21 名前:名も無きAAのようです :2015/06/24(水) 15:03:44 ID:O/o5rHsI0

無愛想なおっちゃんが1人で見張る改札をくぐる。
振り返れば、駅の外観。まるで民宿だ。
墨で書かれた看板に“駅”と付いていなければ、もしくは後ろに列車が見えなければ、そこは駅には見えないだろう。

駅向かいには広大な緑山、中腹に岩肌…、いや、あれは墓地だろうか?
流れる川と囀る山鳥の声が耳に入る。
空気が、美味い。

道路を挟んだ向かい側。
何を売っているのかよくわからない古びた商店には、5、6匹の猫がたむろし、寝転び、店主であろう前掛けを掛けたおばあちゃんを囲んでいる。
店前に掲げられた広告看板は茶色い錆の進行を一身に受けている、ボンカレーとかそういう類の、いわゆるレトロな広告だった。

こんなのどかな雰囲気は、都会では味わえまい。

('A`)「でもここ、東京なんだよな」

そう、ここは東京都最西端。山に囲まれた西の最果て。

青梅線終着駅。

奥多摩駅。

22 名前:名も無きAAのようです :2015/06/24(水) 15:04:31 ID:O/o5rHsI0

2.青梅線

23 名前:名も無きAAのようです :2015/06/24(水) 15:06:37 ID:O/o5rHsI0

中央特快に揺られる事1時間。立川も拝島も全て過ぎ去り、到着したのがここ、青梅駅。
ここで奥多摩行に乗り換える為に降車したわけなのだが。

(;'A`)「な、なんだここは」

ほんの少し前の駅まで、普通の、何を普通と置くかにもよるが、とにかく普通の駅だったのだ。
だがこの青梅駅はどうだ。
まるで別空間、別世界。
時代がここだけ止まっているかの様な、そんな駅だった。

“室合待”
そう書かれた小さな木造の小部屋がホームに2つ。
小さなステンドグラス風の窓が付いている。
下町に有りそうな、そんな風景。

看板も看板で、どれもこれも年季がいっている。
昭和の街、青梅。駅の造りも拘りを感じる。

('A`)「居酒屋半兵衛に飾ってあっても見劣りしないな」

過去に耽る私を、奥多摩行きの列車は、間もなく警笛と共に呼び込んだ。

24 名前:名も無きAAのようです :2015/06/24(水) 15:08:05 ID:O/o5rHsI0

時間があれば全駅降りてみたかった。
そう思えるような魅力ある駅が、青梅駅以西には続いていた。

緑がここまで美しい山を見たことがあっただろうか。やまびこもすり抜けるような山々に囲まれた、御嶽駅。

小綺麗にまとまった可愛らしい姿をした改札口。割りと近代的な様相をしていたのは、川井駅と古里駅。

昔ながらの姿を保つ鳩ノ巣駅も、上の2つとはまた違って良い。

('A`)「軍畑駅は?」

知りません。

25 名前:名も無きAAのようです :2015/06/24(水) 15:09:58 ID:O/o5rHsI0

('A`)「そしてここが、冒頭の奥多摩駅と」

さて、何の気無しに左側、ええと、南を見ているから、つまり東側に歩いてみる。
今日は色々回った後の奥多摩だったので、もう夕方近く。あまり奥地へは行けないという事で、それなりに栄えている方に足が向いたのだと思う。

小腹も空いていたので、近くにあった蕎麦屋に入る。年季の入った渋いお店だった。
その割にはビーフシチューだとかナポリタンだとか、蕎麦屋にしては幅広いメニューを揃えていた。

('A`)「無難にたぬき蕎麦にするか」

奇抜なメニューも面白そうだが、万が一、ということもある。
出てきたそれは、至って普通のたぬき蕎麦。わさびが名産と言う奥多摩だが、なるほど、確かに良い風味だ。
聞けば蕎麦は自家製だとか。するすると口の中を潤してくれる。天かすの砕ける音が心地良い。
特別美味い、とは言えないけれど、郷土の味と言うのは何とも良いものだ。

途中、近所の人と思しきおっちゃんが、その嗄れ声で景気のいい笑いとともにやってくる。
暑いね、いやなに、この間の、そうかそれで、これは旨いぞ、がははは。

断片的に聞こえてくる話し声。店のおばちゃんも集まりだす。店内で繰り広げられる井戸端会議。
これが、たまらなく好きだ。

26 名前:名も無きAAのようです :2015/06/24(水) 15:11:14 ID:O/o5rHsI0

('A`)「さーて酒屋は、っと」

腹に8分目程食物を拵え、食後の運動がてら更に東へと歩く。
私は旅に来た時、お土産をほとんど買わず、なるべく郷土料理や地酒をいただく事にしている。
お土産なら他所でも買えたりする。しかし、飲食はその土地でしか味わえない。
まあ、地酒は他でも買えるけれど、やっぱりその土地の人から買って、その土地で呑んでこそじゃないですか。

('A`)「お、あったあった」

歩いて直ぐの交差点。その一角のスーパーマーケット。店内には数人の外国人客と地元のおっちゃん、そしてレジを打つおばちゃんが見える。
自動ドアを潜ってさっそく地酒を探す。入った目の前左側、それは良い感じで冷えていた。

27 名前:名も無きAAのようです :2015/06/24(水) 15:13:41 ID:O/o5rHsI0

('A`)「はい、蓋は開けちゃってください」

みんなここに来たらこれを飲んでいくのよ、と閂を持ちながら、笑いながら店のおばちゃんは言う。
明治復刻地ビール。石川酒造から出ている“JAPAN BEER”であるとラベルには書いてあるが、私はその辺りの知識は疎い。

店を出てさっそく瓶に口を付ける。
まず、麦の苦味がぶわっと口に広がった。後味はふっと漉くようだ。喉に入れれば、ふうと爽やかな溜息が出た。
辛い物と合いそうだ。

('A`)「つまみ買えば良かった…」

だが残念、そう思った頃には電車の中。

奥多摩を発つ頃には、外は徐々に暗さを纏い、眠りへと就く準備を始めている。

ほろほろ酔うころ、戻るは東のみやこみち。
ころろ、ころころ、蛙鳴くから帰りましょ。
ごらん、まあるいお月様。夢見てる、ささ、夢見てる。

('A`)「酒は私の子守唄〜」

がらんどうの車内で、ならばと一人替歌を口ずさむ。
夜も更ければ、今日の旅も仕舞いだ。


2.青梅線 終


←1.身延線 / 戻る / 3.神戸大橋・神戸スカイブリッジ→




inserted by FC2 system