61 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 13:55:23 ID:N0VJszLU0

思い立ったが吉日。

('A`)「旅をしよう」

大学3年の冬。学業にバイトにサークルに、慌ただしい日々を送っていた私。
今思えば青春を謳歌していたと言えるが、その時の私にはどうも謳歌し足りない様で、突発的衝動だけで旅に出る事に決めた。

そうと決まればそこからは早いものだった。
その辺の文房具屋に飾ってあった安物のリュックサックと、結局道中一度も使わなかったコンパスを買い、A3で出力したグーグルマップを3つに畳み、後は着替えとか歯ブラシとか食料とかを適当に掻き集めて、新品のリュックサックに突っ込み、背負い、自転車に跨がった。

2月中旬。まだまだ寒い風が吹く中、深夜の新宿に我は仁王立つ。

('A`)「手袋、よし。ウィンドブレーカー、よし。天候、良好!行くかっ!」

バイト終わりの深夜2時。
恐れ知らず、疲れ知らずは若気の至りか。

直線距離にして片道約80km、
ここ新宿から、征くは神奈川西南端。

意気は揚々、希望も洋々。
やうやう白くなりゆく山際、まだ春先には遠いけれど、立ち込める霧が都会に照らされるのもまた、いとつきづきし。

さあ、目指すは、小田原城。

62 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 13:56:03 ID:N0VJszLU0

4.新宿⇔小田原 自転車旅行

63 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 13:56:59 ID:N0VJszLU0

(;'A`)「あっつ!」

袖で額を拭う。
わざわざ装備した手袋とウィンドブレーカーは、20分後には既に用済みとなっていた。
寒いと思っていたのは、跨がってからほんの数分。汗をかきながらも、この衝動が夏に来なくて良かったと、ふと思う。

暗い夜道には、もちろん人影などほとんど無く、通る車も、国道や県道を軸として進んでいた事もあるだろうが、長距離を移動するのであろうトラックがほとんどだった。

(;'A`)「つーか怖え!」

都心から離れるにつれ、徐々に街灯の間隔も開いていき、暗さも増してくる。
また、大型トラックが後方から高速でグレイズしてくる時など、生きた心地がしなかった。

64 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 13:57:48 ID:N0VJszLU0

しばらくした後、見えてきたのは長い橋。オレンジ色の街灯に照らされながら、それは静かに架かっていた。

行路など殆ど覚えていない、というか、ルートなどあってないようなものだったので、ここがどこの橋だったのかは分からない。
ただ、国道や県道を主たるルートとしていたことと、遠方に光る街が見えた事、そしてそれなりに長い橋だった事を鑑みるに、多摩川下流付近を通ったはずだ。

【◎】A`)「おぉ、すっげー」

遠くに光る街並みを、慣れない手付きでもってデジカメに収める。
ここまでくれば、交通量もたかが知れているので、気兼ね無く写真が撮れた。

この時点で、だいたい午前4時くらいだっただろうか。

('A`)「先は長いな」

65 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 13:58:51 ID:N0VJszLU0

空が明るんできた頃、マクドナルドで朝御飯を摂る。
高校3年間、往復2時間を自転車で通い通した私の足は、まだまだ疲労を知らない。

朝日を望んだのは、腹が膨れて間もなくの頃。
後方にはがらんどうとした平地、目の前には大きな下り坂。ハンドルを強く握った後、左手前方からそれは顔を出した。

('A`)「走り出して、約4時間ってとこか」

大地と空は、朝焼けによって赤く彩られた。

ここはすでに神奈川県。
昼頃までには、海に着けそうだ。

66 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 13:59:46 ID:N0VJszLU0

('A`)「おっ?桜?」

こんな時期に、と足を止めて桜木によって掛かる。
花は詳しくないが、確かにこれは桜のようだった。
今は2月、随分と早咲きの桜だと思ったものだ。

ここは横浜駅近く。
明けて間もないので、もちろん人通りは少ない。

桜花の舞を背に受けて。
目指すは湘南。潮風に誘われて。

そして、午前7時半すぎ。
目の前の平地は、広大な海へと姿を変えた。

67 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 14:01:21 ID:N0VJszLU0

江ノ島に滞在する中で、モロボシ・ダン役の俳優が経営する店のハヤシライスを食べたり、新江ノ島水族館のイルカショーを楽しんだり、海岸を彷徨ったりと、それなりにいろいろと楽しんだが、文章にすると孤独感が3割増になったので、詳しくは割愛する。

随分と身体も休まったので、さてここから、海沿いに西へと移動する。
ちなみに、江ノ島に着いた段階で、頭の中は“小田急で今すぐ帰りたい”という思いで一杯だったが、イルカに励まされつつ、何とか顔は西を向いた。

('A`)「潮風きっちーな」

砂浜に入っても無いのに、身体には潮と砂が付着していた。
初めは海も新鮮だったが、ここからはひたすら一本道。
しばらくしてからは防砂林に身を隠しつつ進むことにした。

江ノ島からの行路は、ただただ無心。
自分で言うのも何だが、私の健脚も、漕いで8時間とくれば、そりゃあ悲鳴もあげるわけだ。

相模川の橋を越え。
大磯の駅に立寄り。
国府津を横目に見た頃。

ようやく、ようやく。
目的の代物が目前に現れた。

('A`)

('A`)「着いた…」

ヽ('A`*)ノ「着いたぞおおおおおお!!!」

小田原城。
寄り道除けば、片道9時間程。
白い城壁は、夕焼けで赤く染まり始めていた。

68 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 14:02:04 ID:N0VJszLU0

城の公園の猿に挨拶をし、小田原城と自転車をカメラに収めた後。達成感に溢れた溜息を1つ、強くついた所で。

('A`)「さーて、寝床どうすっか」

何もかもが衝動なので、もちろん予約や下調べなどしていない。
思いつくままに、エッサホイサと自転車を回していると、見えてきたのは、灯る2つの小田原提灯。

('A`)「マンバの湯…?」

書かれた文字は、万葉の湯。正しい読みは“マンヨウの湯”。
この旅の、救世主。

69 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 14:02:48 ID:N0VJszLU0

('A`)「かぁー!効く!」

香る檜の良い匂い。
傷んだ身体には染み入る泉。
腰には左手、右手にはコーヒー牛乳。
温まった身体を包むのは、柔らかいリクライニングシート。

('A`)「漫喫だったらこうはいかんかったな」

何よりも、昼夜逆転のおかげで低料金のまま就寝に至れたことが幸いした。
今は午後6時過ぎ。深夜の1時には、また出発しよう。
アラームをセットした携帯を胸ポケットに入れ、テレビ番組を少し眺めてから、私は深い眠りについた。

70 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 14:04:14 ID:N0VJszLU0

ちょっといいですか。
そう呼び止められたのは、小田原を発って1時間くらいしてからだった。
万葉の湯のおかげでダメージはだいぶ和らぎ、ストレッチも充分にした後、帰路についてしばらくの頃。
中年男性のお巡りさんは、帽子を上げながら近付いてきた。

良くある防犯登録の確認だ。
こんな時間に走らせているのだから捕まっても仕方無いな、と思いつつ素直に止まる。

バインダーに挟んだ紙に何かをスラスラと書きながら、トランシーバーで誰かと会話をしている。
そんな中おじさんは、応答を待つ間、どこへ行くのと、私に質問を飛ばす。

新宿と答えた時のおじさんの反応は今でも脳裏に焼き付いている。

('A`)「それでは!」

頑張ってねと手を振るお巡りさん。
見知らぬ人のエールというのは、こうも背中を押してくれるのか。
一期一会に感動しつつ、往路よりやや北寄りの道を縫って、復路へとつく。

71 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 14:04:58 ID:N0VJszLU0

(ヽ'A`)

明朝。
万葉の湯とエールの効果は既に切れていた。
神奈川県中腹辺り。
体力もそうだが、身体はもう限界であった。

右手首、背筋、尻、両腿、その他諸々、様々な筋肉が悲鳴を上げている。
少しでも、ほんの少しでも、それが上り坂であったら、もう自転車では登る事が出来なくなっていた。

(ヽ'A`)「朝マック食べてたら浮浪者に絡まれるし…ちくしょう」

上りの坂道の途中、カラカラと自転車を押す。いやしかし、この自転車も良く頑張ってくれた。

まあ、ここまで読んで頂いた方は、まさかこの自転車が、小型で、折り畳みの自転車であったなど、想像もつかないと思うが。
ママチャリの方がまだ全然マシであると友人に言わしめたこの自転車は、小柄ながらよく私を運んでくれた。
今は私が運んでいるけれど。

73 名前:名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 14:06:43 ID:N0VJszLU0

そんなわけで、復路は往路よりも2時間近くかかってのゴールイン。
総乗車時間はおよそ21時間。走行距離は、だいたい180kmくらいだろうか。
家へ到着した際にはもはや喜びは無く、死んだ様にベッドへと突っ伏した。

( A )「からだいてぇ…」

もう二度としない、そう誓ったこの自転車旅行。
まあでも、自分の足で旅行が出来るというのも、思い出深い事であるし、それだけ苦労があればやはり満足もした。

これから数日間、今度は筋肉痛と闘うことになり、やはり自転車旅行はこれで終わりにしようと思うのだが、好奇心のせいか旅行魂のせいか、後数回は自転車旅行をする未来の自分を、この時の私は知らない。

ちらちら灯りは見えるけど、向こうのお山はまだ遠い。
夢の中では、まだまだこれから、旅は始まったばかり。


4.新宿⇔小田原 自転車旅行 終


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