591 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:00:21 ID:L2JgkUDs0
黄金と言うには少々大袈裟で、白と言いきるには余りにもくすんだ色をした砂のつぶが、空中に線を画くかのように風に舞い、照りつける陽射しに反射し光りを放つ。
時おり二人の旅人は恨めしそうな表情を浮かべながら、片手越しに太陽を睨み付けていた。
ほんの少しでも、身体を燃やさんとばかりに照り付ける、この鬱陶しい陽射しがマシになってくれないだろうか。そんな叶わぬ願いを浮かべながら。

彼等の身なりは砂漠を越える旅人と言うには余りにも心許ないものだった。
薄汚れた、きなり色のローブ。たっぷりとドレープを含んだくすんだ茶色のパンツに、装飾など一切施されていない退屈でくたびれた赤いブーツ。
それから革のベルトで腰に固定した、動物の胃袋かなんかで急拵えしたであろう水筒と、やや小さめのぼろぼろに使い古された革のポシェットのみ。
背丈こそ180は有るか無いかと言ったところにしろ、どちらかというと痩せ形で、頼りない背格好の二人は、この過酷な旅にはどう考えても向いているようには見えなかった。
そもそも、終わりの見えない砂の海を徒歩で渡りきろうとは、なかなか正気の沙汰とは思えない決断だった。


(;´_ゝ`)「あ―暑い暑い。なあ弟者、まだ着かね―のかよ―」

(´<_` )「その台詞は30秒前に聞いたばかりだぞ、兄者。」

592 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:01:16 ID:L2JgkUDs0
ところどころ穴っぽこすら空いている、ぼろぼろのローブの隙間からちらちらと見える二人の顔は、共に目が糸の様に細く、鼻が高く筋が通っていた。
まるで鏡にでも映したかのようにそっくりなのは、共に生を受け共に育った双子の兄弟である証だった。


(´<_` )「口を動かす前に脚動かせよ。歩いて渡るって馬鹿なこと言い出したのは兄者なんだからな」


前方を歩く『サスガ・オトジャ』が振り返り、数歩後ろを歩く兄に文句を言った。
少々表情がひきつっていたのは風のせいだ。
気を付けないと、砂が口の中に入ってしまうので、どうにも不快で仕方なかった。


(;´_ゝ`)「そんな遠くないって言ったのは弟者だろ―。あんまり文句ばっかり言ってるとお兄ちゃん拗ねちゃうぜ―」

(´<_` )「それは勝手だが、水筒と残りの食料を俺に渡した後にしてくれ。そして出来れば野垂れ死ね」

(;´_ゝ`)「なにそれこわい。弟の反抗期にお兄ちゃんショック」

593 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:02:08 ID:L2JgkUDs0
後ろでヘラヘラと笑っている兄『サスガ・アニジャ』の声を聞きながら、オトジャはこの旅に馬鹿兄貴を同行させた事に、もう何度目か分からない後悔の溜め息を漏らした。
かれこれ半年と少しになるこの旅だが、アニジャと話す度に毎度毎度イラつかせてくれる。
それでも最近は、もう半分くらい慣れてしまっていたのだが。


( ´_ゝ`)「俺達は『双子』の『サスガ』だぜ―?
もし別行動なんかしちゃっててよ―、その間にどっちか片方だけが誰かに捕まっちまったら、何か味気ね―じゃんよ―」

(´<_` )「何で捕まる事を前提に話してんだ馬鹿兄者。
だいたい俺はその『通り名』だって気に食わないんだからな」


『通り名』
それは世界に散らばる賞金首達の通称。
自分自身で通り名を作り、堂々と名乗りを挙げる場合もあれば、周囲の人間や恐れをなした敵兵達が勝手に形容して、それが定着する場合もある。
サスガ兄弟の場合は後者で、旅を始めて僅か半年程度で『双子』という通り名が世界に通じるまでになったのだ。

594 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:02:48 ID:L2JgkUDs0
(# ´_ゝ`)「そりゃ、俺だって気に食わね―っつ―の。
双子って通り名じゃなくて、なんかもう、兄弟関係そのものじゃん!カッコ悪いじゃん!」

(´<_` )「俺はカッコ悪い以前に兄者と一括りにされている現実に死にたくなるがな」

( ´_ゝ`)「ねえ、泣くよ? そろそろお兄ちゃん泣いちゃうよ?」

(´<_` )「勝手に泣いてろ馬鹿が。
それに通り名なんかついちまったから、余計に関所を通り辛くなっちまったの理解してんのか?
俺らの首がいくらか知ってるだろうが」


その言葉にアニジャはなおもヘラヘラとした態度で、知ってるよ。と水筒の水をぐいと飲みほした。
口元を勢い良く右手で拭う。
虚空に放り出された水のつぶがキラキラと陽光を反射したかと思うと、あっという間に砂の海に溶けていった。

595 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:03:36 ID:L2JgkUDs0
それを満足そうに見届けたアニジャは弟の方にまた視線を寄越し、ニヤリと擬音でも聞こえてきそうな位にわざとらしく口角を上げた。
そして、やっぱり水は生命の源だ。とか何とかいいながら、またヘラヘラと笑いながらこう続けた。


( ´_ゝ`)「あれだろ?確か6000万Gだろ?破格だよな、やっぱりよ。
流石だよな、俺ら」


6000万G(ゴールド)。
それがサスガ兄弟の首に掛けられた賞金の額だった。
平均生涯所得が約5000万Gと言われているこの世界では、まさに目玉が飛び出るような莫大な額。
数百、数千人と言われる賞金首の中でもトップ10に入る程の高額の首だった。


( ´_ゝ`)「しっかし何だって迷惑な話だよな―。こちとら『魔法使い』でも無いっつ―のにさあ、俺らにそんなアホみたいな大金かけられても困るよな―?」

596 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:04:18 ID:L2JgkUDs0
魔法使い。この世界で忌み嫌われる呪われた存在。
世界の賞金首の8割以上がこの魔法使いだ、と言われている。

本来、万が一にでも魔法が使える人間が居たならば、即刻『帝国』に出頭し、然るべき処罰、もしくは然るべき役職に配属され、国の為だけにその力と魔術を尽くさねばならぬと決まっている。
それが魔法使いを排除し、徹底的に虐殺してきた『ホライゾン帝国』の7代目『ブーン・ホライゾン』の絶対的方針なのだから。

しかし、そんな独裁を許さんとばかりに各地の魔法使い達は躍起になって乱を起こした。
その度に無闇な犠牲が産まれ、いつの間にか帝国軍だけでなく全ての人間達から恐れられ、そして蔑まされて来た。
それが魔法使いという存在だ。


(´<_` )「まあ、これも『サスガ』の名を受け継ぐ者の宿命だろ」


しかし、この二人には魔法の才能などからっきしである。
それに加え、幼き頃から一通りの武術や剣術を学んできたオトジャはともかくとして、アニジャの方は幼い頃から遊び呆けてきたので、これと言った特技も長所も持ち合わせてはいなかった。

597 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:05:07 ID:L2JgkUDs0
( ´_ゝ`)「名を引き継ぐ。つったってさ―、要は俺らの御先祖様がよ―。
かの有名な『勇者様』に喧嘩売ったから、俺らまで逃亡生活おくる羽目になっただけだろーよ―」

(´<_` )「先祖を侮辱するんじゃない兄者。
遥か昔、『勇者ホライゾン』と共に魔王を討ち滅ぼした最強の戦士、『サスガ・オジジャ』の名を汚す気か?」


『サスガ・オジジャ』
魔王討伐から100年近く経った今でも伝説に残る最強の戦士。
その拳は岩をも砕き、一度得物を手に取ればあらゆる敵も一刀両断にする。という逸話が残る、『勇者パーティー』の1人だった。
二人は、伝説の戦士の末裔にあたる、武術の名門中の名門、格式高い『サスガ』の名と魂を継ぐ者だった。


( ´_ゝ`)「俺は会ったことも無い御先祖様の名前なんかど―だっていいね。
それに最強の戦士っつったらどう考えたってウチの母者だろ」

(´<_` )「……それについては否定できないな。もし母者が勇者になっていたらパーティーなんて組まずとも、ワンパンで魔王を粉砕してたかもな」

(;´_ゝ`)「そんな大袈裟な。と笑えない辺りが恐ろしい」

598 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:05:53 ID:L2JgkUDs0
『サスガ・ハハジャ』
二人の母親にあたり、7代目サスガ流古武術道場の師範でもある彼女も有名な戦士だった。
女性であるにも関わらずその身長は2メートルを超え、全身を鎧の様な筋肉が隆々と覆っていた。
その巨大な拳は山をも砕き、一度得物を手に取ればあらゆる敵を木っ端微塵に粉砕するというデタラメな強さを持つ、正に生きる伝説。
その首には一時期、5億Gという途方も無く壮大な懸賞金がかけられていたが、余りの恐ろしい強さ故、ハハジャ自身が病に倒れるまで賞金稼ぎはおろか、帝国の軍隊までも手を出せないでいたのだ。


(´<_` )「俺達がまだ9つの頃、覚えてるか兄者?
わざわざ道場まで殴り込みに来て俺達の首を狙っていた帝国の兵士。
あれ、どう考えても300人は居たよな」

( ´_ゝ`)「忘れるかよ、あんな光景。
母者は汗一つかかず、拳一つで全員ブッ飛ばしてたな―。
基本的に帝国の人間なんざ死んでもど―ってことないと思ってるけど、あの時だけは同情したね。
鎧って拳で砕けるんだ―。って妙に感心してたわ」

599 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:06:59 ID:L2JgkUDs0
(´<_` )「帝国の屑供に同情したのはあの時だけだがな。
結局、母者が死んじまってからというもの、父者も、姉者も、妹者も、ついでに門下生まで1人残らず帝国に捕まって、殺されたんだ」


サスガ・ハハジャが病に倒れたのは彼女が52の時。
今から2年前の事だった。

『鬼神』母者の死後、サスガ家が崩壊するまでは、まさに一瞬だった。
最強の戦士が居なくなったサスガ家にはもはや帝国の軍勢に対抗する術など無かったのだ。
もともと帝国に隠れ、魔法使いとして細々と生活を送り、やがて縁あってサスガ家に婿入りをした『サスガ・チチジャ』。
そして、その父から魔法の才を色濃く受け継いだ娘の『サスガ・アネジャ』に『サスガ・イモジャ』。
只でさえ魔法が使えるだけでなく、サスガ家の人間ということもあり、帝国に捕まって間も無く処刑されたという。

600 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:07:43 ID:L2JgkUDs0
運良く帝国の魔の手から逃げ延びたのは、武術も魔術もからっきしで、悪さばかりしては生前のハハジャに数えきれない程ぶっ飛ばされ、度々半殺しにされていたサスガ家長男の『サスガ・アニジャ』。
魔術こそ使えないものの、サスガ家に伝わる武術の才と志を立派に受け継いだサスガ家次男『サスガ・オトジャ』の二人だけ。
それが約800年もの間、武術の名門として名高いサスガ家の末路だった。


( <_ #)「……サスガ家で生き残ったのは今じゃ俺達だけになっちまった」


眉間にシワを寄せ、右の拳を震える程強く握り締める。
歯を食い縛り、焼けつく太陽により熱せられた全身が、さらに燃えるように熱くなる。
無意識の内にオトジャが行う、この一連の動作には、その心の内に秘めたサスガ家の屈辱や帝国への並々ならぬ憎しみを浮き彫りにしていた。

601 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:08:23 ID:L2JgkUDs0
( ´_ゝ`)「脚。止まってるぜ―」


怒りに我が身を震わせるオトジャを、アニジャは相変わらずヘラヘラとした態度で、それでもどこか優しく諭すように声をかけた。
その言葉にオトジャは一瞬ハッとしたような顔になって、すまない。と一言だけ謝罪するとローブにまとわりついた砂を払い、また途方も無く広い砂の海を進んでいった。
やはりアニジャと一緒に旅に出てよかった。
そんな小さな感謝を、誰にも聞こえないくらい小さく呟きながら。


(´<_` )「さあ、行こう兄者!きっと夜が来る前にたどり着くはずさ」

(;´_ゝ`)「あ―砂漠の夜はもう勘弁だわ、寒いもんマジで。……あっ!そんなことより弟者!!」

(´<_` )「何だ?」


アニジャは空になった水筒を振り向くオトジャの前にグイと突き出し、まるでマラカスでも振るように見せた後に気色悪い不自然な笑顔に不自然な猫なで声で――


(* ´_ゝ`)「ちょこっとだけ、お水をわ・け・て(は―と)」

――と言った。

602 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:09:05 ID:L2JgkUDs0
その言葉に何となく、必然的とも思える殺意の念を抱いたオトジャはとりあえず目の前にいる馬鹿の頭を引っ叩いた後に、死ね。と罵倒の置き土産を贈ってやった。
前言撤回。やっぱり1人で来るべきだった。
後ろにいる馬鹿は置いていこう、そうしよう。
冷たい視線を一瞬だけ後ろに送るとオトジャは脚を速めた。
今日何度目か分からない、後悔のため息を吐き出しながら。





( ´_ゝ`)「……」

( ´_ゝ`)「……『俺達』だけ、ね―」


叩かれた頭を右手でさすり、徐々に小さくなっていく弟の後ろ姿を見つめるアニジャの視線は、普段の彼からは想像もつかない程、どこか悲しげで何かを哀れむようなものだった。

603 名前:名も無きAAのようです :2015/02/22(日) 02:10:06 ID:L2JgkUDs0
( ´_ゝ`)「オトジャ……俺は……」


アニジャはいつの間にか物思いに耽り、ぼおっと遠くを見つめていた。
それでも、アニジャを置いて、突き進んで行くオトジャの影が存外遠くにあることに直ぐに気付くと、ああ、全く。冷たいやつだ。と、またいつものヘラヘラと間の抜けた笑顔に戻った。


(* ´_ゝ`)「お―い!!弟者―!!お兄ちゃんを置いてくな―――!!」


愛しい弟を追いかける最中、前方に霧がかったような小さな影が見えた。
それが今回の目的地だとアニジャが気付いた頃には、ぼろぼろのローブも、空になった水筒も砂の海に放り投げ、歓声なのか奇声なのか分からないような声を張り上げながら、嬉しさのあまり、両手を挙げて勢いよく走り出していた―――



―――続かない。


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