- 653 名前:名も無きAAのようです :2015/09/30(水) 22:44:16 ID:tzhUQU6w0
- 人形芝居のようです
あなたは一つ目のハンバーガーを食べ終え、包み紙を折りたたんだ。
店内のBGMはボサノバ調の女性ボーカル。耳当たりは良いが、頭には残らないだろう。
ハラペーニョを惜しげもなく使ってくれるのが、このチェーンの良い所だ。
_
( ゚∀゚)o (゚Д゚,,)
他の客が喋っている内容までは聞き取れない。
あなたはコーヒーに手を伸ばした。
良し悪しはわからない。美味しくはないと思う。それに今回は砂糖を入れすぎたようだ。
店員が時折店内を通り、その度にあなたは顔を上げる。
あなたに視線を向けている訳ではない。向けることはないだろう。あなたは、大勢のその他の内の一人でしかないのだから。
- 654 名前:名も無きAAのようです :2015/09/30(水) 22:45:06 ID:tzhUQU6w0
- 二つ目のハンバーガーを食べ終える頃には、隣に座っていた騒々しい若者たちは既に席を立っていた。
さっきまでの騒音の代わりに、今度は遠くの席の客達が話す声が聞こえてくる。
思うに騒がしさとは、どこかに、あるいは、だれかに責を求めることなど適わないものなのだろう。連帯責任というものだ。
あなたはコーヒーに手を伸ばす。不味い。砂糖が悪さをしている。騒々しさが増すようだ。
紙コップをトレイに戻したあなたは、目の前のテーブルに座る女性にふと目が向いた。
ξ゚听)ξ ( )
茶色に染めた髪。
日本人ならば黒髪こそ至高、とは思うものの、若者らしい闊達な姿には魅力を認めざるを得ない。
あなたは目を伏せた。見ず知らずの他人同士で視線がかち合うほど気まずいこともない。
向かいに座っている男性と何事か話しているようだが、話し声が大きいではないので、それなりに近い割にその声は聞き取れない。
- 655 名前:名も無きAAのようです :2015/09/30(水) 22:45:56 ID:tzhUQU6w0
- トレイに置いたばかりのコーヒーに、あなたは手を伸ばした。
化粧が持つ力をあなたは重々に承知しているが、とはいえ、あのぱっちりとした瞳。瞳!
ξ*゚听)ξ( )
不味い。砂糖が苦みを助長しているようだ。
コーヒーを置く頃には、あなたは平静を取り戻していた。
彼女と向かいあう男性の顔は見えないのだが、あなたは彼に強烈な興味を持った。
誰もが振り返るような女性とテーブルを挟んで語り合う、のみならず、彼女の頬を染めせしむる彼は、どんな顔をしているのだろう。
あなたは何を見るともなく、彼の座る椅子の、その背もたれあたりを眺めた。
話し声はきこえるものの、その内容までは聞き取れない。
いつの間にか、BGMは次の曲に切り替わっていたようだ。同じようなボッサ調の、頭に残らない男性ボーカル。
女性の視線がこちらを向いた気がして、あなたは視線をわずかに横向けた。
ξ゚听)ξ
ほんの短い時間、目が合った。あなたはなんでもない風を装い、視線をさらにスライドさせた。
カウンター型の、浮島の席に座った制服の女性二人が、楽しそうに談笑している。
- 656 名前:名も無きAAのようです :2015/09/30(水) 22:47:03 ID:tzhUQU6w0
- ミセ*゚ー゚)リ (゚、゚トソン
どこか近くの高校の生徒だろう。あなたは視線を自分のテーブルに戻した。
コーヒーはせいぜい、あと一口ほどだろう。
あなたは追加注文を考え、諦めた。
口寂しいのは事実だが、かといって、不味いコーヒーに耐える時間が増えるのも嬉しくない。
外を見ると、雨は既にあがっていた。
それでも、あなたは席を立つ気になれず、またコーヒーに手を伸ばした。
不味い。粉っぽい苦みが、底のほうに溜まっていたような舌触りがする。あるいは、溶け残った砂糖のせいかもしれない。
空になった紙コップをテーブルに置く頃には、先の茶髪の女性は帰り支度を進めていた。
男性への興味は、不思議なことに、綺麗に消え去っていた。
あなたは手に持った空の紙コップを何となしに弄ぶ。他人二人とあなたとの間にある沈黙に耐え切れなかったのだ。
- 657 名前:名も無きAAのようです :2015/09/30(水) 22:48:04 ID:tzhUQU6w0
ξ゚听)ξ( ^ω^)
男は平凡な顔をしていた。
あなたは立ち去る二人の背を、より正しくは、女性の黒っぽいパーカーを、赤いチェックのフレアスカートを、スカートから伸びる白くほっそりとした足を眺めた。
既にコーヒーは空になっている。
目の前を別の客が通り過ぎた。
彼の持つトレイには、不透明な飲み物のカップとハンバーガーの包み紙一つが乗っている。
あなたは彼の黒縁の眼鏡を目で追った。
(-@∀@)
彼は座席に着くと、トレイをテーブルの奥に押しのけ、空いたスペースにノートパソコンを置いて何かを打ち込み始めた。
あなたと向かいあうように座っているため、その内容を知ることはできない。
黒いボディに印字された銀色のロゴが、机のベージュ色を反射して金色に光る。
あなたの隣の席は、騒々しい二人組が立ち去って以来、誰も座っていない。
店内の騒々しさは変わらないし、人々が話している内容もよくわからない。
あなたは視線を背けた。
女子高生二人組は相変わらず楽しそうに話しこんでいる。
- 658 名前:名も無きAAのようです :2015/09/30(水) 22:49:04 ID:tzhUQU6w0
- ミ∩*゚o゚)∩ (>ー<*トソン
全身を一杯に使って感情を表現している様子を、あなたは手持無沙汰に眺める。
彼女達の注文したハンバーガーは、とりわけ美味しいのかもしれない。
コーヒーには砂糖を入れなかったのか、あるいは、入れすぎたのか。そもそもコーヒーは頼まなかったのかもしれない。
あなたは、先ほどの茶髪の女性に向けたよりも長い時間、彼女達に視線を向けているようだった。
座席同士の距離も違うし、なにより彼女達はまわりの客の顔色を窺うような素振りを見せるでもない。
BGMが切り替わった。二十年も前に流行ったような、ポップ音楽だ。
ミセ*゚皿゚)リσ[゚、゚;トソン
彼女達はやがて、携帯を開き、鞄をごそごそと漁ると、トレイを片付け始めた。
両親に課せられた門限に従い、店を後にし、別れ、それぞれだけの生活に戻るのだろう。
誰にもいずれは門限が来るものだ。こうして学校帰りにハンバーガーを食べ、友達と語り合う日々にも、いつか終わりは来る。
あなたは紙コップに手を伸ばした。コーヒーはもう、残っていない。
- 659 名前:名も無きAAのようです :2015/09/30(水) 22:49:46 ID:tzhUQU6w0
- ( >∀<)っ-@-@
あなたが気付かないうちに、それなりの時間が流れていたようだ。
パソコンに向かいあっていた男性は、眼鏡を外し、ハンバーガーに手を伸ばした。
素材の味を前面に押し出したとかいう割にはなかなか美味しくないと、あなたはすでに知っている。
食とはなかなか難しいものだ。誰にも好かれること、誰にも嫌われないこと。誰かに好かれればそれで良いということ。
(*・∀・)
あなたの好かない何かが誰かの好みに合うことなど、日々の常だろう。
ケチをつけようと思えば、何に対してもつける事はできるものだ。
あなたは考えることを止め、男性から目を逸らした。食事の光景をじろじろ見られるのは、彼にとって気分の良いものではないだろう。
- 660 名前:名も無きAAのようです :2015/09/30(水) 22:50:40 ID:tzhUQU6w0
- 店内の客は、あなたが店に入って来た時よりは確実に少なくなっていた。そういう時間だった。
あなたの席のすぐ近くを、店員が通り過ぎる。
あなたは視線だけを動かして彼を見送った。彼の方は、やはりあなたに視線を向けることもなかった。
あなたの視界に映った、半身を隠した客達の姿はまるで、人形劇の人形のようだった。
楽しい、明るい、悲しい、暗い、様々な演目を演じる芝居人形。言葉で、表情で、全身で自身を表現する、芝居人形。
あるいは、スターシステムのように、別の演目も、別の人生も、彼ら、彼女らには、あり得たのかもしれない。
あるいは、スターシステムのように、あなたが別の演目を、別の人生を送る世界も、あり得るのかもしれない。
外を見ると、雨は既にあがっていた。
しかし、あなたはまだ席を立つことができなかった。
ただの気持ちの問題。そして、それこそが私達にとって最大の問題であり、最大の壁なのだろう。
もしもあなたが、限りない世界の可能性を持つあなたが、私のように、まだ席を立つことのできない一人であったならば、あなたが、そして私自身が、新たな一歩を踏み出す契機となることを願い、この記録を閉じるものとする。
戻る