121 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 13:59:19 ID:I3mOyxdc0

向こう側に架けた橋を、渡らないのか?
と問うと、

( ‘∀‘)「向こうの霧が怖いんだ」

彼は、崖っぷちに張ったテントの中で、私に話してくれた。

(-@∀@)「霧が何だと言うのです。高い山を登り、深い森を潜り抜け、ここまでやって来たのではないですか」

…とは言っても、わたしもあの霧には、近寄り難い物を感じたのであった。
だから、わたしは彼のテントに立ち寄って、話を伺おうと思ったのだ。

全ての願いを叶える不思議な泉。
それは、今私たちの目と鼻の先にあるのだが……。

122 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:00:27 ID:I3mOyxdc0

( ‘∀‘)「……ここに泊まって行きな」

彼は、わたしの問いに答えず、ただそう言った。

(-@∀@)「あの霧は何なのですか」

( ‘∀‘)「分からない。ただ、近寄れないんだ」

(-@∀@)「そんな、情けない事……」


言った後に、少し後悔した。
傷付いてしまったのではないか。わたしの視線は彼の表情に向かう。

彼の目は、不思議な程、動かない。


( ‘∀‘)「日も遅い。夜になると、熊が出る」

( ‘∀‘)「ここに居てくれ……お互いに心強い」

(-@∀@)「……分かりました」

彼の目は、動かない。

123 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:01:13 ID:I3mOyxdc0
わたしは、この男に興味を持ったのだった。
もっと彼の事を知りたい。そんな想いから、彼の頼みを、わたしは快諾した。

彼は、地面に放ってあったディスポーザブルライターを取り、ランタンに火を灯した。
オレンジ色の灯りが、テントを照らし上げる。


( ‘∀‘)「……名前は」

(-@∀@)「アサピー」


それから数分間、いや、数秒かもしれない。
わたしは静寂に身を包まれていた。


(-@∀@)「……あなたの、名前は」

返事は無い。
彼の目は、相変わらず動かない。

124 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:02:07 ID:I3mOyxdc0

不意に、外で枝がパキパキと割れる音が響いた。
わたしは、この音を良く知っている。

熊だ。

彼も、表情こそ崩さないものの、気にかけている様子だった。

( ‘∀‘)「……お前は、なんでここに」

この状況下で、彼が、唐突にわたしに問い掛けた。
わたしは答えようか迷ったが、彼と一緒ならば、不思議と安心だった。

ここに来た理由。
当然生半可な理由ではない。

そんな理由では、ここに辿り着ける訳がない。

(-@∀@)「……わたしの家族は、わたし以外、皆、伝染病にかかってしまった」

(-@∀@)「……高熱を発し、身体が徐々に腐っていく病です」

( ‘∀‘)「……治せないのか」

(-@∀@)「いいえ。薬はあります。しかし、買えないのです。わたしたちはとても貧しい」

125 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:03:00 ID:I3mOyxdc0

わたしの独白を、彼は、動じる事なく聞いていた。
……荒い息遣いが聞こえる。熊が、わたしのすぐ後ろに居るようだった。

心臓は早鐘を打っていたのに、不思議と、汗は流れなかった。

( ‘∀‘)「金持ちになりたいのか、お前は」

(-@∀@)「ええ。少なくとも、家族が苦しまずに生きていける程度には」

そうした会話を続けていると、
やがて、熊はわたしの後ろを移動した。

テントの周りをうろつく音が聞こえる。

音が、今度は彼の後ろで止まった。

127 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:03:51 ID:I3mOyxdc0





( ‘∀‘)「俺は、両性具有だ」



立ち上がり、彼はそう言った。

128 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:04:39 ID:I3mOyxdc0

わたしが呆気に取られていると、
彼は、立てかけてあった猟銃を手に取り、
後ろの幕に向かって銃口を向けた。

鳴り響く、爆発音。
思わず、弾かれた様に目を瞑り、身を屈めてしまった。

少し間を開けて、鈍い音を立てながら、巨体が倒れる音がした。
もう一度、銃声がした。



目を開き、身を上げると、彼はテントの外だった。

わたしも外へ出た。

129 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:05:33 ID:I3mOyxdc0

彼は、死んだ熊の上に跨って、何かをしていた。

(;-@∀@)「び、びっくりしましたよ、何してるんですか?」

( ‘∀‘)「食おう。恐らく、最後の飯になる」

(;-@∀@)「この熊を食べるのですか?」

( ‘∀‘)「ああ。そこらから木の枝をたくさん取ってきてくれ」


わたしが、言われるがままに、側から木の枝を山ほど集めて来ると、彼はその枝に火を付け、盛大に燃やした。

何時の間にか彼は熊をある程度解剖したらしく、(彼が作業していた所は視界に入れない様にしていた。)板の様にでかい生肉を片手に持っていた。

彼は大きな竿を火の上に据え置き、そこに幾つかにスライスした肉を下げた。

……彼は何を思ったのか。
答えは一つ。恐らく彼は今夜、橋を渡るつもりなのだ。

130 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:06:15 ID:I3mOyxdc0

( ‘∀‘)「……これを食ったら、一緒に行こう」

肉が、良く焼けたようだ。
油の匂いが漂い始めた。

(-@∀@)「その前に聞いていいですか」

( ‘∀‘)「何だ」

(-@∀@)「……あなたの願いとは」

( ‘∀‘)「男になる事さ」

躊躇いも無く、彼は口にした。
焼けて、油の滴った肉を串で刺し、口に運ぶ。

(-@∀@)「男に」

( ‘∀‘)「ああ。男になるんだ」

( ‘∀‘)「お前のお陰だ。熊を殺したのも、今日が始めてだ」

(;-@∀@)「……始めて?」


彼はそれ以上は喋らなかった。
焦げてなくなってしまう。わたしは、急いで肉を串に刺した。

131 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:07:02 ID:I3mOyxdc0

ふと、橋の向こう側を見た。

夜の闇に、月光に照らされた白いもやが、どこまでも向こうの景色を覆っている。

それは生き物の様に蠢き、わたしたちを誘っている様だった。

目を逸らし、肉を頬張る。
これといった味は、しない。ただ、油の味がするばかりだ。

( ‘∀‘)「見上げてみろ。星が綺麗だぞ」

彼が、不意にそんな事を言った。
わたしは、言うとおりに、空を見上げた。




本当だ。
美しい、星空だ。

赤い星も、青い星も、全てが入り混じって、この果てしない空一面に広がっている。

132 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:07:48 ID:I3mOyxdc0

( ‘∀‘)「人ってのは、つくづく、弱い生き物だよなあ」

彼は、次の肉に手を付けている。

( ‘∀‘)「ここまで来たってのに、俺は、心を閉ざしてた」

( ‘∀‘)「自信を失ってた」


彼の心の中には、何が眠っていたのだろうか。
それは分からないが、彼の中では、何か、踏ん切りがついたのだ。

あとは、わたしだ。
果たして、あの中に勇気を以って飛び込めるのか。

わたしも黙って次の肉を串に刺す。
口に運ぶ。油の味。飲み込む。また口に運ぶ。

わたしは、家族の姿を頭の中に想い描いた。
きっと、助かったとしても、町は出る。

それでもいい。何処か、人の居ない所で、静かな生活をしよう。
勇気を持て。足を踏み出すのだ。

そうすれば、きっと……。

133 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:08:47 ID:I3mOyxdc0


火の勢いが弱った。

ふと、強い風が吹き付けると、火は掻き消えてしまった。
辺りが、闇に包まれる。

( ‘∀‘)「……行くぞ」

彼が不意に立ち上がる。歩き出す。
わたしも、彼に続いた。






.

134 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:09:32 ID:I3mOyxdc0

***



橋の前までやって来た。風が、先程から強まっている。
遠くでは、真っ白な霧が口を開ける様にして、わたしたちを待ち受けている。

足を踏み入れると、ギシ、と
腐った木の、軋む音がした。

橋は、風に煽られ、激しく揺れる。
縄に手をやらなければ、この谷のどん底まで落ちてしまうだろう。

それなのに、彼は迷わず、霧に向かって突き進んで行く。
わたしが二歩目をようやく踏んだ時には、彼は遠くの場所に居た。


わたしは出遅れたのだ。
雨も、降り始めた様だった。

135 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:10:18 ID:I3mOyxdc0

(;-@∀@)「ま、待って下さい!」

わたしの声は風に掻き消え、彼には届かない。


どうしても、足が、踏み出せない。

わたしは今になって、気付いていた。
わたしが此処に着いた時。
わたしが始めてあの霧を見た時。

わたしの頭の中には、とっくのとうに恐怖が巣食っていたのだ。
それは、毒の如くわたしの身体を蝕んでいたのだ。

次は、やはりわたしの番だ。
雨が、矢の様に降り注ぎ、わたしに突き刺さる。

歩くのだ。

一歩、一歩と。


一歩。

一歩

一歩。


一歩。



一歩。



一歩。

一歩。

一歩。

136 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:11:00 ID:I3mOyxdc0

橋の中央まで進む頃には、
彼の姿は、もう見えなくなっていた。

前を見る。

何かが、わたしの目の前にあった。
それは、巨人の如くわたしの前に聳え立ち、わたしを見下ろしている。

ああ。死んでしまうのか。
わたしは、殺されてしまうのか。



杭が打たれた様に、足が動かない。

巨人は、一切の隙も見せない佇まいで、わたしを見下ろしている。

前に進まなければ、死なずに済むというのか。


沈黙を破る様にして、
叫び声が聞こえた。
稲妻の様な、叫びだ。


(;-@∀@)「うわああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

137 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:12:14 ID:I3mOyxdc0

身体が、巨人から逃げる様に、走り出した。

情けない声をあげながら、わたしは橋を走り抜けた。



それからの事を、わたしは良く覚えていない。







.

138 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:13:17 ID:I3mOyxdc0
気付くと、道路に出ていたからだ。
だだっ広い平野に立っていた。

振り返る。
険しい山脈が、わたしの前にあった。
前に見た時よりもそれは大きく感じた。

(-@∀@)

わたしは、情けない事に、逃げて来たのであった。
彼を置いて、あの霧から。

頭がクラクラした。


家族に、わたしは何もしてやれないのか。
弱っていく妻を、子達を、ただ見ているしか出来ないのか。
わたしには、覚悟が足りていなかったのか。

一台の大型トラックが、道路の遥か彼方から向かって来る。

139 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:14:19 ID:I3mOyxdc0

運転手に向かって、手を上げた。
わたしは、家族に謝らねばならない。

到底、償い切れない罪を、背負ってしまったのだから。


(,,゚Д゚)「こんな所で何してるんだ?」

運転席から、ガタイの良い男が降りて来て、わたしに聞いた。

(-@∀@)「逃げて来たんですよ」

(,,゚Д゚)「誰から」

(-@∀@)「全てから」

(,,゚Д゚)「………」

(,,゚Д゚)「……まあ、乗りな。何処に行きたいんだ」

(-@∀@)「家族の元へ」

(,,゚Д゚)「……映画の撮影かよ、全く」

140 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:15:08 ID:I3mOyxdc0

わたしを乗せたトラックは、一日中、荒野を走り続けたらしい。

男の話によると、わたしは、トラックに上がってから気を失った様になっていたらしい。

彼はわたしにパンと、牛のミルクをくれた。

わたしがそれを平らげ、一息ついた頃。
男はわたしに問うた。

(,,゚Д゚)「もしかしてよ」

(,,゚Д゚)「お前、願いの泉に行ったのか?」

(-@∀@)「……ああ」

(-@∀@)「行きましたよ」

141 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:16:00 ID:I3mOyxdc0
彼は顎髭を弄りながら、暫し考えている様だった。
いくらかそうしていると、彼は遠慮がちな声でわたしにこう言った。

(,,゚Д゚)「……本当の所、願いを叶える泉なんて、無いんだよ」

(-@∀@)「まさか」

嘘だと、思った。
少なくとも、あの霧を見たこともない人間が言えた事ではない。

(,,゚Д゚)「……橋の向こう側に霧があっただろ?」

彼は、わたしの考えを見透かした様にして、わたしに言った。

(;-@∀@)「……何故、その事を」

(,,゚Д゚)「俺もあんたと同じだ。数年前に、泉を目指して行ったんだよ」

(,,゚Д゚)「あんたは途中で諦めたクチだろ?正解だぜ。それ」

142 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:17:02 ID:I3mOyxdc0
(,,゚Д゚)「あの霧の向こうはな、切り立った崖になっているんだ」


彼から語られる真実に、わたしは、驚愕していた。
共に霧へ挑んだ、名も知らぬ、男。
彼の話が真実なら、男は、もう………。

(,,゚Д゚)「俺は直前で踏み留まった。崖から落ちずに済んだんだ」

(,,゚Д゚)「泉なんて何処にも無かったんだよ」

143 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:18:05 ID:I3mOyxdc0

泉など、何処にも無い。

願いなど、叶わない。


(;-@∀@)「そんなっ!わたしはどうすれば良いのですか!!」

わたしは、彼にしがみ付き、助けを乞う様に問い詰めた。

(, -Д゚)「願いは何だったんだ」

(;-@∀@)「家族が、白死病に罹っているのです!」


(,,゚Д゚)「……何だ」

(,,゚Д゚)「そんな事か」

(;-@∀@)「え……?」

(,,゚Д゚)「銀行の口座は持ってるか?」

(;-@∀@)「え、ええ」

愕然とするわたしを他所に、
彼は懐からメモパッドを取り出し、一枚千切ってわたしに寄越した。

(,,゚Д゚)「番号を」

(;-@∀@)「え…………」

(,,゚Д゚)「金は幾ら必要だ?」

(;-@∀@)「い、一万グリース」

(,,゚Д゚)「分かった。振り込んでおこうか」


わたしには、彼の言動一つ一つが信じられなかった。
まるで、神か天使が目の前に居る様に感じた。

震える手で、わたしは紙に番号を書き、彼に渡した。

144 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:19:05 ID:I3mOyxdc0

(,,゚Д゚)「間違いないな」

(;-@∀@)「は、はい」

(,,゚Д゚)「これは、俺の電話番号だ。もっと金が必要なら、ここに電話しろ」


全身が熱くなって、途中から、彼の声は耳に入って来なかった。
視界が霞む。とめどなく涙が零れ落ちる。

(う∀;)「ありがと……ございます!!」

彼の名刺をポケットにしまい込み、大声で泣いた。
彼はそれ以上は何も言わず、気付けば、トラックは走り出していた。







.

145 名前:名も無きAAのようです :2015/11/29(日) 14:20:09 ID:I3mOyxdc0


        Great Gus Gus
        のようです



           終


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