人しく、私は黒のキュロット帽子を目深に被る。

 物音を聞きつけて、人が来るかもしれない。
 顔を見られては不味い。

8 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:54:23 ID:FUwnuIG.0

 男は左手に銃を、右手に杭を持って重心を低く。
 一方のミセリは、構などは取らず無造作に立っていた。
 体に銃痕を作り血を流しているミセリの方が余裕を持っている様に見えるのは、私の贔屓目だろうか。

ミセ*゚ー゚)リ 「随分、悪趣味な場所に隠れてたじゃないの、『杭持ち』」

( ゚'μ゚) 「なに、結果的に貴様を見つけられたのならば、報われるというもの」

ミセ*゚ー゚)リ 「ゴミ臭いから、今すぐ死んでくれない?」

( ゚'μ゚) 「ならばまず、鼻からそぎ落としてやろう」

 先に動いたのはミセリ。
 ふらついて倒れるような動きから、素早く前へ出る。
 対して『杭持ち』は左手の銃を小さな動きで投げつけた。

 反射的に制動し銃を弾くミセリ。
 その一瞬の隙に、男は恐ろしい速さで彼女に向かって踏み込む。

ミセ*゚ - )リ 「ッ!」

 男が片手で突き出した、正確に心臓を狙う一撃を、ミセリは躱した。
 否。躱そうとしたが捉えられた。

 上体を捩じり、左手で杭を掴む。
 ミセリの手を滑って抜けた切っ先は、彼女の肩口に突き刺さる。
 苦痛に口元が歪んだ。急所は避けたが、傷は浅くはない。

9 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:55:35 ID:FUwnuIG.0

ミセ*゚ - )リ 「って〜〜〜くそ!」

 刺さった杭を掴んだまま、ミセリは右手を突き出した。
 杭持ちは杭を離して下がる。でも、武器を無くしたわけじゃない。
 手を再び腰の裏へ。何本仕込んでいるのか分からないけれど、新たに杭を取りだした。

(゚、゚トソン 「ミセリ。早くしないと、たぶん応援が来ます」

ミセ*゚ -゚)リ 「ったってさ〜〜こいつ結構やるんだよ。モブ顔の癖に」

 ミセリが無造作に杭を抜いて、捨てる。
 がらあん、と重い音。傷口からこぼれ出た血が体を伝って地面に落ちた。
 短いスカートの端から垂れるその液体は、私たちのものよりも黒が濃い。

 ミセリは肩口の傷に指を差し込んだ。
 肉が広がり、血が細く吹き出す。
 差し込むだけでなくわざと傷を広げるように指を蠢かせた。

 見ているだけで、こちらが痛い。
 元の倍ほど傷を広げて手を引き抜く。
 その指先から、粘度の高い血液が糸を引いた。

( ゚'μ゚) 「裁きを」

ミセ*゚ -゚)リ 「あ〜、うざっ」

10 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:57:23 ID:FUwnuIG.0

 迫る杭持ち。
 ミセリは血にまみれた手を、虫でも払うように、無造作に振るった。
 飛び散る血の飛沫。杭持ちは大きく体を倒してそれをよけた。

 でも、遅い。
 無数に散った血の内の一つが杭持ちの頬に当たった。
 ミセリの勝ちだ。
 高速で行われる戦闘についていけず、3秒遅れで状況を見守る私にも、それがわかった。

ミセ*゚Д゚)リσ 「Ban!!」

 杭持ちの頬が、飛び散った。
 正しくはミセリの血が爆発した、らしい。
 肉が吹き飛んで抉れた隙間から、ヤニに汚れた黄色い歯が覗く。

( ;;μ゚) 「!」

 怯んで動きが鈍った杭持ち。
 ミセリは素早く前に。血にまみれたままの手を、手刀の形で突き刺した。

 杭持ちはこれまた素早く反応。
 咄嗟に体を引いて、ミセリの手を躱した。
 でも、全部では無い。指先がジャケットごと皮膚を突き破ったのを私は見た。

11 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:58:03 ID:FUwnuIG.0

ミセ*゚ー゚)リσ 「はい、Ban!!」

 反射的に抑えた手ごと、杭持ちの傷口が血煙を吹き出した。
 打ちこんだ血を爆発させたんだ。
 ミセリの血の爆発は、 爆竹に数本毛が生えた程度らしいけれど、それでも密閉された傷の中で起きればどうなるか。

 杭持ちは痛みに耐えて、また前へ。
 恐ろしい執念だと思う。賞賛なんかよりも、理解できない気味悪さを感じる。

 杭持ちの目は獣そのもので、刺し違えてでもミセリを殺すつもりだ。
 ミセリは呑気に、再び手を傷の中へ。たっぷりと血を掬い取る。

ミセ*゚ -゚)リ 「私に怪我を負わせることが危険だって、教わらなかった?」

 耳を劈くほどの爆音が、裏路地に響き渡る。
 何が起きたのか、5秒くらい分からなかった。
 簡単だ。銃撃に始まった一連の攻撃で飛び散った血を、ミセリが全て爆発させたんだ。

 杭持ちの目が閉じる。当然だ。
 二度に渡ってその衝撃を体感した彼には、私以上の明確な痛みのイメージがあるはず。
 つい大げさに反応してしまうことは、臆病とか、そういうことでは無いと思う。

 それでも、致命的なミスであることは、代わらないけれど。

ミセ*゚Д゚)リ 「はあ〜あ」

 するりと、ミセリが杭持ちの前へ。
 たっぷりと手に取った自分の血を、彼の顔にべったりと塗り付ける。

12 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 00:59:10 ID:FUwnuIG.0

( ;;;μ;゚;) 「うっうあああああああ!!」

 冷静だった男が取り乱し、両腕で顔を拭う。
 想像してしまったのだ。自分の顔に塗られた、恐らくは口や鼻、目にも入ってしまったその液体が。
 自分にどんな激しい痛みを及ぼすかを。

ミセ*゚ー゚)リ 「さ〜て、早く帰ろーぜトソン」

 杭持ちから完全に意識を外し、ミセリが振り返る。
 仕事が終わった時の、清々しさ。
 ああ、そっか。もう大丈夫なんだ。

ミセ*゚ー゚)リ 「派手にやったし、いくらか人にも気づかれてるだろうから、急いで逃げるぜ」

(゚、゚トソン 「はい」

13 名前:名も無きAAのようです :2014/02/16(日) 01:01:20 ID:FUwnuIG.0

 ミセリが私を抱き上げる。
 私は帽子をより深く。顔を見られないように気を付ける。

ミセ*゚ー゚)リ 「よっと」

 私の体重など関係ないかのように、ミセリは飛び上がる。
 壁を飛び石のように蹴って瞬く間にビルの上。

ミセ*゚ー゚)リ 「いっぱい出血したから、晩御飯大盛りね」

(゚、゚トソン 「遊ばないで早く終わらせればよかったんです」

 軽やかにミセリが駆け出す。
 私は落ちないように、彼女の細い腕にしがみつく。
 背後で渇いた爆発音が聞こえたが、すぐに街の雑音に塗りつぶされていった。


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